『努力しないで出世する方法』
  作 じんのひろあき

■登場人物

  越谷一哉  
  地鳴景太  
  三橋しのぶ  
  六谷丈博  
  加宮元  カミヤ  
  結城杏子 キョウコ  
  近藤沙也加 サヤカ 
  永山加寿子 カズコ  
  和里田洋 ワリ   
  上米波留季 ハルキ  
  種田省次  ショウ
  久保田哀 アイ

  金井瑠羅々
  
  美津島千鳥
  守本光太郎

  明かりがつくと、都内某所にある貸し稽古場。
  一時間千二百円くらいでなんとも安いのだが駅からちょっと歩くし、なん
といっても、設備がなにもない。床がフローリングになっているだけで、壁に
は鏡もな長机が一つあるくらい。
  やってくるキョウコ。
  キョウコ、誰も居ないのがわかっていながらも、大きな声で挨拶しながら
入ってくる。
キョウコ「おはようございまーす」
  そして、辺りを見回すこともなく、独り言。
キョウコ「誰も居なくても、大きな声でご挨拶…ってね」
  と、荷物をおいて、上手にはける。
  上手は更衣室という設定である。
  鏡子、発声練習なのかときどき、
キョウコ「はっ、はっ、はっ、はあ~、はあ~ アメンボ、黒いな、あいうえ
お…」
  と、すぐさま、ワリが入ってくる。
  ワリもまた大きめのバッグ等を持っている。
  ここに登場する人達はみな一様に、近所のコンビニで買ってきたであろ
う、飲み物が入った白い袋をシャラシャラいわせながら入ってくる。
  そして、この中の飲み物は芝居の最中に飲んでも構わない。(自然にだ
よ)
ワリ「おはようさん…」
  ワリ、置いてある荷物を見つけ。
  奥に人がいるとわかったらしく、奥に向かって。
ワリ「おはよう」
  と、奥からキョウコの返事。
キョウコ「おはようございまーす」
ワリ「着替え中?」
キョウコ「はい」
ワリ「覗いちゃおうかな」
キョウコ「ちょっと、やめてくださいよ」
ワリ「え、うそうそ」
キョウコ「もう、いつもいつも」
 割実、笑いながらも、
ワリ「早いね」
キョウコ「え、そうですか?」
ワリ「だって一番のりじゃない」
キョウコ「ええ、でも、気合い入れていかないと、本番まであと、一週間です
から」
ワリ「あと、一週間なんだよなあ」
キョウコ「そうですよ、一週間後の今頃には、もう幕が開いて、お客さんの前
でやってるんですからね」
ワリ「そうだよなあ…一週間後は本番かあ」
  と、やってくる六谷。
六谷「おはよう」
ワリ「おはよ…」
  と、六谷を見て。
ワリ「なんですか?」
六谷「あれ、誰?」
ワリ「いや、誰って…」
六谷「あれ、なにしてんの?」
ワリ「僕はあの…これから、ここで稽古を」
六谷「稽古?」
ワリ「はい、芝居の稽古を…ここで」
六谷「ここで?」
ワリ「はい」
六谷「ここの稽古場は、今日、うちの劇団のはずなんだけど」
ワリ「え、ほんとですか」
六谷「ほんと、ほんと」
ワリ「いや、ここはですね、うちの劇団が今日は借りてるはずで…」
 と、着替えの終わったキョウコが出てくる。
キョウコ「(六谷に)あ、おはようございます」
六谷「あ、おはよう」
ワリ「君、誰?」
キョウコ「お客様ですか?」
六谷「(キョウコに)いや、なんかちがうみたいなんだけど」
ワリ「あれ、今、俺、誰と話してたの?」
  ワリ、キョウコの着替えていた更衣室の方に行って確認する。
キョウコ「稽古の見学の方とか?」
六谷「いや、ちがうみたい」
ワリ「あれ、今日、ここ、うちが使うんですけど」
キョウコ「今日はここはうちが使いますけど」
ワリ「ほんとに?」
六谷「ほんとほんと」
  と、やってくるカミヤ。
カミヤ「おはようございまーす」
キョウコ・六谷「おはようございます」
カミヤ「早いっすね、みなさん」
六谷「だって本番一週間前だもん」
カミヤ「そうですよね…来週のこの時間にはもう幕が開いてお客さんの前でや
ってるんですからね」
ワリ「あっれぇ…ちがったかぁ」
六谷「みたいですよ」
ワリ「うわ、すごい…恥ずかしいなあ」
  と、慌てて荷物をまとめる、ワリ。
ワリ「すいません。なんたって、毎日、稽古場がちがうもんですから、ねえ…
ホント、大変なんっすよ、ほんとに…いやいやいやいや」
  そして、出口の所まで行くと礼儀正しく。
ワリ「失礼しましたぁ!」
  と、出ていく。
カミヤ「なんですか?」
六谷「稽古場間違えたみたいよ」
カミヤ「へえ…」
キョウコ「でも、本番一週間前って言ってたから」
カミヤ「うちとおんなじだ」
キョウコ「ですよね」
六谷「本番まであと一週間なのに、稽古場間違えてて大丈夫なのかね、あの
人」
カミヤ「だいたいねえ、緊張感がないんですよ。そんなの、全部芝居にでます
からね…ろくな劇団じゃないですよ、きっと」
  と、再び戻ってくるワリ。
ワリ「すいません」
六谷「はい」
  と、その入り口付近にいた六谷に、チラシを手にしている。
ワリ「あの、来週、うちの劇団、芝居の公演があるんですよ。よかったら、見
に来て下さい。これ、チラシです」
六谷「あんた、転んでもただじゃ起きないね」
カミヤ「うちも来週公演があるんですけど」
ワリ「ああ、じゃあ、無理ですかね」
カミヤ「無理でしょ、無理無理」
ワリ「でもまあ、チラシは置いていきますから」
  ワリ、後ろの長机にそっと置く。
カミヤ「置いてかれても、困るよ」
ワリ「でもまあ、ひとつよろしく」
六谷「(チラシを見て)あれ、この劇団」
ワリ「ご存知ですか?」
六谷「啓太の所の劇団?」
ワリ「そう、そうです! 地鳴啓太の劇団ですけど」
六谷「知ってるよ」
ワリ「ホントっすか?」
六谷「だって俺、啓太と昔、芝居やってたことあるもん」
ワリ「うわ、奇遇だなあ」
六谷「啓太と俺とはね、戦友っていうかね…」
キョウコ「啓太さんって、昔、コシさんと一緒にやってたっていう」
六谷「そうそう、高校演劇の星だったんだよ、啓太とコシは。強かったね、あ
いつらの演劇部は」
ワリ「演劇部って、強い弱いってのがあるんですか?」
六谷「あるよ、全国大会に行けるかどうか、ま、野球でいうところの甲子園み
たいなもんだよ、そこに出てたんだ。コシの作演、啓太主演でね」
キョウコ「それ、今でもよく、呑むと話題になりますよ」
ワリ「じゃあ、ぜひとも、劇場に足を運んでいただいて」
カミヤ「だめよ、だめだめ」
ワリ「いやいや、そこをなんとか」
カミヤ「だから一週間後はこっちも本番だって言ってるでしょう」
ワリ「いやいやいや」
カミヤ「いやいやいやじゃなくて…早く稽古行ったら? 一週間前なんでし
ょ」
ワリ「は、はい…では…(元気よく)よろしくお願いします」
  と、去っていく。
六谷「がんばってねぇ」
  その背にカミヤ。
カミヤ「どう転んでも見に行けないよ」
  そして、ワリが退場しきってから。
カミヤ「着替え、こっち?」
キョウコ「はい」
  カミヤ、上の袖に消えて着替え始める。
六谷「(キョウコに)見たことある? ここの劇団」
キョウコ「いえ、私はまだ…ていうか、コシさんの手前…」
六谷「なに、コシってまだそういう所でこだわってるの?」
キョウコ「結構、あれで根に持つタイプですから」
  と、カズコとアイが登場する。
カズコ「おはようございます」
アイ「おはようございます」
  と、稽古場に居る面子が違うことに気が付いた。
  二人、壁を向いて、
カズコ「今日、私達、稽古何時からだっけ?」
アイ「六時です」
カズコ「間違いないよねえ」
アイ「間違いないっす」
カズコ「絶対だよねえ」
アイ「絶対っす」
カズコ「間違ってたら、私が恥かくんだからね」
アイ「なに言ってるんですか、恥かくときは一緒ですよ」
  そして、カズコ、向き直り、
カズコ「あの、すいません」
六谷「はい」
カズコ「すいません、早く退出していただけませんか?」
キョウコ「なんですか?」
カミヤ「え、どうして?」
カズコ「もううちの劇団の稽古する時間なんですけど…すいませぇん。本番ま
であと一週間しかいんで、けっこうてんぱってるんです、すいませんけど」
 六谷、さっきのチラシを見せて、
六谷「この劇団なんでしょ」
カズコ「あ、そうです、それうちの劇団です」
キョウコ「あの、さっきも間違っていらっしゃったみたいなんですけど」
カズコ「間違ったって…ここはうちが使うんですけど」
キョウコ「いや、うちが今日は使います」
六谷「間違いじゃないですか」
カズコ「間違い? え? え? なになになに、ちょっと、ちょっと、ちょっ
と、ちょっと、ちょっと、ちょっと、私達はあってるの」
六谷「いや、だからね」
カズコ「あなた達が間違ってるの」
   と、やってくるハルキ。
ハルキ「おはようございます! すいません」
  と、土下座するハルキ。
六谷「ハルキ」
ハルキ「どうも昨日はすいませんでした、ほんとに!」
六谷「憶えてる?」
ハルキ「申し訳ありません。どこまで脱いでましたか? いや、ホントにすい
ません(自分に向かって)ばかあ…」
カミヤ「あれ、昨日、稽古の後、飲みにとか行ったの?」
六谷「ああ、ちょっとね」
カミヤ「なんだよ、声かけてくれればいいのに」
キョウコ「私は誘った方がいいって言ったんですけどね」
六谷「いや、ちょっと、内輪の話をね」
カミヤ「内輪の話でなんで脱ぐんですか?」
  と、再び登場するワリ。
ワリ「すいません、度々」
  と、全員にチケットを配って回りながら。
ワリ「これ、当日精算券です。これを受け付けに渡して頂ければ、ぬわんと前
売り料金でご入場いただけます。はい、はい、はい、はい」
カズコ「ヒロリン」
アイ「ヒロシさん」
ワリ「カズコちゃん、アイちゃん」
カズコ「あんたちょっとなにやってんのよ」
ワリ「なんでこんなところにいるんですか?」
カズコ「なんでって稽古でしょ、稽古」
アイ「本番一週間前なんですよ」
カズコ「今日、ここで私達は稽古をするの」
ワリ「ちがうんですよ。またカズコさんは」
カズコ「なにがまたなの」
ワリ「落ちついてくださいね」
カズコ「落ちついてるでしょ」
ワリ「ここ、ちがうの」
カズコ「なにがちがうの?」
ワリ「ここは僕等の稽古場じゃないんです」
カズコ「じゃあ、誰の稽古場なの?」
ワリ「こちらの方達」
カズコ「どうして?」
ワリ「どうしても」
カズコ「なんで?」
ワリ「なんでって」
カズコ「ここは私達の稽古場でしょ」
ワリ「ちがうの」
カズコ「うそ」
アイ「またいつもの早とちりでした?」
ワリ「そう。それ!」
カズコ「ごめんなさぁいぃ。やだ、あたしったら…やっちゃったぁ、またぁ」
カミヤ「本番、一週間前なんでしょ」
アイ「そうなんですよ」
カミヤ「がんばりましょうね、おたがい」
カズコ「ありがとうございます」
ワリ「すいませんね、ほんとに何度も…」
キョウコ「これで最後にしてくださいね」
  と、やってくるショウとサヤカ。
ショウ「おはようございまぁす」
サヤカ「おはようございまぁす」
  みんな口々に『おはようございまぁす』を言う。
  みんな口々に『おはようございまぁす』を言う。
ショウ「なに? 今日は?」
ワリ「稽古場、間違って伝わっちゃたみたいなんですよ」
カズコ「間違っちゃったみたいよ」
ショウ「いや、ここ今日、うちですよ」
カズコ「だから、それが早とちりだって」
ショウ「だって…ここに…ほら」
サヤカ「え、ここだよ、今日は」
六谷「さっきですね、うちが使うってことで話がついて…」
サヤカ「(六谷に気づいて)あ、あれ? 六谷先輩!」
六谷「サヤカ! あぁ! 久しぶり」
サヤカ「お久しぶりです」
カミヤ「知り合いなんですか?」
六谷「あ、いや、こいつも昔、啓太と一緒に、コシと芝居してたんだよ」
サヤカ「どうも、サヤカです。よろしくお願いします」
カミヤ「いや、よろしくってなにをよろしくするのよ」
  と、稽古場の契約書を出した。
ショウ「これ契約書、ほら」
カズコ「あ!」
アイ「あ!」
ワリ「ああ!」
ショウ「ね、ここは今日、うちでしょう」
カズコ「ちょっとぉ、どういうことですかあ」
六谷「あ、いや」
キョウコ「あ、あれ?」
カズコ「稽古はじめたいんですけど」
六谷「はい、はい…」
カミヤ「今、荷物とってきます」
六谷「すぐに退出しますからね」
ハルキ「(ワリに)来週、うち芝居やるんですよ」
ワリ「ああ、無理無理、うちも来週公演だから」
サヤカ「六谷先輩、来週、うち公演あるんですよ」
六谷「うちもだって」
サヤカ「え、そうなんですか?」
六谷「お互い、一週間前だな」
サヤカ「うわ、じゃあ、がんばってください。これから稽古ですか?」
六谷「今、稽古場を追い出されるところ」
一同「どうもお邪魔しました」
  と、帰ろうとした時、しのぶ登場。
しのぶ「おはようございまぁす」
キョウコ「しのぶちゃん!」
しのぶ「おはようございますう」
キョウコ「おはようじゃないよ、稽古場間違ってたじゃない」
しのぶ「間違ってた?」
カミヤ「今日は、ここの劇団が使うらしいよ」
しのぶ「うそだあ…だって、契約書が…」
六谷「ちゃんと、確認したほうがいいよ」
 と、契約書を取り出した。
キョウコ「あれ?」
六谷「あ!」
ハルキ「あれ?」
しのぶ「ね!」
  と、カミヤ、その契約書を啓太チームに見せて。
カミヤ「ちょっと、これ…」
カズコ「なんですか?」
ショウ「あれ? なんで」
カズコ「なになに」
アイ「(見た)あれ?」
サヤカ「あれ? 今日の日付」
ワリ「この時間だ」
ショウ「なんで?」
しのぶ「今日、六時からうちが借りてますけど」
カミヤ「今日は六時からうちが借りてます」
カズコ「うちだって借りてますよ」
アイ「そうですよ」
六谷「で、どうするの、これ」
ショウ「ちょっと啓太さんに連絡してみろ」
  と、携帯で連絡するカズコ。
ショウ「あと、一週間で公演なんですよ」
カミヤ「うちもそうです」
ショウ「条件は同じかよ」
カミヤ「譲れませんよ」
ショウ「それはうちも同じなんだけど」
カズコ「あの…もしもし、カズコですけど…大変、大変、大変なんですよ。落
ちついてますよ。稽古場がね、バッティングしたんですよ」
  と、携帯で話しながら入ってくる啓太。
啓太「バッティング? それどういうことだよ」
カズコ「とにかく早く来てくださいよ」
啓太「いや、近くまで来てるんだけどね。今、マッハ十六で走っているところ
だから」
カズコ「冗談言ってる場合じゃないんですよ」
啓太「んなわけ、ねえだろって」
  一同、入って来ている啓太に気がつく。
啓太「お待たせぇ!」
ショウ「稽古場がね、バッティングしたんですよ」
啓太「ありえないだろう、そんな事」
アイ「でもこれ契約書が」
カミヤ「これも」
ショウ「同じ物なんです」
しのぶ「啓太先輩」
啓太「あれ、しのブウ!」
しのぶ「お久しぶりです」
啓太「なんだ、おまえのところの劇団か」
しのぶ「はい、コシさんの劇団です」
啓太「おまえ、元気か」
  と、啓太、乱暴にコミュニケート。
しのぶ「や、や、やめてくださいよぉ」
六谷「偉くなったな、啓太も」
啓太「あれ、六谷先輩。どうもご無沙汰しております」
ワリ「知り合いなんですか?」
啓太「高校演劇ん時の…先輩なんだよ」
サヤカ「どうしようか」
啓太「どうしようって、やんなきゃしょうがないだろう。一週間前なんだか
ら」
カミヤ「いや、こっちもね、一週間で本番なんです」
キョウコ「譲れないんです」
ショウ「こっちも譲れないよ」
アイ「それにうち、ここしかないですから」
啓太「コシは、なにやってんだよ」
ハルキ「もうすぐ来ると思います」
啓太「そっちまだ揃ってないんだったら、こっちに稽古させてよ」
六谷「いや、そろってなくても、稽古はできるんだよ」
啓太「いや、そういうもんじゃないでしょう。お芝居はみんなで一つの物を作
るんだから。全員揃ってないと。チームワーク悪いと、それみんな芝居にでち
ゃうからね。とりあえず、稽古始めようか、うちは揃ってるんだから」
カミヤ「いや、でも、お互いねえ…」
啓太「はい、そこ、揃ってから言ってね、揃うまで発言権なしね」
  と、やってくる、越谷。
越谷「おはようさん!」
六谷「コシ!」
カミヤ「揃った!」
  越谷組はみんなすがるように越谷の元へ。
啓太「久しぶりだな、コシ」
越谷「…啓太。なんでおまえがここにいるんだよ」
しのぶ「稽古場がちょっと、バッティングしたみたいで」
越谷「なんで?」
啓太「そりゃ、こっちが聞きたいよ」
越谷「よりによって、それがなんでおまえのところの劇団なんだよ」
啓太「知るかよ」
越谷「(しのぶに)しのブウ! おまえよぉ!」
キョウコ「しのブウのせいじゃないみたいなんです」
越谷「どゆうこと?」
キョウコ「契約書が二枚あるってことは、たぶんここの稽古場の事務処理のミ
スだと思うんですけど」
ワリ「どうします?」
ハルキ「どっちかが出ていくことになるんですか?」
カズコ「私達は出ていきませんよ」
カミヤ「俺達も譲りはしませんから」
啓太「ぶっちゃけさあ、うち、役者がね、一人、降りちゃったんだよ、三日前
にね」
越谷「おまえの人望がないからだろう」
啓太「違うよ、稽古してたらここ(鼻)こつんと当たっちゃって」
六谷「それでどうしたの?」
ショウ「(鼻血)どばーっ、で、絶対安静」
ハルキ「うわ」
啓太「ほら、うち激しいから」
ワリ「だから、大変なんっすから」
カミヤ「こっちだって、大変なのは同じです」
啓太「じゃあ、もう決めちゃおう。ね、決めちゃわないと、はじまんないから
さ」
六谷「そうそう、そうね」
啓太「じゃあさあ、半分づつ区切って稽古しよう」
しのぶ「そうですよね、もうこうなったら、半分づつ時間区切って稽古するし
かないですね」
啓太「いや、同時に稽古する」
越谷「なんで?」
啓太「時間がもったいないから、同時に稽古する。区切るのは時間じゃなくて
場所ね」
  と、啓太、舞台の半分から下手を示し。
啓太「こっちから、こっちが俺達ね」
  越谷、舞台の半分から上手(かみて)を示し、
越谷「じゃあ、俺達はこっちからこっちか…」
啓太「じゃますんなよ」
カミヤ「そっちこそ」
啓太「お互い演劇を志す者として、譲り合いの精神でね」
越谷「わかってるって」
啓太「頼むよ」
越谷「よおし、じゃあ、曲かけてくれ」
啓太「さあ、俺達も稽古始めるぞぉ」
  と、越谷側のダンスが始まる。
  曲、フルボリュームに近い。
  しばらく踊っているが、やがて、
啓太「待て、待て、待て待て待て、待たんかぁ!」
  ダンス、やめた。
