『自由を我らに』
 作・じんのひろあき

 登場人物

 北川(44北川)政府役人 代表
 最所(最所美咲)政府役人
 佐藤(佐藤正和)政府役人

 大出(大出勉) 小説家
 芹沢(芹沢秀明)特攻帰りの小説家
 福島(福島まり子)売れっ子女流作家
 江原(江原里美)売れてない女流作家
 種子(種子)劇作家
 井上(井上カオリ)随筆家
 小山(小山萌子)歌人
 豊島(豊島侑也)推理小説家
 塚原(塚原大助)新聞記者
 白井(白井圭太)広告文案家

  客入れ。
  性能の良くないラジオから聞こえてくる、終戦直後あたりに流行ったアメ
リカのポップス。レコードの状態が良くないのか耳障りなぱちぱちという音が
必要以上に響いている。

  溶明。
  役所の会議室のひと部屋。
  舞台の中央から下手に大きな楕円の丸テーブル、そこに向かって不規則に
並べられた椅子。
  舞台奥、窓外に上手から下手まで続く外の廊下が見え、上手奥から入って
きた人が下手付近のドアを開けてこの部屋へ入ってくる様がわかる。
  室内、上手奥にはそのテーブルに対して一段高くなった席が設けられ、椅
子が三つ並んでいる。上手の手前に古びた黒板。
  外の廊下、上手方向から話し声が聞こえてくる。
  姿を見せたのは政府側の役人、佐藤と小説家の大出。

佐藤「お忙しいんでしょうね、先生は」
大出「いやまあ、ぼちぼちだよ、本当……憧れるよね、忙しい生活ってのに…
…ほら、こっちはいくらでも書く題材とかね……ありあまっているんだけど、
いかんせん、雑誌がね、君、ほら、あれだから……」
佐藤「ああ……紙がね」
大出「不足してるもんだからさ……ただでさえこの前の戦争で潰れたり、休刊
という廃刊になったりね」
佐藤「ああ、やっぱりそうですか」
大出「そうだよ、君。純文学ってのが、いかに、人々の生活に必要とされてい
ないのかって事が身にしみてわかったよ」
佐藤「いや、でもこれからは……」
大出「ちったあ、よくなってくれるのかなあ」
佐藤「時代が変わるんですから」
大出「変わるといいねえ……」
佐藤「我々が変えて行かないと……」

  と、やってくる芹沢。

芹沢「(大出を見つけるなり)大出!」

  大出、ガタンと反射的に立ち上がり。

大出「芹沢!生きてたのか」
芹沢「……ああ……」
大出「……(感無量)……生きてたのか……特攻に行ったってあららぎの編集
の竹村から聞いて……」
芹沢「死にぞこなっちまってね」
大出「よかったな……」
芹沢「よかったのかな」
大出「よかったじゃないか」
芹沢「………」

  と、適当な椅子にどっかと座る芹沢。

大出「続きは、書いてんのか?『闇への供物』の……」
芹沢「いや……もう……今は」

  と、芹沢が言葉を続けようとしたときに元気よく入ってくる女流作家の福
島。

福島「失礼しますぅ」
大出「(福島に)おーっ!」
福島「(答えて)あ!おーっ!」
佐藤「(福島に)よろしくお願いします」
福島「あ、はいはい……こちらこそ」
  
  と、適当な椅子に座る。

大出「読んだよ、新作」
福島「あ、あれ?」
大出「『契りの河』」
福島「あー、恥ずかしいなあ」
大出「なんで?よく書けてたじゃない、いつもの女心のドロドロが」
福島「ん!でも、もっとドロドロしたかったんだけど……締め切りがね」
大出「君は売れっ子だからねえ」
福島「そんなことないけど……」
大出「(芹沢に)読んだ?彼女の新作」
芹沢「いや……」
佐藤「いや、評判いいですね、先生の新作は」
福島「え、本当に?もう読んで頂けたんですか?」
佐藤「そういう噂を小耳にはさみました」
大出「でもいいよな、売れっ子はさ」
福島「そんなこと、ありませんよ」

  と、やってくる江原。

江原「……こんにちは……」
大出「(福島と同じリアクション)お!おお!」
江原「あ、どうも……」

  と、すんなりと席に着く江原。

江原「(福島に)あの……読みました、新しい奴」
福島「(よそよそしく)あ、どうも」
江原「ああいう風に虐げられてる女性って、ああいう態度には出ないんじゃな
いかなっておもいました」
福島「そうですか?」
江原「そうですよ」
福島「私が彼女だったら、ああいう言動に出ると思いますけどね」
江原「感性が違うのかな」
福島「違うんでしょう、私とは決定的に」
江原「みたいですね」
福島「でも、気に入らないんだったら、読まなきゃいいんじゃないですか?」
江原「いえいえ、やっぱり同世代の作家の作品は目を通してないと」
福島「でも私、江原さんの作品を読むことが出来ないんですけど」
江原「私の作品は一般受けしませんから」
 
  と、やってくる種子。

種子「(顔を突っ込んで)憲法のあれはここで?」
佐藤「(と、立ち上がって)あ、そうです」
種子「(見回して)え? こんなとこで?」

  そして、入ってくる種子。

種子「いや、迷っちゃって……」
佐藤「すいません……あの、地図とかお渡ししたと思うんですけど」
種子「地図ね……私、地図が手元にあっても、自分がこっちだと思ったら、迷
わずそっちに行っちゃう人だからさ」
佐藤「どうも、お忙しいところ申し訳ございません」
種子「今、歌人と随筆家の方、いらっしゃいますから」
大出「(佐藤に)え?なに歌人って」
種子「短歌とか俳句とか作ってるらしいですよ。詩も書いてるとか言ってたけ
ど」
大出「(佐藤に)小説家だけ集めたんじゃないんだ」
佐藤「ええ、お書きになられる様式を問わず、とにかく言葉を扱う方々を集め
るようにと……」

  と、やってくる井上と小山。

種子「(佐藤に)適当に座っていいんでしょ」
佐藤「ええ、どこでも、お好きなところに」
種子「その辺、座っちゃいなよ」
井上「どうも、今日はなんかお招きにあずかりまして。なにしろ急なお話だっ
たもので、もうびっくりして、家中でもって大騒ぎでしたよ。もうとにかく、
何を着てくればいいのかから始まって、だってあれですよね、終わってから記
念撮影とかあったりしたらねえ。なんたって、今日は歴史に残る行事とかなん
でしょう」

  と、一度座るが、すぐに立ち上がって。

井上「あ、ご挨拶、遅くなりまして。わたくし、随筆などをしたためておりま
す、井上、と、申します。よろしくお願いします」
大出「でもさあ、モノ書きだったら、なんでもいいっていうのは、どーかと思
うよ」
種子「いやあ、今日はもう本当に間に合わないかと思いましたよ」
佐藤「今日も、公演が?」
種子「ええ……高崎で四時に終わって……」
井上「自分でお書きにもなるんですよね」
種子「ええ、書いて、演出して出て……」
大出「劇作家か……」
佐藤「今はどういったお芝居を?」
種子「心中物なんですよ」
福島「え?心中物?」
種子「(福島に)あれ?お好きですか?」
福島「ええ、心中物、大好きです」
種子「今やってるのは戦争未亡人になっちゃった奥さんと結核持ちの呉服屋の
一人息子の話で」
福島「私、そういうの好きです」
種子「それで、呉服屋の女中が間に入ってきて、三角関係になって……」
福島「え、それってひょっとして」
大出「(福島に)おまえの書いた『契りの河』と同じ話だな」
種子「あ、ご存知ですか、あれをたまたま読んで、面白かったんでお芝居にし
たら、これが大当たりで」
福島「あれ、書いたの私なんです」
種子「あ、そうなんですか、あれおもしろかったですよ、本当」
大出「それ(福島)おまえは許可したのかよ、芝居にしていいって」
福島「たった今、初めて知りました」
大出「ちょっと、それ、言ってやれよ、作家が書いて発表したものを勝手に無
断で芝居にするなって、しかもしれで金取ってるんだろうが!」
江原「それは徹底的に抗議すべきです、作家として」
福島「え……えー!」
大出「(江原に)なあ、冗談じゃないよな」
福島「……お芝居になってるんだ、私の小説……」
大出「(種子に)勝手にだね、人の小説を……」
福島「えー、それ、なんっていうか」
大出「なんて言うんだ!」
福島「なんていうか、うれしい!」
大出「え!」
江原「嬉しい?(改めて驚いて)嬉しい?!」
福島「え、だって、だって嬉しくないですか、あれ、絶対お芝居にして役者さ
んが演じてくださった方が、なんていうんですか、人間の強欲な部分がより前
面に押し出てきて嫌な感じが増しますよね」
種子「確かに、それはやってみて確実に手応えを感じました」
福島「やっぱりなあ、あの作品に欲しいのは人の温もりのある、嫉妬と憎悪で
すよね」
種子「あ、じゃあ、今度見にいらしてくださいよ。案内さしあげますから、ご
招待しますよ」
大出「招待するのは当たり前だろ、原作者なんだから」
江原「人の作品盗んで、お金まで取るんですか?」
大出「(福島に)いいのかぁ、あんたもそれでぇ!」
江原「作家の尊厳は、どうなるんですか!」
福島「(聞いてない)行きます、行きます。あの、最後に日本刀を(肩の)こ
っから斜めに刺して死んでいく東太郎也はどんな方がやってらっしゃるんです
か?私の希望としてはかっこいい役者さんにやっていただきたいんですけど」
種子「私です」
福島「はい?」
種子「私がやってます」
井上「さっき、作、演出、出演っておっしゃってましたもんね」
種子「あれ、駄目ですか、私がやっちゃ……私あの……舞台に立って見え切る
とそれなりに拍手、来るんですけど……」
福島「やっぱり、心中物、お好きなんですか?」
種子「いえ、私は別に……」
福島「じゃあ、どうして」
種子「ウケるから、やっぱり……」
福島「それだけなんですか?」
種子「でも、それが一番大事ですから」
井上「私、一度ありますよ、心中」
福島「ありますって?」
井上「だから、やってみたことがあるっていうか」
福島「え、それで?どうなっちゃったんですか?」
大出「そりゃあ、失敗したから、今、ここにいるんでしょう(井上に)上手く
行ってたらねえ」
江原「あの今度お話うかがっていいですか、興味ないわけじゃないんですよ、
心中物って」
井上「ああ、はいはい、いつでもどうぞ」
江原「ありがとうございます」
井上「肝試しとか、大丈夫ですか?」
江原「なんですか、肝試しって」
井上「いえ、私の心中の話ですけど」

  と、やってくる最所。
  廊下から、塚原と豊島の声が聞こえてくる。
  軽く会釈して入ってくる豊島と塚原。

豊島「いや、必ずですね、日本でも普及すると思うんですよ。欧米にはすでに
小説のちゃんとした分野として認められてますし」
最所「(廊下の二人に向かって)こちらです、どうぞ」

  入ってくる塚原と豊島。

豊島「(塚原に)ですから、欧米にはすでにあるんですよ探偵が活躍する推理
小説と呼ばれているものなんですけどね」
塚原「推理ねえ、謎かけが続いて、結局は犯人当てするだけだろう」
豊島「いえ、それだけじゃないんですよ。もちろん、誰が殺したのかは重要で
す。でも、それ以外に、いつ殺したのか、なぜ殺したのか、どこで殺したの
か、どこで殺したのか、どうやって殺したのか……それをめぐって読者と作家
の知恵比べってのが、推理小説を読む醍醐味なんですよ」
塚原「でも、殺人なんてさ、毎日どっかで起きている物だからね、珍しくはな
いよ。俺達からするとさ」
豊島「それは……新聞記者の目から見たらそうかもしれませんけどね」
塚原「やっぱり、君の小説の新聞連載は時期尚早だねえ」
最所「佐藤君、もう、全員、揃ったかな」
佐藤「(見回して)えっと、白井さんがまだですけど……」

  と、やってくる北川。ドア付近で。

北川「お待たせしました、本日はよろしくお願いします」
 
  各々が、口々にそれに答えて挨拶する。
  北川、それに会釈しながら自分の席に着いた。

最所「白井さん以外はみなさんいらっしゃいます」

  北川頷くと、改めて集まった全員の方を向き、姿勢を改めた。

北川「みなさん、本日はお忙しい中、誠に恐縮です」
大出「お、いよいよ始まりますか……」

  と、言いながら皆が各々の席に着いていく。

北川「みなさん、お手元にお持ちいただいているかと思いますが、先にお渡し
した草案の写しに目を通していただく時間はございましたでしょうか?」
大出「ざっとね」
種子「じっくり読む時間はありませんでしたから」
江原「すごい読みにくい文ですね」
小山「日本語になってないから、これじゃあ」
福島「ねえ、これはちょっとねえ……」
大出「おっしゃる意味がわかりかねますって、感じだよなあ」
塚原「日本の憲法なんだから、とりあえず日本語になっていないとマズイです
よね」
北川「みなさんのおっしゃるとおりです。本日みなさんにお集まりいただいた
のは他でもありません。みなさんにこの日本の新憲法をわかりやすい日本語に
していただきたいのです。ここに書かれていることの意味が間違いなく、誰に
でも伝わるように、口語文にしていただきたいのです」
大出「口語文ねえ……」
井上「口語文?」
大出「日常会話で使われているような言葉」
小山「話言葉、ですね」
北川「そうです、それをお願いしたいんです、ただし、あらかじめ、お断り
し、皆様に謝っておかねばなりません」
大出「なによ」
北川「大変申し訳ありませんが、今回、時間的な余裕が……ほとんどございま
せん」
豊島「時間的な余裕がない?」
大出「まさか、これを一週間以内にあげろとか、言うんじゃないだろうな」
佐藤「一週間あったら、あらかじめ謝ることもないかと思いますが……」
大出「なに、もっと短いのか……」
江原「三日とか?」
北川「大変、申し上げにくいことではあるのですが、これは、明日の朝、発表
されるものなんです。明日の朝には必ず発表されなければならない。恐縮です
が、この期限、厳守していただきたいと思っております」
芹沢「明日の朝?」
塚原「おいおい、ちょっと待てよ」
芹沢「今、何時なんだよ」

  と、一同が壁に唯一かかっている時計を見る。

一同「七時過ぎ……」
種子「明日の朝っていうと、もう十二時間もないじゃない」
福島「たったの十二時間?」
佐藤「いえ、十二時間なんてとんでもない」
福島「どういう事ですか?」
北川「(憲法の草稿の上に手を置き)明日の朝の朝刊にこれを載せるんです。
それが国民に新憲法を発表するということになるんです」
大出「明日の朝の朝刊?」
塚原「ってことは?」
種子「これから印刷したり、配達したりってことも時間に含まれるってこ
と?」
佐藤「当然です」
江原「だったら、印刷する前に、活字を拾う時間だって必要でしょう」
佐藤「当然それも必要です」
北川「それを含めて……お願いできれば、と」
佐藤「活字を拾う前に、まだ」
大出「まだ、なんだよ」
佐藤「新聞社に、ここででた結論を届ける時間だってありますが、できあがり
次第、待機している警察の車が先導して印刷所まで急行しますので、その時間
は考慮に入れなくても、大丈夫かと」
大出「まわりくどい言い方はよしてくれるかな」
佐藤「いえ、そんな、別に我々は……」
大出「それで結局、我々に与えられた時間はどれくらいあるんだ?」
北川「本当に、大変申し訳ございません」
塚原「謝ってくれと言ってるんじゃないんだ」
江原「謝られてもねえ」
大出「(少し強く)我々に与えられた時間は?」
北川「ぎりぎり、印刷関係に待ってもらって……」
福島「待ってもらって?」
北川「二時間、ご用意いたしました」
一同「二時間?」
塚原「……二時間?」
豊島「たったの二時間?」
井上「(草稿を見て)こんなにあるのに?」
小山「二時間でなにをやれって言うの?」
大出「(バン!と机を叩いた)話にならんな」
芹沢「二時間でいったいどうやって一つの国の憲法をどうやって口語にしろっ
ていうんだよ」
江原「どうして、そんなに早くできるわけないでしょう」
塚原「これは日本国憲法なんだろう?一つの国家の最高法規なんだよ、そんな
のが二時間かそこいらで、できるわけないだろう」
佐藤「やってもらわなければならないんだよ」
大出「無理です」
佐藤「無理でも、やってもらわなきゃ、困るんだよ」
大出「無理だって言ってるんだよ」
佐藤「そんな返事は聞きたくない」
大出「(佐藤に)あんた、さっきとなんか態度が違うんじゃないの?」
佐藤「(すっとぼけたように)あ、そうですか?」
大出「そうだよ」
佐藤「さっきはほら、あれだったんで」
大出「なんだよ、あれって……」
佐藤「今はもう、職務に入っておりますから」
北川「みなさんのお力で、時間の許す限り、なんとかしていただきたいんです
けど……」
佐藤「我々政府の人間が君達民間人にこうやって頭を下げて頼み込んでいるん
だろうが」
大出「(佐藤に)さっきからあんたは頭を下げてないじゃないか」

