客電が落ちて・・

  実験室がフル稼働している音。

  下手に井上、上手に千春がいて、それぞれキイボードを叩いたり、メーターのチェックをしたりと忙しい。

  舞台中央にはこれからとばされてしまう犬のアインシュタイン田中祐太朗。

  不安げに左右の科学者を見ている。

  二人猛烈なスピードでやりとりしている。

千春「Tマイナス二秒でホールド」

井上「オッケー、スタピレーターセット」

千春「スタピレーターセット」

井上「ビルトインした?」

千春「ちょっと待って・・366、337、338、今、ビルトイン」

井上「MOAパイプロセッサ作動」

千春「パイプロセッサ作動、偏差12から8へ」

井上「偏差十二から八」

千春「問題ないでしょう」

井上「全然、オッケー!」

田中「おいおい、なにが起きてるんだよ・・」

井上「インタフェースとれてるかな」

千春「全チャンネル感度良好」

井上「GPSオート解除」

千春「オート解除で、マニュアルに」

井上「ポイントラムダ6」

千春「マルファンクション、イエローからグリーンへ」

井上「よしよしよし・・いけるか・・」

千春「行ってくれなきゃ困るのよ」

  と、アインシュタインの方を見る千春。

千春「アインシュタイン、そんな不安そうな目で見ないでよ」

田中「不安になるなってんいうほうが無理だろう・・俺はどうなるんだよ・・だいたいねえ、誰がいつ、タイムマシンの実験台になりますって言ったの?これねえ、動物愛護協会が聞いたら・・ほんとねえ、あんた達ねえ」

井上「ホワイルサーチ大丈夫?」

千春「それは気にしないで、ISSWの値の方が重要」

田中「それ、ほんとに気にしなくてもいいのか?おい!」

井上「最終確認・・現在の時間」

千春「千九百九十八年十二月十四日午後四時十八分三十一秒・・二秒・・」

井上「タイムマシンの到着時間」

千春「(タイムマシンが表示しているであろう数字を読み上げる)千九百九十八年十二月十四日午後四時二十分ジャスト!」

井上「間違いないね」

千春「間違いない」

井上「時間だ!」

千春「ちゃんとバックトゥザフユーチャーしてくるのよ」

田中「そりゃしたいけど・・これ、ほんとに大丈夫なんだろうな」

  と、やってくるよし。

井上「カウントダウンスタート・・十、九・・(カウントダウンは続いている)・・」

  SE ドカーンと爆発音。

  一瞬の暗転。

  そして、明転すると、田中の姿はない。

  井上、カウントダウンを続けている。

井上「五十七、五十六、五十五、五十四・・・」

千春「大丈夫かなあ・・」

井上「きっとね・・」

千春「でも・・この前飛ばしたキャベツは一分後に飛ばしたのに、なぜか腐って帰ってきたし、その前に飛ばしたタイムマシンは未だに帰ってこないし・・」

井上「なんたって・・誰もやったことのない実験なんだから・・なにが起きるかわからないわよ・・いよいよよ」

千春「帰ってこい!アインシュタイン!」

井上「3・・・二・・一・・ゼロ・・」

  一瞬黙り込む井上と千春。

  だが、なにも起きない。

千春「過ぎたよ・・・四時二十分を・・」

井上「うん・・」

千春「帰ってこないよ・・アインシュタイン」

井上「うん・・・」

千春「ダメだったのかなあ」

井上「くそっ!なにが問題なんだ!なにが間違っているんだ!」

千春「それを考察するにしては・・データが少なすぎるよね」

井上「タイムマシン確かに時間を越えている。それは、この場所から瞬時に物がなくなるということで立証される・・これはいいよね」

千春「うん・・それはいいんじゃないかな」

井上「しかし、時間をどうやって移動して、その移動した先でなにが起きているのかは・・・」

千春「腐ったキャベツじゃ・・なんにも推測できないもんね」

井上「だからと思って・・アインシュタインに協力してもらったんだけど・・」

千春「帰ってこないじゃない・・」

井上「おかしい・・なにが、間違っているんだ」

千春「我が、キャンパスのアイドル犬が・・」

井上「でも、アインシュタインって存在感薄いから、いなくなったとしても、誰も気がつかなから大丈夫よ」

千春「(呆れて)そういう問題なのか?」

井上「理論と数字上では私のタイムマシンは完璧なのに・・」

千春「まあ、確かに・・最悪のことを考えて・・アインシュタインにお願いしたけど・・選択は間違っていなかったかもね」

井上「こうなったら・・私、飛んでみる」

千春「え?」

井上「私、自分のタイムマシン使って時間旅行してみる・・でないと、やっぱわかんないもん・・」

千春「なに言ってるのよ・・まだ人間が実験する段階じゃないでしょう」

井上「でも、このまま・・いろんな物を飛ばしても・・結局、向こうでなにが起きているのかがわからなかったら一緒だもの・・」

千春「そりゃそうだけど・・まだ危険よ・・あなた、戻ってこれなくなるかもしれないのよ。この時代に・・」

  と、やってくるよし。

よし「こんちわ・・今、立て込んでる?」

  よし、手にモスバーガーの袋を下げている。

井上「あ、よし君」

千春「あ、こんちわ」

よし「(と、そのモスの袋をかざして)ちょっと、うちの情報処理のゼミの生徒がモス買ってきてくれて・・食べきれないから、どうかなって思って持ってきたんだけど・・」

千春「うわ!モスだ!モスだ!」

よし「どうぞ・・」

  と、喜んでいる千春。

よし「井上さんも・・よかったら」

井上「うん・・ごめん、今、食べる気しない・・」

よし「え、モスのテリチって大好物じゃなかったっけ?」

井上「うん・・大好物・・でも、今はいらない」

よし「(千春に)どうしたの?」

千春「タイムマシンが・・またうまくいかなくて・・」

よし「・・ああ、そうなんだ・・」

  と、千春、袋の中をあさっているが・・

千春「ナンカレードックとかないの?」

よし「ナンカレードックか・・今、あげちゃったよ・・アインシュタインに・・おなかすかせて、なんかこっちの方をすがるような目で見てたからさあ・・」

千春「ええ・・もったいないよ、アインシュタインなんかに・・ナンカレードック・・」

井上「アインシュタイン?」

よし「そう、あいつ犬のくせにナンカレードック食べるんだよ」

井上「それ、いつ!」

よし「ついさっき、ここに来る前に」

千春「ここに来る前?」

井上「それ、何分前の話?」

よし「・・(二人の語気の強さにびっくりしている)ほんの・・一分間か・・二分前に・・」

  井上と千春、顔を見合わせて。

井上・千春「アインシュタイン・・・帰ってきてる!」

井上「それ、どこで?」

よし「三号館の外階段の下」

井上「三号館の外階段の下! ちょっと行って来る」

  と、飛び出していく井上。

よし「(千春に)どうしたの?」

千春「さっき、飛ばしたの」

よし「タイムマシン?」

千春「そう。タイムマシンで、アインシュタインを一分後の世界へ」

よし「え?でも、アインシュタインは・・」

千春「そう・・なんで、そんなところにいたんだろう・・・ちゃんと一分後のこの研究室へ帰ってくるようにセットしたのに・・」

よし「なかなかうまくいかないんだね・・」

千春「タイミング悪いわよ」

よし「なにが?」

千春「今日はカオリン機嫌悪いわよ」

よし「みたいだね・・」

千春「せっかくモス買って差し入れしに来たのにねえ」

よし「いや、これは・・ゼミの」

千春「いいわよ、そんないいわけしなくても・・そんなに、いっつもいっつも差し入れが余ったとか、田舎から送ってきたとか・・物があなたのまわりだけ余ってるわけないでしょう・・今度からねえ・・物、持ってこなくてもいいから・・カオリンに会いたいから来ましたって、言えばいいからね」