啓太「今さあ、決めたじゃない。演劇を志す者として、譲り合いの精神でねっ
て」
カミヤ「決めましたよ」
六谷「譲り合ってるじゃない(劇団員に)ねえ」
啓太「どこが!」
六谷「そっから、半分には出てないでしょう、誰も!」
ショウ「曲は?」
六谷「音は出」
六谷「はあ?」
ショウ「曲はなんとかならないの?」
カズコ「うるさいよ」
六谷「(呆れて)そんなの…そんなのしょうがないじゃない。そういうこと言
うかな。だって、音は(線の)ここまでってわけにはいかないでしょうが」
ワリ「そのボリュームじゃないとダメなの?もうちょっと、絞ってくれるのが
思いやりってもんじゃないの?」
越谷「では、我々の出す音がちょっとうるさいと、隣がうるさく言うので、小
さな音でダンスします」
啓太「待てぃ! だから、どぉしてそいういうふうに、わざとカチンとくる言
い方をするわけ?」
しのぶ「もうさあ、私達の事は気にせずに、自分達の稽古をしたらどうです
か?」
啓太「気になるよ」
六谷「集中が足りないんじゃないの?」
啓太「あのね、どんなに集中してても、そんなでかい音、どかどか鳴らされ
て、ダンスとかされたら、気になるよ」
六谷「いやいやいや」
サヤカ「稽古しましょう」
しのぶ「その方がいいですよ」
カズコ「するよ、しますよ、やらせていただきますよ」
アイ「さ、やりましょう、やりましょう」
ワリ「構ってても、しょうがないや」
ワリ「しょうがない、しょうがない」
啓太「よし! じゃあ、やろうな」
啓太側一同「はい」
啓太「えー、では、どこからにしようかな…昨日の続きの…」
  と、ここでまた大音量で音楽。
  ドカドカドカ…
  呆然となる啓太達。
  その音、すぐにボリュームは絞られるが。
ショウ「わざとやってるだろう」
しのぶ「いや、ちがいますよ」
ワリ「いや、わざとだ、絶対わざとだ」
ハルキ「被害妄想なんじゃないの?」
カズコ「わざとやってるよ」
しのぶ「すいませーん、はあい、スタンバイできました」
越谷「よーし」
  と、越谷達、啓太チームを無視して、立ち位置に。
しのぶ「行きます」
  さっきとはうって変わって、小さな音で音楽が流れ出す。
  越谷達、それに合わせて黙々と踊り出す。
  でも、顔には満面の笑み。
  それに、しばし見入っている啓太達。
ワリ「俺達がやっていることも客観的に見たら、こういうことなんでしょうか
ね」
アイ「考えたくないけど、虚しいものではありますね」
  と、越谷達、その視線に気がついて、バラバラと踊りをやめる。
越谷「ちょっと、なんだよ」
啓太「なんだよって、なんだよ」
越谷「気が散るんだよ、見てられると」
啓太「なんで?」
カズコ「なに言ってんの?人に見てもらうものを作ってるんでしょう?」
サヤカ「なんで見てられると気が散るの?」
越谷「(前の)こっち側から見られる事を前提に作ってるんだよ、そっちから
見るなよ(他の奴に)なあ」
ハルキ「そっちから見られると、恥ずかしいんですよ、わかってくださいよ」
ショウ「な、なに言ってんだよ」
カズコ「わかんないよ」
カミヤ「こっち(横)は無防備なんだよ」
ワリ「なんだよ、無防備って」
アイ「また、わけのわっかんないことを」
キョウコ「こっちから見るなんて…ひどいよ」
ワリ「なんでぇ」
六谷「だってねえ(前)こっちに向かってやってるんだから、そっちから見る
のは卑怯だよ」
ショウ「卑怯ってなんだよ、卑怯って」
しのぶ「しょうがないじゃないですか、稽古場をこの方向でわけんたんですか
ら」
越谷「よおし! ダンスはもうやめとくか」
カミヤ「そうですよね、恥ずかしいし」
啓太「恥ずかしいなら踊るな」
カミヤ「うるさいなあ」
ハルキ「ダンスはもう練習やりすぎてますよ」
しのぶ「ほとんど完璧って言ってもいいんじゃないですか!」
ショウ「じゃあ、最初からやんなきゃいいじゃない。こんな狭い稽古場で、大
きな音出してさあ」
キョウコ「いちいち、こっちのの事、気にしないで、そっちはそっちでやれば
いいのに」
ショウ「気になることをやってるのはそっちだろうが」
カミヤ「(それを制して)もういい、もう構ってたら、時間が…」
しのぶ「ああ、そうですよね」
越谷「よし、じゃあ、芝居のパートをやろうか」
越谷側一同「はい」
アイ「なんか、完全に今、向こうのペースにはまってますよ」
越谷「マリエとユキオがお父さんについて口論するところから…はい! なん
ページだっけ?」
キョウコ「二十一ページです」
越谷「はい! 二十一ページ」
越谷側一同「はい」
  と、越谷側の一同、皆、ぼろぼろになった台本をぱらぱらとめくり、シー
ンの確認をすると、投げ捨てるように置く。
  そして、舞台の上手半分のそれぞれの位置に立った。
  越谷は一番上手、ぎりぎりのところにいる。
越谷「じゃあ、いいかな、集中していくぞ、集中ね」
役者「はい!」
啓太「じゃあ、俺達もやるぞ」
啓太側「はい!」
啓太「じゃあ、柔軟ね」
  と、啓太がなにげに床に置いたタオルが線をちろっと越えていた。
  越谷、それをめざとく見つけて。
越谷「ちょっと、そこ!」
啓太「な、なんだよ」
越谷「そこ、入ってこないでもらえるかな」
啓太「なにが?」
越谷「こっち稽古してるんだからさあ」
啓太「だからなにが、だよ」
越谷「そのおまえの汗を拭いた汚いタオルが線を越えて入ってきてるんですけ
ど」
越谷「その線から入ってきたものは、俺達の劇団のものね」
  と、タオルを引こうとする。
  啓太、それにしがみつく。
啓太「俺のタオルだよぉ」
越谷「線を越えたらこっちのもんです」
啓太「俺のタオルだよ。これがないと、俺は力が出ないんだよ」
越谷「(引っ張って力んで)線を越えたらこっちのもんです」
啓太「(啓太、ようやく、タオルを奪い取って)ふざけんな、なんでそんな子
供のけんかみたいな事言うんだよ」
越谷「え、でも、それはおまえが決めたんだろうが」
啓太「むかつく、その言い方がだいたいガキなんだよ」
越谷「空中もバリアです」
  啓太、タオルで攻撃!
越谷「空中もバリアです! 空中もバリアです! 空中もバリアです! 空中
もバリアです!」
カミヤ「とにかく、こっちはもう稽古はじめますから、みんなの緊張を乱さな
いでもらえますか」
越谷「はい、二十一ページ」
六谷「さ、いこうか」
越谷「ユキオのセリフから、ユキオいいね」
ハルキ「はい、自分は大丈夫です」
越谷「では、よーい、はい!」
   と、ふっと体の切れよく振り返ったハルキ。
  正面芝居で男子中学生になりきり。
ハルキ「確かに、世の中では家族の絆がなくなりつつあると言われている。家
族が崩壊してるって言われている。でも、僕の家は崩壊ではなくって、消滅し
つつある。そう僕の家族は今、まさに消えてなくなりつつあるんだ」
  と、ハルキの側に飛び出すようにしてキョウコ。
キョウコ「ユキオ、あんたのせいよ、あんたのせいで家族がこんなになっちゃ
ったじゃない」
ハルキ「そこにお姉ちゃんがいて、僕に向かって怒っているような気がする。
でも、でも、僕にはお姉ちゃんのその姿が見えない」
キョウコ「お母さん、お母さんはどこ?もうすぐコンビニのレジのパートが終
わって帰ってくるころじゃない?」
越谷「はい、お母さん、入ったぁ」
  と、カミヤがそれらしく母として入ってくる。
カミヤ「あーあ、今日も疲れたわねえ」
ハルキ「お母さんはそこにいるはずなのに、僕には見えない」
ショウ「え、お母さんなの?」
六谷「演劇だから」
カミヤ「あら、誰もいないの? みんなまだ帰ってきてないのかしらね」
  と、適当なところに座ってくつろぐ母。
ハルキ「お母さんにも僕等が見えてないのだ」
カミヤ「あ、そういえばおばあちゃんにご飯をあげるのを忘れていたわ。おp
おばあちゃん、おばあちゃん」
ハルキ「おばあちゃんは姿が見えないだけじゃなくて、耳も遠かった」
六谷「はい、聞こえませんよお」
ショウ「あんたがおばあちゃんか」
ハルキ「そして、うちの家族の中で一番早く消えてしまったのが」
  と、越谷が会社から帰って来る。
越谷「ただいま」
ハルキ「お父さんだった」
  越谷、真ん中に立ち、あたりを見回した。
越谷「また今晩も一人か…(と、自嘲気味に笑い)自分の家に単身赴任したっ
て感じだよ。みんなそこにいるんだろう、カナコ、マリエ、ユキオ、おばあち
ゃん」
ハルキ「おとおさあぁん」
キョウコ「おかぁさぁぁん」
カミヤ「あなたぁぁぁ!」
  と、みんながバラバラに叫ぶ。
ハルキ「お父さんが消えていく、お母さんが消えていく、ここに家族があるっ
ていうのに、僕には誰も見えない、ここには僕しかいない。でも、僕には僕が
見えない(長くのばして)どおぉしてえぇぇ」
越谷「(止める)はい」
  一同から緊張が抜ける。
六谷「(ショウに)どーでしたか」
ショウ「いやあ、僕はこういうの大好きですよ」
カズコ「見ちゃったけど…ごめーん、私、引いちゃった」
越谷「まだなんかねえ、家族がバラバラっていう感じがでてないんだよ。ハル
キ」
ハルキ「はい」
越谷「おまえは家族がなくなっていくっていう悲しさが全然ないんだよ」
ハルキ「はい」
越谷「自分の家族がさあ、消滅していくってことをどう考えているんだよ」
ハルキ「はい」
越谷「はい、じゃなくてさ」
ハルキ「はい」
越谷「そんなんじゃお客さんに伝わらないんだよ」
ハルキ「はい」
越谷「いいか、家族がバラバラなんだよ。バラバラであるってことを表現しな
きゃ、意味ねえんだよ。ここでは…それができなきゃ意味ねえんだよ…それが
表現できなきゃやってる意味ねんだよ」
ワリ「みんなが向かいあったりとか、同じ方向を向いて芝居してるから、バラ
バラな感じがでないんじゃないかな」
カミヤ「ちょっと、黙っててもらえるかな」
ショウ「それ、あるよ、あるある」
カミヤ「黙っててもらえるかな」
ワリ「向かい合わないだけで、結構印象とか変わるからね」
サヤカ「重要だよね、人の向きって」
カミヤ「人の稽古にあれこれ言わないで欲しいんですけど」
サヤカ「いいもの作りましょうよ、同じ演劇を志す者として」
六谷「ちょっとそれ、やってみたら?」
越谷「いや、でも…」
カミヤ「必ずなにか方法はありますよ。がんばってそれを見つけましょうよ」
サヤカ「あれ、私達が言ったからもう意地になってできなくなっちゃったのか
な」
ショウ「誰が言ったかなんてお客さんには関係ないんじゃないかぁ」
キョウコ「いい意見はたとえどんな奴の発言でも、前向きに肯定していくって
いうのはどうでしょうか」
ショウ「どんな奴の意見でもって、どういうことなんだよ」
啓太「なんか、ひとことひとことがムカつくんだよな」
六谷「そうそう。認めていこうよ」
カミヤ「いや、あくまで自分達で考えてですね」
越谷「…ちょっと、みんなが違う方向を向いてやってみようか」
カミヤ「え、やるんですか」
越谷「ちょっと、やってみよう…」
カミヤ「どうなるですか?」
越谷「ちょっと待てよ…これがこうだから…」
  と、越谷、長考に入った。
啓太「よし、奴らの動きが止まったぞ。今がチャンスだ」
ハルキ「しまった。コシさん、さっきのダメだしは奴らの罠だったみたいです
よ」
カズコ「罠? 罠って言い方もないでしょう」
カミヤ「くそ、マジメに聞いてしまったよ」
越谷「いや、ちょっと、考えてみよう」
ハルキ「コシさん」
越谷「あいつらの言ってる事も一理あると思うんだ」
啓太「ゆっくり考えてね(そして、自分の劇団員に)よーし、カーチェイスや
るぞ。ラジカセスタンバイ」
カズコ「なんかアイアイがまた」
アイ「すいません、うっかり忘れてしまいました」
啓太「なんで?」
アイ「すいません」
啓太「ラジカセがあるとないとじゃ大違いなんだよ。お前は稽古ってもんがわ
かってない」
アイ「すいません」
サヤカ「隣の劇団は持ってるみたいだけどね」
アイ「すいません、あの、私隣から借りてきましょうか」
啓太「バカ、お前むやみに隣りに借りをつくるんじゃないよ」
アイ「すいません」
啓太「向こうは向こうで稽古してるんだからなるべく邪魔すんなよな」
アイ「すいません。ラジカセ忘れた私がわるいんです。殴ってくださぁい!」
カズコ「なにもそんな、殴ることはないんじゃないかな」
アイ「いいえぇぇ、殴ってくださいぃぃ」
カズコ「たかがラジカセだし」
啓太「ばかもんぉぉん。ラジカセを笑うものはラジカセに泣くぞ」
アイ「いいんです、私が悪いんですから、殴ってください」
カズコ「啓太さん、やめて。なにもこの子だってわざと忘れたわけじゃないん
ですから」
啓太「そこになおれ」
アイ「いいんです、いいんです、ラジカセ持って来なかった私が悪いんですか
ら」
越谷「うるさいよ!」
啓太「なにが」
越谷「つまんねえ芝居してんじゃねえよ」
啓太「何がだよ」
越谷「ミエミエなんだよ、お前らのクサイ芝居は。ラジカセ貸して欲しいんな
ら貸して欲しいって始めからそう言えばいいだろうが」
啓太「(神妙に)ラジカセを貸してください」
越谷「やだ」
啓太「殺す。お前殺す、いつか殺す。日本に革命が起きたら、真っ先に殺しに
行く」
アイ「まあまあ啓太さん」
啓太「いいよ、じゃあもう、はい、カーチェイスのシーン作るよ」
六谷「え、なに? カーチェイスがあるの?」
ショウ「ええ、うちはアクション演劇ですから」
六谷「おもしろそうじゃん」
啓太「えっと、まずねえ…いいかな馳浩が抜けた分、ちょっと段取り変わるか
らね、いい?」
啓太劇団一同「はい!」
啓太「これが、飛行石を持った女の子が乗せられた車ね」
啓太劇団一同「はい」
啓太「これがこう追いかけてくる、そして、チェイスがあっていいところまで
行くんだけど、途中でこっちがクラッシュする」
啓太劇団一同「はい!」
啓太「以上、段取りはだいたいOKだね」
啓太劇団一同「はい」
啓太「じゃ、やってみよーか」
啓太劇団一同「はーい」
  と、各々の持ち場で少しづつ体を動かしたりする。
六谷「え、なに? 今、説明したことやるの?」
ショウ「やります」
六谷「ほんとに?」
啓太「よっしゃ! じゃあ、気合い入れいこうな」
啓太劇団一同「はい!」
啓太「じゃ、行きまーす、よーい、はい!」
カズコ「(爆発)どどーん!」
サヤカ「(爆発)どどーん!」
ショウ「(爆発)どどどどーん!」
アイ「あ! ああっ!」
  と、倒れ込むアイ。
啓太「大丈夫か?」
  抱き起こす啓太。
アイ「あなたは?」
啓太「正義の味方…の、泥棒です。さ、立てるかい?」
アイ「はい」
啓太「これでもう大丈夫…」
  と、抱き起こしてはみたものの、言葉はそこで途切れる。
ショウ「ここまでだよ」
  啓太の背後から銃を突きつけている二人。
カズコ「その女、いや、そのお宝をこちらによこしてもらおうかな」
  アイ、さらわれていく。
アイ「いや、いや、いやああ」
啓太「大丈夫だ、必ず助けてやるからな」
  前方に用意されている車、エンジンをふかす。
カズコ「ぶおん、ぶおん、ぶおん、ぶおーん」
ショウ「(ドアを開け)がちゃ! さあ、乗るんだ」
  と、突き飛ばして後席へと押し込む。
  そして、誰かのバイクを横取りして、その後を追う啓太。
ワリ「ぶおおおおおおん!」
ショウ「(六谷に)どーでした?」
六谷「うん、嫌いじゃないけどねえ…」
ショウ「けど、なんですか?」」
カミヤ「なんか期待していたわりにはいまいちだなあ」
越谷「何が問題なんだと思う?」
ハルキ「迫力がなんか」
越谷「そう、そうなんだよ」
キョウコ「ダイナミックじゃないんですよね」
越谷「いいところに気がついたな」
啓太「はい、そこ、人の劇団のダメ出しをこそこそやらない」
六谷「(ショウに)これって、どういう話なの?」
ショウ「禁断のお宝を盗むんです。そして、おっかけっこ」
キョウコ「アクションだ」
ショウ「お色気もあります」
アイ「大雑な説明だなあ」
ショウ「え、俺、チケット売るときにそう言って売ってるよ」
カズコ「キャッツアイかよ」
ショウ「いいじゃない、キャッツアイを期待してきて、全然違う面白い物がそ
こにあればさ」
六谷「で、そのキャッツアイはなにを奪ったの?」
ワリ「飛行石です」
六谷「飛行石?」
ワリ「あれ、知らないんですか?『天空の城ラピュタ』金曜ロードショー」
カミヤ「いや、ラピュタは知ってるけど」
ショウ「あれに出てきたじゃないですか、飛行石」
カミヤ「出てきたけど」
サヤカ「あれが東京の地下鉄13号線の工事の最中に発見されて、それを奪い
あう話なんですよ」
六谷「飛行石ってところがミソだね」
ハルキ「それでどうなるんですか、」
ショウ「最後は火山に捨てるんです」
六谷「飛行石を?」
キョウコ「火山に?」
六谷「おぉ…なにもかもがどっかからのパクリなんだな」
キョウコ「しかも、若干、古い」
サヤカ「インスパイアと言ってください」
ワリ「オマージュです」
アイ「古き良き時代の空気を敏感に取り入れてるんで」
六谷「ものは言いようだな」
越谷「どうすんだよ、そんな見た事ある話をつぎはぎして」
サヤカ「ストーリーは重要視してませんから」
ハルキ「なに? それ?」
アイ「ストーリーっていうか私達は物語を必要としてないっていうか、いらな
いっていうか」
六谷「ええ? そうなの?」
サヤカ「はい、あんま関係ないですね。ストーリーは」
六谷「話、いらない?」
アイ「いりません。話はあるようで、ないのがうちの演劇です」
六谷「いいなあ、話ないって」
サヤカ「頭使うくらいなら、体使うっていうのが啓太のポリシーですから」
越谷「なんか、体動かしてるってことだけで満足してる感じがするんだよ」
啓太「別に満足はしてないよ、常になにか足りないものはないか、これでいい
のか? まだなにかあるんじゃないのか? って模索してるんだよ」
越谷「足りないね、全然」
啓太「足りない? なにが?」
越谷「自由」
啓太「自由?」
越谷「足りないのは自由なんだよね。もっとさあ、みんな自由になってみた
ら?」
啓太「自由?」
越谷「自由に」
啓太「みんな、もっと自由にやるぞ」
ショウ「自由?」
アイ「自由ってなに?」
カズコ「自由にやってきたつもりだけど」
しのぶ「自由の意味がわかってない人達が自由になれるわけがないんだよな」
アイ「え? ええ? ええーつ」
ワリ「ええーっ」
カズコ「ええーっ!」
サヤカ「えええーっ!」
啓太「よし、みんな自由にやるぞ、のびのびやるぞ」
しのぶ「ちがーう!」
啓太劇団「え?」
しのぶ「自由とのびのびはちがーう」
