『!の標識(その他の危険に注意の標識)』
  作・じんのひろあき

  客電が落ちて。
  黄色い菱形、その中に『!』と書かれている交通標識が浮かび上がる。

●1 柊家の人々
  板付きの間にそれぞれの声。
タクト「なんだ、これ?」
妹「え、これ…なに?」
母「いつこんなものが立ったの?」
タクト「いつだ?」
父「家(うち)の側にこんなもん立てて、どういうつもりだ?」
母「これ、なんの標識?」
タクト「なんの標識だ?…これ?」
  舞台上に一条のサス。
  黄色い菱形、その中に『!』と書かれている交通標識が浮かび上がる。
  そして、
  明かりが入っていく。
  そこに立っている柊(ひいらぎ)一家の人々。父、母、息子、タクト、
  娘、美音。
母「お父さん、これは…なに?」
父「いつの間にうちの前にこんな標識が?」
母「タクト、なに? この標識…」
タクト「黄色で菱形?」
妹「びっくりマーク…」
父「なにに…びっくりマークなんだ?」
妹「…なにかに注意でしょ」
父「なにに? 注意?」
妹「わかんない、全然わかんない」
タクト「なにかに注意だろ?」
妹「動物の飛び出し注意」
父「動物? なにが飛び出すの?」
妹「イタチ?」
タクト「イタチに注意ってこと?」
母「わざわざ? イタチ?」
父「これは、イタチに注意、って意味で、黄色の真ん中にびっくりマーク?」
母「イタチはびっくり?」
父「びっくり…だろう…ね」
妹「びっくりでしょう?」
母「ここまで…びっくり?」
タクト「でもない気がするけど」
母「なんなの…これは?」
タクト「なんだ、これ?」

●2 超常現象研究会登場
  と、下手(しもて)からライチ達の声。
  トゲハラは携帯で地図を見ている。
トゲハラの声「ああ、ここだ、ここだよ。携帯から見た航空地図ではこのあた
りだ」
ライチの声「どのあたり?」
エイミの声「本当にここ?」
トゲハラ声「ここだよ」
ハヤトの声「ここってどこよ」
  逃げる、ほどでもないが、とりあえず、場所をあけてライチ達の到着を待
つ柊家の人々。
  そして、やってくるライチ、エイミ、ハヤト、トゲハラ。
  ライチ、見つけた!
ライチ「これ? これじゃない?」
エイミ「! これだ!」
トゲハラ「これか…」
ハヤト「これだよ」
  と、ライチ達、柊家の面々に気がつき。
ライチ「こんにちは」
エイミ「あ、こんにちは」
母「こんにちは…」
タクト「こんにちは」
妹「こんにちは」
ハヤト「…本当だ! 本当にあるんだ、こんな道路標識!」
  そして、様子を伺いながら標識の下に戻ってくる柊家の人々。
母「珍しい標識よね、これ」
ライチ「珍しいですねえ」
トゲハラ「貴重です」
妹「なかなかないですよね、この標識」
エイミ「ないない」
トゲハラ「そう、ありそうで、ない!」
父「ないないないない」
ライチ「はるばるやってきて良かった」
妹「どちらからいらっしゃったんですか」
ライチ「私達、鷺宮西高なんです」
トゲハラ「都立鷺宮西高校です」
タクト「ああ…東京から…」
ライチ「来た甲斐がありました」
母「そうよね」
ライチ「この土地の…花紫に住んでいらっしゃるんですか?」
父「(と、上手(かみて)を示して)そこです、その一軒家が、我が家です」
ライチ「家の前にこの標識が?」
母「ええ…建てられちゃったもんで」
エイミ「ええ! こんな標識を家の前に?」
妹「そうなんですよ」
父「なにをどいうしたらいいだろうねえ」
エイミ「いい迷惑だ」
父「本当、迷惑なんですよ」
ハヤト「だいたい、まずこれがなにか、って知っている人がいるんですか?」
エイミ「一応、免許取る時に習いますけどね」
ハヤト「でも、教習所では本当の意味を教えないから、ダメですよ」
母「ダメよね、教習所は…」
妹「教習所では、これをなんて教えてます?」
ライチ「その他の危険に注意」
タクト「その他の危険に…注意?」
ライチ「この標識は…『その他の危険に注意』っていう標識ですよ」
  と、舞台、上手(かみて)にオカモト、カマクラ、チャンが現れる。
  そこは…
柊家の人々は下手(しもて) にはける。

●3 役所の応接室
カマクラ「お待たせしました。花紫の役所の住民相談室のカマクラです」
ライチ「お忙しいところ、大変申し訳ありません」
オカモト「カマクラの上司のオカモトです。チャンさん、みなさんに冷たい麦
茶を」
チャン「チャンです。チャン・リンシャン。でも、チャンちゃんと呼んでくだ
さい、お茶をお出ししましょうね、お茶、お茶、お茶…」
  と、上手(かみて)にはけていくチャン。
オカモト「チャンさんは中国の雲南省の出身なんですよ」
ハヤト「僕達は都立鷺宮西高の超常現象研究会の者です」
カマクラ「超常現象研究会?」
ライチ「世の中の摩訶不思議な現象を研究するクラブです」
エイミ「新しくモナコの坂に立てられたこの標識、なんの標識か、ご存じです
か?」
カマクラ「警察の方からの説明では、あの坂には交通するにあたりその他の危
険があると」
ハヤト「なんですか、その他の危険って?」
カマクラ「落石に注意とか、ではなく」
トゲハラ「落石でなく」
カマクラ「路面がすべりやすいということでもなく」
ハヤト「ということでもなく」
カマクラ「鹿や猿といった動物が飛び出してくるわけでもなく」
エイミ「鹿や猿でもない」
カマクラ「それ以外です」
ライチ「それ…以外…っていうと…」
カマクラ「その他の…危険に注意」
エイミ「その、その他の危険ってなんですか?」
カマクラ「いや、だからそれは…今、ご説明した落石でもなく鹿や猿でもなく
…」
ハヤト「いや、それはわかりました。鹿や猿や落石以外の…危険に注意なんで
すよね」
カマクラ「そう、そのとおりです」
トゲハラ「それ以外の危険に注意っていうのは具体的になんなんですか?」
エイミ「具体的に…」
カマクラ「それ以外は、それ以外…」
ハヤト「それ以外の危険」
エイミ「ってなにがあるんですか」
カマクラ「それはわかりません、なんたってその他の危険、に注意ですから」
ライチ「わからない?」
カマクラ「…この標識はですね、そもそも説明がつかない理由で事故が多発す
るところに、立てられている標識です。科学的に解明ができない不思議な事故
が多発する場所に立っている標識」
トゲハラ「その他の危険に注意の標識」
オカモト「ですが、我々はもっと端的にわかりやすい名前で呼んでいます」
エイミ「それは…なんですか?」
オカモト「お化けに注意です!」
ライチ「…オバケに注意!」
  曲、入る。

●4 花紫という街…
オカモト「この花紫という街は明治、大正と炭坑で栄え…たのはよかったんで
すが、昭和の末期には石油に、やがて、原子力にとエネルギーは代わり、青息
吐息、大勢でにぎわった商店街も、住み込みで働く人達のための住宅も、炭で
汚れた体を流すための大浴場も、取り壊しすらされずに今もまだひっそりと、
そこにあり、ただ、人の姿だけが、忽然と消えたかのよう…ゴーストタウンと
化してしまった…そんな人々から忘れ去れたようなこの花紫の街の入り口に
『その他の危険に注意』の看板なんか立てても…誰がいったい注意するという
のか…」
ライチ「あの標識が立ったからこそ、私達ははるばる東京から合宿に来ようと
思ったんです…あの標識。『その他の危険に注意』いや…オバケ注意の標識に
…!」

●5 ライチのモノローグ
ライチ「こんにちは、いや、こんばんはかな、都立鷺宮西高超常現象研究会、
部長の万惣ライチです。これは私達高校生の物語だけど、学園モノというわけ
ではないし、それはそれはとてもよくある、ひと夏の夏休みのお話。だけど、
期待されちゃ困るから最初に言っとくけど、今はやりの魔法は使わないし、魔
界も出てこない。ドラゴンは召還されないし、世界を救いはしない。ただし、
この世のモノではないモノは出てくる。日本の夏にはつきものの…普遍的なそ
の他の注意な人々だ…」

●6 幽霊と高校生の交流 
  妹とトゲハラ、その1
  下手(しもて)の手前、トゲハラと妹が座っている。
妹「トゲハラ…さん」
トゲハラ「そう」
妹「珍しい名前…」
トゲハラ「関ヶ原の合戦で、原っぱにトゲトゲの武器を隠して戦況を一変させ
たのが僕のご先祖様なんだって」
妹「由緒あるんだ」
トゲハラ「だから、ってわけでもない、わけでもないけど、超常現象研究会で
は開発部門担当でね、ほら、これ」
妹「これは…なに?」
トゲハラ「これは僕が開発した装置で、オーラの色を変えられるんだ」
妹「オーラの色を変えられる装置?」
トゲハラ「オーラってのは、だいたい明るい、赤やオレンジがいいとされてい
るでしょ、でも、それに飽きてきた時に、ブルーや暗いグリーンに変えること
ができるんだ」
妹「それは…需要があるの?」
トゲハラ「爆発的な大ヒットの予定だったんだけど、ネットで販売してもさっ
ぱりなんだ…」
妹「画期的すぎて、庶民がついてこれないってことじゃないかな」
トゲハラ「そうなんだよね、いつも僕は庶民の三百六十五歩前を行くからね。
でもね、でもね、でもね、よくわからない空想のモノだって、いつかきっと形
になる日が来るはずだろ? それも、勝手に突然、偶然、完成するものでもな
くて、発明っていうものは、地道な努力が必要なんだ…だから、僕はその地道
な努力担当っていうか、ね…」
  ××  ××  ××
  父、エイミ、ハヤト その1
  センター後ろに父、エイミ、ハヤトが並んで座っている。
父「(空を示して)あれが夏の大三角形ってやつだ。こんなの都会じゃ、見れ
ないだろう」
エイミ「見れますよ、この前、見たもんね」
ハヤト「一緒に彼女とデートしました、夜の星空を眺めたもんです」
父「でも、こんなにはっきりとは…」
エイミ「うーん、もっとはっきりくっきり見えました、こんなもんじゃなかっ
たよね」
ハヤト「だね」
父「本当に?」
ハヤト「本当です。見ましたよ、僕ら、ついこの前もデートしましたから
(と、エイミに)なあ」
エイミ「うん」
父「それはさっき聞いたけど」
ハヤト「僕ら、もうつきあって七ヶ月になりますから」
父「そんなことは聞いてないんだけど」
ハヤト「だから、見ましたよ、この夏の大三角形」
父「どこで?」
エイミ「花小金井で…新しく一億四千万の星が輝くプラネタリウムができたん
です」
父「プラネタリウムか」
  ××  ××  ××
  妹・トゲハラ2
トゲハラ「僕が開発したいのは…例えば、空中元素固定装置…知ってる?」
妹「ううん…」
トゲハラ「ミノフスキー粒子とか」
妹「聞いたことある…あれは現実にはないの?」
トゲハラ「うん、まだ…ない」
妹「じゃあ、トゲハラ君が開発するかもしれないんだ、ミノフスキー粒子」
  と、トゲハラ、デジカメを取り出す。
妹「それは、なに?」
トゲハラ「これはデジカメ」
妹「どういうデジカメ?」
トゲハラ「ただのキャノンのデジカメだ」
妹「なんだ…それをどうするの?」
トゲハラ「記念に美音ちゃんを撮る。写真は嫌い?」
妹「ううん、最近は撮ってないけど…」
  と、トゲハラ、妹に向かってカメラを構える。
トゲハラ「はい、チーズ」
  妹、ピースを顔の側に当てたりして…
  トゲハラ、撮った写真を覗き込む。
妹「撮れてる?」
トゲハラ「う、うん」
妹「見せて?」
トゲハラ「ダ、ダメだよ…」
妹「どうして?」
トゲハラ「これは…見せらんない」
  ××  ××  ××
  と、やってくるライチとタクト。
  ライチとタクト 1
タクト「超常現象研究会…高校の部活でそんなのがあるんだね」
ライチ「けっこう、伝統あるクラブなんですよ、これでも…」
タクト「みんなオバケとか好きなの?」
ライチ「オバケだけじゃなくて、都市伝説も好きだし、未確認生物も好きだし
…地球外生命も好きだし、絶滅の危機も好きだし。そんな世の中の摩訶不思議
なことはみんな好き…たまらなく惹かれるんですよ。でも、本当は私達超常現
象研究会はとある使命を果たすべく、この部活動をしているんです」
タクト「とある使命? ってのはなに?」
ライチ「とある使命、それは私だけじゃなくて、他の三人の仲間も一緒」
タクト「それで、それはなに?」
ライチ「わたし達が願っているのはただ一つ。幽霊とのファーストコンタク
ト」
  ××  ××  ××
  妹とトゲハラ その3
トゲハラ「さあ、もう一枚」
  と、トゲハラ、また妹にカメラを向ける。
トゲハラ「はい、チーズ」
  美音、また別のポーズをとり。
トゲハラ「もう一枚…」
妹「え? また?」
トゲハラ「(切迫してきている)お願い、もう一枚撮らせて!…」
  ××  ××  ××
  父とエイミとハヤト その2
エイミ「その最新型のプラネタリウムに双眼鏡を持っていくとよりはっきりく
っきり、いろいろ見えるんです。人間の肉眼では見えないような、九等星とか
まで」
父「九等星まで見えるプラネタリウム?」
エイミ「そこで見ました、夏の大三角。本物はあれですね、プラネタリウムそ
っくりなんですね」
父「プラネタリウムが真似してるんだから(と、空を示し)こっちが本物なん
だから」
エイミ「本物は…なんていうか逆にリアリティがないものなんですね」
父「そうかもな、本物は…リアリティがないもの…かも」
  と、やってくるトゲハラ。
トゲハラ「本物は…リアリティが…ない」
エイミ「あれ、トゲハラ…どうしたの?」
トゲハラ「ちょっと、記念写真、いいかな」
エイミ「どうしたの? 突然」
トゲハラ「はい、チーズ」
  と、エイミ、ハヤト、父、その瞬間に寄り添ってフレームの中に収まっ
た。
  そして、写真を撮ったあと。
トゲハラ「どうも…ありがとう…」
エイミ「え、どんなふうに撮れた? 見せて、見せて…」
トゲハラ「ダメだよ…」
エイミ「どうして? 見せてよ」
トゲハラ「ダメだって…ライチは今、どこに?」
エイミ「なんか用?」
トゲハラ「超常現象研究会、部長の耳に入れたいことがあるんだ…君達も一緒
に来て…」
  ××  ××  ××
  ライチとタクト2
タクト「幽霊とのファーストコンタクト?」
ライチ「これまで古今東西、幽霊にまつわる話なんていくらでもあった。でも
それは物語の中ばっかりで、実際にどこで何月の何日に何時何分にどんな幽霊
と出会ってどんな話をしたのかって記録は残っていない。まだ人類は本当の意
味でお化けと出会ったこともないと思うんですよ」
タクト「それはたしかに…そうかもしれない」
ライチ「でしょ」
タクト「…ライチちゃんが幽霊というものに出会った時に…何を話すの?」
ライチ「もちろん、聞いてみたいことはそれこそ山のようにある…死んだ人が
行く、向こう側はどうなっているのか? とか、死んじゃった今、どんな御気
分ですか? とか、色々…ね。でもわたしが本当に聞いてみたいことは、ただ
一つ」
タクト「それは…なに?」
ライチ「生きてることって、なんだった?」

