『ネムレヨイコヨ』作・じんのひろあき
●ヨイコノ缶蹴り
夜。
それも遅く。
静まり返った駅前の商店街のアーケードの中から、始まる。
人気もなく、明かりもない。
目が慣れるまで闇同然である。
と、舞台の中央に、白桃缶詰めの空缶がおいてあるのが見えてくる。子どもの声「九十七、九十八、九十九、百! (大声で)百!」
舞台、スポットライトがゆっくり動き始める。
次第に人の動作が見える程度に明るくなってくる照明。
ある者は匍匐前進し、あるものはかがんだまま小走りに、白桃の空缶めざしてジグザグに駆けていく。
中央、空缶に片足を載せたタクヤ、強力なハンドライトを取り出すと、舞台を照らす。
匍匐前進してきた一人をハンドライトの光が捕らえる。タクヤ「モリヤマみっけ!」
と、缶を一回踏む。
ふっと緊張が解けて、モリヤマ立ち上がる。
明るくなる舞台。
鬼のタクヤに捕まった子ども達、ぞろぞろと現れる。ミルコ「もう捕まってやんの、ダッセー」
タエコ「ダッセー」
ケンチ「後残ってんのは・・・ミツトシだけかよ」
ミルコ「(あらぬ方向に向かって)ミツトシ、缶蹴ってねー」
ケンチ「焦るなよー」
タエコ「(モリヤマに)いま、ミツトシ、どこにいるの?」
ミルコ「さっき、あの薬局のケロちゃんの影にいたよ」
モリヤマ「その後、西友の百円均一大市ののぼりの下にいたよ」スッと舞台の対面に現れるミツトシ。
ミツトシ「学校から帰ると、僕等は鞄を玄関先に投げ出して、すぐさま塾の予習を始める。そして、大急ぎで終らせて、夕食をかき込むと、塾へ向かう。その後、おおむね深夜まで気合いを入れて勉強したら、僕等は、店が全部閉まったこの商店街のアーケードの下で缶蹴りに命を賭ける。ただの缶蹴りじゃない、深夜の缶蹴りだ。鬼が振り回すサーチライトをかいくぐって、缶へ近づく。缶蹴りは、忍耐と瞬発力が要求されるゲームだ。じっと物陰で息を潜め、耐えて、耐えて、一気に駆け抜けて缶を蹴り上げる。捕まっている奴らが歓声を上げ、つかの間ヒーローになれる。ドッヂボールのように、あくせくゲームの間中走り回っていることもない。一瞬だ。一瞬駆け抜ければヒーローになれる。缶蹴りは素敵な ゲームだ。そして、今また・・・」
ミルコ「(鬼の隙を見て)今よ、ミツトシ君」
タエコ「早く、早く」
ミツトシ「(走りながら)そう、その日、いつもと違うことといえば、鬼の足元の空缶が、UCCの缶コーヒーではなく、どこから見つけてきたのか、座りのいい白桃の缶だった、と、いうことぐらいだった」
ミルコ「ミツトシ!」と、舞台の上手方向の通路から、ミツトシの数倍のスピードで走ってくる影。
ミツトシ「鬼はもちろん、捕まっている奴らでさえ、俺がどっから飛び出してくるのか見当もつかなかった違いない。弱いけれど眩しく青白い、蛍光灯の光に鈍くひかる白桃の空缶目指して全力疾走していく。空缶まである・・・ヒーローまであと・・・その時だった・・・」
影「(叫びながら駆けてきて缶を蹴る)もらったぁ)」缶、アーケードのキャノピーすれすれまで蹴り上げられた。
歓声を上げて、捕まっていた子ども達が散らばっていく。影「逃げろ!」
ミツトシ「何だ!」
モリシタ「サンキュー、ミツトシ」
ケンチ「(鬼に)百だぞ、百、ゆっくり数えろよな」
ミルコ「ミツトシ君、早く隠れて!」
ミツトシ「誰だ、誰が蹴ったんだ」
ミルコ「隠れて、ミツトシ君、隠れて・・・」
ミツトシ「(一人残されて)これがすべての始まりだった」●ボクラノ街ニ難破船ガヤッテキタ。
刑事Aと刑事Bが駆け込んでくる。
警察署の廊下。刑事A「打ち上げられた?」
刑事B「ええ」
刑事A「いまどき、難破船というのも珍しいな」
刑事B「打ち上げられた推定時刻は、午前二時半から四時半の間と見られています」
刑事A「午前二時半から四時半ってえと」
刑事B「ちょうど、丑満を過ぎてシオ時のあたりですね」
刑事A「引き際を誤ったかな、その打ち上げられた場所は?」
刑事B「それが驚くことに、街の真ん中、中央区ですよ」
刑事A「そんな所にどうやって打ち上げられたんだ」
刑事B「ですからそれを調べるようにと」
刑事A「これはひょっとしたら・・・」
刑事B「何か、心当たりでもあるんですか?」
刑事A「ひょっとしたら」
刑事B「ひょっとしたら」
刑事A「海上保安庁の仕事じゃないのか?」
刑事B「はあ・・・ですが問い合わせてみたところ『陸の仕事は陸でやれ、俺たちゃ海上保安庁』と、いう返事がありまして」
刑事A「それで我々がこんな夜遅く、いや、朝早く駆り出されているわけか」
刑事B「はあ」
刑事A「だが、どうして、そんな所に難破船が打ち上げられたんだろう」
刑事B「でも、問題はそれだけじゃないんですよ」
刑事A「何だ」
刑事B「その難破船から、子どもの足跡が伸びているんです」
刑事A「子どもの足跡が? どっちへ向かって?」
刑事B「四方八方へ」
刑事A「一人じゃないのか?」
刑事B「ええ、四方八方へ、十二人」
刑事A「街なかに打ち上げられた難破船から、十二人の子供が降り立ったと」●戦イスンデ、夜ガフケル
自動販売機で買ったコーヒーを飲んでいるミツトシ達。
モリシタ「たまにはさあ、ジャングルの中で缶蹴りやりたいよなあ」
ミルコ「いいねえ、それってあれでしょ、非常用の食料とか、六甲の美味しい水とか、デッカいナイフとかもって、夜さあ、鬼になる人はもっと強力なサーチライトを持ってて、その間をかいくぐりながら、ジャングルの中の夜行性の肉食動物と戦いながら、缶を蹴りに行くの・・・いいよね」
タエコ「背中に草や枝なんか差して、顔も黒と緑の塗料縫ったりして、カムフラージュしてね」
タクヤ「やっぱり、鬼に捕まったりしたら、強制労働が待っているんだろうね。木を切り倒してヤグラ作らされたり・・・」
ミルコ「そうよね、やっぱり苦しい目に会うと、誰かが缶が蹴って助けてくれたときのありがたみが増すわよね」
タエコ「そうそう、それは言える」
ミルコ「でも私、ジャングルよりもヨーロッパでやりたいな」
モリシタ「ヨーロッパか」
タエコ「狭くって、ずっと坂になっている石畳の上かなんかでやるんでしょう、なかなかロマンチックでいいじゃない」
ミルコ「ううん、そういうんじゃなくって、もっとさ・・・例えば、西ドイツと東ドイツを分けている壁のそばでやってさ、誰かが西ドイツから東ドイツへ缶を蹴っちゃうの。そしたら、鬼は西ドイツから東ドイツへ缶を取りに行くの・・・もちろん、取りに行くときは、絶対手を使っちゃ駄目なの。足で蹴りながら、西ドイツまで戻ってくるとかさ・・・」
モリシタ「面白そうだけど、絶対鬼はやりたくねえな」
タエコ「そうね、鬼はたまったもんじゃないわね」
モリシタ「砂漠で夜やるとか」
タエコ「砂漠で夜?」
モリシタ「やっているうちに足腰強くなるだろうし」
タエコ「砂嵐とかにあったらどうすんの」
モリシタ「砂嵐か・・・」
ミルコ「だいたいさ、小学生が缶蹴りしに砂漠まで行けると思ってんの、常識で考えてさあ」
タエコ「そうよね、そんなことねえよ」
モリシタ「だってさっき、ヨーロッパで缶蹴りするって・・・」
ミルコ「夢があっていいじゃない(タエコで)ねえ」
タエコ「うん、いいじゃない」
モリシタ「・・・・」
ミルコ「(ミツトシに)ねえ」
ミツトシ「(うわの空)・・・」
ミルコ「・・・」と、そこへミツトシ達と同い年ぐらいの、びしょ濡れの女の子がやってくる。
自動販売機で缶コーヒーを買うとミツトシ達と並んで座る。
女の子、ミルコと同じ服を着ている。モリシタ「あれっ、雨?」
女の子「降ってるよ」
タエコ「いつから?」
女の子「さっきっから」ザーッという雨の音、カットイン。
