『奴隷本舗』

作・じんのひろあき

登場人物・鮫島 誠一
 

鮫島、自分でパイプ椅子を持って来て、開くとそこに座る。

はい、はいはいはい・・・・ごめんなさいね、お待たせしちゃって・・ええ・・私がSM小物通販専門店
『奴隷本舗』で営業と経理やっております、鮫島と申します・・

と、客が名刺を出そうとしたらしい。

あ・・いいですよ、いいですよ・・(と、一応断るが、受け取ってしまう)あ・・そうですか・・はいは
い・・へえ・・こういう事のために・・オーダーメイドで名刺をお作りに・・そうですか(と、今度は自
分の名刺を探す)もう財布の中は他人の名刺ばっかりで・・使いませんよ・・そんな、人の名刺なんて・
・・・

と、財布の中から一枚取り出して。

あ、これでも良いかな・・私こことは別にクラブのマネージャーもやってまして・・『女王の館』ってい
うんですけど・・ええ、ここではね、御手洗っていうんですけど・・違いますよ・・本当にこれ私の名刺
なんですから・・・どうぞ、どうぞ・・

と、その名刺を渡して。

ええっと、これですか、お売りになりたいビデオっていうのは・・

と、紙袋を覗いて

うわ・・ずいぶんありますね・・(と、机の下にも、紙袋があったよう)ああ・・これもですか・・うわ
あ・・こっちの紙袋の中も全部ですか・・(また別のを見つけた・・飽きれて)これもですか? はあ・
・失礼ですが・・素人さんですよね・・ええ・・

熱心な素人と面と向かったプロの複雑な笑み・・

えへへへ・・・・好きこそもののって言うんですか・・・まあね・・これだけあれば・・ヒット作が出た
りすると、お互い気持ちよくなれますからね・・・最近はね、アダルトのきちっとした物なんかより素人
生撮りの方が、リアリティがね・・こういう持ち込みビデオって、なんか犯罪の匂いっていうんですか・
・匂いって生臭いですかね・・香りの方がいいかな・・犯罪の香りっていうのがね・・いえいえいえ・・
お宅さんがそうだと言ってるんじゃないですよ・・・そのね、いかがわしい所が、商売になるんですよ・
・じゃちょっと、そのお宅さんの力作って・・拝見しましょうか・・・どれか・・これだって言うのはあ
りますかね・・

全部力作・・・でしょうねえ・・

と、その中から一本取り出して。ビデオデッキに押し込む。

じゃ・・これにしようかな・・(と、TVを指差して)これ、最近買ったんですけどね・・36インチ・
・やっぱりこういう会社ですからね・・ちゃんとしたAVシステムくらいないとね・・こういうAVで、
AVを見る・・

と、真面目な顔になって。

洒落ですよ・・

ウケなかったよう・・

お宅さんは普段何なさってるんですか・・
(と、そのビデオを示して)こういう事って? 生活は?・・秘密?・・え・・いやいや・・そんな事全
然構わないんですけどね・・(ビデオの)画面が出るまでのつなぎにと思って・・え、ええ、私だって、
こういう事ばっかりやって生活してますけど・・いやいや、そうじゃなくって・・生活のためにこういう
事やってるわけで・・
うらやましい?
まあ、はたから見るとそう見えるんでしょうかね・・ああ、うちの息子に、聞かせてやりたいですね・・
・いえ・・まだそんな道理がわかるほど大きくなってはいないんですがね・・いつかね・・そういう話を
しなきゃなんない時がねぇ・・まだ始まりませんね・・え、もう始まってる? ああ、本当だ・・これは
夜道ですか・・・・

リモコンを掴んで

飛ばしていいですか・・まあ、うちとしちゃ、良質ないかがわしいビデオさえあれば、会社がね、持ち直
すっていうか・・

ふっと不安になったのか客に向かって。

まだ夜道が続いてますけど・・・大丈夫ですよね・・・・

と、画面に何か映ったよう、一瞬喜んで。

あ! ああ、映った、映った、これかぁ、

実況するように

夜道・・こうカメラが進んで行くと・・あ、女ですね・・彼女が主人公? 見てればわかる? ははぁ・
・あ、こっちに気が付いた・・何か叫んでますよ・・声、もっと大きくしましょうか・・・いいですか・
・うわあ・・良い表情出してますね、彼女・・これはやっぱりあれですか?
素人さんで?・・顔面蒼白って感じですよ・・彼女、ほぉ! 走る走る・・へえ・・カメラも必死です
ね、この女優さん、陸上かなんか、やってたんですか? 早いなあ・・ああ、カメラこんなに女優さんと
離されちゃったよ、これは新しいセンスだな、女に追い付くまで、ハラハラどきどきさせておいて・・単
なるエッチだけじゃなくって、女に追い付くまでのサスペンス・・・・

妙に間を取って。

お宅さん、ただ者じゃ、ないね・・この音声のハアハア言っているのって・カメラ持ってる・・お宅さん
のハアハアでしょ、これもいいですね、なんか、このハアハアだけ聞いてても、興奮して来ちゃいますよ
・・ああ、カメラが停った・・追いつけなくって、ちょっとお休みってとこかな・・・肩で息してます
ね、カメラがほら波打って・・

と、ここで画面が途切れた。

あっ! ええ? これで終わりなんですか?

