『ティッシュの君』

作・じんのひろあき

登場人物 巣鴨手守男

巣鴨君は今日も水道橋の駅前でティッシュを配っている。

はいどうぞ・・はい・・はいどうぞ・・はい・・はい・・

フットワークも軽やかに通行人に対して、ティッシュを差し出し続けるが、もらっ てくれるのは
どうやら五人に一人くらいである。

はい・・はい・・すいませ〜ん・・はい・・どうぞ・・

と、ここにもう一人、ティッシュを配っている男がいるらしい。
その男に向かって。

どう? ハケてる? 全然だめ・・なんか今日は寒いよな・・こっちだけなのかな・・・代わってもらお
うかな・・あの東京デザイナー学院君と・・いや・・なんかね・・なんか向こうの方が良いんじゃないか
って思うんだよ・・ない? そういう事って・・
代わってもらおうかな・・やっぱ・・お願いしま〜す・・はい、はい・・どうぞ・・
いや、歩合じゃないよ、うちだって・・そっち、会社はどこなの? サラ金? 一個くれるの? あ・・
本当・・なんかいいよね・・嬉しいよね・・人から物もらうのって・・ティッシュもらうのが嬉しいって
いってんじゃないんだよ・・物もらうのが嬉しいっていってんだよ・・だってティッシュなら俺だってほ
ら−

と、自分が配るように言われているティッシュの入ったダンボールを示して。

こんなにあるんだからさ・・別ティッシュに困ってるわけじゃないんだからさ・・

と、こういう会話をしている間にも、人が通り過ぎるとティッシュを渡していく。

お願いしま〜す・・俺が配ってるのもあげるよ・・一個・・いやいやいや・・そういうわけにはいかない
でしょ・・もらいっぱなしっていうのはマズイよ・・そりゃマズイよ・・いや、ここはひとつ・・うんQ
2・・

と、そのティッシュの裏を読みあげる。

ダイヤル、セクシーアニマル・・いや・・聞いた事ない・・本当、本当・・いや興味はある・・金がない
・・向こう口のね、あ、お願いしま〜す・・東京デザイナー学院君が詳しいよ・・だって、先月電話代が
三十五万だって・・払えないよ・・うん、実家に知られないように・・バイトして払うとか言って・・そ
れであっち口でティッシュ配ってるの・・Q2の・・Q2に骨までしゃぶられてるって感じだよね・・夏
休みからこっち東京デザイナー学院行ってないって・・お願いしま〜す・・お願いしま〜す・・
怖いよね、Q2って・・伝言ダイヤル? あった、あった、そんなの? やってたの? あ、そう・・そ
の借金がまだ残ってる? あ、そう・・結構、こうなっちゃう人なんだ・・じゃ、Q2やめといた方がい
いよ・・伝言ダイヤルなんて、もうめじゃないって・本当おもしろいらしいよ・・お願いしま〜す・・向
こうの東京デザイナー学院君も、伝言ダイヤルやって、Q2行ったんだって・・それで、月35万・・半
年以上それが続いているから、もうかれこれ240万だって・・自慢げに言うんだけどさ・・・240万
だよ・・俺そんな金あったら・・・・

ちょっと考えて。

一生遊んで暮らすよ・・・本当・・

お願いしま〜す・・お願いしま〜す・・・・こうも貰ってくれないと、人間不振になってくるじゃない・
・・・俺が悪いのかな・・いや、弱気になっちゃいかん・・

俺? うん、長いよ・・ここ・・水道橋の巣鴨っていったらこの業界じゃ有名よ・・巣鴨・・いや、駅の
名前じゃなくって、俺の名前・・巣鴨っていうの俺・・いるんだよ、そういう名前の奴が・・うんうんう
ん・・いじめられたよ・・ちっこい頃は・・もうこの話はここで終わりにしような・・なじみの客・・い
るよ・・本当に・・だいたいさ・・ここに毎日立てりゃわかるじゃない・・誰がもらってくれるかとかさ
・・いるんだ
よ、毎日ちゃんと受け取ってくれる人がさ・・どんなにね、遅刻しそうになっても、こうね−

と、そのいつも貰ってくれる人が通っているらしいルートを自分の回りに作って。

こう・・こうきて・・絶対俺の側まで来て、受け取ってくれるんだよ・・俺もさ・・そういう人には、毎
日変化球でいくの・・こう、ティッシュ渡す時に手首でスナップきかせるの・・ティッシュ受け取った瞬
間、こう腹の辺りにズン! と、くるんだよ・・重いんだよ、俺のティッシュは・・
無理だね・・雨の日も風の日も、ただ黙々とティッシュ配って、俺が編み出したんだから・・無理だよ・
・そんな・・興味本意じゃ・・だめ、だめ・・

と、知り合いのダフ屋が現れたらしい。

あ!マスオさん、おはようございます・・駄目・・今日は全然駄目・・本当に駄目・・うん、今日はなに
? へえ・・お客来そう? 何時から? ああ、もうそんときは俺いない・・いない、いない・・五時半
までだもん・・

と、ティッシュを掴めるだけ掴んで、マスオさんに渡そうとする。

あげる、あげる・・にじっこぐらい持って行く? もっと持ってってもいいよ・・あのダンボールごと持
って行っても・・そんなにはいらないよね・・マスオさんだってこれから仕事だもんね・・・じゃ、にじ
っこってことで・・

と、にじっこわたして、見送る・・
そして、サラ金のティッシュ配っている奴に。

マスオさん・・うん、俺、ここ長いから・・知り合いのダフ屋。あっ!