女の子「当分止まないわよ」
ミルコ「どうして分かるの?」
女の子「今晩少し雨が降っていて欲しいから」
ミルコ「天気ってあなたが決めるの?」
女の子「気分次第でね」
ミルコ「天気屋なのね」
女の子「そういう事、(自分の服を見て)あーあびしょびしょ・・・雨の中、走った方が濡れないのか、歩いた方が濡れないのか試しているうちに、こんな濡れ鼠になっちゃったわ」
ミツトシ「早く着替えないと風邪をひくよ」
女の子「優しいのね」
ケンチ「そうでもないですよ」
ミツトシ「お前、人の事謙遜するなよな」
女の子「何してたの、みんなで」
タクヤ「缶蹴り」
女の子「こんな夜遅くに」
ミツトシ「缶蹴りは夜やったほうが面白いんだ」
女の子「夜行性なのね」
ミツトシ「夜行性の小学生だ」
女の子「でも子供が遊んでいていい時間じゃないわよね」
ミルコ「あなただって子供でしょう」
女の子「ちがうわよ」
ミルコ「ちがわないわよ、そうやって、夜から子供を締め出そうっていったってそうはいかないから」
女の子「夜がいいような気がするだけよ」女の子立ち上がって。
女の子「深夜の缶蹴りの鬼はきちんと百数えなければならない。と、昔から決まっているの。百鬼夜行という言葉はそこからきたのよ」
女の子舞台中央へ自分が飲んだ缶コーヒーの缶を置く。
女の子「蹴ってもいい?」
さっと身構えるミツトシ達。
ミツトシ「鬼は誰がやるんだ?」
女の子「(ミツトシを指差して)やってくれるんでしょう。もちろん」
ミツトシ「オレ?」
女の子「私を見つけてね」女の子、缶を蹴り上げる。
歓声を上げて、それぞれ鞄などを持ったまま散っていく子供達。女の子もいなくなる。
女の子が蹴った缶を取りに行くように、一度引っ込むミツトシ。
すぐさま現れたとき、手には鞄、そして、ミルコと一緒に歩いていく。そこは・・・
●深夜ノ廃品回収屋サン
深夜の住宅街の路上。
ミルコとミツトシ。ミルコ「ミツトシ君、・・・今日のラスト前のダッシュ、カッコよかったわよ」
ミツトシ「ずいぶん走り回ったけど、全然疲れてないや」
ミルコ「私も」
ミツトシ「僕もだ、眠らなくっても、全然平気になってきた」
ミルコ「私ね、今日それでお医者さんに行ってきたの、お母さんに言ったら、きっとそれは不眠症に違いないって言って・・・でも、私のって、不眠症じゃなくって、拒眠症なんだって」
ミツトシ「拒眠症」
ミルコ「そう、最近、子供の間で大流行なんだって・・・わかる? 症状がね、拒食症と似てるんだって。全然眠くなくって、元気もあるんだけど・・・次第に衰弱していくんだって」
ミツトシ「寝ても眠れないのはしょうがないしなあ。拒眠症か・・・」
ミルコ「だからね、私、明日っから、スイミングスクールに行くことになったの」
ミツトシ「水泳やるの?」
ミルコ「ううん、朝日クリニックセンターの中の『レム・スイミングスクール』って言うの。短時間で強制的に眠らせてくれる所なの、薬飲まされて、あったかいぬるま湯の中に入るんだって。疲れが取れて、すっごく気持ちいいんだってさ、勉強の能率も上がるんだって」
オジさん「こら、子供」突如、現れるオジさん。
オジさん「子供がうろうろしていい時間じゃないだろ」
ミツトシ「僕達、勉強してたんです」
ミルコ「こんな夜更けまで、勉強してたんです」
ミツトシ「オジさんこそ、何やってんですか? こんな夜遅くに」
オジさん「何も言わずに手を出したまえ、たちどころに答えて見せよう」ミツトシ、手を出す。それをルーペでみるオジさん。
ミツトシ「僕、AB型のおひつじ座です。二十七までに結婚したいなって思ってます」
オジさん「わしはここで占いをやっている」
ミツトシ「ええ」
オジさん「(ミツトシの手からルーペを離して)ありがとう、(ミルコに)お嬢ちゃん、お嬢ちゃんも手相を見せてもらえるかな」見せる、ミルコ。
オジさん「ふん、なるほどね・・・ここで店を開いて、前を通り過ぎていく何十人かの子供達に、そう、ちょうど君達と同じくらいの子供達に、手相を見せてもらった。頭脳線、感情線、結婚線、人、それぞれ、千差万別・・・手のひらの上を好き勝手な方向に線が伸びている。だがしかし、生命線は、その人がいくつまで生きるか示しているといわれる生命線は、全員が全員、同じ長さだった。(ミツトシを指差し)君も(ミルコを指差し)君も、ほかの皆も、同じ長さだった。なぜだ・・・そして、皆の手のひらに、死相が出ている」
ミルコ「死相?」
ミツトシ「シソー? シソーって言うと、フーコーとかガタリとか囓ると、歯茎から血が出るって言うあれですか?」
オジさん「それは歯槽膿漏だろう。わしが言っているのは、死にそう、の、死相だ」
ミツトシ「死んでしまう、の、死相の事?」
オジさん「そうだ」
ミツトシ「じゃあ、人類が絶滅してしまうとか」
オジさん「かも知れないな、と、そこまではわしも考えた。けれども、もし、人類が滅んでしまうのならば、人類全体の生命線がある地点で切れていなければならない。ところが君達の年代以上の人の手相を見ると、長生きするものもいればそうでない者もいるようだ。同じ年に生まれたものでも、生命線の長さが一定にはなっていないんだ・・・なぜだ・・・」
ミツトシ「さあ・・・」
オジさん「・・・と、言ったところで見料だ」
ミツトシ「は?」
オジさん「見料だよ、二人で二万といいたいところだが、ま、相手は子供さんだ、一万八千円に負けておいてやろう」
ミツトシ「は?」
ミルコ「持ってませんよ、そんなお金」
オジさん「持ってない? 持ってないと・・・」と、オジさん、机の下から、金属バットを取り出して。
オジさん「この占い師ってのはな、わしのアルバイトなんだ。本当はな、わしは、深夜の廃品回収屋なんだ。ついて来な」
宅急便屋「月がとっても蒼いけど、今夜もまた、児童虐待かい?」と、現れる深夜の宅急便屋。
ミツトシ達に気付いて。宅急便屋「おっ! ミツトシとミルコじゃないか」
ミツトシ・ミルコ「先生!」
オジさん「ちぇっ、知り合いかよ」
ミツトシ「塾の先生なんです」
宅急便屋「何やってんだこんな所で、こんな時間に・・・塾が終って何時間になるんだ。知らないぞ先生は・・・塾の帰り道に、帰らぬ人となったって」
オジさん「人聞きの悪いことを言うなよ、同じ深夜労働者じゃないか」
宅急便屋「一緒にしてもらっちゃ困るな」
ミツトシ「先生こそこんな時間に何やってるんですか?」
宅急便屋「見て分からんか、この背中の鼠を抱いた猫のマークを・・・宅急便屋だよ宅急便屋。どうもな、ここんところ、子供の数が減っているんで、塾の教師だけじゃ食えなくなってな。こうやって夜な夜なアルバイトをしているんだよ。だけど深夜働いているからといって、このオジさん、深夜の廃品回収屋さんとは大違いだ。私は物を配る人、オジさんは集める人。それくらい違う」
オジさん「そうそう嫌うなよ。お互い昼間、お日様が当たっている間、人目についちゃまずいようなものを集めたり配ったりしているわけじゃねえか」
宅急便屋「昼間より、夜運んだほうが都合がいい物ってのが世の中には結構あるものだからね」
ミツトシ「先生、どんなもの、運んでいるの?」
宅急便屋「その先生というのはやめたまえ。一歩塾の外へ出たら、先生はただの闇に紛れて働く、一匹の子鼠なのだからね」
オジさん「非合法物だよ」
宅急便屋「そう、この前なんかね、モグラのつがいを運んだよ。あれはやっぱり昼間運ぶわけにはいかないからね」
ミツトシ・ミルコ「ふーん」
オジさん「そいつはね、モグラの皮をかぶった白い粉だったんだよ」
宅急便屋「今日運んでいるのなんかね(と、横に子鼠を抱いた猫のマークの入った箱を取り出して)夢なんだ」