啓太「一緒だろ?」
越谷「ちがーう!」
啓太「なにが?」
サヤカ「どこが?」
カズコ「どんなふうに?」
ワリ「ちがうんですか?」
越谷「アクションなんだろう?」
啓太「そうだよ」
越谷「目指しているものはなんなんだよ」
ショウ「わくわく、どきどき」
アイ「手に汗握る」
越谷「だったらあるだろ」
啓太「なにが?」
越谷「なにか…が!」
啓太「…だからなんだよ!」
越谷「シチュエーションだよ!」
カズコ「シチュエーション?」
越谷「舞台となる場所!」
啓太「シチュエーション? 舞台となる場所のことだろ! そんなことはわか
ってるよ!」
越谷「あ、危ないぃ! そんなところでぇ! どうする、どうなるぅ? これ
が基本! 場所はどこなんだ、このチェイスが行われている、場所だよ、場
所!」
ショウ「場所!」
アイ「場所ですよ、啓太さん!」
越谷「どきどきする場所」
ワリ「橋の上?」
越谷「そう、橋の上!」
しのぶ「橋の上でのチェイス!」
啓太「橋の上か!」
カズコ「橋の上だ!」
ショウ「そこでチェイス!」
アイ「手に汗握る!」
ショウ「わくわくする!」
サヤカ「チェイス!」
啓太「よし、じゃあ、それでやってみよう」
しのぶ「まてーぃ!」
ショウ「なに?」
ワリ「なんだよ」
しのぶ「橋の上でのアクション、良いアイディアです」
ワリ「だろ?」
カズコ「やってみよう、思いついたら」
しのぶ「その橋の上で? なに?」
カズコ「なにって、なに?」
しのぶ「なにが起きる?」
ワリ「それは決まってるだろ、クラッシュだよ、クラッシュ!」
ショウ「車と車が、すれ違い、すれ違い、それでも、避けきれなくて」
ワリ「ぐあーん」
越谷「そこが違う?」
啓太「なにが違う?」
越谷「だから、それは橋というロケーションのキャラクターが生かされてな
い!」
ワリ「橋というロケーションのキャラクター?」
啓太「もっとわかりやすく言うと?」
しのぶ「橋で起きること、橋の上だから起きるアクション!」
アイ「あ!(と、言ってから手を上げる)はい!」
越谷「(指差して)はい、キミ!」
アイ「はい! 落ちる! 橋から落ちる!」
越谷「そう! それだ!」
ワリ「(理解して喜び)落ちる! 落ちるんだよ!」
啓太「アクションだからな」
越谷「そうだろ」
ショウ「橋が出たら落ちる!」
越谷「そうだろ! アクションだろ! 高いところに登ったら、落ちる、でか
いものは爆発する! 新兵器は壊れる! 違うか!」
啓太側一同(啓太以外)「そうです! その通りです!」
啓太「よーし、いいか、舞台は橋!」
オカモト「もう始めちゃう気だ」
六谷「大丈夫かな、これで」
しのぶ「いや、これだけあれば、啓太さんはやります」
啓太「みんな、気合い入れていくぞ」
啓太側一同「はい」
啓太「よーい、はい」
ショウ「(アクション映画のクライマックスの曲を口ずさむ)だんだんだだー
んだんだだだだーんだんだ!」
  橋のヘリショット、真俯瞰を作る。
越谷「もっと自由になって!」
啓太「カメラをヘリコプターに乗せる。んだ、真上からだ。橋を行く車、飛行
石を持つ女の子を乗せた車が橋を突っ走る。最初は小さな点にしか見えない。
カメラが寄っていく」
  車の音、次第に大きくなる。
  橋を四人、車一台を一人で表現、遠くの点からみるみる近づいて、それが
次第に車になっていき、カメラが車ぎりぎりまで寄り、それを運転している。
啓太「すごいスピードだ」
ショウ「(車の猛るエンジン音)ぐおおおおおおおん! ぐおおおおおん!」
  エンジン音はずっと続いている。
啓太「それを追うバイク」
  バイクのエンジン音。
ワリ「ふいぃぃぃぃん!」
  それに乗る啓太。
啓太「待て、待て、待て、逃げるな、俺はおまえの敵じゃないんだ、おまえを
守ろうとして!」
ワリ「ぐおおおおおおおん」
啓太「疾走する俺のバイクの前に」
ショウ「めっちゃでっかいトレーラーが!(トレーラーの)ぐあああああああ
ぁぁ!」
啓太「そして!」
カズコ「そして!」
啓太「右に左に必死にハンドルを切って、目の前に迫り来るトレーラーを避け
る」
カズコ「きひひひひひ」
サヤカ「きひひひひひ」
ワリ「(バイク)ぐおおおおおお」
啓太「そのトレーラーはもちろん、ガソリンを満載しているトレーラー」
サヤカ「きひひひひひ」
カズコ「きひひひひひ」
啓太「それが横倒し」
サヤカ「ぐわあああああん」
カズコ「どっしゃーん」
アイ「あ、あああっ! 避けきれない」
啓太「車は橋桁に突っ込んだ」
サヤカ「がっしゃーん」
啓太「そこからスローモーション」
カズコ・サヤカ・ワリ「がっしゃぁぁぁぁぁぁぁん」
啓太「バイクはフルスロットルで! ぐおおおおおおおおおおおおおん!」
  体を震わせて、啓太を乗せたバイクは蛇行する。
啓太「落ちる、落ちるぞ、車が!」
ショウ「がっしゃああぁぁぁぁん!」
啓太「しまったぁ! 飛行石が!」
アイ「ああぁぁ…」
ワリ「バイク、チェンジ」
啓太「チェンジ? なにに?」
ワリ「人型ロボットにトランスフォーム! ぐにーん、がしゃん、がしゃん、
がしゃん、ぐにーん」
カズコ「ああ! バイクが見る間にロボットの形に!」
ワリ「がしゅん、がしゅん、がしゅん、がしゃーん」
  そして、走りだすロボット。
サヤカ「バイクがロボットになるんですか?」
カズコ「びっくりした!」
啓太「それいただき!」
ワリ「採用ですか?」
啓太「採用! バイクのトランスフォーマー、落ちる車を止める」
ワリ「ぐわっし、掴んだ!」
ショウ「トランスフォーマーが、車の後ろを捕らえた! ばしっ!」
啓太「やった!」
ショウ「と、思ったけど、トランスフォーマーでは、落ちる車を止めることが
できない!」
カズコ「ええ? そうなの?」
アイ「そんな!」
啓太「採用!」
アイ「じゃあ、車は?」
啓太「落ちていく」
ショウ「ごごごごご…」
啓太「車は落ちていく、前輪が橋桁を越えて…ぎやああああん」
ショウ「ごごごごごごご…」
ワリ「な、なに、ぎるぎるぎるぎる(よくわからない音)…ワイヤーがグシ!
(それが切れた)バシ! ああっ!」
啓太「危ない!」
サヤカ「危ない」
アイ「助けてぇ」
ショウ「落ちる、落ちる…」
アイ誰か、誰かぁ!」
啓太「だだだだだだ…走る俺! …なんとか落ちる車に捕まる、がっし! 掴
まえた!」
サヤカ「それで?」
啓太「それでも!」
カズコ「それでも?」
啓太「それでも一緒に落ちていく」
ワリ「止めらんないんだ」
ショウ「ぐああああああ、止まらない!」
アイ「ああああああ…止まらない!」
ワリ「うぐぐぐぐ、くそお!」
啓太「ダメか、ダメなのか!」
ショウ「落ちる、落ちるぞ」
アイ「落ちる、落ちてく」
カズコ「あああぁぁぁ!」
サヤカ「いやああああぁぁぁ」
ショウ「その彼女の胸にぶらさがるペンダントに、光る小さな石」
ワリ「飛行石!」
啓太「それが、この瞬間に」
カズコ「きらーん!」
サヤカ「きらきらーん!」
カズコ「きらきらきらーん!」
啓太「光った、あの光! 飛行石が! 飛行石が! 発動したぁ!」
カズコ「きらーん!」
サヤカ「きらきらーん!」
カズコ「きらきらきらーん!」
啓太「光、強さを増し」
カズコ・サヤカ「ぎらぎらぎらーん!」
啓太「ま、まばゆい! そして、車から飛び出した女の子、髪が風に揺れ、体
が横倒しになり…」
  啓太が言う通りになっていく。
啓太「落ちていく車は川面に着水」
ショウ「ざばあああああん」
サヤカ「バイクのトランスフォーマーは?」
ワリ「ここに!」
啓太「おお!」
ワリ「せっかくの思いつきです、もうちょっと、この物語の中を生きていたい
…これは採用ですか?」
啓太「もちろん、採用だ」
ワリ「ありがとうございます」
啓太「飛行石の不思議な力で、ゆっくりと降りて行く俺達」
サヤカ「きらーん、きらきらーん」
カズコ「きらきらきらーん」
啓太「この飛行石は…俺がなんとしても、火山に捨てにいく」
ワリ「捨てに行く? 火山に? どうして?」
啓太「まだ、我々人類はこの飛行石を…」
ショウ「その時、橋桁の上、横転したタンクローリーから流れ出た大量のガソ
リンに引火した」
啓太「なにぃ!」
ショウ「大爆発!」
  どおおおおおおおおん!
啓太「うわあぁぁぁ」
カズコ「あああああぁぁぁ」
サヤカ「ああああああぁぁ」
ワリ「あああああぁぁ」
ショウ「あああああぁぁぁ」
  ここ、キレイにハイスピード(スローモーション)で飛ばされて転がって
いくところを作ります。
ワリ「ひ、飛行石は?」
啓太「飛行石よりも、あの子は? あの女の子は?」
  と、女の子を抱き上げて。
啓太「しっかり、しっかりしろ」
  そして、啓太、ふっと正面を見て驚愕の表情!
啓太「なんだ、あれは!」
  と、啓太、正面を向き、その方向に向かってトランスフォーマーも身構え
た。
  なにかよくわからないものが…
アイ・カズコ・サヤカ「ぐおおおおおおおおおおおおおお」
啓太「まさか…そんな!」
  その直後。
啓太「はい! ここまで!」
六谷「え? ここでおしまい?」
啓太「おしまいです」
キョウコ「最後になにがあったの?」
啓太「お楽しみです」
ハルキ「すごい、なんか見たくなってきた」
啓太「すごいですよ、この後は…しかし、疲れるな…これは…」
キョウコ「しょがないでしょう、そういう表現形態を選んだんだから」
六谷「これ、二時間やるの?」
ショウ「やりますよ」
六谷「本当に?」
ショウ「そっちこそこの先、どうなるの?」
六谷「どうって?」
ショウ「これさあ、家族がみんな消えちゃって最後はどうなるの? 元にどう
やって戻るの?」
キョウコ「どうなると思います?」
ショウ「え、そんなのわかんないけど」
キョウコ「なんか思いついたら教えてください」
ショウ「え、でも決まってるんでしょう、ホントは、最後、どうなるのか」
キョウコ「それが」
ショウ「え、なに?」
キョウコ「最後はまだできてないんです」
ショウ「え?まだできてないの?」
六谷「それは…(しーっと唇に指を当てた)」
ショウ「え、もう一週間前だよ」
キョウコ「はい」
ワリ「一週間前にラスト、決まってないの?」
キョウコ「はい」
ショウ「それでよく稽古できるね」
しのぶ「小劇場じゃ、あたりまえですよ」
カズコ「不安じゃないの、そんなんで練習してて」
ハルキ「不安ですよ、めちゃめちゃ不安だけど、でも、そんなこと考えていた
ってしょうがないでしょ」
サヤカ「へえ、そういうものなんだ」
カミヤ「すいません、やっぱりラストが決まってないとどうつくっていいかわ
からないんですけど」
越谷「いま、何パターン頭に思い描いてる?」
カミヤ「二パターンです」
越谷「じゃあ、その二つ、作っておいて」
カミヤ「はい?」
越谷「どっちになってもいいように二つ作っておく。それが役者の作業っても
んでしょう」
カミヤ「あの、いつもここはこんな感じなんですか?」
しのぶ「うー、まあ、そうですね」
キョウコ「コシさんの脚本が遅いのはね、有名ですから」
カミヤ「え、そんなの僕、知りませんでしたよ」
六谷「かなり有名よ」
カミヤ「そ、そうなんですか」
六谷「うん。知らなかったの?」
カミヤ「知ってたら、ここにいなかったかもしれません」
カミヤ「ここはいつもこうなんですか?」
ハルキ「飲みの席ではもう、なんでコシさんのホンはこんなに遅いんだ、っ
て」
しのぶ「笑笑やら、和民で、毎晩、毎晩、コシさん抜きで欠席裁判ですよ」
カミヤ「飲みに誘ってくださいよ」
しのぶ「でも、コシさんの悪口ばっかりでそれはそれは不毛な飲み会ですよ」
キョウコ「いつも悪酔いするんだよね、うちの劇団の飲み会は」
カミヤ「呼んでくださいよ、その不毛な飲み会、悪酔いしたいですよ」
啓太「コシ」
越谷「なんだよ」
啓太「またおまえそんなことやってんのかよ、まだホンができてねえのかよ、
もう一週間前だぞ」
越谷「稽古するぞ」
啓太「意味ないよ」
越谷「うるさいな」
啓太「ダメダメ、そんなことやってたって」
カミヤ「ちょっと、あんたさっきから(線を示して)こっからこっちは違う劇
団なの、黙っててくれるかな」
啓太「だって、どうすんだよ。今、言ってたじゃん。ラストが決まってないの
に、どうやって役とか作るんだよ」
サヤカ「先にホンを完成させることが先決なんじゃないんですか」
カズコ「そうそう」
カミヤ「あんたらになにがわかるんだよ」
啓太「わかるよ。俺はこいつと十六の時から芝居やってるんだよ。今、ちょっ
と芝居見て、今、この芝居がどれくらいできてて、どれくらい先が見えないの
か、手に取るようにわかるよ」
六谷「今、この状況って、どんな感じなの? 啓太的に見て」
啓太「ピンチ!」
ハルキ「ピンチ」
啓太「かなりピンチ」
六谷「おまえがコシと芝居してた時も、こういう事態はあったんだろう」
啓太「毎回ですよ」
六谷「そういう時はどうやって切り抜けてきたの」
啓太「そんなの…これっていう方法があったわけじゃなし…無我夢中でしたか
らね」
サヤカ「コシ」
越谷「なんだよ」
サヤカ「また、同じ失敗を繰り返す事になるんじゃないの?」
越谷「そんなことはないよ」
カミヤ「なんですか、同じ失敗って」
六谷「いや、これは内輪の話なんだから」
カミヤ「どうして? 客演だからってそんな扱いしないでくださいよ。少なく
とも、この公演が終わるまでは同じ共同体だって、思ってるんですから」
六谷「俺だって思ってるよ」
カミヤ「じゃあ、なんで飲みにとか誘ってくれないんですか」
六谷「え、そういうことなの?」
カミヤ「寂しいんですよ、稽古終わって呑まないと」
ハルキ「え、言ってくださいよ、そんなことなら」
カミヤ「いや、絶対、俺を避けてるよ、みんな」
しのぶ「そんなことありあませんよ」
サヤカ「啓太と私が参加していた前の劇団が解散しなければならなかったのは
…」
しのぶ「もういいじゃありませんか」
越谷「俺の脚本が遅れて、公演中止になったからだ」
カミヤ「ほんとですか?」
越谷「リクルートとニッポン放送とリプトン紅茶がスポンサーになっていた公
演を、中止にしたんだ。一度、スポンサー付きの公演を中止にしたら、もう二
度とスポンサーがバックアップしてくれることはない。前科者だからね。恐く
てそんな冒険をしてくれるような人はいない。そして、大きな劇場も怖がって
提携公演をやらせてはもらえなくなる。あとは自分達の力でお客を圧倒的に動
員して、自力ではいあがっていくしかない」
啓太「だが、そのためには、いいものを提供し続けなければならない。でも、
いつもホンが遅くては、俺達役者だって身が持たないんだよ」
越谷「それが解散の理由だ」
啓太「劇団旗揚げから三年で、動員は三千を突破。いろんな雑誌に載った。今
最も注目されている劇団。若手ナンバーワン。小劇場の旗手…それが突然解散
したんだ。しなければならなかったんだ。先がなくなったからね」
越谷「くだらない脚本から、いい芝居は生まれないんだよ」
啓太「そして、コシ、おまえはまたあの時と同じ事をやっている」
越谷「やりたくて、やっているわけじゃない」
啓太「いいわけは聞きたくないよ」
越谷「やりたくてやってるわけじゃないんだ」
啓太「だから、もう、それはいいって」
越谷「これが終わったら、しばらく考えてみる」
啓太「考える?なにを?」
越谷「本当に、俺は演劇に向いているのかどうか」
啓太「なに言ってんだよ」
越谷「本当に俺がやることは演劇でいいのか、わからなくなるときがある」
啓太「コシ…ちょっと待てよ…」
越谷「初めてやったあの芝居が、あんなにうけなかったらな…って思うことが
ある」
しのぶ「『努力しないで出世する方法』」
カミヤ「なんですか?」
しのぶ「コシさんと啓太さんの出世作です」
啓太「ふざけんな、あれがあったから、今、俺達はこうしてここにいるんじゃ
ないか」
越谷「楽しかったな、あれやってた時は」
しのぶ「一年生だった私は…右も左もわからずにこの二人についていくだけだ
った」
啓太「俺達だって、無我夢中だった」
越谷「普通なら高校二年が終われば演劇部も引退、受験勉強に切り替える時だ
ってのに」
啓太「俺達はまだ、演劇部の部室に居た」
しのぶ「高校一年の春。新しい制服、新しい鞄、新しい学校、ついに、私は高
校生になり、念願の演劇部に入った、その部室には…二人の先輩がいた、ずっ
といた…」
啓太「進路、どうする? 受験、しなくていいのか?」
越谷「啓太、それなんだけどよ…」
啓太「なんだよ」
越谷「俺、三年になっても、演劇続けたいんだ」
啓太「俺もだよ」
越谷「夏の大会に出よう、全国高校演劇の頂点を目指して、芝居を作ろう…」
啓太「望むところだ」
しのぶ「先輩!」
越谷「俺達みんなで…人生を棒に振ろう」
しのぶ「え? 今なんと?」
啓太「望むところだ…な、しのぶ」
しのぶ「みんなで? 私も?」
啓太「みんなで…だ」
しのぶ「私、高校生になったばかりなんですよ、私の前には明るい未来が広が
っているんですよ」
越谷「『努力しないで出世する方法』」
啓太「なに?」
しのぶ「なんですか、それ?」
越谷「夏の全国大会でやる芝居のタイトルだ」
啓太「『努力しないで出世する方法』?」
しのぶ「『努力しないで出世する方法』…」
啓太「大丈夫かよ、そんなふざけたタイトルで、高校演劇はもっとまじめなタ
イトルじゃないと、じゃないと…」
越谷「努力しないで出世する方法…を巡って、七転八倒する話だよ…」
しのぶ「学校に隠れてアルバイトして出会う、フリーターの勇者達」
越谷「学校では出会えない人々…」
啓太「その誰もが、努力しないで出世する方法…とは無縁の人々…」
しのぶ「フリーター達が持つ優しさと、冷たさ」
越谷「バイト帰りの明け方、コンビニでいつも会う、隣の学校の…名前も知ら
ぬ友達」
啓太「『努力しないで出世する方法』最優秀作品賞、最優秀戯曲賞、越谷一哉
(かずや)」
越谷「高校を中退した子がバイト先の先輩」
しのぶ「(怒鳴る)なにやってんだ、あんた! (そして、渋く)ここは私に
まかせな。レジを打つには百年早いよ。バイトなんか、この先いくらでもでき
る、とっとと学校に戻んな、あんたの居場所は教室……じゃないか?」
啓太「最優秀助演賞、三橋しのぶ」
  そして、啓太のかつての芝居。
啓太「狭い店
 おでんの香り
 中華まんの湯気
 消えることのない
 真っ白い蛍光灯の小さな店
 僕にとって、それは
 荒野
 空調から流れる、ドライな風に吹かれ
 僕は荒野に立つ
 お弁当ですか?