  一瞬、絶句する佐藤。
  間髪入れずに最所が頭を下げた。

最所「よろしくお願いします」

  一人、取り残された佐藤。

大出「(佐藤を指さして)あとはあんただけだよ」
北川「こいつが頭を下げようが、土下座しようが、それで解決する問題ではな
いんです」
佐藤「北川さん!そういう言い方もないんじゃないかな」
北川「(その佐藤を無視して)みなさん、いかがでしょうか……」

  一同、やや沈黙があって……

大出「できません……あんたらは文章というものがわかっていないよ……我々
に出来るのは、思いついた文を書き殴ることではないんだ、その文を時間を掛
けて推敲する、これが文章を書くということなんだ。何度も何度も読み返し、
様々な言葉の組み合わせを試し、その中から、一番納得できるものを選んで、
それでようやく世に出すことができる。それまでは表に出していいものじゃな
いんですよ、作品ってやつはね」
江原「もちろん、そのあいだには、自分が書いた原稿から離れて少し距離を置
き、冷静になり、客観的になってみてさらに推敲する時間だって必要だし」
福島「あれ、みんな推敲って、するの?」
江原「するでしょ、普通」
福島「いや、私、締め切りいっぱあるから、とてもとても、書いたら書きっぱ
なし、とにかく大切なのは締め切りですからねえ、作家やっていく上で」
江原「そんなの破ればいいじゃない」
佐藤「何度も言うようだが、今日の締め切りは絶対ですからね」
大出「おかしい、それは絶対におかしい」
芹沢「ちなみに、前の明治憲法、帝国憲法の草案の時はどれくらい検討された
ものなんでしょうか。ご存知の通り、帝国憲法は文語文で書かれております。
かなりの時間がかかったと思うんですけど」
最所「あの時はは草案だけで七年です」
芹沢「七年?」
大出「なんでこの前は七年かかったのに、今回は一晩なんだよ?」

  と、小山が勢いよく手を挙げた。

小山「はい」
北川「はい」
小山「そんな限られた時間じゃ、納得できる作品にはなりません」
最所「憲法はあなたの作品ではありません」
小山「じゃあ、誰の作品なんですか?」
北川「誰の作品でもありませんよ」
最所「その誰の作品とかなんとかっていう発想をまず止めませんか?」
小山「じゃあ、誰が責任をとるんですか?いいですか、私は別に、自分の名前
を憲法に残せとか言ってるんじゃないんです。誰の作品かというのは、私にと
って、誰がその作者で、誰がその作品の責任を負うのかってことなんですよ」
塚原「責任をとるってどういうことですか?」
小山「作家は作品に対して責任を取らなければならないでしょう」
塚原「そうなんですか?」
小山「そうですよ」
大出「あんたは自分の作品に対して責任はとらないのか?」
塚原「私が書いた物は作品ではありませんから」
種子「作品じゃなければ、じゃあ、なんなんですか?」
塚原「記事です。私は新聞記者ですから」
小山「新聞記者ならなおさら、自分の書いた記事に責任を持たなきゃなんない
んじゃありませんか?御自分の名前が最後に載る署名記事だってあるわけです
よね」
塚原「責任は持ちますよ、もちろん。なるべく事実を見たまま、聞き込みした
まま、調べ上げた通り、忠実に報道する。それが新聞記者の責任です。それで
も、もし、なにかの間違いで、事実と違う報道をしてしまったら、その旨を訂
正して、謝罪するなりします。これが新聞記者の責任と責任の取り方です」
小山「だったら……」
塚原「だったら、お言葉を返すようですが、では作家の責任ってのは、なんな
んですか?」
小山「それは……」
塚原「作家が責任を取る、責任を取るっていいますけど、作家の責任と、その
責任の取り方についてまずはっきりさせましょうよ。作家の責任……なんなん
ですか」
佐藤「そうですよね、それをまずお聞きしたいですね」
小山「(憤慨しながらも)あるんですよ、作家の責任っていうのが」
塚原「だから、それはどんなものなんですか?」
小山「(種子に)ありますよね、作家は書いた物に責任が」
種子「書いた物って言われても……私の場合、本当に書いたのは(と、福島を
示し)彼女ですから」
福島「(軽く手を挙げて)本当に書いたのは私ですけど」
井上「この場合、責任はどうなるんでしょうかね」
小山「人のことはよく分かりませんけどね」
塚原「今、あんたこっちの人に話を振ったじゃないか」
小山「とにかく私にはできないってことなんですよ」
佐藤「できなければどうすると言うんですか?」
小山「誰かほかの誰かにやって貰えばいいじゃありませんか」
大出「……誰がいる?」
小山「他にいるでしょう……文学をやっている人間なんて……いくらでも」
最所「他人に押しつけるんですか?」
小山「私には向いていないということだけじゃないですか」
大出「そんなことやってみなきゃわかんないじゃないですか……まだ、詳しい
話だって、伺っていないし」
芹沢「それからでも遅くはないんじゃないかな」
最所「じゃあ、そのへんのお話を先に」
大出「そうですね」
北川「まず、大雑把な状況をご説明させていただきます。マッカーサーはポツ
ダム宣言を受諾した八月十五日の直後から、日本に新しい憲法を作るように、
進言していました。しかし、日本の官僚は、日本の……我々よりも上の世代
は、まったくといっていいほど、この憲法改正ということに、熱心ではありま
せんでした」
福島「どうして?」
最所「いいですか、彼らのほとんどは戦前からの官僚なんです。自分達が信じ
て守ってきたものを、あっさりと変えようなんて、思っている人はいないんで
す」
大出「とんでもない話だな」
北川「彼らはマッカーサーの再三、再四の催促にも関わらず、新たなる民主憲
法ではなく、明治憲法の焼き直しを提示し続けたのです」
大出「でも、あいつらに、民主主義なんて発想はないんじゃないかな」
最所「その通りです。彼らは明治憲法以外の発想はないんです」
北川「そんなふうに、いつまでもお互いの意志が疎通しないまま、先月の二月
一日、毎日新聞が、その明治憲法の焼き直しの憲法をすっぱぬいたのです」
佐藤「これが、新しい憲法だ、これでいいのか、という記事をね、いや、あれ
は記事と呼べる代物ではなかった、告発文と言ってもいい。と、我々が先に言
出したわけじゃないんだ。手柄を欲しがるブンヤさんの一人が勝手に抜いた記
事が日本国中に一昼夜を待たずして津々浦々広まった。そこで、我々は大慌て
だ」
塚原「それは私に向かって言ってますか?」
佐藤「いや、特には……」
塚原「しかし、その新聞発表がなかったら、いつまでも明治憲法の焼き直しの
やりとりが、政府とGHQの間で続いたわけだろう」
種子「ひょっとして、そのすっぱ抜いた記事をお書きになったのは」
塚原「そうです……私ですよ」
佐藤「えらい迷惑なんだよ」
塚原「とっととあんたら政府が、新憲法を作ってりゃよかったんじゃないの
か?」
北川「まあ、その新聞記事に関しての話をここでしたいわけではありません。
話を先に進めたいのですけど、(塚原達に)よろしいですか?」

  言われた人達はしぶしぶ頷いた。

北川「新聞発表があって、マッカーサーは慌てました。半年近く言って来たこ
とがまったく、伝わっていなかった。このままでは永遠にこの国に民主主義と
いう概念が根付くことはないだろうと。そこで、マッカーサーはGHQの中
で、民主憲法の草稿を作るように命じました。言われるまま、GHQはアメリ
カの憲法を元にして新しい日本の憲法の草稿、一週間で作成した」
佐藤「それが二月の八日のことだった」
大出「一週間で草稿を作った?そんなに早く憲法ってのはできるものなんです
か」
北川「わかりません」
最所「お手本はありましたからね、アメリカ憲法という教科書とも言えるもの
が」
北川「でも、とにかくマッカーサーは急いでいたんです。これから始まるであ
ろうアメリカを始めとする連合国が日本の戦争責任を追及する裁判、通称『東
京裁判』において、彼は天皇の戦争責任を回避しようとしております。天皇陛
下に戦争責任が問われることになれば、天皇は戦犯となる。そこで当然、日本
人の根本をなす天皇制そのものが崩壊してしまうのです。マッカーサーはそれ
を避けたいと思っています。日本にはまだ天皇制が必要だと。そのためには、
一刻も早くポツダム宣言を受諾し、新たに民主憲法を発布して、日本の国内に
向けてはもちろん、世界に向けて、新しい日本の方向性をいち早く提示したか
ったのですよ」
大出「なるほどね……」
芹沢「あんた、もしかしたら、この憲法がアメリカから押しつけられた感じを
できるだけなくすために……口語文を採用したんじゃあるまいな」
北川「正直、政府は今、GHQが出す行政命令で、手一杯です。さらには国民
を飢餓から救い、戦災国の混乱状態を処理しなければなりません。こうした状
況の中で、政府には憲法改正という……まこと重要な任務であるはずのこの仕
事に対して使う時間の余裕がない、というのが現状なのです」
大出「そんなばかな」
種子「だって、これはその焼け野原になった戦災国の人々が立ち直って新たな
る暮らしを始めようとする国の最高法規の話でしょう」
芹沢「そもそも、我々のような若い者達でそんな憲法の条文をあれこれしてい
いものなんでしょうか?」
種子「まあ、時間がないなら時間がないなりに、とりあえずこんな感じとか言
っておいて、後でまた訂正すればいいじゃないですか?
佐藤「憲法はそんなに簡単に訂正できるものじゃありませんよ」
種子「どうして?」
最所「そんなに簡単にころころころころ変わったら、誰も何も信じなくなりま
すよ、都合が悪くなると『ああ、じゃあ、憲法を変えちゃえばいいんじゃな
い』ってなったら困るでしょ」
芹沢「でも、読んでみて思ったんですけど……明治からの伝統がこの憲法の中
に生きているとは思えません」
北川「だからまったく新しいものにするために、こうやって……」
芹沢「でも、全部が全部、明治からの憲法が間違っていたとおっしゃるんです
か?」
佐藤「そうは言ってない」
芹沢「でしょう」
江原「もしかして、明治憲法を支持していらっしゃるんですか?」
芹沢「自分が気になっているのは、その、口語体ってだいたい話し言葉ってこ
とですよね……いいんですかね、そんなので」
井上「マッカーサーに押しつけられたとはいえ、一応、憲法なんですから……
憲法って言ったらねえ(と、隣の奴に話しかける)国の一番のあれなんでしょ
う。よくわかんないけど」
塚原「国の最高法規が馴れ馴れしくていいのかな」
井上「言われてみると……そうねえ、なんか威厳がねえ……」
塚原「びしっとした方がいいんじゃないかな……」
芹沢「その点、やっぱり帝国憲法はびしっとしてましたよねえ」

  と、突然立ち上がる小山。

小山「私、帰らせていただきます」
北川「待って下さい」
小山「そんなわずかな時間の中で私は自分の言葉を探すことなんて、できませ
ん」
佐藤「だから、それについては申し訳ないって言ってるだろうが」
大出「それが人に……いや、芸術家にものを頼む態度か!」
小山「こんな条件の中じゃ、私は自分の言葉に責任が持てません。私の書く詩
や短歌が短いからといって、すぐにできるものじゃないんですよ。あれは選び
抜いた言葉、言ってみれば、言葉の結晶なんです」
大出「私の小説だって、言葉の結晶だよ」
小山「結晶は長くなりません」
大出「小説ってのは長いものなんだよ(そして、北川に)これさあ、どういう
基準で人を選んだの?」
北川「今現在、口語文に力を注いでおられる方々、小説家、歌人、劇作家、新
聞記者、推理小説家、広告の文案家……」
小山「広告の文案家?」
北川「ええ……」
塚原「そういう人の方が向いてるんじゃないの?」
種子「(と、辺りを見回し)どちらの方なんですか、その広告文案家は?」

  と、やってくる白井。

白井「遅くなりました」
最所「ああ、どうも」
白井「白井です」
北川「ちょうど今、お噂を……」
種子「じゃあ、広告文案家の」
白井「ええ、です」
最所「お待ちしてました」
白井「すみません、どうも(と、改めて一同に)白井です」

  と、言ってようやく座る。

北川「今、大雑把なあらましの……」
白井「ああ、やっちゃってください、だいたい聞きましたから……」
北川「それで……どこまでお話しましたっけ?」
小山「この時間内じゃ、責任が持てないので私は帰ります、というところまで
話しました」
白井「え?せっかく来たのに、いきなりそれですか?」
佐藤「こんなに頭を下げて頼んでも駄目だってことですか」
大出「だから、あんたはまだ頭をさげてないだろうって」
北川「この憲法は僕らの憲法なんです。僕らの未来はこの憲法の上にあるんで
す。時間は確かにないかもしれません。でも、ぎりぎりまでがんばってみませ
んか……今の僕らには確かにすがるものじかんもない…でも、本当にこれは僕
ら日本人の問題なんです……僕らがここで頑張って、できるだけ考えてみなく
て、どうするんですか」
白井「さてと……どうしましょうかね。みなさん。活発に議論、していきまし
ょうよ」
塚原「あんたはどうなんだ?」
白井「やるしかないでしょう、やるしか」
小山「それが活発な議論なんですか?」
白井「ええ……ここはひとつがんばってみましょうよ」
北川「すみません」
白井「二時間もすれば解放してくれるって言うんですし……これ、朝までやれ
って言われたら、考えちゃいますけどね……僕、ダメなんですよ、徹夜は。終
わらない仕事はないって言うじゃないですか、ね。片付けちゃいましょうよ、
とっととね、みんなでちゃっちゃとやりませんか」
小山「こだわりのない人とは話あいをしたくありませんね」
白井「あ、こだわりね」
小山「最低でも、こだわりがないと、言葉へ
こだわりが」
白井「こだわりですか、こだわりは捨てましたね、この仕事始めようと決心し
た時に、いわれるまま、ひたすら原稿用紙のマス目を埋めて、それを秤売りす
るみたいに叩き売ってる売文野郎ですから」
種子「売文野郎って……」
白井「言葉の秤売りですよ」
小山「誇りはないんですか?」
白井「誇り?ありますよ、他のどんな連中よりも的確な言葉でその商品とその
商品の持っている雰囲気を表現してみせるっていう誇りはね」
小山「あなたはどこにいるんですか?」
白井「え?僕はここにいますけど」
小山「違います、それじゃあ、あなたの言葉の中にあなたがいないじゃないで
すか?」
白井「え?なに言ってるんですか?」
小山「あなたがいない」
白井「いるでしょここに」
小山「あなたはいるけど、あなたはいない」
白井「いますよここに、考える故に我あり、今も考えてる、さあ、どうやって
一刻も早く、目の前の原稿の束を仕上げて、家に帰ろうかってね、さんざん頭
を悩ませている僕がここいる」
小山「それは作家の言うことじゃない!」
白井「だから、ぼくは作家じゃなくて、広告の文案家なんですって」
福島「今までなんか有名なやつって書いてます?」
白井「有名?」
福島「なんか石鹸の広告とか、お酒の広告とかで……みんなが知ってるような
広告のあれ」
白井「あ、ありますよ、みんな知ってるの、一度は口にしたことがある」
福島「なになに、なんですか?」
白井「『進め一億、火の玉だ』」
佐藤「あれは傑作でしたね」
福島「あれ……軍が作ったんじゃないんですか?」
白井「いえ、軍に頼まれて私が、国民の意識向上のためにね……あと『欲しが
りません、勝つまでは』」
佐藤「すばらしい……」
北川「流行りましたよね」
白井「軍が戦時中の今、国民の気持ちを引き締めるような、標語を考えてくれ
って言われてね……」
小山「あなたは戦争を仕掛ける時の言葉を綴っていたんですね」
白井「そうです、頼まれましたから、仕事で」
大出「戦争を盛り上げる言葉を綴っていた人が、民主主義の憲法の会議の席に
ついていていいんですかね?」
白井「今度はそういう仕事なんでしょ」
「え?」
白井「今度は民主主義を盛り上げ言葉を綴ればいいんでしょ。やりますよ、私
は。望まれれば、お望み通りに、誰よりも上手い言葉でそれを表現してみせる
……そう、それが私の誇りってやつですかね」