ミツトシ「ユメ?」
宅急便屋「そうさ、これもまっ昼間に運ぶわけにはいかないからね」
オジさん「悪夢のダイレクトメールか・・・配ったお宅の住民さんを、不安に陥れて、病気がちになった所へ、セールスマンが訪ねていって、健康器具を売り付ける・・・アレだろ」
宅急便屋「オジさん、そいつは言いがかりってもんだよ・・・ほら、この、これが非合法物に見える?」と、差し出した箱を一瞥するオジさん。
オジさん「ん?」
宅急便屋「ドリームダイブグッズ一式だよ。これのどこが非合法物なの?」
オジさん「確かに非合法物じゃないが、まがい物には違いあるまい」
ミルコ「ドリームダイブグッズって、なあに?」
宅急便屋「夢に潜る装置だよ。この装置があれば人の夢に潜ることができるんだよ。まるで夢のような話だろ」
ミツトシ「夢に潜るって・・そんなことできるんですか?」
宅急便屋「これさえあればね」
ミツトシ「高い・・・物なんですか?」
宅急便屋「うーん、そうだな、今だったら、山の手線の内側に四LDKの庭付きの家を買うよりはちょっと安いけどね」
ミツトシ「高いんですね」
オジさん「二十年ローンだよ」
ミルコ「すっごい、どこの人なの、買ったのは」
宅急便屋「(もう一度、住所を読み返してみて)それがね、どうも此の住所が見当たらないんだ。いたずらかもしれないんだよな。多いんだよ最近こういうのが、困るんだよ本当に」
ミツトシ「本当に人の夢に潜ったりできるんですか?」
宅急便屋「興味があるのか、ミツトシ」
ミツトシ「え・・・はあ」
宅急便屋「人の夢に潜ってみたいと思うのかい?」
ミツトシ「ええ、まあ・・・できたら・・・」
宅急便屋「よし、わかった。じゃあ、これを君に七日間無料で貸してあげよう。七日以内に、この箱の裏に書いてある販売会社に送り返せば、お金は払わなくっていいから。どうだ。先生もね、このまま配送センターに帰ったら、成績に響くんだよなあ・・・配達したことにしてくれたらとっても助かるんだけどね」
ミルコ「七日間無料で使えるんでしょ、いいじゃない、ミツトシ君、ちょっと借りちゃえば 後で送り返せばいいんだしさ、ね、先生もその方が助かるって言ってるし・・・このごろダイビングってはやってんでしょ」
ミツトシ「スキューバダイビングじゃないんだよ、ドリームダイビングなんだよ」
ミルコ「いいじゃないの、ね」
宅急便屋「じゃあ、ここにハンコ・・・あ、サインでいいや」サインするミツトシ。
宅急便屋「はい、どうもありがとう。じゃ、明日また塾でね。きちんと予習してくるんだよ。オヤスミ、良い夢に潜んなよ。オジさん、あんまり児童虐待しちゃ駄目だよ」
去ろうとする宅急便屋の先生に。
ミルコ「待って、先生。一緒に帰ろう」
宅急便屋「おお、おいでミルコ。ここにいると児童虐待のめにあっちゃうぞ」
ミツトシ「俺はどうなるんだ」
ミルコ「ミツトシ君、じゃあねー」宅急便屋とミルコ、去っていく。
オジさん「(ミツトシをぎろっと睨んで)はて、じゃあ、こっちの仕事を手伝ってもらおうかな」
ミツトシ「・・・どんなことをやるんですか?」
オジさん「廃品回収だよ」
ミツトシ「廃品回収って、古新聞、古雑誌、ボロ切れなど御座居ましたら・・・っていうアレですか」
オジさん「ソレは昼間の廃品回収屋さん。われわれ深夜の廃品回収屋は、もっと別のものを回収して回るんだよ」
ミツトシ「別の物?」
オジさん「例えば・・・夜の夜中、窓を開けて寝ている家があるとする」
ミツトシ「そこに入っていって、気がつかれないように、金目のものを廃品回収してくる。っていうんじゃないでしょうね」
オジさん「おや、前にやったことがあるのかい」
ミツトシ「そんなとこでしょう」
オジさん「そんなとこだ、ホレ!」と、オジさん、占い机のうしろから、ヌイグルミの詰まったダンボール箱を取り出す。
オジさん「けれど、毎度毎度金目のものばかり廃品回収しているわけではない。これは今日の収穫だ」
ミツトシ「ヌイグルミ?」
オジさん「そうだ。使い込んであるだろ」
ミツトシ「濡れてますね」
オジさん「雨が降ったからだよ。だからホレ、深夜の廃品を回収したあとは・・・」オジさん、そのダンボールの底のほうから真っ赤な大きな傘を取り出す。
オジさん「トイレットペーパーじゃなくて、この傘を置いておくんだ」
ミツトシ「昼間の廃品回収屋さんより、いいものと交換するんですね」ミツトシその傘をさしてみる。
ミツトシ「そういえば、雨がやんでいる」
オジさん「空が白んできたな」
ミツトシ「(空を見て)星だ。明けの明星かな」
オジさん「(別の方角を差して)明けの明星はこっちだ。あれは新星だ」
ミツトシ「新星?」
オジさん「新しい星、と書くんだ」
ミツトシ「生まれたばかりの星なの」
オジさん「いいや、それまでほとんど目に映らぬひっそりとした暗い星が、わずか数日のうちに、何千何万倍もの光を放ち、極大光に達したのち、緩やかに滅光し始め、数日、あるいは数年がかりで、元の恒星に戻っていく。天体望遠鏡のない時代、突然天空の一角に現れたこの星を見た人々は、新しい星が出現したものだと信じていた」
ミツトシ「新星か」
オジさん「明けの明星と間違えるな、あれはここ数日、何千万倍もの光を放ち始めた新星だ」●レム・スイミングスクール
体操服の子供達が、どやどやっと出てくる。
ラジオ体操の曲に合わせて、子供達、体操を始める。
このラジオ体操の曲、かなり早くしてある。
現れる、スイミンのインストラクター、キシダ、ラジオ体操をしている子供達に向かって。キシダ「眠れぬ原因の多くは、神経、あるいは体の筋肉の部分的な過度の緊張によるものです。なるべく緊張をほぐしてあげて、ゆっくりと、リラックスさせる、いいですか、人生の三分の一から四分の一は、眠っているんです。睡眠は、明日への活力です。いいですか、睡眠と仲良くなりましょう」
ラジオ体操終わる。
キシダ「はい、いいですか、緊張を解きほぐしましたか、リラックスして、リラックス、リラックス、リラックス、このクラスは眠るのが下手な人達のクラスです、でも、別にソレは恥ずかしいことじゃありません。泳ぎのうまい人、うまくない人、歌のうまい人、うまくない人がいるように、睡眠もうまい人と、そうでない人がいるのです。ではどうすればいいか、まず、眠りに慣れることです、眠りに落ちるのは怖くない。怖くない、いいですか、本当なら、自然に、本人のペースに合わせて、眠るのが一番いいのですが、そんな悠長なことを言っている時間はありません、今でさえ取り残されているのですから、一刻も早く、人並みにならねばなりません。それで、今日は、皆がリラックスするように、薬をひとつぶ飲んでもらいます。漢方薬です。ウタタネという植物のタネです」
子供達、ウタタネを口にほうり込む。
キシダ「はい、ウタタネを飲んだら、自分の後ろにあるポリタンクに入って下さい、中に君達の体温よりも、ちょっとぬるめのお湯が入っています。そのお湯の中に、ゆっくりと浮かんでみて下さい」
ポリタンクは、小型のカプセルホテルのようなものである。
子供達、それに入って蓋をしめる。キシダ「みんな入りましたか? 本当なら、早寝や昼寝で慣れていくのが一番いいのですが、今日は、ユブネという寝かたを試してみましょう。さあ、そろそろウタタネが効いてくる頃ですね、それでは、私の「ワン、トゥー、スリープ』という掛け声で、眠りに落ちていきましょう、いいですか、いいですね、ハイ!」
すうっとポリタンク側の照明が落ちる。
