『ビューティフルドリーマー』
原作 押井守
作 じんのひろあき
登場人物
大安高校
■二年三組
岸和田日明(チャー) 坪井一広
森 始 中村良平
小林シカオ 加藤和彦
千鳥 晴(兄と表記) 岡本広毅
橘 暁 大島紘子
山田美千子 水沢恵美
■二年二組
多岐 優次 アライタカシ
勝目 雅 今藤洋子
佐伯 篤史 松下貞治
千鳥 岡本広毅
中野島 なな子 三浦ノン
山村 富江 尾形宏美
大竹 博嗣 菊池智春
喜多 みなみ 岩田智美
片桐 ちよ 町田知華子
■実行委員
志波 智治(委員長) 塚本拓弥
太田谷 健吾 吉田 潔
安達 かの子 市坪明子
■放送部
高村 大助(部長) 保倉大朔
神宮司 雅美(メイド喫茶店長)宇佐美雅司
木村 由紀(メイド喫茶店員) 小松 愛
■無邪鬼
神山 成美 周 晴奈
■校長先生
千鳥 秋彦 岡本広毅
■先生
二ノ宮 香子 野中 希
尾乃塚薫 尾乃塚隆
■二の一
斉藤 光男 木本悦也
■田原幸一(実行委員OB) 中嶋ベン
客電がついたまま、舞監督キューで曲、カットイン。
まるで一時期の関西の劇団のようにこの芝居は始まる。
爆音で曲がかかる中。客電がいつもよりゆっくりと落ちていく。
その中で罵声、怒号、そして、ナグリの音、鋸の音、かけ声、悲鳴が聞こえてくる。
明転。
舞台、上部には放送室のブースが組まれていて、その金魚鉢(ブース)の向こうに放送部部長の大助がいる。
マイクを通して大助の声が響く。
大助「さあ、時計は今、午後九時四十分を・・過ぎたところです。普段なら六時下校のところを特別に特別に特別だからねという学校側の配慮がありまして、なんと八時まで延長してもらったにもかかわらず、さらに一時間延長、そして、もうさらに一時間延長という我が大安高校始まって以来の異例の下校時刻延長も、もはや、ぎりぎり目いっぱいの時間もあと、二十分を残すあまりとなりました。しかし、しかしです、全校合わせて十八クラス、二十四の課外クラブ、その全てが満足に準備が整っているわけではございません。今年、創立八十八年を迎える大安高校、六曜祭! 始まって以来の段取りの悪さ、そして最悪の状況を迎えようとしております」
そして、やってくる香子先生。
香子先生はハンドマイクで放送室の外から叫んでいる。
香子「放送室を占拠している三年二組の高村大助君、高村大助君、すみやかに鍵を開け投降しなさい、繰り返します、放送室を占拠している三年二組の高村大助君、高村大助君、すみやかに許可のない放送を中止し、放送室を解放しなさい、職員室の放送施設を破壊したのが高村君であることも、わかっているんですよ!」
そこは大安高校の二階にある二年生の教室のあるフロア。
中央奥に上手側は三階へ、下手側は一階へと通じる階段があり、それを挟んで下手に二の二の教室があり、上手には二の三の教室がある。
それぞれ二の二は教室の後ろ半分、二の三の教室は前半分が舞台上に見える。
二の二の後ろのドアからレールのようなものが延びていて、それは舞台のツラ・センター方向からUの字型に湾曲して、その端には車止めのようなものがある。
文化祭を明日に控えた午後九時四十五分。
教室の壁側は生徒用のロッカー等が並んでいるし、両方の教室の出し物が『お化け屋敷』であるために、窓にはきちんと目張りがされている上に、他の部活、出し物、イベント等の手書きのポスターやらチラシ等がところ狭しと貼り散らかされているので、教室の中がどうなっているのかは皆目見当がつかない。
二の三の教室の前の入り口はお化け屋敷『花吹雪ゾンビーズ』の入り口として飾り付けられていて、ビールケースのような物に座って最後の準備をしているチャー、森始、シカオ。
床にはまだペンキだらけになったブルーシートが広げられている。
人は右往左往し、なにに使うかわからない、大道具が舞台上をものすごい勢いで通り過ぎていく。
邪魔になる物を罵倒しながら通り過ぎる。
「どけどけどけどけぇ!」
「うおぉぉ!」
「なんだ、なんだ、なんだ、邪魔なんだよ、通り道で、なにやってんだよ」
「しょうがないでしょう、ここしか場所、ないんだから」
同時に二の三のクラスの中から声。
「羅紗紙が足んない、明かりが漏れる」
「なんとかしろ!」
「なんとかってどうすればいいんですか?」
「自分で考えろ!」
大助「みんな、起きろ! 寝るな! 休むな! もう少しだ! あと少しだ! 明日は我々の晴れの文化祭だ! 文化祭の開始までぇ、文化祭の開始までぇ、あと十二時間と十九分! あと十二時間と十九分んん!」
京子「高村君! 高村君!」
大助「のりのりだぜぇ! わっかりました、ここで大安高校放送部部長である高村大助が一曲お送りいたしましょう。曲は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のメインテーマどえぇぇすぅ!」
曲、カットイン。
チャー「だからぁ・・ここはパイアールの二乗になるわけでしょう? 十一・六五ってこの数字はなんなんだよ」
シカオ「ここかあ」
森始「そこだよ、そこ!」
チャー「これだと、右に曲がってすぐに壁になるだろ、思いっきりブチ当たるよ、ガゴーンって!」
シカオ「あ、そうか」
チャー「三・五のパイアール二乗はいくつよ・・」
シカオ「(森始に)電卓って、誰が!」
三階からの階段をゆっくりと下りてくる実行委員の大田谷。
腕に実行委員の腕章をつけている。
森始「電卓とか言ってんじゃねえよ、暗算だよ、暗算、そんなの暗算でいけるだろう」
大田谷「恐れ入りますが・・お時間の方がですね」
森始「あ、実行委員」
大田谷「はい、お世話になっております、実行委員一年の大田谷でございます」
森始「チェック?」
大田谷「はい、もし差し支えなければ、内部の最終点検の方を・・」
床に広げられたブルーシートを慌てて丸めたりしているチャーとシカオ。
森始「差し支えは?」
チャー「差し支えは・・」
と、暁が大きな『レイダース/失われたアーク』で冒頭転がってくるような玉を持って下手から駆け込んでくる。
暁「あった、あった、ありましたぁ」
森始「探してみるもんだねえ」
シカオ「助かるよ、それ」
チャー「あるとなしとじゃ大違いだ」
そして、そのまま、二の三の教室の中へと駆け込んでいく。
暁「どけどけどけぇ」
大田谷「ではもう、差し支えなければよろしいでしょうか、内部の最終点検の方を・・」
森始「あ・・ええ、もう・・大丈夫だよな」
大田谷「だいたい・・時間も時間ですし・・準備の方、終わってらっしゃいますよね・・」
森始「ええ・・まあ、だいたい・・(チャーに)な・・」
チャー「その最終点検っていうのは」
大田谷「はい」
チャー「最終点検は・・いいっすよ」
大田谷「いいですよと申されましても・・こちらも一応全クラス回るように言われているもんで」
チャー「誰に?」
大田谷「実行委員長の方から・・」
チャー「いいですよ・・大丈夫ですよ、大丈夫(森始に)」
森始「おっけー!」
大田谷「いや、そう申されましても」
森始「あのね、もう、ほぼ、万全と言っても過言ではありませんから」
と、やってくるパネル持った美千子。
美千子「あった、あったぁぁ!」
シカオ「なんだよ!」
美千子「探してみるもんだよね」
シカオ「あるんじゃん、探せば! あれがあれば、トイレットペーパーあんなに盗んでこなくて済んだのに・・(教室の中に向かって)建てる場所、わかってる?」
美千子「(中から声)左でしょ」
シカオ「そうそう、左、左! 左に沿って・・」
チャー「なんで左なんだよ! それは右だってのに!」
で、教室にはけていくチャー。
大田谷「じゃあ、本当に・・内部点検の方をそろそろですね・・よろしければ・・」
森始「あのお、内部点検っていうのは・・どんなことを」
大田谷「入場されるお客様の安全性ですとか・・まあ、それよりなにより完成したかどうかってのが・・明日、ですからね・・文化祭の初日は・・」
森始「そりゃそうだよね」
と、階段の上に登場、香子先生。
ハンドマイクで怒鳴り散らしている。
香子「・・あと、十五分、あと、十五分、あと、十五分」
大田谷「あと、十五分となりましたので・・」
森始「(教室の中に向かって)あと十五分だって! もーいーかい?」
と、よくわからない棺桶のような物を博嗣とかの子が担いでくる。
博嗣「ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ」
大田谷「安達!」
かの子「!」
大田谷「おまえなにやってんだよ、体育館は?」
かの子「いや、これ手伝ってって言われて」
大田谷「それはなんだよ」
かの子「いや、演劇部の人手が足りなくて・・」
大田谷「おまえ文化祭の実行委員なんだろうが!」
かの子「もちろんそうなんですけど」
大田谷「おお! 体育館の進行状況は?」
かの子「一言でいうと」
大田谷「なんだ?」
かの子「最悪ぎみです!」
大田谷「なんだよ、最悪気味って?」
かの子「でも大丈夫です」
大田谷「なにが大丈夫なんだよ」
かの子「なんとかします、必ずなんとかしますから」
大田谷「本当に大丈夫なのか?」
かの子「任せてください、私を信じて」
大田谷「信じてないわけじゃないんだけどなあ・・なにか足りない物とかないのか?」
かの子「足りない物と言えば・・」
大田谷「なんだ?」
かの子「時間かな?」
大田谷「時間?」
かの子「時間が・・なんとも足りません」
香子「あと十五分で、全校生徒、完全下校ですよ、はい、急いで急いで急いで急いで・・」
博嗣「もう行ってもいい、行ってもいい?」
かの子「行こう!」
香子「あと十五分、あと十五分、はいはいはいはい・・急いで、急いで、急いで、急いで・・あと十五分、あと十五分、あと十五分ですよぁ!」
と、言いながら、香子、下手に退場。
上手から志波、登場。
志波「大田谷」
大田谷「あ、実行委員長!」
志波「二の一から二の四はオールオッケー、全員下校準備開始・・・二の五、二の六は全員ジュースで前祝い中だ!」
大田谷「二の三はですね・・これから、チェック(と、森始の方を見て伺う)」
森始「ええ、もう、そりゃあもう、そりゃあもう・・時間も時間ですしね・・」
と、駆け込んでくる何かを持った千鳥兄。
千鳥兄「あった、あった、ありましたよ」
森始「兄! なんだそれ」
千鳥兄「探してみるもんだねえ・・間に合ったかな?」
森始「まだまだ全然」
千鳥兄「よっしゃ!」
と、教室の中に消えていく。
森始「まだまだぁ(と、中に消え入りながら、実行委員に)チェック、今、すぐできますから」
言いながらドアをぴしゃりと閉めてしまう森始。
志波「・・ってことはあと問題なのは、二の二!」
志波・大田谷「ブリザードトレイン」
志波「(二の二に向かって歩きながら)だから、最初から俺は反対してたんだよ」
大田谷「いや、それを言うなら、最初からですね、二年生六クラス全部の出し物がお化け屋敷っていう企画を通してしまったこと自体がですねえ・・」
志波「ああ、うるさい、今、言うな、今、言うな、今、その言葉だけは聞きたくないんだよ! 二の二!」
篤史「はい、二の二です!」
志波「終わった?」
篤史「終わりません」
志波「だから困るんだよね、あと十五分、あと十五分で終わるの、これ・・終わらないの? 終わらないとしたら、いつ終わるの?」
篤史「あ、いや、あの・・・ですね・・」
志波「あのね、今年はね、二年生ね、六クラスね、みんなね、全部ね、お化け屋敷なわけね・・それで、このクラス以外はみんな準備はね、万端とは言わないよ、言いませんよ、言いませんけど、とりあえず、明日、文化祭の初日を迎えられるような準備はしているわけね、それでね、このね、二の二だけはまだこの状態なわけですよ、わかってます?」
篤史「え・・ええ・・・ええ・・わかってます、わかってはいます」
志波「わかってる? 本当にわかってる?」
篤史「わかってますよ・・少なくとも当事者なんですから」
志波「当事者なら、当事者らしく、このクラスのお化け屋敷をなんとか完成するなり、完成するメドを付けるなりしなさいよ・・ね。困るんですよ、実際。僕もね、あれですよ、立場ってもんがあるわけですよ」
篤史「わかってます、それはもう、重々わかってます」
志波「わかってる? わかってるの? 本当にわかってるの? わかってるんだとしたら、なにがわかってるの?」
篤史「遅れていることはわかってます」
志波「遅れているよね」
篤史「遅れています、確実に遅れています」
志波「どうするの?」
篤史「それはもう」
志波「どーうするの?」
篤史「がんばります」
志波「がんばる? がんばってなんとかなるの? なんとかなるものなの? がんばってなんとかなるんなら、第二次世界大戦で日本軍は負けていませんよ」
篤史「じゃあ、どうすればいいんですか?」
志波「ああ、もういい! いいから、責任者を出しなさい、責任者を」
と、いったやりとりの間に、二の二の教室の向こうで、ジェットコースターが駆けめぐる音がして、悲鳴が間に聞こえている。
篤史「今、ちよっと責任者がですね」
志波「責任者が、なに?」
篤史「責任者が・・・」
と、ガーッ! という音と共に雅となな子が膝を抱えてちっちゃくなった状態で乗っているトロッコが教室のドアから吐き出されるように出てくる。
ゴオオォォ!
(トロッコが舞台に登場する前は必ずゴオオォォ! というS.Eが入ります。以下、この表記は略)
雅・なな子・みなみ「きゃぁぁぁぁ・・・」
ドン!