よし「いや・・それは」

千春「なんでそういうことも言えないの?それが言えなかったら、カオリンにつきあってくださいとかさ・・永遠に言えないかもよ」

よし「いや、つきあってくれだなんて・・」

千春「うわ・・煮え切らない男・・」

よし「そんな・・俺が、井上さんと・・だなんて・・だって、俺、ただの情報処理の非常勤講師だし・・井上さんは・・博士号三つもとってて・・」

千春「関係ないじゃないそんなの・・好きなら好きで・・」

よし「いや・・・そういうけどねえ・・」

千春「あ、そうだ・・タイムマシンセットしとかなきゃ・・千九百九十八年十二月十四日午後四時三十分・・でいいかな・・」

よし「なに、また時間を飛ぶ実験?」

千春「そう、今度はカオリンが自分で飛ぶんだって・・」

よし「自分で?もう人間が飛んでも大丈夫なの?」

千春「全然大丈夫じゃないよ」

よし「じゃあなんで?」

千春「大丈夫じゃないから、なにが大丈夫じゃないか、確かめに行くんだって」

  と、帰ってくる井上とアインシュタイン。

井上「いたいたいた、アインシュタイン」

千春「アインシュタイン!帰ってきたんだ」

井上「うん・・三号館の外階段で何カレードッグ食ってた」

千春「心配してたんだよ」

田中「うそつけ!心配するくらいなら、最初から無茶な時間旅行なんかさせんよ!」

  田中の髪の毛、白髪になっている。

千春「あれ・・なんか、こいつ元気なくなってない?なんか急に年取ったみたいだよ」

田中「年取ったよ・・大変だったんだよ・・ああ、おまえら、俺がタイムマシンで一瞬でこっちに戻ってきたと思ってるんだろう・・あのなあ・・このタイムマシンは・・危険だよ!とんでもない時間に飛ばされて・・俺はなあ、命からがらこの時代に戻って来たんだよ・・それはそれはもう大冒険だったんだからな」

井上「千春がそんなこと言うから・・元気だって事アピールしてるよ」

田中「ちがうよ!あのなあ・・(と、腰に痛みが走ったらしく)いたたた・・年とると・・腰に来る・・」

井上「でも、なんであんなところにいたんだよ、アインシュタイン・・おまえは一分後にここに戻ってくるはずだったのに」

田中「俺だって戻ってきたかったよ」

井上「おかしいなあ、やっぱりタイムマシンに問題があるのかなあ・・」

田中「問題あるよ、おおありだよ。あのタイムマシンは全然、信用できないよ。不完全過ぎるよ」

千春「そうか・・そうか・・もどってこれてそんなにうれしいか、アインシュタイン」

田中「そりゃうれしいよ!ここに戻ってくるのにどれだけ、時間の狭間を放浪したのか・・」

井上「やっぱり犬に聞いてもわからないや・・自分で飛ぶしかないか・・」

よし「それ、大丈夫なの?」

井上「わかんない」

よし「だったら・・・」

井上「でも、こんなこと危険すぎて他の人に頼む事なんてできないし・・」

田中「当たり前だよ。こいつの発明したタイムマシンは一度も、ちゃんと戻ってきてないんだよ・・不完全なんだよ、それなのにですよ・・この人達は僕を実験台にして、わけわかんない時代に飛ばしたんですよ」

千春「(寄ってきた田中に向かって)アインシュタインは本当に人なつっこいなあ」

田中「ちがうの、人なつっこいんじゃないの、訴えてるの・・不条理なこの実験に・・だいたい、こんな実験してなにになるのよ。時間はね一方向に流れるからいいんだよ。時間を逆行させたりしたら、きっといろいろまずいことが起こるって、これ、絶対だって・・今ね、みんながやっていることは悪魔の発明だよ」

よし「わんわんうるさいなあ・・ナンカレードックじゃ、おなかいっぱいにならなかったのかな・・こいつ、ほんとになんにも考えてないんだろうなあ・・おなかばっかりすかせて」

田中「何にも考えてないのはあんたらの方だろうが・・」

井上「行くわ・・千春、タイムマシンセットして」

千春「できてるよ」

よし「井上さん・・」

井上「私のなにが間違っているのか・・検証できない。数学じゃないんだから、解が合っていればそれでいいってもんじゃないんだ・・実験してその結果が確認できなきゃ・・そんなの私の物理じゃない・・」

よし「確認・・」

井上「誰か人を・・時間を飛ばさないと・・」

  と、田中、まったくベタな漫才のつっこみを井上にする。

田中「よしなさいって!」

井上「アインシュタイン・・(撫でて)よしよし」

  この辺、きちんとアインシュタインと井上の芝居はかみ合って見えるように動くこと。

よし「俺、行こうか・・」

井上「え?」

よし「タイムマシンで、俺が行って来るよ・・それで・・時間旅行がどんなものか君に報告してあげるよ・・」

井上「・・・ほんとに?」

よし「ああ・・・がんばってる・・君の役に立ちたいんだ・・」

田中「(また同じようにつっこむ)よしなさいって!」

よし「(アインシュタインに)よしよし・・」

田中「ちがうって!」

よし「それで・・どんな準備をしたらいい?」

井上「準備?」

よし「タイムマシンで時間を飛ぶときの準備だよ」

井上「(全然考えてなかった)あ・・ああ・・ねえ・・準備ねえ・・」

千春「なにが必要なんだろう。時間旅行って」

井上「そんな事、考えたこともなかった・・」

千春「お小遣いとか?」

井上「そんな、遠足や修学旅行じゃないんだから」

千春「でも、いるでしょう。普通に旅するくらいの、準備って・・」

井上「ああ・・かもねえ」

よし「それ、ちょっと本気で準備しないと・・ちょっとそれ、買いに行きましょう」

千春「行こう、行こう・・」

井上「なに買えばいいの?」

千春「旅行のハンドブックとか参考にしたら?」

よし「あ、それ、いいですね!」

  と、出ていく、よし、井上、千春。

  そして・・

  と、瀧本の声。

瀧本「ハーイみなさん、ここがみなさんが今、時間旅行で使っているタイムマシン発の地。若き日の井上かおり博士の研究室です」

  時間旅行会社の三角の旗を持った瀧本登場。

  と、ツアー客がぞろぞろと出てくる。

  そして、みんながそれぞれ好き勝手に見学を始める。

  ツアーの客は寿枝、土屋、麻英子。

麻英子「うわぁ・・これが本物なんだ・・」

寿枝「へえ、タイムマシンの開発ってこんなアナログでやってたんだ・・」

田中「ちょっとちょっとちょっと、あんたらなんなんだ!誰なんだよ」

  と、彼らが入ってきたところを覗いて。

田中「おいおい、どっから出て来てるんだよ。そっちは壁だろう」

瀧本「はいはい、お客さん、見るだけですよ、見るだけ・・むやみにものを触ったり、スイッチを入れたり、位置を変えたりしないでくださいね。とっていいのは写真だけですよ。過去をいじると未来が変わってしまいますからね。はい、お客さん(と、地面に線を引き)この線から中へは入っちゃダメ、ね!えー、ご説明申し上げますと、今、この時間(と、時計を見て)千九百九十八年十二月十四日午後四時二十五分の段階ではまだタイムマシンは子供に例えるならヨチヨチ歩き、山登りに例えると麓の土産物屋を出たところという感じでございます。まだ到着地点も正確ではありません。野球に例えるとストライクゾーンをかすりもせず、キャッチャーのミットにもおさまらず、バックネットを直撃という感じです」

田中「な、なんなんだよ、この人達は・・」

麻英子「添乗員さん!」

瀧本「はい、なんでしょう」

麻英子「タイムマシンが本当に完成するのは、じゃあ、いつなんですか?」

瀧本「ものの本によりますと、この約四十日後の一月三十日に完成する・・と、ありますね」

寿枝「一月三十日・・」

瀧本「えー、二千十三年の現在では『新・時の記念日』と呼ばれている日でございます」

寿枝「なに?『新・時の記念日』って」

瀧本「一年三百六十五日、毎日がなにかの記念日なんです」

寿枝「え、そうなんですか?」

瀧本「そうですよ。三月三日といったら?」

麻英子「雛祭り」

瀧本「でもあり、耳の日であったりします。さあ、そんなおばあちゃんの知恵袋のような話はこれまでにして。メタルカラーの時代。二十世紀の大発明、珍発明ツアー。次なる場所は、松下幸之助の二股ソケット誕生秘話へご案内いたしまーす」

土屋「添乗員さん!」

瀧本「はい、なんでしょう」

土屋「すいませーん、ちょっと、これこれ・・」

  と、一同、なになに?と、寄ってくる。

瀧本「ああ、ここに並んでいるのはタイムマシンの初号機ですね・・」

麻英子「いっぱい並んでますねえ」

土屋「そのいっぱい並んでいるうちの一つ・・これなんですけど・・」

瀧本「はいはい・・・」

土屋「気のせいか・・スイッチが入っていませんか?」

瀧本「え、どれどれ・・」

寿枝「五・・四・・三・・二・・」

瀧本「一!まずい」

  と、瀧本だけが飛び退いた。

  SE どっかーん!