キシダ「中に君達の体温よりもちょっとぬるめのお湯が入っています。その中に、ゆっくりと浮かんでみてください。そう・・・どうしてだかわからないが、人は水の中で眠るのが一番落ち着くようだ。人間の体なんて、ほとんど水でできているのだから、水の中が一番安心できるのかもしれない。眠れぬ子供が増えているのか、眠らぬ子供が増えているのか、このレム・スイミングスクールを訪れる子供達はあとを絶たない。子守歌が必要だ。レム・スイミングスクールのスイミンは、水に眠る、と書くスイミンだ。水がいる。水が・・・水が・・・水が・・・」
●夢デ会イマショウ
ミルコとミツトシの影登場。
ミルコ「その人は姿かたちも、私の知っている人にそっくりでした。おまけに名前まで、一緒で、違うことといえば」
ミツトシの影「またあったね。偶然にしちゃあ、出来すぎた話だ」
ミルコ「ミツトシ・・・さん」
ミツトシの影「何だい」
ミルコ「今日もどこかへ連れていってもらえませんか」
ミツトシの影「時間は、大丈夫かい?」
ミルコ「大丈夫。予備の時間を持ってきました」
ミツトシの影「百パーセントの濃縮時間か」
ミルコ「ええ、今日は、二十四時間、バスケットに詰めてきました」
ミツトシの影「時間の密度を上げていくと、熱くなるからな」
ミルコ「ぎゅうぎゅう詰めにしてきました」
ミツトシの影「今日は海を見に行こうか」
ミルコ「はい、どこでも行きます、山でも海でも湖でも」
ミツトシの影「いや、今日は山でも海でも湖でもない、まどろみにでかけよう」
ミルコ「まどろみ」
ミツトシの影「まどろみの岸辺で、バスケットいっぱいのぎゅうぎゅう詰めの時間を広げて、お弁当を食べよう」
ミルコ「ちょうど良かった、お弁当を作ってきています」
ミツトシの影「何ていいタイミングなんだ、まるで夢のようだな」
ミルコ「本当」
ミツトシの影「まるで夢のようだな」
ミルコ「本当」
ミツトシの影「まるで夢のようだな」
ミルコ「本当」
ミツトシの影「少しは、夢かもしれないって疑ってはみないのか」
ミルコ「少しでも疑ったなら、このまどろみの岸辺が、うたかたの岸辺にすり変わる」
ミツトシの影「じゃあ、君は知っていて、このバスケットに時間をぎゅうぎゅう詰めにしてやって来たのかい」
ミルコ「二十四時間でも足りないくらい、こんなことなら三十六時間のロング缶にすればよかった」
ミツトシの影「そうだね、四十八時缶の二日間でも足りないくらいだ」
ミルコ「気をつけて、疑心暗鬼という鬼が目を光らせている」
ミツトシの影「そのバスケットにぎゅうぎゅう詰めの時間を全部使い果たしてしまったら、疑心暗鬼という鬼の足元の缶を、思いっきり蹴りあげて、もう一度最初からやり直そう」
ミルコ「まどろみの岸辺にずっといれたら」
ミツトシの影「何度でも来ればいい」
ミルコ「また、ミツトシさんに会えるかしら」
ミツトシの影「会えるさ」
ミルコ「どこへ帰るの」
ミツトシの影「このまどろみの岸の向こう岸」
ミルコ「まどろみの向こう岸」
ミツトシの影「猫の国がある」
ミルコ「え?」
ミツトシの影「その国は、猫だらけだ」
ミルコ「猫だらけ?」
ミツトシの影「山にいる」
ミルコ「山猫ね」
ミツトシの影「海にもいる」
ミルコ「海猫ね」
ミツトシの影「そして僕たちは、水に棲む水猫だ」●十二方位ノ子供達
オジさんが街の片隅で占いのアルバイトをしている。
そこへやってくる刑事Aと刑事B刑事A「良く当たる相じゃないか、あなたの占いは」
オジさん「まあ、そこそこやってますけど、どうせ当たるんだったら、人の人生当てるよりも、宝くじでも当てたほうがいいんですけどね」
刑事B「宝くじに当たったことがありませんが、フグならうちのおじいちゃんが当たりました」
刑事A「私達もいろいろと占ってもらいたくってやってきたんです」
オジさん「(ぱっと刑事Aの手を取ってルーペで見る)なるほどね」
刑事A「それだけでわかっちゃうのか?」
オジさん「まあね」
刑事A「どうだ何が分かった?」
オジさん「駄目だわ、こりゃ」
刑事A「駄目って?」
オジさん「駄目だわ、もう駄目、全然駄目だわ」
刑事A「お? おいおい」
オジさん「どうです、振り返ってみて、結構楽しい人生でしたか?」
刑事A「は?」
オジさん「非常に言いにくいことなんですが・・・」
刑事A「言ってくれ、構わん」
オジさん「生命線が切れかかってます」
刑事A「と、どうなるんだ」
オジさん「長くはないですね」
刑事A「長くはない・・・」
オジさん「まあ、たかだか占い、当たるも八卦、当たらぬも八卦」
刑事A「あなたの占い、良く当たるって評判じゃないですか」
オジさん「さあね、どうでしょうかね、占いなんて人の人生にあたりをつけるだけですよ」
刑事A「人事だと思って・・・」
オジさん「そんなに悲観にくれなくったて・・・」
刑事A「悲観にくれるまに、彼岸に立っていそうで」
オジさん「それはありうる」
刑事A「外れて欲しい、当る占い」
刑事B「肩の関節なら外れたことあるんですけど」
オジさん「で、そういうことを見て欲しくって来たわけじゃないでしょう」
刑事B「そうなんです、例の打ち上げられた難破船の捜査が行きづまってまして」
オジさん「なるほど」
刑事A「そんなこと、もうどうでもよくなったな」
刑事B「先輩、何言ってんですか」
オジさん「どこまで調べたのかな、あの難破船について」
刑事B「ほとんど何も、いったいなぜ、あんなところに突然現われたのか」
刑事A「我々はまず打ち上げられた、という報告で現地へ向かった。丑満を過ぎて、シオ時の波が引き、けだるい朝がやってこようとしていた、街の真ん中、中央区。船が打ち上げられるには、ちょっと変な場所じゃあありませんか」
オジさん「別に、NASAでは宇宙船を打ち上げているぐらいですから、中央区で難破船が打ち上げられたって、おかしくはないでしょう」
刑事A「そういう問題でしょうか」
刑事B「きっと打ち上げがあるっていうと、みんなまた、ただ酒が飲めて朝までわいわい騒げると思って、のこのこ出かけて来ちゃうんで、誰にも知らせず、こっそりと、打ち上げをやったんじゃないでしょうかね。今の話を聞いてて、ふっとそう思ったんですけど」
刑事A「今、話をしているのは、NASAの宇宙船の話でも、皆でわいわい騒いでただ酒が飲める、打ち上げの話でもないんだ。難破船だ。あの難破船は・・・」
オジさん「帰っていきますよ」
刑事A「ええっ!」
オジさん「あの難破船は帰っていきます。そう、私の占いに出ています」
刑事B「本当ですか?」
刑事A「いつ? どうやってあそこから帰っていくんです?」
オジさん「シオ時の潮が満ち、その道を通って、帰っていきます」
刑事A「次のシオ時の潮が満ちるのは」
刑事B「丁度一ヶ月後です」
刑事A「一ヶ月です」
オジさん「だから、あれはひと月の物、そうそう目くじらを立てることもないじゃありませんか」
刑事B「ひと月の物」
刑事A「じゃあ、もうひとつ教えてください」
オジさん「あの難破船から降り立ったといわれている十二人の子供達はどこへ行ったのか?」
刑事A「そうです」
刑事B「それもわかっているんですね」
オジさん「わかっています」
刑事B「どこへ行ったのですか?」
オジさん「と、その前に見料だ。今日のはちょっと高いよ、ま、必要経費で落してさ、きちっと払って下さいよ」
刑事A「わかった、払うから教えてくれ、子供達はどこへ行ったんだ」
オジさん「見料なんですけど・・・」
刑事A「どうした」
オジさん「私の占いには、払わない、と、出ているんです」
刑事A「・・・・・・・」
オジさん「払うつもり、無いでしょう」
刑事A「・・・・・バレたか」刑事Bオジさんの机の下から、金属バットを取り出して。
刑事B「これは何をするための物かなぁ」