  と、皆がぱらぱらと草稿をめくりはじめる。

白井「さてと……じゃあ、どこから手をつけていきましょうかね。前文から行
きますか?それとも……」
小山「やるんですか?」
白井「やりますよ」
佐藤「やるんですよ」
北川「よろしくお願いします」

  と、福島、挙手して。

福島「すいません、じゃあ、いいですか?」
北川「はい」
福島「えっと、あの……第三章の第十二条なんですけど」
大出「え、いきなり、十二条ですか?」
福島「え!あれ?ダメなんですか?」
白井「アタマからやらなくて、いいの?」
福島「いや、でも、一番気になったところなんですけど……」
井上「私も第十二条はちょっとって思いますね」
江原「十二条より二十四条の方がひどいんじゃないかな、日本語としては」
塚原「それだったら、六十二条は許せんって感じだな僕は」
豊島「ああ、ありますよね、そういうの。二十五条は我慢ならんですよ」
種子「あ、そこまでいいますか」
豊島「当たり前ですよ。不快を通り越して憤りを感じる日本語ですよ」
塚原「(と、めくっていた草稿から顔を上げ)十二条ってこれか」
福島「そう、なんかダメでしょう、これ」
塚原「これはちょっとね……笑っちゃいますね」

  と、その言葉に反応してみんなが。

一同「なに、笑っちゃうって」
 
  と、めくりだす。

白井「十二条、大人気ですね」
北川「すいません、じゃあ、アタマからではなくバラバラでもいいですから、
一つづつ片付けていきましょう(と、指示して)じゃあ、その問題の十二条か
ら」
福島「いいんですか、私からで」
北川「はい、お願いします」
福島「すいません、なんかわがまま言ったみたいで」
北川「どうぞ」
福島「えっと、第三章国民の権利及び義務の第十二条なんですけど……みなさ
んよろしいですか?」
一同「はい」
福島「(憲法草案を読み上げる)この憲法が国民に保証する自由及び権利は国
民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。また国民はこれを
濫用してはならないのであって、常に、公共の福祉のためにこれを利用する責
任を負う。ってあるんですけど……これ、意味わかります?」
種子「ぱっと聞いただけじゃ、ちょっと」
小山「確かにこれは口語文とはいえませんね」
芹沢「国民の不断の努力か……」
井上「ずっと努力しろってことですかね」
豊島「ですかね」
大出「不断の努力!」
種子「難しいですね……」