●7 柊家 家族会議
  柊家、食卓。
  タクト、母、父、妹。
  後ろは黒幕。
  ボックスを五つ並べて最後の晩餐のように居る。
父「あの高校生達ねえ…」
タクト「悪い人達じゃないと思うんだ」
母「そうね、そうね、それはそうなのよね」
妹「悪い人達じゃないから、余計にやっかいなんじゃないの?」
母「そうね、そうね、それもそうなのよね」
父「あの子らが我々の正体を知ったら、どうなるんだ?」
タクト「一家四人が…」
妹「実は死んでて…幽霊であることがバレたら」
父「どうなるか、だな…」
母「どうなるの? その時はどうなるものなの?」
妹「お母さん、うるさいよ」
父「そうだね、お父さんもちょっとそのキャラだと絡みづらいよ」
母「あら、そう? 残念、みんなに楽しんでもらえるかと思って、私なりに無
理してやってたのに。まさかね、オバケ注意の道路標識がこの世に存在すると
はね」
妹「オバケである私達が住んでいる家の前に『オバケに注意』って看板立てら
れてもねえ」

●8 超常現象研究会側
ライチ「あの一家が…幽霊?」
エイミ「なにを根拠に?」
トゲハラ「写真だよ、写真」
ハヤト「写真?」
トゲハラ「映ってないんだ」
ライチ「そんなバカな…」
トゲハラ「映ってないんだ…あの人達…何枚も写真を撮った…でも、映ってな
いんだ、一枚も…妹の美音ちゃんだけかと思ったけど、さっきエイミとハヤト
と一緒に撮ったお父さんも一人だけ映ってない、お母さんも撮らせてもらっ
た、でも、映ってない」
ライチ「そんな…タクト君は?」
トゲハラ「彼も写らない」
ライチ「そんな!」
トゲハラ「あの家族はみんな…写真に映らない」
エイミ「(わかってる)どういうこと?」
トゲハラ「だから、あの人達は…」

●9 柊家・家族会議2
タクト「まったくやっかいな標識だ」
妹「その他の危険に注意の標識?」
母「『注意』もなにも、あんな標識が立ってたら、なにか注意しなきゃなんな
いものがここに居ますよ、って宣伝しているようなものじゃない、ねえ…」
父「現にあの子達も都会からわざわざ、あの標識、目指してやってきたわけだ
から」
母「食事の用意…できてるわよ」
父「じゃあ、招待しに行こうか、我が家の晩餐に…彼らの出方を見ることにし
よう」

●10 超常現象研究会側 その2
ライチ「彼らは…幽霊…ってこと」
トゲハラ「だと思う」
ライチ「またあ…」
トゲハラ「本当だよ」
ライチ「(認めるのがつらい)…全員?」
  トゲハラ、頷いた。
エイミ「…だから…幽霊?」
  トゲハラ、頷いた。
ライチ「ということは、あの標識は本当に…」
トゲハラ「『その他の危険に注意』?」
  と、やってくるタクト。
タクト「都立鷺宮西高校、超常現象研究会のみなさん、お待たせしました、家
の中に…どうぞ…」
エイミ「家の中に…ですか」
タクト「どうしたの?」
ライチ「この人は幽霊?…わかんない、全然そんな感じがしない…ってそんな
感じもなにも、幽霊とこうして面と向かっているなんて初めての経験だから…
わからない…」
  と、やってくる母。
母「さあ、さあ、ご飯の用意ができましたよ」
エイミ「ありがとうございます」
トゲハラ「どんな…ご飯が…用意されているのかな」
母「この花紫の特産品の野菜を存分に使ったヘルシーな料理ですよ」
ライチ「ヘルシーな料理を作る幽霊?」
  と、やってくる父、手にはビール。
父「あーっ! (と、そのビールを飲んで)あーっ! うまいなビールは」
ライチ「ビールを飲む幽霊」
父「生き返るなあ!」
ライチ「生き返る幽霊…いやいやいやいや、これは言葉の綾ってやつだ」
  と、母が。
母「お父さん、私にもビール、一口」
父「はい…」
  と、渡したビールを飲もうとする母。
父「あっ!」
  と、その飲む手を制した。
母「なに?」
父「それじゃあ、間接キスだぞ」
妹「つまんねーオヤジ、死にたくなるよ」
ライチ「と、言ってる娘も幽霊」
父「さあさあ、さあ、さあ…」
エイミ「い、い、いいいい…」
トゲハラ「え、え、えええ…」
母「どうぞ、どうぞ、どうぞ、どうぞ…」
トゲハラ「は、はひぃ…いい…いいぃ…」
妹「さあ、さあ、ご遠慮なさらずに、どうぞ、どうぞ、どうぞ…」
  そして、超常現象研究会の面々は最後の晩餐のテーブルへ。
ライチN「わたしが夢にまで見ていた幽霊とのファーストコンタクトは、わた
しが思っていたとおりにつつがなく進行していた…全てわたしが想像していた
とおり、ただ一つ誤算だったのは、わたしがそれに気づいていなかったという
ことだけだ」

●11 柊家に呼ばれた高校生達。
父「いや、この家にお客さんが来るなんてずいぶん久しぶりだから…ねえ」
母「そうね…そうね、本当にそうね」
父「みんな、遠慮しないで食べてくれるかな」
母「お口に合うといいんだけど」
エイミ「ありがとう、ございます」
ハヤト「いただきます」
トゲハラ「ごちそうになります」
母「どうぞ、どうぞ、ライチちゃんもね」
ライチ「(まったく感情なく)わーい、わーい」
  しかし、あまり皆が手をつけないので、母。
母「あら、みんなまだおなか空いてなかったのかな…」
ハヤト「いえ、そうじゃないんです」
トゲハラ「おなかはすいてますです」
母「じゃあ…」
ライチ「なんていうか、おなかはぺこぺこなんですけど、なんていうか…胸が
いっぱいで」
タクト「え? どうして?」
ライチ「長年の夢が叶ったっていうか…」
妹「長年の…」
母「夢が叶う?」
ライチ「ええ、そうなんです」
父「それは…どんな夢?」
ライチ「私達、高校の超常現象研究会っていうクラブで活動しているんです」
母「それはお聞きしましたよ」
ライチ「その私達の夢…これまでいろんな人がいろんな方法で試して探求して
きたけれど、立証することができなかった、こと」
母「うん、うん、それはなに?」
ライチ「幽霊とのファーストコンタクト、です」
父「幽霊とのファーストコンタクト」
エイミ「そうです」
トゲハラ「それが僕達、鷺宮西高超常現象研究会の今年の夏の目標でした」
母「幽霊…ねえ…」
妹「会えるものなの? 幽霊になんて」
ライチ「会おうと思ってこの花紫への合宿をみんなで計画したんです」
タクト「さっき、夢が叶ったって言ったよね」
ライチ「言いました」
父「幽霊とのファーストコンタクトが夢で、その夢が叶ったっていうことは
…」
母「幽霊に会えた…ってこと?」
ライチ「はい」
母「幽霊を見たの?」
ライチ「はい」
タクト「見間違いじゃないかな」
ライチ「見たんです」
タクト「見たの?」
ライチ「見ました」
タクト「…見たんだ」
ライチ「はい」
タクト「ライチちゃんだけじゃなくて、他のみんなも」
ライチ以外「はい…」
妹「間違いないの?」
ライチ「はい…それも一人じゃありませんでした」
タクト「一人じゃない…」
エイミ「四人」
父「四人」
  間。
  と、ライチ、立ち上がり。
ライチ「御挨拶からさせてください。初めまして…都立鷺宮西高超常現象研究
会、部長の万惣ライチです」
  エイミも立ち上がり、
エイミ「センケイエイミです」
  ハヤトも立ち上がり、
ハヤト「モトヤマダハヤトです」
  トゲハラも立ち上がり、
トゲハラ「トゲハラハジメです」
父「…なぜ、わかった?」
ライチ「そうですねえ…」
エイミ「なんか、これってあれだよね」
ライチ「なに?」
エイミ「『コナンくん』の解決編の雰囲気だね」
ライチ「犯人を捜しているわけじゃないのよ、私達は」
トゲハラ「でも、真実は一つ…」
ハヤト「それはそうだ…」
ライチ「…みなさんは…どうして幽霊になっちゃったんですか?」
父「それは死因ということですか?」
ライチ「まあ…そうです」
父「一言では言いづらいなあ、それは…」
ライチ「家族が全員そろっている、だとしたらみなさん、全員が一か所で亡く
なった? 交通事故ですか?」
父「いえ、わたしたちは…」
母「ばらばらです」
妹「死んだ時間も…」
タクト「死んだ場所も…」
母「ばらばらなんです」
ライチ「…どうして、みなさん、ここにこうして集っているんですか?」
父「だから、今、言ったとおりで…」
母「ばらばらだからです」
ライチ「…ばらばらだから?」
父「人間生まれて来る時も一人なら、死んでいく時もだいたい、おおむね、た
いてい一人なんですよ。わかりますよね」
ライチ「はい」
父「我々も同じです。死んでみたら一人、ひとりぼっちだった。それで集った
わけです」
トゲハラ「みなさんは…家族じゃ…ない?」
母「ばらばらです」
父「でも、一緒に仲良く住んでますよ」
妹「家族のように」
母「家族よりも家族らしくっていうのが、我が家のモットーなんです」
父「君たち都会の高校生とも我々は仲良くなれるかな?」
ライチ「私達も仲良くなりたいです」
母「本当に?」
ライチ「はい(そして、超常現象研究会のみんなに)ね」
母「怖くはない? 私達のこと…」
ハヤト「それは、怖いです」
妹「やっぱ、怖いか…」
トゲハラ「写真には映らないし…」
ライチ「でも、なんだかみなさん、優しい…」
エイミ「そう、そうなんだよね…それが不思議…」
トゲハラ「摩訶不思議…」
ライチ「私達は摩訶不思議な事が好きで、この部活、超常現象研究会にいるん
ですから…」
タクト「じゃあ…大丈夫かな」
ライチ「かな…時間がちょっとかかるかもしれないけど…だから、私は…私だ
けじゃなく、他のみんなも同じだと思うけど、幽霊と出会えたここに、しばら
く居てみようかと」
エイミ「しばらくお世話になります」
ハヤト「お世話になります」
トゲハラ「お世話になります」
柊家一同「こちらこそ…」
  椅子に座っていた超常現象研究会の面々前へ。
  そして…