と、トロッコが停まるなり外に転がり出る雅となな子。
トロッコを押しているみなみも転がる。
全員、死体のよう。
雅「・・・・・・・ダメだ」
なな子「なんだったんだろう」
みなみ「やべぇ・・・」
と、大田谷、志波に視線をやる。
志波「・・俺を見るな」
篤史「・・がんばります」
志波「がんばるって、なにをどうがんばるんだよ!」
篤史「どうにかこうにか、がんばります」
と、雅が飛び起きて、
雅「ごめん、私の伝え方が悪かったかな」
なな子「いえいえいえいえ」
みなみ「そんなことないよ!」
雅「もう一回ちゃんと打ち合わせしてからやろうよ」
と、志波の存在に気づいた。
雅「実行委員!」
志波「終わったの」
雅「すいません」
志波「できたの?」
雅「すいません!」
志波「どうするの?」
雅「すいません!」
志波「あと、十五分」
雅「すいません!」
志波「すいませんじゃねえんだよ」
雅「本当に! すいません!」
志波「謝れって言ってんじゃねえんだよ」
雅「じゃあ、どうしろって言うんだよ、え、え、ええぇ!」
志波「なに逆切れてんだよ」
雅「空気読めよ」
志波「なんだよ、空気って」
なな子「この場の空気だよ」
志波「空気がどうしたんだよ?」
雅「みんな一生懸命がんばってるんじゃねえかよ」
志波「がんばってないとは言ってないだろう・・だいたいがんばってるんだったら、終われよ、終わらせろよ、今、何時だと思ってんだよ」
みなみ「不眠不休なんだよ」
志波「いつまでやるつもりなんだよ、できるのかよ」
雅「できるよ、っていうかもうできてるよ」
志波「できてんのかよ」
雅「できてるよ(と、自分の頭の中を示し)ここん中にはね、完璧な物ができてるんだよ」
志波「そこん中にあってもしょうがないだろう(と、二の二の教室を示し)そこの中にないとダメだろうが!」
なな子「なに言ってんだよ、言ってる事わかってんのかよ、自分がなに言ってるか、ええ!」
と、この、なな子の言葉をきっかけに一斉に二の二の女の子達が口々にぎゃあぎゃあ騒ぎ始める。
しかし、負けじと志波もやりかえす。
志波「うるさいよ、うるさいよ、うるさいってんだよ、どいつもこいつも自分勝手なことばっかりやりやがって、親の靴がみたいよ」
と、言っているのを雅の声がカットアウトする。
雅「待った! 待って! みんな、待って!」
一同、一度、静かにはなる。
雅「こんなことで無駄な時間潰している場合じゃないんだ」
なな子「そう、そうだよ」
みなみ「ホントにそうだよ!」
なな子「もっかいやってみよう」
みなみ「やってみようよ、何度でも」
尾形「とにかく納得いくまでやろうよ」
ちよ「やろうやろう、がんばろう」
雅「ありがとう、ありがとう、みんなありがとうね、いくぞ」
二の二の女の子達「おー!」
と、叫ぶなりどやどやと中へと入っていく。
志波「おいおいおいおい・・なに一つ解決しないし、なにも前に進んでないだろ!」
取り残されるようにいる志波。
志波「(大田谷に)俺を見てないで、自分の仕事しろよ?」
田原「おー、がんばっとるかね・・」
と、階段の上から登場してくる田原。
志波「あ、え、ええっ!」
田原「よ!」
志波「よ?」
田原「よ!」
志波「よ・・じゃないですよ、先輩なんでここに?」
田原「いや、だってあれでしょ、文化祭の前日、ね、夜、九時四十五分・・一応ね、元文化祭実行委員長としてはね」
大田谷「文化祭実行員長?」
志波「先輩だよ、俺の二つ上の・・」
大田谷「もしかして、この方が・・噂の」
田原「よっこいしょ、っと」
志波「田原さん、実行委員長だった」
大田谷「転がしの田原」
田原「あれ、俺、そんなに有名?」
志波「それはもう、語り継がさせていただいてますから」
田原「あ、そう、そうなの、それはうれしいね」
志波「あ、今年入った一年の」
大田谷「大田谷です」
階段に座って話す。
田原「いやあ、なんだね、あれだね、まさかあの一年坊主の志波ちゃんが、実行委員として栄光の六曜祭を仕切るようになるとはねえ・・」
志波「それは言わないでくださいよ・・」
田原「しっかしあれだね・・思い切ったことをしたねえ・・・二年生、ね、六クラス・・全部お化け屋敷・・」
志波「ええ・・はい」
田原「間に合うと思ったの?」
志波「準備に時間を掛ければ・・必ずや・・」
田原「ああ、そう・・ふーん、ああ、そうなんだ・・へえ・・」
志波「ええ・・まあ」
田原「ん・・たまんないねえ、このひりひりするような緊張感・・」
と、のびのびしている田原。
志波「それで・・今日は・・なにをしに・・」
と、大田谷の後ろから森始の声。
森始「実行委員!」
二の三から森始が顔を出して。
大田谷「あ、はい」
森始「実行委員、もういいーよ」
大田谷「ホントですか?」
暁も顔を出して。
暁「どうぞ」
大田谷「(志波に)じゃあ、行って来ます(田原に)失礼します」
暁「『花吹雪ゾンビーズ』へ、ようこそ」
大田谷「よろしくお願いします」
そして、大田谷が二の三の中に消えるのを見計らって。
田原「気にしないで・・仕事してて」
志波「は、はい」
田原「六曜祭実行委員は?」
志波「有言実行委員会」
田原「教えたよね」
志波「はい・・(と、向き直り)二の二」
篤史「はい、二の二です・・」
志波「(多岐に)どうやら、まともに話ができるのはあんただけのようだな」
篤史「俺も話できますよ」
志波「おまえはいいよ」
篤史「話ししてるじゃないですか」
志波「わかったわかった、わかったって」
篤史「これをコミュニケーションと言わずして、なにをコミュニケーションって言うんですか??」
志波「うるさいよ、うるさいからちよっと黙っててくれよ、頼むよ」
多岐「・・・いや、僕もですね、最初からこれはちょっとダメなんじゃないかなって思ってはいたんですよ」
篤史「多岐! それ、言うかな、言っちゃうかな」
多岐「でも、思ってたでしょ」
篤史「思ってても、言えないだろう・・そういう空気じゃないんだから」
志波「空気、空気っておまえら、なに言ってんだよ」
と、やってくるメイド服姿の由紀。
田原に割引のチケットを押しつけ。
由紀「有志メイド喫茶、割引券でーす、よろしくお願いしまーす」
田原「はい、どもね・・(と、割引券を見て)お、今年は『メイド喫茶』もあるんだ、流行りだからねえ」
由紀「よろしくお願いしまーす」
成美「あ、由紀ちゃん?」
由紀「なにしてるの?」
成美「うん? ぼんやり」
由紀「ぼんやり?」
成美「うん、なんかこの状況を楽しんでるっていうか」
由紀「配ってる? メイド喫茶の割引券」
成美「うん、配って回ってる」
志波「どうなんだよ・・このクラスのお化け屋敷は・・」
多岐「どう・・しましょうかね」
志波「何ひとごとみたいに言ってんだよ」
成美「放送部行くの?」
由紀「うん」
成美「なんか、占拠してて、中、入れないみたいよ」
由紀「大丈夫、大丈夫」
志波「だから、どうすんのかって聞いてるんだよ、え! なんとか言ったらどうなんだよ、え! え! え! え!」
と、田原が多岐、篤史、志波の側へとやって来て。
田原「まあまあまあまあ・・志波ちゃんね、そんなにね、上からぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん物言うとね、恐縮して、萎縮しちゃって、出る言葉も出てこなくなっちゃうでしょう(篤史に)ねえ、そうだよね、ケンカしてんじゃないだからね、文化祭の準備してんだからね」
篤史「ま、まあ、そうなんですけど・・」
田原「これも教えたろ(と、妙に立てて言う)人が財産です六曜祭、ね、これも教えたよね」
志波「衰えてない・・何事も自分の思うように転がしていく『転がしの田原』健在だ」
と、二の二から這いつくばるようにしてレールを見ながら出てくる千鳥弟。
千鳥弟「あのさあ、この辺にベアリングの玉、落ちてなかった?」
篤史「ベアリングの玉?」
千鳥弟「なんか、足りないんだって、二つ三つ・・」
多岐「大丈夫なのかよ、ベアリングの玉って足りなくても・・」
千鳥弟「いやいやいや、足りないから探してるんだけどさ」
志波「あ、千鳥君・・の」
篤史「弟の方です」
多岐「兄は向こうの二の三に」
志波「いっつも間違えちゃうんだよねえ」
千鳥弟「ああ、もう慣れっこですから、そういうの」
田原「あ、あれ! もしかして、校長の息子さんの」
千鳥弟「はい」
田原「双子の」
千鳥弟「はい・・弟の方です」
田原「似てるね」
千鳥弟「よく兄と間違われます」
田原「いやお父さんとも」
志波「似てますよね、校長にも」
千鳥弟「よく言わるんです、子供の頃から・・」
田原「君達かあ・・校長の息子だからって縁故入学した双子ってのは」
千鳥弟「(そんな話はどうでもよく)ベアリングがなあ・・やっぱ、中かなあ・・」
と、中を見て、次のシーンのどこかでまた教室の中へと入っていく。
と、下手から上手に向かって博嗣とかの子が駆け抜けていく。
博嗣「はい、ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ」
志波「あ! 安達」
かの子「あ! 実行委員長!」
志波「安達! ちよっと待て!」
かの子「待てませーん」
と、上手に消える。
大助「さあ、泣いても笑っても文化祭の初日はやってきます、みなさん、準備は万端でしょうか」
と、やってくるメイド服の由紀。
由紀「はーい、大安高に居残っている生徒のみなさん、お疲れさまでーす」
大助「お疲れさまでーす」
由紀「有志による『メイド喫茶』の告知の時間がやってきました」
大助「おっと、さっきやったばっかりの『メイド喫茶』の告知、またやりますか?」
由紀「何度でもやりますよ、放送部部員の特権ですから・・明日、十時開店の『メイド喫茶』。お店の中はあの子もこの子もメイド服。黒いひらひら、白いひらひら、お帰りなさい、ご主人様、コーヒーになさいますか、紅茶になさいますかぁ? お砂糖は何杯入れてさしあげましょうか?」
大助「そういったサービスも満点のメイド喫茶」
由紀「はーい、一緒にデジカメで写真を撮ったり、ゲームをしたり、楽しいひと時をお楽しみください」
大助「それで、コーヒーは一杯いくらなんですか?」
由紀「(突然、ごにょごにょ喋る)××です」
大助「え?」
由紀「××です!」
大助「え? もしかして、ものすごく高かったりするの?」
由紀「でも、お水は飲み放題なんですよ」
大助「水は飲み放題? 水はそんなには飲めないと思うけど・・」
由紀「それではここで曲の方、いってみましょう・・曲はあややの『桃色の片思い』」
と、やってくる神宮司。
神宮司「志波ちゃん」
志波「あ、神宮司」
神宮司はウサギの耳をつけている。
志波「なんだよ、それは」
神宮司「あ、いちおう・・ほら、『メイド喫茶』の店長としては、これくらいのコスプレはしないと」
志波「おまえ、自分が人からどう見えるかわかってやってるのか?」
神宮司「ちよっとまた有志の参加が増えちゃってさ」
志波「なんで?」
神宮司「いや、やっぱり、なんか友達がメイド服着て学校の中をうろうろしているのを見て、あ、いいな、私も着たい着たい、って思ったらしいんだよね・・」
神宮司「最終的に六十人くらいになりそうなんですよ」
志波「六十人?」
神宮司「ええ・・」
篤史「クラス三つ分の女子の数だ」
多岐「みんな、どこかでメイドになりたかったんだねえ」
志波「よく集めたなその数のメイド服」
神宮司「ドンキで」
志波「いくらドン・キホーテでも、六十着は一気に揃わないだろう」
神宮司「日本中のドン・キホーテに・・ネットでさ・・」
田原「日本中のメイド服を集めたってことか?」
神宮司「ってことになりますかね、ま、んなわけで、ひとつよろしく・・すいません、放送部も俺、かけ持ちなんで・・」
志波「そうだよ! 放送部! 放送室に立て籠もってるんだって」
神宮司「立て籠もるって、そんな、大げさな」
志波「職員室から校内放送ができないって、大騒ぎしてたぞ」
田原「なにやってんだよ、それ」
神宮司「うん、職員室から校内放送されるとうるさいからさ、ちょっと切った」
志波「切った」
神宮司「うん、切った、俺が」
田原「おっもしろい事すんなあ・・それで職員室からの校内放送が全然ないのか・・」
志波「・・どうやって切ったの?」
神宮司「ペンチで、プチって・・あのさあ、立て籠もってるっていっても、放送室、別に入れないわけじゃないから・・メールしたら、中から鍵開けてくれるんで、出入りは自由なんだ、んじゃね」
と、放送室へとあがっていく神宮司。
と、上手からまた同じ棺桶のような物を運んでくる博嗣とかの子。
博嗣「ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ・・」
志波「安達!」
かの子「はい!」
志波「体育館の進行状況は?」
かの子「ちよっと今、急いでるんで」
志波「一言で言え!」
かの子「まかせてください、委員長は委員長の仕事を」
志波「そんなこと一年のおまえに言われんでもやるよ、やってますよ」
博嗣「ごめんよ、ごめんよ」
と、下手にはけていく。
階段の途中で、
成美「あ! 店長!」
神宮司「あと十五分で下校だぞ」
成美「はあい!」
と、田原、立ち上がって。
田原「ちよっと(二の二の)中見せてもらってもいいかな・・百聞は一見にしかずって言うからね(と、下手の方を示し)入り口は・・こっち?」
と、返事も待たずにその方へ。
志波「え? 中、見ていいの?」
篤史「人によりますよ・・」
志波「なんだよ、それ」
と、二の三から出てくる森始達。
爆笑している。
森始「見た、あの実行委員の顔・・なあ・・」
美千子「なめてかかってるからだよ」
暁「マジでびびってたよね・・はははは・・」
シカオ「他のクラスのちゃっちいお化け屋敷と一緒にしてもらっちゃ困るよ」
暁「ホントだよねー」
チャー「うわぁ!」
と、後ろ向きに飛び出してくるチャー。
森始「なんだ、どうした、どうした?」
チャー「なんか、いた」
暁「なんかいた?」
美千子「なにが?」
チャー「なんかこのへんを通った」
暁「またまたぁ・・」
チャー「絶対、なんかいるって・・これおかしいって・・」
暁「大丈夫だって・・」
チャー「なんか通ったって」
と、中から大田谷の声。
大田谷「うわぁ!」
森始「実行委員だろ・・通ったの」
チャー「え? チェック?」
森始「チェック!」
チャー「それならそうと言えよ・・だって、絶対、誰もいないはずだって思ってたところをさあ、人が・・」
森始「聞いたよ、もーいーかいって」
チャー「もーいーよって言ってないだろ」
森始「言ったよ」
チャー「誰が?」
森始「俺」
チャー「アホか、もーいーかい? って自分で聞いて、もーいーよって自分で答えてどうすんだよ」
美千子「でも、どっちみち実行委員のチェックは受けないとほら、いつまでたっても帰れないわけだからさ」
チャー「いや、それはさ、それはそうなんだけどね・・ああ、びっくりした、ついに出たかと思ったよ、心臓に悪りー」
暁「なんでそんなに恐がりなの?」
チャー「いいだろ、そんなの」
森始「なんでそんなに恐がりなのに、お化け屋敷やろうって言うかな」
チャー「怖がらせるのと、恐がりなのは違うだろう・・怖がらせるのは好きなんだよ」
と、その時、中からまた大田谷の声。
大田谷「う、うわぁ!」
チャー「(教室を一瞥してつぶやく)へっ! ざまあみろ・・」
暁「(中の様子をうかがっていたか、もしくは教室の中を覗いていて)あ、そろそろ・・絶体絶命、塗り壁の!」
シカオ「行き止まり!」
暁、指でカウントダウン。
暁「三、二、一・・」
大田谷の声「ぎゃあああっ!」
その声を聞いた一同。
一同「(喜んで)ははははは・・!」
チャー「これだよこれ・・たまんないね、人の悲鳴ってのは・・このために夏からさあ・・」
と、その会話をカットアウトするように大田谷が出てくる。
大田谷「どもですぅ・・」
二の三の連中「あ、あれ?」
大田谷「えー・・今、二年三組さんのお化け屋敷、えーっと隅から隅まで見せていただきました・・これで実行委員会の点検確認は終了ということになります・・」
シカオ「あれ?」
暁「どうしたの?」
大田谷「え? ・・どうしました?」
チャー「なんで・・入り口から出てくるの?」
大田谷「いや、中でけっこう迷っちゃって」
チャー「ぐるぐる迷っちゃっても、入り口から出てくることはあり得ないだろう?」
大田谷「でも、中、迷路みたいになってるじゃないですか」
暁「ええ、まあ、それはそうなんだけどね」
大田谷「迷っちゃって・・(でも)いいんですよね」
美千子「いや、それはいいんですけど・・」
大田谷「じゃあ、・・問題ないですね・・お疲れさまです・・」
一同「お疲れさまですぅ」
一同、頭を下げたりする。
と、放送室から出てきて階段を下る大助 (一応、放送室を占拠している犯罪者なので、目深にキャップを、出てきてから被ったりする)
大助「あ、ここにもメイドちゃんが」
成美「メイド喫茶の割引券、いかがっすかぁ!」
大助「え? 割引券とか、くれんの?」
大田谷「じゃあ、明日の登校の時間は・・」
暁「九時に」
大助「(もらった割引券を見て)え? コーヒー千二百円引き?」
成美「そうでえす」
大助「(改めて驚いて)千二百円引きぃ?」
成美「安っすいぃ!」
大田谷「ということで・・」
シカオ「はい」
大田谷「・・お疲れ様でした」
森始「お疲れさまでした!」
大助「千二百円引きで、八百円?」