  やや間があって……

大出「なるほどね……僕らはこーゆーとこを直せばいいわけね」
白井「これあれじゃないですか、一回本当に、わかり易く言い直してみたらど
うですかね」
塚原「例えば?」
白井「だから、国民の不断の努力って言葉を……(福島に)これを普通に説明
しろって言われたら、どうします?」
福島「普通に?ですか?」
白井「例えば……漢字を知らなくてもわかるような……」
井上「子供に教えるようにね」
白井「もっと易しく」
福島「憲法で…」
白井「憲法で?」
福島「言ってる……」
白井「言ってる! いいねえ、わかりやすい!」
福島「憲法で言ってる、自由や権利」
白井「あ!自由や権利、んー、それをもっちょっとわかりやすく」
福島「自由とか権利とかは……」
白井「とか、って使っちゃう?」
福島「ダメですか?」
白井「自由とか、権利とか」
豊島「自由とか権利とか、親しみは憶えますね」
白井「あ、いいみたいですよ」
豊島「本当ですか!」
福島「憲法で言ってる、自由とか権利とかは、国民」
白井「国民?んー、もっとわかりやすく?」
福島「……じゃなくて、みんなの」
白井「みんなの!」
福島「絶え間ない努力」
白井「じゃなくて?」
福島「みんなの……がんばり?」
大出「あ!わかり易い、わかり易い」
福島「みんなのがんばりがあれば」
白井「これを保持しなければならない」
福島「じゃなくて」
白井「じゃなくて?」
井上「じゃなくて、大丈夫である」
福島「大丈夫である!」
白井「よっしゃ!一個できた。この憲法で言ってる自由とか権利とかは、みん
なのがんばりがあれば大丈夫である」
大出「そういう方向でいいんだ」
白井「うん、わかりやすくはなってますよ」
福島「どうですかね、こんな感じで」
塚原「憲法で言っている、自由とか権利とかはみんなが、がんばれば大丈夫で
ある」
豊島「こう言い換えると、この憲法、日本国民に発破かけているって感じです
よね」
種子「まあ、がんばれよ、って感じはしますよ」
福島「でも、子供に伝わりますかね、これで」
井上「子供にはどうかな」
芹沢「いや、ちょっと待って下さい。子供にわかるような口語文に直していく
必要ってあるんですか?」
北川「子供にわからせることを前提にしちゃうと、日本の国民を子供扱いして
ることになりませんかね」
豊島「日本国憲法を読み直す度にオヤジやお袋に怒られている気がするかもし
れませんね」
白井「わかりました、ではこうしましょう、どうでしょうか、子供にわかると
いう事ではなく、親しみやすい表現、これでどうですかね」
井上「でも、私『みんなでがんばる』っていう表現は好きですけどね」
豊島「はげまされるっていうか」
福島「『みんなでがんばれば大丈夫です』って、当たり前のようなことですけ
ど、すごく重要な気がするんですよ」
江原「『みんなでがんばれば大丈夫』ってがんばってこの前の戦争で、負けて
負けて、こんな焼け野原になっちゃったんじゃないですか」
小山「ああ、そうか『みんなでがんばれば大丈夫です』っていうのと『すすめ
一億火の玉だ』っていうのは同じじゃないですか、言ってることが」
白井「それ僕の作品ですよ」
小山「それはさっき伺いました。結局、戦争中も戦後も同じ事しか、あなたお
っしゃってないんじゃないんですか?」
白井「ちがいます、ちがいます、戦争中は、みんなで戦争をがんばる。戦後は
民主主義のためにみんなでがんばる」
小山「一緒でしょ」
白井「戦争のためにみんなでがんばる、死んでもがんばる、みんなのためにみ
んなでがんばる、共にいきるためにみんなでがんばる。全然違うじゃないです
か」
小山「言ってることはあってるけど、人間としてこの人信用できない」
豊島「でも、これ、思うんですけど『不断の努力により』なんてわざわざ書い
ている所をみると、ずっと努力しろよ、努力し続けろよってことなんでしょう
か?」
大出「なんたって『不断』だからな、絶えず続けろってことだろ」
豊島「国民の自由とか権利とかって、そんなふうにちょっとでも気を緩めたら
なくなっちゃうものなんですか?」
種子「え、なんで?」
豊島「でも、この文読むと、そうなのかなって」
福島「え、これ、そういう事、言ってるの、これ」
種子「自由と権利は保障するから安心しなって事じゃないんですね」
塚原「なんか、詐欺だな、これ」
江原「自由と権利は、うつろいゆくものなんだってことを憲法に明記するの
も、なんだか、自信のない国家ってかんじがしますよね」
大出「そういうの、いいのかな」
白井「いや、よくない、よくない、ちゃんとしようよ、その辺」
井上「自由とか権利とかってもっと根本のものでしょう。それを買ってきたさ
んまは猫にとられやすい物ですから、くれぐれも注意しましょう、みたいな…
…ねえ」
小山「自由と権利とさんまは違うものです」
井上「でも、言ってることはそうなんでしょう……だいたいですね……」
芹沢「その前に、いいですか」
北川「どうぞ」
芹沢「本当に自由とか権利とか保障しちゃってもいいんでしょうかね」
塚原「え、そこのところまで話戻す?」
芹沢「保証していいんでしょうかね……本当に」
白井「これはまた過激なご意見ですね……」
江原「自由の保障するとなんかまずいんですか?」
芹沢「自由にやっていいっていうと、本当になんでもかんでもみんなやっちゃ
うようになるんじゃないかって」
塚原「そりゃ、自由だ、自由だって全ての国民が好き勝手なことを始めたら、
国としてはまとまりが付かなくなるわな」
芹沢「ね、ですよね、そうですよね」
大出「制限つけといたほうがいいって事かな」
北川「いえ、あの……すいません。みなさんにお集まりいただいたのは、この
憲法の内容を検討していただくためではありませんので……」
佐藤「内容、勝手に変えないでね。GHQはこれでいいって言ってるんだか
ら」
福島「内容変えちゃマズイんですか?」
佐藤「当たり前だろう」
塚原「でも、これ、今日、我々が口語文に直して、それをそのまま新聞に載っ
けちゃうんでしょう。その間に誰か検閲したりしないんですか?」
佐藤「検閲って言うな!」
最所「その役目は私達が」
白井「内容を変えたように見せないで、意味が違って見えるように、我々が変
えちゃうぶんにはかまわないって事でしょう」
江原「え、いいんですか、それで」
白井「ばれなきゃいいんでしょう(北川に)ねえ」
塚原「そりゃあんた、なんだって、世の中、ばれなきゃいいんだけどさあ」
大出「でも自由と権利に関しては、これを濫用してはならないっていうんだか
らさ、それでいいんじゃないの?」
江原「濫用ってどこまでが濫用なんですか?」
大出「自由ってどこまでが自由なの? それ書いておいてくんないと、なんで
もかんで自由だから、ってことになるんじゃないの?」
白井「公共の福祉ってのもねえ、ピンと来ないですよね。皆と公共とはなにが
違うんですか? 数ですかね、十人以下は皆、十人超えると公共?」
大出「じゃあ、あなたならどう定義します?」
白井「そりゃあれでしょう」
大出「なんですか?」
福島「公共の福祉……じゃなくて」
井上「じゃなくて」
白井「他人の迷惑にならない、とかさ」
井上・福島「(感心して)あー」
芹沢「自由と権利はあるけど、だからといって他人の迷惑になるようなことは
しちゃいかん、と」
塚原「わかりやすいな」
福島「家の子にも言いますからね、人に迷惑駆ける子だけには、なるもんじゃ
ありませんってねえ」
塚原「でも、人が生きていく上で人様に迷惑をかけないなんていうのは、あた
りまえなんじゃないんですかね。どうですか?」
福島「あら、そうですか?」
江原「まあ、知らず知らずのうちにねえ、人間、迷惑掛けてたり、傷つけてた
りするものですからねえ」
塚原「待ってください、それ国の最高法規に明記する必要があるんですかね」
種子「こういう事ってあれですよね、お父さん、お母さん、おじいちゃん、お
ばあちゃんが本当は子供達に言ってきかせることじゃないですか?」
芹沢「そうそう、本当はね、おじいちゃんとおばあちゃんの仕事だよね」
井上「おじいちゃんとおばあちゃんがしっかりしていれば、別に憲法で改めて
ねえ……」
大出「まあ、確かにね……国が言う事じゃなくて、おじいちゃんとおばあちゃ
んが言えばいいことかもしれないね」
江原「こういうわかりきった事まで書くべきなんでしょうかね」
種子「私はいらないと思うな」
井上「そうよねえ……こういう日本人の心はやっぱりねえ、国が制定して、上
から押しつけるんじゃなくて、おじいちゃんおばあちゃん達によって、そっと
伝えられていくものなんじゃないんでしょうなねえ、ちがいますかね、みなさ
ん」
北川「わかってますが、一応、書いておいて、日本人の心構えというものの確
認の意味にってことでどうでしょうかね」
芹沢「でも、それを言ったら、もっと日本人として書いておかなきゃなんない
ことは山のようにあるんじゃないんですかね」
白井「日本人は義理と人情を重んじるようにとかね」
芹沢「ああ、大事ですよね」
白井「弱気を助け、強気をくじくとか」
塚原「ああ、いいですねえ」
白井「早起きは三文の得とか、石の上にも三年とか、日本人はわびとさびであ
るとか」
芹沢「(に)あんた、こういうのだといくらでもでてくるねえ」
種子「わびとさびってわかるんですけど、かなり抽象的な表現ですよね」
白井「(小山に)わびとさびって、なんか別のわかりやすい言葉で表現すると
どうなるんですか?」
福島「じゃなくて」
井上「わびとさび、じゃなくて」
福島「じゃなくて」
小山「わびとさびはわびとさびですよ」
白井「ああ、やっぱりねえ」
豊島「さっきから『じゃなくて』を使うとろくな事がないような気がするんで
すけど」
北川「これ以降『じゃなくて』を禁止といたします」
井上・福島「え、えええ……」
白井「じゃあ、これ以降は『じゃなくて』じゃなくて『置いといて』でいきま
すか」
井上「置いといて、それいいですね」
大出「そんな決め事は置いといて、先に進みましょう」
塚原「わびとさび、これこそ日本ですよね」
芹沢「日本の憲法はさ、まず、その、なに?基本的人権とかなんとかってい
う、馴染みのないものよりも先に、日本人の心とか、意気込みみたいなもの
を、まず全面に押し出して、日本人かくあるべし、っていうのにした方がいい
んじゃないかな」
小山「基本的人権って言葉もね」
大出「ああ、これもね、大問題だよね」
北川「基本的人権のどこが大問題なんですか?」
大出「まあ、それは後でもいいんだけど」
佐藤「それ後回しにしないで下さい」
最所「それ、重要です」
北川「基本的人権はすごく重要です」
大出「あ、そうなの」
北川「そうです」
芹沢「基本的人権が重要なのは分かるけど、あんたも日本人なら、日本の心を
先にするべきでしょう」
白井「え、でも、基本的人権っていうのを盛り込んであるっていうのが今回の
憲法のウリなんでしょう」
北川「いや、ウリっていうのとはちょっと違うと思うんですけど……」
白井「いや、わかりますよ、ここんとこが、ウリなんでしょう?政府とGHQ
の」
江原「ウリって、なんですか?」
白井「一番、アピールできる部分ですよ。おいしいところっていうか。我々広
告屋は、商品を売るための宣伝文を考えるときに、まず商品のウリから入るわ
けですよ。昨年と同じ値段だけと、二割増量されてますとかね」
井上「あ、ありますね、そういう広告」
白井「ね、ありますよね。後は去年よりもさらにおいしくなってますとかね…
…ウリって重要なんですよ。お客さんのつかみですから」
種子「日本国憲法につかみ?」
白井「つかみがあるとないとじゃ大違いですよ。大衆がなるべくとっつきやす
くするんです」
大出「憲法の大安売りじゃないんだから」
最所「やはりなるべく取っつきやすい方が……」
白井「だから、基本的人権っていうのは、おざなりにしちゃダメなんですよ。
基本的人権、これ、重要ですよ」
佐藤「(北川に)物事の見方というか、とらえ方はちがいますけど、基本的人
権が重要であるという一点においては、彼は我々の味方ではありますね」
白井「(さっき大問題だといった人達に)基本的人権について、なんか言いた
いことあるなら、この際、言っといたら?どうせ後で問題になるんでしょ
う?」
小山「なりますよね」
白井「なにが問題なんです?」
種子「わかんないとこ」
北川「わかんない?なにが?」
種子「だって、基本的人権って言われても、全然わかんないんだもの」
北川「ですから……人が生まれながらにして持っている基本的な……」
種子「いやいや、そういうことじゃなくって……」
佐藤「じゃあ、なんなんですか」
種子「基本的人権ね」
北川「はい」
種子「基本的の『的』って、なに?」
北川「は?」
種子「どうして人権の基本じゃダメなの?つまり、人権の基本となるものを尊
重したいんでしょう?」
北川「ええ、そういうことです」
種子「人権の基本って、曖昧にしていいものじゃないでしょう」
最所「基本的人権だと曖昧ですか?」
種子「いいですか?基本的の『的』っていうのは元々、どういう意味だかご存
知ですか?」
江原「なになにのような、っていうことでしょう」
種子「その通り。例えば『劇的』といったら?」
小山「劇のような?」
種子「そうです、劇のような、ドラマチックな、という意味ですね。それでは
『病的』といったら?」
塚原・豊島「病気のような」
種子「そうです。では『基本的』と言ったら?」
最所「基本のような」
種子「そうです?」
大出「基本のようなっては、どうかな」
種子「と、私も思うんです。『基本的』というのは、『基本のような』という
意味です。では、この憲法に書かれている基本的人権というのは?」
北川「(咳払いなどして)基本のような人権?」
芹沢「まあ、意味はわからんでもないが……」
江原「日本語として、どうですかね」
塚原「なくはないけど、あまりおすすめの言葉ではないね」
井上「国の一番のあれが、なんとかのようなという表現でいいの?」
種子「人権の基本だったら『人権の基本』四字熟語にするなら、『基本人権』
どうです、これが正しい憲法の条文じゃありませんか?」
北川「今の、ご意見について、なにか?」
福島「基本的の『的』っていうのは、なになにのようなっていう意味しかない
んでしょうか?」
北川「え?どういうことですか?」
江原「他に何かあるの?」
福島「今、ふっと思いついたんですけど、お祭りの縁日とかで、こうやって撃
つやつを」
豊島「射的?」
福島「射的の的と基本的の的は違うんでしょうか?」
最所「標的っていうのは、どうですか?」
大出「どう?って、なにが?」
最所「標的の的も、的じゃないですか」
芹沢「今、俺達、一つの机で別々の話をしてないか?」
小山「基本的と射的と標的は違うでしょう」
福島「そうですかね」
芹沢「あたりまえだ」
福島「でもですね……」
芹沢「なんだよ」
福島「射的、標的、って両方とも的をマトっていいう意味で使ってますよね」
北川「確かに、そうですね」
福島「的っていうのは、絞るとか中心とかいう意味があるんじゃないんですか
ね」
大出「あ、そうか」
豊島「なるほどねえ」
福島「基本的の的は、基本の中心、基本の基本ってことじゃないんですかね。
基本中の基本の人権」
大出「(ゆっくりと)射的、標的、基本的……」
豊島「うーん……」
芹沢「やっぱ違うような気がするけどなあ、俺は」
井上「そもそも、人権の基本ってなんなんですか?」
福島「書いてありますよ、ここに(と、読み上げる)国民は全て、生まれなが
らに持っている、人が人間らしく、平和に幸福に生活する上で必要な権利」
井上「これはねえ、もう言葉の問題じゃないと思いますよ」
北川「どういうことですか?」
井上「生まれながらに持っている権利でしょう。私、今、二十八ですけど、生
まれながらに持っている権利って事は、もう二十八年前から、私にはあった権
利なんですよね」
最所「まあ、そういうことになりますよね」
井上「私、知りませんでしたよ、そんなの……みなさん、ご存知でしたか?」
芹沢「いや……」
豊島「知りませんでした」
白井「俺も、俺も」
福島「私、知らなかったです」
井上「でしょう」
大出「気にもしてなかったけど」
種子「だから、そういう気が付かなかった権利も本当はあったんだよって事
を、気づかせるためにも、この憲法に書いておくべきなんじゃないんです
か?」
井上「だって、なんかそれって、すごい損した気分じゃないですか」
塚原「損とか得とかっていう問題じゃないだろう」
井上「でも、私、なんか解せない」
最所「じゃあ、どうすればいいと思いますか?」
佐藤「なにか提案、ある方」
大出「ないよ、そんなにすぐには」
佐藤「いらずらに時間が過ぎて行くだけだろう、そんなこと言ってたら」
大出「がんばってはいるんだよ」
井上「けんかしないでやりましょうよ」
塚原「みんな仲良くね」
北川「あの……なるべくまとめる方向で、お話ししていただくと助かるんです
が」
大出「あんた、さっきから、まとめることばかり気にしてないか?」
小山「まとめるもなにも、こんないい加減な事で本当にあなたがた政府はいい
んですか?」
芹沢「ここまでの、政府の意見をお聞きしたいな」
北川「いや、僕達は別に意見っていうのは……」
大出「ないの?」
北川「ええ」
井上「どうして?」
最所「私達は皆さんを信じておまかせしておりますから」
小山「あなた、さっき『他人に押しつける気ですか?』とか言ったくせに」
最所「………」
北川「私達は政府の意見を代表してここにいるわけではありません」
大出「じゃあ、なんなんだ?」
北川「政府を代表して、司会をしにきているだけですから」
塚原「司会は三人もいらんだろう」
最所「私は一応、議事録を担当する書記です」
大出「(佐藤を指さし)じゃあ、あんたは?」
佐藤「まあ、言ってみればお目付役みたいなもんですかね」
種子「お目付役?」
芹沢「あんた、いつの時代の役人だ?」
佐藤「時間がないんです、先に進めませんか?」
白井「賛成!」
福島「賛成!」
江原「賛成!」
塚原「反対!」
福島「え、なにそれ」
塚原「反対は反対だよ。このまんま、先に進んでもしょうがないだろう」
白井「どうして?」
塚原「ちょっと、もう一度、根本的なことを聞いていいかな」
北川「どうぞ」
塚原「これ、もし、間に合わなかったら……いや、もうこの時点で最初に問題
になった十二条すら、みんなの合意が得られていない状態なんですよ。九時に
……これであと一時間ちょっとで終わるわけないでしょう」
北川「どうすればいいんでしょうか、なにかいい案でも」
大出「いい案って、そんなに簡単にはねえ」
塚原「ありますよ」
北川「お聞かせ願えますか?」
塚原「新聞記者なんて長い間やってるとね、こういうダラダラとした長い会議
に付き合わされることって多いんですよ……会議は踊る」
北川「……はい」
塚原「されど、進まず。こういう会議の一番悪いところはですね」
大出「あ!」
塚原「なんですか?」
大出「(塚原に)あんた、新聞記者だったよね」
塚原「ええ……」
大出「新聞、遅らせるわけにはいかないの?」
豊島「その手があったか」
白井「なんだ、簡単じゃん」
井上「なるほどねえ」
江原「そうすれば、心置きなく話し合いができますねえ」
大出「明日の朝刊、休み!」
塚原「なんてこというんですか?」
大出「なんかあるでしょう、のっぴきならない事情で新聞が遅れることって」
塚原「ありませんよ」
種子「そうそう、完璧にはいかないでしょう、人間がやってることなんだか
ら」
塚原「じゃあ、新聞が来なかった記憶って、みなさん、ありますか?」
福島「台風の時」
塚原「今晩は快晴です」
福島「大雨の時」
塚原「今晩は快晴です」
福島「洪水の時」
塚原「今晩は快晴です」
福島「竜巻!」
佐藤「そんなことやっている間に、先に進んだ方がいいんじゃありません
か?」
白井「早いとこやっちゃいましょう……ちゃっちゃとね……終わらない仕事は
ないんですよ」
種子「あの……」
北川「はい」
種子「やっぱり、これから憲法って誰にでも親しまれるものにしないとまずい
と思うんですよ」
北川「はい」
最所「まあ、そのために口語文にしようってわけですからね」
種子「口語文にして、意味が分かりやすくすると同時に聞いていて、美しい言
葉ってあるじゃないですか」
小山「韻をふんだりとかね」
種子「いや、そうじゃなくて」
豊島「憲法の条文で韻を踏んでどうするんだよ」
小山「日本語には独特のリズムがあるんですよ」
芹沢「韻を踏んで、駄洒落みたいになるのもなあ」
小山「韻を踏むのと駄洒落とは根本的に違います」
佐藤「同じでしょう」
小山「ちぎゃう!」
最所「(種子に)親しみやすいっても、いたずらに言葉を飾りたてなくても、
いいと思うんですけど」
種子「いや、そういうんじゃなくて、ほら、暗唱しやすい文てあるじゃないで
すか、ああいう感じに多少劇的にしてなじみやすくしてみるっていうのはどう
でしょうかね」
福島「劇的?劇的ねえ」
種子「ちょっと、いいですか?(と、いつのまにか書いたらしい例文を読み上
げていく)もしも、もしも本当に国民がそれを望むなら、私が自由を与えよ
う。もしも、もしも本当に国民がそれを夢見るなら、私が権利を与えよう。た
だし、それは諸刃の剣。むやみに自由と権利を使う時、きっとそこでは何かが
起きる……」
大出「それ、いつのまに書いたんですか?」
種子「いや、ちょこちょこっと……こういうの得意なんです」
福島「なんだか、壮大な感じにはなりますね」
井上「自由と権利はうかつに使っちゃいけないんだなってきがしますよ」
江原「自由と権利をうかつに使っちゃいけないって憲法でいいんですか?」
小山「それよりなにより、そこではきっと何が起きるんですか?」
豊島「そう、そっちのほうが気になるよ」
白井「ちょっと、うかつに使ってみて、何が起きるのか見てみたいなあ」
江原「それって、全然逆効果なんじゃない?」
北川「あの……」
種子「はい」
北川「今のご意見の途中まではいいんですけど……」
種子「はい」
北川「ちょっと……これってどうなのかな」
大出「はっきり言ったらどうだよ」
北川「すいません……」
大出「すいませんじゃなくてさ」
北川「ん……どーなんだろうーな。途中のですね『もしも本当に国民が望むの
なら』の後なんですけど」
種子「私が自由を与えよう」
北川「その……自由を与えてくれる『私』って誰なんですか?」
福島「私は私でしょう」
北川「私っていうのは(自分を示し)私の私ですか?」
福島「そうそう、だから、民主主義の時代っていうのは、私からあなたに自由
をあげて、あなたは、私に自由をくれる。ってことでしょう。(種子に)ね
え」
種子「ちがいます!」
福島「え!」
北川「じゃあ、この『私』っていうのは誰なんですか?」
種子「決まってるでしょう」
井上「え、ひょっとして……」
種子「天皇陛下に決まってるじゃないですか」一同「はあ!」
種子「天皇陛下が私達に『自由と権利』を与えて下さるんですよ」
豊島「ちがうよ、あんたなんにもわかってない」
種子「どうして?」
大出「それのどこが民主主義なんだよ」
種子「私達が、お互いで『自由』をあげるとか『権利』をあげるとか勝手に言
ってるよりも、天皇陛下から頂く方がありがたいし、威厳だってあるじゃあり
ませんか。今までのことを考えて下さい、一番ありがたい発言をなさるのがこ
の日本においてどなたなのか」
大出「ちがう、今までは今まで、今はこれからの話をしているんだろう」
種子「今までそれでなんとかなってきたんだから、これからもそうでいいじゃ
ありませんか」
大出「ダメだ、この人の中ではまだ戦争が終わっていない」
北川「天皇陛下はもう、我々に『自由』とか『権利』とかを与えられる立場に
はないんですよ」
種子「え?なんで?いつから?」
芹沢「あんた、この新憲法の草案をきちんと読んできたのか!」
種子「いや、だから、忙しかったから、ざっとしか……」
芹沢「ざっと……読んだのか?」
種子「読んだっていうよりは、見たって感じかな」
大出「(と、種子を指さし)この人、帰って貰った方がいいんじゃないかな」
北川「一番最初に書いてあるんですよ、天皇に関しては」
井上「(と、読み上げる)天皇は日本国の象徴である」
種子「象徴?」
北川「そうです、象徴です」
種子「象徴ってなんですか?」
最所「象徴は象徴ですよ」
種子「え……え……あたし、頭悪いのかな、全然わかんない」
豊島「それも、口語文に直した方がいい候補なんじゃないかな」
大出「象徴……」
江原「象徴ねえ……」
白井「象徴って、元々どういう意味なの?」
小山「そんな事よりも……さっきから話があっちこっち飛んでばっかりで、何
一つ結論がでてないんですけど、こんなことで大丈夫なんですか?」
大出「とにかくさあ、一つだけでも結論出そうよ」
白井「もう、テーマをさ、一つびしっと決めて、徹底的に討論する方法を採っ
た方がいいね、これは」
江原「そうそう、そうでもしないとね」
豊島「いつまでたっても終わらないよ、これ」
佐藤「いや、どうなったって、九時には終わるんだけどね」
北川「どうですかね、象徴……」
大出「難しいねえ」
白井「天皇は日本の象徴であるって、これは通らんでしょう」
福島「象徴ってわからないもんね」
最所「広辞苑で調べたんですけど」
大出「象徴の意味?」
最所「はい」
大出「聞かせてよ」
最所「丸一……象徴、代表するしるし、記号」
芹沢「天皇陛下をしるしとか、記号とか言う、それが新しい時代ですか!」
豊島「人となった人を記号っていうのもなあ」
芹沢「だって明治憲法では、神聖にして侵すべからず、って書かれているの
に、それがいきなり、どうして象徴なんていう扱いになるんですか?」
福島「日本のしるし?」
井上「日本の記号?」
最所「丸二、抽象的なものを具象的なもので表す」
大出「でたでた、またでた」
芹沢「なにが?」
大出「抽象的、具象的(的にアクセント)」
豊島「射的、標的、基本的」
大出・豊島「抽象的、具象的」
芹沢「やっぱり、ちがうと思うなあ」
最所「丸三、表現しがたいものを連想しやすい他の言葉に置き換えて、表すこ
と」
豊島「日本って国はあれかな、そんなに表現しにくいものなのかな」
井上「だいたい、日本の象徴っていって、それが天皇ってことになりますか
ね」
芹沢「むしろ、菊の花とかのほうが近いんじゃないかな」
塚原「菊の花の方が、日本って感じはするけどね」
最所「それでなになにの象徴っていう例が幾つか載ってまして……十字架でキ
リスト、鳩で平和……」
種子「じゃあ、菊の花で日本?」
福島「日の丸とかは?」
大出「日の丸は日本だよね」
井上「だって、国旗だからでしょ」
福島「あれ、国旗は変更しないんですか?」
大出「ああ、そうだよね」
種子「日の丸は戦後も続投なんでしょうか」
豊島「それ、書いてないよね」
白井「民主主義になるんだから、この際、代えちゃったら、どうですかね」
大出「旗代える、気分も変わるかもね」
井上「あの、日の丸の真ん中の部分を菊にしちゃうっていうのは、どうですか
ね?」
大出「真ん中、菊になっちゃうの?」
芹沢「日の丸じゃなくて、菊丸か」
井上「日の丸が日本で、菊が日本なら二つ合わさったらねえ」
豊島「そんなふうに一足す一が二みたいにならないでしょう」
福島「日本の象徴って、菊とか日の丸だけなんですか?」
芹沢「他にはなにが?」
福島「あるじゃないですか?」
豊島「え、なにが?」
福島「(自信たっぷり)富士山」
大出「ああ、富士山ね」
芹沢「(まいっている)富士山、富士山か……」