刑事A「我々も、知ってはいるんですよ、ただ、それを言おうか言うまいか・・・」
刑事B「最近、塾帰りの子供が、得体の知れないオジさんに捕まって、朝まで働かされるという事件が頻繁に起きてましてね」
刑事A「犯人の目星はついているんですよ」刑事B、金属バットをブンブンいわせて、素振りを始める。
刑事A「十二人の子供達はどこへいったのでしょう」
オジさん「なんて汚い」
刑事B「さっさと喋ったほうが身のためだよ、オジさん」
刑事A「さすがにここまでは占いきれなかったようだな」
オジさん「まだ街に潜んでいるはずだ、子供達は十二方位に散っていったんじゃない、十二方位を包囲してるんだ」
刑事B「この街を囲い込んでいる」
刑事A「いつの間に」
オジさん「街はすでに、奴等の手の中にある」●骨ノハナシ
塾の授業が終り、帰っていく子供達。
一人残っているミツトシ。
黒板を消している先生。先生「今日は夜遊びに出掛けないのか」
ミツトシ「ええ、今日はちょっと」
先生「お前のガールフレンドどうしたんだ、ここんとこ、塾来ないな」
ミツトシ「うちでねています」
先生「何だ、サボリ癖が付いたのか。そんなことじゃ、公立の中学行くようになっちまうぞ」
ミツトシ「レム・スイミングスクールというところでずっと寝ているんです」
先生「なんだそりゃ」
ミツトシ「強制的に眠らせてくれるところですよ」
先生「そこで、寝たきり小学生か、毎晩、毎晩、夜遊びしているからだよ。人間はね、どっかでやっぱり眠んなきゃなんないようにできているんだよ」
ミツトシ「でもこんなにあてどもなく眠り続けるなんて」
先生「そんなことないよ、寝飽きたら、けろっと目覚めるよ」
ミツトシ「だといいんだけど」
先生「大丈夫だよ、眠れる森の美女だって百年目には目を覚ましたじゃないか」
ミツトシ「百年も待てませんよ」
先生「まあ、心配するなって事だよ」
ミツトシ「今晩潜ってみます」
先生「あの子の夢にか?」
ミツトシ「昨日、ドリームダイブの装置を組み立ててみたんです」
先生「そうか・・・きをつけろよ、あれはヤバい物だからなあ」
ミツトシ「深夜の廃品回収屋さんも手伝ってくれるって言うんで」
先生「あの人も、相当ヤバい人だからなあ」
ミツトシ「大丈夫ですよ」
先生「そうか・・・あのドリームダイブの装置な、あれ、期限内にきちんと送り返せよ、でないと、とんでもない目にあっちまうぞ」
ミツトシ「これが終わったら送り返しますよ」
先生「先生はもう帰るけど、ミツトシはまだいるのか?」
ミツトシ「またこれから、深夜の宅急便屋のアルバイトですか?」
先生「そうだよ」
ミツトシ「先生」
先生「うん?」
ミツトシ「先生は夜、好きですか?」
先生「ああ、好きだよ・・・大好きだよ、どうして?」
ミツトシ「俺も夜、好きだから・・・夜が来ると本当にほっとするから」
先生「そうだよな、夜っていいよな。先生もね、小さい頃、塾に通っていて、ある日、今のミツトシと同じように、授業が終わった後、少し居残りして塾の先生と話したことがあるんだ。塾の良いところっていうのは、昼間の小学校と違って、窓の外に星が見えるっていう事なんだよな。塾で疲れちゃって、ボンヤリとよく星を眺めてばかりいたんだ。そしたら、塾の先生がその日『じゃあ、ちょっと特別授業をやろう』って、星の話をしてくれたんだ。星はすぐそこにあるけれども、手を伸ばして届くものじゃない。光の早さで、何年、何十年、何百年、何千年、という距離があるんだ。光の早さで飛べっこない、何千年も生きられっこない。すぐそこにあるように見えて、たどりつくことのできない場所がこの世にはあるんだ。どんなに頑張っても、努力しても、たとりつけない場所がこの世にはあるんだ。そういうことを認めるっていうのは嫌なことだけどね。自分がとっても小さいものだって認めるというのは、嫌なものだよ。・・・・それで・・・変な話だけれども、その話を聞いた晩、布団の中に入ってみると、体のあちこちが痛いんだ。その夜、骨がね、全身の骨がね、こう・・・ギシギシいいながら伸びていくのが分かるんだ。でも筋肉は一緒に伸びるわけじゃないから、骨に引っ張られて、あちこちが、痛いんだ。・・・一晩中ギシギシいって、次の朝計ったら、身長が四センチ伸びていた。何だか、違う器の中に入ったみたいな感じで、一日中変な気分だったのを覚えているよ。・・・ミツトシ、子供が大人になるっていうのは、少しづつなっていくもんじゃないんだ。一晩だよ。一晩で子供は変わるんだ。・・・そのうち、わかるときが来ると思うけどね」●再ビユメノ中
ミルコとミツトシの影、まどろみの岸辺でまだ遊んでいる。
ミルコ「もっと欲しいな」
ミツトシの影「何が?」
ミルコ「時間、もっともっと、時間があればずっとこうしていられるのに」
ミツトシの影「時間なんて、空気と同じような物だから、無いように思えても、実際山のようにあるものなんだよ」
ミルコ「うそ」
ミツトシの影「本当さ」ミツトシの影、まどろみの岸辺の砂を、ひと握りすくう。
そしてその砂を少しづつ指の間から落としながら。ミツトシの影「こうして、この手の中の砂を少しづつ落としていく。全部なくなるまで、三分間。だから、今この手の中に、三分間がある。・・・正確に言うと、あと、二分四十六、四十五、四十四・・・」
ミルコ「やめて、わかったからやめて、数を数えるのは好きじゃないの、数が増えていくのも減っていくのも同じ事、どんどん不安が積み重なっていくようで・・・」
ミツトシの影「大きな不安は、大きな期待と同じ事だ、そんなに気にするようなことじゃない」
ミルコ「そうかな」
ミツトシの影「そうだよ、不安で胸が張り裂けそうなのと、期待に胸が膨らむのとは、同じ事だろう」
ミルコ「この頃胸が痛むのは、そのどっちなんだろう」
ミツトシの影「さあね、それは君の体だ」
ミルコ「ねえ」
ミツトシの影「うん?」
ミルコ「このまどろみの向こう岸から、どうやってやってきたの?」
ミツトシの影「船に乗ってだ」
ミルコ「船・・・その船、今どこにあるの?」
ミツトシの影「街の真ん中、中央区」
ミルコ「あの難破船の事なの」
ミツトシの影「そうだよ」
ミルコ「ミツトシ君、あなたあの難破船を知っているの?」
ミツトシの影「そう、難破船は人知れず漂っている」
ミルコ「まどろみの、気まぐれなさざ波にもてあそばれて」
ミツトシの影「だが、ある日の夕暮れ、厚い雲が空一面を覆い、それまでどこからともなく吹いていた潮風がぴたりと止むと、錆付いた難破船のコンパスが狂ったように回りだし、エンジンの止まった静かな船は、凪いだ水面を自力で走り出すんだ。そのきっ先のはるか先、眠りの足りない街が呼ぶんだ」
ミルコ「眠りたがっている街?」
ミツトシの影「それがこの街だ。暖かい水に包まれて、この街は永い眠りにつくんだ」
ミルコ「いつ?」
ミツトシの影「もうすぐ合図がある」
ミルコ「どんな合図?」
ミツトシの影「栓が抜ける」
ミルコ「栓?」
ミツトシの影「あるだろう、街の栓が」
ミルコ「知らないわ、そんなの」
ミツトシの影「栓は、どこにでもある」
ミルコ「例えば?」
ミツトシの影「海にある」
ミルコ「海に栓?」
ミツトシの影「山にもある」
ミルコ「山の栓?」
ミツトシの影「海千山千っていうだろ、この街の栓が抜けて、水が流れ込んでくる。あちこちの栓が、大きな音を立てて抜けるはずだ」
ミルコ「私達はどうなるの?」
ミツトシの影「街に水が溢れ、その中にみんな浮かぶんだ。暖かい水にボーッと浮かんで、いったい、どこからが街なのかわからなくなるのさ」
ミルコ「街と一緒になれるのかしら」
ミツトシの影「なれるさ」