成美「おっ得くぅ!」
大助「なにしたら、そんなにぼったくれるの・・ちょっと、見学してこようかな、逆に興味わくなあ・・」
成美「『メイド喫茶』四階になります、西階段から上がってください」
と、成美、下手の方を指さす。
大助、その方向へと歩いていく。
大田谷「ではみなさん、そろそろ下校してください、本当にお疲れさまでした」
そして、大田谷、志波達がいる方へとやってくる。
と、放送室では神宮司のしゃべり。
神宮司「さぁ! 大安高校放送部副部長神宮司雅美と言うよりも、今、学校内でもっとも話題を独占している出し物、『メイド喫茶』の店長としての方が顔が売れている神宮司雅美がお送りする、この曲、『天空の城ラピュタ』のサウンドトラックから『ロボット兵』」
大田谷「二の三、チェック終了です」
篤史「わかってますよ、あとはうちだけなんでしょ、二の二だけなんでしょう?」
志波「どうだった? 二の三のお化け屋敷・・」
大田谷「え・・ええ・・ま、まあ粗削りの出来ではありますけどね・・」
志波「粗削りって、お化け屋敷に粗削りとかあるのかよ・・」
大田谷「ま、まあ・・あんなもんでしょう」
志波「あんなもん? そんな緩いお化け屋敷なの? え、怖くはないの?」
大田谷「怖いか怖くないかって言ったら・・」
志波「怖いか怖くないかっていったら?」
大田谷「まったく怖くは、ないんですけどね」
二の三の教室の前で暁と美千子が、片付けものをしていたが、
美千子「ちよっと待って・・」
大田谷「な、なんですか?」
暁「今、なんて言った?」
大田谷「え、あ、いや・・」
美千子「怖くないって、どういうことですか?」
大田谷「え・・あ、いや」
暁「・・怖くないんですか、うちのお化け屋敷は」
志波「(大田谷に)だから、あれだろ、怖くないけど、おもしろいお化け屋敷なんだろ(そして、美千子に)そういうことだよ、もういいだろう、ようやく準備終わったんだからさ、そういうことはさ」
美千子「(大田谷に)だって、さっき内部点検しに入った時、結構、悲鳴あげてたじゃないですか?」
大田谷「だってあれは」
暁「だってなんですか?」
大田谷「なんか必死になってるから」
美千子「必死になってるから?」
大田谷「なんかこっちもリアクションしてあげないとかわいそうかなって思って」
暁「かわいそう?」
大田谷「あ、いや、かわいそうっていうか、しょうがないかなって」
美千子「かわいそうとか、しょうがないとか・・そんなあ・・」
志波「え? え? ちよっと待って、それがお化け屋敷ってもんじゃないの?」
暁「そんな他人の情けや、哀れみが欲しくて、お化け屋敷やってんじゃねーんだよ、こっちは! 驚かせたいんだよ、怖がらせたいんだよ、そんでもって楽しませたいんだよ、ええ!」
美千子「ちきしょー、みんな、ちよっと待って、実行委員がねぇ」
と、教室の中に消える美千子と暁。
志波「(大田谷に)バカだなおまえ、黙って怖かったです、おもしろかったですって言ってりゃ、おとなしく下校するところだったのに・・」
大田谷「でも、でもですね」
志波「だいたいな、お化け屋敷なんて言ったって、本当に怖いものなんか作れるわけないんだからさ・・中に入って、きゃーとか、わぁーとか言ってりゃいいんだよ・・」
大田谷「そうは言ってもですね」
志波「誉めときゃいいんだよ、素直に自分の感想言ってどうすんだよ、おまえの感想がなんの役に立つんだよ」
大田谷「あ、いや、ええ・・」
志波「役に立つどころか、火のないところに狼煙上げてるじゃねえかよ」
大田谷「火のないところに・・狼煙・・け、煙じゃくて・・しかも、あれは煙は立たないっていう、別の意味で・・この場合・・」
と、下手からやってくる光男。
光男「お疲れさまです」
志波「あ、おお、二の一の」
光男「はい」
大田谷「責任者さん」
光男「はい」
志波「もう二の一は・・」
光男「ええ、僕が最後です」
と、出てくる二の二の連中。
志波「見習って欲しいもんだよねえ」
篤史「もう準備終わり?」
光男「ええ、とっくに」
大田谷「準備いりませんもんね」
多岐「準備いらない?」
篤史「準備のいらないお化け屋敷」
光男「教室の窓に黒の羅紗紙張って・・」
篤史「羅紗紙張って?」
光男「真っ暗にして」
篤史「真っ暗にして」
光男「それで、おしまい」
篤史「それのどこがお化け屋敷なの?」
光男「教室真っ暗にして、蝋燭の明かりの周りに人を集めて『稲川淳二の怖い話』を朗読するだけだから」
篤史「うわ、それ怖えー」
多岐「それは、ほんまもんだねえ」
篤史「まじこえー、それは、こえーよ」
多岐「それは、なにやるか聞くだけで怖いけど、でも、いいの、そういうことやって」
光男「稲川淳二さんに許可をもらいに行ったら、どうぞどうぞどうぞ、ぜひやってくださいって・・あんなに怖い話をしまくっている人の割りにはえらく腰の低い人でした」
多岐「怖い話をする人は、腰も低いんじゃないか、普通」
大田谷「では、明日は朝」
光男「九時に」
大田谷「はい、よろしくお願いします」
光男「じゃあ、お疲れです、明日、よろしくお願いします」
志波「はい、どもね」
と、上手にはけて行く光男。
すぐにドタドタドタドタと二の三から出てくる。
チャー「聞き捨て・・なんないんだけど、さあ」
千鳥兄「どういうことなんだよ」
志波「わかったよ、じゃあ、俺が入ってみるから・・」
と、言って大田谷を手招きする。
大田谷「なんですか?」
志波、二の二を示し。
志波「おまえ、こっちなんとかしろ」
大田谷「なんとかしろって?」
志波「頼むよ、おまえしかいないんだよ」
大田谷「(嬉しい)は、はい・・・やってみます」
志波「じゃあ・・」
千鳥兄「みんな、それぞれ持ち場に、スタンバイしろ!」
一同「おー!」
千鳥兄「夏から今日のこの日までの努力の結晶を今、ここに!」
一同「おー!」
千鳥兄「(掛け声)合い言葉は!」
一同「スプラッター!」
と、中に駆け込む。
チャー「(中へ)どうぞ・・」
暁「『花吹雪ゾンビーズ』へ、ようこそ」
それっぽい曲がかかる。
嘘でも、女の悲鳴とか入っていたり、思い扉が軋みながら開く音なんか入ったりして・・
志波「うわっ、すげー怖そう・・もうこっから怖そうだね・・」
チャー「いいから早く入れよ」
志波「失礼しまーす、うわ、中、暗いんだあ」
チャー「暗いのは当たり前だろう、明るいお化け屋敷のなにが怖いんだよ」
時々、二の三の教室の中から、志波の嘘臭い悲鳴が聞こえる。
志波「うわーっ! なんだこれぇ!」
シカオ「・・なんだよ」
志波「うひゃーっ」
チャー「・・嘘くせえなあ」
志波「うひゃああああ・・」
森始「どっから声出してんだよ、バカ」
志波「うっそぉ!」
美千子「おまえが嘘だ!」
チャー「ちょっと、一回落ち着こう」
美千子「そう、そうそう、そうだよね、本当、そうだよちょっと、冷静になろうよ」
森始「俺はいつでも冷静だよ」
チャー「おまえは少し慌てたり、焦ったりした方がいいんじゃないの?」
暁「落ち着きなよ」
森始「座ろうよ」
一同、座る。
チャー「うん、落ち着いた、だいぶ落ち着いてきた・・そんなにさあ」
一同「うん」
チャー「そんなにひどい物を作った覚えはないんだけどね」
大田谷「(二の二の方を向き直り)二の二!」
篤史「はい、二の二です」
大田谷「準備の方なんですけどね・・いい加減にしていただかないと、こちらの方としてもですね」
と、言っている言葉は途中までしか聞き取れない。
SE、コースターの音。
ぐおおおおおおぉぉぉ・・
そして、また走り出てくるトロッコ。
一同「うわああぁぁぁ!」
そして、転がる。
静寂。
即、立ち上がる雅。
だが、なな子とみなみは、起きあがるのが精一杯。
雅「こんなんじゃない、なんで言った通りにならないのよ!」
なな子「もう無理だと思う、限界じゃないかな・・よくがんばったと思うよ、高校生にしては・・」
みなみ「ここまでがんばった自分を誉めてやりたい」
雅「そんな台詞は聞きたくない!」
なな子「無理だよもう」
雅「無理じゃない!」
みなみ「時間もないし」
雅「ノー! ノー! ノー! ノー!」
なな子「ちよっと、もう付き合いきれん」
雅「いいよ、だったらいいよ、私一人でもやるから」
なな子「いや、あの、誤解しないでね、雅のこと嫌いになったわけじゃないからね」
みなみ「そう、それはそう、私もすごい雅ちゃんのこと好き、でも、それとこれとはもうちがうの、わかって」
雅「なんだよ、それ」
と、教室から、ちよ、富江が出てくる。
ちよ「どうだった?」
富江「今までの中では、会心の一撃だったと思うけど」
雅「会心じゃなくて痛恨だよ、痛恨の一撃・・」
富江「え?」
ちよ「ええっ!」
雅「自分の無力さを思い知ったよ・・」
篤史「ついに内部分裂か」
多岐「来るところまで来ましたかね」
雅「なにが・・なにが間違ってるというんだ」
なな子「スピードだって」
みなみ「速すぎる、速すぎるんだよ、なにも見えない」
なな子「ああ、最後のカーブのGがキツすぎて・・気持ちが悪い」
みなみ「体にダメージが残りますよ・・」
雅「でも、スピードは大事だって・・こんなの高校生のね、女子が作ったとは思えないものを作りたいんだってば」
なな子「それはわかってるけどさあ、限界ってもんがあるじゃない」
雅「限界はね・・超えるの!」
大田谷「なにやってるんですか、あんた達は・・教室の中に・・なにを作ってるんですか?」
と、出てくる千鳥弟。
赤いバーを掲げ。
千鳥弟「これ・・途中で取れちゃったみたい」
篤史「それってもしかして」
多岐「それ取れちゃうとまずいんじゃないの」
大田谷「なんですか、それは」
多岐・篤史・千鳥弟「セーフティバー」
と、それを見ていた二の三の連中。
チャー「大丈夫かよ、やつら」
シカオ「完成するんですかね、間に合うんですかね」
雅「行くぞ」
と、二の二の連中、再び教室の中へとトロッコを押して戻って行く。
チャー「俺達は間違っていないよな・・」
森始「なんたって、準備にひと夏かけたんだから・・」
チャー「ああ、長かったな・・この夏」
森始「暑かったなこの夏・・今となっては・・どんなお化け屋敷をやるかで掴み合った日々が・・懐かしいよ」
シカオ「なるようになるもんなんだよ、やっぱクラスってのは」
森始「最初に『リング』とか『呪怨』とかやろうって言ってさ」
チャー「言ってた、言ってた」
森始「盛り上がったよな」
チャー「あれ、なんであの時はあんなに盛り上がったんだろう」
暁「今から考えるとできるわけない事をやろうとしていたよ」
チャー「すっごい向こうの方に、髪の毛がさ、こぉんな長い女の子が椅子に座ってるんだよ・・それで、ずーっとなにもしないってのやろうって言ってたんだよな」
森始「怖いよー」
美千子「怖いよね、それは」
森始「俺、そんなお化け屋敷入ったら、おしっこちびっちゃうもん」
チャー「まあ、教室の中に、すっごい向こうの方っていうのが作れたら、の話だけどな」
森始「それにまず気が付いてたら、あんなに盛り上がんなくて済んだかもしれないよ」
チャー「盛り上がったぶん、それに気付いた後の虚しさもひとしおだったよな」
シカオ「でもよかったあ、ジャパニーズホラーにこだわらなくて」
暁「ジャパニーズホラーにしてたら、今頃、みんな白塗りになってたね」
美千子「うち、妹、中三なんだけど・・姉の白塗り姿は見せらんないよ・・」
森始「あるね、あるある、そういうの」
美千子「妹ねえ、偏差値、私よりも二十五高いし」
暁「え? じゃあ、みっちん、偏差値いくつだったの? よく入れたね、この高校」
やがて・・
志波「どもですぅ」
出てくる志波。
美千子「あれ? なんで前のドアから出てくるの?」
シカオ「やっぱりなんかおかしいんじゃないか、中の順路そのものも・・」
志波「(構わず)・・いやあ怖いっすねえ、・・怖ええ怖ええ・・これがまたマジ怖ええ・・」
チャー「恥ずかしくないかな、そういう自分が・・」
志波「恥ずかしい? なにが?」
暁「怖くなかったんだったら、怖くないって言ってくださいよ」
志波「え? いやいやいや・・」
森始「なにがいやいやいやだ・・」
美千子「(身内に)根本的になにか間違ってるんじゃないの?」
チャー「間違ってた? どこが?」
シカオ「どこがって・・それがわかったら作る時に言ってるよ」
森始「どこが間違ってるんだよ? おいおいおいおい」
シカオ「まずさあ、入り口からなんでみんな出てくんの?」
美千子「んなことより、怖くはなかったわけでしょう」
志波「誰がそんなこと言いましたか?」
暁「・・だって、さっき」
志波「(強気に)誰が怖くないって言いましたか? いつ言いましたか?」
チャー「だって・・さっき」
志波「誰がいつ、何時何分に?」
放送部の声。
神宮司「さーあ、文化祭前夜、九時四十五分、明日の六曜祭に向け今、学内は興奮の頂点を迎えております」
チャー「九時四十五分ぐらい」
森始「どうよ、実行委員?」
シカオ「忌憚のない意見、聞かせてもらえますかね」
黙っている志波。
美千子「正直に言ってもらっていいんですよ」
志波「うん・・」
暁「率直な感想を・・」
志波「・・まあ、一言でいうと」
チャー「一言でいうと?」
志波「・・いいんじゃないんですかね?」
一人拍手する志波。
大田谷「うん、いいと思いますけどね」
チャー「思いますのあとの、その『けどね』ってのが引っ掛かるんですよ。けどね、けど、なんなんだよ」
志波「それはあれですよ」
暁「なんですか」
志波「言葉の綾ってもんでしょう」
森始「いや、そういうことじゃない、そういうことじゃなかったよな」
シカオ「言葉の綾とかそういうんじゃなかった」
志波「だって、普通そうやって使うじゃないですか、けどねって。りんごがここにあってさ、ここにりんごがあります・・けどねって」
美千子「けどね・・けど、なんなんですか」
チャー「気になるだろ、けどねって付けたら」
暁「そのりんごには何があるんですか?」
志波「何もないって、何もないりんごなの」
チャー「何もないりんごだ」
志波「そう、そういうこと」
チャー「けどね」
志波「なに?」
チャー「ほら」
志波「ほらってなんだよ」
チャー「気になるでしょう、そんなこと言われたら」
森始「なにが待ってるんだよ、その先に」
志波「ないって、だから、なにもないって・・悪くはないと思うよ、っていうかむしろ、ここまで手の込んだものは、なかなかね」
暁「なんか素直に喜べないんだよなあ」
森始「とにかくさあ、実行委員が二人入って二人とも、諸手を上げて絶賛ということではなかったわけだよ」
美千子「それは失敗したってことなの?」
チャー「いや、待て待て待て待て、早まるな、まだそうだと決まったわけじゃない」
シカオ「でも、なんていうかな、恐怖に引きつった顔でさ、息切らして出てくるっていう
のとはほど遠かったわけじゃない」
志波「いや、でもね、高校生なんだからさ、高校生らしくていいんじゃないかなあ」
美千子「なにそれ」
志波「だいたいさあ、本当に怖いものなんて作るのは無理なんだし・・」
チャー「なんで?」
シカオ「どうして無理なの?」
志波「だってできないじゃない」
森始「どうして?」
志波「だってね、本当に怖いお化け屋敷って、これまで入った経験は・・ある?」
チャー「(周りのみんなに)ある?」
全員、首を横に振る。
志波「ないでしょ・・ないわけでしょう、誰も・・本当に怖いお化け屋敷に入ったことなんてないわけじゃない、そういう経験がないのは、なんでだと思う?」
森始「なんでだよ」
大田谷「そんなものはこの世に存在しないから」
志波「っていうことだよ。ないんだよ、本当に怖いお化け屋敷なんてさ」
森始「ないから作るんじゃないか、俺達の手で」
志波「ないものは作れないよ」
シカオ「そんなこと言ってるから、お化け屋敷がいつまでたっても進歩していかないんだよ」
森始「そうだよ、もう二十一世紀になって何年経つと思ってるんだよ」
志波「おまえはお化け屋敷のなんなんだよ」
チャー「見たことのない物を作ろうよ」
暁「そうそう、そうだよ、その通り!」
志波「そもそも、お化け屋敷イコール、本当に怖いっていう発想が間違ってると思うんだよね」
森始「なんで? お化けのいる屋敷でお化け屋敷だろう、お化けは怖いものなんじゃないのかよ」
志波「ちがう」
シカオ「ちがうの?」
志波「ちがうね、おしい!」
森始「え、ちがうのかよ」
志波「全然ちがうね・・お化け屋敷が怖い物である必要はあるの?」
森始「あるだろう・・お化けなんだから」
志波「だいたいさ、なんで、文化祭にお化け屋敷をやるんだよ。だって、よく考えてみてね、文化祭ってのはね、文化の祭りだよ、それで文化祭、ね、それでさ、お化け屋敷は文化? 文化ですか? という問いかけにあなた達はみんな胸を張って首を縦に振ることができるんですか?」
大田谷「実行委員長! 文化祭実行委員長が今、そんなことを口にするのはどうかと思いますが・・」
志波「いいんだよ、大田谷。おまえも来年、二年になったら実行委員長なんだからな、文化祭におけるお化け屋敷の本質を理解しておくいいチャンスなんだから」
大田谷「いえ、来年も実行委員をやるかどうかは」
志波「なんでだよ、おまえがやらなくて誰がやるんだよ、なんのために、今回、手取り足取り教えてると思ってんだよ」
大田谷「もちろん、感謝の気持ちはいっぱいなんですけど・・今の自分の能力で、志波さんを越えることができるのかなって思うと」