  暗転。

  すぐに明転すると、瀧本と田中しかいない。

 瀧本、一瞬、田中と顔を見合わせるが・・

瀧本「(呼びかけるように)お客様!(だが事態を把握したらしい)行っちゃった・・」

  瀧本、もう一度、田中の方を向いて、

瀧本「行っちゃったって・・どこへ?」

  田中、知りませんよ。と、ばかりに首を横に振った。

瀧本「あれ・・いったいいつの時代に飛んだんだ?」

田中「これはねえ、大変なことになりましたよ」

瀧本「いつの時代に飛んだのかがわからなかったら、助けにいきようがないじゃないかよ」

田中「あ!さっきカオリンに言われて、千春さんが千九百九十八年十二月十四日の午後四時三十分って言ってましたよ」

瀧本「あ、そうだ!さっき、井上博士に言われて、ここの助手の女の子が『千九百九十八年十二月十四日の午後四時三十分』って言ってたよな」

田中「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか」

瀧本「よかった、思い出して」

田中「あ、あのね、俺の方が先に思い出したんですよ・・」

瀧本「よかったあ」

田中「ああ・・今ほど自分が犬であることをくやしく思ったことはないな」

瀧本「よし、じゃあ、ここにあるタイムマシンを一つお借りして・・」

田中「まずい!みんな帰ってきましたよ!」

瀧本「うん!まずい、みんな帰ってきたか!」

田中「だから、そう言ってるじゃない」

瀧本「やばい、隠れなきゃ」

田中「隠れるならそっちだ」

  と、滝本達が入ってきた方向を示す。

瀧本「(そっちに行きながら)隠れるなら、こっちか!」

田中「だから、そう言ってるじゃない!って!」

  と、瀧本の後について隠れようとする田中。だが、途中で気がついた。

田中「あ、いや、俺は隠れなくてもいいんだよ・・やましいとこないんだから」

  と、帰って来るよし、井上、千春。

千春「もし、万が一とんでもない時代に飛ばされちゃったら、中途半端にお金なんか持っててもしょうがないからね」

よし「それはそうかもしれませんね」

千春「とりあえず、一週間分のカップヌードルがあれば大丈夫だと思うよ」

よし「あとは、歯ブラシとひげ剃りと・・ティッシュも持ちましたから」

千春「時間旅行のグッズが大学の生協で揃うとは思わなかったよね」

井上「そうだ、連絡方法だけ・・決めておかない?」

よし「連絡方法?」

井上「もしも、過去に飛んだとしたら、連絡とれるでしょう」

千春「どうやって?」

井上「この大学の10号館の裏の通用門を出たところに神社があるでしょう?」

よし「あ、あの、大きな杉のある」

井上「そう、あそこ・・あの杉の木の下に手紙を埋めてもらえるかな」

千春「なるほど、手紙のタイムカプセルか」

井上「そう、あの木の下に『今、どこの時代にいて、なにをしているのか』って書いてくれたら、助けに行く手助けになるじゃない」

千春「あの杉の木って、すっごい昔からある感じだもんね」

井上「だから、どんな時代に飛んでも、あの杉の木を探し出して・・あの気の根本に私への手紙を・・」

よし「わかった、その時は、やってみるよ」

井上「でも・・本当に大丈夫なの?後悔しない?」

よし「大丈夫だよ・・」

千春「なにが起きるかわからない・・旅だからねえ・・」

井上「ほんとに?ほんとに大丈夫?」

よし「君は自分の発明したタイムマシンを信じているんだろう。これで必ず時間を超えることができると信じているんだろう」

井上「うん」

よし「僕は・・・そんな君を信じている」

井上「ありがとう」

よし「僕はそんな君を信じているし・・」

井上「え?」

  と、よし、なにか言おうとして言いよどむ。

  向こうで千春が『言っちゃえ、言っちゃえ』というジェスチャーをしている。

  だが、

よし「いや・・・いいんだ」

千春「いいって・・なにがいいのよ」

よし「(完全否定し)いや、いいんだ・・これは、その・・この時間旅行から帰ってきたら・・言うよ・・じゃあ、スタンバイしよう」

千春「いいの?」

よし「いいんだ・・(と、舞台の中央に行き)ここでいいんだね・・」

井上「オッケー」

千春「本当にいいの?」

よし「・・・・」

井上「千春、カウントダウンスタートね」

  と、井上の勢いに押されて、カウントダウンをスタートさせる。

井上「そこの半径1・5メートルの範囲内の物はみんなタイムリープすることにるからね。アインシュタイン、離れていなさいよ。でないと、また飛んじゃうよ」

田中「言われんでも・・」

井上「タイムマシンのバッテリーはめいっぱい充電しておいたから、万が一、違う時代に飛んだとしても、まだ、何度か飛べるはずよ」

よし「わかった・・帰ってくるよ、必ず」

井上「待ってる・・」

千春「5秒前・・四・・三・・二・・」

  と、飛び出してくる瀧本。

  よしの腰あたりに抱きついて。

田中「あ、さっきのオヤジ」

瀧本「すまん、ご一緒させてくれ!」

よし「な、なんだ?」

千春「ゼロ!」

瀧本「バックトゥザフユーチャー!」

  SE ドッカーン! 