ミルコ「体がそんなに急に大きくなって、大丈夫なのかしら」
ミツトシの影「あっという間に何千何万倍の大きさに膨れ上がり、怯えどよめき立ち、そのとき、街が揺れ始めるんだ」
ミルコ「街が生き物になるの」
ミツトシの影「街は今だって生きている、今、こうして僕達が立っているアスファルトが弱々しく脈打っている、聞こえるかい、今にも途絶えてしまいそうな街の鼓動が・・・この街は、幼児のまま老衰していく」
ミルコ「(地面に耳を当てて)どきどき、どきどきって、脈打っている」
ミツトシの影「そうだ街は生きているんだ」
ミルコ「生きているんだ」
ミツトシの影「生きているから楽しいんだ(歌になる)手のひらを太陽にすかしてみれば」自分の手のひらをすかしてみるミルコ。
ミルコ「生命線が切れかかっているわ」
ミツトシの影「風前の灯火だ」
ミルコ「街の命と一緒ね、(手のひらの中の線を指差し)この横一文字の線は何?」
ミツトシの影「真ん中通は中央線だ」
ミルコ「じゃあ、この丸い線は山の手線ね」
ミツトシ「そうさ感情線だ」
ミルコ「丸の内を通るのは?」
ミツトシ「銀座線だ」
ミルコ「東西線、千代田線、総武線、有楽町線・・・」
ミツトシの影「君の手の上に街がひとつ」
ミルコ「その手は右手? それとも左手?」
ミツトシの影「右手にひとつ、左手にひとつ」
ミルコ「街は二つあるの」
ミツトシの影「そういうことになる」
ミルコ「右手と左手、どちらがこの街なのかしら」
ミツトシの影「片方がこの街、もう片方は、このまどろみの岸の向う岸の街」
ミルコ「水猫の街」
ミツトシの影「そうだ、水猫の街、水猫はまどろみ中を泳いでこちらの街へとやって来る」
ミルコ「まどろみの中、水猫は猫カキしてくるのね」
ミツトシの影「水猫を逆から読んでごらん」
ミルコ「水猫・・・」
ミツトシの影「み・ず・ね・こ・・だ」
ミルコ「こねずみ・・・こねずみ?」
ミツトシの影「まどろみの岸辺で、水猫とこねずみはすり変わる」●深夜の労働者達
廃品回収のオジさんと塾の先生が街の片隅の、屋根なし駐車場で、一服している。
オジさん「塾の先生っていうのは、面白いですか?」
先生「ええ、まあ、子供相手ですからね、飽きないといえば、飽きないですけど」
オジさん「そうですか、塾は商いですか」
先生「いえ、商売抜きで、子供のためにやっております、何て事は言いません、金のためにやっております、教育は産業です、サービス業です」
オジさん「サービス業、第三次産業だね」
先生「いえ、産児が終って育児がすんで、就学児産業です」
オジさん「そいつは、やりがいのある仕事だろ」
先生「やりがいなんてありませんが、利害はあります、子供が頑張ってくれれば、あそこの塾は良い塾だと評判になって、高い授業料を取れて、こっちの生活も楽になります。だから、勉強できない奴は、首に縄つけてでもやらせますよ」
オジさん「利害というより、鵜飼いですね」
先生「まあ、例えていえば、塾の先生なんてそんなものです」
オジさん「学校の先生になろうとは思わなかったんですか?」
先生「駄目ですね、昼間はもう、小さい頃から全然駄目でした」
オジさん「昼間は死んでた?」
先生「死んででましたねぇ、もう、ガンガン死んでた。・・小学校の頃から、どうして朝起きて学校へ行かなくっちゃなんないんだろう、どうして夜行っちゃいけないんだろうって、不思議に思ってました」
オジさん「夜が好きな子は生きていきにくいですからね」
先生「本当にそうですね、子供はいったいいつ遊ぶんでしょうかね、よく無責任に『子供は遊ばなきゃいかん』なんて言ってますけど・・・その言葉を信じて、学校行かないでブラブラ街中散歩していたら、おまわりさんが声を掛けてくれて・・・
『どこへ行くんだい、こんな時間に』
『こんな時間って言っても、午前中ですよ』
『だからこんな時間なんじゃないか。この時間、学校に行って勉強している時間だろ』
『今日は創立記念日なんです』
『うそをつけ、そうやって言い逃れをする奴が多いんでな、我々もな、一目で解る創立記念日カレンダーを作ったんだよ。今日、創立記念日の学校はない。どうだ』
『あっ、間違ってました』
『何?』
『今日は体育祭の振替休日なんです』
『(笑う)はっはっはっ、バカめ。この創立記念日一覧表の裏はな、体育祭の振替休日一覧表になっているんだ。さあどうした、次はなんだ、おじいちゃんの法事か、えっ、社会科の見学で工場を見に行って、迷子になったのかわかっているんだお前の正体は』
『何も悪いことはしてませんよ』
『そのうちするさ。現にこうして、非行への助走をしているじゃないか』
『非行に走っても、途中で息が切れてしまいそうで』
『つべこべ言うな』
何て事を言っているうちに、交番に連れていかれて、疑いはらそうとしたけど、貼られたのは、非行少年のレッテルでした」
オジさん「けれど、非行少年は、夜行少年になった」
先生「そういうことです」
オジさん「夜、遊び歩いていると、また誰かが声を掛けたりしてくれるから」
先生「いつも誰かに見られているんです」
オジさん「誰かに見られているところで遊びたくなるんでしょうね」
先生「誰かの目の届かないところか」
オジさん「ありませんか」
先生「ありませんねえ」
オジさん「うんざりしているでしょうね」
先生「うんざりしていますよ」
オジさん「だから、子供達は、人の目のつかないところへ行ってしまうんでしょうね」
先生「そうでしょうねえ」
オジさん「もう、ずいぶん昔、まだ、小さかった頃、夕方、日が沈むっていうのが怖くってね、いや、怖いって言うんじゃないかもしれない、何ていうか、えらくドキドキするもんでしょ、日没って・・・太陽って奴は、天頂にあるときはピンポン玉よりも小っちゃいんだけれど、その身を西の地平線に沈める頃になると、何千、何万倍にも膨れ上がって、怯え、ざわめく空気によって、その輪郭をうねらせる。何もかもが赤く染まって、いてもたってもいられなくなるんですよね、だから、日が沈んで夜が来ると、ホッとして、・・・そんな時は特に、夜が来てよかったなって思ってましたよ」
先生「不安なんですよね、日が沈む時っていうのは、不安で、不安で、でもドキドキすしているんです」
オジさん「日没っていうのは、何かが起こってくれそうな感じがするからでしょう」
先生「何かが起こってくれそうな予感」
オジさん「その何かが何であるか、と、いうのはわからなくなってもね」●ドリームダイブ
ポリタンクの中に浮かんでいるミルコの姿が現れる。
その横にドリームダイブ装置を持ったミツトシとオジさん。オジさん「準備は万端整ったか?」
ミツトシ「OKです」
オジさん「それではまず、自分が潜り込む相手が眠っているなるべくそばへ寄り、息を詰めて・・・」
ミツトシ「息を詰めて・・・」
オジさん「自らの眠りに身を任せて、一息に沈んでいく。落ちていく感じに似ているはずだ。彼女の眠りが浅ければ浅いほど、すぐに夢の中につくことができるはずだ。だが、人の夢に潜っていくダイバーが特に注意しなければならないことが一つある。夢の奥底には、人の眠りをむさぼり食うスイマーが潜んでいる。スイマーにからめとられて、夢の奥底から浮上してこれなかったダイバーは数知れないものだ。どうだい。眠れそうかい、ミツトシ君」
ミツトシ「大丈夫、眠るのは得意ですよ、毎日、毎日結構忙しくって、ゆっくり寝ている暇ないですからね」
オジさん「そんなに忙しかったら、君達は大人になる暇なんかないだろうに」
ミツトシ「(眠りつつある)ええっ・・・・何ですか?」