と、画面が復活した

ああ、まだあるんですね、ああ、びっくりした、いやぁ、夜道で女追っかけて、それで終わりっていうの
はね、ちょっと・・サスペンスだけじゃねぇ・・エッチ期待して見るんだからみんな・・

と、上半身を使って、勃起したものが萎えていくのを表現して

こんなんなっちゃいますよ・・

と、もう一度同じ事をやって

うちの会社もこんなんなっちゃいますよ・・
客がまた別の一本を撮り出して、勧めたよう。

これ? 本当に大丈夫でしょうね・・・・トーサツ? ああ、盗み撮りね・・ あ、いいね・・・いいね
・・いいですね・・・

と、そのビデオを受け取り、ビデオデッキに送り込む。

決死の潜入? 女風呂? へえ・・そうですよ・・そうですよ・・やっぱりそうでなきゃ・・犯罪でなき
ゃおもしろくないですよね・・そんなねえ・・今流行りの双方合意の上でのエッチなんかエッチじゃない
ですよ・・・だからアダルトは駄目になったんですよ・・

と、ビデオが始まったよう。

まだピントが合わないかな・・最近のビデオカメラも賢くなった、賢くなったっていうけど・・ピントが
合うまで時間かかって、ピントが合ったら・・あれ、男風呂じゃない・・これ・・お宅さん、これなに?

と、客の意見を聞いて。

女風呂の盗撮って・・映ってるのは男の裸じゃないの・・・ 奥の番台越しに女湯がちょっと見えるって
・・ああ・・本当だ・・・今、バスタオル巻いたバアさんがちらっと見えた・・

アキレ顔で客の方を見るが。

でしょう? ってお宅さん・・そんな鬼の首取ったように・・
なに! でしょう? って!

客、ちょっとひるんだよう。

何で男湯越しにこういうもの撮るの? 男湯の方が無防備で窓開けっぱなしでもね・・
と、画面の中に女湯の脱衣場が占めている割合を手で作って。

こんな中に裸の女・・見るために・・一体何人男の裸を見なきゃなんないの!

こんどは男風呂が占めている割合を手で作って。

男風呂こんだけで、女風呂こんだけ? ・・・まあ、女の裸が画面に映っているだけましだけど・・この
男の裸と女の裸の比率・・もう少しなんとかなんなかったの? いやね・・こっちもスケベだからね、な
るべくこの番台の向こうに見え隠れする女湯に神経を集中しようと思うけどね・・なんていうか、強引に
この目の中に飛び込んでくる男たちの裸が・・

と、また萎えたポーズをして。

気分をこうさせちゃうんだよね・・・なんでこの反対側から撮ろうと思わなかったの?

と、TV画面の反対側に立つようにして。

こっちから・・こっちから撮ってれば、女の裸がここ一杯になって、(と、画面の女風呂のスペースを示
して)男の裸こんだけですんだでしょう・・

鮫島、ついつい感情的になって。

なぜ、なぜこっちから撮れない・・そんなんで本当にお宅さんはいいのか? こんだけの女の裸見るため
に、こんなにも男の裸を見て、それでお宅さんは平気なのか・・そうじゃないでしょう・・お宅さんは、
そんな人じゃないでしょう・・なぜもっと、裸に対して貪欲にならない! 数撮れば良いってもんじゃな
いんだ・・本当にお宅さんが納得するビデオが一本があればいいんでしょう! それをなぜ撮らない!
なぜ自分の本当の欲望に目をそむける!

お宅さんなんか知らないだろうけどね・・・小室ってこの業界じゃ有名な人がいるけど・・え、尊敬して
る? ・・私もね、この男だけにはかなわないなって思っているんだけどね、この人のビデオ見たことあ
る? お宅と同じことやっててもね・・向こうは違うよ・・プロだからね・・違うよ・・深夜、タクシー
から降りてきた女、いきなり殴って、草むら連れ込んで、もう有無を言わせずだよ・・それ、ずっとビデ
オで撮ってんだからね・・いきなり殴るのも、棒で殴るんじゃないよ・・ビデオカメラで殴るんだから・
・その殴った時の音と振動が、バッチリ収録されてるんだからね・・リアルだよ・・・殴った瞬間、画面
ブレて、そのショックで画面になんかわけのわかんないものが映るんだよ・・

と、それを何とかして、身ぶりで客に伝えようとする鮫島。

こう・・なんか・・こんな感じの物が・・俺ね・・あいつのビデオカメラ見せてもらった事あるけ
ど、こうさ、鉛が巻いてあるんだよ、女殴るために・・いいよ・・重いんだよ・・鉄ゲタってあるけど・
・鉄ビデオカメラだよ・・そんなのいつも抱えてるから・・力あるよ・・女なんか抵抗できないもん・・
やっぱりねえ・・最後は体力よ・・お宅もね・・体鍛えなさい・・体鍛えて・・それでビデオカメラ持っ
てやんなさい・・
いや、俺が今言ってるような事が、大きなお世話だと思っているうちはだめだよ・・

と、客は怒って席を立ったよう。

ああ・・あ、そう・・いいよ、いいよ・・さあこれ全部持って帰んなさい・・いいから、いいから・・
え、土産に置いていく? いらないよこんなに・・だってお宅さん全部傑作っていったじゃない・・・え
、これ全部マスターがとってある?

と、言うなり出ていく客。

おい! ちょっと! 持って帰れよこんなの! いらねえよ! こんなの!

客、本当に帰ったよう。鮫島、吐き捨てるように。

だから素人はだめなんだよ!

暗転。

『我々もまた世界の中心』トップへ戻る