 温めますよ
 煙草?
 何番ですか?
 Tポイントカード
 よろしいですか?
 店を辞める最後の日
 最後の客
 それがあの
 黒い網タイツの女
 彼女は言った
 夜遅くに大変だね
 でも、そのうち良い事あるからね
 そのうち、を待たなくても
 良い事はあったさ
 ここで
 僕は貴女に会えた
 貴女が去る
 自動ドアが閉まる
 僕はその後ろ姿を瞼に焼き付ける
 この一瞬よ
 永遠に…」
越谷「最優秀、主演男優、地鳴啓太」
啓太「あの夏、俺達は…熱く過ごした」
越谷「高校演劇でたまたま認められて、ちやほやされちまった、いい気になっ
てた、だけど、物を作り続けるためには、やっぱり、回りを見なきゃダメだ。
もしも、この先もまだ演劇を作り、人に物語を提供していくことを続けるのな
ら、やっぱり、今までいろんな人がやってきたことを勉強し直すことが必要
だ。時間が必要なんだ」
啓太「違う、それは違う」
越谷「なにが違うん」
啓太「休んじゃダメなんだ」
越谷「どうして」
啓太「休んじゃダメなんだよ、休んでる暇なんてないんだよ。吸収しながら走
り続けりゃいいじゃねえかよ。作り続けりゃいいじゃねえかよ。なんで休むん
だよ。俺達に休んでいる暇があると思ってるのかよ」
越谷「続けるためにはそういう時間が必要だろう」
啓太「続ける? 続けるのか、おまえは」
越谷「そのつもりだよ」
啓太「いつまで?」
越谷「え?」
啓太「いつまで続けるんだよ」
越谷「わからんよ」
啓太「そんなふうに、人生をどんぶり勘定で考えてるから、休むなんて言い出
すんだよ」
越谷「いつまでできるかなんてわかんねえじゃねえかよ」
啓太「俺達、いくつになったんだよ」
越谷「二十七だよ」
啓太「二十七だぜ」
越谷「ああ」
啓太「あと、三年で三十だよ。あと三年で何本芝居できるんだよ。芝居なん
て、年間に五本も六本もできるもんじゃねえだろう。せいぜいやって、三本、
でも、新作を続けてやって、芝居のクオリティを落とさずに続けていくなら、
やっぱり年間二本がいいところだろう。あと三年で六本。たったの六本だぜ。
それなのに休んで、この六本からさらに減らしていくのかよ。スピードを落と
したらダメなんだ。確かにさあ、俺達には人生において、劇的な経験なんてな
いよ。生き様を見せるっていっても、なにを見せていいのか、なにが生き様な
のかわかんねえよ、でもな、なにもない俺らでも、スピードだけはみせられる
んじゃないのか。スピードを落とさないってことは見せられるんじゃないか。
生き様としてよ」
越谷「いいものを作るには時間がかかるんだよ」
啓太「だから、なんだよ」
越谷「ブロードウエイの劇作家は二年に一本だよ」
啓太「ここはブロードウエイじゃない。日本の小劇場だ」
越谷「それは変えられないものなのかな」
啓太「たぶんね」
越谷「だよな」
啓太「時間なんてないんだ。いつだってない。俺達はこれまで充分過ぎる時間
の元で芝居を作った事なんてないじゃないか。そして、今日もまたその限られ
た時間の中で全力を尽くすしかねえんだよ。作家が書けなくなったらみんなで
なんとかするんだよ」
ハルキ「なんとかするって?」
啓太「みんなでつっつかなきゃだめなんだよ、作家を」
キョウコ「つっつく?」
啓太「だから、この先、どうなるんですか?とかさ」
六谷「ああ、なるほどねえ」
啓太「少し、作家のイマジネーションを刺激してやるんだよ」
ハルキ「どうするんですか、それって?」
啓太「だからね」
ハルキ「はい」
啓太「わかってねえなあ」
カミヤ「だから教えてくれって言ってるんだようが」
啓太「それは、人にものを訊く態度じゃないんじゃないかな」
カズコ「教えてあげればいいじゃない」
サヤカ「こういうところで人柄って出るよね」
啓太「はい、こっから先はみんなで作ります」
越谷側の一同「えーっ」
カミヤ「なにそれ」
啓太「えーっ、じゃないだろ、えーっじゃ。わかってんのかよ、今は一週間前
で台本がないんだよ、おまえらには」
越谷「いや、続きは俺が書く」
啓太「聞き飽きたんだよ、そんなことは」
越谷「俺が責任を持って」
啓太「責任がもしもあるなら、もうとっくに台本が上がっているよ」
カミヤ「なんでそんなに人の劇団に躍起になるんですか?」
啓太「人ごとじゃねえんだよ、俺には。毎日毎日これだったんだよ。こいつと
芝居しているときは、ずーっとね」
サヤカ「ほんとなんですよ。毎日毎日、ホンを待ってやきもきしていたんです
よ。何年もね」
啓太「稽古場で暗くなるとみんなの雰囲気も暗くなるからなるべくみんな、平
気な顔して、心配してないように装ってたんだけどね。あんまりやいのやいの
言って、逆にプレッシャーかけてもって思ったりしてだな…でも、本心は(大
げさな芝居になる。まるで人が砂漠で水を求める様に)早く、早く俺に…セリ
フをくれぇ…」
サヤカ「早く私にシーンを頂戴。私はこの先どうなるのぉぉぉ?」
越谷「言いたい放題だな」
啓太「事実だろう!」
越谷「作家の苦労も知らないで」
啓太「知らないね…作家だったら、さっさと書きゃいいんだよ」
越谷「勝手なこというな」
啓太「どこが勝手なんだよ」
越谷「おまえらは、台本というものがわかってない。作家にできることは、台
本を書き殴ることではないんだ。台本を推敲することなんだ。何度も何度も役
者の顔を思い浮かべながら読み返し、様々な言葉の組み合わせを試し、その中
から一番納得できるものを選んでそれを稽古場に持って来るんだ。それまでは
人に読ませていいものじゃないんだよ、台本ってのは」
啓太「わかりません、そんなのは」
越谷「わかんねえだろ」
啓太「わかりません。だって、俺達は作家じゃないから」
しのぶ「またここでこういう話合いするんですか? もうさんざんやったじゃ
ないですか、みんなで」
啓太「…悪くはないんだよ、つまんなくはないんだよ、思いつきっていうか、
アイディアも」
サヤカ「セリフだっていいし」
啓太「そう、そうなんだよ。なのに」
越谷「なんだよ」
啓太「芝居はねえ、初日っていうのが来るんだよ」
カズコ「初日が来ればお客も来るんですよ」
カミヤ「あたりまえだろう、そんなのは」
啓太「(コシに)一言でいって、これはなんの話なんだよ」
越谷「家族の話だよ」
啓太「家族がどうなる話なんだよ」
越谷「家族が崩壊しそうになる、話だよ」
啓太「ふん、それで?」
越谷「それで? って?」
啓太「家族が出てくるんだろ、この芝居には」
越谷「そーだよ」
啓太「家族が出てきました。(一人の役者を指さして)息子で、娘で、お母さ
んで、おばあちゃんで…それがみんなバラバラになって…それでおしまい
か?」
越谷「……いや、ちがう、そうじゃない」
啓太「そうじゃなければなんなんだよ。このままじゃ、家族の崩壊を描きた
い、だけの物語じゃないか」
越谷「まだ、この先があるんだ」
啓太「この先に、なにがあるんだ」
ワリ「ん…家族がバラバラになって、お互いがお互いの姿を見ることができな
くなるっていうのは、いいんじゃないかな」
啓太「いいよな、それはおもしろいよな」
カズコ「すごい演劇的ですよ、ここに人が立ってて、見えないふりをするって
いうのはさ」
ショウ「このアイディアだけもらって、うちで全然別の芝居にするっていうの
は、どうかな」
カズコ「うちで?」
ショウ「そうそう」
カズコ「アクションで?」
ショウ「そうそう」
しのぶ「お父さーん、ガラガラガッシャーンとかいって?」
ショウ「いや、それだけやってるわけじゃないんだよ、俺達は」
啓太「どこに向かうんだ、この話は?」
越谷「希望だよ」
啓太「希望?」
越谷「この話は希望に向かう」
啓太「よーし、みんなで作るぞ」
キョウコ「みんなで作るって?」
啓太「みんなでつっつくんだ。これは昔、コシが書いているものに煮詰まった
ときに、いろいろ俺達なりに手助けができないかって、編み出した方法なん
だ」
ハルキ「もしかして、エチュード?」
カミヤ「え、なに? エチュードって」
六谷「その場で即興でやるっていうか、台本なしで役者が動くものをエチュー
ドっていうの」
カミヤ「台本なしで?」
六谷「そう」
カミヤ「え、なんで?」
啓太「なんでって台本がないから」
カミヤ「それはそうだけどぉ」
啓太「各々の役者がその役になりきって行う、エチュード。わかるかな」
ハルキ「まあ、言ってることは」
啓太「それで、自由に動いてみよう」
キョウコ「自由に動く?」
カミヤ「あの、すいません」
啓太「なに?」
カミヤ「僕、台本ないと芝居できません」
啓太「やるんだよ」
カミヤ「でも、やったことありません」
啓太「じゃあ、いい経験だから、やってみる」
カミヤ「やったことないんでできません」
啓太「やるんだよ」
カミヤ「できません」
啓太「(怒って)やってことないからできないんだってば」
啓太「やったことないからできないんだったら、殺人犯の役とか、実際に殺人
しないとできねえじゃねえかよ。殺人犯の役をもらったら殺人するのか。いい
からやれ、はい、いいね、いくよ」
ハルキ「行くよって、もうやるんですか?」
啓太「時間ないんだよ、一週間なんだから」
しのぶ「ちょっと」
啓太「(いらいらしながらも)なんだよ?」
しのぶ「ちなみに、このシーンには誰と誰が出てるんですか?」
啓太「(ちょっと考えて)ん…みんな」
カミヤ「みんな?」
啓太「みんな」
六谷「俺も?」
啓太「そう、おばあちゃんも」
六谷「(おばあちゃんで)はいはい、やればいいんでしょう…」
啓太「はいはい、行くよ、時間ないんだからね、はい」
しのぶ「ちょっと待ってください」
啓太「なに!」
しのぶ「みんなの出ているこの場所はどこなんですか?」
キョウコ「そう、ここはどこ?」
ハルキ「どういう設定なんですか?」
啓太「場所?」
しのぶ「そう、場所です」
啓太「場所はねえ」
しのぶ「『どっか』っていうのはなしですよ」
啓太「(図星)ん…」
カミヤ「あっぶねえ…なにも考えてねえぞ」
ハルキ「(しのぶに)訊いて正解ですよ」
啓太「どっかじゃないとすると…」
しのぶ「どこなんですか?」
啓太「ん…」
カズコ「台所?」
啓太「台所!」
越谷側一同「台所!」
  そして、みんなに一瞬、緊張が走り、みんな口々に『台所』『台所』…
  と、必死に考え始める。
啓太「もしくは、風呂場」
カミヤ「もしくは、ってなに?」
啓太「ここは、台所、もしくは風呂場」
ハルキ「なんでもしくは風呂場なんですか?」
キョウコ「決めましょうよ」
カミヤ「決めるもなにも、家族全員、おばあちゃんまでが一度に風呂場に集ま
ることなんてないんじゃないかな」
啓太「じゃあ、台所ね。決定」
キョウコ「なんか、私(啓太を示して)この人、信じらんない」
啓太「はい、みんなは台所にいます。よーい」
カミヤ「え、もうはじめんの?」
啓太「(構わず)よーい、はい!」
と、啓太、手を叩くが、慣れていない
  みんなはなにをしていいのかわからず、
  凍てついたようになる。
  時間が静止する。
啓太「(止める声)はい…」
  一同、緊張が抜けるが、完全にうろたえている。
啓太「なんでもいいから、はい、動いて」
ハルキ「う…動く?」
  静かなパニック。
啓太「よーい、はい」
  と、また手を叩いた。
  無理矢理始める。
キョウコ「私には家族が見えない。みんなは見えているのかしら、ユキオ、そ
こにいるの?」
ハルキ「いるよ、お姉ちゃん、僕ならここにいるよ」
  と、笛の音。ピー!
  いつの間にか啓太は笛をくわえている。
啓太「はい、だめ」
ハルキ「どうして?」
啓太「だって、ここにいる人達はみんな、声が聞こえなかったりするわけでし
ょう。だからそこに居るの? って言われて、居るよ、ってのはダメだろ」
ハルキ「あ、ああ」
啓太「そうだろう」
ハルキ「そうですよね」
啓太「はい、減点1ね」
ハルキ「減点1?」
啓太「(偉そうに)えー、減点が5になったら、退場です」
ハルキ「退場って?」
啓太「出番はありません」
ハルキ「うっそぉ」
啓太「本当です」
ワリ「人のセリフに反応しない」
啓太「はい、続けます。はい!」
  と、啓太、また手を叩いた。
カミヤ「続けるって、どうやって…」
ショウ「(応援するように)なんでも、いいんだよ」
アイ「がんばって」
サヤカ「がんばれー」
  一同、とりあえず動いてみるが、それは
  本当にとりあえず動いているようにしか
  見えない。
啓太「動いて、喋って」
キョウコ「動いて喋る?」
啓太「そうよー。そういう設定なんだから」
カミヤ「それで、どうすりゃいいんだ」
サヤカ「がんばれー」
カズコ「がんばってー」
ハルキ「がんばれって、なにをがんばるんだよ」
啓太「ほらほら、どうすりゃいいんだ?」
キョウコ「うわ…うわあ…」
ハルキ「なんにも思いつきません」
啓太「作家の苦労を思い知れ」
カミヤ「あ、わかった」
啓太「はい、見てみましょうか?」
カミヤ「ちょっと、やってみよう…」
ハルキ「見せていただきましょう!」
  と、啓太の笛。ピー!
啓太「(ハルキに)減点2」
ハルキ「うわ、しまった、答えてしまった!」
カミヤ「(構わず)お母さんは、お母さんをやめます(きっぱり)お母さんは
お母さんであるから、いけないんですよ。お母さんが、お母さんという関係か
ら。解き放たれたら、きっと、またいろんなものが見えたり、聞こえたりする
んじゃないかって思うんです」
ワリ「あ、なんか展開しそうな、予感!」
カミヤ「だから、お母さんは、お母さんをやめます」
カズコ「お母さんが、お母さんじゃなくなったら、なにになるの?」
カミヤ「だたの女になるしかないでしょう。四十二歳のカナコという女にね」
啓太「(コシに)これは。あり?」
越谷「(断言)あり!」
啓太「ありです!」
カミヤ「(や)たっ!」
ハルキ「じゃあ、僕も、それで!」
  と、啓太の笛。ピー!
ハルキ「しまった、もうあと二点しかない」
ワリ「反応しない!」
キョウコ「私、この家を出よう」
ワリ「あ、家出案がでました」
キョウコ「でも、本当に家を出たら、きっと私一人では生きていけないし、な
によりもきっとすぐに保護されたりしちゃうと思うから、私の心だけを家出さ
せよう。私の心はこの家から、この家族から家出して、自由になろう。そして
私は、誰でもない私になろう」
ハルキ「こういうのはありですか?」
  笛、ピー!