  メインテーマ曲がかかって・・

  暗転。

  明転。

  と、井上と千春、田中がいなくなって、よしと瀧本がたたずんでいる。

  二人、しばし、ぼおっとしているが、

よし「ここは、どこだ・・」

  瀧本も辺りを見回している。

よし「それより・・(振り向きざまに)誰?」

瀧本「いや・・その・・なんていうか・・ついてきちゃったみたいですねえ・・」

よし「なんで?」

瀧本「いや、あの・・覚えておいた方がいいと思うんですけど、タイムマシンってのはですね、半径1・5メートル以内の物はみんな飛ばしてしまうんですよ」

よし「それ、さっきカオリンから聞きました・・」

瀧本「ああ・・そうですか・・ん・・しかし、ここはどこなんでしょうねえ・・」」

よし「ここは・・・」

瀧本「田舎の野っ原のようですねえ・・かなり飛んじゃったみたいですね」

  と、声が聞こえてくる。

瀧本「あ・・あの声は・・」

滝本の声「はーい、いいですか、みなさん、行きますよ」

一同の声「はーい」

滝本の声「もうこれ以上は我慢できねえだ!」

一同の声「もうこれ以上は我慢できねえだ!」

滝本の声「はあい、もっと元気よく!ウチらだって人間だ!」

一同の声「ウチらだって人間だ!」

滝本の声「いい感じになってきましたけど、もっともっと元気よく!ウチらの声も聞いてくれ!」

一同の声「ウチらの声も聞いてくれ」!」

滝本の声「そんなに年貢を取るんなら」

一同の声「そんなに年貢をとるんなら」

滝本の声「おなかと背中がくっつくぞ」

一同の声「おなかと背中がくっつくぞ」

瀧本「ってことは今、あの時代か・・」

よし「ここ、どこだかわかってるんですか?」

瀧本「ええ・・まあ、言ってみれば勝手知ったる時代です」

よし「千九百何年なんですか?」

瀧本「千九百ではなくて・・千三百」

よし「千三百?」

瀧本「八十九年」

よし「千三百八十九年・・・」

瀧本「ええ・・大規模な百姓一揆の起きる九年前です」

よし「なんでわかるんですか、そんなことが・・」

  と、辺りを見回すよし。

瀧本「そんな『西暦何年です』なんてこのあたりに書いてあるわけないじゃないですか」

  と、よし、時計を見る。

瀧本「時計見てもダメです・・」

よし「じゃあ、どうして、ここが千三百八十九年だと?」

瀧本「しかし、よりによってまたここかよ・・俺はなにか? 千三百八十九年とは運命の赤い糸かなにかで結ばれているのかな」

よし「な、なに言ってるんですか」

  と、下手が研究室になる。

千春「まもなく、一分が過ぎるよ」

井上「帰ってきて・・よし君」

田中「無理だって・・」

井上「五・・四・・三・・二・・一・・」

井上・千春「ゼロ」

  だが、なにも起きるはずがなく。

井上・千春「ゼロ・・ゼロ・・」

  間。

千春「過ぎたよ・・」

井上「うん・・・」

千春「帰ってこないよ・・・よし君」

井上「うん」

千春「ダメだったのかなあ・・・」

田中「帰ってこないじゃないのよ・・ほら見ろ、言ったとおりだろう」

井上「くそっ!なにが問題なんだ、なにが間違っているんだ!」

田中「いやいやいや、そんな・・人一人消えてるんだからさ・・もっと事態を深刻に受け止めたらどうなの」

千春「あ、三号館の外階段の下にいるとかさあ・・」

田中「あのねえ・・俺はねえ・・大冒険の末に・・あの外階段にたどり着いたの・・そんな同じ冒険をねえ・・よしさんが・・」

井上「いや、それよりも先に・・・神社の杉の木の下を掘ってみよう・・手紙、あるかもしれない」

  と、出ていく。

  時代、千三百年代に戻る。

  と、瀧本が煙草の吸い殻を見つけた。

瀧本「おっと!」

よし「なんですか?」

瀧本「これってどうなの?」

よし「(のぞき込み)煙草の吸い殻・・」

瀧本「あれだけ・・煙草のポイ捨てはやめてください・・歴史が変わっちゃいますからねって・・口をすっぱくして言ったのに・・マナーでしょう・・こういうことは・・でも、この時代のこの場所に煙草の吸い殻があるってことは・・間違いないな・・あのツアー客達もこの時代に飛んだんだ」

よし「ツアー客?」

瀧本「ええ・・」

よし「あなた・・何者なんですか?」

瀧本「そろそろ・・私の話をしなければなりませんね・・ちょっと、長くなりますけど・・いいですか」

よし「あ、はい・・」

  神社の杉の木の下を掘っている井上。

井上「あった」

千春「え? ほんとに?」

田中「どれどれ」

千春「うわ、紙、ぼろぼろ・・」

井上「でも、なんとか読める。(と、読み始める)カオリン・・元気ですか? 僕は今、千三百八十九年にいます」

千春「千三百八十九年?なんでそんな時代に?だって、私、ちゃんと千九百九十八年にセットしたよ」

井上「(それを制して)待って(と、また読み始める)僕は今、二人で旅をしています」

千春「二人?二人って誰と?」

井上「なぜか時間旅行会社の人と一緒に、この時代にいます。順を追って説明しますと、君が今、作っているタイムマシンはやがて実用化され、二千十三年ごろには、みんなが好きな時代へと・・」

よし「旅することができるようになります」

瀧本「まあ、無制限ってわけでもありませんけどね・・ある程度、自由に・・」

井上「タイムマシンが・・私の作ったタイムマシンが・・二千十三年には実用化されて普通に、旅行ができるようなっている・・待てよ・・千九百九十八年にセットしているのに、千三百八十九年に飛ぶって事は・・トラフィックの数値の問題か・・BMMAで計算しなおしてみるか・・(千春に)フラットラインのウインタミユートっていくつだっけ?」

千春「あ、あの値をいじるの?」

井上「できる・・できるかもしれない・・いや(と、手紙を見直し)できるんだ・・私はタイムマシンを完成させることができるんだから・・あきらめないで・・やらないと・・よし君を助けにいかないと・・」