●12 やってくるオカモト。
オカモト「それで…どうですか、高校生のみなさん、なにか発見できました
か? はるばるいらしたとしても、なかなか思うような結果は出ないもんで
す。それが、若い頃の旅ってもんです。かくいう私もね、高校二年生の夏休
み、自転車で長い旅をしたんですよ。でも、次から次へと問題が起きて、困り
果てました…タイヤはしょっちゅうパンクする、チェーンは外れる、ブレーキ
のワイヤーは切れる…」
エイミ「もっとましなチャリはなかったんすか?」
オカモト「でも、このその他の危険に注意の標識を見つけて、ここへやって来
ようと思った、その気持ちが大切です…チャレンジですよ、トライアンドエラ
ーです。若いうちはね…だいだい、こんな標識、あなた達以外、誰も知らない
し興味も持たないじゃありませんか、こんなの…」
トゲハラ「それが…そうでもないんですよ」
オカモト「今、なんと…」
トゲハラ「ネットで、今、密かな話題となっているんですよ、この花紫のこの
標識が…」
カマクラ「そんな…なにを期待して…」
トゲハラ「今週の週末くらいから、人が押し寄せると思います。この標識を目
指して」
カマクラ「まさか、そんな…だってここだけじゃないんですよ、この標識が立
っているのは…全国のいたるところに…」
ライチ「私達、都立鷺宮西高の超常現象研究会が夏の合宿をやっている、って
いう情報が漏れたのかもしれません」
エイミ「うちの高校の超常現象研究会は、その筋では有名ですから」
カマクラ「なぜ? どうしてそんなに全国の物好きに信頼されているんです
か?」
ハヤト「この超常現象研究会、八十四年の歴史があるんですけど、先輩達がみ
んな高校生とは思えない業績をあげてるんで、それで、だと思います」
カマクラ「なにをやったっていうんだ? 君達の先輩は?」
エイミ「ツチノコの繁殖に成功したり」
オカモト「ツチノコの繁殖? ツチノコは見つかってたのか!」
ライチ「ええ、それは…ただ、公にすると面倒なんで、うちの先輩達はみんな
黙ってますけど…でも、そういうのの情報って、どっからか漏れちゃうじゃな
いですか…」
オカモト「漏れてない、漏れてない、全然知らなかったぞ、そんなの」
エイミ「まあ、そんなこんなのことがあるんで、我らが超常現象研究会はその
筋では信用があるですよ」
ライチ「もしかして、鷺宮西高超常現象研究会はついに、見つけたのではない
か、と」
オカモト「見つけた?」
カマクラ「なにを?」
エイミ「オバケです」
ハヤト「幽霊です」
オカモト「まさか、そんな…」
ライチ「オバケは…幽霊はいるんです」
エイミ「ここにいるんです」
トゲハラ「存在するんですよ、幽霊は…」
カマクラ「そりゃいるかもしれないけど、この花紫でそんなもの、見た事あり
ませんよ」
エイミ「チャンさんはどう思いますか?」
チャン「こういう話、苦手」
ハヤト「では、幽霊をお見せしたら信じてもらえますか?」
カマクラ「そりゃまあ…そうですね…(と、オカモトに) そうですよね」
オカモト「そうですね」
ライチ「武士に二言はありませんね」
オカモト「うちは代々、小作農でしたから」
カマクラ「うちもです」
ライチ「小作農に二言はありませんね」
オカモト「え? ええ?」
ライチ「では柊家のみなさん、どうぞ」
タクト「ガラガラ、失礼します」
父「失礼します」
妹「失礼します」
母「失礼します」
ライチ「この人達が、その他の危険に注意、なんです」
オカモト「そんな…バカな…」
父「騙すつもりはなかったんです」
母「黙ってただけです」
タクト「できたら騙し通したかった」
妹「ごめんなさい」
オカモト「どうしてそれを?」
トゲハラ「たまたま発見したんですけど、この幽霊さん達は写真には写らない
んですよ」
カマクラ「写真に映らない」
父「幽霊ですから」
カマクラ「ほ、本当に?」
ライチ「そして、これを嗅ぎつけた物好きな人々が…ここへ」
オカモト「やってくる、と?」
トゲハラ「来ます…全国から…この標識のもとへ…」

●13 カマクラさん、表舞台へ
  集まって来た人々が口々に
「なんだ、こんな『お化け注意』の標識だけでなにがあるってわけじゃないじ
ゃん」
「まあそんなに幽霊なんて気安く出て来るもんじゃないでしょ」
「わはははははは、そりゃそうだ」
「そもそもいるわけないし、そんなの」
ライチ「さがしてから言えよ」
「ほら、お父さんが言った通りだろ、いないんだよ、そんなものは」
「いない、いない、いるもんか、そんなの」
「この標識だって、詳しく調べないで、立てだんだよ、ここにはこういう曖昧
な標識を立てときゃいいや、ってね」
「オバケ? いないいない」
「幽霊? 出てきてみなさい。自分に自信があったら、どうどうと出てくるも
んでしょう」
「自信ない? そりゃそうかも」
「逃げ回ってるだけですよ、いたとしてもね…」
トゲハラ「やってきましたね、この標識を目指して、興味本位の輩が大勢」
  と、幽霊達に向かって、
ライチ「あいつらの前に出て行って、言ってやって」
妹「なにを?」
ライチ「ここにいるぞって」
父「いや、それは!」
妹「言えないよ」
ライチ「言って!」
妹「ダメだよ!」
ライチ「言って! がつんと!」
父「それだけは出来ない」
タクト「僕たちは…死んでるんだ…」
ライチ「死んでたら…ダメ?」
「お化けなんてないさ」
「お化けなんて嘘さ」
「嘘さ、嘘さ、お化けなんて嘘さ、嘘さ、嘘さ、嘘さ」
ライチ「嘘じゃない! 嘘じゃないんだ! いいか! よく聞け!この標識は
な『その他の注意』っていう看板なんだ。その他の注意ってのはな、注意して
いれば会えるってことなんだ。見ることができるってことなんだ。現にわたし
達は見た! わたし達は会った! 今、ここにいる幽霊たちに!」
  曲イン
ライチ「行こう、タクトくん」
タクト「だからそれは出来ない」
ライチ「お願い!」
父「だめだよ」
母「ライチちゃん!」
妹「ライチさん!」
ライチ「…やつらに、目に物見せてやろうよ…自分の目に映るものもちゃんと
見ないで、それで、好き勝手なことを言う…これに立ち向かうための…都立鷺
宮西高超常現象研究会!(そして、回りのみなに)な、そうだよな、みんな
ぁ!」
超常現象研究会の一同「そうだ!」
ライチ「行こう、みんな! 私も行くから、一緒に行こう!」
タクト「そんなことをしたら、みんなが集まってくる」
妹「見せもんになっちゃう!」
父「ヤフーニュースのトピックになるだけだよ、ひと夏のね」
ライチ「…それだ! それだよ」
タクト「なんだって?」
ライチ「ヤフーニュースになればいいんだ。ひと夏の見世物になればいいん
だ」
タクト「ライチちゃん、なに言ってるんだ!」
ライチ「みんなで、ひと夏の見世物になろう」
父「なんだって?」
母「どういうこと?」
ライチ「いた、いたぞ、こっちに何かでた!(超常現象研究会の面々に)ほ
ら、みんなもやって! ほら、ほら、ほら、ほら!」
エイミ「で、でたー…あ、あー…」
ライチ「そう、そんな感じ」
ハヤト「パねぇ! パねぇよ!」
ライチ「うん、バカそう、ハヤト! ホントうまいなあ!」
ハヤト「それほめてんの?」
ライチ「いいから続けて」
ハヤト「パねえ、パねえ、パねえ…」
エイミ「パねえ、パねえ、パねえ…」
ライチ「そして、カマクラさん」
カマクラ「え、なに、僕?」
ライチ「出てって」
カマクラ「え、僕が、なんで」
ライチ「いいから早く出てって!」
  と、壇上へと上がるカマクラ。
ライチ「みなさーん、これがお化けです」
カマクラ「え、ええー」
オカモト「カマクラがですか?」
カマクラ「え、ええ! えええ!」
ハヤト「パねえ!」
エイミ「マジパねえー」
トゲハラ「パルプンテ!」
  そして、電話しているライチ。
ライチ「もしもし、成海先輩ですか? ご無沙汰しております、ライチです」

●14 成海登場
成海「袖で待つこと二十八分、満を持してとはこのこと。都立鷺宮西高超常現
象研究会、OG、成海冴子、見参!」
ライチ「成海先輩!」
  と、成海、舞台の中央へ。
成海「だいたいの事はスカイプで聞いた。それで、そのカマクラっていう人
は?」
エイミ「彼がカマクラさんです!」
成海「初めまして、かわいい後輩がお世話になってます、成海冴子です」
カマクラ「カマクラです…どうも…」
ハヤト「成海先輩!」
エイミ「成海先輩!」
成海「久しぶり、みんな、元気そうね」
トゲハラ「成海先輩、どうしてここへ?」
成海「先輩、今日もお綺麗で」
トゲハラ「は?」
成海「先輩、今日もお綺麗で、が先でしょ?」
トゲハラ「先輩、今日もお綺麗で」
成海「ありがとう、で? なに?」
トゲハラ「あ! 先輩、どうして、花紫に?」
ライチ「私が呼んだの、来てもらったの。ここから先はたぶん、私達では手に
負えなくなるだろうから」
カマクラ「手に負えなくなる? この先、なにが…どうなるんですか?」