ハルキ「あ!」
啓太「減点」
啓太側一同「リーチ」
六谷「あ…ああ、心臓が苦しい」
ワリ「おお、おばあちゃんにも新展開」
六谷「し、死ぬう」
  と、横倒しになる六谷。
ワリ「おばあちゃん、死んじゃったよ」
  そして、幽霊になる。
六谷「あ、死んだと思ったら体が軽くなった」
ワリ「おばあちゃん、幽霊になりました」
六谷「ああ、これで私もなにもかもから自由になったわ」
啓太「(コシに)こういうのは、あり?」
越谷「なし」
六谷「え、なんでぇ」
啓太「はい、おばあちゃんは生き返る」
  六谷、生き返る。
啓太「はい、もういいよ」
  一同、エチュードからとりあえず解放される。
啓太「だめだなあ、わかってないなあ」
カミヤ「そんなの、突然言われたって」
啓太「(六谷に)つきあい長いんだから、先輩もなんとかしてやってください
よ」
六谷「いや、だっておれ九年ぶりの舞台なんだもん。何もかも忘れちゃってて
さあ」
啓太「だってさ、演劇部の顧問やってるんでしょう?」
六谷「いや、顧問やるのと、こうして役者として出るっていうのは全然違うじ
ゃない?」
啓太「これ、タイトルなんだっけ?」
六谷「『また遭おうとサンタは言った』」
啓太「え?」
カミヤ「『また遭おうとサンタは言った』」
カズコ「『また遭おうとサンタは言った』?」
ワリ「『また遭おうとサンタは言った』か…」
ショウ「これ家族がどーしたとかって話じゃねえの?」
カミヤ「そうですよ」
ショウ「なんで、サンタなの?」
しのぶ「いや、うちの冬の公演には必ずサンタとかトナカイとか、クリスマス
関係のものをタイトルに入れることにしてるんですけど」
啓太「へえ、そうなんだ」
しのぶ「そうなんです」
啓太「それで、サンタは出てくるの?」
越谷「それは今、考え中なんだけど」
啓太「サンタが出てくるとしたら、どうなるの?」
しのぶ「サンタ、出て来るんですか?」
ワリ「でも、また遭おうとサンタは言ったんだから、サンタと遭ってもいいん
じゃないかな」
しのぶ「いや、それはただのタイトルで」
カズコ「タイトルに名前がでてるんだったら、出てきてもいいんじゃない
の?」
アイ「『もののけ姫』だってもののけ姫出てくるし」
啓太「サンタがでてくるって方向はないの?」
越谷「いや、それも考えてはいるんだ」
カミヤ「え、そうなんですか?」
六谷「言ってよ、そう言うこと、コシ」
越谷「いや、はっきり決まってからみんなに言った方がいいんじゃないかなっ
て」
啓太「もう、そういう段階じゃないんだよ。全部話して、みんなでつくらない
と」
六谷「そうそう、話してよ、コシ。自分一人で悩まないでさ」
ハルキ「話してくださいよ。自分はこれで結構役に立つんですよ」
しのぶ「ほんとかよ」
キョウコ「サンタとまた遭ってなにかプレゼント貰うってのは」
しのぶ「プレゼント?」
キョウコ「そう、クリスマスプレゼント」
六谷「サンタがクリスマスプレゼント」
キョウコ「そう、これ、どうですか?」
カミヤ「それもありなんじゃないかな」
キョウコ「オッケーですか?」
越谷「ん…プレゼントか」
啓太「いいよ、いいよ、いいよ、つっついてるよ、作家のイマジネーション
を」
カミヤ「サンタが家族をプレゼントしてくれるっていうのは?」
越谷「家族をプレゼント?」
啓太「つっつけ、今だ」
サヤカ「つっつけ、つっつけ」
カズコ「チャンスだよ」
アイ「がんばれ」
ハルキ「つっつくって、どうやって」
啓太「わかってねえなあ」
カミヤ「これって、あれじゃないかな」
越谷「なに?」
カミヤ「家族の全ての人達がみんなコミュニケートができないから、話にしず
らいんじゃないかな」
越谷「それも考えてるんだよ」
カミヤ「誰か、この家族の人々と繋がりを持てる人が登場しないと」
越谷「ポチか!」
カミヤ「ポチ?」
しのぶ「犬のポチ復活ですか?」
六谷「なに、それ」
しのぶ「最初はあったんですけど、いつのまにかいなくなりましたよね」
越谷「犬のポチを語り役として登場させるつもりだったんだよ」
カミヤ「ポチには家族の姿が見える」
キョウコ「そして、家族の言ってる事もわかる」
六谷「それ、いいんじゃないかな」
ハルキ「それいると全然楽になりますよ」
啓太「そう、それでいいんだ」
カミヤ「(啓太に)そうか、こういうことか」
サヤカ「そう、それでいいの」
六谷「じゃあ、さっきのサンタがプレゼントしてくれるのはポチ?」
カミヤ「そうか、そのサンタのプレゼントによって、家族が関係を取り戻す」
キョウコ「あ、なんか、着地点が見えてきたきがする、ねえ」
ハルキ「そうですね、一気に解決って感じですね」
カミヤ「こういうのでいいんだったらもっと早くやっときゃよかったですね」
越谷「うん、だいたいできたな」
ハルキ「できましたね」
越谷「じゃあ、ちょっと、これからの展開を整理して話すからな」
ショウ「なんか、緊張するな」
越谷「このユキオの家庭はある時から、お互いの姿が見えず、喋っている声も
聞こえなくなった。この家庭に突如起きた、摩訶不思議な現象、ユキオをはじ
め家族はなすすべがない、そんな時、姉のマリエが応募していたTVのクリス
マス特番『全世界生中継サンタがお宅を訪問』にこの家庭が選ばれる」
ワリ「『全世界生中継サンタがお宅を訪問』」
越谷「そう、これは世界の国々のお宅をサンタが回ってそれを中継するという
番組。そのサンタがやってくる家にユキオの家が選ばれた」
ワリ「え、そういう話だったの?」
六谷「いや、今、思いついたみたい」
越谷「みんなにつっつかれて、今、思いついた」
啓太「それで? それでそれで?」
越谷「サンタは来る。しかし、ユキオの家庭ではお互いの姿が見えず、言って
ることもわからない。こんな家庭の姿が全世界に中継されたら、たいへん。と
いうことで、お互いが、姿も声も聞こえないまま、仲のいい家族のふりをす
る」
六谷「ポチは?」
越谷「ポチねえ、いいんだけどねえ」
アイ「なんか、期待してたのと全然違う話になってる」
啓太「いいんだよ。こっちから提案したことがそのまま脚本にできるんだった
ら、おまえらが書けばすむことなんだからさ」
カミヤ「じゃあ、さっき僕達が提案したことは没なんですか?」
越谷「ん、参考にはなったけど…サンタがポチをプレゼントしてくれるとなる
と、サンタとポチが必要になるだろう。でも、どこにそんなキャストがい
る?」
ワリ「(手を挙げて)はい」
啓太「はい」
ワリ「おばあちゃんっていらないんじゃないかな」
ハルキ「え!」
六谷「なんでえ」
ワリ「完全な核家族でもいいんじゃないかな」
六谷「おれ、今までずっと完璧なおばあちゃんであろうとして、どれだけ稽古
したと思ってるんだよ」
サヤカ「でも、いらないのものは、いらないんだから」
カズコ「そうそう」
六谷「じゃあ、俺は」
越谷「サンタっていう手もあるか」
六谷「俺、サンタですか?」
啓太「どうですか、サンタとおばあちゃんだったら。おれはサンタをとるな」
ワリ「僕もおばあちゃんにはこだわらないな」
ショウ「だっておいしそうだもんね、サンタ」
六谷「コシ、そのサンタっていうのは、どんなサンタなの?」
コシ「えっ、どんなサンタって?」
六谷「どんなサンタかイメージだけでも伝えてくれないかな」
ショウ「おっ、もうすっかりやる気になってますよ」
しのぶ「ちょっと待ってください」
啓太「なんだよ」
しのぶ「ポチはどうするんですか」
カミヤ「サンタとポチだったら、ポチがこの場に居てくれた方が物語ははずみ
やすいと思うんですけどねえ」
啓太「まあ、確かにね」
越谷「(と、しのぶに)ポチ、やるか?」
しのぶ「え、ちょっと待ってください」
六谷「なんで?」
しのぶ「わたしは、演助ですよ、演出助手」
六谷「たったいまから、君はポチだよ」
しのぶ「いやですよ」
越谷「演出助手になる前は、役者だったじゃないか」
しのぶ「役者はもう辞めました」
ハルキ「もったいないよ、もったいないって」
六谷「見たいよ、俺、ぎりぎり見てないんだよな」
ハルキ「なんか目に浮かぶから、しのぶうが舞台で感極まって叫ぶその姿が、
飲み屋で話を聞いていてもね」
カミヤ「飲み屋でそんな話もしてるんですか? 誘ってくださいよぉ」
しのぶ「やめてくださいよ。私の役者の時計はあの時に止まったんですから」
カミヤ「それはいつのこと?」
しのぶ「私の尊敬する二人が袂を分かったあの瞬間に、私の時計は止まったん
です…だから、やりません、私はもう舞台には立ちません。これはもう決めた
ことなんです」
   と、啓太、笛を吹き。
啓太「はい、いいかな、今問題になっているのは、サンタとポチです。はい、
サンタとポチ、今、コシのこの芝居はどちらが重要でしょうか」
カミヤ「やはり、冷静に考えてみて、ポチではないでしょうか」
啓太「ポチだと思う人」
  六谷以外の全員が手をあげる。
ショウ「民主主義をどうお考えですか?」
六谷「ちょっと待って、俺、ついさっき、ここんとこずっと慣れ親しんで来た
おばあちゃんという役をはぎ取られてさ、それで物語に貢献しようとサンタの
役でもいいかなと思い始めたところなのよ。それがさ、どうせ俺がポチなんで
しょ? ポチをやりゃあいいんでしょう? ポチをやれば丸くおさまるんでし
ょ?」
啓太「いや、そんなふうにはねえ、誰も言ってないのよ」
ショウ「ちょっと啓太、そんなよその劇団の役者の機嫌なんかとってんのよ」
ワリ「そうですよ啓太さん、稽古しましょうよ」
六谷「啓太おまえ」
啓太「なんですか」
六谷「そうやってひっかくだけひっかきまわして去って行くのかよ。いいよな
あ、おはなしがどうでもいい劇団ってさあ」
啓太「去ってはいませんよ、去って行ったら稽古できないじゃないですか。大
体お話がどうでもいいっていう言い方もどうかと思うなあ」
越谷「だって、そうだろうが」
カミヤ「そっちは脚本はできてるんですか、最後まで?」
ショウ「脚本? まあ、あったりなかったり?」
サヤカ「脚本にたよらなくてもねえ、みんなが頑張れば演劇なんて、ねえ」
アイ「結構、できちゃうもんですよ」
越谷側「ほんとですか?」
カズコ「ほんと、ほんと」
ショウ「思いついたことを入れていけば、段々長くなるし」
アイ「長くなりすぎたら、切ればいいし」
ワリ「うちの劇団で芝居作ると、脚本がないととか、脚本に忠実にしなきゃと
かっていう神話が崩れますよ」
カミヤ「脚本に忠実に芝居するっていうのは神話なんですか」
カズコ「神話、神話」
ワリ「地動説と天動説みたいなもんよ」
ハルキ「どういうたとえなんですか?」
六谷「(コシ側の人間に)嘘だよ。気にしないでくれ」
越谷「な、何が嘘なんですか」
六谷「おれ、ポチやるよ。誰にも真似できない最高のポチをやるよ。やってや
るよ。ポチ。ポチなんだよ」
ハルキ「ロクさん」
六谷「おれ、今ふっきれたからさあ。コシさん、もうちょっとですよ、がんば
りましょうよ」
カミヤ「そうですよ、がんばりましょうよ。エチュードでもなんでもやります
よ。がんばっていいもの作りましょうよ」
キョウコ「やりましょうよ。必ずできますよ」
しのぶ「コシさん」
六谷「コシ」
サヤカ「なんか、隣はいい雰囲気になってますよ」
カズコ「はーいはいはい、みんなもらい泣きしてる場合じゃありませんよ」
ショウ「誰ももらい泣きなんかしてませんよ。こっちはこっちでやらなきゃ」
  と、るららがやってくる。
るらら「おはようございまあす」
  啓太側、越谷側の面々が適当に『おはようさん』
るらら「遅くなってすいません」
  るらら、鞄を置いて啓太達の劇団になにげに参加。
サヤカ「こっちもがんばって行きましょう」
啓太「はい、注目! 緊急ミーティングです」
  一同、啓太を見た。
啓太「今までうちはアクション演劇をやってきました。が、最近、カーチェイ
スやクラッシュなどのシーンがいまいちマンネリになってきているのではない
か、というアンケートが目立つようになりました。劇団として、これはゆゆし
き問題です。今回、すでに本番一週間前になってはきていますが、なにか新し
いアクションの方向を見いだして、劇団として新しい表現を追求できればとひ
そかに思っております。そこでみなさんに宿題として出してあったなんか新し
いアイディアを、発表してもらいます」
ワリ「はい」
啓太「はい」
ワリ「今回は、せっかく最初から最後までずっと飛行石をめぐる追っかけで通
すのですから、やっぱり、車とかバイクとかだけに頼っていては限界があると
思うんです」
カズコ「まあ、それはそうだよね」
ショウ「行き詰まるのは目に見えてるよね」
ワリ「そこで一つ提案があるんですけど」
啓太「はい」
ワリ「『ジョジョ』の新しいアニメが始まりましたね」
啓太「MXテレビでね」
ワリ「あれ、大好きなんですけど」
ワリ「金曜の夜は『タイガーマスク』を見て、『ジョジョ』を見て、録画した
『タモリ倶楽部』を見て寝るのが最近のよい子の週末ライフです」
ワリ「自分もそうです。新しい『ジョジョ』、ドドドドドーン、とか、ダダダ
ーン、とか、このへんにマンガと同じように書き文字がでるじゃないですか」
サヤカ「緊迫した時にドッ! ドッ! ドッ! とか、衝撃を受けてダダー
ン! とかっていうあれですね!」
ショウ「ババーン! って驚いた時にもこのへんに踊りますよね、書き文字
が!」
ワリ「そうです、そうです」
カズコ「あれは今までありそでなかった斬新な演出ですよね」
啓太「確かに!」
ワリ「あれ、どうですかね」
啓太「やってみよう」
ワリ「できますか?」
カズコ「演劇で、このへんに書き文字を?」
サヤカ「どうやって」
ショウ「想像もつかない」
啓太「それをやってみせるからこその我々の演劇ではないのか?」
カズコ「それはそうかも」
サヤカ「でも、どうやってこのへんに書き文字を?」
ショウ「演劇で…」
カズコ「ドドドドド…」
ワリ「ババーン!」
サヤカ「わかります、やりたいことはわかりますが、でも、どうやって?」
ワリ「体を使うんだよ」
ショウ「体を使って、どうやって?」
カズコ「がんばる!」
サヤカ「がんばっても、書き文字は…」
越谷「おもしろいね、やってみれば?」
しのぶ「コシさん!」
越谷「いいんじゃないの? やってみれば? さあ、早く早く!」
啓太「なんだよ、横から口挟んで」
越谷「試してみる価値はある」
サヤカ「どうやって」
越谷「そんなことは知らないけど」
ショウ「他人事(ひとごと)だと思って」
越谷「他人事だもん」
  啓太のアクションが始まる。
啓太「ここまでか…ここまでなのか…」
越谷「四面楚歌」
啓太「目の前に無数の敵」
越谷「これぞ文字通り背水の陣」
啓太「く、くそ…」
越谷「どうする、どうなる、いいぞこれぞ、絶対絶命のピーンチ!」
しのぶ「ピーンチ!」
啓太「(押し殺して)どうする、どうなる、これでどうなる…」
  と、啓太の背後に立つ戦闘員をやっているカズコが殺される。
ワリ「どぶっ! ぶすっ!」
カズコ「うわ、うぐぐぐ!」
ワリ「誰か重要なキャラクターの存在を忘れてやしませんか?」
啓太側の一同「トランスフォーマー」
啓太「おまえは、バイクのトランスフォーマー!」
ワリ「(トランスフォーマーの音)ぐにぐにぎにょにょんぎにょぎにょにょう
おーん」
  と、ワリ、波となって襲い来る敵を右から左へ、左から右へ…
ワリ「(トランスフォーマーの音)ぐにぐにぎにょにょんぎにょぎにょにょう
おーん」
啓太「助かったよ、おまえが居て」
ワリ「ここは私にまかせて、さあ、先へ」
啓太「すまん!」
  と、行きかける啓太にワリ。
ワリ「待った…」
  振り返る啓太。
啓太「なに?」
ワリ「俺は…あんたの相棒だ」
啓太「わかってる」
ワリ「いや、わかってない…俺はあんたを支える。かつて、なにがあったか、
誰と地獄を乗り越えてきたか、そんな話もいいだろう、だが、今のこの目の前
の窮地を戦うのは、あんたとこの俺だ」
啓太「相棒、だろ」
ワリ「あんたの今の、ベストの相棒は俺だ、とね、俺は信じている、おまえも
俺を信じろ、なあ、信じろよ…」
啓太「俺も、だよ」
ワリ「行け! ここは俺に任せろ」
啓太「どけどけどけどけぇぇぇ」
  啓太、下手(しもて)から来る敵を、ワリ、上手(かみて)からの敵をコ
ンビネーションよくさばいていき…
  しかし、啓太、分が悪い。
  啓太、右腕をやられ。
啓太「うわぁ、腕が、腕が」
ワリ「どうした?」
啓太「やられた! くそ!」
ワリ「大丈夫か?」
啓太「右腕がなくても、左腕がある、片手がある、この手には鍛え抜かれた日
本刀の名刀が一振り!」
  斬られた者が、または斬られた者の側に居る者が、斬られた瞬間に手のひ
らで書き文字を作ってみたりする。
ショウ「ばすっ!」
  そして、斬られた者の口から吹き出す鮮血を表現。
カズコ「真っ赤な血が噴き出す! ぶはぁ!」
しのぶ「あ、これが書き文字の表現!」
  カズコ、もう一度わかりやすく、同じことをやってみせる。
カズコ「真っ赤な血が噴き出す! ぶははははぁぁ! これ、採用ですか」
  啓太、斬った姿勢を崩さず。
啓太「…採用」
啓太劇団の一同「おお!」
サヤカ「新しい表現だ!」
アイ「今、光が見えた」
ショウ「見えた、見えた、光が見えた」
ワリ「いける、いけるぞ」
サヤカ「調子に乗ってる!」
カズコ「調子に乗っていいところなんだよ」
  啓太、さらに斬る!
