●『第1話』
第1話 『流れ続ける流れ星』
  コンビニの狭い控え室。
  エプロンしたバイトの安夫がパイプ椅子に座って一人で煙草をふかしている。
  店内放送がかすかに聞こえている。
  やがてやってくる、同じくエプロンをした拓弥。
拓弥「お疲れさまです」
安夫「お疲れさま」
拓弥「あ、疲れた・・ほんとに・・十二時間労働ですよ、十二時間」
安夫「やーもう大変だよね、一人バイトが休むとさ、その分働かなきゃなんないから」
拓弥「ほんとっすよ・・もう来ないのかとあきらめてましたけど」
安夫「俺ね、今、あいつがここで着替えてる間、がつんと言ってやったから」
拓弥「ほんとですか」
安夫「ほんとほんと、だってさ、若いとねえ、いくら塚本君が店長代理でもさ、こう上からがつんと言えないじゃない」
拓弥「まあ、そうなんっすけどね」
安夫「俺もまあ、入ったばっかりでなにか言える立場じゃないけどさあ、でも、こういう時って、どっちが先輩とか後輩とかないからねえ、先輩と後輩の一番の違いってさ、時給が百円、二百円高いかどうかってとこでしょ・・五百円も千円も違やしないんだから・・だからさ、やっぱり思うんだよね、バイトはバイト同士でこう、なれ合うことなく、お互いを助け合ってしかりあって、情報交換して・・ね、日々、時給のために働かないとね・・・しょせんはさあ、バイトなんだから・・弱いんだから・・俺さ・・十八からずっとバイト。バイト人生。(拓弥を指さし)学ぶところ多いと思うよ」
拓弥「ええ、勉強になりますよ」
安夫「大変なんだよな、バイトも長くやってると、いろんなとこ転々として・・塚本君はここ長いんだってね」
拓弥「ええ・・高一の・・春からですから」
安夫「じゃあ、あれだね、たたき上げの店長候補だ」
拓弥「いや、長いとね、どうしてもやらなきゃなんないことが増えてきますから・・でも、大変なのは、そんなに気にしてないですけどね。今日みたいにバイトが来ないってのはヤですけど、まあ、忙しいのは好きですからね。なんか、必要とされているっていうか」
安夫「いや、俺もねえ、店長の補佐みたいなのやってたことだってあるんだよ」
拓弥「その前の店でですか」
安夫「いや」
拓弥「その前の前の店で?」
安夫「いや、ずっと前の店で・・もう十年近くになるけど」
拓弥「え、そんな前に?」
安夫「俺は十八からバイトやってるから」
拓弥「ああ、そうなんですか」
安夫「履歴書にね、書いてない人生があるから、俺」
拓弥「はあ・・」
安夫「わけあってバイトをね、転々としてたんだ」
拓弥「どれくらい転々としていたんですか?」
安夫「(理解していないのにいらだって)あのねえ、十八からバイトしてるんだからさ・・」
拓弥「・・すいません、ほんとは今、和田さんっていくつなんですか」
安夫「いくつに見える?」
拓弥「いや、それ、わかんないから聞いてるんじゃないですか」
安夫「わかんないからクイズになるんじゃない」
拓弥「え、これ、クイズなんですか」
安夫「クイズだよ」
拓弥「いつからクイズになったんですか」
安夫「いいから答えろよ」
拓弥「四十・・二とか・・」
安夫「なんで?」
拓弥「はい?」
安夫「なんで俺が四十二に見えるの?」
拓弥「え、いや、あの・・よくいうじゃないですか、男の厄年は四十二だって」
安夫「厄年? 俺が? そう見える?」
拓弥「いや、なんかよくないことばっか起きてそうだから・・四十二には見えませんけどね・・でも、四十二とかかなって」
安夫「三十六だよ」
拓弥「(どうでもいいけどそれを悟られまいとして)あ、ああ・・ああ、ねえ」
安夫「俺がほんとに四十過ぎに見える?」
拓弥「いや、僕、今、二十六なんですけど・・すいません、三十過ぎると、みんな一緒に思えち      ゃうんですよ」
安夫「うそだあ」
拓弥「いや、ほんとですって」
安夫「うそだよ」
拓弥「ほんとですって・・だって和田さん、道歩いていて、向こうから女子高生が来たら、二年生と一年生の区別つきますか? 一年生と三年生はどうなんですか? 二年生と二年生はどうなんですか?」