瀧本「さて・・では、その行方不明になっているわたくしどものお客さんを捜さないと・・またタイムパトロールに怒られちゃう・・」

よし「タイムパトロール?」

瀧本「いるんですよ、時間旅行を管理しているいやな奴らが・・」

  と、いつの間にか、彼らの後ろには臣太郎の野武士がいる。

  野武士、二人に刀を突きつけて。

野武士「見たこともない服。見たこともない髪の形・・」

瀧本「は・・はああ・・・」

野武士「我々はこれから、農村を襲う。加勢をしてくれるなら、わけまえの米をやる」

瀧本「あんた・・もしかして・・」

野武士「野武士の集団を率いている者だ・・」

瀧本「農村を襲って、言うことを聞かなければ、有無を言わさず殺すんだろ」

野武士「そうだ・・悪いか」

瀧本「悪いかって・・あんまりいいことじゃないんじゃないかな」

野武士「では、どうすればいい?我々はどうやって生きていけばいい?」

瀧本「いや、それは・・」

野武士「やる気はあるのか、ないのか・・」

瀧本「ありませんよ、そんなの」

野武士「なぜ?」

よし「なぜ?」

野武士「もしも、やつらから米を奪わないとしたら・・なにを食う・・これから冬が来るぞ」

よし「カップヌードルは一週間分しか持ってきていませんよ」

瀧本「一週間分じゃありませんよ」

よし「え?」

瀧本「三日半です」

よし「どうして?」

瀧本「一人で食べたら、一週間。でも、ここには二人いるんです。二人だったら三日半ですよ」

野武士「ならば、好きにしろ」

  と、立ち去る野武士。

瀧本「あ、ちょっと待って!」

野武士「やる気になったか?」

瀧本「あ、いや、そうじゃなくってですね・・もしかして、このあたりに私らと同じような、同じようなかっこした、同じような髪の集団を見かけませんでしたか?」

野武士「いたよ」

瀧本「その人たちは今どこに?」

野武士「我々の野営で、刀の振りの稽古中だ」

瀧本「刀振る稽古して・・」

野武士「一緒に農村を襲うんだよ」

瀧本「まずい!」

  場面は一転して、その野武士の野営の付近の広場。

井上「(手紙を読み上げる)そのツアーの客達はみんな野武士に協力すると言って、刀の振り方の練習までしていました」

  野武士達の野営の側。

  やる気なく刀を振っているツアー客の麻英子、土屋、寿枝。

  だが、楽しそうである。

瀧本「な、なにやってるんだよ、みんな!」

麻英子「あ、添乗員さん」

臣太郎「ほれ」

  と、瀧本も刀を渡される。

臣太郎「相手は農民といえども、死ぬ気でやれ、でないと死んじゃうぞ」

瀧本「は・・はい・・」

  と、臣太郎、よしにも刀を渡し、

臣太郎「ほれ」

  よしも刀をもらって、振り始める。

土屋「参加すれば・・食べ物くれるっていうから」

  みんなで刀を降り始める。

一同「えい・・えい・・・えい・・」

寿枝「添乗員さん・・私達・・あの・・どうすれば・・」

瀧本「どうすればって・・」

麻英子・土屋・寿枝「しーっ」

瀧本「え?」

土屋「私語は禁じられてます」

瀧本「え、そうなの」

麻英子「野武士といえども、元武士ですから、刀振っているときは真剣にやらないと怒られるんです」

瀧本「え・・ああ・・そうなの?」

麻英子「ああ・・疲れた・・一服したい・・」

瀧本「あんたか、あの吸い殻は・・」

麻英子「吸い殻?」

寿枝「だから、静かにって・・」

よし「それじゃあ、どうすればいいんですか」

瀧本「よし・・(と、よしに)かかってきなさい」

よし「え?」

瀧本「かかってきなさい」

  と、よし、瀧本に突っ込んでいって、刀を合わせたまま。

瀧本「さて、それでどうしようか・・」

よし「あ、これなら、小声で相談できますね」

瀧本「でも、長いことやってたら、怪しまれるから・・早く・・」

よし「じゃあみなさんはこれで二千十三年に戻れるわけですね」

瀧本「ま、そういうことだけど・・でも、タイムマシンをセットして、半径1・5メートルに絶対に人が近づかないようにしないと・・」

よし「僕も連れていってくださいよ・・二千十三年に・・」

瀧本「だめ、それは絶対にダメ・・」

よし「だって、タイムマシンがいっぱいあって、自由に時間旅行ができるんでしょう?」

瀧本「違う・・君の頭の中の未来と現実の未来はかなり違うと思うよ」

  と、いい加減やっていると怪しまれるので・・一回離れるがまた、

瀧本「ん・・おぬし、できるな!」

  と、また合わせる。

瀧本「とにかく、君を連れて帰ることはできない・・君は君のタイムマシンで帰るんだ」

よし「僕のタイムマシンは・・だって、千九百九十八年にセットして、この時代に飛んで来ちゃったんですよ」

瀧本「何度か飛んでれば・・いつかは帰り着くよ・・近い時代につくんじゃないかな・・」

よし「そんないい加減な・・あ、でも、その前に・・僕は杉の木の下にカオリンへの手紙を埋めなきゃいけないんだ・・まず、タイムマシンは千三百八十九年に飛んで来たって・・カオリンに伝えないと」

瀧本「えい!」

  と、よしから離れた。

  そして、麻英子に、

瀧本「かかってきなさい」

  と、麻英子、同じように瀧本と刀を合わせる。

瀧本「ここを脱出して、タイムマシンをセットする、そして、二千十三年にバックトゥザフユーチャーだ。これ、他の人達にも伝えて・・」

  と、麻英子をはじいて帰した。

麻英子「(寿枝に)かかってきなさい」

  そして、麻英子と寿枝、同じように刀を合わせて、

麻英子「ここを脱出してタイムマシンをセットする、そして、二千十三年にバックトゥザフユーチャーです。これ、他の人にも伝えて」

  と、麻英子は寿枝をはじいて帰す。

寿枝「(土屋に)かかってきなさい」

  土屋、かかってくる。

土屋「うおりゃ・・」

 と、その土屋の刀をよけて。

寿枝「バカ! ほんとにかかってきてどうするのよ」

土屋「え?」

  と、寿枝、自分から斬りかかっていって、土屋と刀を合わせて。

寿枝「ここを脱出してタイムマシンをセットする、そして、二千十三年にバックトゥザフユーチャーです」

よし「(瀧本に)かかってきなさい」

  瀧本、かかっていく。

瀧本「なんだよ・・」

よし「この連絡方法、結構、大変ですね」

瀧本「用件は?」

よし「じゃあ、僕は行きますよ・・もう・・」

瀧本「行くって、どうやって・・見張りがいっぱいいるぞ」

よし「一人ならなんとかなりますよ・・それじゃあ・・」

  と、よし、ダッシュで逃げる。

寿枝「待って!」

  と、後を追う寿枝。

麻英子「あれ、行っちゃった」

瀧本「ちがう!そっちについて行っちゃダメだ!」

土屋「打ち合わせ不足ですね」

野武士「なにごとだ!」

土屋「いや、なんか逃げちゃって」

野武士「なにい!」

瀧本「ちくってどうする!」

  野武士、その彼らが去っていった方を見る。

瀧本「今だ!」

  と、よし達が行った方とは逆方向にみんなを誘導しながら逃げる。

瀧本「こっち!」

  野武士、気づいて。

野武士「貴様ら!」

  と、野武士2が来て。

野武士2「村を襲う時間です」

野武士1「奴ら、刀持って逃げたぞ・・奴らが逃げたいのなら、逃がしてやれ、だが、刀は回収しろ」

野武士「村は?」

野武士「あとだ!」

  そして、

  1よしと、寿枝のグループ。

  2瀧本、麻英子、土屋のグループ。

  3野武士の二人のグループ。

  の、走り。

  よし、寿枝がついてきているのに気がついた。

よし「なに?」

寿枝「なにって?」

よし「なんでこっちくるの?」

寿枝「だって・・二千十三年にバックトゥザフユーチャーするのは・・」

よし「こっちじゃない・・」

寿枝「え?」

  と、瀧本達のグループ。

瀧本「一人足りない!どうしようかな・・このまま二千十三年に帰ったら、絶対に怒られるな・・」

土屋「一人足りませんよ」

麻英子「さっきの男の人について・・山を下っていきましたよ・・」

土屋「僕たちも山を下って行った方がよかったんじゃないですか?こんな登りは・・疲れる・・」

  と、よし達、山を下っていって断崖に出た。

よし「うわ・・断崖だ」

  同じく、山を登っていた滝本達も断崖に出る。

瀧本達「うわっ!」

瀧本「断崖だ!」

  ついに、野武士達が追いついた。

  滝本達、断崖と野武士の刀を見比べている。

麻英子「うわ、うわ・・それ以上こっちに来ると・・・落ちちゃう・・落ちちゃう・・」

土屋「来るな、来るな」

  と、その断崖の下の方で、よしが追いつめられている滝本達の姿を発見した。

よし「あ、あんなところに・・」

寿枝「野武士達に・・追いつめられている・・」

瀧本「うわ・・うわ・・」

よし「(下を見て)これ・・落ちたら、ひとたまりもないな・・」

寿枝「タイムマシンを作動させて!」

瀧本「え?」

寿枝「タイムマシンを作動させて!そして、そこから飛ぶの!私も飛ぶから・・」

よし「それで、どうするの?」

寿枝「向こうが落ちてきて、私が飛んで、空中でバックトゥザフユーチャーよ」

瀧本「え!え!ええっ!」

寿枝「考えている時間はないわ、早く!」

麻英子「タイムマシンスイッチオン・・十、九・・八・・」

  と、急にやる気を出した土屋が、刀を野武士に向けて威嚇する。

土屋「七、六・・」

よし「五・・四・・」

寿枝「飛べるか?」

麻英子「三・・二・・」

瀧本「一!飛べ!」

  と、みんな崖からダイブする。

  そこからスローモーションになる。

  寿枝も飛んだ。

  そしてみんな空中で変な形になりながらも、

一同「バックトゥザフユーチャー!」

  SE どっかーん、

  暗転。

  明転すると、犬の田中がいる。

田中「ああ・・おなかすいた・・」

  と、ヤッケ姿の美雨がくる。

  手にはヘルメットと顔を隠すためのタオル。

美雨「ドテチン・・」

田中「・・(と、あたりをちょっと探してみる)」

美雨「ドテチン・・」

田中「あ、そうだ、俺のことか・・どうもね、飛んでく時代時代で、俺の呼び方がみんな違うから、迷っちゃうよ・・ほんとに、俺はもうアインシュタインと呼ばれる事はないのかね・・(と、美雨に近づいていき)はいはい・・・今日のご飯はなんでしょうか」

  と、美雨、さもいとおしそうに田中を撫でて・・

美雨「ドテチン・・お別れよ・・」

田中「お別れ?ご飯は?」

美雨「ごめんね、今日、十一時からいよいよ、大規模なデモがあるの・・私、それにどうしても行かなきゃなんないのよ」

田中「デモ?」

美雨「ポリ公と機動隊が結構出てくるらしいの・・だから、もしかしたら、私はここに戻れないかもしれない・・もう、野良犬の君にご飯をあげられなくなるかもしれない」

田中「え・・ええっ!聞いてないよ、そんな話」

美雨「ごめんね、ドテチン・・」

田中「いや、ごめんねって言われても・・おいおいおい、これでまた野良犬生活に逆戻りかよ、この時代、野良犬多いから、食糧の確保だって大変なのに・・」

美雨「行かなきゃなんないのよ・・ごめんね」

田中「参ったなあ・・こりゃ・・タイムマシンのスイッチ押して、またどっか飛んでみるか・・しかし、あのタイムマシンもいいかげんだからなあ・・でも、ここのうちでご飯もらえなくなったら・・この時代にいる意味、ないもんな・・居心地の良い家だったんだけどなあ・・いいや、タイムマシンのスイッチ、押しちゃえ」