志波「なにそんなことで悩んでんだよ、越えなくていいよ、越えてもらっちゃ困るよ」
森始「去年さ、お化け屋敷から出てきた小学生に、なんだよ子供だましかよ、って言われたことがトラウマになってるんだよ俺達は」
シカオ「納得のいくモノにしていこうよ」
暁「もうさあ、私達が麻痺してるんだと思うんだよね」
美千子「麻痺?」
チャー「なにに?」
暁「怖さに」
シカオ「どういうこと?」
暁「だから、なにが怖くてなにが怖くないのか・・」
チャー「ずっと、ずっと考えてたもんなあ・・怖いお化け屋敷とはなにかって・・」
森始「この世に存在しないのか、本当に怖いお化け屋敷ってのは・・」
と、隣の篤史が、
篤史「俺、ありますよ」
チャー「なにが?」
篤史「本当に怖いお化け屋敷」
シカオ「マジで?」
篤史「本当ですよ」
志波「どこのお化け屋敷だよ」
篤史「『超・戦慄迷宮』ってのがあったんですよ」
チャー「『超・戦慄迷宮』?」
篤史「富士急ハイランドに」
暁「ああ、なんか聞いたことある」
美千子「私も」
チャー「それは怖いの?」
森始「お化け屋敷で?」
篤史「もちろん、お化け屋敷ですよ、夏限定なんですけど」
大田谷「それはどういうお化け屋敷なんですか?」
篤史「設定が、今は使われていない病院なんですけど、その病院の中の手術室とか、診察室とか、死体置き場とかを全部見て回らなきゃなんないんですよ」
チャー「うわ、聞くだけでいやだな」
篤史「部屋は全部で五十五もあるんですよ」
チャー「でかいね」
篤史「広いんです」
森始「そうだろうねえ、まあ、五十五も病室やらなんやらあったらねえ・・」
篤史「出るまでに四十分はかかるんです」
一同「へえ・・・」
志波「それはまあ、いいとしてさあ」
篤史「はい」
志波「病院跡を大安高校のひとつの教室の中にどうやって作るつもりなんだよ」
篤史「例えばって、思ったんですけど」
志波「例えになってないだろ」
暁「五十五の部屋を、一つの教室に・・」
チャー「一個の部屋が、こんなこんなこんな狭くなっちゃうじゃねえかよ」
シカオ「入れないよ、人が」
森始「こうやって扉開けるだけだよ」
チャー「それじゃあ、仏壇じゃねえかよ」
志波「教室に仏壇並べてどうするんだよ」
と、一瞬にして二の三の全員が気付いた。
チャー「ちよっと待て」
森始「そうか」
シカオ「そうだよ」
暁「なんで気が付かなかったんだろ」
美千子「なるほどね」
志波「なんだ? なにに今、気が付いたんだ!」
大田谷「一斉に気が付きましたね」
チャー「仏壇並べるっていう手があったか」
志波「どうすんだよ、仏壇並べて」
チャー「いや、今、頭の中に仏壇が並んだとこ想像したら、なんかいけるかなと」
志波「どうやって、これから仏壇を五十五個揃えるんだ」
シカオ「仏壇って・・」
チャー「なに?」
シカオ「一個、二個って数えるんですか?」
森始「なに言い出すんだ」
シカオ「いや、箪笥って正式には一竿、二竿って数えるじゃないですか」
チャー「だからなんなんだよ」
シカオ「仏壇も、一個二個じゃなくて、なんか特別な単位があるんじゃないかって」
一同「え?」
暁「ああ! それだったら」
と、手を挙げる暁。
大田谷「なんですか?」
暁「前から気になっていたんですけど、お豆腐ってなんで一丁、二丁って数えるんですか」
チャー「おまえもか」
大田谷「そういえば、お豆腐一個くださいでもいいわけですよね」
シカオ「お豆腐のことなんか、どうでもいいだろう!」
暁「じゃあ、仏壇はどうでもよくないの?」
シカオ「よくないよ、杜撰な数え方なんかしてたら罰があたるかもしれないだろう」
暁「ああ、そうか」
チャー「こいつなにボケてんのかと思ったら、意味のある質問だったんだ」
森始「仏壇の数え方か・・(チャーに)知ってる?」
チャー「知るか! そんなの『ためしてガッテン』にでも聞いてみろ」
大田谷「『ためしてガッテン』はそういう番組では・・」
多岐「しまった」
志波「なんだよ」
多岐「なんか、言いそびれた・・」
志波「なにを」
多岐「にぎり寿司の一貫、って、にぎり一つのこと? それとも、にぎり二つで一貫かなって・・話の流れで、聞いてみたかったんだけど・・」
シカオ「ちよっと一度、話を仏壇に戻しましょうよ」
志波「戻すんなら仏壇じゃなくて、その本当に怖かった富士急ハイランドのお化け屋敷の話に戻せよ」
シカオ「あ、ああ、そうだ」
チャー「元の話はそこからだったんだよ」
と、出てくるジェットコースター
SE ガラガラガラガラ・・・
乗っているのは田原。
転がり出る。
田原「うわぁぁ・・」
志波「田原先輩・・」
田原「(倒れたまま)なんでも、自分の思い通りに転がすことから現役時代、転がしの田原と異名をとったこのオレが・・本当にこうして転がるなんて・・」
志波「体張って駄洒落言ってる場合ですか」
大田谷「大丈夫ですか、しっかりしてください」
田原「ちょっと、試しに乗ってくれって言われて、乗ってみたんだが・・」
多岐「どうでしたか? うちのブリザードトレインは?」
篤史「もしかして、うちのクラス以外の人間が試乗したのは初めてなんじゃないかな」
そして、その後から出てくる二の二の連中。
雅「どう、どうだった?」
田原「どうもこうも・・」
志波「どうだったんですか?」
田原「よく作ったね、こんなもん・・いやあ、ものすごい迫力だよ・・」
雅「本当に? 本当ですか?」
田原「ああ・・(と、手にしたセーフティバーを宙に突き出して)このセーフティバーがなかったら、今頃、空中に放り出されていたよ」
大田谷「セーフティバー、取れてるじゃないですか」
田原「え? あ? ええ?」
志波「セーフティバーってそんなふうに手に持てるもんじゃないでしょう、そもそも」
田原「まあ、気の持ちようってやつも多分に含まれているんだけどね・・よかったよ、こんなの、見たことないよ」
千鳥弟「お、お! おおっ!」
なな子「雅!」
みなみ「雅ちゃん!」
雅「喜んで・・いいの? 喜んでいいのかな?」
みなみ「いいんじゃないの?」
なな子「いいと思うよ」
ちよ「やったんだよ、私達」
富江「素直に喜ぼうよ」
千鳥弟「ブリザードトレインになんの予備知識もなく初めて乗った人の忌憚のない正直な意見なんだからさ、信じていいんじゃないの?」
雅「そうか、そうだよね、そうなんだよね」
と、一同、盛り上がろうとする、が・・
田原「ただし・・」
雅「ただし?」
田原「惜しむらくは、緩急がないんだよな」
なな子「緩急がない」
田原「ん、なんていうのかね・・高校生のまっすぐさが、もろに出てて・・途中で目に入ってくる物がはたしてなんだったのか、ってのがわからない・・そして、どうしてもね、初速のものすごい勢いがあるわけじゃない、後ろからこう突き動かされて、自分の体が前に押しやられて、己の(と、胸やらおなかやらを示して)このへんの内臓が後ろへと置き去りにされるようなあの感覚が後半になくなってしまうんだよね」
雅「やはり途中で失速してしまうのか・・」
志波「いや、でも、出てくる時にも相当なスピードで出てきてはいますよ」
大田谷「あれでも失速しているってことなんですか?」
田原「あんなもんじゃない、あんなもんじゃないからこそ、惜しいんだよ」
ちよ「じゃあ、どうすれば・・」
富江「それっていったい」
なな子「なんか、なんか意見ない?」
雅「わかってた・・それはわかってたんだ最初から・・」
なな子「本当に?」
雅「初速が落ちるなら、途中でまた加速してあげればいいのよ」
富江「途中で加速」
ちよ「そうか、それはそうだよね」
なな子「なるほど、そういうことか」
雅「どこをどうすればいいかはわかってたんだ(自分の頭を示し)、ここにあったんだ、最初から」
なな子「じゃあ、言ってよ」
田原「それはすぐに解決できることなの?」
雅「人手があれば・・」
千鳥弟「人手ならいるじゃん」
と、千鳥弟、座り込んでいる多岐と篤史を示す。
が・・・
多岐「今頃そんなこと言われてもね」
篤史「手伝う気にはなりませんね」
田原「なんでだよ」
多岐「嫌なこった」
田原「おまえらのクラスの出し物だろう」
篤史「それはそうなんですけどね」
多岐「俺達、仲間に入れてもらえないで、蚊帳の外なんで」
篤史「ずっと蚊帳の外にいますよ、こうやってね」
千鳥弟「なんでだよ」
多岐「なんでって(篤史に)なあ」
篤史「ねえ・・女子がやるんでしょう、今年のクラスの出し物はさあ」
千鳥弟「だからさ、クラスの出し物なんだからさ、男子がどうとか、女子がどうとか、そういうの言いっこなしでさ、やろうよ、なんでそんなに意地張ってるんだよ」
篤史「別に意地なんか張ってないもん」
多岐「俺達は最初から協力するからって言ってるんだよ」
雅「言ってませんね」
篤史「言ってたよ」
なな子「言ってなかったね」
多岐「言ってたって」
篤史「言ってたけど、そんなのいらないって言ったのはおまえらだろう」
なな子「男子が仕事選ぶからでしょ」
多岐「選んでないよ、言われればなんでもするよ」
雅「嘘だね」
篤史「本当だよ」
雅「それは女子の仕事だから、とか、すぐ言い出すじゃない」
多岐「それはさ、そういうことってあるじゃない」
なな子「ないよ、そんなね、女子の仕事なんてものは、この世には存在しないんだよ」
篤史「男子がやるよりも女子がやった方がいいことなんていくらでもあるだろう」
なな子「そう言うんだよ、男子っていっつもそう言って、なんでもかんでもめんどくさいこととか自分ではやりたくないこととかは女子に押しつけて来るんだよ」
富江「そうだそうだ!」
ちよ「その通り!」
篤史「なに言ってんだよ、いつそんな事言った」
雅「いっつもだよ、いっつもそうだったんだよ、小学校の時も、中学校の時も、女の子の仕事、男の子の仕事って分けられて・・今度の文化祭だってそうだよ、ジェットコースター型のさ、アトラクションみたいなお化け屋敷作ろうって言ったとたんに、男の子が主導権握って、女子になんでもかんでも自分達の嫌なことを押しつけてくるって、そんなことわかってたんだよ・・女の子だからジェットコースターなんて作れないってみんな思ってるんだよ、みんなみんな、世界中の人が思ってるんだよ、そんなことはわかってるんだ。だから私達女子が、機械運動学の本やら、球座標系でのベクトル解析の本やら、基本ベクトルの時間微分まで勉強してこのブリザードトレインの設計をしたんじゃないの」
志波「そんな苦労があったのか、このトロッコに」
大田谷「その割にはセーフティバーが取れているってのが腑に落ちませんけどね」
と、今まで作業していた紙吹雪の入った段ボールのような物を抱えて二の三の方へと歩み寄る多岐と篤史。
多岐「あの、頼まれていた紙吹雪、出来ました」
チャー「あ、どうもありがとうございます」
志波「え? え? ええっ?」
と、森始、その紙吹雪を手ですくってみて。
森始「ああ・・こりゃいい紙吹雪だ・・」
篤史「ひらひらひらって落ちてくる時、滞空時間が長くなるように、くしゃくしゃってシワ付けてみたりしてあります」
森始「芸が細かいね」
シカオ「ありがとうございます」
志波「なんで?」
篤史「え?」
志波「なんで、よそのクラスの紙吹雪を作ってんだよ、あんた達は・・」
篤史「だって、頼まれたから」
大田谷「自分のクラスの出し物がまだ完成していないのに?」
多岐「それはだって、俺達のせいじゃありませんから・・(と、篤史に)なあ」
篤史「ええ・・だって、なんにも手伝わせてくれないし」
なな子「いろいろ頼んでたじゃない、最初の頃は」
富江「そうだよ、なのに、それは女子の仕事だろうって言ってさあ」
篤史「だってあれは女子の仕事だろう」
多岐「女子にしかできない仕事だから、女子の仕事って言ったんだよ、それの何が悪いんだよ」
雅「なんだとおりゃ!」
千鳥弟「いいかげんにしろよ!」
一同、黙る・・
千鳥弟「なにを意地、張り合ってるんだよ、仲良くやろうよ、それでいいじゃないかよ。一生に一度のさ、文化祭なんだからさ。なに言ってんだよ。男子だからとか女子だからとか、そんなの関係ないじゃない! 俺はね、なんでもやるよ、そんな、なに、くっだらないプライドなんか要らないんだよ、男の仕事、女の仕事、そんなのどうでもいいんだよ」
なな子「そうだそうだ!」
富江「千鳥弟だけだよ、私達の味方は」
千鳥弟「うるさいよ、おまえらも同じだよ」
雅「え?」
千鳥弟「くだらない事にこだわってるのはおまえらだってそうじゃねえかよ、いいよ、俺はどっちの味方もしねえよ、くっだらないそんなプライドと引き替えにね、もっともっと素晴らしいものをこの文化祭でさ、手にしてやるよ、おまえら、いつまでも、そうやって男子がああ言った、女子がこう言ったって言ってりゃいいじゃねえかよ、俺は一人になってもこれをやるよ、やってやるよ」
雅「一人でなにができるっていうのよ」
篤史「なにしようとしてるんだよ」
なな子「一人でどうすんのよ」
と、その千鳥弟の肩を叩いた。
田原「手伝うよ・・」
千鳥弟「本当ですか?」
田原「俺なんかでよければ」
千鳥弟「ありがとう、ありがとうございます」
田原「いや、謝るのは俺の方だ、君の意見は正しいよ。今の今まで君の事を、校長の息子だからって縁故入学してきた双子の片方だなんて、思い込んでいたからさ・・」
千鳥弟「いいんですよ、そんなこと、今言ったことは全部事実ですから」
田原「あ、そうなの・」
千鳥弟「ええ・・そうですよ、さあ、やりましょう、ブリザードトレイン」
田原「よーし」
と、みんな二の二に入っていく。
森始「いいの、行かなくて」
篤史「いいんですよ」
シカオ「本当に?」
多岐「あの・・」
チャー「え?」
多岐「さっきの話なんだけどさあ」
チャー「さっきの話?」
多岐「本当に怖いお化け屋敷」
シカオ「あ、ああ・・病院跡を教室に作るかって・・・」
多岐「あ、いや、そういうことじゃなくって」
暁「じゃあ、どういうことなの」
多岐「本当に怖いのって、病院跡とか、そういうのじゃないんじゃないかなって思うんだよね」
チャー「じゃあ・・なに?」
多岐「俺が、やっぱり本当に怖いなって思うのは・・」
シカオ「思うのは?」
多岐「・・ん、なんか恥ずかしいな、こういうこと、みんなの前で言うのって」
森始「恥ずかしくない、恥ずかしくない、みんな誰だって一つや二つ怖い物がこの世にはあるんだから」
多岐「そう・・かな」
暁「そうだよ、そうそう」
多岐「本当に怖いと思うのは・・」
一同「うん」
多岐「やっぱり・・人間かな」
チャー「人間?」
暁「この世で一番怖い物が・・・」
森始「人間?」
多岐「この世で一番怖い物って、人間だと思うんですよね」
チャー「一番怖いのが人間・・なんだか謎掛けみたいな言葉だなあ」
放送部部室では、
由紀「あのさあ・・」
神宮司「・・・うん」
由紀「ベータエンドルフィンって知ってる?」
神宮司「・・・なにそれ?」
由紀「恐怖を感じたり、切迫したりして、いつもとちがってドキドキしていると人は恋とかしやすくなるんだよ」
神宮司「ちがう、そんなんじゃない・・もしも、今のこの気持ちが、そのなに? ベータ・・」
由紀「エンドルフィン」
神宮司「ベータエンドルフィン? なんてもののせいなんかだったりしたら、そんなことで片付けられてしまったら、あまりにも切ないよ、切なすぎるってもんだよ」
由紀「わかってる」
神宮司「そんなんじゃないんだ、これはさあ、今に始まったことじゃないんだ、ずっとね、ずっと前から・・由紀ちゃんの事がさ・・けっして、今がさ、文化祭の前日で、みんなであわてふためいて、ドキドキしてるよ、でも、これはさ、ベータエンドルフィンが脳ミソの中にわき出ているから、とか、そんなんじゃないんだよ・・そんな・・」
由紀「わかってる・・わかってるよ」
神宮司「わかってるの? 由紀ちゃん」
由紀「わかってる、っていうかわかってた・・神宮司先輩の気持ちは・・・一応ね、もう十六年も女の子やってんだから、それくらいは、ねえ・・わからないと・・なんのために女の子やってるかわかんないじゃない」
神宮司「(よくわからないが)う、うん・・それで・・返事は・・」
由紀「だから・・それが返事です」
神宮司「え?」
由紀「わかってました・・でも」
神宮司「でも?」
由紀「(無理矢理笑って)だからぁ・・それが返事だってば」
神宮司「わかってた・・でも」
由紀「うん、わかってた、でも」
神宮司「(ようやく理解した)・・そうか」
由紀「うん・・」
神宮司「理由って、聞いてもいい?」
由紀「理由・・ですか?」
神宮司「うん」
由紀「好きな人がいるから・・」
神宮司「そうなんだ」
由紀「大助先輩です」
神宮司「大ちゃんかぁ・・(と、気付いてあわてる)え、もしかして?」
由紀「まだ、付き合ってはいませんよ」
神宮司「あ、そう、そうなんだ、ああ、びっくりしたぁ」
由紀「でも、今日、せっかくだから言ってみようかなって」
神宮司「せっかく?」
由紀「せっかく、私もベータエンドルフィンが出まくっている感じなんで・・今日、告ってみるべかなって」
神宮司「なんだよ、みるべかなって」
由紀「告る・・つもり」
と、そこにやってくる大助
大助「すんごいねー」
由紀「あ、大助先輩」
神宮司「大ちゃん!」
大助「すごい、すごい、すごい」
神宮司「・・な、なにが?」
大助「なにがって、メイド喫茶だよ、やったじゃん、神宮司、男子も女子もすげえ楽しそうでさ・・男の楽園、女の天国! ね!」
神宮司「あ、ああ、ねえ・・」
大助「あ、あれ? なに、どうしたの? なんか元気ないじゃん」