と、去って行ったマスオさんに向かって。

マスオさ〜ん・・UWFはコンサートじゃないよ・・
違う、違う・・ロックじゃないよ・・プロレス、プ・ロ・レ・ス・・うそじゃないって・・そうだよ・・
ドームだよ・・今ね・・ドームでもプロレスやるの・・後楽園ホールじゃなくってもプロレスやるの・・
そう・・見えないんだけどね・・やるんだよ・・プロレス・・

マスオさんさ・・年の割りには声がさソプラノだからさ・・あんまりダフ屋って感じがしないのかもね・
・普通さ−

と、よくあるダフ屋のように

券あるよ、券あるよ、券あるよ・・・とかやってるじゃない・・おじさんの声高いんだもん・・

と、ティッシュを右手でスナップ効かせて、空中に放り上げ、うまくそれを左手で 受け止める。
そして、もう一人のティッシュ配りに。

うまい? 雨の日も、風の日もだからね・・・

と、また同じ事をやって見せる。今度はもっと高く・・・
そして、マジシャンがカードを扱うように、左手から右手、右手から左手にティッシュを飛ばしたり
する。
どうだとばかりに、もう一人のティッシュ配りの方を見る。
と、男が同じようにティッシュを投げて受け止めたらしい。

お・・うまいじゃん・・うまいじゃん・・おうおう・・それでいいんだよ・・前、やってたの? そうい
う事・・どういう事って、そういう事だよ・・初めて? そう・・筋がいいのかな・・

この台詞を行っている間も、ティッシュで遊んでいていい。

じゃ・・こんな事出来る?

と、今度はティッシュをスナップ効かせて、ブーメランのように飛ばす。そしてそれをずっと目で追
っていて、弧を描いて帰って来たティッシュを左手ではっし!
と、受け止める。

これは出来ねえだろ・・・な・・

得意になっている。

さっきから思うんだけど・・そっちの方がかわいい子が多いんじゃない? こっち、なんかガキばっかな
んだもん・・いや・・いいよ、いいよ・・そういう事じゃないんだよ・・場所代わってもらって、俺がそ
っちに行くじゃない・・そうすると、今度はこっち側にかわいい子が多くなったりするんだよ・・ね・・
ね・・ありがちでしょ・・こういう事って・・流れだからね・・・

声掛けてみればいいじゃん・・万が一って事あるかもよ・・

うん・・あったよ・・・経験者語る・・・

最初はね、おんなじ・・お願いしま〜す、お願いしま〜す、の連続だったの・・毎日、毎日・・けどね、
ちょっとさ・・ある日、勇気出してみたんだよ・・こう・・ティッシュ差し出しながら、おはようって・
・そしたらね・・なんて言ったと思う? 違う、違う・・俺もね、おはようって来ると思ったの・・そ
したら・・違うんだよ・・おはようございます・・だって! おはようございますだって・・俺さ・・そ
の瞬間、穴があったら入りたかったよ・・いや・・わかんないかな・・そういう気分・・穴があったら入
りたいって・・・

最近・・・見かけないんだよ・・何してんのかな・・・かわいいかどうかはねえ・・人それぞれあるじゃ
ない・・俺は好きだったけどね・・名前? 聞いときゃよかったけどさ・・なかなかね・・・名前ね・・
君の名は? だよね・・橋の上で・・

あ! ここ水道橋じゃない! 橋の上じゃない! うわ・・うわああ・・『君の名は』だよ・・

名前なんていうのかな・・あの子・・お願いしま〜す

と、隣のティッシュ配りが『マチコ』といった。

マチコ? (最初は笑っているが)マチコ? ・・でももし本当にそんな名前だったら・・・(マジにな
って)運命の出会いだよな・・・

なんか俺・・・ひょっとして、今・・恋してるのかな・・(胸を示して)この辺がさ・・苦しいんだよ・
・きゅっと・・こうさあ・・・

初恋みたい? そうそうそうそう・・・そんな感じ・・いや・・でも初恋の時だってこんなに苦しくはな
かったぞ・・じゃあ・・あれは初恋じゃなかったのかな・・・お願いしま〜す・・

ちょっと待て、ちょっと待て・・これはすごい重要な事だぞ・・お願いしま〜す

じゃ・・これが俺の初恋か? お願いしま〜す・・

マチコ・・マチコか・・・・マチコを・・・待ちこ・・

自己嫌悪・・

今・・どこでどうしてるのかな・・・・

と、再び、ティッシュをブーメランのように飛ばす。

このティッシュ! マチコに届け!

大きく弧を描いて、客席の上を飛んでいるティッシュ。
そのティッシュを目で追っている手守男。
ゆっくりと帰って来るティッシュを再び手で受け止める。
ぱしっ!
暗転。

『我々もまた世界の中心』トップに戻る