オジさん「そうか・・・そうかもしれないな。君の女の子はそのために眠っているのかもしれないな。毛虫が蝶になる前に一度さなぎになるだろう、君の女の子は今、さなぎの眠りに入っているんじゃないのかな、ミツトシ君・・・ミツトシ君・・・さなぎが見る夢はどんな夢なんだろうか」●ムチュウ
冒頭と同じ、商店街での缶蹴りのシーン
缶から離れて、横の路地へ偵察に行っている鬼の隙を突いて駆け出すミルコ。
スローモーション。
すでに捕まっているミツトシ、仲間と一緒に声援を送っている。ミルコ「チャンスだ。私は駆け出す。全力で駆け出す。そして私はうまい具合にあの缶を蹴ることができる。なぜなら、これは私の夢だから。なぜだか、私はこれが自分の夢であることを知っている。なぜだか・・・商店街のこのアーケードの空気が少し暖かいからかもしれない。レム・スイミングスクールの中のなまあたたかい水にぼうっと浮かんでいると、いったいどこまでが自分の体で、どこからが水なのか分からなくなってくる。自分が溶けて広がっていくようだ。そんな感じが今しているからかもしれない。この商店街に私が溶け込んでいく感じがしているからかもしれない。そして私はうまい具合にあの缶を蹴ることができる・・・」
と、別の方向から駆けてきた人影、あっさりと缶を蹴り上げる。
よく見るとそれは、あのびしょ濡れのミルコと同じ服を着た女の子だ。ミルコ「誰?」
わあっと歓声を上げて散っていく子供達。
ミルコ「まだだ」
一人逃げずに残っていたミツトシのところへやって来るミルコ。
ミルコ「最近見る夢はこういうのが多いの、夢にね、もう一人自分が出てくるの。普通夢って目の前で起こることが見えるでしょ。でも、私の場合、私の目の前に私がいるの、何だか、自分が次第にあの体から遠ざかっていくようで・・・ミツトシ君はどう?」
ミツトシ「そういう夢ってあんまり見ないな」
ミルコ「でしょうね」
ミツトシ「・・・なぜ目を覚まさないんだ」
ミルコ「ちょっと休みたいの・・・ここはいいわよ、もう会えないって思ってた人や、もう行けないって思ってた所へ行けるの・・・さっきもね、夢に英明君が出てきたの」
ミツトシ「英明君?」
ミルコ「私の小学校二年生の時のボーイフレンドよ」
ミツトシ「そんな話、初めて聞くぞ。そんな奴の事、一度も俺に言わなかったじゃないか」
ミルコ「もう、二年も前の話よ。私だって忘れていたわ小学校二年の運動会が終ってすぐ転校していったんだけどね。最後の引越の日に、お別れを言いに行ったら、毛布でくるんだタンスの影でキスしてくれたのよ」
ミツトシ「キス! キスって何だよ」
ミルコ「キスはキスよ・・・でも、本当に、すっかり忘れていたわ、さっきの夢にふらっと現われるまではね。英明君、全然変わってないんだもん、びっくりしちゃった。毛布でくるんだタンスの影でキスしてくれたときから全然成長してないのよ。背なんかこんなに小っちゃくって、夢の中に閉じ込められているみたいで」
ミツトシ「俺がもし今、お父さんの仕事の都合で転校して、どこかよそへ行ってしまったら、今この姿が、君の中に残るんだろうな。この先、何年経っても、何十年経っても、君の夢には、この姿のままで出てくるんだろうな」
ミルコ「そうよ、きっとそうよ」
ミツトシ「ミルコの夢の中だけじゃなくって、いろんな人の夢の中に、その時々の姿で残っているんだろうなあ、いろんな人の夢の中で、喋ったり動いたりしているんだろうなあ」
ミルコ「そうね、きっとそうね」
ミツトシ「何だか、ほっとするよ」
ミルコ「起きて、目を覚ましている間にその夜見る夢の材料を集めているのよね、起きているっていうのは、それだけの事なのよ」
ミツトシ「ミルコ」
ミルコ「なに?」
ミツトシ「でも、ここにいると、眠り疲れて、起きることを忘れてしまわないか?」
ミルコ「わかってるわよ、そんなこと、うたた寝が熟睡に変り、今また、こうして、レム睡眠の中を漂って・・・ミツトシ君、知ってる? 夢と睡眠はそれほど仲のいいものじゃないのよ。悪い夢を見て、目が覚めるっていう事もあるのよね。夢が目を覚まさせるのよ」
ミツトシ「その夢を待っているのかい、目を覚ましてくれる夢を」
ミルコ「そうね、そうよ、待っているのよ」
ミツトシ「なぜそんな夢が見たいんだ?」
ミルコ「そんな夢でも見なければ、踏ん切りがつかないのよ、目を覚ました途端に、また、あの変りばえのしない毎日が待っているんだもん、私だけじゃないわ、みんな、悪い夢をどっかで見たがっているの。皆がどこか心の隅で、願ったら、きっと見れると思うよ、誰ひとり手を汚すことなく、悪い夢が見えるのよ・・・ミツトシ君は、見たいと思ったことないの?」
ミツトシ「長い眠りに落ちていると、スイマーという悪魔が、楽しい夢を運んできて、その腕にしっかりと抱きしめて、離さない。スイマーには気をつけろ。と、このドリームダイブグッズの説明書に書かれていた」ミツトシ、ミルコをその腕でしっかりと抱きしめる。
ミツトシ「さあ、目を覚まそう」
ミルコ「どうしたのミツトシ君」
ミツトシ「オレがその悪い夢だ」
ミルコ「!」●難破船上
難破船を捜査中の刑事Aと刑事B
刑事B「何も自分でこんな所まで登らなくったって、間もなく詳しい報告が届くじゃありませんか」
刑事A「バカヤロウ、刑事ってのはな、こうやって事件の現場を足で歩いて、靴を履き潰すのが仕事だ」
刑事B「難破船によじ登って、何があるんですか?」
刑事A「難破船になぜ登るのかって? そこに難破船があるからだよ」
刑事B「こんな人の下で働いていると、靴よりも先に神経が磨り減るなあ(と、悩む)」
刑事A「おい、こんな所で寝たらあかん、寝たらしまいや」
刑事B「寝てません」ミルコ登場。
ミルコ「サーファーの彼を持つと、浜辺での待ち時間が長いのよね」
刑事A「何だこいつは」
刑事B「どうやって上がってきた」
刑事A「子供が入っていい所じゃないんだぞ」
ミルコ「彼、波に乗ってやってきたの」
刑事A「彼?」
刑事B「彼って、サーファーなのか?」
刑事A「サーファー? そうね、サーファーよね、難破者だし」
刑事B「どうやらこの難破船、新しいデートコースになっているようですね」
ミルコ「オジさん達こそ、ここで何してるの?」
刑事A「我々はこの粗大ゴミを放置した奴を捕まえねばならんのだ」
刑事B「こんな所に乗り捨てられて交通の邪魔だ」
ミルコ「乗り捨ててあるんなら、こんな所、いくら探しても捕まえられないんじゃないの?」
刑事B「やっぱり君もそう思うか?」
ミルコ「難破船に登って何があるの?」
刑事A「犯人は必ず現場に立ち戻る」
ミルコ「そうかしら」
刑事A「そうだよ」
ミルコ「立ち戻って、どうするの、この船に乗ってまた帰っていくのかしら」
刑事A「さあな」
ミルコ「この船、いつからここにあるの?」
刑事B「あの日、あの夜の、シオ時からだ」
刑事A「あの日突然やってきた」
ミルコ「じゃあ、新星みたいなものね」
刑事B「新星!」
ミルコ「街の新星よ、ある日突然、街角に現れた新星なのよ」
刑事A「お前、知っているのか? なあ、知っているんだろ、十二方位へ散っていった奴等はどこにひそんでいるんだ」
ミルコ「今頃、陸サーファーにでもなっているんじゃないですか」
刑事B「無責任なことを言うな」
刑事A「難破船から降り立った十二人のサーファーと、サーフボードを抱きかかえて、他人に迷惑かけながら電車に乗ってるサンダルばきのサーファーをどうやって見分けりゃいいんだ」
ミルコ「サンダルばきのサーファーなんて、波乗りしたって日本の波、大したことないわ」
刑事B「十二人のサーファーが乗る波は?」
ミルコ「時の高波、流れ続ける」ミツトシの影、登場。
ミツトシの影「輝いて、輝いて、輝いて、そのあげく緩やかに減光していく新星は、再び目に映らぬ星となるのか?」