由紀「なんか元気の出る曲かけましょうか」
神宮司「あ、あのさあ、大ちゃんさあ・・今、俺ね・・」
大助「うん、なになになに?」
神宮司「・・今ね」
由紀「黙ってて」
と、由紀、マイクのスイッチを入れる。
由紀「さあ、ヒートアップしてきました文化祭前夜、眠気覚ましに放送部がお送りします、曲は、サザンオールスターズで『みんなのうた』」
フルボリュームカットイン。
『みんなのうた』ライブバージョン。
が、かかる中。
三人で談笑している姿。
やがて、下のドタバタしている風景にも明かりが入る。
志波「本当に怖い物なんて無理なんだよ」
森始「そうかなあ、本当にそうなのかなあ」
志波「例えばね、カップルがいてさ、二人でお化け屋敷入ろうかってことになるでしょう。二人でさ、普段は出せない悲鳴を出したりね、できるからおもしろいんじゃん、普段はやりたくてもできない、ぎゃあーと叫んでね、隣にいる彼とか彼女とかにぎゅっと抱きついてみたりさ、できるところなわけじゃん、それがお化け屋敷ってもんでしょう」
シカオ「それはそうだなあ、そういうもんかもなあ」
志波「だから、そこそこでいいんだってば」
森始「確かにそれはそうかもしれない」
志波「そうでしょう」
森始「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないってところで、我々は生きていきたい」
志波「なに言ってんだよ」
シカオ「実行委員長のおっしゃることは至極ごもっともなね、御意見として拝聴に値するよ、ね、でもね、どうしても、その考え方には甘えがあるような気がしてしょうがないんだよね」
志波「なんだよ、甘えって」
シカオ「なんて言うのかなあ、どうせ無理なんだから、不可能だから、このへんでいいだろうっていう、甘えっていうの?」
暁「お茶を濁している感じ」
森始「そう! その通り、お茶を濁している感じがしてしょうがないんだよね」
シカオ「俺達のお化け屋敷をお茶で濁したくないんですよ」
志波「おまえ、まじめな顔して、自分がなに言ってんのかわかってんのか」
シカオ「わかってますよ、あたりまえじゃないですか」
志波「じゃあ、もういっぺん言ってみろよ」
シカオ「俺達のお化け屋敷をお茶で濁したくないんですよ」
大田谷「意味は間違ってないんですけどね」
志波「別になあなあでやっときゃいいだろうって言ってんじゃないんだよ、精一杯やってもらって構わないんだよ、もちろん」
チャー「それを人は美学っていうんだよ。高校二年の秋にむちゃくちゃやらなかったら、次はいつむちゃくちゃやれるっていうんだよ、え?」
森始「なにか手はあると思うんだよね」
大田谷「なにかって、なにが?」
森始「それを今から考えるんだよ」
と、下手からやってくる光男。
光男「あ・・あれ?」
大田谷「あれ? どうしたんですか? 二の一」
光男「あ、いや・・なんでもないです・・俺・・方向感覚がちょっとあれなんで・・また戻って来ちゃった・・おかしいなあ、お疲れさまです、お先です」
と、上手にはけていく。
見送った志波と大田谷。
大田谷「方向感覚がおかしいって・・珍しいなあ、自分の学校の中で迷ってるなんて」
チャー「ちょっと、一つ一つもう一回検討してみよう」
森始「よっしゃ!」
チャー「まず中に入りました」
シカオ「真っ暗です」
チャー「よく足下は見えません」
森始「足下はしっかりしてないんだよな」
暁「足下は緩い」
シカオ「新聞紙と段ボールを水で濡らして、敷き詰めたからね」
森始「ゆるゆるだよね、足下」
チャー「人間、足下が不安定になると、ものすごく追い詰められた気になるからね」
森始「ここまではいいんじゃないの?」
志波「ここまでって、まだ一歩足を踏み入れただけだろう」
森始「いや、この一歩は恐怖につながる大事な一歩なんだから」
チャー「うん、この一歩さえ踏み出さなければ・・て、あとで後悔する一歩なんだよ」
志波「たかだか教室に入った一歩だろう、なんだかんだ、修飾してもさ」
シカオ「ちよっと、こっちでせっかくいろいろ盛り上げてるんだからチャチャ入れないでもらえるかな」
暁「うるさいよね」
志波「おい! 今、うるさいとか言わなかったか! だいたい、おまえらが意見を聞きたいって言ってるから、言ってやってるだけだろうが」
森始「入り口に入りました」
暁「まだ入り口か・・」
シカオ「ちょっと気が遠くなるくらい、一からの検証ですね」
志波「あのさあ、もういいから帰れよ、帰ってゆっくり考えろよ」
森始「いやいやいやいや・・」
チャー「もうちょっと、もうちょっと時間があればな」
シカオ「実行委員長、なんかないかな」
志波「知らないよ、実行委員は実行委員として、文化祭が無事に運営されるよう、体張るだけなんだからさ、各クラスの出し物の出来不出来に口は挟みませんよ、でもね、ちょっと言わしてもらっていいかな」
森始「なんだ、やっぱりなんか言いたいんじゃん」
志波「言いたかないよ」
シカオ「言ってんじゃん」
志波「言わずにはおれないからだよ」
森始「言えよ、止めねえから」
志波「一番怖いのは人なんだよ・・(と、多岐に)そうだよな」
多岐「ですね・・」
森始「一番怖いのは人・・」
チャー「なにかそこにありそうな気がするんだけどな」
暁「時間が・・・」
と、やってくる香子。
香子「まもなく下校時刻です、十時完全退出です・・今、行っている作業を即刻中止し、生徒は下校の準備をするように、繰り返します、まもなく下校時刻です、十時完全退出です・・今、行っている作業を即刻中止し、生徒は下校の準備を・・」
志波「先生」
香子「実行委員長! 委員長も急ぎなさい」
志波「あと、三十分、あと、三十分もらえませんかね」
香子「今、何時だと思ってるんですか、もう、九時四十五分ですよ」
志波「え、ええ・・わかってます、わかってはいるんですけど、ちょっとですね、今ですね・・」
美千子「あれ、なんか、さっきも九時四十五分じゃなかったっけ?」
暁「え、そうだっけ?」
美千子「なんかこの感じ、前にも見たことある気がする・・」
志波「あと、三十分、下校時間の延長を・・」
香子「あと、一時間、あと三十分、どれだけ時間があれば済むんですか?」
と、やって来る校長先生。
香子「校長先生!」
志波「あと、三十分、三十分でいいんです・・校長先生! なんとか、なんとかなりませんか!」
と、校長が香子のハンドマイクを奪い。
校長「まあ、年に一度の文化祭ですから、生徒諸君の自主管理の尊重という意味合いからもですな、校長の私が今更、口を差し挟むというのも、なんなんでありまして、しかしながら、かの親鸞も申しておりますとおり、善人なおもて往生す、まして悪人においておや、人はただ一人旅に出て振り返らないで泣かないで歩くのであります。ああ、誰知るか百尺下の水の心。人間誰しも悩み苦しみ過ちそして成長し、桃太郎は満州に渡りジンギスカンになるのであります。かの大ゲーテ曰く、苦悩を経て、大いなる快楽に至れ、というようなわけでありまして、なにはともあれ全員怪我一つなくなにより、無事是名馬であります、安全第一で・・」
森始「三十分くれるのか、くれないのか!」
チャー「校長の話はいつも無駄に長いんだよ」
暁「そうだ、そうだ」
シカオ「貴重な青春の時間を返せ!」
香子「なに言ってるんですか、どいつもこいつも・・私の家で小学五年生の息子と、中学二年生の娘がおなかを空かせて私の帰りを待っているんです」
志波「な、な、なんて話を持ち出して来るんだよ」
香子「どうしてくれるんですか?」
志波「わかっています、重々、わかっています」
大田谷「実行委員長! 校長先生や香子では話になりませんよ、やっぱり、薫先生に相談しないと」
志波「薫先生か」
大田谷「一番我々に親身になってくれる」
香子「そうそう、薫先生、見ませんでした?」
志波「薫先生?」
香子「ずっと姿が見えないんですよ」
大田谷「薫先生」
志波「薫先生か・・そういえば、見ないな」
と、二の二のトロッコがまた走り出てくる。
一同「うわぁぁ・・」
転がる。
なな子「惜しい、もうちょっとだ」
富江「人手が、人手が足りない」
ちよ「人手さえあれば・・」
みなみ「あのカーブ前に加速できたら・・」
と、一同、すっかり二の三に溶け込んでいる多岐と篤史を見る。
雅「やめよう、やつらを当てにするのは」
田原が飛び出してきて、
田原「あと一歩だぞ!」
二の二「おー!」
博嗣、またしても、大きな棺桶のような物をかの子と一緒に運んでくる。
博嗣「はい、はい、ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ・・」
と、その荷物を舞台の中央に置く。
博嗣「体育館のステージようやく空きそうだよ! ブタシュウ!してください、これ運んだら場当たりですよ」
かの子「お待たせしました!」
雅「博嗣!」
博嗣「(美千子に)ブタシュウ、だぞ、ブタシュウ!」
森始「ブタシュウ?」
チャー「ブタシュウってなんだよ」
美千子「ブタシュウって舞台集合のこと」
博嗣「はい、ブタシュウーね!」
美千子「ブタシュウってなに?」
森始「だから、舞台集合なんだろ?」
雅「なんで今頃、ブタシュウしなきゃなんないの?」
香子「あと十五分」
美千子「そうだよ、あと十五分だよ」
志波「そうか、おまえ演劇部もやってるんだよな」
雅「面目次第もない」
美千子「今からブタシュウしてどうすんだよ」
博嗣「体育館のステージがようやく空きそうなんだよ、今から場当たりできるからさ」
美千子「場当たり? もう九時四十五分だよ・・」
雅「あと十五分でなにやんの?」
博嗣「だから、場当たり」
美千子「十五分で場当たりなんかできるわけないじゃない」
博嗣「場当たりやらなくてどうすんだよ」
美千子「できないよ」
雅「よし、やろう!」
美千子「マジ?」
雅「やろう、こうなったらやるしかないんだから・・なにもかも受けて立とう」
と、体育館に向かって行こうとする。
志波「ちよっと待て」
雅「はい?」
志波「どこ行くんだよ」
雅「だから、体育館」
博嗣「演劇部の」
雅「場当たりしてないのよ、場当たりってわかる、音響とか照明のね、きっかけ合わせたりするの」
博嗣「それを場当たりって言うんです」
志波「場当たりの説明なんかいいんだよ! おまえが今、ここにいなくてどうすんだよ」
博嗣「いや、でも、ようやく体育館のステージが空いたんで」
志波「それはわかったよ、でも、じゃあ、こっちはどうすんだよ」
美千子「これから場当たり?」
博嗣「やらないないよりやった方が断然いいに決まってるだろうが、どっちかっていうと、断然いいだろうが」
香子「あと十五分!」
美千子「十五分だよ!」
博嗣「十五分、大事に使っていこうよ、一秒たりとも無駄にせず」
美千子「なにするのよ、十五分で」
博嗣「ほら、なにごちゃごちゃ言ってんだよ! 集合ね、集合、とにかく演劇部の部員は体育館に集合!」
美千子「集合してどうすんのよ」
博嗣「集合しないでどうすんだよ」
美千子「集合してなにから、どうすんの!」
博嗣「それはまず集合して考えようよ」
美千子「できないでしょう・・なにも!」
チャー「待てよ、待て待て、だからさ、できるとか、できないとかじゃなくって、行くなよ、演劇部なんか、演劇部とクラスのお化け屋敷とどっちが大事なんだよ」
志波「そうだよ、どっちが大事なんだよ」
博嗣「(チャーに)一瞬、お借りします」
チャー「一瞬ってなんだよ」
博嗣「とにかく行くぞ」
雅「すぐ戻る、必ず戻るから・・」
篤史「おまえ、いっつもそうな!」
雅「なにがよ!」
篤史「そうやって二股かけてよ」
雅「な、なんだよ」
篤史「なんだよじゃねえよ、いっつもそうじゃないかよ」
雅「だからあれは二股じゃないって」
篤史「二股じゃなけりゃなんなんだよ」
雅「二股じゃなくて、たまたまだよ」
篤史「二股とさ、たまたまってのは音が似てるけど、意味は全然ちがうんだぞ! わかってんのか」
雅「知ってるよ、そんなこたぁ!」
多岐「おまえ、二股かけられてたのか」
篤史「できるだけ優しい言葉をかけてください」
志波「そんな話は後でいいんだよ、だって、ブリザードトレインの完成図はおまえの頭の中にしかないんだろうが・・」
雅「ああ・・そうだけど・・」
と、身悶えして苦しむ。
雅「慮って!(おもんぱかって)よ、わかってよ」
志波「わかんねえよ」
美千子「すいません・・ちよっと」
チャー「ちょっと、なんだよ・・」
美千子「やむない事情なんで」
暁「うちのお化け屋敷以上に、やむない事情なんてあるわけないでしょう」
と、棺桶から埃にまみれた薫先生が起きてくる。
薫「あ・・ああ・・・あああ・・」
志波「先生!」
香子「薫先生」
大田谷「薫先生!」
香子「薫先生、どこ行ってたんですか?」
薫「いや、ちょっとうたた寝を・・」
香子「うたた寝」
博嗣「この中で?」
かの子「どおりで妙に重いと思ったら・・」
薫「ずっと、もう、ずいぶん前からこいつらのドタバタ騒ぎに付き合って・・心身共に疲れ切ってしまって、つい、眠ってしまいました・・・いやあ、熟睡してしまいました・・最後に携帯で時間を確認したのが、九時四十五分で・・今、何時ですか? あれからどのくらいの時間が過ぎました?」
香子「今は、九時四十五分です・・」
薫「九時四十五分?・・まだ、九時四十五分・・私が寝入ったのは、九時四十五分なんですよ」
香子「薫先生、落ち着いてください・・さあ、こっちへ・・ちょっと、座って・・」
と、階段の上の方までよたよたと歩く薫先生に肩を貸す香子。
博嗣「行こう」
雅「すぐ戻る!」
美千子「(二の三に)すいません、そんなわけで」
チャー「どんなわけだよ」
博嗣「(美千子に棺桶の)そっち持って!」
美千子「はい!」
雅「行くよ」
と、三人と棺桶、はけていく。
志波「安達!」
かの子「はい!」
志波「おまえ、上の教室点検してきてくれ、俺達、事情があってここを離れらんないんだよ」
かの子「わっかりました! 私にまかせてください!」
と、階段を上がっていく。
放送室で神宮司が喋っている。
そして、階段の上では、大助と由紀。
神宮司「起こりうるであろうことはみんな起きるし、起こり得ないことまでみんな起きてしまう、それが文化祭の前日ってもんじゃありませんか。彼女は彼のことをいつしか好きになっていて」
由紀「大助先輩」
大助「え?」
由紀「付き合ってください」
神宮司「でも、そんなふうに告られた彼はまさかそんなことになるなんて」
大助「え?」
由紀「付き合ってください」
神宮司「夢にも思っちゃいませんでした」
大助「なんで?」
由紀「なんでって、好きだから」
神宮司「そんな突然の告白にえらく驚いて」
大助「え、ええっ! 嘘だろ・・またまた」
由紀「本当ですよ」
神宮司「戸惑って、うろたえて」
大助「やめてよ、由紀ちゃん、びっくりするじゃない」
神宮司「その驚きを隠すこともできず」
大介「嘘・・だよね、からかってるでしょ・・」
由紀「本当ですって・・好きです、大助先輩、大好きです。だから付き合ってください」
神宮司「笑顔が凍り、心が火照る・・みなさんは、気付いていますか、世の中に流れる歌は、みんなみんな人の恋について歌ったものばかりだということを・・」
由紀「付き合って・・・もらいたいんだけど・・」
大助「え・・え、なにそれ」
神宮司「さって、このあたりでなんの曲をかけましょうか、選曲次第で盛り上がるかもしれないし、大変なことになるかもしれません」
大助「んと・・んと・・ちよっと! ちよっと時間もらっていいかな」
由紀「え? ダメだよ、そんなの!」
大助「え? え?」
由紀「今、返事して、今!」
大助「い、今?」
由紀「今しかないのよ、今!」
大助「あと、十五分、あと十五分でいいから時間、くんないかな」
由紀「あと十五分しかないのよ」
大助「まだ十五分もあるだろ」
由紀「・・・返事は?」
大助「なんで、今なの、今になって言うんだよ、そんなこと」
由紀「言うなら今でしょ、今しかないでしょ」
大助「だいたいさあ、俺なんか・・俺なんかにそんなこと言うなんておかしいよ」
由紀「おかしい? なにがおかしいの?」
大助「だって、俺、就職とか決まってないし・・」
由紀「それがなんだって言うの!」
大助「だってほら、先行き、不安定じゃない・・」
由紀「不安定?」
大助「三年の二学期の終わりになって、まだ進路も決まってなくて・・それで、受験の勉強なんかなんもしてないで」
由紀「放送部の部活、がんばってたじゃないですか」
大助「なんにもやることがないから、逃げるように放送部の部活に精を出したりして・・なんにもないんだよ、俺には」
由紀「なにもない?」
大助「なにもないじゃない」
由紀「それは自由!」
大助「それはあまりにも状況をいいように捉えすぎてるよ」
由紀「返事・・ください」
大助「え・・え・・ええっ・」
由紀「時間、時間があればいいんですか?」
大助「あ、いや、ちがう、たとえ時間があったとしても同じ事だよ・・・君には俺はもったいないよ・・」
由紀「え?」
大助「君には俺はもったいないよ」
由紀「どういうこと?」
大助「あ、ちがった・・ちがうちがう全然意味がちがう、俺には君はもったいないよ、だよ(と、確信して言う)俺には君はもったいないよ・・」
由紀「大助先輩・・」
大助「ほら、ね・・俺さ・・女の子に告られて、それで、断る時ですら、今みたいにどうでもいいとこで間違えて、かっこいいこと一つ言えないんだよ・・もったいないって」
