『小室の女』

作・じんのひろあき

登場人物・早坂杏奈

ワンルームマンションの一室。小室の女がダラッといる。
小室がシャワーを浴びたよう。
ボソリと。

小室君・・今日さ・・警察来たよ・・

小室、驚いて立ちすくんでいる。

あ、ごめん、バスタオル、全部洗っちゃった・・警察ったら警察よ・・驚いた?

小室、驚いている。

私だってびっくりしたよ・・とうとう来たかと思っちゃったよ・・いつもさ・・冗談で言ってる事がさ・
・・なにいってんのよ、やましい事だらけじゃないの・・
何だと思う?

苛立つ小室。

警察よ、警察・・なんだ? へへへ・・教えない・・言わない

と、小室がケリを入れようとした。

やめてよ・・すぐそういう事するんだから・・

と、膝の辺りを擦りながら。

当りました・・ここに今、擦りました・・擦ったのは、当たったのと同じです・・
気持ちいいわけないでしょ・・私、家庭に仕事は持ち込まないでしょ?

奥さんですかって言われちゃった・・警察に・・
(嬉しそう)・・『はい』って言っちゃった・・・

小室が早く言えよといったらしい。

なんか表彰されるんだって、小室君・・本当よ本当・・笑っちゃうよね・・おととい、水曜日、百合ケ丘
で仕事してたでしょ・・タクシーから降りて来た女、鉄ビデオで殴ったでしょ・・あれ、なんで途中でや
めちゃったの? 顔見たらやる気なくした? なにそれ? 殴る前に顔見りゃいいじゃないの・・なんで
殴ってから、顔見てやめたりするの?

犯罪の上塗りじゃないの? 上塗りっていうのはね・・上塗り知らないの? ほら御椀とかに漆が塗って
あってね・・それにもう一回塗る事をいうの・・関係あるじゃない・・十分関係あるわよ・・だからね・
・違うの、違うの・・漆でかぶれる話しはいいから・・そのね、女、そう、その女、顔見てやめた女・・
タクシー強盗だったんだって・・
でね、来てくれって・・警察に決ってんじゃない・・表彰されるんだって・・
あ、わかんないな・・警察に呼んでおいて、逮捕? まんまと引っかかったなって? そんな事する?
警察が? そんなんだったら、小室君がいる時に来て捕まえれば済む事でしょ?
なんか小室君て、警察とか社会とかを、どっかで甘く見てない?

いきなり・・来たのよ・・ドンドンドンって・・警察から来ましたって・・ねえ・・玄関のインターホン
直してよ・・・いつかさ・・・仕事行ったわよ・・働いたわよ・・お昼二人・・ちゃんとやってるわよ私
だって・・この社会の中で・・・じじい・・わかんない・・へんなじじい・・いや・・変態じじいじゃな
くって・・変なじじい・・変なのよ・・うん・・変な事なにもしないじじいなの・・ね・・変でしょ?
そうなのよ・・変なのよ・・ないない・・なんにも・・そういう事は全然・・なんにもしなかったってい
うか・・

お話し聞いて・・生い立ちとか聞いて・・結構かわいそうな人生なんだけど・・身寄りもないんだって・
・話し聞くだけ・・ずっと・・・風雲編まで・・風雲編・・・わかんないですけど・・そういう構成にな
ってるんだって・・だってまだ最初の奥さんだって出てこないもの・・・この後、疾風怒濤編があって、
立身出世編があるって・・それはまた今度って・・

こういうお客もね・・たまにはいいけどさあ・・・こういうのばっかだと、私はちょっと・・フラスト
レーションたまっちゃうよ・・ホームヘルパーじゃないんだから・・『女王の館』って家政婦の斡旋やっ
てるとこじゃないんだから・・・まあね・・ご奉仕しなさいとか言うけどさあ・・・・社会に奉仕しても
・・・

だから、その風雲編を・・背中流してあげながら聞いたの・・・まるで三助さんよ・・・それで一応お説
教したりして・・こういう事は良くないから早くやめなさいって・・

と、後ろから小室にドツかれた。

たっ!