●15 成海の作戦
ライチ「成海先輩の計画を発表します。みなさんよーく聞いてください」
成海「この花紫は、たった一人の幽霊であると見なされたカマクラさん、あな
たがおもてなしをするテーマパークになるんです」
カマクラ「ならないよぉ!」
成海「ディズニーランドで言うなら、あなたはミッキーマウスであり、スプラ
ッシュマウンテンであり、カリブの海賊であり、シンデレラ城でもある」
ライチ「(おおげさに)うわあ、そんなの見たことない。でも、見てみたー
い」
オカモト「そんなこと言われても、まったく想像がつかないよ」
成海「興味本位でやって来た、その他の注意の標識目当ての人々もこれには大
興奮です」
  全員で矢継ぎ早に次のセリフ。
「なんだ!なんだ、なんだなんだ!」
「あの人は!幽霊だって!」
「え!なに!本当に出たの?」
「いるじゃないそこに!」
「どこに?」
「すぐ後ろに!」
「どこ!どこ!どこ!どこ!」
「そこに!」
「まじでー!」
「まじ!まじ!まじ!まじ!」
「まじかよ!」
「まじ!まじ!まじ!まじ!」
「パねえ!」
「パねえ!」
「足は?」
「足はあるよ!」
「パねえよ!」
カマクラ「そこで…僕は何をすれば?」
ライチ「この花紫の象徴とも言えるその他の注意の標識の説明、ならびに記念
撮影、Q&Aです」
ライチ「じゃあ大丈夫ですね」
オカモト「大丈夫かなあ…」
カマクラ「いや、大丈夫じゃない。ぜんぜん大丈夫じゃないよ!」
母「こちらが当オバケランドのメインキャラクターカマクラさんです」
妹「非常にレアなキャラクターですよ、写メ撮っとくなら今です」
母「はい、チーズ!」
妹「(なんかポーズを取って)いぇい!」
ライチ「しかし、写真にはこの通り」
  と、母と妹、その決めポーズのまま、カマクラの側から離れる。
オカモト「カマクラくんだけが写っている」
成海「人々はこれを見て、驚き、納得するのです」
父「でも、おかしいとは思わない」
成海「疑問をいだくその前に!」
エイミ「私達が側で! オバケしか写ってない!」
ハヤト「すごい、さすがオバケだ!」
オカモト「バレる。バレます、それは絶対にバレて大変なことになる」
成海「バレる? なにが?」
オカモト「君がやろうとしている事は、人を騙すことなんですよ」
成海「そうですよ」
オカモト「認めた…それもすごくあっさりと認めた」
成海「じゃあ、ディズニーランドは騙してないんですか、私達を?」
ライチ「先輩、それを言っちゃいますか?」
成海「あそこは本当に魔法の国だと信じていらっしゃいますか?」
ハヤト「先輩、やめてもらっていいですか、この話」
成海「どうなんですか?」
オカモト「いや、それは、あの…」
成海「私は魔法の国だと思っています」
エイミ「あれ? そういう展開?」
ハヤト「ギリギリんところを抜けていくなあ」
ライチ「成海先輩、あなどれねー」
成海「私をあなどるでない、敬え!」
ライチ「うやまうー」
成海「ディズニーランドを魔法の国だと言っている人がいる。そして、これは
確かに魔法の国です、と答える人がいて、そこで楽しむ。このなにが問題なん
ですか?」
カマクラ「夢の共犯者というわけですか?」
成海「夢のビジネスパートナーです」
ライチ「どんどん、物は言いようだ」
成海「テーマパークです。ここのテーマは幽霊であり、オバケなんです。これ
は一言でいうと夏の風物詩。ですから、それに見合ったアトラクションを用意
しなければなりません」
カマクラ「アトラクションがあるんですか、このテーマパークには?」
成海「金魚すくい、ヨーヨー釣り、よく当たるくじ、射的、ショップとして、
焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、林檎飴、飲み物はコーラ、ジュース、ビー
ル、チューハイ等々」
オカモト「そんなに? スタッフとして使える人数は限られてるんですよ」
成海「やってきたみなさんにやっていただく、ここはそんな職業体験型のテー
マパークでもあるんです」
エイミ「キッザニアですね」
成海「子供達はもちろん、お父さん、お母さんにも、ここで一日テキ屋さんを
体験してもらいます」
ハヤト「なんか、可能性、見えてきましたね」
オカモト「本当に?」
カマクラ「やりますか? イマドキのお子さんとお母さんお父さんがテキ屋さ
んを?」
ライチ「誰にでもできるものじゃない、これは選ばれし者だけができる職業な
んです、と言えば」
成海「お! ライチ、だんだんわかってきたね…そういうことだよ」
オカモト「テキ屋が?」
カマクラ「やるかな、喜んでテキ屋を?」
ライチ「ようこそ、花紫オバケランドへ、ここはバーベキューワールドです」
オカモト「バーベキューワールド?」
エイミ「このアトラクションでは、ゲストのみなさんで持ち寄った肉や野菜を
大人の方はビール片手に、ジュージュー焼いて、幽霊であるカマクラさんに焼
肉と野菜を捧げるという、ストレンジワールドです」
オカモト「幽霊にバーベキュー?」
ハヤト「明るい陽の下で」
ライチ「くれぐれも熱中症には気をつけて」
成海「そして、ごらん下さい、花紫に流れる小川」
オカモト「紫川ですね」
成海「ここで渓流釣りができると聞きました」
カマクラ「幽霊と渓流釣り?」
成海「楽しんでもらいます」
ライチ「とことん、アウトドアな幽霊ですね」
成海「夏休みの娯楽は全て満喫してもらいます」
オカモト「それが…花紫」
エイミ「オバケランド!」
トゲハラ「先輩! この紫川の手前に林があります」
オカモト「クヌギの林です」
成海「早朝、この林の木の幹に蜜を塗って」
オカモト「それでカブト虫が集まる!」
成海「ちがいます」
オカモト「なにが?」
トゲハラ「クワガタ虫です」
カマクラ「オカモトさん、今はカブト虫よりも、クワガタ虫の方が人気なんで
すよ」
ハヤト「(感無量)盛りだくさんになってきましたね」
  と、ここで成海の携帯が鳴る。
成海「あ、じいちゃん? 私、うん、うん、あ、花火、用意できた? ありが
とー」
ライチ「花火?」
成海「三尺玉? 充分、うん、届けてくれたら、自分で打ち上げるから」
タクト「三尺玉?」
成海「じゃ、また、本当にありがとうね、じいちゃん、大好き!」
  と、成海、電話にキスの音をさせて、
成海「んーっ、ちゅ! まったねー」
  電話を切り。
成海「テーマパークの夜には、やっぱり花火がないと、じゃない?」
ライチ「花火…打ち上げ花火…ですか?」
成海「そうよ」
タクト「三尺玉って…」
成海「九十センチ、普通の大きさかな、五尺ってのもあるし、私は打ち上げた
ことないけど、九尺ってのもあるのよ」
ライチ「先輩、花火の打ち上げ、できるんですか?」
成海「あれ、言ってなかったっけ? 私、成海総合花火括弧株の一人娘なの。
十三代目の花火師になるの、いずれね」
ライチ「マジでぇ? えーっ! 先輩、すげーっす!」
成海「私を怒らせると、火花散るよ」
ライチ「ちょっと、どーしよー、えー、えー、惚れますよ、惚れてしまいます
よ、わたくし、万惣ライチ、今、めろめろですよ」
成海「せいぜい敬うんだよ、後輩」
ライチ「うやまうー」
成海「打ち上げ花火屋の名にかけて、全国から屋台を借りてきます、そこで花
紫キッザニア、テキ屋さんの体験です」

●16 花紫オバケランド・オープン
  ライチ、トランシーバーに向かって怒濤の如く。
ライチ「西ゲート担当、万惣ライチ、マルナナ、マルマル、搬入開始。ベビー
カステラを先頭に、じゃがバター、豚玉、焼きそば、とうもろこし、きゅうり
のいっぽん漬け、モツ煮込み、続いて、よく当たるくじ、射的、ダーツ、投げ
輪、ヨーヨー釣り、金魚すくい…」
成海「氷は届いているか?」
ライチ「二トンが、マルキュウ、サンマルに到着予定」
成海「了解、それでいい」
エイミ「アイスボックス、遅れてます」
成海「急がせろ!」
エイミ「了解ぁぃ!」
成海「人を使ってかまわん、間に合わせるんだ、氷が届くぞ」
エイミ「了解しました、申し訳ありません」
ハヤト「おでん、到着遅れてます!」
エイミ「焼き鳥、到着遅れるとのことです」
成海「遅い! 理由は?」
トゲハラ「花紫に入るには一本道、搬入の車が『その他の注意』の標識目当て
の観光客の車の渋滞に巻き込まれております」
成海「ゲストの到着は把握しているのか?」
ハヤト「ただいま、リストを作成中! Twitterアカウント、信長20
09御一行様、十八名、鷹の爪ボット吉田君好き御一行二十八名、ラブリー保
母さん御一行二十二名。鉄仮面男爵御一行三十二名、東野圭吾友の会御一行四
十二名…」
トゲハラ「フェイスブック、川野雄一様御家族四名、福田健太郎様御家族十二
名、前田克彦御家族御一行八名…」
成海「正面ゲート前、どうぞ!」
母「こちら、花紫オバケランド、正面ゲート前です」
妹「花紫オバケランドにようこそ!」
成海「カマクラさんは?」
カマクラ「はい、カマクラです」
成海「心の準備はよろしいですか?」
カマクラ「やるしかないんですよね」
成海「やるというか、なるというか」
妹「花紫オバケランド、ただいま、オープンです、いらっしゃいませ」
母「いらっしゃいませ」
妹「いらっしゃいませ」
母「いらっしゃいませ」
エイミ「アイスボックス、無事搬入!」
ライチ「屋台の準備、オールグリーン!」
エイミ「オー
ルグリーン!」
ライチ「とうもろこしの焼ける匂い、焼きそばのソースの香りが鼻をくすぐり
ます!」
成海「よーし、そのゲートから中へと入場した方々の胸を想い出で! おなか
を屋台で! 一杯にして帰すんだ、いいな、みんな!」
一同「おー!」
ライチ「ゲートオープン」
成海「暑い日々の熱き戦いがこれより始まる」
ライチ「花紫オバケランドへようこそ」
エイミ「花紫オバケランドへようこそ」
ハヤト「花紫オバケランドへようこそ」
母「花紫オバケランドへようこそ」
妹「花紫オバケランドへようこそ」
父「花紫オバケランドへようこそ」

●17 カマクラがんばる
  ステージに突き飛ばされて登場したカマクラ。
カマクラ「落ち着いてください、落ち着いてね、落ち着いて、落ち着いてくだ
さい。みなさん興奮なさらないで、わかります、わかりますよ、はやるお気持
ちは…生まれて初めて見るものですから、なかなか見れないものですから…そ
の他の危険に注意こと…幽霊さんですよぉ。順番に、順番に、並んでくださ
い、二列でお願いします。お子様、女性の方を前に。仲良く、譲り合いの精神
で、幽霊に接しましょうね」
ライチ「押さないで、押さないでください」
ハヤト「押さないで、押さないで」
エイミ「お二人づつ並んでお待ちください」
妹「ただいま、待ち時間、四十分となっております」
ライチ「それではお一人づつ、どうぞ」
  カマクラ、しゃがみ込んで、寄ってきたらしい子供に。
カマクラ「はい、こんにちは…初めまして…幽霊です。びっくりした? した
よね、驚いたよね。そりゃそうだ。でも、大丈夫、ね、全然大丈夫だろ? 小
学生? 一年かあ…お父さんとお母さんと一緒に来たの? お父さんと一緒?
 お母さんは? あ、そう、離婚したん…そう。でも、時々、会うんだ。じゃ
あ、今度会った時に、このカマクラさんの事を話してあげてね。僕、お父さん
に夏休みに幽霊を見に連れてってもらったんだ、ってね。お母さんに話して
ね。どこか国内旅行に行きたくなったら、是非とも花紫へ、花紫よいとこ、一
度はおいで、って、僕達みんなで君を待ってるからね」
  写真を撮ってあげている。
ハヤト「そのままで、そのままで、もう一枚、いきますよ、はい、チーズ」
妹「はい、蹴らないでね、蹴っちゃダメですよ。幽霊さんでも痛いんですから
ね、蹴られたら…そうです、パンチもダメですよー」
エイミ「幽霊さん、泣いちゃいますよ、えーん、えーん、って。笑い事じゃな
いですよ、蹴ったら蹴り返しますよ。マジですよー。一発は一発ですー」
  また別の家族の写真を撮っている。
エイミ「はい、両脇のおじいちゃん、おばあちゃん、もうちょっと、真ん中の
お孫さんに寄り添うように」
ハヤト「はい、はい、そんな感じで、はい、チーズ」
エイミ「あれ、どうしたのかな? 怖くないよー、泣いちゃうのはおかしいね
ー」
  トゲハラ、また別の家族の写真を撮っている。
トゲハラ「はい、じゃあ、皆さん、いいですかぁ! 三、二、一、でイエー
イ、ですよー」
  ここで、
  SE ドドーン、ドドーンと花火の音。
ライチ「成海先輩の打ち上げ花火だ…」
  SE ドドーン、ドドーン…

●18 タクトの場合
タクト「はい、はい、はい、はい…泣かないで、泣かないで…大丈夫だよ…泣
かないで、ママがいなくなっちゃったんだね…一緒に探してあげるからね、オ
バケランドのお兄さんが一緒にね。僕は名前はなんていうの? タクト? タ
クトくん? へえ…お兄さんと同じ名前だ。はじめまして、タクトです。さ
あ、お母さんを一緒に捜そう…タクト君は、なにタクト君? 宮本? 宮本タ
クト君か…宮本さーん! 宮本さーん! …タクト君はもう幽霊のカマクラさ
んには会った? まだ? まだか? そっか、カマクラさん、ひっぱりだこだ
からなあ」
  と、ライチが登場してきて、側にいるであろうお母さんに、
ライチ「お母さん、大丈夫ですよ、きっとお子さんは見つかりますって…
(と、呼ぶ)タクトくーん! タクトくーん!…」
タクト「え? お兄さんが幽霊を信じているか? 信じてるよ、だって、その
方が…いいじゃない。…きっと幽霊さん達だって、タクト君とお話したいって
思ってるよ。え? 幽霊さんがタクト君にお話したいこと? そりゃあるさ、
きっとあるさ、例えば…例えば、泣かないで…君が探している人には、もうす
ぐ会えるから…必ず会えるから…とかね」
ライチ「タクトくーん」
タクト「ライチちゃんの呼びかけに僕とタクト君は同時に答えた。ここだよ」
ライチ「タクト! タクト君!」
タクト「一人のタクト君は探しているお母さんに会えた…そして、もう一人の
タクトもまた…」
ライチ「タクト!」
タクト「ライチちゃんに会えた…」
エイミの声「まもなく日没でーす」
妹の声「オバケランドは日が暮れたら、おしまいでーす」
母の声「ありがとうございました」