  と、上手に登場して、手紙を書いているよし。

よし「カオリン、お元気ですか?僕は今、千九百六十九年にいます。時は学生運動のまっただ中で、毎日、いろいろと物騒な事が起きています」

  と、田中、ポーズを決めて、

田中「三・・二・・一・・どこに行くかわかんないけど。バックトゥザフユーチャー!わん」

  SE どっかーん。

  はけるアインシュタイン。

  そして、対面のよしのアパートのドアを叩く美雨。

美雨「すいません・・あの、私、用事があって、しばらくこのアパートに戻れないんですけど・・もしも、あの犬がご飯をもらいに、またここに来たら・・このお金で買える分だけで結構ですから、ご飯をあげていただけませんでしょうか・・」

  と、財布をとりだし、それごと渡し、

よし「デモですか」

美雨「・・・はい」

よし「そうですか」

美雨「お願いします」

よし「犬にご飯をあげるのはいいんですけど・・帰ってきますよね」

美雨「え?」

よし「昨日の新聞に載ってましたよ・・学生がまた一人、デモで頭蓋骨を割られて・・重体になったって」

美雨「・・読みました」

よし「どう思いますか?」

美雨「彼のためにも・・今日は私達が・・」

よし「ちがう!デモには行くべきではない」

美雨「どうして?」

よし「デモに行ってなにになるんですか?」

美雨「日本を変えるんです」

よし「日本は変わりません」

美雨「・・・なにを言っているんですか。変わらなかったら・・じゃあ、私たちはなんのために体を張っているんですか・・」

よし「・・・・」

美雨「ドテチンをよろしくお願いします」

  と、美雨、そのよしの前で、顔をタオルでかくし、メットをかぶった。

よし「よしなさい・・あなた達の戦いは無意味です」

美雨「行って来ます」

  と、去っていく美雨。

よし「あの!」

  美雨、振り向いた。

よし「僕はこの先の日本がどうなるか、知っています」

美雨「どういうことですか?」

よし「今は、千九百六十九年ですけど・・僕は、本当はこの時代の人間ではありません・・僕は・・三十年後の未来からやってきました」

美雨「・・・・」

よし「信じて・・・もらえないかもしれませんが・・」

  そして、下手に登場する井上、千春、田中。

井上「(手紙を読んでいる)信じてもらえるはずはないと思いましたでも、彼女は」

美雨「そうですか・・私、そういう話、嫌いじゃありません」

よし「いや、話ってことじゃなくてですね」

美雨「変わらないから、なにもしないんじゃないんです」

よし「え?」

  メインテーマ、流れ始める。

美雨「私たちが変えようとしてがんばって・・それでも変わらないのなら・・変わらないことに・・意味があると思うんです・・もし、私達の行動で、なにも変わらないのだとしても・・その変わらない力がどれだけのものか・・見てみたいんです」

よし「・・・」

美雨「さようなら・・あの犬をよろしく」

  と、再び立ち去ろうとする。

よし「あの・・」

美雨「はい」

よし「名前を・・名前を聞かせてください・・」

美雨「美雨・・美しいに雨と書きます・・」

よし「名字は?」

美雨「捨てました!失礼します」

  と、立ち去る美雨。

よし「そして、それきり彼女は戻ってきませんでした・・ご飯をあげるように言われた犬も、それきり姿を現しませんでした」

  田中、気づいた。

田中「あ! ああ! それは俺だ! その犬は俺だ!」

千春「なによ、アインシュタイン、急に!」

田中「ああ・・・あの卵焼き、おいしゅうございました・・きんぴらごぼう、おいしゅううございました・・しゃけの切り身、おいしゅうございました、めんたいこごはん、おいしゅうございましたぁ!」

よし「カオリン・・僕はいつまでこんなふうに、時の狭間で生きなくてはならないのでしょうか・・いつまで・・僕は」

井上「よし君! タイムマシンはもう完成しそうなの!でも、でも、あなたがいつの時代のどこにいるか、正確に書いてくれないと、私達は・・あなたを助けに行けないのよ!」

  暗転。

  すぐに明転すると、タイムパトロールの拓弥と毛利、そして、賀屋がいる。

瀧本「お疲れさまでしたぁ。エー、なお、今回のツアーにおきまして、途中、お見苦しい点、お聞き苦しい点がございましたことを深く深くお詫びいたします・・次の時間旅行の際にも、是非、当社をご利用ください」

  と、瀧本、タイムパトロールの二人に気がついた。

瀧本「うそ! なんでここに? あ、わかった、また賀屋ちゃんのコーヒーを飲みに・・立ち寄ってらした・・」

拓弥「違うよ、用事はおめーだよ」

瀧本「え・・私」

毛利「しらばっくれるな!」

拓弥「おめーはこれから、タイムマシンの時間旅行記録を時間管理局に届け出る。な」

瀧本「はい」

拓弥「時間旅行が終わったら、そうするきまりだからな」

瀧本「はい」

拓弥「そして、時間管理局では、タイムマシンの開発秘話や、松下幸之助の二股ソケット誕生の瞬間などなどを巡るツアーのはずなのに、タイムマシンは変な時代からバックトゥザフユーチャーしてきていることを発見し、君を呼び出すんだよ」

瀧本「はい」

毛利「ところが、あんたは時間管理局の呼び出しをばっくれる。それで、時間管理局は我々タイムパトロールに出動を要請するんだ」

拓弥「んなことがこれから、起きるんだが、めんどくさいから、おめえが帰ってくるこの瞬間で待ちかまえていたというわけだ」

瀧本「うわ、せっかち」

拓弥「それで、その北川よし君をおめえは時間の狭間に置き去りにしたまま、帰ってきたってわけだな・・」

瀧本「置き去りにしたままって、まるで私が悪者みたいな言い方じゃないですか」

毛利「かわいそうでしょ、置き去りにして自分だけ帰ってきたりしたら・・」

拓弥「(と、紙を取り出し)これが君が書いた北川よし君の似顔絵だ・・」

瀧本「それ、私が描いたんですか?」

毛利「時間管理局でね」

拓弥「画、下手だねえ」

毛利「落書きかと思いましたよ」

瀧本「え、でも、私はこれで時間管理局へ出頭しなくてもよくなったわけだから・・すると、その画は描かないわけで・・え?すると、その画は誰が描いたんだ?」

賀屋「(のぞき込んで)北川よし、二十八さい・・この人を置き去りにしてきたわけね」

瀧本「でも、それは」

拓弥「それは?」

瀧本「だって、もしも、この二千十三年に連れて帰っちゃったりしたら、また問題でしょう。この前みたいに・・」

拓弥「そのあんたが時の狭間で会った人がもし、戻らなかったら・・タイムマシンは実用化されることがないかもしれないんだよ」

瀧本「ええっ!」

拓弥「それくらい重要な人なんだよ」

毛利「さあ、助けにいくからね」

拓弥「いつの時代に飛べばいいんだ?」

賀屋「私も行きたい!」

毛利「だめです」

拓弥「(毛利に)おまえもう帰るか?」

毛利「(賀屋に)いっしょにいきましょう」

  暗転。

  明転。

  公園。

  金安がいる。

  やってくる頼子。

頼子「やっぱりここにいた・・ご飯できたわよ」

金安「え、ああ・・」

頼子「公園、好きね」

金安「うん、壮大な映画の事を考えるにはあのアパートは狭すぎるからね」

頼子「思いついた?フランケンシュタインと主人公の麻英子の間にはなにが、起きるのか」

金安「何かが起きるんだよ」

頼子「まだ、考えつかないのね・・」

金安「大丈夫、考えるんだ、ずっと・・・そうすれば、ほんの些細なことがきっかけで、物語は生まれる・・それまでは考えるんだ・・」

頼子「いいわよ、好きなだけ考えていれば・・生活は私がなんとかするから・・」

金安「(まじめに)大変か?俺、コマーシャルの仕事とか、やっぱやったほうがいいかな・・この前の、『サンガリア』のコマーシャル蹴ったの、実はまだ後悔してるんだ」

頼子「なにバカなこといってるのよ。映画のことだけ考えてなさいよ、あんたは映画監督なんだから・・そりゃねえ・・大変よ・・でも、あなたの前で大変な顔するわけにはいかないから・・あなた、いつもいうじゃない『おまえは笑っている方が絶対にいいんだからって』」