由紀「それが・・返事?」
大助「ごめん、ごめんね!」
と、階段を駆け上がっていく大助。
そして、その場にへたりこむように、由紀・・・
階段の半ばに座り込んでいる香子先生と薫先生。
薫「近頃、妙に気になっているのですが、ほら、よくあるでしょう。初めての街を歩いていて、いつか見た光景に出会ったり、今、自分がしていることをいつか、そのままそっくり、繰り返していたような気がしていたり・・」
香子「デジャブ、というやつでしょ・・疲れている時に、人間の脳が生み出す偽りの体験ですよ」
薫「私もそう思っておりました・・疲れているんだと、だからそんな奇妙な考えにとりつかれるんだと・・でも、そうではない、そうではなかったんだ・・」
香子「なんの話ですか?」
薫「さっき、校長が言ってましたね、今日一日、今日一日さえ乗り切れば、明日は学園祭の初日だと・・」
香子「ええ・・」
薫「それと同じような台詞を、ずっと聞いているような気がするんです・・」
香子「疲れているんですよ、疲れているから、そんなありもしない記憶を願望が作り出すんですよ・・連日この、もって行き場のないストレスを抱えた生徒達が、ここぞとばかりに発散している現場に日々、立ち会っているなら、それも無理のない話です・・・(そして、明るく、励まそうとして)ま、それも今日で終わりですよ・・あと、十五分で終わり・・(絶句する)」
薫「そう考え始めて、初めて気が付いたんですが、自分でも驚くくらい記憶がはっきりしないんです、昨日のことも、その前日のことも・・いや、うっかりすると、数時間前のことも忘れていることがあったり・・いつ、どこで誰と会い、なにをしたのか、なにを話したのか? だいたい、この文化祭の準備がここまでヒートアップしたのは、何日前からのことでしたっけ? 三日ですか、四日ですか、一週間ですか?」
香子「さて、ドタバタしていましたからねえ」
薫「忘れてしまうほど、前からですか?」
香子「先生・・」
薫「なんですか?」
香子「・・・今、なにを考えていらっしゃいますか?」
薫「・・・・・」
香子「はっきり・・言ってみてください」
薫「これはあくまで仮説でして、私のボケた頭が生み出した妄想なら、むろんそれに越したことはないんですが、私はこう思っているんです。昨日も一昨日も、いや、それ以前から、ずっとずっと以前から、気の遠くなるくらい前から、俺達は文化祭の前日、九時四十五分という同じ時間の、同じドタバタの時間を生きているのではないかと・・そして、これからも、この先も・・」
香子「そんなバカな! 疲れているんです。疲れて意識が混乱しているだけですよ。あと十五分じゃないですか・・あと十五分経てば下校時間です。そしたら、すぐに家に帰って、ゆっくりと眠って、それで・・それで明日になれば・・」
薫「明日になれば?」
香子「明日に・・・なれば・・」
薫「明日?」
香子「ええ・・だって、だってそうでしょう、明日になれば・・」
薫「明日ってなんですか? 明日は来るんですか?」
香子「なにを言ってるんですか、先生は?」
薫「(急いて)明日は・・来るんですか? それよりもなによりも、下校時間はどうなんですか?」
香子「先生、なにを言ってるんですか」
薫「それよりもなによりも・・下校時間は来るんですか?」
香子「あと十五分もすれば・・」
薫「だからそれなんです・・あと十五分・・あと十五分・・先生は、この言葉を何回口にしましたか?」
香子「それは・・・」
薫「いったいいつからですか? 先生があと十五分で下校の時間ですと、言ったのは?」
香子「さっきですよ」
薫「さっき? (しかたなく微笑み)さっき・・さっきだとしましょう、さっきから、今、どれくらいの時間が流れているんですか?」
香子「それは・・」
薫「時計を見てください(と、放送室の時計を指し示した)今は? 今は、何時何分ですか?」
香子「(時計を見て)・・九時、四十五分です」
薫「ですよね」
香子「・・・はい」
薫「我々がこの話を始めて、どれくらいの時が経ったと思いますか?」
香子「それは・・」
薫「九時四十五分に話し始めて・・今もまだ、九時四十五分なんでしょうか・・」
香子「・・・・・」
薫「思い出せないんです・・・昼飯を食った気がします。コンビニの弁当でした。生徒が買い出しに行くって言って、ついでに頼んで・・おろし竜田弁当と十六茶でした・・でも、でもですね、先生、朝、なにを食べたか、それよりなにより、朝、なにをしていたかが、どうしても思い出せないんです。先生は朝、なにをしていましたか? 覚えていますか?」
香子「眉が・・」
薫「え?」
香子「いや、眉毛がうまく描けなくて・・それでちょっといらいらして」
薫「ああ・・」
香子「なんか、鏡に向かって悪態をついたりしましたね」
薫「他には」
香子「他に?」
薫「他にはなにをしました? なにを食べました? 何時に学校に来ました? 来る時はどうでした、いつもとちがう何かが、ありませんでしたか? なんでもいい、どんな小さなことでもいい、いつもとちがう、今朝だけの、記憶です」
香子「いや・・別に・・」
薫「そうでしょう・・」
香子「いえ、だからといって、それはなにも・・仮に、仮に先生の言うとおりだとして、ではなぜ周りの人間が騒ぎ出さないんです。この学校に今、何人の先生と何十人の生徒が居残っていると思ってるんですか? なぜ、誰もそれに気が付かないんですか?」
薫「先生、今、今すぐ帰宅してもらえませんか?」
香子「どうして・・今、帰れるわけないじゃないですか・・生徒を残して・・しかも、あと十五分で」
薫「そうです、みんなそう思っているんですよ、この場から今、離れるわけにはいかない・・だからここにいる・・もしも、この高校だけではなく、この街全体が、この世界全体が九時四十五分に留まっているのだとしたら・・」
と、二の二の教室から、またしても、轟音と共にトロッコが走り出てくる。
そして、冒頭と同じように転がる人々。
一同「わーっ!」
転がり出てくる。
しかし、今度はすぐに飛び起きて。
なな子「さっきよりはいいんじゃないかな」
みなみ「今のは意味のある失敗だったと思うな」
富江「ちよっと、なんか今、見えた気がする」
なな子「行けそうだよこれ」
ちよ「もちろんだよ」
みなみ「当たり前じゃん」
田原「もっかい、もっかいやってみよう」
と、駆け込んでくる暁。
暁「あった、あったよ、ほらぁ」
シカオ「おお! でかした、やったじゃん!」
すぐに駆け込んでくる千鳥兄。
千鳥兄「あった、あった、諦めないで探してみるもんだねぇ!」
シカオ「おー! これで塗り壁の行き止まりにもう一工夫できますよ」
と、階段の上、三階から帰って来るかの子。
かの子「三階は全員下校、もぬけの殻です」
志波「(と、気付いた)『メイド喫茶』は? 『メイド喫茶』はどうした?」
かの子「『メイド喫茶』?」
志波「三階にあるだろう、『メイド喫茶』が、有志でやってる『メイド喫茶』だよ!」
かの子「いえ・・『メイド喫茶』は四階です」
志波「なに!」
一応、一同、びっくりする。
志波「四階ってなんだよ、四階って」
かの子「『メイド喫茶』は四階の物理室です・・」
間。
志波「・・」
かの子「はい・・」
志波「おまえ、この学校に四月から入学して、何ヶ月になるんだ・・ええ?」
かの子「何ヶ月? えっと・・」
志波「この学校は何階建てなんだよ」
なな子「三階建て・・」
志波「三階までしかないよなあ」
富江「校舎は三階建てだよ・・」
志波「この学校は三階建てだろう! なんで四階があるんだ?」
かの子「え? でも・・四階にありましたよ」
志波「頑固だねえ、自分の意見は意地でも通すんか」
かの子「でも、事実ですから」
と、体育館から帰ってくる雅。
篤史「あれ、どうしたの?」
雅「台本!」
篤史「台本?」
雅「台本見なかった? 私の台本」
篤史「演劇の?」
雅「そう、この辺とかに鞄なかった?」
と、多岐が見つけてやる。
多岐「これ?」
雅「そう、それ・・」
と、中から慌ててコピーされた台本を取り出して床に置いて、次々とめくっていく。
下手から駆け込んでくる光男。
目の当たりにするすべてのモノに呆然となる。
光男「あ、あれ、え! ええっ!」
志波「どうしたんだよ、なにやってんだよ、二の一!」
光男「なんで? どうして?」
志波「さっき帰ったんじゃなかったの?」
大田谷「忘れ物ですか?」
志波「なんでまたここに戻って来るんだ?」
光男「また・・またここかよ」
大田谷「え? な、なんですか?」
光男「帰れない・・」
志波「なんで?」
光男「帰れないんです・・ずっと、ずっと・・下駄箱の方に向かって歩いてるはずなのに・・また、ここに戻ってきてしまう」
篤史「どうしたの?」
雅「ちよっと、台詞が」
多岐「台詞? 忘れちゃったの?」
雅「ちがうの」
篤史「え?」
雅「忘れるくらいならまだいい・・」
多岐「どういうことなの?」
雅「台詞が入ってないの」
篤史「入ってない?」
雅「覚えてないの・・私、自分の台詞を覚えていないことに今、気付いたの」
篤史「うそお」
雅「本当よ」
篤史「あり得ねえよ」
雅「わかってるわよ、そんなこと」
多岐「だって・・今まで演劇部はずっと練習してきたんだろう・・」
雅「ちよっと、黙ってて」
多岐「おまえ、今日、みんなに黙ってろって言われてるよな」
雅「(本気でびびっている)今、どこをやっているのかも、わからない・・なんで・・他のみんなはあんなに台詞がスラスラ出ているのに・・ああ、どうしよう、どうしよう・・どこやっているのかもわかんない・・」
篤史「だいたい、なんの話なの?」
雅「それも・・それすらも、わからない」
篤史「おかしいよ、そんなの」
雅「おかしいよ、でも、現実なんだよ」
篤史「現実って・・あり得ないよ、そんな夢みたいな・・」
雅「台詞、台詞・・私の台詞!」
篤史「タイトルは?」
雅「わかんない」
篤史「わかんない?」
雅「わかんないの」
篤史「落ち着け!」
雅「(びっくりしている)!」
篤史「大丈夫だよ、おまえには俺がついてるから・・」
そして、放送部に戻った大助。
神宮司「なんでだよ」
大助「なにが?」
神宮司「なんで断るんだよ」
大助「・・知ってたのかよ」
神宮司「ああ・・」
大助「なんかさ・・ダメなんだよ」
神宮司「なにがダメなんだよ・・嫌いなの? ちがうでしょ、嫌いじゃないでしょ」
大助「うん、好き・・っていうか、好きとかじゃないよ、大好きだよ、俺だってぇ(泣きそうになっている)」
神宮司「(もう、立ち上がる勢いで)じゃあ、なんでだよ!」
大助「だって、こんな夢みたいな話!」
神宮司「いいじゃないか!」
大助「え!」
神宮司「夢なんだから」
大助「・・うん」
神宮司「これは夢なんだからさ」
大助「うん・・本当はね、そうなんだけどね」
雅「自分のね、出るところはわかってるの、でも、出てなんて言うのか、台詞をまったく覚えてないことに気が付いたの」
篤史「なんで今頃になって気が付くんだよ」
雅「言わないでよ、わかってるんだから」
篤史「なんでどんなお話なのかってのもわかんないんだよ」
雅「う、うわ・・ダメだ、今、読んでも何も頭に入ってこない」
と、駆け込んでくる美千子と博嗣。
美千子「台本! 私の芝居の台本、見なかった?」
博嗣「やばいよ、やばいよ、やばいよ、やばいよ、台詞が全然入ってないんだよ!」
と、ドタバタしている演劇部の人々。
やがて・・
志波「本来なら三階建てのこの校舎の四階に『メイド喫茶』がある」
大田谷「演劇部の部員は、自分の出る芝居の台詞はおろか、なんの舞台をやるのかさえ知らない・・」
志波「帰ると言って去って行った二の一の生徒が何度も同じように登場し、この世界から出て行くことができない・・」
成美「なまじ時間やら空間やら客観的に物事を考えるから、ややこしいことになるんだよ。帯に短したすきに長し、命短し恋せよ乙女なんて言ってるけどさ。時間なんてものは自分の意識の産物なんだから。世界中に人が誰一人いなかったら、時計やカレンダーや、地図や、カーナビになんの意味があるの? 過去から未来へときちんと流れている時間なんて最初っからないものだとしたら。人間それ自体がいい加減なものなのに、不安定で、揺れていて、さっきの自分と、今の自分は本当に同じ自分だと誰が言い切れるの? だったら時間だっていい加減なのも当たり前でしょう。はっきりしていると思うこと、それこそおかしい。確かなのはこうして今いる現在だけ、そう思ったらいいんじゃないのかなあ・・」
薫「時間と場所、そのどちらもがあるようでないものだとしたら・・そうなんですよ、ここは竜宮城なんですよ」
香子「そうすると・・いつか、村に戻る日がやってくると・・」
薫「竜宮城に、永遠に住むことはできませんからね」
香子「そう・・ですよね」
薫「時計は九時四十五分からいっこうに進まない・・」
香子「時は淀み・・焦りだけがつのる」
チャー「いつから? いつから九時四十五分なんだよ・・ずっと九時四十五分のままだったのか? 俺達は・・」
森始「なに言ってんだよ、五月からこれ、準備してるんじゃない、ずーっとね、ずーっとだよ」
チャー「ちょっと黙ってろよ」
森始「最初は『リング』とか『呪怨』とかのジャパニーズホラーをやろって言ってさあ・・・」
シカオ「うるさいよ!」
森始「うるさいっていうなよ、うるさいな!」
千鳥兄「確認しようとしてるんだろう・・いつからやってるのか」
美千子「だから五月からだったでしょう?」
森始「五月だったよ、ゴールデンウイーク明けた頃だよ、ホームルームでさ、みんなでブーイングしたじゃない、なんでまだ梅雨も来てないのに秋の終わりのことを決めなきゃなんないんだよ、とか言ってたの、言ってたよな、あれ、誰、誰だったっけ?」
シカオ「(と、手を挙げ)俺」
森始「言ったよな、」
シカオ「言った、言ったよ」
チャー「毎年、文化祭でお化け屋敷ができるのは学年でひとクラスだけで・・」
森始「俺達は去年やったからなあ・・出てきた小学生にさあ・・」
チャー「だから、今年はもう絶対お化け屋敷はできないだろうって言って」
シカオ「お化け屋敷できないんなら、文化祭やる意味がないからって」
森始「そうそう、不参加でもいいんじゃないかって」
千鳥兄「でも、ダメもとでいいからとにかくお化け屋敷がやりたいって書いてみようって」
チャー「もしも俺達の願いがかなったら、今度こそ雪辱を晴らすんだって・・そしたら、実行委員の方から、今年は二年生六クラス全部がお化け屋敷やってもいいって・・」
シカオ「みんな喜んで」
暁「すごい喜んで」
と、二の二も。
みなみ「私達だってそうだよ、去年、三組にお化け屋敷とられてさ」
富江「空き缶とペットボトル集めて、校庭にモナリザ作ったりとか」
なな子「富士山作ったりとか、パリの凱旋門作ったりとかして」
ちよ「ものすごく働いて、ものすごく空しかったよね・・今、思い出しても、薄ら寒い思い出だよ」
雅「そういうことがずっと続いてて・・今があるんじゃないの? ちがうの? ねえ、ちがうの?」
多岐「問題は、いつからやっているか、じゃないんだ・・いつまで続くのか、ってことだろう」
森始「いつまでって・・」
シカオ「そりゃあ・・終わるまで、ですよ」
多岐「いつ、終わるんだ」
シカオ「え?」
チャー「終わりってなんだ?」
暁「終わりは終わりでしょう」
大助「さあ、大安高校のみんなぁ、盛り上がってるかー、やってるかー!」
神宮司「どんどんテンション上げて、がんばっていきましょー」
大助「それでは次の曲、『ドラゴン・クエスト4/導かれし者たち』の『戦いのテーマ』!」
曲、かかる。
チャー「うるさいよ、放送部」
志波「やめろ、曲をかけるのをやめろよ!」
チャー「校内放送、叩き切れ!」
と、二の二と、二の三の誰かが自分達の教室に飛び込んでいく。
すぐに、ものすごく中途半端なところで曲が止む。
この瞬間、芝居が始まって初めて劇場が無音に包まれる。
立ちつくす人々。
音もなく、微動だにしない人々。
長い長い間。
チャー「・・いつからだ・・この文化祭の準備は・・」
森始「・・だから、五月からだって・・」
雅「それで・・いつまで?」
なな子「明日まで」
博嗣「もう帰ろうよ・・家に帰ってさ、それでゆっくり台本読めば思い出すよ・・どんな台詞だったのか、なんの芝居なのか?」
美千子「どんなタイトルの芝居なのか?」
博嗣「だって、あれだけ稽古したんだから、忘れるわけないだろう」
美千子「一行も出てこないのよ」
博嗣「思い出すよ・・それでさ、風呂入ってさ、ゆっくりしてさ・・寝ればいいんじゃないの?」
多岐「寝て、どうする?」
なな子「寝たら、どうなるの?」
博嗣「そしたら・・朝が来てさあ、文化祭の初日が来るんだよ」
雅「本当に?」
博嗣「本当にって、なに言ってんだよ、当たり前だろう」
チャー「本当に、本当にそうなのか?」
多岐「寝て・・起きたら、明日になってて・・文化祭の初日の朝で・・」
博嗣「そうだよ、それのさ、なにが・・なにがおかしいんだよ」
多岐「でも、このまま明日が来たら来たでまずいだろう・・」
雅「準備がまだできてないんだからさ」
博嗣「じゃあ、どうしろっていうんだよ」
美千子「それを今・・考えているんじゃない」
チャー「どうしろってことを考えてるんじゃないよ」
雅「え?」
チャー「どうしちゃったんだって考えてるんだよ」
雅「どうしちゃったんだ?」
多岐「どうしちゃったんだよ、俺達は」