●19 オカモトの小学校巡り
タクト「あのライチちゃんの先輩、すごいね、言ったことを全部本当にやって
しまうんだね」
ライチ「私が高校に入学した時から、ずっと憧れで、でも、なかなか越えられ
なくて、優しくされると、なんか涙が出てくることもたびたびあった。でも、
嫌いになったことはない」
タクト「なんかわかるよ」
ライチ「ただ、先輩のことは…うやまうー」
タクト「うやまうー」
ライチ「ああ、今日も一日、疲れちゃった…」
タクト「朝五時から夕方五時の閉園まで、少人数で切り盛りしているからね」
ライチ「奇跡だよ、本当に」
タクト「でも、楽しいな僕は」
ライチ「私も」
タクト「こんな夏、生まれて初めて…死んでからも初めてだ」
ライチ「でも、もっと素敵な夏があるよ、これかも、きっと」
タクト「そうかな」
ライチ「そうじゃなきゃ、このクソ暑い中、生きていこうなんて思えないじゃ
ない」
タクト「そりゃそうかもね…」
  と、ライチ、あたりを見回して、
ライチ「ここでいいんだよね、オカモトさんが言ってた場所」
タクト「だと思うけど…」
  と、やってくるオカモト。
  ライチとタクトに、
オカモト「これが花小」
ライチ「ハナショウ?」
オカモト「花紫小学校だよ…私がその昔、通っていた小学校だ。今はもう廃校
になってしまって、人っ子一人いなくなっちまってるけど」
ライチ「すっっごい広い校庭…」
タクト「校舎もデカい」
ライチ「デカいし長い」
オカモト「あの裏に同じモノが三棟建ってるんだ」
ライチ「何人いたんですか、生徒さんは?」
オカモト「一年から六年までのそれぞれが、十二クラス、それで一クラスが平
均五十人」
ライチ「多くね?」
タクト「全部でじゃあ…」
オカモト「五千人はいたかな…小学生が?」
タクト「小学生が…五千人」
オカモト「この柵の…ここに…ちょうど人が通れるほどの穴が空いていて…」
  と、その穴を通ってみせるオカモト。
タクト「ジャングルジムが並んでる…二、四、六、八…」
オカモト「一つ二つじゃ足らないからね…」
ライチ「鉄棒が…鷺宮の駅前の自転車置き場みたいに並んでる」
タクト「登り棒が林みたいに…」
オカモト「登り棒…男女を問わず、性に目覚める遊具です」
ライチ「え? なんですか?」
オカモト「なんでもありません、さあ、校舎の中へ入って見ましょう」
  と、一同は校舎の中、下駄箱が並んでいるところから…
オカモト「ここで上履きに履き替えるんです。朝の始業時間まぎわになるとこ
こがもう、生徒達でごったがえして、前に進めなくなるんです…あ、そこで、
スリッパに履き替えてください…そして、こっちです」
  と、ライチが廊下の展示物を見つけた。
オカモト「その前に…ほら、ここで振り返って見てください」
  ライチ、タクト、そうする。
  (ここで全員が振り返った状態で客席に背を向けて)
オカモト「ここから見える下駄箱の群れ…一つ一つに小さな扉がついて、靴を
入れられる部屋になってますよね…最近、ここに来て、この下駄箱を眺めてい
ると、なんだか、無縁仏の骨壺が入っている、集合墓地に見えてきてしょうが
ないんですよ…」
ライチ「や…なこと言わないでくださいよ…」
  (ライチは実はマジオバケは苦手です)
オカモト「さあ、行きましょうか…ここを右に右に行くと給食室です…」
タクト「給食室? まさか…ここで五千人の小学生の給食を?」
オカモト「まかなっていました」
ライチ「すごい…」
オカモト「戦場でしたね…毎日」
ライチ「ここで、毎日料理を作り続けていたんですね…」
オカモト「ここ…ここです」
  と、オカモト、廊下のなんでもない床を示して。
オカモト「クラス五十人分の酢豚を、その日、給食当番だった中村君が、ここ
でぶちまけたんです」
ライチ「そんな!」
タクト「どうしたんですか? その日、クラスの給食は…」
オカモト「クラス中、大変でした…食べることが楽しみの一つでしたからね…
中村君はクラスのみんなから、学校に酢豚食わしてどうするんだ? って責め
られて…」
ライチ「で、どうしたんですか?」
オカモト「他のクラスを回って、一杯分だけ、めぐんでもらったんです…で
も、それでもクラスは七十二ありますから」
タクト「おかわりできるじゃないですか」
オカモト「人間が多いってことはそういうことなんですよ…さあ、こっちへ…
講堂兼体育館をお見せしましょう…」
ライチN「こんなふうに…誰もいない巨大な小学校をオカモトさんは案内して
くれた。私には時々、遠い目をして昔の話を語ってくれるオカモトさんが、こ
の小学校に住んでいる幽霊のように見えた。この学校が元気な子供達でいっぱ
いになっていて、あちこちに笑い声があふれていた…そんな時代が生み出した
…幻影に思えた。ファントム…『オペラ座の怪人』じゃないけど、オカモトさ
んは、ファントムオブ・ザ・花紫小学校…の、ようだった」
オカモト「ここが…体育館」
ライチN「真夏だというのに、ひんやりとしたそこに足を踏み入れた。体育館
の真ん中に小学生が座る小さな椅子が、クラス二つ分もあるかないか、だけど
綺麗に並べられていた。回りはがらんとしていて、広い体育館にそれだけが、
ある。壇上の上、第七十四回花紫小学校卒業式と書かれている看板がさがって
いる。昭和五十六年度…」
オカモト「私はこの昭和五十六年度の卒業生でした…五十二名の生徒で行われ
たんです、最後の卒業式が」
タクト「昭和五十六年…」
オカモト「今から三十二年前の話です」
タクト「それで…オカモトさんはどうして僕らにこの小学校を…案内してくだ
さったんですか?」
オカモト「それなんですけどね」
  成海、登場し。
オカモト「戦隊モノ、ご覧になってます?」
成海「戦隊モノ? 『ゴーバス』?」
オカモト「そ、そうです、それです。あれ最初、赤と青と黄色の三人だけだと
思ってたんです、でも気がついたら五人になっている」
成海「なにをおっしゃりたいんですか?」
オカモト「幽霊、増やせませんかね…カマクラくんだけではなくて…」
ライチ「幽霊を…増やす?」
オカモト「そうです」
ライチ「でも、誰が新しい幽霊をやるっていうんですか?」
オカモト「私です」
ライチ「え?」
オカモト「私を幽霊にしてください。お願いします」
成海「どこで、どんなアトラクションをやろうっていうんですか?」
オカモト「私の母校である花紫小学校を舞台に…」
ライチ「良いところではあるんですけど」
成海「小学校が舞台となるアトラクションが、このオバケランドに新しくオー
プン?」
ライチ「まあ、新しいアトラクションがオープンすると、テーマパークは活気
づきますからね」
成海「それはディズニーシーにおけるトイ・ストーリーマニアのことをさして
言ってるの?」
ライチ「成海先輩、トイ・ストーリーマニアは?」
成海「並びました、五百分」
一同「五百分?」
ライチ「五百分…」
オカモト「花紫小学校はいろんな使い方ができると思うんです」
成海「行ってみましょうか…」
ライチ「成海先輩、本気ですか?」
成海「行けばなんとかなる、私の尊敬する人の言葉です」
ライチ「それは…誰の言葉ですか?」
成海「インディアナジョーンズ」
オカモト「こちらです…では、小学校の講堂へ…」

●20 成海の小学校視察
成海「申し訳程度に並べられた小学生用の椅子」
オカモト「最後の卒業生の数、五十四名分、五十四脚」
成海「壇上にぶら下げられた『祝・卒業式』の看板」
オカモト「回りにちりばめられた、ティッシュでこしらえた花がすでに色あせ
てはおりますが…」
成海「それがまた逆に良い感じです」
オカモト「ありがとうございます」
成海「それで…あれは?」
オカモト「あれ?」
ライチ「あの人影…あんなのなかったのに…」
  と、振り返った人影は、柊家の父。

●21 父のアトラクションへの参加
父「あれ、みなさん、どうされました?」
タクト「父さん!」
成海「ここで、なにをなさっているんですか?」
父「落ち着くんですよ、ここ…陽射しがカンカンでムッとする外に比べたら、
なんだかひんやりしていて、虫の声と木々のざわめきしか聞こえない静寂。
で、みなさんで、ここでなにを?」
オカモト「ここに新しいアトラクションを作ろうかと…」
父「オバケランドの新しいアトラクション?」
オカモト「廃校となった小学校を巡るツアーです」
父「廃校萌えにはたまりませんね」
オカモト「廃校萌え? そんな人がいるんですか?」
父「その廃校になった小学校巡り、ツアコンは募集していないんですか?」
ライチ「ツアコン?」
成海「お願いできますか?」
父「もちろん」