  一同も感動している。

小山「それは確かに象徴ですね」
種子「富士山の方がいいかもね、高いし」
福島「日本の象徴が富士山だって言って、反対する人はいませんよね」
大出「確かにね」
福島「日本一の山ですからね」
白井「ってことはあれですか、日本国憲法の第一条、富士山は日本の象徴であ
る」
福島「あ、美しい、美しい」
井上「絵が頭に浮かびますね」
江原「夕日を浴びている富士山がね」
福島「私の頭の中では朝日ですけど」
江原「感性の違いですかね」
豊島「まあ、それはそれぞれの自由ということで」
白井「お、さっそく個人を尊重する、民主主義的発想ですね」
大出「じゃ、いいかな、富士山は日本の象徴であるってことで」
佐藤「天皇陛下はどこ行っちゃったんですか」
福島「あ、あれ?」
大出「どっか行っちゃった」
井上「どこ行ったの?」
大出「わかんない」
井上「この先も皇居の中にいていただく、っていうのでいいんじゃないの?」
佐藤「内容、変えないでって言ってるでしょう」
北川「第一条の要点は日本の象徴が天皇であるという事で、他の象徴を探して
下さいってことではないんです」
佐藤「あのさ、もう一回言っとくけどね、今度の憲法を口語文にしてわかりや
すくしてくれっていってるだけで、富士山とか、日の丸の代わりの菊丸とかい
らないの」
北川「問題は象徴という言葉だと思うんですよ」
小山「全然、関係ないことばっかりじゃない、さっきから、これで本当に大丈
夫なんですか、私、ちょっと信じられないんですけどね……黙って聞いてると
……」
塚原「大丈夫じゃないでしょう」
小山「ですよね」
塚原「まったく開いた口がふさがりませんね、この人達は」
小山「(塚原に)これ以上続けてもダメなんじゃないですか?」
塚原「ダメでしょう」
小山「こんなことが続くんだったら、私、本当にこれで帰らせていただきま
す」
白井「まあまあ、そう言わずに」
小山「もう充分、参加したと思いますけど、どうでしょうか」
江原「でも、まだなんにも形になってないじゃない」
小山「形になるわけないでしょう、こんな話し合いで」
白井「じゃあ、形にしてくださいよ」
佐藤「そうそう」
小山「ダメです」
塚原「俺も、もういいかな」
佐藤「どうして!」
塚原「踊る会議にはつきあってらんないよ(と、小山に)帰りましょうか」
小山「はい」

  と、立ち上がりかける小山。

大出「あれあれ、あれれ、本当に帰っちゃうの?」
塚原「他に帰りたい人は……今がチャンスですよ」
豊島「じゃあ、僕も」
佐藤「踊る会議で悪かったな、誰のせいでこんな会議開く事になったんだよ」
塚原「俺のせいか?」
佐藤「最初から言ってるだろう」
塚原「俺のせいだよな。俺のせいでこの草稿が上がったからだろう、だがここ
で感謝されこそすれ、こんな茶番につきあう義務はないよな」
江原「(草稿を示し)この憲法の草案、そんなに駄目ですかね」
一同「はい?」
江原「なんだかわかりづらいけど、でもまあ、よく読めば雰囲気は伝わるし…
…」
芹沢「雰囲気が伝わればいいのか?」
井上「今日のところはこの辺で勘弁してやりますか」
江原「帰るっていう人もいることだし、時間もないんでしょう」
大出「どうする?」
白井「じゃあ、結論、このへんで出しちゃいましょうか」
種子「まあ、わかりにくいけど、この憲法でお手上げってわけでもないし、ね
え」
芹沢「あんたは、目を通してないんだろうが」
種子「まあ、それは言わないお約束ってことで」
塚原「まあ、あとは勝手にやってくれよ、つきあいきれんよ、俺は」

  と、また出ていこうとする塚原、小山、豊島、に。

白井「塚原大助、小山萌子、豊島侑也…」
小山「(足を止めて)……なんですか?」
白井「これらの作家は自らの職務を放棄したと、この憲法のあとがきに明記さ
せていだだきます。よろしいですね」
塚原「なんだと?」
白井「事実でしょう、職務を放棄するんだから」
小山「これは職務ですか?」
白井「職務です」
豊島「どうして?」
白井「他に今、この場所で、この時間、この仕事ができる人はあなたたちしか
いない」
塚原「言葉を扱う連中なら、日本中探せばごまんといるよ」
白井「そうかもしれません」
塚原「そうだよ」
白井「でも、今、ここにいなけりゃしょうがない。今、ここにいて、意見を闘
わせられる人、それがあなた達なんですよ」
井上「それより、憲法にあとがきがあるんですか?そのへん、どうなんです
か?」
最所「聞いたことありませんけど」
福島「なければ、作ればいいじゃありませんか」
佐藤「だから、内容は変えないでっていってるでしょう」
福島「変えてないでしょう、付け加えるだけなんですから」
佐藤「それは変わってるってことじゃないですか、増えてるんだから」
白井「おまけだと思えば」
佐藤「思えません」
芹沢「憲法におまけはいらないだろう」
塚原「おまけに俺の名前を書くなよな」
江原「もう早いとこ結論出してみんなで帰りましょうよ。私達だって、永遠に
続けるつもりがはないんです。手伝ってもらえませんか、せめて、時間までで
も」
小山「たまたま集められた……これもなにかのあれなんでしょうね」
塚原「まあ、ここまでつきあったんだから」

  と、小山、再び席に着く。
  塚原も席に着き、そして、豊島も席に戻った。

豊島「じゃあ、僕も……」
塚原「あとがきに名前なんか残されたら、末代までの恥だからな」
佐藤「あとがきなんかつけません」
芹沢「なんか、ちょっと空気がぎすぎすしてきたねえ……なんでこううまく進
まないのかな」
福島「そういえば、さっきどなたか、この会議の一番悪いところが、どうのと
か言ってる人、いませんでしたか?」
種子「あ、そうだ」
大出「いたいた」
種子「なんか言ってたね(と、見回して)誰だっけ?」
井上「あ!(と、豊島を示して)言ってたでしょう」
豊島「言ってませんよ」
福島「なんて言ったんだっけ」
大出「(思いだそうとして)思いだせないな」
塚原「思い出せないよ」
大出「なんで?」
塚原「言ってないから」
豊島「いや、言いましたよ、この会議の悪いところはって……」
塚原「言ってないの。言おうとしたら、新聞を遅らせる方法とかなんとかって
言われて、その件はそのままになってるの」
井上「あれ、そうだっけ?」
種子「それ、誰が言ったんだっけ?」
大出「それは俺が言ったんだよ『新聞遅らせましょう』って」
塚原「だから、俺が言おうとしたことが言えなかったんだよ」
井上「(と、塚原を示して)あ、そうだ、この人が言おうとしたんだ」
大出「そうそう、それを俺が邪魔したんだ」
塚原「そうだよ、あんたが邪魔したんだ」
大出「邪魔したって……俺は俺で新聞遅らせるっていいこと思いついたなって
思ったんだけど」
種子「なんか、あれですよね」
大出「なに?」
種子「さっきから、ずっと誰かが何か重要なことを言おうとする度に、誰かが
余計なこと言って邪魔してませんか?」
大出「だから邪魔しようと思ったんじゃなくて」
白井「(と、大出をみんなが指さして)そう、それだよ、それ、そうやって本
題がどこかにいつも行っちゃうんだよ」
江原「(大出に)だめですよ、人の話、聞かなくちゃ」
豊島「これからは民主主義の世の中になるんですからね、人の話をまず聞かな
いと」
種子「無駄に脱線が多いよね」
井上「それで、なんでか、結論のでないまま、今にいたってるわけじゃない」
芹沢「どっから脱線したの?」
江原「十二条からじゃない?」
芹沢「まあ、始まりはそこだったからな」
福島「(手を挙げて)私からでした」
北川「じゃあ、もう一度、十二条に戻ってみますか?」
井上「十二条って、なんだっけ?」
種子「あれでしょう、射的、標的、基本的」
豊島「それじゃないでしょう」
江原「でも、それ、なんか耳に残りますよね」
大出「射的、標的、基本的」
塚原「もういい!もーいいかげんにしろ!」
白井「(いつものように)まあまあ」
塚原「まあまあじゃない!」
白井「おこらりちった」
塚原「さっきからおまえら……人の話を聞かないからだって言ってるのに……
ほらもう気が付いたら『射的、標的、基本的』なんてところまで転がってる」
種子「あっというまですね」
豊島「なんでこんなに脱線するんでしょうねえ」
芹沢「それ、話合います?」
大出「そだね」
北川「ではなぜ、話が次々と転がっていくのかという事なんですが……」
塚原「意味なし!」
大出「はい?」
塚原「そんな事、話しても意味なし!」
北川「……では、あの、どうすれば……」
塚原「この会議の一番悪いところはやっぱり……司会が悪いんじゃないかと思
うんですよ」
北川「司会って、我々ですか?」
塚原「他に誰がいるんですか」
最所「一生懸命やってるんですけど」
北川「我々なりにですねえ」
塚原「でも、司会さえしっかししていたら、こんなことなるはずがありませ
ん」
北川「この会議を踊らせているのは我々なんでしょうか?」
塚原「まあ、最初から、踊りやすい人達ではありますけどね」
大出「あんたも、そうだろうが」
塚原「もちろん、私も含めてですよ」
佐藤「威張ってどうするんだ」
塚原「自分の欠点を自覚することだって大事なことでしょうが」
白井「なかなか大人ですね」
佐藤「わかったよ、じゃあ、もう司会やめた」
井上「ちょっと待ってください」
佐藤「やめたやめた」
塚原「やめてください」
佐藤「やめてやるよ」
北川「佐藤、ちょっと待て」
佐藤「だって、我々の仕切りが気に入らないっていうんだから、しょうがない
じゃないですか」
北川「(塚原に)それでは、これからの司会進行はどうなるんでしょうか」
芹沢「なくてもいいのかな」
豊島「ああ……ねえ」
大出「誰もやる人がいなかったら、俺がやろうか?」
塚原「私がやります」
大出「他にやつがいなかったら、しょうがないから、俺やるよ」
芹沢「俺、お目付役ならやってもいいけど、彼の代わりに」
福島「え、なんだ、みんな、本当は司会したかったの?」
塚原「人の話を聞けって……俺がやるっていってるだろうが、そのかわり…
…」
芹沢「あ、じゃあ、俺、お目付役やろっと(と、佐藤を示して)彼の代わり
に」
塚原「(芹沢を無視して)あなた達三人はそれぞれの立場から離れて、一般市
民として参加していだだけますか?」
北川「一般市民ですか?」
塚原「いいですね」
最所「でも、一般市民の意見なんか参考になるんですか?」
塚原「それを参考にしなくて、何を参考にするっていうんですか」
北川「でも、我々が発言することによって、会議の流れが……」
塚原「どのみち、脱線しまくっているんです、ちょっとぐらい流れが変わった
ってどうってことはありません……もしかしたら、流れが変わって、まっとう
な方向に進むかもしれないじゃないですか」
北川「それは……」
最所「あるかもしれませんね」
塚原「司会は私がやりますんで」
北川「じゃあ、我々は……」
塚原「あなたがたは、社会的な立場を捨てて、あなた方自身として、参加して
下さい。よろしいですね」
北川「わかりました」
最所「やってみます」
白井「じゃあねえ、司会も変わったことですし、気分転換に席変えでもしてみ
ますか(と、政府の人間に自分の座っていたあたりを勧めて)こちら、どう
ぞ」
江原「じゃあ、私は?」
白井「あなたは、どこがいい?」
江原「このあたりが」
白井「(種子に)あなたは?」
種子「やっぱり、こっちかな」
白井「じゃあ(と、適当に真ん中あたりに)そのへんね(と、福島に)そうな
ると、あなたはどっかにいかないとね」
福島「(適当に)じゃあ、そこ」
豊島「そっち側に行きたいなあ」
井上「私、反対側に」
白井「じゃあ、そのお二人で、席を交換ね」

  そして、全員の位置が決まった頃に。

佐藤「さ、これで御希望通りなわけだ、始めてもらいましょうかね」
塚原「もう、そういう口の聞き方はやめてもらえるかな」
佐藤「どうして?」
大出「そうだよ、あんたは今から一般市民なんだからさ、一個人対一個人って
感じで普通に話してもらえるかな」
塚原「会議、進まないんでね」
佐藤「役員としての一個人だよ」
大出「そんなものはありません、一個人としての一個人です」
佐藤「なんで……なんで、そういう事になっちゃったんだよ」
大出「今、話、聞いてたろ」
江原「今、みんなで決めましたよ」
豊島「これが民主主義の多数決ってやつですよ」
佐藤「恐いな、民主主義ってのは」
福島「どして?」
佐藤「多数決ってのはあれか、同じ意見が大多数なら、それがどんなことであ
っても、まかり通るって、そういうことか、え? 一個人の、その本人の意思
はどうでもいいのかよ」
北川「(佐藤に)ちょっと、その塚原さんの提案通りやってみないか」
佐藤「……了解いたしました」
福島「まだ(と、北川と佐藤を示し)そこ上下関係、引きずってない?」
塚原「じゃあ、私が司会ってことでよろしくお願いします」
大出「都合悪くなったらすぐ、俺、代わってあげるからね」
塚原「まず、最初に問題になった十二条です。この十二条についてのみなさん
の率直なご意見をお聞かせ願えますか」
北川「私、個人の意見としてはやはり、自由と権利は、なにがなんでも必ず保
証しておかねばならないと思うんです。個人の尊重ということは、この自由と
権利の保障以外のなにものでもないと思うんです」
塚原「では、この条文に関してはこのままでよいと」
北川「でも、全面的に賛成というわけでもありません。というのは次の国民の
不断の努力というのはもっと別の言い方があるかもしれませんし、極端な話、
さっきのお話にもありましたように、自由と権利がうつろいゆくもののように
憲法にわざわざ書くというのも……どうかと思うんで」
塚原「それについてはいかがですか?」
佐藤「多数決で、決めちゃえば?民主主義なんでしょ?」
塚原「多数決で決めない方が、いいと思う人」 
  と、佐藤以外の人間がみんな手を挙げた。
  それを見て、佐藤。