啓太「ばす!」
ショウ「ぐあああぁぁ」
カズコ「(胴をぶった斬った)ぶはーっ!」
啓太「ぐわす!」
アイ「どぐあああ!」
サヤカ「(血の出る音)どびゅうううう…」
啓太「書き文字、もっと派手に!」
サヤカ「(もっと派手に)どびゅうううう、ぐうううう!」
啓太「まだいける、まだいける…」
サヤカ「(さらに派手に)どびゅううううう…」
ショウ「(も、また参加して)どびゅううう…」
サヤカ「ぐぐううう(そして、地面にほとばしる血の音)びしゃしゃしゃし
ゃ」
啓太「(斬った姿勢のまま)いいね、いいね、それだよ、それこそ、俺の劇
団、俺達の表現!」
一同「どびゅびゅびゅびゅ…ばばばばば…うごごごご…」
  そして、いつしか、その音に盛り上がる曲のハミングが加わっていく…
一同「じゃじゃんじゃんじゃじゃん…」
啓太「クライマックスを迎え、片腕を負傷した俺」
サヤカ「でも、あなたにはここに私という片腕が…」
啓太「おまえが俺の片腕」
サヤカ「そうですよ、これまでも、これからも」
カズコ「そして、もう片腕がここにも!」
キョウコ「片腕が多くないですか?」
ハルキ「三本あるよ、腕が」
啓太「その片腕達の手にもまた、日本刀がギラリと」
サヤカ「ギラリ」
カズコ「ギラリ」
サヤカ・カズコ「ギラリーン」
しのぶ「日本刀が三本!」
啓太「そうだ…言ってなかったか? 俺は…三刀使いだ! いくぞ!」
サヤカ・カズコ「やああああ!」
  と、堰を切ったように斬って斬って斬りまくり始める啓太。
  そして、その片腕の二人もまた、斬る、斬る、斬る。
  啓太の劇団がクライマックスを迎え、越谷の劇団の人々がBGMを奏で始め
る。
越谷の劇団「だだんだんだだん~」
啓太「俺の腕、俺の片腕達、俺の…俺の…の…俺の…」
ワリ「(トランスフォーマーの音)ぐにぐにぎにょにょんぎにょぎにょにょう
おーん」
啓太「相棒よ!」
ワリ「(そして、かっこ良く)ぐにぐにぎにょにょんぎにょぎにょにょうおー
ん」
啓太「やれぇやれぇやれやれやれぇぇ~斬って、斬って、斬りまくれぇぇ
ぇ!」
啓太劇団の一同「うりゃ、うりゃ、うりゃ、うりゃあああぁぁ、ぎりゃりゃり
ゃりゃりゃゃ、どぼどぼどぼどぼ、ぐああああぁぁ、どりゅりゅりゅりゅりゅ
…」
  啓太、トランスフォーマーを救出に!
啓太「トランスフォーマー! しっかりしろ、トランスフォーマー! 救急車
を! 誰か、誰か! トランスフォーマーを助けてくださーぃ!」
しのぶ「ちょっと、休みましょうよ、ね」
カミヤ「そうですよ、ちょっと休憩したほうが」
るらら「あ、じゃあ、私、なんか買ってきますけど」
ハルキ「いいんですか?」
るらら「ええ、すぐそこにコンビにありますから」
キョウコ「私はじゃあ、いつもので」
しのぶ「いつものね」
ハルキ「自分もいつもので」
しのぶ「はい、いつものね」
六谷「じゃあ、僕もいつもので」
越谷「いつもので」
しのぶ「いつものね」
カミヤ「じゃあ、僕は冷たい缶コーヒーで」
るらら「すいません。いつものって言われても」
しのぶ「冷たい缶コーヒーが五つです」
るらら「はい、わかりました。あの、こちらの劇団さんは?」
しのぶ「こちらの劇団?」
ショウ「あれ、君、そっちの劇団の人じゃないの?」
六谷「え、ちがいますよ。そっちの劇団の人でしょう」
ワリ「え、ちがいますよ、え…ええ…」
六谷「あれ、どういうこと?」
ワリ「あんた、誰?」
るらら「え、いや、稽古の見学に」
ショウ「ああ、見学ね」
カミヤ「どこの劇団の見学?」
るらら「劇団世界の果てでダンス」
ショウ「世界の果てでダンス?」
カミヤ「(ショウに)そっちの劇団はそういう名前なの?」
ショウ「いいえ、違いますよ…そっちは?」
カミヤ「そんな変な名前じゃないですよ、うちも」
ショウ「世界の果てでダンス?」
るらら「え、でも、今日、この稽古場で稽古するから、見学に来いって…」
カミヤ「え、何時から?」
るらら「七時から」
ショウ「もうすぐ七時だな」
カミヤ「待てよ、待て待て待て…嫌な予感がしませんか?」
ショウ「うそぉ、嘘だろう」
サヤカ「え、なになに、どうしたの?」
啓太「なになに、またトラブル?」
  と、ふいに現れる、モリモトと千鳥。
モリモト「あれ?」
千鳥「なに?」
モリモト「あれ…稽古場、間違ったみたい」
千鳥「ここじゃないの?」
モリモト「ここじゃないだろ、どう見ても」
千鳥「またいつもの早とちり?」
モリモト「もー、大好きな自分が、嫌いになる瞬間だよ」
カズコ「いや、違うと思いますけど」
千鳥「恥ずかしー」
モリモト「今、退場いたしますから」
千鳥「すいませーん、失礼しました」
  と、出て行こうとする。
るらら「あ、待って下さい」
千鳥「はい?」
るらら「劇団世界の果てでダンス? さん?」
千鳥「はい、そうですけど」
モリモト「劇団世界の果てでダンス、ですが…」
るらら「お待ちしてました。みんなで」
一同「みんなで?」「え? みんな?」「待ってた?」「待ってないよ」
るらら「私、メールを差し上げた、見学の者です」
千鳥「あ、あの役者か声優になりたいっていう」
モリモト「で、こちらの人達は?」
るらら「(首をかしげて)さあ、よくわっかんないんですよ」
啓太「こっからこっちがうちの劇団」
越谷「こっからこっちはうちの劇団なんですけどね」
啓太「稽古場の予約がバッティングしたんです」
千鳥「バッティング?」
越谷「それで、同時に稽古してたんです」
モリモト「二つの劇団が?」
啓太「同時に」
越谷「同じ場所で」
千鳥「(信じてない)できるんですか? そんなこと?」
るらら「やってたんですよ」
カミヤ「もしかして、劇団世界の果てでダンスさんも、公演、一週間前だった
りするんですか?」
モリモト「ええ、そうですけど」
ワリ「よりによって」
アイ「重なるものですね」
カズコ「無理矢理、話、おもしろくしてない?」
モリモト「(と、契約書を取り出して)これ、この稽古場の契約書ですけど…
よく見てもらえますか。今日の日付で…この時間」
六谷「ああ、いいよ、いいよ、いいよ、いいよ」
モリモト「どうしてですか、見てくださいよ。ちゃんとですね」
六谷「しまって」
モリモト「そう言わないで…」
六谷「同じものがあと二つあるんだよね」
モリモト「え? どういうことですか?」
六谷「同じものがこの世に三枚あるってこと」
モリモト「そんなばかな」
サヤカ「なんでこういうことが起きるの?」
ショウ「しらないよ」
啓太「どうする? コシ」
越谷「どうするよ、啓太」
キョウコ「今度はこの稽古場を三分割するんですか?」
ショウ「まあ、ここもそうすると、条件は同じなんだから」
アイ「三分割ぅ…」
ハルキ「三分割かぁ…」
啓太「ちょっと、やってみようか」
越谷「稽古場を三分割しまーす」
  と、一同、動き始める。
アイ「三分割っていうとちょうどこの辺ですね」
キョウコ「こっちはこの辺です」
るらら「この真ん中が私達の稽古場になります」
千鳥「え? ここが?」
るらら「さ、どうぞ、どうぞ、どうぞ、どうぞ」
  モリモト、千鳥、座る。
モリモト「よっこい庄一」
啓太「うわ、なにこれ」
カミヤ「狭い」
サヤカ「これじゃあ、座っているだけで精一杯じゃん」
カズコ「ぎちぎちだぁ」
ショウ「こんなに狭かったらもうカーチェイスなんかできませんよ」
サヤカ「動けない」
  越谷側のリアクション。
キョウコ「これじゃあ、まるで全員がお風呂場にいるみたいなもんですよ」
ハルキ「そこにいるのに、見えない、のに、見えるよ、これじゃあ…」
カミヤ「エチュードだけでも大変なのに、なんだよ、これ」
千鳥「これ、なんですか?」
ワリ「え、なに、どうしたの?」
ハルキ「これってなに?」
千鳥「へ?」
ハルキ「これってなんですか?」
千鳥「へ?」
ワリ「いや、へ、じゃなくて、なにがこれなの?」
千鳥「なにってなにがですか?」
ハルキ「え、どうしたの?なになに?」
千鳥「あれ、今、私、どこやってます?」
モリモト「そんなセリフはないだろう」
千鳥「え、どのセリフ?」
ハルキ「え、今のって、もしかしたら芝居なの?」
ワリ「今の、演技だったの?」
ハルキ「自然だなあ」
モリモト「(周りの人々に)すいません、もうここ、稽古してるんですから、
セリフにいちいち反応しないでください」
アイ「セリフなの今の」
モリモト「そうですよ」
アイ「いきなり、稽古に入るんですね」
カズコ「ウオーミングアップとか柔軟とかしなくていいの?」
モリモト「ああ、うち、体とか使う演劇じゃないんで、必要ありません」
ワリ「セリフのトーンがなにげないから、ついつい反応しちゃったよ」
ハルキ「なんでそんなに普通に喋る芝居なの?」
モリモト「いやだってうちは静かな演劇ですから」
ショウ「静かな演劇?」
キョウコ「世界の果てでダンス、っていうから、てっきりダンスカンパニーだ
と思っちゃった」
モリモト「基本はそうですよ」
キョウコ「え?」
千鳥「うちはコンテンポラリーですから」
ワリ「でも、静かな演劇なんでしょ?」
千鳥「ええ…だから、コンテンポラリー静かな演劇」
六谷「え? え? ええ?」
るらら「サイト見てくださいよ『コンテン 静か』で検索、ぽちっとね」
啓太「ちょっと、あの…そこの真ん中の劇団さん」
モリモト「なんですか?」
啓太「つかぬことをおうかがいしますが、劇団員は…何名ですか?」
モリモト「え、どうして」
啓太「いや、ちょっと、気になったもんで」
モリモト「これで全部です」
アイ「え、たった二人?」
モリモト「ええ、そうです」
キョウコ「作家は?」
千鳥「はい、作家です」
ワリ「じゃあ、演出家?」
モリモト「(手を挙げて)はい、演出です」
カミヤ「それじゃあ」
カズコ「役者は?」
モリモト・千鳥「(手を挙げて)はい」
るらら「あと、見学者が一名!」
啓太「コンパクトな劇団だなあ」
モリモト「必要最小限の人間で運営しております(千鳥に)さ、今日も稽古し
ようかね」
千鳥「うわ、なんか変な虫がいる」
サヤカ「え、どこどこ」
カズコ「なになにゴキブリ?」
千鳥「ゴキブリ?」
カズコ「だって今、変な虫って…」
モリモト「今のもセリフです」
カズコ「ええ! なんだ、そりゃ」
アイ「自然すぎて迷惑です」
モリモト「そんなこと言われたの初めてだ」
アイ「劇団が増えると混乱が増えるだけですね」
千鳥「さっきは本当にごめんなさいね」
ワリ「えっ、なにが?」
カミヤ「構っちゃだめ。セリフですよ」
モリモト「えっ、なにが?」
千鳥「いえ、もうそんなことはいいんですけど」
ワリ「あ、ほんとだ。こうやってよく見ると芝居だ」
キョウコ「少しは学習しましょうよ」
モリモト「(ワリに)あの」
ワリ「はい(と、気がついて)あ、また反応しちゃったよ」
モリモト「通しをやろうとしたんですけど、これじゃ無理みたいですね」
ワリ「これもお芝居なんでしょうか」
モリモト「いや、あの普通に会話してください」
アイ「無茶苦茶紛らわしいな、これ」
モリモト「稽古にならないね…オーディエンスがうるさすぎるよ、これじゃ
あ」
カズコ「これはましな方ですよ。音楽かけて踊るんですよ、こいつら」
モリモト「音楽かけたら踊るでしょ、そりゃ」
るらら「ダンスですよ、ダンス」
千鳥「世界の果てでダンスですから」
カミヤ「それはもうわかりましたけど」
千鳥「覚えてかえってくださいね」
モリモト「しょうがない(千鳥に)ちょっと見学させて貰っちゃったりしよう
か」
千鳥「そう、しますか…」
サヤカ「本番一週間前なんでしょ? 稽古はしなくていいんですか?」
カミヤ「芝居はもう出来てるんですか」
モリモト「できてますよ」
キョウコ「完璧なんですか」
千鳥「ほぼ完璧です」
カミヤ「ホンは最後まで?」
モリモト「あ、脚本ですか? 脚本は今回早かったよね」
千鳥「早かったー」
モリモト「半年前にはできてたもんね」
ハルキ「ホンが半年前?」
モリモト「書くの早いんですよ、この人」
ハルキ「天国のような劇団だな」
モリモト「僕達は、演劇をお祭りのようなものに考えていません。演劇を生活
の中に取りこむ。公演があろうがなかろうが、毎日何時間かは演劇の為に使う
んです。その時間で、脚本は書けますし、本番直前に慌てふためかなくても済
むんです」
六谷「へえ」
るらら「詳しくはホームページで」
千鳥「作家にできることは、台本を書き殴ることではないんですよ。台本を推
敲することなんです。何度も何度も読み返し、様々な言葉の組み合わせを試
し、その中から一番納得できるものを選んでそれを稽古場に持って来るんです
よ」
るらら「詳しくはウエブで」
キョウコ「どっかで聞いたことがある」
越谷「俺が言ったんだよ」
カミヤ「ウエブで見たんですか?」
越谷「あ、ああ、まあ、な」
モリモト「と、いうわけで、余裕のある我々に今日は見学をさせてください。
みなさん、稽古を」
るらら「あの、すいません。今日、見学はわたしなんですけど。わたしはあ
の、見学する人を見学しに来たわけじゃないんですけど」
千鳥「でも、もしかしたら入りたい劇団が見つかるかもしれないじゃない」
モリモト「そうそう、いろんな劇団を見て決めた方がいいよ」
六谷「やっぱさあ、こうやって考えててもダメだよ、やってみようよ。俺達の
悪いところは、慎重過ぎるところだと思うんだよね。(と、隣を示し)あいつ
らみたいにさあ、時にはなんにも考えずにやってみるってことも重要かもしれ
ないよ」
ハルキ「そうですよ、バカにする前に学ぶってこともありなんじゃないかな」
六谷「ちょっとさあ、やってみようか」
キョウコ「せっかく、作家をつっつく方法がわかったんだから、もっとやって
みないと、ここで」
ハルキ「そうですよ」
六谷「俺、ポチです」
カミヤ「はい」
六谷「ポチには家族の姿が見えて、なおかつ、言っていることも全部わかる、
これでいくよ、いいね」
越谷側一同「はい」
越谷「よし、じゃあ、家族の会話を一時的に復旧させよう」
カミヤ「復旧?」
六谷「どうやって?」
越谷「サンタがやってくるとわかった時にこの家族は共通の一つの目標を持つ
ことになる。それは仲のいい家族を装う家族にならなければならないというこ
と、わかるね」
六谷「ああ、なるほどね」
キョウコ「わかります、わかります」
越谷「共通の目標ができた時点で、家族は会話が可能になる。はい、やってみ
ようか」
六谷「ちょっと待った。じゃあ、そこでのポチの役割は? だって、家族同士
の会話が成立しないから、家族の人々を繋ぐキャラクターとしてのポチなんじ
ゃないの?」
越谷「いや、ポチの役目はね…」
六谷「ポチの役目は?」
モリモト「それ、みんなにつっこめるじゃないですか」
越谷「みんなへのつっこみ?」
モリモト「そう、つっこみですよ」
越谷「ポチの声は聞こえないから、なにをどうつっこんでもいいのか」
モリモト「そうそう」
六谷「なるほど」
カミヤ「これ、今、なにやってるかわかってるんですか?」
モリモト「エチュードでしょう」
千鳥「わかりますよ、それくらい」
モリモト「はい、やってみて、やってみて」
千鳥「がんばってぇ!」
越谷「じゃあ、やってみようか」
しのぶ「行きます、よーい、はい」
キョウコ「サンタが来るのよ、全世界にうちが中継されるのよ」
カミヤ「とにかく、食卓だけでも贅沢にしておかないとね」
越谷「そんな贅沢はしなくていい」
カミヤ「お父さん、またそんなことを」
ポチ「そうそう、安月給なんだから、贅沢は敵よ」
越谷「いつものうちのクリスマスでいいじゃないか。なにもそんなに見栄を張
ることはない」
カミヤ「いつものクリスマスでいいんですか」
キョウコ「やだ、そんなのやだ、絶対やだ。友達に自慢できない」
ポチ「友達もいないくせに、このバカ娘が」
カミヤ「いつものクリスマスだったら、あなたはここにはいないじゃない」
越谷「どういうことだよ」
カミヤ「あなたは忘年会だとかなんとかで、クリスマスの夜にいたためしなん
かないじゃないのよ」
越谷「そ、それは」
ポチ「俺はどこ行ったか知ってるよ。ま、言わないけどね」
越谷「でも、世界中継だからな、俺がいないとなると、じゃあ、どこにいって
たんだって、会社でまた女子社員にだな…」
キョウコ「会社の女子社員なんて関係ないでしょう」
越谷「ばか、会社っていうところはなあ、どんなに敵を作ってもいいが、女子
社員に嫌われると生きては行けないところなんだよ」
ポチ「あれれ、それじゃあ、君は好かれているとでも言うのかね」
ハルキ「もうやめてよ」
越谷「ユキオ」
  と、飛び出してくるユキオ。
  啓太の笛。ピー、
ハルキ「え?」
啓太「ごめん、つい吹いちゃった」
ハルキ「みんな、みんなばらばらじゃないか、みんなみんな自分のことばっか
り、人にどういうふうに見られるかとか、恥ずかしいとか、そんなのばっかり
じゃないか」
キョウコ「だって、それが大事じゃないの?」
ハルキ「それも大事かも知れないけど、それよりももっと大事なことがあるじ
ゃないか」
カミヤ「でも、このままじゃ世界中にうちの家族がバラバラだって事が中継さ
れちゃうのよ」
キョウコ「そんなことになったら、私、恥ずかしくて生きてられない」
ハルキ「中継されればいいんだ、うちの家族がバラバラだって事が、世界中に
知れ渡ればいいんだ」
カミヤ「ユキオあんた、なんてこと言うの」
六谷「ユキオがんばれ、俺はおまえの味方だぞ」
ハルキ「だって、しょうがないじゃないか。本当にバラバラなんだから…それ
を隠し続けることの方が、僕にとってはよっぽど負担になるよ」
六谷「ユキオ、俺に何かできるなら言ってくれ。おまえにその昔、無理矢理お
こたに閉じ込められて脱水症状を起こした時にはどうしてくれようと、思った
けれど、それでも俺はおまえの味方だぞ」
カミヤ「ポチ、わんわんうるさい」
六谷「なんか、思ってたより、ポチって損な役回りじゃないかな」
越谷「サンタが来るぞ」