●22 父の花紫小学校巡りツアコン三昧。
父「花紫小学校、理科準備室へようこそ、花紫オバケランドのニューアトラク
ション、オカモトさんはどこだ? オカモトさんを探せ! ルッキングフォー
オカモトは、この部屋から始まります。みなさん、心の準備はよろしいです
か? これから、みなさんと一緒にこの廃屋に宿る、幽霊、オカモトさんを探
す旅へと出発しましょう…」
  曲、入る。
父「オカモトさん、彼はこの小学校の最後の卒業生、生きていれば四十四歳で
あります。不慮の事故で亡くなった後、この小学校で暮らした、楽しかった日
々が忘れられず、特にこの理科準備室には科学、サイエンス、が大好きだった
オカモトさんは休み時間といい、放課後といい、ずっとここに入り浸っていた
といいます。ビーカーや試験管を並べ、あらゆるものをプレパラートに載せ
て、顕微鏡を覗いていたのです。(と、床になにかを見つけ)あっ! 御覧下
さい、そこに散らばった紫色の点々…これはまさに、でんぷんにヨーソ液を薄
めたものを垂らした跡です。その上を人が引きずられていったようですね。危
ない! 下がって! 下がって! 危険です! 危ないです! オカモトさん
はどこへ? 誰が連れていったというのでしょう? さあ、この紫色に変った
デンプンの跡をたどって進んでいきましょう。こちらの扉へどうぞ。みなさ
ん、廊下に点々と紫色の点。この街、花紫のイメージカラーでもある紫色が僕
達の水先案内人です。隣の音楽室へと続いています。さあ、進みましょう。音
楽室! 目の前に飾られているバッハの肖像画。みなさん、このバッハの肖像
画に注目してください。バッハのヒゲ、伸びていませんか? ヒゲですよ、ヒ
ゲ、バッハのヒゲです。伸びてはいませんか? 伸びていませんね、そうで
す、伸びていません、そもそも、バッハの肖像画にヒゲはありません…」
  と、オカモトの声、遠くから。
オカモト「助けてぇー」
父「あ! この声! この声はもしかして!」
オカモト「オカモトでぇーす」
父「オカモトさん! 今、どこに? 声はすれども姿は見えず!」
オカモト「早く! 早く、ここから出してくださーい!」
父「(遠くへ)どこですかー、オカモトさーん」
オカモト「たーすーけーてー」
父「幽霊のオカモトさんからの助けを求める声、みなさん、この音楽室のどこ
からか声が!(と、誰かが何かを発見したらしい)そうです! そうです! 
その通りです! 声はこのチューバのラッパの中から聞こえているのです。よ
く見てください。デンプンの紫がチューバの中へ。間違いありません。覗いて
みましょう。そうですね、みなさん全員で一緒にチューバの中を覗き込むこと
はできませんね。わかりました、では、わかりやすくしてみましょう」
  と、舞台の下手(しもて)にオカモトが姿を現して体育座りに。
  その側に、なぜかリコーダーがひとつ。
  ここからリコーダーの曲が流れはじめる。
  へたくそな『アマリリス』。
  ぴっぽっぱっぽぴっぽっぱー。
父「居た、居た、居ましたよ、居た! 幽霊のオカモトさんがチューバの中
に!」
オカモト「助けてください!」
父「オカモトさん、どうしたんですか?」
オカモト「理科室でデンプンのヨード反応の実験をしていたら、なぜか捕まっ
てしまいましたぁ、ここから離れられないんですぅ」
父「捕まった? なにに?」
  と、オカモト、割り箸の先に貼り付けた黄色い菱形に!の文字、の標識を
リコーダーへと突き出してみせた。
父「それは! その標識は、もしかして?」
オカモト「その他の注意、です!」
  アマリリスの曲、やたらと大きくなった。
  ぴっぽっぱっぽぴっぽっぱー。
  ぴっぽっぱっぽぴっぽっぱー。
  ぴっぽっぱっぽぴっぽっぱー。
  その音に負けじと。
父「オカモトさんが、そもそも幽霊、なんですよね」
オカモト「ミイラ取りがミイラになる、って言うんですか? オバケがオバケ
に拉致られましたぁ」
父「みなさん、手を貸してください、オカモトさんを引き上げますよ」
  この時、父はロープのようなものをオカモトに投げる。
  オカモト、その端を掴む。
父「大丈夫ですか?」
オカモト「たぶん…」
父「たぶん?」
オカモト「みんな…が、離してくれたら」
父「みんな? みんなとはいったい?」
  ぴっぽっぱっぴぴっぽっぱ~
  ぴっぽっぱっぴぴっぽっぱ~
  ぴっぽっぱっぴぴっぽっぱ~
  ぴっぽっぱっぴぴっぽっぱ~
父「う、うわ…うわあぁぁ…みなさん、リコーダーが、オカモトさんをチュー
バの底へと引きずり込もうとしています。力を合わせて、幽霊であるオカモト
さんをここから救い出しましょう…せーの! はい、引いて! せーの! せ
ーの! せーの! 引いて、引いて、引いて…」
オカモト「お、お願いします!」
父「(引くかけ声)せーの! せーの! せーの! せーの!」
  と、オカモトさんが引きずり出された。
父「おーら、よっと!」
オカモト「わあぁぁ!」
父「みなさーん! やりました、オカモトさんが、今、チューバの外へと大脱
出いたしましたぁ!」
オカモト「あーりーがーとーぉ、ごーざーぃまーすー」
父「はいはいはい、皆さん拍手! オカモトさんに拍手、そして、皆さんも皆
さんに拍手! わーい」
  オカモトも自分で拍手しながらも…
オカモト「ありがとうございまあぁぁすっ!」
  さらにオカモト立ち上がり、
オカモト「いや、みなさん、本当にありがとう、こんな幽霊の僕の声を聞いて
くれて…」
父「ありがとうございました」
オカモト「ばかばかしいかもしれない、こんなことに一生懸命になってくれて
…途中でこんなアホらしいこと、つきあってられっか! って廊下に駆け出し
て、出て行ってしまうんじゃないかって、本当はドキドキしてました」
父「本当ですよ、ドキドキでした…」
オカモト「でも、ありがとう、信じてくれて…一緒にこの時間を過ごしてくれ
て…楽しかったです…本当に楽しかった」
父「楽しかった…本当に楽しかった」
オカモト「ひととき、ここで出会ったこの仲間と、小さな冒険。廃校となった
花紫小学校は、生きている者も、死んでいる者にも平等である、不思議な世界
…」
父「そして同時に」
オカモト「優しい時間が流れる世界」
父「ここに居ることができて、僕は本当に幸せでした」
オカモト「本当にありがとう」
父「ありがとう」
オカモト「この小学校でもう一度、大勢の人達と遊ぶことができたことが…嬉
しいです…ちょっと、泣きそうなくらいに…」
父「さあ、名残惜しくはありますが…もう、オカモトさんは帰る時間ですね。
オカモトさん、今日、助け出したのは貸しにしときますね、いつか返してくだ
さい」
オカモト「もちろんです」
父「そんな素敵な約束ができたところで、さよーならー」
オカモト「さよーならー」
父「みなさんも一緒に、さよーならー、さよーならー」
  と、父、上手(かみて)にはけていく。
  一人残ったオカモト、ダメ押しのように。
オカモト「さよーならぁぁー」
  そして、手を下ろして。
オカモト「って、言ったことは言ったけど、どうして、奴はそのまま居なくな
ってしまったんだ?」
  と、上手(かみて)からタクトが入って来て。
タクト「父さん? 父さん? 父さーん!」
  と、下手(しもて)から入ってくる妹。
妹「お父さん、どこ? どこ? どこに居るの?」
母「お父さん? お父さん? ちょっと?」
タクト「(妹に)居た?」
妹「(タクトに)こっちには居ない」
オカモト「消えた…花紫小学校の中で忽然と」
母「成仏? したのかな、もしかして…」
オカモト「成仏?」
母「未練がなくなっていた、というか、思いをとげた、っていうか」
オカモト「お父さん! お父さーん!」
  と、下手(しもて)に飛び出していく。

●23 柊家・残された者達
母「これで…私達、母子家庭になっちゃったわね」
タクト「僕達もやがて成仏するってっことなんだね」
母「そう……みたいだね」
妹「成仏すると…」
タクト「消えてなくなる…」
妹「お母さんも成仏するの?」
母「たぶん」
妹「私も」
母「たぶん」
タクト「僕も…消える」
母「たぶん」
タクト「僕は…消えたくない…だって!」

●24 オカモト、私の責任ですか?
  と、帰って来るオカモト。
  その後に続いて超常現象研究会のライチ、エイミ、ハヤト、トゲハラ、そ
して、成海先輩。
オカモト「私のせいですか…あの、そちらのお父さんが居なくなられたのは私
のせいですか?」
タクト「いえ、そんなことはありません」
オカモト「なんですか、あれですか、私が成仏させてしまったというわけです
か? 私が、私が無事に…お父さんを成仏させてしまったなんて…」
エイミ「考えようによっちゃ良い事だと思うんですけど」
オカモト「成仏させてしまうなんて…」
ハヤト「いや、なかなかやろうと思ってもできることじゃありませんよ」
オカモト「せっかくの花紫小学校を舞台とした新しいアトラクションができた
というのに…息の合った相棒がいなくなってしまったぁ」
タクト「父の代わりは僕が…」
オカモト「え?」
タクト「花紫小学校巡りのアトラクションのツアコン、やらせていただけます
か?」
オカモト「しかし…しかし、君もお父さんと同じようにいなくなってしまった
ら…」
タクト「僕は…居ます。まだここに…居ます…居なければならないから…」
オカモト「ならば、一つ頼まれてはくれないか?」
タクト「…はい、なんなりと…」
オカモト「リコーダーの魔の手から私が大脱出した後ですね」
タクト「はい」
オカモト「もう一押ししたいと思ってたら…見つけたんだ理科準備室で?」
成海「理科準備室で、なにを?」
オカモト「人体模型です」
成海「すばらしい!」
ハヤト「人体模型が…どうなるんです?」
オカモト「タクト君がチューバの中に居る私にロープを投げて助けてくれる
…」
タクト「せーの、せーの、せーの…」
オカモト「そのロープを引く人々の中に、なぜか人体模型が混じっている」
ハヤト「人々に混じってる?」
タクト「せーの、せーの、せーの…」
成海「人々が気がつく!」
エイミ「あ! あれ、人体模型だ!」
ライチ「人体模型じゃないの?」
オカモト「人体模型、ほぼ裸、頭は脳みそが剥き出し、胸は肺、下腹はうねっ
た腸が見えてる」
ハヤト「な、な、なんだ、あれは」
オカモト「あれは! 彼こそが! 理科準備室の守り神、人体模型!」
成海「いい、すごくいい、とてもエキサイティングです!」
オカモト「恥ずかしがる人体模型、なぜか走り出す」
一同「あ、ああぁぁ…」
オカモト「慌てているから、いろんなモノを落としていく」
ハヤト「(落とした、音)ぽと! ぽと! ぽと! ぽと!」
エイミ「落としましたよ、眼球を」
ライチ「落とし物です、心臓を!」
トゲハラ「前頭葉を落としましたよ、これがないといろいろ考えるのに不自由
しますよ!」
タクト「みなさん、僕に続いてください、恥ずかしがり屋の人体模型さんは、
あっちです」
一同「わあぁぁ…」
  と、このどたばたが続いている中。

●25 母の消失
母「タクト、役に立ってるわね」
妹「お兄ちゃん、やるときはやるんだね」
母「頑張る意味を見つけたのかな…」
ライチ「(こける声)ああ!」
母「行くわ…」
妹「うん」
母「お母さんはね…お父さんの事が…」
妹「わかってる…」
母「死んでから出会うなんてね、こういう人と…」
  上手(かみて)に現れる父。
妹「遅くはないよ…手遅れてことはない…」
母「でもさ…」
妹「そんなのは考えかたの問題だよ。生きている間のことはもちろん大事、で
も、その後だって同じくらいに大事だと思うもん」
母「ちょっと、楽になった」
妹「でも、これでお別れってのはつらいけどね…母さん」
母「うん?」
妹「今度、生まれてくる時は、あなた達の子供で生まれてきたいな…」
母「うん、そうなるときっとまた楽しいわよね」
妹「その時はまた、よろしくね」
母「こちらこそ」
  と、母、父と寄り添い歩いていく。
  妹、ウエディングマーチを口ずさむ、
妹「じゃん、じゃじゃじゃーん、じゃんじゃじゃじゃーん…」
  と、母、振り返って、
母「やめなさい…天国のコンビニには、ゼクシイ、売ってるかな?」
妹「天国にコンビニはあるの?」
母「ないと不便でしょう? お父さんのビール、どこで買うのよ」
妹「私のぶんも買っておいて…」
母「わかった…」
妹「そのうち私も行くから」
母「急ぐことはないのよ」
妹「わかってる」
父「ゆっくりおいで」
妹「わかってる」
父「ビール、冷やしておくよ」
  父、Vサイン。
  妹もそれに答えて…
  Vサイン。
  暗転。

●26 『リンダ・リンダ』その1
  明転する。
  おそらく屋根の上あたりにライチとタクトの二人。
  ライチ、タクトの手のひらに自分の手のひらを押しつけている。
ライチ「あたたかい…普通に」
タクト「気を緩めると、どんどん冷たくなっちゃうんだけどね」
ライチ「そういうもん?」
タクト「そういうもの…みたい」
  そして、ライチ、タクトの指に自分の指をからませていく。
ライチ「第三種接近遭遇だ」
タクト「第三種接近遭遇?」
ライチ「元々はUFOの研究者の言葉。接触すること、コミュニケーションを
とること…」
タクト「僕は今、ライチちゃんと第三種接近遭遇をしているってことなんだ
ね」
ライチ「そう、『未知との遭遇』って映画知ってる?」
タクト「スピルバーグの?」
ライチ「そう…あの映画のタイトル『未知との遭遇』っていうのは日本側でつ
けたタイトルで、本当は『第三種接近遭遇』っていうんだよ」
タクト「そうなんだ」
ライチ「あの映画では、音階で異星人とコンタクトするじゃない?」
タクト「ピポパピポ?」
  手のひらの形も『未知との遭遇』の真似。
ライチ「ピポパピポ」
タクト「ピポパピポ…」
ライチ「生きてる時、どんな曲、聞いてたの?」
タクト「なんだかんだで幽霊、長いからな」
ライチ「亡くなったのって、ずいぶん前?」
タクト「うん、そうだね」
ライチ「じゃあ、歌もちょっと前の歌かな、好きな歌…」
タクト「僕がいつ死んで、それがどんな理由だったか、知りたい?」
ライチ「(首を横に振って)ううん…そんな話、聞きたくない。あなたが死ん
だ話なんて、聞きたくない…だって…私の目の前のあなたは生きてるもの…」
タクト「ライチちゃんが知ってる懐メロで、僕の青春時代に流行った歌が見つ
かるといいんだね…」
ライチ「タクトくんの…頃、なにが流行ってた?」
タクト「バンドブームだった、イカ天だった」
ライチ「わかるのあるかな」
タクト「ゴーバンズの『チキチキバンバン』とか好きだったな」
ライチ「『チキチキバンバン』?」
タクト「あと、ヒロトとか…」
ライチ「クロマニヨンズ?」
タクト「の、前の、前の…」
ライチ「ブルハ?」
タクト「そう…知ってる?」