金安「あ・・ああ・・・」

頼子「大変だけど・・二人でいて良かったと思う瞬間が多いのよ・・大変なことを補ってあまりある瞬間がね・・」

金安「どんな時に、そう思う?」

頼子「雨の日にドライブして、高速道路が渋滞して、進まなくなった車の中でカーラジオから流れてきたスマップの『夜空のムコウ』を大声で歌って、隣のトラックの運転手にうるさいって怒鳴られた時」

金安「あ・・ああ・・」

頼子「夜中にやっていたタイトルもわからないヨーロッパ映画を見て、主役の女の子がかわいそうだと、二人で涙を流した時・・・夜の商店街を缶蹴りしながら歩いたり、寝不足も省みず、二人で交互にファイナルファンタジーをやって、明け方、窓の外から差し込んでくる朝日を浴びて、最後のボスキャラを倒した時・・」

金安「子供だったら、親が止めるだろうけど、俺達には止めるやつがいないから、やり放題だもんな・・」

頼子「そう・・やり放題だからいいのよ・・どこまでもね、やり放題だから・・あなたは・・」

  と、その公園に突然現れるタイムパトロールの二人と賀屋。

拓弥「よっしゃぁ!」

毛利「到着!」

  拓弥、見回して。

拓弥「お待たせしました・・タイムパトロールです」

金安「は?」

毛利「二千十三年の未来から、あなたを元の時間に戻すべく、タイムパトロールがやってきました」

金安「あ・・あの、いや、頼んでませんけど」

賀屋「北川さんですよね。北川よしさんすよね」

金安「いえ・・違います」

賀屋「違う人みたいですよ」

拓弥「そうですか。このあたりは夜、物騒なのでお気をつけください。では・・」

毛利「ナイスフォロー」

金安「タイムパトロール?」

  と、やってくるよし。

  ベンチに座った。

毛利「(よしに気づいた)タクちゃん」

拓弥「なに?」

毛利「こっちにもそれらしき人が」

拓弥「あ、北川よしさんですね・・」

よし「はい・・あなた達は・・」

拓弥「お待たせしましたタイムパトロールです。二千十三年の未来から、あなたを元の時間に戻すべく、タイムパトロールがやってきました」

よし「・・元の時間に戻す・・」

賀屋「あれ、なんか瀧本さんの話とちょっと違うな・・北川さんってこんなおじいさんだっけ?」

よし「タイムパトロール・・聞いたことあります・・」

拓弥「もう大丈夫ですよ・・たいへんだったでしょう・・時間を漂流するのは」

よし「もう・・四十年になります」

賀屋「四十年?」

よし「千九百九十八年に帰れないまま・・もう、四十年になりました」

賀屋「四十年もさすらっていたの?」

よし「ええ・・」

拓弥「お疲れさまでした・・では、戻りましょう・・千九百九十八年へ・・」

よし「いえ、結構です」

一同「え?」

頼子「フランケンシュタインの頭にはレーサーだった麻英子の彼氏の脳味噌が入っている」

金安「そうだ」

頼子「麻英子の前に現れた彼は、もう、彼の姿をしていない」

金安「そうだ」

頼子「変わり果てた姿の彼氏にとまどう彼女」

よし「私はもう、こんなおじいちゃんになってしまいました。今更、カオリンには会えませんよ・・」

賀屋「なに言ってるんですか、さあ、行きましょうよ。彼女だって待ってますよ」

よし「今、彼女に僕が会っても・・きっと、僕が誰だかわからないだろう・・」

頼子「フランケンシュタインは、麻英子が目の前に現れたとき、彼女のことを覚えているの?」

金安「どういうことだ?」

よし「彼女はきっと、僕が僕だとわからない」

頼子「フランケンシュタインが彼女に会った時に、彼女が誰だかわからないとしたら?」

よし「考えてもみてください。突然、四十も年をとった男が目の前に現れたらいどう思いますか?」

頼子「彼は、彼女のことがわからない」

拓弥「それは行ってみなければわからないでしょう」

金安「なるほど・・彼女は必死の思いでフランケンシュタインに会う。だが、彼は彼女が誰だかわからない」

よし「怖いんです・・僕は・・今、このままの姿で会った時に、彼女に拒否されるんじゃないかって・・」

金安「彼女は必死に思い出をたどる」

頼子「それでも、その溝は回復できない」

金安「そう・・それもゆっくりと・・」

頼子「え?どういうこと?」

金安「時間だ・・この物語は・・時間がなにもかも押し流していく物語なんだ・・そして、人々は、その濁流の中で翻弄される・・頼子、いける、いけるぞ『星降る夜のフランケンシュタイン』に登場するフランケンシュタインは・・ガールフレンドの麻英子の記憶を徐々になくして行くんだ・・」

拓弥「戻りましょう・・いいですね・・時は過ぎていきます・・でも、人はその流れに逆らう事を覚えたんです・・」

金安「いける・・いけるぞ・・頼子、頼子!」

拓弥「井上博士の研究室へ・・バックトゥザフユーチャー」

  SE ドカーン

  暗転。

  カウントダウンが聞こえる。

井上「三・・二・・一・・」

井上・千春「ゼロ!」

  明転。

  舞台中央にアインシュタイン。

  そして、それを挟むようにして井上と千春がいる。

  井上と千春、タイムリープさせて帰ってきたアインシュタインのことを喜んでいる。

千春「アインシュタイン!」

井上「帰ってきた、アインシュタイン、帰ってきた!」

千春「おまえ、やればできるじゃないか!」

田中「あのねえ・・一番喜んでいるのは無事に帰ってこれた俺なんだからね」

井上「成功だ・・タイムマシンが・・タイムマシンが完成したんだ!」

千春「やったね、やったじゃん」

井上「これで・・これでよし君を探しにいける・・」

  と、気がつくと、その後ろによし、タイムパトロールの二人、賀屋がいる。

井上「うわ!」

千春「な、なに?」

拓弥「お静かに・・タイムパトロールです」

井上「タイムパトロール?」

拓弥「井上カオリ博士ですね」

井上「・・・はい」

拓弥「時の狭間をさまよっていた北川さんをお連れしました」

井上「北川・・・よし君?」

よし「・・・ただいま」

田中「よしさん!なに?年とっちゃったんじゃない、なんか」

井上「無事だったの?」

よし「はい・・」

拓弥「でも・・彼は四十年間・・放浪していたので」

井上「四十年?」

よし「はい・・タイムマシンがちょっと、まだ、不完全だったらしく」

田中「そうよ・・そうなのよ・・あれはねえ、悪魔の発明だからね・・」

千春「アインシュタイン・・わんわんうるさいよ」

井上「四十年も・・」

よし「・・・はい」

井上「ごめんなさい・・私の研究の詰めが甘かったために・・あなたに、そんな・・」

よし「いえ、いいんですよ・・そんなことは」

井上「よくはありませんよ・・だって四十年も・・」

よし「もう、カオリンに会えないかと・・あきらめてました・・距離が離れているのなら、どんな手段を使ってでも、会いに行くことはできるじゃありませんか。例えそれが地球の裏側であったとしても、飛行機や船を乗り継ぎ、歩いていけば、会えるじゃないですか。でも、時間だけは・・どんなことをしても・・私の力ではどうしようもなかったんです・・このタイムパトロールの人達が私のいる時間に来てくれなかったら・・」