安夫「あ、まあ、なあ・・言われてみればそうかもなあ」
拓弥「人間、自分の年のプラスマイナス五歳くらいまでしかはっきりと認識できないんじゃないんですかね」
安夫「なるほどねえ」
拓弥「三十六ですか」
安夫「十年後が(自分を示し)これだよ」
拓弥「え・・」
安夫「なんだよ嫌なのかよ」
拓弥「いや、そんなことはないっす」
安夫「あ、ごめんごめん・・なんか今、バイト先の先輩に俺、すごんじゃったかな」
拓弥「(そうですとも言えず)・・・」
安夫「いちおうね、バイト先では先輩後輩っていう上下関係をね、大事にしないとね・・」
拓弥「(めんどくさいなあ)・・・・」
安夫「でもさあ、塚本君さあ、いくつだっけ?」
拓弥「二十六です・・さっきも言いましたけど」
安夫「ごめん、俺、人の話半分も聞いてないから・・二十六って言うと俺の十こ下だろ、偉いなあ、あとから入ってきた十こ上の人間に仕事教えてさ・・使わなきゃなんないってさ・・大変じゃない?」
拓弥「大変ですよ・・」
安夫「(そんなにストレートに返さなくてもと、むっとしている)・・・」
拓弥「大変ですけど、これもまあ、仕事ですから・・ほんとにいろんな勉強になりますから・・」
  そう言われてちょっと安夫は悪い気はしない。
安夫「厄年が早く来ちゃったんじゃないの?」
拓弥「厄年は十六年も早く来ません」
安夫「じょーだん、じょーだん・・厄年か・・俺、厄年まであと六年、いや、五年か・・しかし、厄年ってあれだろ、よくないことが起きるんだろ」
拓弥「いや、みんながみんな全員絶対に起きるってものでもないとは思いますけどね」
安夫「でも、確率高いからみんなで気をつけようねって厄年を定めたわけじゃない」
拓弥「定めた? 定めたんですか厄年は」
安夫「まいったな、五年後は今よりもピンチか」
拓弥「ですね・・」
安夫「年とるとあれだな」
拓弥「なんですか?」
安夫「なんか楽になるかと思ったら、全然そんなことないな」
拓弥「どうして楽になるんですか?」
安夫「いや、なんとなくさ、そんな感じするじゃない」
拓弥「そんな・・いや、そういうことだからあれなんじゃないんですか」
安夫「あれってなによ」
拓弥「いや、なにも変わらないっていうか・・悪くなるっていうか」
安夫「あれま、意見されちゃったよ」
拓弥「あ、すいません」
安夫「あ、いいのいいの、どんどん意見して・・この年になるとね、若いバイト君達となかなか仲良くなれなくてね」
拓弥「そんなことないっすよ」
安夫「そうなんだよ・・仲良くなる前にバイト、クビになったりするんだよな」
拓弥「クビになるんですか」
安夫「なるね」
拓弥「それ、どういう理由でクビになるんですか」
安夫「行きたくなくなってさ、しばらく休んでると電話かかってくるんだよ『もういい』って」
拓弥「バイトは行かないと」
安夫「だよな、そう、そう、ほんとそう。よくわかってるよな、君は、若いのに」
拓弥「いや・・そんな・・」
安夫「さすが店長補佐」
拓弥「やめてくださいよ」
安夫「でもあれだろ、店長補佐っていうくらいだから、こうバイトの仲間達がいて、こっちに正社員のグループがいたとしたら、どっちかっていうとこっちの正社員のグループに近いんだろ」
拓弥「近いってどういうことですか?」
安夫「いや、だからさ・・店長とかさ、俺のことどう見ているのかってこう、いろいろ知ってるんじゃないの?」
拓弥「それは・・」
安夫「なんて言ってるの? 店長は俺のことを・・」
拓弥「なにも言ってませんよ」
安夫「ちょっと聞かせてもらおうかな、そこんとこ」
拓弥「ありませんって」
安夫「塚本君」
拓弥「なんですか」
安夫「あのさ、興味本位で聞いてるんじゃないんだよ、ね、生活、あるんだからさ・・俺、クビ恐怖症なんだよ、今までほんといろんなとこクビになってさあ」
拓弥「でも、それは行かなくなったからでしょ、ここはまだ来てるじゃないですか、それは問題ないですよ」