チャー「どうなっちゃったんだよ、俺達は・・なあ」
森始「ああ・・」
チャー「どうしちゃったんだよ・・なにが、どうなっているんだよ」
雅「どう考えても辻褄が合わない」
成美「辻褄なんて、合うわけないでしょ・・」
志波「文化祭の前夜が続いていく・・永遠と思えるような時間の中で、文化祭の準備は続いていく・・こんな世界は物理的にあり得ない。もしありうるとしたら、それは・・」
大田谷「夢の中だけってことですね」
志波「・・・おまえ、その事に」
大田谷「とっくに気付いていましたよ、ただ、あまりにも安直な結論だから、口に出して言わなかっただけですけどね・・あれ、みなさんもご存じだったんじゃないんですか?」
志波「夢か、夢かよこれは・・夢なのかよ・・」
薫「みんな・・気付いてはいたろう・・どこかでさ・・」
香子「(柔らかく制す)薫先生・・」
チャー「これがもし、夢だとしたら・・いつかは・・目が覚めるよな・・」
森始「まあ、覚めない夢はないからな」
チャー「目が覚めた時・・俺は・・どこにいるんだ? いや、っていうか、それ以前に俺は」
森始「ちょっと待てよ」
チャー「なんだよ」
森始「これはさ、おまえが見ている夢なのか?」
チャー「え?」
森始「これはおまえが見ている夢なのか? それは確かか? これは俺が見ている夢かもしれないだろう」
チャー「・・そ、そんな・・」
森始「バカな?」
チャー「バカな・・」
森始「って、言い切れるか? 断言できるのか?」
暁「なに言い出すんだよ」
千鳥兄「じゃあ、誰の夢だっていうんだよ?」
森始「んなことはわかんねえけどさ」
チャー「じゃあ、誰が見ているんだよ、誰の夢だっていうんだよ」
多岐「それが今、重要なことなのか?」
森始「なに?」
多岐「これが誰の夢かってのは重要なことなのか、そんなこと、どうだっていいんじゃないのか? 誰の夢かわかることで、なにか変わるのかよ。これは実はおまえの見ている夢ではなく、俺の見ている夢なんだよってことがわかったからって、なにが変わるというんだよ」
田原「よーし、もう一回やってみようか」
志波「先輩・・な、なに言ってんですか?」
田原「なに驚いた顔してんの?」
志波「だ、だって、だってですね」
田原「なに、志波ちゃん、おまえ知らなかったの? これが夢の中だってこと」
志波「全然・・」
田原「鈍いね・・昔っから鈍かったけど、鈍い奴は、いつまで経っても鈍いんだね」
大田谷「まあ、そこが委員長の良いところといえば良いところなんですけどね」
田原「え、俺、俺はほら、帰ってきちゃったっていうか・・なんつーの、忘れられなかったんだよね、このなんつーの、文化祭前夜のひりひりするような緊張感がさ・・」
志波「・・知ってたんですか、最初っから・・」
田原「たりめーだよ。やっぱさ、志波ちゃん、あれだね」
志波「なんですか?」
田原「俺が帰ってくるところってここしかないんだね」
志波「ここって、学校ってことですか?」
田原「ここ・・ここって、この場所のことであり、この時間のことでもあるんだよ、うん、そうなんだ、そういうことなんだよ」
志波「この場所のことで、この時間のこと」
田原「それがここなんだ、気が付くと俺はここに帰ってきて、ここにいるんだ・・それも、実行委員としてばりばり働いている俺じゃなくて、卒業しちまってさ、こんなふうに志波ちゃんがなんていうの、がむしゃらに働いている側で、のほほんとしている俺に帰って来ちゃうんだよね・・なんか、情けないよね」
志波「いや・・そんなことは・・そんなことはありませんけど」
と、笑い出す薫。
薫「・・・ははは」
一同、見る。
薫「(笑いを残しながら)もう、もういいじゃないか、そんなこと言ってたって始まらない・・いや、始まってはいるかもしれないが、終わりはしないんだ」
香子「薫先生」
薫「ここで時間が停まってるってことはみんな認めてるんだろ」
森始「異議なーし!」
薫「しかし、だ、それによってどういう実害があるんだ?」
一同「え?」
薫「百害あって、一利なしっていうけどね、文化祭前日、全員下校まであと十五分という九時四十五分に時間が止まってくれているということは、これから、心おきなく、お化け屋敷の準備ができるというわけだろう」
大田谷「百利あって、一害もない・・ねえ・」
志波「・・そう・・なのか?」
森始「え? ええっ?」
志波「そう・・なのか、本当に・・」
薫「これは夢である、なにも始まらないし、なにも終わりはしない、だからといって、なにも始めなくていいのか? なにも終わらせなくていいのか?」
志波「なに言ってんですか!」
田原「精一杯、目の前にあるやらなければならないこと、自分達にしかできないことをやるべきだろう、そうしなければ、なんのために我々は生まれてきたのか? ってことだよ、明日は来ないかもしれない、だが、それがどーした!」
志波「え? そうなんですか? 本当にそうなんですか?」
田原「人はなぜ生まれてきて、なんのために生きるのか?」
志波「生きるもなにも、夢なんでしょう?」
薫「人は夢の中でなんのために生きるのか」
森始「さすがの俺も、もうこの人達がなにを言っているのかさっぱりわからん」
田原「言っていることがわからなくたっていい」
一同「え?」
田原「言っている事なんてわからなくったってかまわない、やるべきことさえわかっていれば、人はそれで生きていける・・この時間をね」
志波「この時間を生きていける」
チャー「今やるべきこと」
暁「お化け屋敷を・・本当に怖い物にすること」
薫「そういうことだろう」
志波「先生、なんで知ってるんですか、だって先生は熟睡してたんでしょう、ずっとあの・・(なんて形容していいかわからない)あの中で・・なぜ、どうして?」
薫「はい、『なぜ』、『どうして』、禁止!」
一同「え?」
田原「夢の中で、『なぜ』って言葉は禁句なんだよ」
薫「今、そんな話、おかしいなと思うだろう?」
志波「思います」
薫「思ったまま、事は進んでいくんだ」
田原「それが夢だろ・・おまえは夢を見たことがないのか? バカ!」
志波「バ、バカって・・そんな」
田原「(二の二に)わかってるよな、おまえ達も、今、自分達がやるべきこと、やらなければならないことを!」
雅「もちろんです!」
田原「よーし、いくぞ! ブリザードトレイン!」
二の二の一同「おー!」
田原「俺の耳には聞こえるぞ、ブリザードトレインの発車のベルが鳴り響くのが!」
二の二の一同「おー!」
と、はけていく。
志波「発車のベルって・・それはトロッコだろう」
と、多岐、立ち止まって二の三を振り返り。
多岐「忘れるな!」
二の三の一同「え?」
多岐「本当に怖い物・・それは人だ、(そして、篤史に)行くぞ!」
篤史「おお!」
チャー「わかってるって・・それで、どうする?」
薫「さーて、どうするか、だな!」
チャー「本当に怖い物・・それは人」
志波「(まだ、前の話を引きずっている)夢・・夢か・・」
大田谷「そうですよ・・」
志波「俺、よく追いかけられる夢、見るんだよな・・」
大田谷「追われる・・夢」
志波「・・怖いんだよな・・追いかけられるのって・・」
暁「それだ!」
二の三の一同「え?」
暁「今まで、入ってきた人をゾンビが待っていて脅かしていたわけじゃない!」
チャー「うん、そりゃそうだけど」
暁「追いかけるんだよ、ゾンビが!」
チャー「追いかける?」
暁「人が怖いのは人! 人が怖いのは人に追いかけられること・・」
放送室。
神宮司「なんか、曲、かけようか」
大助「そうだね、こうしているとなんかしんみりしちゃうからね」
神宮司「知ってる?」
大助「なに?」
神宮司「世の中に流れる歌ってさ」
大助「うん」
神宮司「十中八九、恋の歌なんだよ」
大助「そうか」
神宮司「そうだよ」
大助「なんか今の俺に合っている曲とかないの?」
神宮司「今の大助に?」
大助「今の俺達に・・恋にやぶれた男、二人」
神宮司「『なごり雪』かな」
大助「なんで?」
神宮司「好きなんだよ・・イルカ」
と、『なごり雪』が流れる中。
薫「俺が入ればいいのね・・」
暁「『花吹雪ゾンビーズ』へようこそ!」
薫「俺、ちょっとやそっとじゃ、驚かないよ」
森始「入りました」
暁「真っ暗です」
チャー「足下はゆるゆるです」
暁「緩いです」
シカオ「たまらなく精神的に不安になります」
その中に入ったような芝居を続ける薫先生。
チャー「こういう時、人間、なにを思う」
森始「もう見る物、聞く物、さわる物、肌で感じる何かにものすごく敏感になっています」
チャー「なるよな、なるよな、それ」
志波「こえーよ、それ、こえーよ」
森始「その時にふっと、耳元に風が吹く」
チャー「風?」
森始「そう、風! 教室の中、四方八方を壁に囲まれて、風なんか吹くはずのないところに風がふうっと吹き抜ける」
志波「こえーよ、それ、こえーよ」
森始「しかも、それも(耳元の)この辺だけ」
チャー「(耳元の)この辺だけ?」
森始「そう、この辺だけを、なんか妙に生温かい風が吹き抜けていく」
暁「それはどうするの?」
森始「そんなの決まってるだろう、吹きかけるんだよ、ふうって息を」
美千子「息を、ゾンビが?」
千鳥兄「そう、そうだよ、それは定番だね」
チャー「なに、お化け屋敷に足を踏み入れて、すぐにそんなゾンビが後ろから生温かい息を吹きかけてくるの?」
志波「こえーよ、それ、マジこえーよ」
暁「そして、叫び声を上げると、一目散に逃げ始める」
薫「一目散?」
暁「一目散!」
と、その場で駆け足を始める薫先生。
薫「うわぁぁぁ」
暁「追いかけるゾンビ」
と、
シカオ「待てぇ」
森始「待て待て、待てぇ!」
暁「次々と追う!」
と、みんな後を追い始める。
シカオ「おい、教室ってこんなに長かったか?」
美千子「まあ、夢だから」
暁「(もまた走りながら)そうそう、そうだよ」
大田谷「夢ならなんでもありなんですか?」
志波「追われる夢は、すごい怖いんだよ」
薫「来るな! 来るな! 来るなぁ!」
暁「すぐに丁字路になる」
薫「こ、これは・・・右か左か・・右か左か」
暁「そんなふうに迷っている間にも、ゾンビは後ろから襲い来る」
志波「怖い、怖いですよ、マジで怖いよ!」
ゾンビ達「うわぁぁぁ・・」
薫「左だ!」
チャー「左だ、左に逃げたぞ!」
森始「はまったな、まんまとはまったな」
と、そこに現れるチャーと森始。
チャー・森始「うおおお」
暁「思わず逆方向へと逃げていく」
シカオ「そして!」
美千子「そっちは、絶体絶命、塗り壁の行き止まり!」
薫「塗り壁の行き止まり?」
暁「そっちに行ったら行ったで、もっと怖い物が待っている」
美千子「もっと怖い物?」
森始「なんだ、そりゃ」
光男「それはもちろん、稲川淳二さんの『怖い話』ですよ、(と、語り始める)のぞきの池、これはね、面白いの。その池を草木も眠る丑三つ時に覗きこんで、自分の姿が映れば命は大丈夫だけど、自分が映らなかったら近いうちに自分が死ぬ、というんだそうですよ、あややややや・・」
大田谷「こえー、マジこえー!」
暁「そっち行っちゃダメだ」
チャー「慌てて戻る!」
森始「しかし、待っているのはゾンビの群れ」
ゾンビ達「うおおおおおお」
薫「うわぁ! うわぁっ! うわああぁぁ!」
暁「目の前に扉がある」
薫「と、扉がある!」
と、開けようとする。
その場でナグリを出して(仮想の扉の)下の部分の釘を打っていくシカオ。
暁「しかし、釘が打ってあるから、その扉が開くわけはない!」
と、壁(と書いてあるが壁ではない)に背を押しつけるようにして、後ずさりしてはみるが、それ以上どこにも動くことはできない。
森始「おりゃ!」
薫「うわぁ!」
シカオ「があああぁぁ」
薫「うわぁ!」
千鳥兄「どおおぉぉ!」
薫「うわっぁ!」
と、みんなで掴みかかる。
そして、一瞬、間があって・・・
人々は薫先生から離れる。
シカオ「なんかここでペナルティが必要じゃないかなあ」
美千子「ペナルティ?」
シカオ「ゾンビに追いつかれて、こうやって(掴み)ほら捕まったっていうだけじゃねえ」
暁「確かにそれじゃあ、本当にただの鬼ごっこだよ」
チャー「まずい、それはまずいね」
森始「追っかけてくる恐怖のあげくに、つっかまえたじゃねえ、」
美千子「あ、捕まっちゃった! ってのじゃあねえ」
シカオ「ボコボコにしちゃいましょうか?」
薫「お、やるか、おまえ俺とやるか?」
シカオ「嘘です、言ってみただけです」
チャー「だいたいおまえ、捕まったらボコボコにされるお化け屋敷に入りたいと思うか?」
暁「怖がらせたいんだけどね、驚かせたいんだけどね、そんでもってなにより楽しませたいんだよ、私達は」
千鳥兄「ここはやはり、血の一つも流してもらいたいね」
チャー「血塗れ、いいね」
美千子「血塗れ? どうやって?」
暁「血のりとか?」
シカオ「血のりって服に付くと落ちないんだよな」
光男「ああ、あとで洗濯がね・・」
森始「ちょっと待って」
暁「なに?」
チャー「なんだよ」
森始「俺達、今、夢の中にいるんだよな」
シカオ「そうだよ」
チャー「それはおまえ、異議なしって一番最初に手を挙げて言ったじゃない」
森始「そんなさあ、夢の中にいるのに、なんで血のりが付いたら洗濯しないとねえ、ってものすごく現実的なことを考えてしまうの? なんか、もっと飛躍してもいいんじゃないの? だってほら、夢なんだから」
シカオ「いや、夢の中だからなんでもいいってことじゃないと思うんだよ」
美千子「なんでそう思うの?」
シカオ「なんとなくだけど」
森始「なんとなくってなんだよ」
シカオ「だってさ!」
チャー「なんだよ」
シカオ「そんな夢の中だからなんでもありっていったら、なんでもありになっちゃうじゃない」
暁「夢ってなんでもありなんじゃないの?」
森始「バカなこと言ってんじゃないよ」
チャー「なにがバカなことなんだよ」
森始「寝言は寝て言え!」
チャー「なにい?」
森始「寝言は寝て言え!」
大田谷「寝言は寝て言えって・・また難しいこと言うなあ」
志波「寝てるんだよ、寝てるから夢見てんじゃねえのかよ」
美千子「血のりに限らなくてもいいんじゃないかな」
暁「え? どういうこと?」
美千子「なんか、ペナルティがあればいいわけですよね」
チャー「ペナルティね」
大田谷「捕まって・・」
と、千鳥兄が赤いガムテープを取り出す。
千鳥兄「これなんかどうかな!」
暁「ガムテ」
チャー「赤のガムテ?」
千鳥兄「これをさ、こうやって」
と、ちぎって(おいたやつを)斬りつける、あるいは引っ掻きつけるようにして、薫先生の胸元に貼り付ける。
千鳥兄「うおおお・・」
そして、貼り付けられた薫先生もそのリアクションをとる。
薫「おおおおぉぉ・・・」
森始「あ、見える、見える・・でも、俺が言ってた飛躍ってのはこういう飛躍じゃなかったんだけど」
チャー「まあ、いいだろ、いいだろうが!」
さらに、今度はちょっと小さなガムテを二つ、立て続けに貼る。
千鳥兄「うりゃあ! うりゃぁ!」
薫「あっ! ああっ!」
光男「それっぽい! それっぽい!」
と、そのまま、薫先生は千鳥兄から逃れようと動く。
薫「うおおおぉぉぉぉ」
一同、「やれえ!」「いけえ!」なんてことを言いながら、ゾンビの一挙一動が一つづつ薫先生の体に赤いガムテの傷跡をつけていく。
千鳥兄「首筋に噛みつかれたりするのは、どうかな?」
チャー「噛みつかれるって・・それはお化け屋敷でやっていいことなのか?」
暁「でも、噛みつかれたら怖いよね」
美千子「怖い怖い」
チャー「そりゃ怖いけどさあ」
暁「日常において、あまり人に噛みつかれたりってしないじゃない」
チャー「しないけど」
森始「しない、しない」
志波「こえーな、それ、マジこえーよ」
チャー「おまえ、なんでもこえーんじゃねえかよ」
森始「ゾンビに追いつめられて、噛まれる・・・」
と、暁「噛まれる」とひとこと言う度に頭を薫先生の首筋付近で大きく動かす。
暁「噛まれる・・・噛まれる・・噛まれる・・」
そして、それに合わせて少し長めの赤いガムテを、次々と貼っていく千鳥兄。
千鳥兄「血が出る・・・血が出る・・血が出る・・」
と、森始も暁の真似をして。
森始「噛まれる」
チャー「血が出る」
シカオ「噛まれる」
美千子「血が出る」
薫「う、うわぁ!」
暁「群がるゾンビを振り切って走り出す」
薫「うわぁぁぁ・・」
その後を追うゾンビ達。
薫「出口!・・出口はどこだ?」
志波「出られない、出口が見えない・・こんな怖いことが他にあろうか」
光男「本当、本当なんですよ、それは! どこまで行っても出口が見えないってことがどれだけ恐ろしいことなのか」
暁「そして!」
森始「そして!」
チャー「そして、そして、そして、そして!」
森始「お化け屋敷の中で追い回され、疲れ切り、思わずその場に座り込んでしまいそうになったその瞬間!」
チャー「その瞬間!」
シカオ「遙か前方にぼんやりとした明かりが見える」
暁「出口! 出口だ!」
しかし、その後ろからまたゾンビ達が追いかけてくる。
ゾンビ達「うわああぁぁぁ」
薫「(もまた必死に逃げて!)うわぁぁぁ! 出口」
森始「出口!」
シカオ「出口!」
美千子「出口!」
千鳥兄「出口!」
暁「出口!」
チャー「出口!」
薫「出口だあ!」
わああ・・と、出口から(ハイスピードで)出てくる薫先生。
一同「薫先生!」
薫「出口だあ!」
暁「生きて生還した人の頭上に降り注ぐ、花吹雪! わあぁ!」
と、四方八方から立ちつくす薫先生に向けて紙吹雪が乱れ飛ぶ!