ミルコ「ミツトシ」
ミツトシの影「輝きを失った星が僕等だ、新星転じてダークスター、僕等ダークスターはサーフボードを操って、時の高波すべってく波が来るぞ」
ミルコ「ビックウェンズデイよ」
刑事A「ダークスター」
刑事B「新星転じてダークスター」
ミルコ「波が来るわ」
ミツトシの影「チョコレートサンデーだ」
刑事A「(刑事Bに)おい!」
刑事B「はい」
刑事A「逃がすな、奴だ、奴があの日、あの夜のシオ時に、難破船から降り立った十二分の一だ」
刑事B「はい」
ミツトシの影「輝いて、輝いて、きら星のごとく輝いて、ある日ダークスターにすり変わる、それが新星の宿命だ」
刑事A「そこまでだ」
刑事B「闇を走るこねずみめ」ミツトシの影、刑事A・刑事Bに掴まる。
●街ヲカコウ
刑事Aと刑事Bに取り調べを受けているミツトシの影。
刑事B「何しに来たんだ」
刑事A「残り十一人の居場所はどこだ」
ミツトシの影「こっちもオジさん達に用はない、オジさん達に呼ばれて、わざわざこの街までやって来たんじゃない」
刑事B「じゃあ、誰だ、誰に頼まれたんだ」
ミツトシの影「郵政省発行の郵便白書になると、人が長い手紙を書く一番多い時間帯は、午前二時半から四時半の間だ」
刑事A「午前二時半から四時半の間ってえと」
刑事B「丑満を過ぎて」
刑事A「シオ時か」
ミツトシの影「シオ時、それが人が人を恋しくなるゴールデンタイムだ」
刑事A「例えばシオ時の波が引き、人が人恋しくなったとしても、誰がお前達を呼ぶというんだ」
ミツトシの影「教えないよ」
刑事B「何?」
ミツトシの影「いわないもん」
刑事A「面白いじゃないか、どうなってもいいんだな」
ミツトシの影「何だそれは」
刑事A「法が守ってくれるなんて思うなよ」
刑事B「何をやってもいいんだぜ」
ミツトシの影「法が守ってくれなくっても、僕には包囲がある。十二方位に散らばって、街を囲う包囲がある」
刑事A「その方位はどの方向だ」
ミツトシの影「よく考えろ、掴まっているのは誰だと思っているんだ」
刑事B「何だと」
ミツトシの影「君達は包囲されているんだ、無駄な抵抗はやめろ」
刑事A「街を囲う?・・・」
刑事B「えっ?」
刑事A「街をかこう・・・そうか、下降してるのか、潜っていたんだな、街の下に」
ミツトシの影「そうだこの街の下、まどろみの中に潜っている、見つけられるはずがない」
刑事B「まどろみへ潜る?」
ミツトシの影「簡単さ、寝息を立てて、一気に沈んでいくんだ、まどろみのシオが満ちるときに」
刑事A「まどろみのシオが満ちるのは?」
刑事B「一日二回、夜明け前と、日没前です」
刑事A「日没前ってえと」
刑事B「丁度メシドキ前の」
刑事A「アクドキですね」
ミツトシの影「そのアクドキだ。夜明け前のシオドキが、人が人を恋しくなるゴールデンタイムなら、アクドキは、人が不安に身をよじらせるゴールデンタイムだ、何かが起こりそうな予感を胸に抱き日が沈んでいくんだ」
刑事B「毎日、日が沈むたびに、何かが起こっていたら、おちおち生きてられないだろう」
ミツトシの影「日は沈み、何事もなく、そこにただ予感が残る。残った予感を誰かが蹴り上げた」先生とオジさん登場。
先生「蹴り上げられた予感は、宵の空へ、高く高く上がっていった」
オジさん「もう、誰にも止められない。逃げて逃げて隠れるしかない」
刑事A「そしてあの難破船が現れて、おまえ達十二人が降り立った」
ミツトシの影「街の栓を抜かんがために」
刑事B「呼んだのは誰だ」ミルコ、スッと現れる。
ミルコ「都、水陥つる時、朽ちた船墓標のごとくさざ波に浮かび、震える子ら、夢を走る、そう、私は難破船から降り立った、十三人目の子供」
ミルコの後ろに、難破船から降り立った、子供達が現れる。
子供達「待たせたな、ずいぶん長い間待たせたな、我々が、十二方位の街の包囲だ」
ミルコ「やってきたのよ、期待通りに」
刑事A「何かが起こる、その何かは、お前だったのか」
オジさん「期待が不安に取って変わった」
刑事A「何?」
オジさん「天頂にある時はピンポン玉のような太陽が、その身を西の地平線に沈めるとき、いつしか、何千何万倍もの大きさに膨れ上がり、怯え、どよめき立つ空気が、その輪郭をうねらせる。このとき、この瞬間に、不安が期待にすり変わる」
ミツトシの影「その期待が難破船の錆びついたコンパスに伝わった」どーんという地響きのような音。
ミツトシの影「合図だ」
オジさん「街の栓が」
刑事A「栓が抜けたぞ」
刑事B「どこの栓だ」
ミツトシの影「山の手線だ」続いて、ドーン、ドーンと立て続けに栓が抜けていく。
刑事B「こっちも抜けたぞ」
宅急便屋「銀座線か」
ミツトシの影「千代田線だ」
刑事A「東西線だ」
ミツトシ「丸ノ内だ」
ミルコ「街の栓が抜け、吹き上がる水の柱が、天頂で砕け、雨となって降り注ぐ」
刑事B「街の終りってこんなふうだったんですね、僕はまた、ミサイルが飛んできて、核戦争になって終るものだとばっかり思っていましたよ、街の終りに降って来るのは、ミサイルじゃなくって雨だったんですね」ふたたび栓が抜ける音。
宅急便屋「新宿線だ」
刑事B「有楽町線が」
ミルコ「難破船が」
ミツトシの影「何?」
刑事B「難破船だ、難破船が動き始めた」
刑事A「誰か乗っているのか」
ミツトシの影「誰も乗っちゃいないさ、シオ時の波に乗っているんだ」
オジさん「箱舟のようだな」
ミルコ「かもしれない」
刑事A「誰も乗らない箱舟か」
刑事B「誰一人、人の乗らない箱舟と、水に呑まれる街中を漂う難破船とをどうやって見分けるんだ」
ミルコ「箱舟はもう一度やり直す、再生目差して進んでく」
刑事B「難破船が目差す先は?」
ミツトシの影「新星だ、輝いて、輝いて、輝いて、そのあげく緩やかに減光していく新星だ」●夢中デ眠レ
ミルコの子供部屋。
いくつかのヌイグルミに囲まれて寝ているミルコ。
そこへ雨が降り始める。
次第に激しく。
学習机は小さな本棚にも雨が降り注いでいる。
舞台中央に、缶が蹴り込まれる。
わあっと飛び出してくる子供達(スローモーションで)歓声を上げながら思い思いの場所に隠れる。
起き上がってくるミルコ。
ヌレネズミになっている。
ベッドの横、深夜の廃品回収屋さんが置いていってくれた赤い大きな傘をさす。ミルコ「(拳を突き出して)この手の中に全てはあった。感情線だ。頭脳戦だ。生命線だ。切れかかった生命線だ。
子供の寿命は短い。
子供が死ぬのは夜だ。
一夜のうちに降るように襲い来る。
眠らない子が増えたのはそのためだ。
けれど、眠らずに何日生きられるか。
どちらにせよ、子供の寿命は長くはない。気がつけば夜。
気がつけば朝。
その中で、不安に胸ときめかせ、
街で遊べば、
気がつけば夜。
気がつけば朝。
時間が雪崩ていく。
子供の時間。
私の時間。
もう誰にも止められない。
痛み始めたこの胸に抱き込んで。
私の私。
夢中で眠れ。
私の私。
今、夢中で眠れ。
今、夢中で眠れ。
夢中で眠れ。
夢中で眠れ
夢中で眠れ
夢中で眠れ
夢中で眠れ
夢中で眠れ
夢中で・・・・・そして、蹴り込まれた缶を舞台の中央まで持ってくると、足を使って器用に立てる。
降り続く雨の中、白桃の缶に足を載せて、ミルコ「もういいかい? 羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹、羊が五匹、羊が六匹、羊が・・・・」
やがて土砂降りの雨の中、大いなる深き眠りに墜ちていく女の子が一人。
同じ雨の中、目覚める女性が一人。
暗転。1987.9.30脱稿 じんのひろあき