●27 トゲハラと美音
  美音の写真を撮っているトゲハラ。
  遠くでライチとタクトが歌っている『リンダ・リンダ』の声。
トゲハラ「(カメラを構えて)はい、チーズ」
妹「私、写真には写らないよ…幽霊だから」
トゲハラ「写真には写らない…美しさなんて…僕は認めたくない」
妹「でも…それが現実…」
トゲハラ「だって…だって美音ちゃん…君は…君は綺麗で美しい…よ」
妹「ありがと!」
トゲハラ「だから、その美しさを残しておきたいって思うのは、いけないこと
じゃないと思うんだよな、ちがうかい?」
妹「ううん…いけないことじゃないと…私も…思う。でも、映らないものは、
どんなにがんばっても映らないのよ」
トゲハラ「今、カメラを改良しているところなんだ…幽霊を映すことができる
カメラ」
妹「幽霊が映るカメラ?」
トゲハラ「そうさ」
妹「すごい…ドラえもんみたい。トゲハラさん」
トゲハラ「いや、苦労して開発している最中だから、どちらかっていうと、キ
テレツくんに近いんだけどね」
  と、トゲハラ、カメラの後ろの液晶画面を見せて。
トゲハラ「ほら、もう少し、なんだ」
妹「(覗き込んで)このぼやっとした影が私?」
トゲハラ「そうだよ」
妹「え、うそ、なんかこれじゃあ、あたし幽霊みたいじゃない?」
トゲハラ「幽霊だろ?」
妹「幽霊だよー」
トゲハラ「もうちょっと時間があれば、はっきりと妹ちゃん、君の姿を映す事
ができるよ。あとは組み合わせだけなんだ…それさえ見つかれば…」
妹「見つかれば…」
トゲハラ「君の写真を残すことができる、君の微笑みを残すことができる。そ
うすれば僕はこの素敵な笑顔をポケットに入れておくことができるんだ…ずっ
とね」
妹「うん」
トゲハラ「だから美音ちゃん、お願いだ、僕が君の笑顔をとっておく方法を見
つけるまで…お父さんやお母さんみたいに、消えていなくなったり、しないで
くれないか?」
妹「うん、まだ居るよ、ここに、居る。大丈夫だよ、トゲハラさん」
トゲハラ「約束だよ」
妹「うん、約束」
トゲハラ「もう少しだけ…時間があれば、なんとかなりそうな気がするんだ
…」
  と、去っていくトゲハラ。
妹「待って…もしも、もしもそれが完成してしまったら…私が…ここにいる理
由が…(と、笑って)なくなってしまうかもしれないのよ」
  暗転。
  その闇の中続いている『リンダ・リンダ』…

●28 チャンさんのニューアトラクション
  明転すると、チャンさんを囲んで、ライチ、ハヤト、エイミ、トゲハラ、
オカモト、カマクラ。
チャン「夏休みも残すところあと一週間となりました…ここら、で新しいアト
ラクションを導入するべきではないかと思うのです」
ライチ「え? チャンさん、今から?」
ハヤト「だいたい、誰がその新しいアトラクションをやるっていうんです
か?」
成海「興味深い意見ですね、伺いましょう」
ライチ「成海先輩?」
成海「新しいアトラクションの人と場所、誰が、やるか? それはチャンさ
ん、あなた、ですね!」
チャン「そうです」
エイミ「え? チャンさんが?」
ハヤト「チャンさんの新しいアトラクション?」
成海「場所はどこで?」
チャン「大浴場はどうかと」
オカモト「だったら、図書館の方がまだ…」
ライチ「図書館ね!」
エイミ「図書館いいかも!」
オカモト「今、私が図書館と言ったのを聞いて、みなさんはごく普通の街の図
書館を思い浮かべましたね」
成海「ちがうんですか?」
オカモト「まったくもって、全然ちがいます」
ハヤト「すいません、まったくもって、全然違うって言われても、いまいちピ
ンと来ないんですけど」
オカモト「この街が炭鉱で栄えていた昭和三十年代から四十年代あたり、それ
がピークでしたけれど、金が有り余っていたんです。当然、図書館が本を買う
お金も湯水のように使えました。結果、おそらく、日本で刊行された本という
本、雑誌という雑誌を全て揃えることができたのです、選ばずにあらゆるもの
を大人買いできたんです。日本の高度経済成長の時の印刷物がまるでタイムカ
プセルのように閉じ込められている図書館なんです」
成海「そんな場所でのアトラクションは、この花紫でしか体験できない」
カマクラ「図書館を舞台としたアトラクション?」
チャン「待って!」
オカモト「なんだ?」
チャン「図書館は人が住んでますし」
カマクラ「住んでないよ!」
オカモト「図書館だよ」
カマクラ「閉鎖してずいぶんになる、図書館だよ、あそこは!」
チャン「カナコさんが居る」
カマクラ「誰よ、カナコさん?」
オカモト「カナコさん?」
成海「誰ですか? カナコさんって?」
チャン「図書館のカナコさん」
ライチ「なんだ、それ?」
チャン「…花紫の図書館に…足を踏み入れてみた時の事」

●29 図書館のカナコさん登場
カナコ「こんにちは…」
チャン「…こんにちは…誰?」
カナコ「カナコ…」
ライチ「図書館のカナコ…さん?」
エイミ「じゃあ、この人も?」
トゲハラ「幽霊?」
チャン「ちがいます」
オカモト「現実に存在する人?」
チャン「違います」
カマクラ「違う? 違う? じゃあ?」
ハヤト「幽霊でもなくて?」
エイミ「現実に存在する人でもない?」
トゲハラ「としたら…」
ライチ「あとは…」
チャン「もののけ」
成海「もののけ?」
チャン「わかります?」
オカモト「わかるよ、もののけだろ? 『もののけ姫』だろ? アシタカだ
ろ?」
エイミ「アシタカちがう!」
成海「詳しくは後ほど…で、カナコさんは図書館の…もののけ…」
カマクラ「図書館の…もののけ」
チャン「…いつから居るの?」
カナコ「気がついたら、ここに居たの。本棚の隙間に、居たの」
チャン「そう…」
カナコ「あなたは、本を借りにきたの?」
チャン「え? あ、そう…ね」
カナコ「一回、五冊まで、二週間借りられます。どんな本がよろしいです
か?」
チャン「私は…中国の雲南省から来たんで、あまり難しい日本語は読めません
…」
カナコ「子供向けの絵本とかは? …『どろんこハリー』とか」
チャン「『どろんこハリー』」
カナコ「『ぐりとぐら』『だるまちゃんとてんぐちゃん』」
チャン「だるまちゃんにてんぐちゃん」
カナコ「『いやだいやだ』」
チャン「なにが?」
カナコ「『11匹のねこ』」
チャン「あらいっぱい」
カナコ「『かいじゅうたちのいるところ』」
チャン「それはどこ?」
エイミ「図書館のカナコさん」
ハヤト「図書館のもののけ」
ライチ「もののけ、上等です。超常現象研究会の守備範囲です」
カナコ「待ってたんです、ずっと、誰かこの図書館に来ないかなって。ここに
はいっぱい本があって、退屈しないし、楽しいところなのに…誰も来ない…み
んなこの花紫に立ち止まらずに通り過ぎていくばかりだから、かな…この図書
館の事に気がついてくれればいいのに。できるだけ人の目を引くように、一生
懸命、私はがんばってみたんです、私なりに、それなりに…」
ライチ「そうか…それでか」
成海「そういうことか…それであの標識が立った」
オカモト「どういうことだ?」
カマクラ「そういうことだったんですか?」
オカモト「どういう…こと…だ?」
ライチ「おかしいとは思ってたんだ、そもそも、タクト君達、柊家の人達が
『その他の危険に注意』なんていう標識をあそこに立てなきゃならないほど、
なにか悪いいたずらをするわけがないんだ。だって、あの人達はみんな本当は
人知れず静かに家族として暮らしたいって思っていただけなんだから」
オカモト「た、確かに…」
エイミ「でも、このモナコの坂ではいろんなことが起きた」
トゲハラ「通りかかった車がエンストしたり」
ハヤト「ヘッドライトが片方しか点かなくて、ウインクしたままで走っていた
り」
エイミ「一台しか走っていないのに、目の前にずっと赤いテールランプがちら
ちらと見えたり」
カマクラ「ラジオ局が全部韓国語の放送になっていたり…」
オカモト「誰も乗っていない後ろのシートがずぶ濡れになっていたり」
カナコ「でも、人の命にかかわるような悪戯はしてませんよ…」
オカモト「それはそう、それはそうだった」
カマクラ「確かに、このモナコの坂で起きるのは、微妙な微妙な、そんなイタ
ズラとしか言いようの無い出来事ばかりだった…」
チャン「わかりました、手伝います。図書館にみんなの注意を集めればいいん
ですね」
カナコ「はい!」
カマクラ「チャンさん、あんた手助けしたのか?」
オカモト「…あんたがそんなもののけの手助けするから、ここにあんな標識を
立てなきゃなんなかったんだよ…」
成海「そして、最後のアトラクションとして…」
カナコ「昔、花紫に大勢人が住んでいた頃。みんなが図書館に通って本を読ん
でいました…でも、炭坑が閉鎖されて、この街を出て行った…借りた本をその
ままに…住宅街のどこかに返されていない本があるんです」
オカモト「しかし、チャンさん…チャンさんで? アトラクションを? チャ
ンさんは…チャンさんですよ…」
成海「みなさん、このチャンさんのしゃべり、どこまでがわざとなのかはわか
りませんが、聞いていてイライラするのは私だけではないと思います」
一同「それは確かに…」
成海「この図書館のアトラクション、タイムトライアルでいきたいと思いま
す」
エイミ「タイムトライアル!」
成海「本を見つけ、ここに届ける、そのスピードを競ってもらうんです」
ライチ「チャンさんでタイムトライアル?」
ハヤト「そこでチャンさんはなにを?」
成海「時間を競うアトラクションにおいて、いらいらさせる係です」
エイミ「時間を競うのに、イライラさせる?」
成海「そうです!」
オカモト「そうか、スイカに塩を掛けて甘くするごとく!」
成海「その通り! 未だ貸し出し中の本の詳細は?」
カナコ「図書カードから、名前、住所はわかります、そして、これが地図」
成海「時間を争うんです。もたもたとした水先案内人に苛立ちながらも、みん
なが一致団結して、本を探し、図書館へと届ける。割れた石版の欠片を集める
クエストのごとく、失われた本は無事に図書館へと戻すんです!」
トゲハラ「失われた本のタイトルは?」
ハヤト「題名は? 題名はなに?」
成海「ストップウォッチはすでに押してます」
ライチ「ええ? もう?」
成海「カチ、カチ、カチ、カチ…」
チャン「えっ?」
トゲハラ「チャンさん、早く、早く!」
ハヤト「なに、なに、なに?」
エイミ「なんなんですか?」
ライチ「チャンさーん」
チャン「『カモメのジョナサン』」
エイミ「『カモメのジョナサン』!」
トゲハラ「『カモメのジョナサン』ですね!」
ハヤト「場所は?!」
カナコ「貸し出し図書カードに名前が、名前から住所が…花紫三丁目、花紫ニ
ュータウン東千十八、四階角のお部屋の落合さん」
トゲハラ「花紫ニュータウン!」
エイミ「東千十八」
ハヤト「四階角」
エイミ「落合さん」
ハヤト「行くぞ」
チャン「急げ」
トゲハラ「チャンさんがね!」
エイミ「急げ、急げ、急げ」
  と、去っていく高校生達。

●30 成海帰還
成海「『カモメのジョナサン』がどんな話なのか、もう知らないだろうな、み
んな…」
カナコ「『カモメのジョナサン』はこんな話。主人公のカモメ、ジョナサン、
ジョナサンリビングストンは、他のカモメが餌をとるために飛ぶことに対し
て、飛ぶということ自体に価値を見いだしてしまう。早く飛ぶということのた
めに、食事も忘れて、危険な練習に励む。カモメの人生は飛ぶことにある、
と、いう考えに至るが、まわりのカモメからは、そんなジョナサンが、悪魔に
見える…」
成海「ぞくぞくするわね…ライチ、じゃあ、あと、よろしくね」
  と、いつの間にか、バックを抱えている成海。
ライチ「先輩…もう行っちゃうんですか?」
成海「うん…」
ライチ「最後まで居てくださいよ」
成海「ちょっと急ぎの仕事、投げ出してきちゃったから」
ライチ「急ぎの仕事? 花火の?」
成海「ううん…跡見女子大に行ってる友達がやっぱりUFOを研究しているん
だけど、消息を絶っちゃってさあ…」
ライチ「え? ええ! えええ!」
成海「群馬の牧場でね、夜、白い光に包まれて、牛と一緒に空に上がってった
ところまではわかってるんだけどね…」
ライチ「えええ! ど、どうするんですか?」
成海「わかんないけど…でも、大丈夫、行けばなんとかなる」
ライチ「行けばなんとかなる…インディアナジョーンズ」
成海「そういうこと」
ライチ「…先輩、インディみたいになりたいんですか?」
成海「ううん、私がなりたいのはね」
ライチ「なりたいものは?」
成海「流れ星」
ライチ「(大興奮)流れ星!」
成海「ちょっとづつだけど、近づいてる気がするんだ、自分ではね」
ライチ「近づいてます、先輩は私にとっては充分、流れ星です。なにか持ちま
すよ。真っ赤なワーゲンが停めてある駐車場まで…流れ星が消えていくところ
まで…」
成海「頼むわ…」
  二人、下手(しもて) へ。
  消えきったところでライチの声。
ライチ「うやまうー」