なによ、小室君・・なに真剣に怒ってんのよ・・三助よ、三助・・そういう人がいるわけじゃないのよ・
・知らないの? 三助って・・誰だよ!ってさぁ・・いるのよそういう人が・・お風呂屋さんに・・人の
背中流す人が・・いや、今もいるかどうかわかんないけどさ・・ないない・・会った事はないけどさあ・
・違うの・・伝説の人じゃなくって・・本当に知らないの?
伝説ってなによ、伝説って・・

そのじじいにさ・・・愛人にならないかっていわれちゃった・・
愛人・・・契約して・・お金もらうの・・セックス? そりゃ、しなきゃなんない時も出て来るでしょ・
・売春じゃないわよ・・そうそう・・お金もらってセックスするんだけどさ・売春とは違うわよ・・結果
的にはそうなるかもしれないけどさ・・売春って、一回いくらでやるわけでしょ・・愛人っていうのは、
月いくらだから・・・大違いじゃないのよ・・ゆってることわかんないかな・・・

結果が大事? 小室君らしい意見だな・・

女王の館は辞めないよ・・愛人しながら、お店もやるの・・儲かりそうでしょ・・やだやだやだ・・小室
君・・捨てないで・・やだやだやだやだやだやだ・・小室君捨てないでって!・・だってお金ほしいんだ
もん・・出て行かないでよ小室君・・冗談よ・・そんな・・だってピザどうするの? もう忘れてたんで
しょう・・ピザ頼んだの・・あ〜忘れてたんだ・・

と、また小室が蹴ろうとしたよう。

やめてよね・・(と、時計を見て)あ、本当だ・・遅いよね、もう半額の時間になってるんじゃない?
遅過ぎるよね・・電話?
いいよ、私してみるから・・

と、電話してみる。
ダイヤルをプッシュしながら。

今出ましたとか言われたりして・・(つながった)あ・・もしもし・・先程、シーフードのラージとです
ね・・はい・・はいそうです・・ええ・・あとレギュラーで・・まだ・・はい・・はい・・(と、段々深
刻になってくる)はい・・はい・・はい・・

間。

人身事故?

間。

はねたんですか? はねられたの? 死んだんですか? 死んだんですか?

(呆然としながらも小室に)死んじゃったんだって・・わかんない・・女の子が出てるんだけど・・泣い
てるの・・どうしよう・・小室君・・ピザ、また今から届けるっていうんだけど、待てますか?って・・

間。

もうピザいらないよね・・

小室『いらね』と言った。また電話に向かって・・

もしもし・・もしもし・・(強く)もしもし・・

出ないよう。小室に向かって。

出ない・・人の声はしてるんだけど・・いいのかな切っても・・
信じらんない・・・ピザ持ってバイクで家に来る途中・・バイク同士で接触したんだって・・
即死だって・・
どの辺で事故ったのかな・・やっぱりあの大通りかな、ローソンの・・

と、また、電話に向かって。

もしもし・・もしもし・・・

と、受話器をそっと置く。

(小室の方を振り返って)そりゃ・・全然知らない人だけど・・
うん・・・うん・・・でもさ・・私達がピザ頼まなきゃ、その子死ぬ事もなかったわけでしょ・・・偶然
だけど・・ピザ食べたいって言ったのは私だよ・・・小室君だってピザでクイッとビール飲むのが幸せの
絶頂って言ったじゃない・・
誰が悪いとか言ってるんじゃないのよ・・・・・
どこ行くの小室君・・・飯? なにか食べるの? これから?
そりゃピザは来なくなっちゃったけどさ・・よく食べる気になるね・・小室君・・ショック受けない?
普通? 私・・ちょっと、ショック大きくて・・さっき注文の電話した時に、出た人かな・・・さっきは
生きてたんだよ・・・注文した時は・・・
関係ないけどさ・・知らない人なんだからさ・・・でも、なんか・・なんか・・・なんか・・・
だいたいさあ・・30分でピザ届けますって・・無理よね・・誰が言い出したんだろうね・・
待ってよ・・小室君・・一人にしないで・・・どこに食べに行くの? だって、今出ると、事故現場の現
場検証してるかもしれないでしょ・・・いやよ・・もう出前はいやよ・・私二度と出前頼めないかもしれ
ない・・
小室君・・小室君・・いてよ・・ここにいてよ・・・だって・・じゃあ、今度いつ来てくれるのよ・・行
くわよ・待ってよ小室君

と、小室について出て行く。

・・・食べたいもの? ピザじゃなきゃいいわよ・・スパゲッティもいやよ・・どうしよう、私もう出前
一生頼めない・・

暗転。

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