佐藤「本当、信用できないね、多数決って!」
塚原「最所さん」
最所「はい」
塚原「今の、北川さんの意見については、どうですか?」
最所「私は不断の努力はあえて入れておくべきなんじゃないかなって思いま
す」
北川「どうして?」
最所「確かに自由と権利は、人が生まれながらにして持っている権利なのかも
しれません。でも、けして、なんの努力もなく最初からそこにあったものじゃ
ないじゃありませんか。これは日本人だけじゃなくて、世界中の人々の多くの
犠牲と障害を乗り越えて、獲得したものであって、この憲法で保証する自由と
権利は当たり前のもので、なんの努力もせず、無関心でいたら、いつのまに
か、本当にいつのまにかあれよあれよというまに、この前の戦争が始まった時
みたいに、誰もなにも言わないまま、ああいう風になっていくんじゃないかっ
て、思うんです。自由と権利って、もしかしたら、人に奪われるよりも先に自
分達の怠慢によって、失われてしまう危険性のあるものじゃないでしょうか。
だから、国民は自由と権利を与えられる権利ということじゃなくて、自由と権
利を守る義務があるって書いた方がいいくらいだと思うんです」
塚原「自由と権利を守る義務って、具体的にどんな事なんでしょうか」
最所「自分の自由と権利が誰かに侵害された時、その侵害と戦い、我々を圧迫
するものを克服する義務って……いう感じなんですけど……よくわかりません
ね、こんな言い方じゃ」
豊島「いや、すごくよくわかりますよ」
大出「じゃあ、十二条はこれでいいってことなのかな」
白井「なんか説得力ありますね、今のご意見」
芹沢「俺達が今までぐだぐだ議論してきた事はいったいなんだったんだろう
ね」
井上「最初から、こういう意見がでてればね」
大出「そもそも、俺達は必要なのかな、この場に」
江原「根本的な問題ですね」
白井「ちょっとふざけすぎてましたかね」
種子「私はマジメにやってきましたよ」
大出「俺も」
福島「私も」
白井「いや、僕だってマジメにやってきましたけどね」
小山「本当にそうですか?」
白井「あのねえ、一見ねえ、僕が不真面目に見えちゃうのはですねえ、こうい
う会議において、僕みたいに場を流す人間が必要なんですよ。真面目な話をず
っと眉間にしわ寄せてやっていたら、息が詰まっちゃうでしょう」
最所「もう場を流す必要はありませんから」
小山「じゃあ、もうそちらで相談していただくことにして、私達は本当に帰ら
せていただいてよろしいでしょうか」
北川「いや、ちょっと待ってください」
小山「だって、私達がここにこうしていても、そういうことだったら、そちら
でさっさとお話ししていただいた方が……ねえ」
北川「いえ、ちょっと待って下さい」
小山「なんですか?」
北川「僕は個人的にみなさんのご意見をお聞きしたい所があるんです」
種子「どこの部分ですか?」
北川「第九条なんですけど」
江原「九条?」
豊島「九条って」
北川「第九条、戦争の放棄」
大出「あ、あれか」
北川「(見回して)どなたか、これが気になった方、いらっしゃいません
か?」
塚原「気になっている人」
小山「これのどの辺が気になっているんですか?」
福島「(またしても読み上げる)国権……国の権利ですよね、国権の発動たる
戦争と、武力による威嚇、または武力の行使は、国際紛争を解決する手段とし
ては永久にこれを放棄する」
大出「まあ、早い話がもう戦争はしないってことでしょ」
北川「そうです」
井上「え、じゃあ、なんで?」
種子「これのなにが悪いの?」
最所「(北川に)もしかしたら、また戦争するつもりなんですか?」
白井「懲りない人だねえ」
大出「やれやれ、戦争が終わってない人もいれば、また戦争始めようとしてい
る人もいるんだ」
北川「もう、戦争はやりませんか」
小山「やりません」
井上「あたり前ですよ」
小山「こういう人が一番、恐いんですよ」
大出「あのね、何回やっても、勝てないよ、アメリカには」
豊島「戦争をやる自由はないでしょう」
大出「戦争やっていいことなんかひとつもなかったんじゃないの?」
井上「そうそう、そうよね」
芹沢「この前の戦争って、意味なかったんでしょうか?」
豊島「ないでしょ」
福島「なんか良いことありました?」
芹沢「でも、その意味のない戦争で多くの人間が死んでいったんですよ」
井上「まあ、それはねえ」
芹沢「それはどうなんですか?」
大出「それはどうもこうも、かわいそうとしか言いようがないよな」
江原「その人達のためにも、同じあやまちは繰り返しません、って事ですよ
ね」
白井「第九条、戦争放棄?」
芹沢「でも、ダメだったからって投げ出していいんですか?」
福島「なにそれ」
白井「投げ出すって、なにをです?」
芹沢「戦争をです」
種子「なんで?」
芹沢「ダメだったからって、投げ出すって、これ日本人らしくないんじゃない
かな」
江原「そうですか?」
塚原「それはそうかもしれませんね」
芹沢「ですよね」
塚原「ダメだったら、ダメだったってことで、なぜ失敗したのかを考察して、
ダメなところを直していかないとね、前進はありませんよ」
小山「それでどこに前進して行くんですか」
塚原「前に向かってですよ」
最所「その先にはまた戦争が待ってるだけですよ」
塚原「いや、ちょっと黙っててね」
大出「あんた、司会であることをすでに忘れてないか?」
塚原「(司会らしく提案をする)ではみなさん、なにがダメだったんでしょう
か」
井上「なにがダメなの?」
福島「ダメだったの?」
井上「なにがって、ダメのなにがってなに?」
塚原「人の話を聞いてろよ」
井上「聞いてたけど、なに言ってるか、わかんないんだもん」
塚原「いいですか、この前の戦争で日本はアメリカをはじめとする連合軍に負
けましたね」
北川「負けました」
塚原「では、なぜ日本は負けたんでしょうか」
佐藤「それ、話し合ってどうするの?」
大出「何回やったって、アメリカには勝てないよ」
塚原「諦めるのが早すぎないか?」
大出「ダメなものはダメなんだよ」
塚原「どーして」
大出「だって、ダメだったじゃない」
芹沢「だから、だめだったところを反省して」
最所「反省して、また戦争やるんですか?」
大出「勝てないよ、アメリカには」
芹沢「なんだかねえ、この頑固者は」
大出「どっちが頑固なんだよ」
芹沢「(塚原に)ちょっと、この席から降りてもらいましょうか」
大出「なんで?」
芹沢「今、ここは反省会集会なんですから」
塚原「北川さんと交代しろよ」
大出「ヤダ!」
種子「じゃあ、あれですか、もう一回アメリカと戦争して勝てる見込みがあれ
ば、戦争は放棄しないけど、何回やってもダメそうだったら、戦争は放棄する
と」
井上「それは話し合ってみるべきかもしれませんね」
豊島「これからの日本にそういう可能性があるかどうかですからね」
白井「まさかGHQもここでそんな話しているなんて思ってもいないでしょう
ね」
大出「何回やっても勝てないって」
種子「その何回やっても勝てないっていう根拠はなんなんですか?」
大出「ちょっと、考えればわかるでしょう」
種子「なにが?」
大出「あー、ちょっと、勝てないよなこれはって」
佐藤「あんたの話には根拠ってものがないんだよ」
大出「根拠はなくても、直感はある」
佐藤「(ぼそっと)頭悪ぅ」
大出「(佐藤に)聞こえるギリギリの小さな声で言うな!」
豊島「実際に戦争っていう手段以外でアメリカを負かす方法があれば戦争は放
棄してもいいんじゃないんですかね」
北川「戦争以外に負かす方法?」
福島「なんですか、それは」
小山「できるんですか、そんなこと」
豊島「いや、よくわかりませんけど……例えば」
井上「例えば?」
豊島「経済的に打撃を与えるとか」
種子「アメリカに経済的に打撃を与えるんですか?」
豊島「はい」
福島「どうやって?」
大出「あのねえ、アメリカは裕福なんだよ。アメリカの冷蔵庫ってこんなに大
きくて牛乳瓶だってこんなに大きいんだよ」
小山「裕福の基準って冷蔵庫と牛乳瓶なんですか?」
大出「この焼け野原の日本から見れば、それは裕福の象徴なんですよ」
北川「冷静に考えて、今の日本が経済的に復興して、アメリカに追いつき、追
い越して、さらに打撃を与えるまでに行くのは……」
大出「何十年も先の話だよ」
井上「いや、何百年かもしれませんよ」
豊島「でも、がんばって日本を経済的に建てなおして、いろんな物をアメリカ
に輸出したりして……」
種子「アメリカになにを輸出するんですか?」
豊島「工業製品ですよ、例えば……車とか」
大出「車?」
江原「日本製の車をアメリカが買うの?」
大出「そんなバカな!」
芹沢「飛行機ならいざしらず」
塚原「飛行機は売れるよね」
福島「そうなんですか?」
芹沢「日本の航空機の技術は一級品ですからね、なんたって、プロペラ機であ
そこまで早く飛べるのは日本だけですよ」
豊島「でも、飛行機はジェット機を開発しないかぎり、無理なんじゃないか
な」
種子「じゃあ、やっぱり無理ってことじゃないですか」
北川「経済でアメリカに仕返しするっていうのは、遠い夢ですね」
豊島「そうですかね」
大出「だから、そうだって言ってるじゃない」
豊島「すみません」
江原「でも、もう一回戦争ってできるんですか?」
塚原「そんなのやろうと思えばいくらでもできますよ」
白井「やろうと思えばね」
江原「今の日本の状況を考えるとですね、一回負けて、みんなしゅんとなって
いる時期じゃないですか」
塚原「しゅんとなったふりして、相手がひるんだところで反撃にでる」
白井「ああ、いるいるそういう奴、嘘泣きな」
小山「嘘泣きでしたか、今度の戦争は。本気で泣かされたんじゃないんです
か?」
豊島「結局、アメリカにはこの先ずっと、永遠に勝てないんでしょうかね」
大出「永遠に無理、だね」
白井「そうですかね」
最所「日本が復興するあいだに、アメリカだってさらに伸びているでしょう。
この差は縮まらないでしょう、いつまでたっても」
豊島「結局、青い空の一番高いところで翩翻と翻っているのは星条旗。鳴り響
くのはアメリカの国歌、星条旗」
福島「あ!」
大出「あ!」
小山「……ああ!それもありましたね!」
大出「(福島に)俺の方が早かったもんね」
種子「いえ、彼女の方が(早かったですよ)」
大出「なに……」
福島「国歌! 国歌ですよ、国歌。君が代ってどうなるんですか?」
種子「君が代は戦後も続投なんでしょうか?」
福島「書いてないよね、それについても」
井上「(司会席に向かって)その辺どうなんでしょうか?」
塚原「俺に聞くなよ」
大出「さっきの日の丸ってどうなったんだっけ?」
福島「菊丸になったんじゃないの?」
佐藤「だから、内容は変えちゃダメなんだって」
塚原「だって、書いてないんだよ、日の丸のことは」
福島「書かれていないことは、変えていいんでしょ、ねえ」
佐藤「書かれていないことをどうやって変えるのよ」
福島「だから、こっちで付け足せば」
佐藤「付け足しちゃダメなの増えたら、変えたことになるでしょう」
井上「あ、どうでしょう、さっきの広告の話で、ウリが重要だってお話なさっ
てましたよね」
白井「そうですよ」
井上「二割増量っていうのは、どうでしょうか?」
佐藤「はあ?」
井上「この憲法GHQのものより、二割増量されてますっていうのは」
江原「ああ、なるほどね」
福島「それ、いー」
白井「それはウリになりますね」
井上「なんか得した気になるし」
佐藤「ダメ、ダメダメ、ダメよ」
白井「なんで?」
井上「手に取った時、うわ、この憲法これまでのものよりお得だわーってこと
に」
佐藤「なりません」
井上「庶民的な憲法だと思うけどなあ」
佐藤「安売りしないでね、国の最高法規なんだから」
白井「お得ですよね、基本的人権は入っているし、二割増量はされてるし」
種子「日の丸が菊丸になるんだったら、やっぱり、君が代も変えちゃった方が
いいんじゃないかな」
白井「日の丸を菊丸にするのって決定なの?」
種子「え!ちがったっけ?」
大出「うわ!それも結論がでてないのか?」
江原「結論が出ていないものを表にして、○とか×とかつけていったらどうで
すか」
白井「そうそう、整理していこうよ」
大出「どっから結論でてないんだっけ?」
江原「十二条からじゃない?」
芹沢「まあ、はじまりはそこだったけど」
福島「(手を挙げて)私からでした」
井上「十二条ってなんだっけ?って、これさっきもやりませんでした?」

  と、一斉にみんなが塚原を見て。

白井「司会の方!」
佐藤「ちゃんと司会して欲しいなあ!」
豊島「いつのまにかまた脱線してるじゃないですか」
大出「あんた、ダメだな」
白井「交代ですね、交代」
塚原「(自分に怒っていたりする)なんで?なんで止められないんだよ」
豊島「塚原さん、都落ちです。かわりに豊島入ります」

  と、塚原、司会席から降りてきて、変わりに大出が司会の真ん中に、そし
て、その脇に豊島が座る。

塚原「これ生半可な事じゃ、止められないぞ」芹沢「もっと、気合い入れて司
会しようよ」
大出「よっしや、気合いな、気合い!」

  と、わけのわからない気合いを発する。
  そして、手を挙げる小山。

小山「はい!あの、私、君が代に変わる国歌を作るんでしたら、作詞、やらせ
ていただきたいんですけど」
福島「作詞?」
小山「ええ、やってみたいんですけど、いかがでしょうか?」
江原「そんなのみんなやってみたいですよ」

  と、政府の人間以外の文筆業の人々が一斉 に立ち上がって立候補した。

小山「でも、この中には、私以外、詩の専門家はいらっしゃらないみたいです
し……」
江原「でも、この中から無理矢理選ぶ必要もないんじゃないの?」
福島「私だって、詩ぐらい書いたことありますよ」
小山「詩ぐらい、って、詩を甘く見ないで下さい」
井上「詩は難しいんでしょう、おいそれとはねえ」
小山「そうですよ」
井上「なんたって、言葉の粉末なんでしょう?」
小山「結晶です!」
井上「あらいやだ」
大出「(咳払いなどして)話がちょっと、横道にそれていってますねえ」
白井「おお、初めて、司会らしい司会が現れたな」
大出「話をもう一度戻しましょうか。日本の象徴とはなにか? ということで
す」
種子「あれ、日本の象徴は天皇陛下だってさっき決まりませんでしたか?」
井上「そうそう、それは決まったんでしょう」
佐藤「それは最初っから、決まってたの、それを決めたのはGHQなんだか
ら」
井上「でも、日の丸も君が代も日本の象徴なんでしょう?」
福島「あと、富士山も」
豊島「富士山はどうかな」
福島「どーして? 日の丸は日本の国旗として、日本の象徴、君が代は日本の
国歌として、日本の象徴。富士山は日本の山として日本の象徴」
豊島「山はいいんじゃないかな」
塚原「山は山だからな」
福島「そんなの、不公平です」
塚原「そんなこと言ってたら、日本の象徴の河とか、日本の象徴の岬とか、浜
辺とか、滝とか、遠浅とか、全部書かなきゃなんなくなりますよ」
豊島「島とか、洞窟とか、煙突とか」
井上「二割増量どころじゃ済みませんね」
豊島「象徴は旗と歌ぐらいにしときませんか」
芹沢「日の丸が国の旗として、日本の象徴で、君が代は、国の歌として、日本
の象徴だとしたら、天皇陛下は日本のなにの象徴なんですか?」
最所「それは……やっぱり」
福島「人なんじゃないんですか?」
芹沢「人の象徴としての人ってなんか変じゃないかな」
種子「だからね、日本って国ね、天皇陛下を頂点とするピラミッド型に構成さ
れているわけでしょう」
大出「ピラミッド型の底辺を支えているのは?」
種子「私達、国民ですよ」
豊島「ちがいますよ!」
種子「え、なんで?」
大出「ちがうんだってば!」
豊島「だからもう、今はそういう時代じゃないんですよ」
北川「(種子に)今からでも遅くはありませんから、(草稿を示し)これ、読
んでいただけますか」
大出「頼むからね、読んでから意見言ってね」
塚原「おい!」
大出「なんですか?」
塚原「ちゃんと司会しろ、また脱線しかけてるぞ」
佐藤「あんたが司会やってた時よりはずいぶんましだよ」
芹沢「(手を挙げて)戦争放棄の話が途中になってて、気になるんですけど」
大出「(とってつけた司会のように)確かにそうですね、私も、かなり気には
なってました」
芹沢「本当にですか?」
大出「戦争放棄に話を戻しましょう(芹沢に)ね!」
芹沢「……話が横道にそれている間に、少し冷静に考えてみたんですけど、本
当に戦争はもうやらないのかっていわれると……ねえ」
最所「戦争はやってはいけないんです、そんな簡単なことがどうしてわからな
いんですか」
芹沢「いえ、わかっているんです、わかっているんですけど……」
最所「戦争の悲惨な状況を知っていたら……」
芹沢「知ってます」
最所「だったら……」
芹沢「4人、同期が死にました」