●『はてしない物語』
カナコ「何かに心をとらわれ、たちまち熱中してしまうのは、謎に満ちた不思
議なことだが、それは子供も大人と変わらない。そういう情熱のとりこになっ
てしまった者にはどうしてなのか説明することができないし、そういう経験を
したことのない者には理解することができない。父とか母とか、それとも誰か
世話好きな人に、明日は朝が早いんだから、もう寝なくてはならないという親
切な理由で電灯を消されてしまい、布団の中で懐中電灯の明かりをたよりにひ
そかに読みふける、そんな経験をしたことのない者、素晴らしい話も終わりに
なり、数々の冒険をともにした人物たち、好きなったり尊敬したり、その人々
のために心配したり祈ったりした人物たち、彼らとともに過ごせない人生など
空虚で無意味に思える人物達と別れなければならなくなり、人前であれ陰で、
であれ、さめざめと苦い涙を流す…そんな経験のひとつもない者には、おそら
く、理解できないだろう。けして終わりにならない物。はてしない物語。ミヒ
ャエルエンデ」
   カナコさん、パタンと本を閉じた。

●31 ペキンパーの映画のごとく
妹「花紫オバケランドへようこそ」
エイミ「図書館の本を返せ! のアトラクションはこちらです!」
ハヤト「図書館へようこそ!」
カナコ「もう何十年も返却されていない図書館の本を、この街のどこからから
探しだしてくださーい」
トゲハラ「次のミッションは?」
カナコ「今度はこちらをお願いします。『日本沈没』」
ハヤト「『日本沈没』!」
エイミ「『日本沈没』!」
カナコ「大ベストセラーです」
ハヤト「『日本沈没』はどこに?」
カナコ「花紫幸町八まる八、独身寮のアパートの四階、一番南の角」
エイミ「四階?」
トゲハラ「一番南の角!」
ハヤト「急いで、チャンさん!」
チャン「おー」
オカモト「助けてーえ!」
タクト「さあ、花紫小学校のアトラクション、ルッキングフォーオカモトさん
はこちらです」
ライチ「広島風お好み焼き、いかがっすかー」
タクト「紫のデンプンの跡をたどって、あ、いけません、窓から校庭を見下ろ
しては! 今、子供達がドッチボールをしている最中です…生首で」
オカモト「オカモトさんを探せ! バージョンアップしてますよ」
カマクラ「花紫オバケランドへようこそ!」
妹「はいはーい、急所、けらないで、カマクラさんの急所、蹴らないでね!」
カマクラ「そこの小学生、少林寺だな!」
ハヤト「集合住宅、誰も住んでいない廃墟のようなアパートが並ぶ」
トゲハラ「手入れしていないのに、色とりどりの紫陽花の花が咲き乱れ」
ハヤト「紫陽花の大きな葉っぱは、強い陽射しにしおしおになってる」
エイミ「アスファルトから立ち上る濃い陽炎」
トゲハラ「炭鉱に勤めていたであろう、図書館の本を返してはいない」
ハヤト「矢野健太郎さんの独身寮の部屋!」
エイミ「西日に焼けた『日本沈没』発見!」
トゲハラ「みなさん、発見しました『日本沈没』、救出しました」
エイミ「おー!」
トゲハラ「おー!」
チャン「戻らないと! 急いで!」
トゲハラ「チャンさん、あなたが急いで!」
チャン「はい…」
タクト「せーの、せーの!」
オカモト「笛が! 無数の笛が!」
チャン「カナコさん!」
カナコ「『日本沈没』!」
トゲハラ「『日本沈没』です」
カナコ「『日本沈没』! 三十五年ぶりに図書館に返却」
ハヤト「タイムは!」
カナコ「三十九分、ゼロ三秒」
エイミ「やた!」
カナコ「新記録です!」
ハヤト「次は!」
カナコ「手塚先生の『新宝島』!」
エイミ「なんだ?」
ハヤト「どうした?」
トゲハラ「光ってる!」
ハヤト「光ってる?」
トゲハラ「本棚に戻った『日本沈没』が光ってる!」
カナコ「嬉しいんですよ、図書館の本が図書館に戻って!」
トゲハラ「このプラズマのような七色の光!」
カナコ「とっても嬉しいんですよ!」
妹「この光、綺麗!」
トゲハラ「美音ちゃん、君の姿が、この光だと…」
エイミ「よりはっきりくっきり」
ハヤト「本当だ、よりはっきりくっきり!」
トゲハラ「この光! 使えるかも!」
ハヤト「使える?」
エイミ「なにに?」
トゲハラ「カメラに! 幽霊の姿を捕らえるカメラがこれでできるかもしれな
い!」
カマクラ「夏休みの絵日記用にクワガタ虫の写真を撮ろう! はい、みんなニ
ンテンドーDSを構えて、構えて!」
トゲハラ「このプラズマをストロボのように使って、影を浮かびあがらせて
…」
タクト「音楽室はこちらです! おっと、その前に!」
オカモト「なんですか!」
タクト「誰もいないはずの放送室からリクエスト曲が!」
オカモト「これは!『山口さんちのツトムくん』!」
タクト「さあ、みんなも、『山口さんちのツトムくん』を腹の底から歌うんで
す」
カマクラ「ほら、そこ! クワガタ虫だぞ! 蜜を吸ってる…」
オカモト「たすけてー」
タクト「(歌う)山口さんちのツトムくん」
オカモト「山口さんちのツトムくん」
タクト「この頃、すこし変よ」
オカモト「助けてえー」
タクト「どーしたのーかなー」
カナコ「『砂の器』戻りました。『なんとなくクリスタル』戻りました。『白
い巨塔』戻りました。『窓際のトットちゃん』戻りました。『エマニュエル夫
人』戻りました。『限りなく透明に近いブルー』戻りました。『成り上がり』
戻りました」
オカモト「待って、人体模型、誰か、人体模型にタックルして止めて!」
タクト「転んだら、それこそ、内臓がばらばらになりますよ」
オカモト「今でももうバラバラじゃないか!」
タクト「前頭葉が落ちた!」
オカモト「タクトくん!」
タクト「なんですか?」
オカモト「あの…あの人体模型は、そもそも誰が走らせているんだ?」
タクト「え?」
オカモト「あの内臓やら、脳みそやらをぽろぽろ落としながら走っている人体
模型の側には誰の姿も見えないのだが…」
タクト「あ、本当だ!」
オカモト「人体模型を掴まえて聞いてみよう」
妹「花紫オバケランド、バーベキューワールドへようこそ…」
カマクラ「ああ、もうこの肉は焼けてますよ、早く早く、焦げ付かないように
…」
ライチ「金魚すくい、いかがっすかー」
カマクラ「誰ですか、白滝を持ってきたのは、鍋じゃないんですよ、バーベキ
ューなんですよ!」
ライチ「第三のビール、水より安いですー」
タクト「ライチちゃん!」
ライチ「タクト君!」
タクト「コーラ一つ!」
ライチ「はい、コーラ、Lサイズ」
タクト「ありがと! 人体模型のアトラクション、パねー」
エイミ「なにを慌ててるの、この人体模型の野郎は!」
ハヤト「いろんなモノを落としてってるよ」
エイミ「眼球、眼球、眼球!」
オカモト「心臓! 左心室! 右心房! 大切な物じゃないんですか!」
エイミ「待って、人体模型、待って!」
ハヤト「肝臓、忘れていかないで!」
タクト「…ライチちゃんが最初に言ってたろ?」
ライチ「最初に? 私が?」
タクト「幽霊に会ったら、聞いてみたいことがある、って」
ライチ「生きてることって…なんだった?」
タクト「そう、それの答えだ」
ライチ「生きてる事って、何だったの?」
タクト「生きている時にあった、でも、死んだ今、僕にはないもの。そこに答
えがある」
ライチ「それは、なに?」
タクト「可能性」
ライチ「可能性?」
オカモト「早く早く!…早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、早く、
早く…」
妹「花紫オバケランドへようこそ!」
カマクラ「いろんなアトラクションで、今日一日、思う存分楽しんでください
ねー」
妹「カマクラさんを蹴っちゃだめですよー」
トゲハラ「美音チャン、カメラができた」
妹「花紫…(笑っている)オバケランドへ…(笑い転げるように)ようこそ
…」
トゲハラ「美音ちゃん」
妹「こんなことになるなんて!」
トゲハラ「美音ちゃん、カメラがね…今の君の姿を」
妹「あはははは!」
タクト「これから君は、誰かを好きになる…可能性。新しい命を生み出し、そ
の命からママと呼ばれる可能性…涙を沢山流す…可能性。言葉が違う人達と心
を交わせる可能性…とてつもなく暑い夏を過ごす可能性…そこで今までに食べ
たことがない素敵な味のアイスを食べる…可能性」
ライチ「もう一度、あなたに会う…可能性は?」
タクト「それだけが…ない」
ライチ「どうして?」
タクト「僕には可能性がないから」
ライチ「…どうして?」
タクト「死んだから、さ」
ライチ「やめて」
タクト「当たり前のことだ…」
ライチ「世の中の死んでいる人達にも可能性を!」
タクト「ライチちゃん、君のそういうむちゃくちゃなところが…大好きだった
よ」
ライチ「大好き…だった?」
タクト「大好き…だった」
ライチ「やめて…」
タクト「僕にはもう、可能性が、ない。それを認めるのが嫌だった。だから、
僕はここに留まってたのかもしれない。でも、ライチちゃん、君と出会えてわ
かった。可能性がある君と自分を比べて、よくわかった。可能性がいっぱいあ
る君。いや、可能性しかない君を見て、よくわかった…死んじゃダメなんだよ
ね…人間は…可能性を捨ててはいけないんだ、人間は…それはとても悲しいこ
とだから…」
ライチ「タクトくん!」
タクト「大好きだったよ、可能性にあふれた…君が」
ライチ「タクトくん!」
タクト「僕にはない…強い力を君はひとつだけ持つ」
ライチ「それは…可能性」
トゲハラ「さあ、写真を撮ろうよ。できたら、みんなとも一緒に…」
妹「楽しい!」
トゲハラ「美音ちゃん!」
妹「楽しい、これで…思い残すこと、ないかなぁ」
トゲハラ「バカ言うな!」
妹「私のことをお父さんとお母さんがビール冷やして待ってるの」
トゲハラ「バカいうな!」
妹「死んでから、やっと生きたって、感じ」
トゲハラ「…やめろよ!」
妹「今、初めて生きてる感じ」
トゲハラ「だったら!」
エイミ「人に、頑張れっていうのは好きじゃないけど」
オカモト「急げ、急げ、急げ、急げ…」
トゲハラ「美音ちゃん!」
ハヤト「みんな、走れ、止まるな…もうちょっと…」
エイミ「頑張れよ」
妹「でも…」
トゲハラ「居てくれ、もう少し」
妹「居たいけど…でも、もう行かなきゃ」
トゲハラ「どうして!」
ハヤト「なんで!」
妹「ここは楽しすぎる…この夏は楽しすぎた」
  と、現れる、母と父。
母「急がなくていいって言ったでしょ」
父「冷たいビールは逃げないよ」
妹「でも!」
母「でもなに?」
妹「こんなに楽しいことが続くなんて」
父「続くさ」
母「続けるのよ」
オカモト「助けて!」
父「自分の側にいる人達のために」
カマクラ「悪い子おらんかー、カマクラブラックだー」
母「自分の側で懸命に生きている人達のためにも」
トゲハラ「今を残そうよ、かけがえのない今を残そう」
  と、帰ってくる成海。
成海「ライチ!」
ライチ「成海先輩! 帰ってきてくれたんですか?」
成海「忘れ物」
トゲハラ「ちょうどいい、成海先輩も入って!」
成海「え? なに?」
ライチ「記念撮影です」
トゲハラ「夏の終わりの!」
ライチ「記念撮影!」
成海「え?」
トゲハラ「先輩、今日もお綺麗で」
成海「どうもありがとう」
  全員、記念撮影の形になった。
トゲハラ「三、二、一…」
一同「いえーぃ」
  そして、まばゆくストロボが光った。
  カットオフの暗転。
  その暗転中に…
  トゲハラの必死の声。
トゲハラ「美音ちゃんは? 美音ちゃん? 美音ちゃーん!」
  タクトが『リンダ・リンダ』を歌う声。
  明転。
  一人立つライチ。
ライチ「夏の終わりが寂しいのは、すぐそこまで来ている秋のせいじゃない。
夏の終わりにはたくさんの別れがあるからだ。けれども、その数々の別れのさ
みしさは…いろんなことを教えてくれる…寂しくて、悲しくてどうしようもな
い時間の中であったとしても、その刹那のときめき、その時でなければ、経験
できない、不思議なときめき。それがあれば…もうちょっとだけ、私達は…生
きていける…」
  歌いだすライチ。
  ライチ、笑顔。
  フルボリュームでカットイン、ブルーハーツの「リンダリンダ」
  暗転していく。
              おしまい
  2012年8月29日脱稿
  400字換算125枚