井上「ごめんなさい・・ありがとう」

よし「カオリン・・僕は四十も年をとってしまった。でも、君はあの時のままだ。僕の胸の中の君と、今、ここにいる君は・・なにも変わらない。もしかしたら、僕は、幸せ者かもしれない・・誰もがきっと思う事だ。自分が昔恋した人は、今は自分と同じだけ年をとり、どこかで生きている。生活に追われ、老いと戦い・・もう一度、その人に会ったとしても・・それはもう昔恋した人ではない・・けれども・・君は・・あの時のままだ・・何一つ変わってはいない・・」

  と、よし、それだけ言うと出ていこうとする。

井上「どこへ行くの?」

よし「長居をしすぎました・・こんな老いぼれが大学のキャンパスにいたら・・」

千春「待って! あの時、いいかけたことがあったじゃない、あれはどうするのよ」

よし「え?」

千春「これであなたの時間旅行は終わったのよ・・あなたは言ったじゃない、時間旅行が終わったら・・言うって」

よし「・・・あ・・・・ああ・・あれはもう」

千春「好きですって言うつもりじゃなかったの? つきあってくださいって言うつもりじゃなかったの?」

よし「好きです?つきあってください?誰が・・誰に?私はもう、おじいちゃんですよ・・確かに、あの時は・・そう言うつもりでした・・でも、今、そんなこと言ったら冗談にもならない・・」

千春「言うだけ言ってみないんですか?それ・・言わなくていいんですか?」

田中「今言わなきゃ、永遠に言えなくなるぞ。いいのか!今だ、今なんだ、今しかないんだ。今を生きろ!」

よし「好きでした・・つきあって欲しかった・・さようなら」

  と、足早に出ていこうとするよし。

井上「待って! 」

  よし、立ち止まった。

井上「待ってください・・よし君が書き送ってくれた杉の木の下の手紙のおかげで・・タイムマシンが・・やっと完成しました・・人類初の誤差のほとんどない、完璧と言ってもいいタイムマシンの初号機です」

千春「タイムマシンの初号機『カオリン一号』と呼んでください」

井上「このカオリン一号で、もう一度時間を飛んでもらえませんか」

田中「おいおいおいおい!また失敗したらどうするつもりなんだよ」

井上「今度は・・大丈夫です」

よし「それで、どこへ、飛ぶんですか?」

井上「四十年後に」

よし「四十年後?」

井上「四十年後の二千三十八年へ」

よし「二千三十八年」

井上「よし君・・あなたは私のために、四十歳も年をとってしまったでしょう・・だから、四十年後にあなたを飛ばして、私と会えば・・二人の年の差は・・変わらないはず」

田中「確かに、その時はおじいちゃんとおばあちゃんになってはいるねえ」

井上「あなたは私のために四十年という気の遠くなる時間を使ってくれた・・四十年後に・・今の言葉を・・もう一度聞かせてもらえますか?」

よし「・・カオリン・・なにをバカなことを言っているんだ・・」

井上「私は、これから四十年、誰ともつきあいません。誰とも結婚しません」

一同「ええっ!」

井上「だから・・四十年後でまた・・」

よし「なにを言っているんだ・・君はまだ若く、才能もあり、未来だってある。それを・・誰ともつきあわないとか・・結婚しないとか・・」

井上「私も・・あなたのことが好きでした・・」

よし「え?」

井上「タイムマシンが完成したら・・言おうと思ってました。つきあってくださいって、言おうと思ってました・・四十年後の二千三十九年の一月三十日の夕暮れで待っていてください。必ずあなたの元へ参ります」

よし「わかりました・・でも、一つだけ約束してください」

井上「なんですか?」

よし「もしも、これから四十年の間に、好きな人が現れたら、も迷わず、その人と一緒になってください。僕は、今のあなたの気持ちだけで・・十分です」

井上「四十年後の今日、この時間に・・待ち合わせは、神社の杉の木の側のベンチで・・」

よし「わかりました」

井上「千春・・『カオリン一号』セットして」

千春「いいの、ほんとに・・」

田中「大丈夫なんだろうなあ、そのタイムマシンは・・」

拓弥「もしも、そのタイムマシンに何かあった時は、我々タイムパトロールのタイムマシンでなんとしてでも、お連れするよ」

毛利「たぶん、大丈夫だと思うけどね・・歴史的には、千九百九十九年の一月三十日にタイムマシンは完成しているんだからさ・・」

拓弥「毛利ちゃん、それ以上言っちゃダメよ・・」

千春「セット完了」

井上「カウントダウンスタート」

千春「『カオリン一号』作動。十、九、八、七、六、五・・」

拓弥「(よしと井上に)ほんとにそれでいいんですね」

よし・井上「はい」

拓弥「セイムタイム、アフターフォーティイアーズ・・」

  曲、カットイン。

拓弥「バックトゥザフユーチャー」

  SE ドッカーン!

  ゆっくりとフェードアウト。

  そして、ゆっくりとフェードインすると・・ 

  そこは神社のベンチ。

  よしが一人いる。

  しばらくして、ゆっくりと顔を上げる。

  やってくる、おばあさんになった井上。

  咄嗟に立ち上がるよし。

  井上、ゆっくりとよろよろと来る。

井上「・・・お待たせ・・しました」

よし「あ・・ああ・・いえ・・」

井上「お隣、よろしいですか」

よし「あ、ああ、どうぞ」

  と、井上、よしの横に腰を下ろした。

井上「すぐに、わかりましたか? 私だって・・」

よし「それは、わかりますよ・・あなたの面影は僕の胸の中に刻みつけてありますから・・」

井上「でも、おばあちゃんになっちゃったから・・」

よし「変わっていませんよ・・あの時と・・あなたは」

井上「うそですよ、そんなの・・でも・・」

よし「え?」

井上「嘘でもうれしいです・・」

よし「・・・・」

井上「怖かったんです・・」

よし「え?」

井上「あなたは、あの時、僕の思い出のあなたは年をとらないし、現実のあなたも・・年をとっていない、僕は幸せ者なのかもしれないって・・おっしゃったでしょう・・だから・・年をとっちゃった私を見たら・・幻滅するじゃないかって・・」

よし「僕は、現実に生きている人を好きになったんです・・僕の中の妄想を好きになったわけじゃないんですよ。生きていれば、人は老いていきます。問題は、どう年をとっていくかです。あなたはきっといい年の取り方をしたんだと思います」

井上「だと、いいんですけど」

よし「年をとるに従って、人は希望を失っていきます・・でも、僕は、希望を失わずに四十年間生きていけましたから・・四十年って思い返せば・・短かった気すらします」

井上「そんなはずはありません。四十年が短いはずないじゃありませんか。四十年は四十年です・・」

よし「つらい思い、されましたか?この四十年・・」

井上「よし君、あなたのほうこそ、つらくはありませんでしたか?寂しくはありませんでしたか?」

よし「それは寂しいときもありました・・でも、僕には希望がありましたから・・あなたにもう一度会うんだという希望がありましたから・・」

井上「私も、それは・・寂しい時もありました・・でも、それって、一人で寂しいんじゃないんです。四十年間時の狭間をさまよってきたあなただって、きっと寂しい思いをしたと思うんです。そう考えたら・・私の今の寂しさは一人で寂しいんじゃないんだ・・二人で寂しいんだって・・」

  と、降ってくる雪。

井上「あ、寒いと思ったら・・」

よし「寒いですか」

井上「いえ・・」

  よし、井上の肩を抱いてやる。

井上「私はこんなおばあちゃんになってしまいましたけど・・でも、まだ、なにも始まっていないと思ってました。あなたともう一度会って・・それで・・そこからなにもかもが始まるんだと・・そう思ってました・・」

よし「そうですね・・年、とっちゃいましたけど・・ここから・・ですよ」

井上「そうですね・・本当にそう、今日から始まるんですね・・なにもかもが・・」

よし「そう・・今日から・・今、この瞬間から・・」

井上「なにもかもが、今、この時から始まる・・」

よし「寒いですか・・」

井上「大丈夫です」

よし「もう、帰りましょうか」

井上「いえ・・もう少し・・このままで・・今のままで・・・」

  曲、イン。

  雪の降り注ぐ中、ゆっくりと暗転。

  そして、再び明転すると、この文字。

  『To be continued』            おしまい。

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