  やや、間。

最所「じゃあ、戦争は絶対やってはいけないってことが……」
芹沢「そうでしょうか、本当そうなんでしょうか?」
最所「そんな優柔不断な事を言っていたら、すぐにまた次の大きな世界大戦が
はじまりますよ」
芹沢「でも、でもですよ、もし他の国が攻めてきたら、どうしますか?我々は
どうすればいいんですか?」
塚原「そりゃあ、降りかかる火の粉は払わなきゃならないでしょう」
芹沢「それは具体的にどうするってことなんですか?」
塚原「日本男児として、武器をとって闘うってことですよ」
豊島「まあ、そうするしかしょうがないでしょう」
塚原「やられっぱなしになるわけにはいかんでしょう」
最所「ダメです」
塚原「なんで?」
最所「戦争は放棄するんです」
福島「どうして?」
最所「国の最高法規である憲法の第九条に、戦争の放棄と書かれているからで
す」
北川「それ、本気で言ってるのかよ」
最所「本気です」
小山「やられっぱなしでいいんですか?」
最所「……構いません」
佐藤「アタマ、おかしいんじゃねえの?」
北川「佐藤」
佐藤「一般人としての発言です、いいでしょう、何言ったって」
最所「構いませんよ」
佐藤「二年も一緒に働いてて、おまえはあれか、戦争放棄か」
最所「今は一般人として、個人として発言しておりますから」
佐藤「ああ、そう」
最所「これは個人的な意見です」
北川「それで、本当に、放棄する方向でいいのか?」
最所「だって、この第九条にはそう書かれているじゃ、ありませんか」
白井「んーまあ、書かれていても、そんなにねえ、ほら、杓子定規なもんじゃ
ないでしょう」
豊島「そうですよねえ、法律って、昔からどっか抜け道があったりするもんじ
ゃないですか」
江原「最高法規にもあるんですか、抜け道が」
佐藤「ありませんよ、あってたまるもんですか」
北川「あります」
佐藤「北川さん」
北川「今、(芹沢が)おっしゃった、他の国が日本を攻めてくる、侵略戦争と
いう事態は当然、考えられることです」
江原「じゃあ、やっぱり、売られたけんかは買うってことですか?」
最所「だから、それはダメなんです」
北川「ダメじゃないんだよ」
最所「どうしてですか?」
北川「国と国の間にも正当防衛というのがあるんですよ」
塚原「自衛権ってやつですね」
白井「自衛権?」
北川「そうです」
福島「自衛権って、なに?」
北川「自分を守る権利のことです」
小山「じゃあ、戦争をするという事と、侵略から身を守るという事の境目はど
こにあるというんですか?」
井上「こう……他の国が攻めてきますよね、それで応戦しますよね……(その
中間を示し)このあたりでドンパチやりますよね、となると、このドンパチや
っているこのあたりは、誰がどう見ても戦争しているようにしか見えないんじ
ゃないんですか?」
北川「日本がこの憲法によって放棄したのは、交戦権だけです。自衛権は放棄
していません」
福島「交戦権と自衛権はどう違うの?」
塚原「交戦権は戦いを交える権利、つまり」
北川「戦争をする権利です」
福島「え、そんな権利あるの?」
江原「戦争をする権利?」
井上「そんな権利があるって誰が決めたの?」
種子「それはあの方しかいらっしゃらないでしょう」
大出「いいから、あんたは憲法読んでろ」
北川「世界中の国々は、他の国と紛争が生じた場合、できるだけ、平和的な解
決をするようにつとめなければなりません」
豊島「それはわかっているけど、そうそううまくいくものでもないんじゃない
かな」
井上「そういう時は、どうするの?」
北川「平和的な解決ができない場合、戦争を行う権利があるものと考えられて
います」
井上「それは誰が決めたの?」
大出「誰が決めたの?」
北川「世界中の国々の同意によってです」
井上「え、じゃあなに、世界中の国々は、戦争をする権利があるよって言って
いるのに、日本だけが、そんなのいらないって言うつもりなの?」
北川「そうです」
大出「そういうの、他の国が認めてるんだったら、わざわざいらないなんて書
かなくてもねえ……」
白井「黙っていればいいんじゃないかな、その辺のこと」
塚原「まあ、黙ってりゃわかんないっていうのもあるからねえ」
豊島「黙ってるってどうするんですか?」
白井「なんかその辺、はっきりさせないでうやむやにしておくとかさ」
塚原「曖昧な表現でね」
白井「そうそう」
井上「そうね、それはあるかもね」
白井「ありますよね」
井上「日本人はほら、元々はっきり物を言うの、が苦手なんだから」
江原「それこそ日本人かもしれませんね」
井上「儲かりまっか?って聞かれても、まあボチボチでんなって、答える国で
すからね」
豊島「ボチボチ……曖昧な表現だなあ」
井上「ねえ、本当に、そのあたりは謙虚なふりをしてればねえ」
塚原「だから、憲法も曖昧にしておくっていうのがいかにも日本の憲法って感
じがしていいんじゃないかな」
最所「じゃあ、この第九条はどうなるんですか?」
井上「そうねえ、これだったら……」
白井「第九条、戦争はこれをあまりおすすめしない、とかね」
大出「うわぁ!曖昧!」
白井「戦争は時と場合によって、よきにはからう、とかね」
豊島「それ、なに一つ決めてませんね」
白井「戦争はただならぬ事態の時のみに、限定するものではない」
塚原「なんでもありだな、それをやりはじめると」
芹沢「(今度は呆れながら)あんた、そういうのだと、本当にいくらでもでて
くるねえ」
小山「それ、賛成!」
白井「え?」
小山「その意見に私、賛成です」
芹沢「お、珍しいねえ」
小山「曖昧にしておいた方が確かに、いいかもしれませんね」
最所「本当にそう思っていらっしゃるんですか?」
小山「思います。この第九条だけじゃなくって、他の条文もこんなふうにどう
とでもとれるような文にしておいたほうがいいんじゃないですかね」
最所「でも、そんなことをしたら……」
小山「今、この瞬間は、ここに書かれていることは正義かもしれませんが、こ
こに書かれていることが、十年後、五十年後、いえ、百年後の人と社会を規制
することになるんですよ」
北川「まあ、確かにそれはそうなんですけど」
小山「特に、今は、敗戦直後です。戦争が終わったんだという実感と共に、じ
ゃあ、これからどうやって生きていくのかってことでみんな頭がいっぱいじゃ
ありませんか。そんな混乱の中で、しかも、原案はアメリカが作っているんで
す。この憲法が間違っている可能性、歪んでいる可能性は大きいと思うんで
す」
白井「だから、どうとでもとれるようにしておいて」
小山「後でまた考えるんですよ」
白井「余裕ができてからね」
小山「そうです」
塚原「それも一つの手かもしれないな」
最所「それはまちがってます」
大出「やけに食い下がるね」
最所「後々の人々が混乱しないためにも、曖昧な表現は極力避けるべきです」
大出「混乱をまねくんじゃなくて、幅を持たせるんだよ、憲法の解釈にさ」
井上「幅をね」
最所「いえ、様々な解釈が可能な憲法を作るべきではありません。曖昧な表現
を避けて、戦争を永遠に放棄するんです」
小山「そう宣言したために、他の国から侵略された時、なにも抵抗できず、た
だ、殺されていくことになるかもしれないんですよ」
井上「死にたいんですか、あなたは」
最所「いいえ……」
大出「じゃ、言ってることのつじつまが合わないんじゃないの?」
小山「そういった状況になっても、それ以上に、私達が今、想像もつかないよ
うな状況になったとしても臨機応変に対応ができるんじゃありませんか」
白井「曖昧だと、臨機応変になれますよね」
塚原「そっちの方がいいんじゃないの?」
芹沢「我々が、今、決めたことであとあと大変になってもねえ……」
井上「そういうので恨まれるのもいやだしねえ」
塚原「(最所に)どうですか、これに関して?」
最所「じゃあ、もう、多数決で決めたらどうですか?」
佐藤「今これで多数決やったら一発だよ」
塚原「いや、少数意見を無視しないっていうのも、民主主義ですから」
佐藤「なんでさっきはそれ言ってくれないんだよ」
白井「いいんじゃないですか、曖昧な表現で」
江原「この憲法の中にだって、曖昧な表現は他にいくらでもあるんだし」
最所「え?そうですか?」
福島「ひょっとして、あれ?」
江原「え、わかりました?」
福島「わかりますよ、誰だって気が付くでしょう、バカじゃないんだから」
大出「え、どこのこと?」
福島「第二十五条でしょう」
井上「二十五条って、なんだっけ? あはははは、ちょっとやだ、私ったら、
バカ丸出し」
福島「(読み上げる)すべて国民は健康で文化的な最低限の生活を営む権利を
有する」
江原「健康で文化的な最低限度の生活」
井上「なに、最低限度の生活って?」
豊島「曖昧だなあ」
白井「最低限度の生活って、なにが最低限度なんでしょうね」
江原「これはだから、今の日本だったら、死なない程度に食べるっていうのが
最低限度かもしれないけど、この先、日本が復興して、豊かになったら、その
時代、時代に応じて最低限度の線も上がってくるからじゃないですかねえ」
大出「ってことはつまり、状況が変わっていくことを見越しているわけだよね
え」
江原「そうです」
福島「そういうことですね」
井上「でも、どうして、最低限度の生活なんでしょうねえ」
豊島「ダメですか、最低限度の生活じゃあ」
井上「他に言い方、ありませんかね。国の一番えらいあれに『最低限度の生
活』って書いてあるのもどうなんでしょうかね」
小山「確かに、同じ曖昧な表現でも、他の言い方があるんじゃないんですか
ね」
豊島「え、『最低限度の生活』じゃなくて、曖昧な表現で?」
井上「じゃなくて、禁止」
豊島「え?」
福島「じゃなくてはさっき禁止になりました」
白井「(豊島に)あんたが禁止にしたんですよ」
豊島「あ、すいません」
芹沢「さん、出番ですよ、出番。他の曖昧な表現で」
白井「生かさず、殺さずっていうのはどうでしょう」
大出「国民は健康で文化的で生かさず殺さず」
芹沢「ちょっと、ちがうんじゃありませんか?」
白井「下を見ても、上を見ないっていうのは?」
豊島「国民は健康で文化的で下を見ても、上を見ない?」
福島「ぴんときませんね」
白井「ちょっと待て、ちょっと待て、待て……多くを望まず、とりあえずは感
謝の心、ってのは?」
井上「国民は健康で文化的で多くを望まず、とりあえずは感謝の心」
芹沢「あ!いいんじゃないかな」
江原「多くを望まず、っていうのと、最低限度の生活ってのは、五十歩百歩っ
て気がしますね」
福島「あと、曖昧な表現っていうのなら、これもそうなんじゃないかな」
井上「え、どれどれ」
福島「第十三条、すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追
求に対する国民の権利は……」
大出「幸福追求に対する権利?」
白井「うわ、これもまた曖昧」
豊島「しかも、これは今までのものよりも、曖昧指数が高いですよ」
塚原「なに、曖昧指数って」
豊島「いや、言葉の曖昧さを推し量る単位ですよ」
福島「そんなのあるんですか?」
豊島「いや、今、作ったんですけど」
北川「いや、確かに曖昧指数は高いですね」
芹沢「高い、高い、なに言ってるかわかんないもん」
白井「曖昧指数、もうすっかりみんなになじんでますねえ」
大出「(はっきりと言う)幸福追求の権利」
塚原「そりゃあさあ、誰だって幸せは追求したいよなあ」
豊島「幸せっていうのは人それぞれの物だからね、一概に規定はできないもの
ですしね」
小山「まあ、これだけ曖昧な表現が他の条文にもあるんだったら……戦争放棄
に関してだって」
芹沢「あってもおかしくはないよ」
塚原「今ここで、変な結論出すよりはねえ」
豊島「曖昧にしておく方が、賢いかもしれませんね」
最所「戦争放棄の条文は曖昧であってはならないんです」
大出「どうして」
芹沢「あんたも言い出したら聞かないねえ」
大出「あんた、あれだな、三人兄弟の末っ子だろう」
小山「それ、なんか関係あるんですか」
最所「日本が受諾したポツダム宣言の中にこう書かれているんです(と、読み
上げる)日本に新たなる秩序が作られ、日本国の戦争遂行能力がなくなったこ
との確証が得られるまで、連合国は日本国領域内の緒地点の占領を続けるべ
し、とあるんです」
塚原「じゃあ、好むと好まざるとに関わらず、戦争放棄の憲法を発表しない限
り、GHQの占領は続くわけだ」
最所「そうです」
白井「でも、GHQは戦争放棄の条文が曖昧な日本語に直されたとしても、わ
かんないんじゃないの?」
大出「それはありますね」
白井「なんか文句言われたら、これが日本のわびとさびの表現ですって言えば
さ」
井上「わびとさびに対する英語ってあるんですか?」
豊島「ないでしょう」
塚原「だって、言葉がそもそも文化の違いなんだからさ」
井上「ねえ、そうですよねえ……」
最所「そうでしょうか」
小山「(最所に)さっき、自由や権利は守る義務があるっておっしゃってまし
たよね」
最所「はい」
小山「自由や権利が一番侵害されるのが、戦争なんじゃありませんか?」
最所「それはそうかもしれません」
豊島「だいたい『戦争放棄』『戦争放棄』って主張するのはいいんですけど、
実際、戦争起きたらどうするつもりなの?」
佐藤「そうそう、それをお聞きしたいですね」
最所「戦争は必ず起きるものなのでしょうか」
塚原「そりゃ、起きないにこしたことはないですよ、でもねえ……これまでの
歴史を眺めてみれば……」
江原「ちょくちょくどっかでやってますよね、戦争って」
芹沢「火の粉が降りかかって来た時に、手にする武器がないと、やっぱり」
小山「それはでも、再軍備ってことでしょう」
井上「再軍備は私は遠慮願いたいですね」
芹沢「でも、武器がないと戦えないじゃないですか」
福島「武器や兵器が必要なら、それを扱う人間も必要になってこない?」
北川「それは、軍人ってことですか?」
福島「軍人までいかなくても、なんかそういう人が必要なんじゃないんです
か?」
北川「武器と兵器があって、軍人がいるんだったら、それは軍隊ってことにな
りませんか?」
種子「なりますよね」
大出「それっていいの?」
福島「まずいですかね」
塚原「いや、それはマズイでしょう、いくら憲法の条文を曖昧にしたとして
も、実際問題、武器と兵器を揃えて軍人がいたらねえ」
大出「これは軍隊なんですけど、我々は軍隊って呼んでいませんってわけには
いかないでしょう」
白井「んー、それはちょっと通りませんね」
井上「あくまでこっそりと準備しておくわけにはいきませんかね、いざって時
の……ほら、防火用水みたいに、家の横にこっそり」
大出「それ、ばれた時によけい怒られるよ」
種子「自衛手段で、武器や兵器がなくちゃ戦えないっていうのはわかりますけ
ど、軍人っていうのはどうでしょうかね」
豊島「じゃあ、誰が非常事態の時に武器や兵器を扱うんですか?」
種子「みんなでやるっていうのは?」
佐藤「みんなで?」
種子「そう、私達が」
福島「え……でも、なんかやだな」
種子「自分達の自由と権利なんです、それを守ることを軍人に押しつけて、そ
れで民主主義ですって、胸を張って言えるんでしょうか」
江原「でも、武器ってそんなに簡単に扱えるようになるんですか?」
種子「だから、ここで一つ提案です」
北川「なんですか?」
種子「国民一人一人に武器と兵器の扱い方を教える制度を国が設けるっていう
のはどうでしょうか?」
北川「みんなですか?」
種子「もちろんです」
福島「私もですか」
種子「そうですよ、平等にするためには、みんなでやらないと」
北川「すいません」
種子「はい」
北川「でも、それを徴兵制って言うんじゃないんですか?」
種子「え?」
北川「それ、ただ単に国民に兵役を義務づけているってことですよね」
佐藤「それは裏を返せば徴兵制だよ」
白井「徴兵制があって、戦争やる気はありませんってのは通りませんよね」
大出「ダメだろうね」
白井「いくら第九条を曖昧な表現にしたとしても、徴兵制が導入されていた
ら、これはちょっと。シャレになりませんね」
種子「じゃあ、却下ですか?」
大出「徴兵制は却下です」
小山「そのポツダム宣言の中に出てくる戦争が遂行できる能力って、どんなも
のなんでしょうか?」
最所「どんなもの……というと」
小山「私はさっきの、自分達の身を守るための武器兵器が必要っていうのはよ
くわかるんです。でも、国を守るために必要な物と、戦争が遂行できる物の境
界線はどこにあるんでしょうか?」
佐藤「戦力というのは自衛の為に必要な限度を越えるモノなんじゃないの」
豊島「じゃあ、その自衛のために必要な限度ってどうやって決めるの?」
芹沢「そりゃあ、相手あってのものでしょう?」
豊島「相手がこれくらい強い軍備があるから、こっちはこれくらい用意しまし
ょうってことなんですよね」
井上「そうなると、やっぱりちゃんとした軍備ってのが必要になりませんか
ね」
北川「どうしてですか?」
井上「だって、たとえば相手がアメリカだと仮定してみたら、ねえ」
大出「いや、だから、アメリカとは何回やっても勝てないんだから」
白井「そうそう、敵国をアメリカで考えちゃダメですよ」
塚原「アメリカはなしね」
井上「じゃあ、あとはどこがあります?」
福島「日本を攻めてきそうな国?」
井上「はい」
種子「イギリスとか」
井上「はい」
豊島「フランス」
井上「はい」
江原「中国も」
井上「はい」
塚原「ドイツ」
井上「はい」
大出「あ、ロシアもある」
井上「ありますねえ」
小山「本当に攻めてきますかね」
芹沢「いや、絶対、そんなことはないとは言い切れないでしょう」
豊島「ちょっと待ってください」
塚原「なに?」
豊島「みなさんは大事なことを忘れています」
井上「なんですか?」
豊島「最近戦争する時って、みんな連合軍になるじゃないですか」
北川「それはどうですね」
白井「確かにね」
江原「同盟組んだりね」
大出「相手が一つの国とは限らないんだ」
芹沢「そういうことを考え始めると、やっぱり、本腰入れて再軍備しないと、
落ちついて眠れないって事じゃないですか」
井上「やっぱり再軍備ですかねえ」
最所「今、再軍備したら、マッカーサーの占領軍に日本は本当に解体されてし
まいますよ」
小山「本当に解体って?」
最所「天皇制の崩壊ですよ」
種子「それはなんとしても止めなければなりませんね」
大出「あんた、憲法、読んだのか?」
種子「読みましたよ、象徴でもなんでも構いませんから天皇制は残さない
と?」
小山「でも、この際、天皇制にこだわることもないんじゃないですかね」
白井「あれ、そっから変えちゃいますか?」
大出「うわ、もう行くとこまで行っちゃうねえ」
井上「天皇制変えたらどうなるんですか?」
白井「アメリカの真似した憲法なんだから、そこもアメリカの真似しちゃ
ば?」
種子「アメリカって何制なの?」
豊島「大統領制でしょう」
白井「どうですか?新しい日本は大統領制っていうのは」
塚原「大統領制ねえ」
江原「響きはいいですね」
白井「(掛け声)ヨォ!大統領!とか言ったりして」
福島「あ、それいいですね」
大出「日本の大統領制っていう線も、じゃあ」
最所「ありません」
大出「どうして?」
最所「マッカーサーが日本を民主主義の国として一人立ちできるように支援し
てくれているんです。それを否定して、勝手なことやったら、日本は独立どこ
ろか、アメリカの属国になるしか道はないんです。アメリカの属国の日本はも
う日本ではありません。アメリカの四十九番目の州になっていいんですか?」
塚原「アメリカの四十九番目の州か」
白井「そうなると、嫌だって言っても、大統領制になりますね」
種子「じゃあ、やっぱり、再軍備には見えないけど、自衛はできるくらいの」
白井「ちょっとした軍隊?」
大出「あ、いいねえ『ちょっとした軍隊』」
白井「ちょっとした軍隊で、お茶を濁すっていうのも」
大出「お茶を濁すっていうのも、日本的な感じがしていいんじゃない?」
芹沢「ちょっとした軍隊ならいりませんよ」
大出「え、なんで?」
福島「またそういう事を言って」
塚原「今、せっかく結論がでそうになったのに」
井上「初めての結論なんですよ」
芹沢「少しばかりの軍隊だったら、意味ありません。攻めてきた他の国と戦争
して、必ず負けることがわかっているような弱い軍隊なら、誰だって、真面目
に軍人になって命を賭けようって気にはならないでしょう。軍隊というのは、
人と武器の組織なんです。そして、その人という要素の核になっているのは若
者なんです。軍隊はその若者の命というかけがえのないもの提供を求めるんで
す。だから、軍は若者の正義感からみて、疑問の残るものであってはならない
んです。自分が身を投じる軍隊によって、国民の生命と生活を防衛できること
が確約されていなければ、なんの意味もないんです」
北川「それはもう一度、完全な軍隊を作れ、ということですか?」
芹沢「やるなら、そうしてくれと言ってるんです」
白井「じゃあ、そうしますか」
小山「そんなに簡単に決めていいんですか?」
白井「だってなんか、正しい意見に聞こえたから」
井上「私もです」
白井「ですよねえ」
井上「子を持つ親としては自分の子供がもし軍隊に入ったらって考えると、や
っぱり弱い軍隊よりは強い軍隊の方が、ねえ」
大出「あんた、子供いるのか?」
井上「ええ、六人」
福島「六人?」
井上「みんな男ですけど」
福島「うわあ……」
豊島「自衛権の名の下に、今すぐは無理かもしれませんけど、その時々の国際
情勢に合わせて、ねえ」
井上「強くなりますかね、それで?」
豊島「国際情勢や、相手国いかんってことになると、実はいくらでも戦力を増
強する口実はできますからね」
大出「できるの、そういうの」
豊島「例えば、Aという国に対して自衛でも、Bという国に対しては戦力にな
るって考え方もあるじゃありませんか」
塚原「ああ、なるほどね」
北川「では、向こうが核兵器を持っていたら、日本も持っていいってことです
か?」
豊島「そうなりますね」
福島「だってこの憲法には核兵器を持ってはけないって書かれてはいませんか
らね」
佐藤「核兵器持ってて、自衛のためですっていって通りますかね」
白井「大丈夫、大丈夫、自衛のためとか言って、核武装したり、細菌兵器作っ
たり、化学兵器作ったりすればいいんじゃありませんか」
最所「それはできません」
白井「どーして」
最所「戦争は放棄するんです!」
大出「わかんない人だねえ」
塚原「じゃあ、なにこの九条は、日本の国家の安全を犠牲にして、国民は死を
待てって書いてあるわけ?」
最所「そんな事は書いてありません」
佐藤「じゃあ、どんな事が書いてあるんだよ」
大出「そうだよ、あんたさっきっから、言ってる事がムチャクチャだよ」
最所「ここに書かれているのは戦争を放棄するという事だけです」
種子「戦争放棄したら、殺されちゃうんだって」
白井「戦争の放棄は、命の放棄なんですよ」
芹沢「戦争の放棄は命の放棄、いいこと言うねえ」
最所「戦争放棄したら、どうして、死ぬんですか?」
塚原「それは今、ここで話していたろ!」
芹沢「聞いてなかったのか?」
大出「あんたの話には根拠がないんだよ」
佐藤「それ、あんたが言うんか」
最所「核兵器も、細菌兵器も、化学兵器も、軍も、徴兵制もいりません。これ
からの日本は戦争を放棄するんです」
大出「(怒鳴る)だからね、日本だけが軍隊をやめて、戦争放棄したってダメ
なんだよ。他の国も全てそうしてくれなきゃ、こんなの意味ないんだよ」
最所「そうです、その通りです」
大出「だったら!」
最所「だから、この憲法には、その願いが込められているんですよ。戦争によ
って身をほろぼした国が、戦争という手段ではない国際紛争の解決をですね…
…言葉がうまく見つかりませんけど……正義の勝利を固く信じていると……力
強く示していることになりませんか?」
北川「自衛なんかしなくていい、侵略する奴もいないから……この平和な世界
で侵略を企てる奴がいないと信じているから……ってことか」
最所「そうです」
北川「おひとよし過ぎないか?」
江原「現実はもっと厳しいものですよ」
小山「そうですよ……それは夢です」
最所「かもしれません。でも、今の私達の日本にはなにもないじゃありません
か。せめて、この憲法に書かれているような、新しい国を、新しい平和な世界
を夢見ても、いいんじゃありませんか?それでいいんじゃありませんか?」