キョウコ「え、ええ!」
カミヤ「いそがなきゃ」
モリモト「はい、入った」
るらら「トントン…こんにちは」
カミヤ「どなたですか?」
るらら「はじめまして、トナカイです」
六谷「トナカイ?」
ハルキ「え、なんで?」
るらら「だって(中を示して)やれっていうから」
越谷「あ、あのですねえ…」
カミヤ「これ、今、なにやってるかわかってますか?」
モリモト「ええ、エチュードでしょう」
カミヤ「困りますよ、トナカイとか出てきたら」
千鳥「どうして? サンタがいきなり登場したらつまんないでしょう」
モリモト「ね、そうだよねえ」
キョウコ「(と、芝居に戻る)あ、ああ、トナカイだ」
カミヤ「トナカイ、トナカイがどうしてここに」
るらら「トナカイでーす」
六谷「ポチでーす」
カミヤ「ちょっと待って、これ、今、トナカイが出てくるエチュード作って
も、トナカイやるキャストはいるの?」
六谷「それよりも、サンタって出てくるの?どうするの? 誰がやるの?」
しのぶ「コシさんがやるっていうのは?」
越谷「俺が?」
しのぶ「そう、お父さんはサンタだった」
ショウ「いや、それはねえ」
しのぶ「ダメですか」
ショウ「読めちゃうよ、先に」
アイ「タイトルがサンタで、家族の話で、実はお父さんがサンタだったなんて
ね」
越谷「確かに安直すぎるかもしれない」
しのぶ「でも、こうなるとサンタは必要なんじゃないんですか」
モリモト「トナカイだけ出てくるのもねえ」
カミヤ「トナカイは出るの?」
カズコ「トナカイは誰がやるの?」
越谷「トナカイやるか」
しのぶ「私は演助ですから」
モリモト「(るららに)トナカイ、やれば?」
るらら「私がですか?」
千鳥「あ、それいいじゃない」
るらら「だって、私」
モリモト「芝居したいんでしょ」
るらら「まあ、そうですけど」
千鳥「どう? トナカイ役、一週間後に本番」
キョウコ「な、なに言ってるんですか? 勝手にキャスティングしないでくだ
さい」
モリモト「あれ、いい手だと思うんだけどなあ」
千鳥「劇団員は募集してないんですか?」
しのぶ「いや、してますけどね」
千鳥「どうでした、今の彼女の演技」
モリモト「俺はいいと思うけどなあ」
ワリ「あの、ユキオ役の奴よりもいいんじゃないかな」
ハルキ「自分のことですか?なんか文句あるなら前向きに検討しますよ」
越谷「君、名前は」
るらら「金井るららです」
越谷「るららちゃん」
るらら「はい」
越谷「我が劇団へようこそ」
ハルキ「え、ほんとに?」
キョウコ「ありですか、それ」
越谷「こういう事態だ。ちょっと、いろんなことに目をつぶって、前向きにな
ってみないか」
千鳥「よかったね」
るらら「短い間でしたが、どうも、お世話になりました」
六谷「そっちの劇団に入りたくて稽古の見学に来たんじゃないの?」
るらら「ええ、まあ、そうだったんですけど」
千鳥「いいじゃないの、うちはね下積みながいよ」
モリモト「なかなか舞台に立たせてもらえないんだから」
ショウ「だって、二人きりの劇団なんだろうが」
モリモト「いやいや、だからといって甘やかしたりはしませんから」
六谷「ちょっと待て、じゃあ、サンタは?」
越谷「サンタは出したい」
六谷「うん。そりゃわかってるんだけど、どこにいるの? サンタやってくれ
るヤツがさ」
キョウコ「そうですよ、一週間前になって、『一週間後に本番なんですけどや
っていただけませんか』って言って、すんなりOKしてくれる人なんてそうそ
ういませんよ」
るらら「私、あの、すんなりOKしてしまったんですけど」
千鳥「まあ、それはそれとして」
六谷「コシ」
越谷「なんですか」
六谷「しょうがないだろう。もうないものねだりはやめようや。あるものでや
るしか」
越谷「いや、この家族にはやっぱり何かが必要なんだ」
啓太「何かじゃないよ、誰かだよ」
六谷「えっ、どういうこと」
啓太「この家族、いやこの集団がには誰かが必要なんだ。そうしないと話が転
がっていかないんだよ」
カミヤ「必要なのはサンタであり」
六谷「そのサンタをやる誰かってことか」
啓太「そういうことだろう」
六谷「でも、その誰かをどうする。この時期からどこをあたるんだよ」
キョウコ「もう、一週間前なんですよ」
しのぶ「そうですよ、もう一週間前なんですよ」
越谷「ちょっと待て!」
ハルキ「何かいい案でも」
越谷「ある」
カミヤ「なんですか」
越谷「もう、一週間しかないと考えないで、まだ一週間あると考えてみるのは
どうだろうか」
ハルキ「それがいい案なんですか」
越谷「俺は高校演劇時代から数えてどれだけ芝居をうってきたと思ってるん
だ。こういうピンチを助けてくれる知り合いくらいいるさ」
啓太「誰だよ」
越谷「何が」
啓太「誰が助けてくれるんだよ」
サヤカ「名前を挙げてみてよ」
啓太「どうせ我々と共通の知り合いをたよるしかないんだろうからね」
越谷「浦沢だったら出てくれないか」
啓太「ウラさんか」
モリモト「お知り合いなんですか」
啓太「ああ、高校演劇時代のね。同級生だけど」
サヤカ「ウラさんだめです」
越谷「なんで」
サヤカ「ウラさんとこの劇団もちょうど一週間後に本番です」
啓太「なんで?」
サヤカ「いや、この前チケット買ってって電話したら、」
アイ「重なる時は重なるもんですね」
ショウ「一週間後に東京中の劇団が一斉に本番を迎えてるんじゃあるまいな」
カミヤ「やめよう」
六谷「えっ」
カミヤ「この話、やめよう」
キョウコ「どうして」
カミヤ「なんか、こんな話をしていると、今にもその扉から『おはようござい
ます』ってその劇団が入って来るような気がして」
アイ「四番目の劇団」
キョウコ「それで今度は稽古場を四分割?」
しのぶ「また狭くなるのかな」
カズコ「ぎちぎちのぎちぎちだぁ」
カミヤ「だからやめましょう」
越谷「ウラさんは無理か」
啓太「誰にするとかさ、そんなの今考えなくちゃいけないことなの?」
しのぶ「だってそれでサンタを出すかどうかが」
ワリ「サンタが必要なんでしょ」
六谷「うん、まあ」
ワリ「サンタが必要なら出すんですよ、どんな事態になったって」
カズコ「そうそう、後先のこと考えちゃだめだよ。この期に及んで」
アイ「ですよね。面白い物をつくる為にはより面白い方向へ向かわないと」
啓太「そんなのあとでいいんだよ。まずサンタがいかに面白くておいしい役か
っていうのが決まんないと、あと一週間ってせっぱ詰まって口説かれた役者だ
ってさ、ようし、それでもやるって気にならないじゃない」
ショウ「本当においしい役だったら、多少の無理をしたって役者は出るよ」
サヤカ「役者って人種は元々そういうもんなんですから」
啓太「空いてるのか空いてないのかとかそんなのはいいんだよ」
カズコ「役者なんていっぱいいるんだからさ」
ワリ「日本中で忙しい役者と暇な役者とを比べたら圧倒的に暇な役者のほうが
おおいんですから」
啓太「(ワリに)なんかさあ、そういうこと言ってて虚しくならない?」
ワリ「ええ、いま、(胸のあたり)この辺を冷たい風が吹き抜けていきまし
た」
モリモト「誰か知り合いにあたってみましょうか?」
カミヤ「本当ですか」
モリモト「ええ、やりたがるヤツは大勢いると思いますよ」
千鳥「こう見えてもこの人、顔ひろいし、人望もあるんですよ」
ショウ「そんな人がなんで二人っきりのコンパクトな劇団で芝居してるのか、
訊いてもいいですか」
六谷「本当に紹介していただけるんですか」
モリモト「もちろんですよ、但し、そのサンタの役が本当においしい役であれ
ば、ですけどね」
啓太「何よりも先に、サンタの役と彼の物語を作るべきだよ。それが面白けれ
ば役者は見つかるよ」
しのぶ「とりあえずコシさん、やってみませんか」
越谷「そうだな」
カミヤ「つくってみましょうよ、サンタのシーンを」
啓太「じゃあ、さっきのところから返してくれないかな」
ハルキ「自分のところからでいいですか」
啓太「ああ、いいよ」
ハルキ「中継されればいいんだ。うちの家族がバラバラだってことが世界中に
知れ渡ればいいんだ」
カミヤ「ユキオあんた、あんたなんてことを言うの」
六谷「ユキオ、がんばれ、おれはお前のたった一人の味方だぞ」
カミヤ「ポチ、わんわんうるさい」
六谷「やっぱりなんか損な役まわりじゃないかな、おれって」
るらら「こんにちわ、トナカイです」
キョウコ「あ、トナカイだ」
カミヤ「トナカイがどうしてここに」
越谷「しまった、サンタはもうそこまで来ているんだな」
キョウコ「だめよ、今来ちゃったら」
カミヤ「まだ、まだなんの準備もしていないのに!」
ハルキ「ようこそサンタさん。これが僕の家族です。このバラバラの身勝手な
人々が僕の家族なんです」
越谷「ユキオ」
キョウコ「やめなさいよ、恥ずかしいわね」
るらら「もうすぐ、そっちからサンタさんがやってきます」
カミヤ「こないで、サンタさん」
るらら「なにかみなさん、サンタさんについて訊いておきたいこととかありま
したら、今のうちにどうぞ」
六谷「サンタさんって、何しに来るの?」
るらら「決まってるでしょ。プレゼントをわたしにですよ」
ハルキ「プレゼントって何?」
るらら「プレゼントはプレゼントでしょ」
六谷「どんなプレゼントなのかな」
るらら「それは私たちトナカイには知らされておりません」
六谷「きたねえ」
カミヤ「こいつも、なにも考えてないな」
るらら「サンタさんを呼んで、訊いてみましょうか」
キョウコ「待って、まだ呼ばなくてもいいのよ」
るらら「サンタさあん」
モリモト「はあい、こんばんは。ご家庭のレディースアンドジェントルマン、
メリークリスマスですよ。オージーザス、聖なる夜のホーリーナイトですよ。
サンタが来ましたよ。サンタクロースイズカムヒア。これで今夜はハッピーカ
ムカム」
ショウ「あんたがサンタか」
六谷「しまった、サンタ決めてなかった」
ワリ「なんかこの人、油断も隙もないな」
モリモト「えっ、この場に登場するサンタクロースってこんな感じじゃない
の」
越谷「まあ、意表をついていていいかも知れないが」
六谷「これ、ありなんだ」
るらら「さあ、サンタクロースが来てくれましたよ。皆さんはサンタにどんな
プレゼントをして欲しいのかな」
カミヤ「しまった、これでプレゼントの内容はこっちが考えきゃならなくなっ
たぞ」
るらら「さあ、どんなプレゼントがいいのかな?」
キョウコ「わたしが欲しいのは」
るらら「なんでしょうか」
キョウコ「ポチみたいなバカ犬じゃなくて、もっと賢い犬」
六谷「ちょっと待てぃ」
カミヤ「ポチ、わんわんうるさい」
六谷「しゅーん」
モリモト「(コシに)これでサンタはどうするの?」
越谷「なにかこの家族がおかしいことに気がつく」
モリモト「ん? なにか、おかしいぞこの家族は」
ハルキ「おかしいって何が」
キョウコ「わたしたちの家族のどこがおかしいの」
モリモト「(コシに)どんなふうにおかしいの」
越谷「何かがおかしいんだ」
モリモト「何かがおかしいぞ」
カミヤ「えっ、何かって」
越谷「サンタにだけわかる、何か」
モリモト「俺にだけわかる何かがおかしい」
ショウ「さっきからあんた、それまんま言ってるじゃないの」
カズコ「それじゃ話が全然ふくらんでいかないよ」
サヤカ「ダメだよ。そんなんじゃ」
カミヤ「これ、いまどういうことやってるかわかってますか?」
モリモト「頑張ってはみたんですけど」
啓太「違うよ」
モリモト「違いますかね」
啓太「全然違うよ、いい、ここでコシが言ったことをこっちがふくらまして表
現してやらなきゃだめなんだよ、そんなもん。言われたまんまを右から左に言
ってたらさ、先に進まないじゃない」
千鳥「じゃあ、ちょっとやってみてくださいよ」
啓太「俺が?」
モリモト「ええ」
千鳥「やってみてくださいよ、ああ、見て見たいなぁ。啓太さんのサンタさ
ん」
啓太「どうしようかなあ、迷っちゃうなあ」
カズコ「やってあげればいいじゃない」
サヤカ「こういうところで人間性って出るよね」
ハルキ「(頭を下げて)お願いします」
啓太「お、ようやく俺に頭を下げる気になったか」
モリモト「はい、じゃあやってみましょうか」
  と、全員がスタンバイする。
モリモト「いいですか? はい、サンタが入った」
啓太「はあい、こんばんは。ご家庭のレディースアンドジェントルマン、メリ
ークリスマスですよ。おお、ジーザス、聖なる夜のホーリーナイトですよ、サ
ンタが来ましたよ、サンタクロースカムヒア、これで今夜はハッピーカムカ
ム」
モリモト「ここまではあってたんだ」
越谷「ユキオ、サンタに今の思いをぶつけてみる」
ハルキ「サンタさん、僕の家は、家であって家なんかじゃないんです。サンタ
さんがせっかく来てくれたって、おもてなしなんかできないんですよ」
キョウコ「ユキオ、なんてこというの。うちは確かに貧乏だけど、せいいっぱ
いのディナーを用意してあるじゃない」
カミヤ「どうぞ、ゆっくりしてらしてくださいね」
六谷「これでもね、結構頑張ったんだよ、こいつら見栄っぱりだからさあ、貧
乏な癖に」
越谷「ユキオ、サンタさんに今一番願っていることを言ってみる」
ハルキ「サンタさん、」
啓太「うーん、なんだね」
ハルキ「プレゼントはいりませんから、ひとつ僕の願いを訊いてもらえます
か」
啓太「ああ、いいよ、なんでも言ってみたまえ」
ハルキ「この世界を滅ぼして下さい」
るらら「なんてことをお願いするの、サンタに向かって」
啓太「まあまあまあまあ、いいじゃないか、今夜は聖なるホーリーナイトだ」
モリモト「そういう問題なのかな」
啓太「世界を滅ぼして、それでどうするんだい。誰もいなくなった世界で、君
ひとり生きていくのかい」
ハルキ「違います。僕も含めて、この世界を全部消し去って欲しいんです」
啓太「(コシに)それで、サンタはどうすればいい」
越谷「助けてくれって言ってるんだから、助けてやるんだよ」
啓太「それはわかってるさ」
越谷「ユキオくん、君に言っておきたいことがある」
啓太「ユキオ君、君に言っておきたいことがある」
ハルキ「な、なんですか」
啓太「ユキオくんさあ、」
ハルキ「はい」
越谷「君以外の全世界の人が、生きてて悲しいことなんかないってわけじゃな
いんだぜ」
ハルキ「そうですか?」
啓太「そうだよ」
ハルキ「本当ですか」
啓太「君以外の全世界の人が、生きてて悲しいことなんかないってわけじゃな
いんだぜ」
ハルキ「そうですか」
啓太「当たり前だよ」
ハルキ「ほんとに?」
啓太「俺だってそうだよ」
越谷「六人の子持ち」
啓太「家に帰れば六人の子がいる」
ハルキ「本当ですか」
越谷「しかも双子が三組」
啓太「そう、双子が三組で、計六人なんだ。上から(指を折って)男、男、
男、男、男、男、だ。」
ハルキ「うわ」
啓太「な、夢も希望もないんだ」
越谷「しかも全員いじめられっこ」
啓太「もういいよ」
越谷「すんません」
啓太「とにかくまあ、背負っているものはいろいろとあるんだよ」
ハルキ「はい」
越谷「家族をいかに愛しているか」
啓太「それでも俺は、三組の男ばっかりの双子の子供達と、そんなにぽろぽろ
と子供を産んだ奥さんが大好きだ」
ハルキ「はい」
越谷「どうだろう、もし、君が家族みんなのことを思いやれば、少なくとも、
君の目には家族の姿が見えてくるんじゃないかな」
啓太「どうだろう、もし、君が家族みんなのことを思いやれば、少なくとも君
の目には家族の姿が見えて来るんじゃないかな。少なくとも君だけにはお父さ
んやお母さんの声が聞こえてくるんじゃないかな」
越谷「今まで君は、お父さんやお母さんの本当の声を訊いたことがあるかな」
啓太「今まで君は、お父さんやお母さんの本当の声を聞いたことがあるかな」
越谷「家族だから家族だからっていう前に、一番近くにいる他人として、素直
に愛してごらん。そこにいる、君の側にいる人々を」
啓太「例えそれに応えてもらえなかったとしても、それはそれでいいじゃない
か」
越谷「君がそんなふうに自分の家族の事を思っていることを、」
啓太「君がそんな風に自分の家族の事を思っていることを」
越谷「少なくとも世界中で、俺だけが知っている」
啓太「少なくとも世界中で、俺だけが知っているから、それだけは忘れないで
くれ」
越谷「もしもそれでもくじけそうになったら」
啓太「どうしても素直に愛せなくなりそうになったら」
越谷「その時は」
啓太「その時は」
越谷「その時は俺と」
啓太「また遭おう」
  間。
ワリ「また遭おうとサンタは言った」
  一同、感激し、
一同「おおおお」
  越谷、ゆっくりとたちあがり、万感の思いを込めて…
越谷「…ありがとう」
啓太「そうだ。そうだったんだ。あの頃もそうだった。俺達はいくつものピン
チをこうやって切り抜けてきたんだ」
モリモト「あのお」
六谷「なんですか?」
モリモト「この二つの芝居する劇場なんですけど」
キョウコ「劇場が…どうかしました?」
モリモト「このチラシによると…下北なんですね」
六谷「ああ、下北はね、色々な劇場が多いからね」
ワリ「スズナリとか、本多とか、北沢タウンホールとか」
モリモト「そして、下北の駅前、小田急OXの正面にある」
カズコ「オフオフ?」
キョウコ「駅前劇場?」
アイ「うちは駅前劇場ですけど」
しのぶ「うちはオフオフですけど」
モリモト「さあ、これで可能性が見えてきましたね」
ワリ「可能性って、なんの?」
モリモト「下北沢の駅前劇場とオフオフシアターは、みなさんご存じの通り、
駅前にあるペルモビルの三階に並んでいます」
六谷「まあ、確かにね」
モリモト「しかも、皆さんは気づいていらっしゃいますでしょうか。こちらの
カーチェイスの芝居は開演が七時、クリスマスの芝居は開演が七時半」
カズコ「何が言いたいの?」
モリモト「開演が三十分遅れるということは、こちらの芝居が終わるのが三十
分早いということなんですよ」
カミヤ「そんなことはわかっているよ」