シカオ「生きてるぞ」
千鳥兄「生きて帰ってきたぞ」
美千子「よく帰ってきた」
森始「よくぞ生きて帰ってきたぁ!」
チャー「得体のしれない感動が人々を包む」
志波「なんだこれは、なんなんだよ・・」
よくわからないが、感極まって、叫ぶ薫先生。
薫「おおおおお!」
森始「こんな、こんな泣けるお化け屋敷がこれまであったというのか!」
光男「こんなの! こんなの見たことない」
暁「ついに! やったんだよ、私達!」
森始「満身創痍だけど、無事に生きて生還・・」
大田谷「生きて生還っていうのは、馬から落馬っていうか、燃えて炎上っていうか、同じ意味の言葉が重なっていてですね・・」
志波「それよりも、満身創痍で無事ってなんだよ」
チャー「いいんだよ、そんなことは!」
と、二の二のトロッコが吐き出されてくる。
トロッコ一同「わあぁぁ!」
転がる。
そして、すぐに起きあがって。
田原「やっぱり途中の加速があると全然ちがうなあ」
多岐「少しは役に立ちましたかね・・」
田原「女子の仕事ってのはないけども、男子の仕事ってのはあるもんだねえ」
篤史「そうですかね、そうですよね」
と、小さく携帯の着信音が聞こえる。
由紀「これ・・なんの音」
成美「え?」
由紀「ねえ、なんか音するよね、これ、なんの音?」
成美「携帯の音?」
由紀「そう聞こえるよね」
成美「うん、聞こえるよ、携帯に着信している音だよ」
由紀「誰の・・携帯?」
成美「あなたの・・」
由紀「私の・・だよね」
成美「着信中よ・・」
由紀「ずっと、聞こえてる・・電話に出ないと・・(と、突然気が付いた)私の携帯はどこにあるの?」
成美「さあ、どこでしょう? 早く、電話に出なよ・・」
由紀「うん・・」
成美「鳴ってるよ、ずっと」
由紀「でも!」
成美「早く電話に出ないと」
由紀「でも!」
成美「電話に出ないと!」
由紀「でも、でも、電話に出たら!・・もしかして・・」
暁「(叫ぶ)見て!」
チャー「なんだよ!」
暁「時計」
雅「時計がどうしたの?」
暁「(と、壁の時計を示し)時計が動き出している」
シカオ「九時五十六分・・九時五十六分?」
チャー「なに?」
多岐「なんだと!」
雅「時計の針が・・九時五十六分に!」
美千子「進んでる!」
篤史「なんで?」
なな子「なにが起きたの?」
博嗣「動き始めたのか」
かの子「どうして?」
富江「なんで?」
雅「だって、止まってるんじゃなかったの? 九時四十五分で」
みなみ「なんで?」
光男「どうしたんだ?」
ちよ「いつの間に?」
千鳥兄「進んでるよ、さっきから・・」
森始「なんで? どうしてぇ!」
成美「電話」
由紀「うん・・出るよ・・でも、その前に・・成美ちゃん」
成美「なあに?」
由紀「今、ここにいる人達みんな・・私の目に映る人はみんな、私が知っている人達ばっかりなのよ。みんなみんな知っている人達ばかり。でも、一人だけ、会ったことの人がいるの」
成美「(笑って)誰?」
由紀「あなたよ、成美ちゃん」
成美「(笑って)私?」
由紀「(真面目に)・・あなた、誰なの?」
間。
成美、なんの回答も得られない笑顔をずっと見せている。
由紀「あなた、誰? どうして私の夢の中にいるの?」
成美「ここにいる人は、私以外、みんな由紀ちゃんが知っている人達?」
由紀「うん・・知ってる・・みんなみんな、知っている・・バイト先の店長や予備校の先生・・中学からの友達・・大学のサークルの仲間・・私の知り合いが・・みんなで集まって文化祭をやっている・・・」
成美「だからだよ・・とてもじゃないけど、高校生には見えない人達が、ずっとずっとずっと慌てふためいて、文化祭の準備を続けている・・納得した?」
由紀「それで・・あなたは誰なの? なぜ私の夢にいるの?」
成美「私は・・夢邪鬼」
由紀「むじゃき?」
成美「夢の邪鬼と書いて夢邪鬼・・誰の夢にもいる・・いや、私がいなければ、そもそも人は夢なんか見れない・・」
由紀「そんなの・・初めて聞いた・・」
成美「だって、目が覚めたら、忘れてしまうでしょ・・夢の中のことなんて・・夢の片隅にいつも私がいることなんて・・」
由紀「・・これは夢」
成美「そう・・最初から・・由紀ちゃん、これは・・あなたが見ている・・夢・・これは現実のようで現実ではない、夢の中・・」
由紀「じゃあ、ここには本当のことは、本物は・・なにもないの?」
成美「本当のこと? あるわよ、二つ」
由紀「二つ?」
香子「九時五十七分二十秒・・」
成美「あなたに好きな人がいるってこと、夢にまで見るくらいにね・・これが一つ」
由紀「・・・・うん」
成美「その人に・・告った時、もしかしたら振られるかもしれないって由紀ちゃんが思っている事、これが二つ目」
由紀「・・うん」
成美「本当のことは・・それだけ・・でも、告ってみて振られるかもしれないって思っているのは、思っているだけで、振られるかどうかはまだ誰にもわからない」
由紀「うん・・」
成美「だから、本当に本当のことはただ一つだけよ」
由紀「ただ一つ・・」
成美「あなたには今、好きな人がいるってこと」
由紀「うん」
成美「あなたには今、大好きな人がいるってこと」
由紀「うん」
成美「夢に見るくらいね」
由紀「うん」
成美「これであってる?」
由紀「うん、あってる」
成美「あってるでしょ」
由紀「あってる・・その通りだよ」
香子「九時五十八分・・九時五十八分、九時五十八分・・」
成美「よく考えてみてごらんよ、思い出してみてごらん・・この夢の最初がなんだったのか・・この夢は最初、誰の言葉から始まったのか!」
大助「さあ、時計は今、午後九時四十五分になったところです・・普段なら六時下校のところを特別に特別に特別だからねという学校側の配慮がありまして、なんと八時まで延長してもらったにもかかわらず、さらに一時間延長、そして、もうさらに一時間延長という我が大安高校始まって以来の異例の下校時刻延長も、もはや、ぎりぎり目いっぱいの時間もあと、十五分を残すあまりとなりました。しかし、しかしです、全校合わせて十八クラス、二十四の課外クラブ、その全てが満足に準備が整っているわけではございません。今年、創立八十八年を迎える大安高校、六曜祭! 始まって以来の段取りの悪さ、そして最悪の状況を迎えようとしております」
由紀「・・大助先輩」
携帯の鳴る音、どんどん大きくなっていく。
香子「九時五十九分五十秒・・(以下、他の人の台詞にかぶりながらもカウントダウンは続いていく)五十一秒、五十二秒、五十三秒、五十四秒、五十五秒、五十六秒・・」
多岐「同じ夢って二度と見ないもんだからな」
森始「我々は・・一期一会の同級生ってこと?」
チャー「一期一会の文化祭前夜か」
シカオ「同窓会もないってことか」
香子「五十六秒!」
森始「そりゃそうだよ、一期一会なんだからな」
香子「五十六秒・・」
薫「悔いが残るか?」
チャー「そんなことはない」
多岐「不思議とそんなことはないね」
香子「五十六秒・・・」
多岐「夢から覚めたら、それで終わりか」
香子「五十六秒・・・」
チャー「そうだ・・目覚めれば祭りは終わる」
香子「五十六秒!」
志波「なに?」
チャー「なんで?」
香子「九時五十九分五十六秒・・」
かの子「止まった」
光男「また止まった」
志波「時計がまた・・止まったのか!」
香子「あと四秒、あと四秒、あと四秒、あと四秒ですよ・・」
チャー「まだ、やれるのか」
光男「なんだよ、四秒って」
篤史「中途半端な!」
森始「諦めるな! みんな! あと四秒あるぞ」
暁「あと四秒?」
美千子「あと四秒でなにができるの?」
チャー「四秒ってなんなんだよ、四秒って」
多岐「落ち着け、四秒あるぞ」
博嗣「四秒だよ、四秒・・一秒たりとも無駄にしないで時間は有効に使っていこうよ」
志波「なにが起きてるんだ、俺達はなにに翻弄されているんだ?」
なな子「四秒ってどういうこと?」
森始「四秒は四秒だよ」
みなみ「四秒は何秒なんだよ!」
多岐「四秒はいつまで四秒なんだ!」
シカオ「なにができるんだよ、四秒で」
暁「長い四秒だよね」
千鳥兄「四秒に長いも短いもあるか!」
雅「篤史君!」
篤史「なんだよ」
雅「ごめんね・・あれはね・・あれはね、本当にね・・」
篤史「なんだよ」
雅「二股じゃなくて・・」
篤史「わかってるよ」
雅「え?」
篤史「わかってたよ・・ふたまたじゃなくて、たまたまなんだろ・・そんなのさあ、そんなことは、もっと早く言えよ、そしたらさあ、そしたら俺さあ!」
雅「うん」
篤史「そしたら、俺・・」
雅「うん」
志波「そんなことは後でいいんだよ」
田原「そうだ、そうだ!」
多岐「先にブリザードトレインを!」
篤史「そうだな」
多岐「全員スタンバイだ!」
一同「おー」
香子「あと四秒、あと四秒、あと四秒」
成美「だから電話だよ電話」
由紀「電話!」
成美「電話が鳴ってるんだよ、早く出なよ」
香子「待ちなさい!」
一同「え?」
香子「・・また時計が動き出した!」
チャー「なに?」
志波「本当ですか!」
香子「ただ今、九時五十九分五十七秒・・あと、三秒!」
そして、前に二の三が組んだような円陣を一瞬にして組んで。
千鳥弟「二年二組! 全員の力を今、ここに!」
一同「おー!」
千鳥弟「合い言葉は!」
一同「みんな等しく! なんでもやる!」
そして、千鳥弟を含めた一同。
千鳥弟「おー!」
香子「九時五十九分五十八秒!」
チャー「あ!」
森始「なに?」
暁「なんですか?」
チャー「俺、ちょっと思いついた、新しいこと!」
シカオ「え、なになになに?」
森始「なんだよ、もったいつけないで教えろよ!」
チャー「実行委員、薫先生も早く!」
薫「おおっ!」
志波「な、なんで俺達まで」
大田谷「委員長、いいから早く」
香子「九時五十九分五十九秒!」
篤史「もう一回、やってみようぜ」
雅「望むところだ!」
というわけで全員、教室へと消える。
途端にあり得ない時計の音。
ごおおおおおおおおおおおおん!
香子「十時! 十時です!」
そして、携帯の着信音、カットアウト。
静寂の中。
香子「(とても静かに、柔らかく、優しく)全校生徒、下校時間です・・」
明かりは落ちていく。
階段の一番下に座っている由紀。
その背中に寄り添うように、こちらに背中を向けて寄り添っている夢邪鬼。
由紀、どこからか自分の携帯を取り出して耳に押し当てた。
耳障りな機械音が一瞬して、電話、繋がった。(以下の台詞のどこかのタイミングで由紀は立ちます。追記、ごおおんの後、台詞は繋がって聞こえるように)
由紀「もしもし、もしもし・・うん、うん、ごめん、なんか寝ぼけてる、今、変な夢を見てた・・ごめん、電話切るね、また掛ける、今すぐまた寝たら、この続きが見られかもしれないから、うん、その時、なんの夢を見たかって話してあげる、でも夢の話なんだから、支離滅裂なんだよ、ご都合主義の極みだよ、でもね、みんなみんな出てくるの・・そう、先輩もね、ちゃんと出てくるよ・・それに・・みんなも・・もうちょっと、もうちょっとね、この夢、見てたいの、もうちょっとこの世界にいたいの・・もうちょっとこの世界にいたいから・・電話、切るね。文化祭の前の日でね、下校時間が迫っていて、みんながあわてふためいてね、なにかに追われていてね、でも、逃げることもできなくて・・それでも、そんな中で、どうしてだかわかんないけど、みんな、みんな、みんな笑っていて・・切迫してるのに、泣きそうなくらいに大変なのに・・みんなみんな笑っていて・・」
と、トロッコが走り出てくる。
一同「わーっ!」
そして、二の三のお化け屋敷から血塗れの(赤いガムテの)薫先生、それを追ってチャー達生徒が飛び出てくる。
一同「わーっ」
雅「よかったんじゃないの?」
なな子「こんなの、こんなの見たことないよ」
薫「こえーよ、マジこえーよ」
篤史「こえーよ、こりゃこえーよ」
美千子「しかし、これ、相当疲れる」
みなみ「手応え、あったよね」
富江「会心の一撃だったね」
千鳥兄「あ、あれ、俺、もしかして追い越しちゃった?」
森始「ゾンビが追い越してどうすんだよ」
ちよ「すごいよ、とてつもないもの作っちゃったよ、私達!」
田原「もう一回行ってみようか!」
志波「え? なに言ってんですか? 田原先輩!」
田原「まだまだぁ!」
志波「でも、もう下校時間ですよ」
田原「もうちょっとは大丈夫!」
光男「今度は僕が逃げますから追っかけてみてください」
チャー「え! またやんの?」
暁「やろうよ、何度でも!」
薫「よし、今度は俺、追っかける方ね」
雅「もう一回、やってみようか」
多岐「やろうぜ、何度でも」
二の二の一同「おー」
由紀「みんなみんな笑っていて・・」
シカオ「やっぱり入り口から出てくるのは最後の柱の分岐点が・・」
チャー「だから、あそこは三・五のパイアールの二乗だってば!」
シカオ「ってことは、六十五・九四ってこと?」
森始「暗算できんのかよ!」
由紀「みんなみんな、笑っていて」
香子「だから帰りなさいって言っているでしょう、下校時刻なんです! いつまでやっているつもりですか! あなた達は!」
由紀「笑っていて・・」
香子「いつまでやっているつもりですか! あなた達は!」
ゆっくりと暗転していく。
由紀「笑っていて・・・」
香子「いつまでやっているつもりなんですか、あなた達は!」
曲、イン。
暗転。
そして、明転すると舞台上に大きな文字。
メインタイトル。
『BEAUTIFUL DREAMER』
その前に立つ由紀。
階段から登場してくる役者達を迎えて。
カーテンコール。
暗転。
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