  間。

江原「この憲法でいいんじゃありませんか?……これで一つやってみましょう
よ」
種子「雰囲気は伝わるしね」

  そして、北川、おもむろに、

北川「みなさん、新たなる日本国の憲法はこれでよろしいでしょうか?」
小山「夢を見るのはいいんですけど……夢はいつか醒めますよ」
最所「わかっています、でも、それが続く限りは………」
小山「それがわかっているんでしたら、これ以上、私は何も……」
佐藤「まもなく、九時になります」
北川「みなさん、新たなる日本国憲法はこれでよろしいでしょうか?……よろ
しいでしょうか」

  一同、ポツリポツリと……
  『はい』『はい』『はい』……

北川「本日はお疲れ様でした」

  皆、口々に『お疲れ様でした』と言った。
  この場から、一気に緊張が抜けていく。

大出「結局なに、一行も変わらなかったわけ」
福島「(種子に)お芝居、必ず見に行きますから」
種子「大変ですね、これから」
福島「え?なにがですか?」
種子「男女が平等になっちゃったら、ねえ」
福島「ええ……そうなんですよ……心中物も飽きられてくるだろうし。男と女
が平等になれたはずなのに、なぜか出会えない、橋の上ですれ違っただけの女
性を男がずっと追い求める話とかね、そんな話を次にやろうかなって」
種子「あ、それ、素敵、当たりますよきっと。早く書かないと誰かに先越され
ちゃうかもしれませんよ」
福島「まさかそんな……こんなことを考える乙女な気持ちを持ち続けている女
なんて、私くらいのものですから……じゃあ、お先に」

  と、福島、退場。

江原「新しい時代が来たら、新しいテーマの小説が求められるんでしょうね」
北川「どうした?」
最所「いえ、別に……」
井上「あの」
最所「はい」
井上「この草稿いただけるんでしょうか」
白井「どうするの、それもらって」
井上「記念になるし」
大出「記念って、なんの?」
井上「子供の落書き帳にもなりそうだし」
白井「ああ、そういえばお子さん六人もいらっしゃるんですよね」
井上「ええ、御飯時はもう戦争ですよ」
北川「そうでしょうね」
井上「でもまあ、戦争は御飯時だけにしてほしいですね」

  と、出ていく井上。

井上「それじゃあ、みなさんお先に失礼します」
北川・最所「お疲れ様でした」
井上「ごくろうさま」

  井上、退場。

佐藤「(北川に)じゃあ、これを届けてきます」
北川「頼む」
佐藤「はい」

  と、出ていこうとする佐藤に塚原。

塚原「お疲れ様」
佐藤「お疲れ様でした」

  と、佐藤、初めて頭を下げた。
  たまたま、大出はそれを見ていない。

塚原「初めて、頭下げたな」
大出「え?」
塚原「あいつ」
佐藤、退場。
塚原「じゃあ、お疲れ様」
大出「え、俺、見てなかったよ!せっかく頭下げるんだったら、俺に向かって
下げろよな」
北川・最所「お疲れ様でした」

  塚原、退場。

豊島「あ、待ってくださいよ、塚原さん」

  種子、江原が退場しながら。

種子「(江原に)どんなものをお書きになるんですか?」
江原「私、『モルグ街の殺人』みたいな物が書いてみたいんですけど」
豊島「『モルグ街』?エドガーアランポーの?」
江原「はい」
豊島「ミステリーお好きなんですか?」
江原「ええ……ダシールハメットのサムスペードが理想の人です」
豊島「うわ……」
江原「なんですか?」
豊島「話あえる仲間がいた……」
江原「ミステリーについてですか」
豊島「そうです、僕ねえ、実はひとりぼっちだったんですよ……(退場しなが
ら)もしよろしかったら、一杯いかがですか」

  と、豊島、江原も退場。
  と、残された草稿をまとめて北川の前においた最所。

北川「どうしたんだよ」
最所「私、あの……」
北川「ん?」
最所「間違ってませんよね」
北川「………」
最所「間違ってませんよね」
北川「それは、もっとずっと時間が経ってみなきゃわからんよ……でも」
最所「はい」
北川「よかったんじゃないか」
最所「……はい」
芹沢「(最所に)あの……」
最所「はい」
芹沢「僕もこれでよかったと思いますよ」
最所「はい、どうもお疲れ様でした」
芹沢「じゃあ、また……」
北川「お疲れ様でした」

  芹沢、退場。
  最所もまた、退場。
  そして、北川、に。

北川「白井さん、今日はどうして遅刻を?」
白井「いや、また政府がね、日本の次なる目標となるような標語を考える会議
ってのをやってまして、もうすったもんだだったんで……申し訳ない」
大出「それで、新しい標語って決まったの?」
白井「いやいや、もうなんだか会議やってても、話があっちこっち行って全然
まとまりませんでしたよ」
大出「それはあんたが参加していたからだろう」
白井「あらあら、そんな言い方も……」
小山「どこ行っても、会議踊らせているんですね……じゃ、お疲れ様」

  と、出ていく小山。
  小山、退場。

北川「お疲れ様」
大出「(小山に)どーもねー」
白井「いやいや、私はただ場を流していただけですから」
大出「やっぱりそうじゃない」
北川「じゃあ、新しい標語っていうのはまだ」
白井「なんかありませんかね、これ!ていうのが」
北川「新しい日本のための言葉ですよね」
白井「はい」
大出「もう戦後じゃないっていうのは、どう?」
白井「『もう戦後じゃない』」
大出「だめかな」
白井「(首をひねって)ダメですね」
大出「ちぇ……いいよいいよ……じゃ、お疲れさんね」

  と、退場する大出。

北川「お疲れ様」
白井「お疲れ様です」
北川「こういうの、どうですか?」
白井「はい?」
北川「『自由を我らに』」
白井「『自由を我らに』……」
北川「はい……ダメですかね」
白井「いや、なかなか素敵ですよ」
北川「どうも」
白井「提案してみますよ、次の時にでも」

  と、、出て行く。

白井「じゃあ、また……今日は楽しかったですよ」

  北川、会釈した。
  白井、退場。
  一人部屋に残された北川、今一度、椅子に座ると、残された草稿を積み上
げていく。
  そして、その一番上の草稿を手に取りぱらぱらとめくってみた。
  これからの日本の未来が託された言葉達がならぶ紙の束。
  音楽、静かに流れ始める。
  やがて、北川、立ち上がり、部屋から出て行きかける。が、ドアの手前
で、今一度テーブルの方を向きなおると、丁寧に一礼した。
  そして、すぐに北川、退場していく。
  足早に去る彼の姿が廊下から見えなくなり、明かりがテーブルをしばし照
らしたかと思うと、暗転。


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