安夫「でも、ほら、厄年近いし」
拓弥「まだ五年もありますって」
安夫「でも、厄年ってあれだろ、前厄とかあるんだろ」
拓弥「あ・・ああ、ありますね」
安夫「前々前々前厄とか・・」
拓弥「そんなのはありませんよ」
安夫「それはないか・・」
拓弥「ないですよ」
安夫「でも、まあ、そんな遠い未来の話でもないんだよ、俺にとってはさ・・」
拓弥「(言い出そうかどうしようか迷っている)・・・」
安夫「また、履歴書書かなきゃなんないんだからさ・・って言っても、マスターの履歴書作ってあるから、それ写せばいいんだけどね」
拓弥「・・・・・」
安夫「この年になって思うけどね・・バイトはね・・失うものだね」
拓弥「・・・・」
安夫「失って・・また探して・・また失って・・また探して・・失って・・また探して・・失って・・失って・・」
拓弥「・・・・」
安夫「そんなの、わかんないだろ、なあ・・・塚本!」
拓弥「和田さん」
安夫「なんだよ」
拓弥「また探してください」
安夫「・・・・」
拓弥「たぶん・・・近日中だと思います」
安夫「・・・・そうか」
拓弥「はい」
安夫「理由・・・聞いてもいい?」
拓弥「・・・・」
安夫「俺、今回、休まないで来たんだけどなあ・・酒で失敗もしてないし・・理由はなに?」
拓弥「年齢です」
安夫「年?」
拓弥「他のバイトの・・俺よりも若いやつが・・お父さんと一緒に働いているみたいで・・やめたいとか言ってて」
安夫「誰が?」
拓弥「誰がってことじゃないんです・・みんなです」
安夫「まあなあ、俺が十八とかで子供作ってたら、全然おかしくないもんな、親父っていっても・・」
拓弥「ええ・・でも、あの」
安夫「一人だけ、いいかっこするわけじゃありませんけど、僕はそんなこと思ってません、本当です」
安夫「そう、ありがとね」
拓弥「はい、すごく・・勉強になりますから」
安夫「塚本君」
拓弥「はい」
安夫「勉強になります、勉強になりますって、そんなに勉強してどうするの」
拓弥「そう・・そうですか?」
安夫「どっかで勉強するのやめると、楽になるよ」
拓弥「あの・・さっきの・・話ですけど」
安夫「なに?」
拓弥「和田さんが店長代理だった頃の話です」
安夫「あ、ああ・・」
拓弥「いつ頃の話だったんですか?」
安夫「二十六・・」
拓弥「二十六ですか」
安夫「そうだよ」
拓弥「今の俺の年か・・」
安夫「思えばあの頃が俺のバイト人生のピークだったよ」
拓弥「・・・俺も、実はそうなんじゃないかなって思ってます」
安夫「そうなんじゃないか?って?」
拓弥「今がピークなんじゃないかなって・・」
安夫「そんなことないよ」
拓弥「あとは下り坂で・・」
安夫「ちょっと待て、ちょっと待て」
拓弥「そこを転がり落ちていくだけなんじゃないかって」
安夫「待て、つってんだろーが!」
拓弥「そんな気がして」
安夫「そんなことはないよ」
拓弥「(力無く)そうですかね」
安夫「十年もすりゃ俺みたいになれるよ」
拓弥「・・・(安夫を一瞥した)」
安夫「うれしかないかもしれないけどな」
拓弥「・・うれしくはないですね」
  しばし、間があって、
  立ち上がる拓弥。
拓弥「今日は・・疲れたんで・・もう帰ります」
安夫「お疲れさま」
  そして、拓弥、去り際に振り返り。
拓弥「和田さん・・いつまで・・こんなことやるんですか?」
  安夫、拓弥を見る。
安夫「いつまでって・・死ぬまでに決まってんだろう・・・」
拓弥「ですよね・・」
  そして拓弥、ふっ切るように元気な声で。
拓弥「お疲れ様でした」
安夫「はい、お疲れさん」
  拓弥、去る。
  見送った安夫、煙草に火をつけながら、
安夫「死ぬまでに決まってんだろう・・なにいってんだよ」
  煙草を一口吸い、
安夫「わけわかんねーよ」
  暗転。

●各話タイトル 『流れ続ける流れ星』

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