モリモト「つまり、こちらの啓太さんは自分の芝居が終わった時、こちらのク
リスマスの話はラストまで三十分あるということです」
しのぶ「ってことはもしかしたら」
モリモト「啓太さんは物理的にはこの二つの芝居に出演することは不可能では
ないということになります」
啓太「物理的にはね」
越谷「(モリモトに)よその劇団のことなんだから、これ以上余計な口出しは
しないでもらえるかな」
啓太「なんで?なんで今更俺がコシの舞台にたたなきゃなんないんだよ」
越谷「協力してもらうのはいいとしても、啓太が俺の舞台に立つとなると話は
別だ」
ショウ「稽古場で誰がどんな意見を言ったかなんて、お客さんには関係ないか
ら、それはいいんですけどね」
越谷「でも啓太がうちの舞台に上がるとなると話は別だ」
モリモト「どう別なんですか」
越谷「(啓太に)お前とは、お前とは二度と芝居をしない」
啓太「お互いそう言って、袂を分かったんです」
越谷「そう簡単に芝居なんかできないんですよ」
モリモト「そう簡単なことのようにも思えないですけどね、今抱えている問題
のほうが」
啓太「あんたに何がわかるんだよ」
モリモト「一つの舞台にどうしても必要な役者がいて、その役者は誰よりもそ
の役をうまく演じることができるのであれば、僕はその人は万難を排して舞台
に立つべきだと思うのです。それが、演劇をやるものの宿命だと思うんです。
どうですかねえ」
啓太「あんたねえ、そんなに簡単に言うけどねえ、現実問題として一本芝居を
終わって、すぐいくら劇場が隣り同士とはいえ、隣の舞台に走っていって、芝
居のラスト三十分に出るなんてできると思ってるのか。そんな芸当を役者に要
求するっていうのは、どだい無茶なことなんじゃないのかよ」
モリモト「啓太さん、ちなみに血液型はなんですか」
啓太「ABだよ」
モリモト「(確信を持って)だったらできるでしょう」
啓太「なんで」
モリモト「AB型なんでしょ」
啓太「そうだよ」
モリモト「切り替わりが早く、二重人格とまで言われているAB型なんでし
ょ? あなたならできる。他の誰かには不可能なことでも、あなたならやれ
る」
啓太「言ってること無茶苦茶じゃねえか」
カズコ「すいません」
モリモト「なんですか?」
カズコ「私、あの実はAB型なんです」
サヤカ「私も」
ショウ「え、俺もだけど」
ワリ「あ、ぼくもです」
アイ「私もです」
ワリ「僕達、AB型劇団なんです」
カズコ「啓太が物理的に出演することができるんだったらねえ」
千鳥「あれ、みんな出たかったの?」
サヤカ「啓太、あんただけにそんな大変な思いをさせやしないよ」
カズコ「そうだよ、一緒に芝居を作ってきた仲間じゃない」
アイ「辛いときはみんな一緒ですよ」
啓太「おまえら、ただ、舞台に出たいだけなんだろうが」
六谷「単純だなあ」
ワリ「単純ですよ」
カズコ「純粋と言ってよ」
ワリ「純粋ですよ」
アイ「あの、私達、なんの役になるんでしょか」
キョウコ「あのねえ、私達の芝居なんだから、こっちの劇団の人に聞いたりし
ないでね」
カミヤ「こっちの劇団の人も勝手に決めないでね」
カズコ「出るんでしょ、啓太さん」
アイ「出ましょうよ、せっかくノルマもなく舞台に立てるのに」
カズコ「いつものほら『みんながそんなに言うなら、やってやるか』って感じ
でさあ」
啓太「黙れ」
カズコ「啓太さん」
啓太「(きつく)黙れ」
越谷「俺達は別れた。袂を分かったんだ」
ケイタ「二度と一緒にやることはないんだ」
越谷「二度と…ない」
しのぶ「その時、私の時間も止まった…止まってしまった…」
ケイタ「二度と…やるものか…」
越谷「二度と…やれない」
しのぶ「ケイタさん…コシさん…」
コシ「なんだよ」
ケイタ「しのぶう」
しのぶ「大人に…なってください…いい加減に…大人に、なってください…大
人になって…舞台に立つ…努力をしてください…努力しないで…努力しないで
…どうするんですか!」
越谷「しの…ぶう」
啓太「…サンタの衣装は」
サヤカ「いいんですか?」
しのぶ「啓太さん!」
コシ「啓太!」
啓太「サンタの衣装は?」
越谷「啓太…」
啓太「サンタの衣装は?」
越谷「ほんとに…やるのかよ」
啓太「しょうがねえだろう」
越谷「啓太、おまえ…」
啓太「俺とかおまえとかの関係なんて、どうでもいいんだよ、芝居が一つ生ま
れればね、それでいいんだよ、それで全部ちゃらになるものなんだよ…しの
ぶ」
しのぶ「はい」
啓太「ありがと、な」
しのぶ「一緒に、人生、棒に振りましょう」
啓太「望むところだ…サンタの衣装は」
しのぶ「借りてきます、なんとしてでも!」
キョウコ「もうあと一週間しかないのよ。しかも、このシーズンでサンタの衣
装が手に入るわけないじゃない」」
しのぶ「借りてきますよ、なんとしてでも」
啓太「よし」
カズコ「でもって! 私達の出番は?」
モリモト「どうしても、出たい?」
カズコ「せっかくだから出たいぃ」
サヤカ「出たい」
ショウ「俺も、やってみたいねえ。なんか二つの芝居をかけもちするのって、
いいじゃない、売れっ子みたいで」
モリモト「はいはい、わかりました」
カミヤ「なにがわかったんですか?」
モリモト「最後を、ちょっと、豪華にしてみましょうか」
キョウコ「豪華って?」
モリモト「なんか、ドラマの終わりとしてはさっきのって結構感動的だったり
しますけど、今一つ盛り上がって終わりたいじゃありませんか」
啓太「まあ、確かにそうだな」
しのぶ「最後にチェイスでもやりますか?」
モリモト「チェイス! いいですね、それ採用です」
啓太「ほんとに? チェイスやっていいの?」
サヤカ「うわ、見せ場が増えた」
カミヤ「待て待て待て」
カズコ「なんか、やる気がでてきた」
ハルキ「え! チェイスなんてどうっやってやるの?」
カミヤ「だってね、これは家族の話なんですよ」
千鳥「家族がおっかけをしなきゃならなくなるってのは?」
モリモト「あ、いいねえ」
カミヤ「おっかけ?」
モリモト「そう追っかけ」
キョウコ「誰を?」
千鳥「サンタを」
モリモト「サンタを家族で追っかける」
ハルキ「なんで?」
モリモト「(千鳥に)なんでだろうね」
千鳥「忘れ物をしたから」
モリモト「忘れ物をしちゃったんだね」
しのぶ「忘れ物って、なにを?」
キョウコ「なにをサンタは忘れたの」
千鳥「(指さして)トナカイ」
キョウコ「トナカイ?」
るらら「私ですか?」
モリモト「なんで?」
千鳥「まごまごしてたから」
るらら「まごまご?」
モリモト「はい、じゃあ、それでやってみようか」
ショウ「って、ことは、まごまごしてとり残されちゃったトナカイを、サンタ
さんにこの家族が届けにいく」
モリモト「さ、それでやってみようか」
ハルキ「え、ほんとですか?」
啓太「どこからだよ」
モリモト「さっきのサンタが『また遭おう』と言ったところからですよ」
カズコ「私達はなにやるんですか?」
モリモト「じゃ、みんなでサンタの自家用機を作ります」
啓太側の一同「サンタの自家用機?」
千鳥「はい、そこさっさと作る」
モリモト「はい、サンタはユキオ君に『また遭おう』と告げたあと、自家用機
でこの家を去っていく」
キョウコ「コシさん、ほんとにこれでいいんですか?」
越谷「これで終わりにする。これが終わった時が全部の終わりになるはずだか
ら」
モリモト「いいですか、みなさん。終わっても気を抜かないでください。カー
テンコールがありますからね、いいですね」
一同「はい!」
モリモト「いきますよ、はい!」
啓太「(ハルキに)また、遭おう…サンタ・イーグル、カモン!」
  と、言うなり、窓の外に向かって、口笛を吹く。
飛行機「きいいいいいいん」
啓太「じゃ、ユキオくん、またな。窓ガラス(を破って)パリン! トウ!」
  と、飛行機に乗って去っていく。
飛行機「ぐおおおおおお」
啓太「さらばだ」
ハルキ「サンタさん!」
飛行機「ぎゃあああああぁぁぁ」
  飛び去って飛行機、雲の彼方へ。
啓太「キラリン!」
  と、消えた。
  そして、るららのトナカイがまごまごと現れる。
るらら「あれ、サンタさんは?」
ハルキ「ト、ト、ト、トナカイ!」
るらら「あれれ、サンタさんは?」
ハルキ「サンタさんはもう行っちゃったよ…タ、タ、タ、タ、たいへんだ」
るらら「どうしよう、私、こんな暖かい部屋にずっといたら、死んじゃうんだ
よ」
ハルキ「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、助けてよ、このトナカイをサンタ
さんのところへ返してやりたいんだ」
  向こうを向いている家族の人々。
ハルキ「(声を落として)お父さん、お母さん、お姉ちゃん…やっぱり、やっ
ぱり僕の声は聞こえないんだ…みんなには僕の姿が見えないんだ」
  だが、その時、ゆっくりと家族が振り返った。
六谷「ユキオ、見ろ、見てみろ、通じたぞ、おまえの声が通じたんだぞ。みん
なには見えているぞ、おまえの姿が…ユキオ、やったな、やったじゃないか」
ハルキ「ポチ、わんわんうるさいよ」
六谷「ユキオ、なに言ってるんだよ、ほら、見てみろよ」
  ハルキ、ポチを蹴った。
  倒れるポチ。
六谷「ポチ、いいとこなしじゃないかよ」
ハルキ「(こちらを向いている家族に気づいた)!」
越谷「ユキオ」
カミヤ「ユキオ」
キョウコ「ユキオ」
ハルキ「お父さん、お母さん、お姉ちゃん…見えてる、僕の声が聞こえて
る?」
  家族、ゆっくりと頷いた。
越谷「ユキオ、そのトナカイはどうした?」
モリモト「はい、そこで途中の説明やらなんやらは省略して、場面は一転し
て、このうちの車に乗り込む家族」
越谷「みんな、急げ、このトナカイをサンタに返すぞ」
ハルキ「車なんかで追いかけて、サンタクロースに追いつくの?」
越谷「心配すんな、お父さんは昔、パイロットになりたかったんだ」
カミヤ「それ、全然意味がわかりませんよ」
越谷「行くぞ…ぶるるるるるる」
六谷「あれ、俺、どこに乗るの?」
モリモト「ポチはポチらしく走る」
六谷「車に乗せてもらえないの?」
ハルキ「ロクさん、犬のくせにわがまま言わないでくださいよ」
啓太「しのぶ、おまえそこでなにしてんだよ」
しのぶ「なにって?」
啓太「ここだろ、ここ!」
しのぶ「ここ? なにが?」
啓太「チャンスだよ」
しのぶ「チャンス?」
啓太「ここが…人生を棒に振る、チャンスだ!」
越谷「人生を共に棒に振ろう!」
しのぶ「ええっ!」
サヤカ「今がしのぶ、おまえが望む事態となったんだ。コシと啓太が同じ一つ
のの舞台に立つ瞬間がここに!」
しのぶ「(吹っ切れた)私は! 私はなんの役なんですか?」
モリモト「彼女はなんの役?」
越谷「隣の女子大生!」
啓太「隣の女子大生!」
モリモト「隣の女子大生なんだね!」
越谷「サンタさんが飛び出していった方向を知る唯一の人物」
千鳥「そういうことよ!」
しのぶ「それが」
越谷「それが隣の女子大生!」
カミヤ「サンタさんは? サンタさんはどこへ?」
しのぶ「サンタさんですか?」
キョウコ「見たんですか?」
しのぶ「見ました、私、サンタさんを見ました!」
カミヤ「サンタさんは、どこに!」
しのぶ「その日、二十三年ぶりのホワイトクリスマス
 空には雲
 厚く垂れ込めた黒い雲」
ワリ「始まったよ!」
しのぶ「舞い散り始めた粉雪
 雪だ! 雪だ! 雪だ! 雪だ! 雪だぁぁぁ!」
六谷「早く乗ったら?」
カミヤ「なにやってんですか!」
しのぶ「見上げた私の瞳に映った
 紅の流れ星
 あれは!
ショウ「長いの、これ?」
しのぶ「サンタさん!
キョウコ「早く乗って!」
しのぶ「居たんだ、本当に!」
ハルキ「長いよ」
しのぶ「夢を捨ててなくて良かった!」
キョウコ「いいから、早く!」
カミヤ「急いで!」
しのぶ「諦めなくて、良かった!
 信じ続けて
 願い続けて」
カミヤ「たっぷりやりすぎ」
しのぶ「窓ガラス、パリン、トゥ!
六谷「乗ってよ!」
カミヤ「始まんないよ」
しのぶ「待って!」
ハルキ「早く!」
しのぶ「今、追いつくから!」
カミヤ「早く、早くって!」
しのぶ「そこで待ってて! 
 私の! 
 私の!」
ショウ「一人で棒に振れよ」
しのぶ「私の夢よ!」
ワリ「あとでやれよ!」
しのぶ「待って! 追いかけること、諦めないこと!」
啓太「この一瞬よ!
 永遠に!」
越谷「この物語は
 希望に向かう!」
しのぶ「うおおおおおおぉぉぉ」
モリモト「一方、こちらはサンタ達」
啓太「急げ、急げ、ユキオ君の家でちょっと長居しすぎたぞ。はやいとこ、全
世界の良い子の家を回ってしまうぞ。よーし、マッハ十六の自動操縦に切替
だ」
千鳥「自動操縦にしたら、おいそれとは止まれないのよ」
啓太「そういうことだ」
  さらに、啓太の乗る飛行機は加速していく。
啓太「スピードアアップ!」
モリモト「しかし、お父さんのがんばりによって、車はぐんぐん追いついてく
る」
キョウコ「あ、見えた、サンタさんだ」
カミヤ「サンタさーん」
ハルキ「サンタさーん」
るらら「すいませーん、まごまごしていました」
千鳥「しかし、その声はサンタには届かない」
ハルキ「だめだ、このままじゃ、どうしよう、どうしたらいいんだ」
モリモト「と、その時、偶然にもサンタさんが自分を追跡してくるこの車を発
見した」
ショウ「バックミラー、きらりん!」
啓太「あ!なんだ、ありゃ」
ハルキ「サンタさーん」
啓太「お、ユキオ君」
るらら「すいませーん、まごまごしてました」
啓太「よし、今いくぞ」
千鳥「しかし、自動操縦にしてあるから、おいそれとは止まれない」
啓太「しまったぁ」
モリモト「しかし、車に近づくことはできた」
  ハルキ、それに手を伸ばし。
ハルキ「もうちょっとだ、もうちょっとだよ」
  そして、翼の端を掴んだ。
ハルキ「掴んだ!」
  しかし、みるみる飛行機と車の間は離れていく。
ハルキ「あ…ああ…」
  ハルキは車から引きずり出されるようにして、今、片手で飛行機の翼の端
を掴み片手で車のどっかを掴んでいる。
ハルキ「うわ、うわ、うわ、うわ」
越谷「お母さん、ハンドルを頼む」
カミヤ「はい」
  と、ハンドルを本当に渡す。
カミヤ「これありなの?」
越谷「外車なんだよ」
  と、運転手が代わり、コシがハルキの手を掴んだ。
越谷「ユキオ!」
  だが、越谷もまた外にひきずり出されていく。
越谷「あ…あああ……」
  その越谷の手を掴んだキョウコ。
キョウコ「お父さん」
  当然、キョウコも引きずり出されていく。
  三人が手を繋いで宙ぶらりんになっている。
三人「あああああああ」
カミヤ「トナカイちゃん、早く」
るらら「は、はい」
  と、トナカイ、その人間ロープを伝って、飛行機へ。
  だが、最後のハルキのところまできた時に、
ハルキ「あ、ああ、そんな…手が、手が離れる…」
  手が放れた。曲、カットアウト。
モリモト「はい、こっからスローモーションになる」
るらら「あ…ああ…あああ…ああ…」
啓太「しまったぁ」
ハルキ「トナカイ!」
モリモト「トナカイはまっさかさま!」
六谷「ちょっと、待ったあ」
  と、舞台奥、全力で走り来るポチの姿。
越谷側の家族一同「ポチ!」
  ポチ、走りながら(フォロー)
六谷「俺だって、家族の一員なんだから、役に立ちたいし、俺だって役者なん
だからおいしいシーンの一つくらいないとね」
モリモト「はあい、ポチは落ちてきたトナカイの最後のジャンピングボードに
なる」
  ポチ、トナカイを受けとめて叫ぶ。
六谷「そして、この家族の乗る車のカーステレオから、この、曲!」
  曲コ、カットイン!
  ポチ、トナカイを飛行機に向けて投げ上げた。
  トナカイ、宙へ。
  雪、降りしきる。
  その中を、飛ぶ、トナカイ。
  腕を回し、サンタの飛行機へと。
  そして、トナカイ、なんとかして、飛行機の翼に辿り着いた!
  はっし!
  その腕を啓太が掴んで叫ぶ。
啓太「トナカイぃぃ!」
るらら「サンタさんんん!」
啓太「ありがとう、ユキオ君」
ハルキ「サンタさん、僕の家族は…僕の家族は…大丈夫です」
モリモト「そして」
啓太「そして?」
モリモト「そして、そして、そして、芝居はいつしか、カーテンコールへと雪
崩込む」
千鳥「本日はご来場、誠にありがとうございました。只今より、役者の紹介を
させていただきます」
一同がざっと、その場にしゃがみ込む。
モリモト「サンタクロースを演じました、地鳴景太・・」
ケイタ、すっくと立ち上がり前へ。
モリモト「を、演じました、昼田富彦」
昼田富彦「本日はありがとうございました、サヤカを演じました、千尋」
千尋「ありがとうございました、山﨑可奈子」
山﨑可奈子「ありがとうございました、さわだこーへー」
さわだこーへー「ありがとうございました、井川俊」
井川俊「ありがとうございました、よしとも」
よしとも「ありがとうございました」
昼田富彦「ロバート・ウオーターマン」
ロバート・ウオーターマン「ありがとうございました、島本万里江」
島本万里江「ありがとうございました」
ロバート・ウオーターマン「山崎彩花」
山崎彩花「ありがとうございました」
図師光博「丹治恭人」
丹治恭人「ありがとうございました」
図師光博「いせひなた」
いせひなた「ありがとうございました」
図師光博「夏生優美」
夏生優美「ありがとうございました」
図師光博「浪江かえ」
浪江かえ「ありがとうございました」
図師光博「岡本広毅」
岡本広毅「ありがとう、ございました」
昼田富彦「そして、そして、そして、図師光博」
図師光博「ほんとうに本日はありがとうございました」
全員「ありがとうございました」
ロバート・ウオーターマン「音楽盛り上がって・・暗転」
一同「いえーい」
  暗転。
             おしまい

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