『メイドイン香港』

客電が落ちて。闇のまま。

中西「アヘン戦争後の一八四二年の南京条約でね、香港島がイギリスに割譲され、

 一八六十年の北京条約で九龍の先端部も割譲。

 さらに、一八九八年の九龍租借条約により、大陸を地続きの新界地区が、

 九十九年間の租借地となった。その新界地区の租借期限が切れるために、

 イギリスは一九九七年七月一日に、香港を中国に返還する事になった。

 それによると、香港は、特別行政地区とし、香港人により、行政府が構成され、

 外交及び、国防以外の自治権を持つ事になる。

 しかし、一九九七年。突如、香港独立戦争が勃発した」

  と、明かりがつくと、そこは第一菊販売の香港社宅居間。

  椅子に中西が座っていて、伊東、吉田が立っている。

吉田「香港の歴史はよくわかりましたが、なんで、うちの社宅が

 野戦病院にならなきゃなんないんですか?」

中西「う~ん、いい質問だ」

吉田「で?」

中西「戦争が始まったんだよ」

吉田「どこで?」

中西「ここで」

伊東「どことどこが?」

中西「香港の人と中国の人」

伊東「どうして?」

中西「香港が独立戦争を起こしたんだよ」

伊東「香港と中国?・・・え?」

中西「そう・・香港と中国」

伊東「どうして?」

中西「だから、よくわかんないけどね・・」

伊東「だって、ここは、うちの社宅なんですよ」

中西「この丘の上には、まともな家はここしかないだろ」

伊東「だってここは社宅なんですからね。あなたは、なんなんですか?」

中西「私か?」

伊東「ええ・・・」

中西「医者だ」

伊東「医者?」

中西「外科医だよ」

伊東「どこの?」

中西「ここの・・」

吉田「外科医だ?」

伊東「だから、ここはうちの社宅なんですよ」

中西「それはわかっているが、まず、ここに住んでいる君達の承諾を得ておきたかったんだ」

吉田「承諾得ません」

中西「気持ちはよくわかるよ・・・だが、決まった事はしょうがない」

伊東「決まった事はしょうがないって・・じゃあ、承諾しなくても決まっちゃったんですね」

吉田「僕は今承諾得ませんっていったのに・・」

中西「だからいってるだろ。気持ちは良くわかる・・だが、今日からここは野戦病院だ」

伊東「じゃあ・・じゃあ、百歩譲ってですよ。

 ここが野戦病院だとしましょう・・患者はどこに寝るんですか?」

吉田「そうですよ、こんな所に・・」

  と、羊田が、蒲団抱えて入って来る。

羊田「中西先生・・蒲団見つけましたよ」

吉田「蒲団って・・ここに患者を寝泊まりさせるんですか?」

羊田「ああ・・これね、俺が寝るの」

吉田「ああ・・僕の毛布!」

  と、吉田、蒲団の中から毛布だけを引き抜く。

吉田「やめて下さいよ」

  と、その毛布の中から、デラベッピンが2冊落ちる。

羊田「もう僕の物とか、君の物とかなしね」

  と、山野内がペンキの缶下げて登場。

山野内「中西先生、赤、なかったんでこれでどうでしょ、なかなかいい色でしょ」

中西「これは赤に見えないぞ」

伊東「ちょっとあんた、それ、どっから持って来たの?」

中西「赤を探して来い」

伊東「(山野内に)質問に答えろ、質問に!」

山野内「これ、まさか錆止めだなんてね・・お釈迦様でも気がつきませんよ」

伊東「あんたそれ、どっから持って来たんだ?」

中西「まあ、仕方がないだろ」

伊東「質問に答えろ、質問に!」

  と、屋上に向かう山野内。伊東、それを追って出ていく。

  と、蒲団を引いている羊田に。

吉田「ちょっと、あんた、これ僕の蒲団ですよ。どっから出して来たんですか?」

中西「君・・」

吉田「出てって下さいよ・・信じられないな」

中西「君!」

吉田「え?」

中西「君だよ・・君、仕事は?」

吉田「菊の品種改良です」

中西「へえ・・珍しいね・・会社の名前は?」

吉田「第一菊販売かっこ株」

中西「第一菊販売・・・えっと、奥さんはいるのかな」

吉田「ええ・・日本に」

中西「美人かい?」

吉田「それほどでもないですけど・・」

中西「それほどでもない・・・子供はいるのかな?」

吉田「ええ・・男子が一人・・・」

中西「いくつ?」

吉田「3ヶ月です」

中西「生まれたばっかりだ・・何グラム」

吉田「3320です」

中西「おめでとう・・」

吉田「ああ・・・どうも」

中西「じゃあ、まだ顔を見た事ないんだ」

吉田「そうです」

中西「ふうん・・」

吉田「でも、今度の5月に長期休暇とったんですよ。それで、息子の顔を・・見に行こうかと・・」

中西「残念だな・・」

吉田「なにがですか?」

中西「しばらく香港から、一歩も出られないよ」

吉田「なんで?」

中西「戦争が始まったから」

羊田「まあ、そういうわけだ、よろしく頼むよ」

吉田「いつからですか?」

羊田「金曜日」

吉田「金曜日? 一昨日の?」

中西「急な話だよな」

吉田「急すぎませんか?」

中西「君達、金曜日の夜、なにしてた?」

吉田「金曜の夜ですか?」

中西「そう」

吉田「いつも通り、六時に会社が終わって、伊東さんとモツ鍋やることになったんです」

中西「ほお・・」

吉田「たまたま会社の崔さんから牛のモツもらったもんですからね」

中西「うん・・」

吉田「で、六時半ごろ、上水の駅の市場に買い物に行きましたね。

 青梗菜と韮と白菜。あんときはなんにもかわった事はありませんでしたよ。

 いつもの市場の様子でしたよ」

中西「六時半じゃ、まだ戦争が起こってないよ・・それで?」

吉田「七時半に帰って、ちょっと牛のモツを裁くのに時間がかかったんで、

 八時頃ですかね、ビ-ルで乾杯したのは・・・」

中西「なにかいい事あったのかい?」

吉田「え?」

中西「ビ-ルで乾杯?」

吉田「乾杯くらいしますよ・・・仲間が集えば」

中西「・・なにもなく乾杯してた・・」

吉田「(多少、怒って)なにもないけど乾杯してました」

中西「それが何時?」

吉田「八時くらいですかね・・」

中西「そん時!」

吉田「え?」

中西「八時零三分香港独立戦争勃発」

吉田「そんな・・」

中西「君達が丁度乾杯してた頃だな・・」

吉田「そんな、俺達が乾杯したから、戦争が起こったみたいな言い方しないで下さいよ」

中西「記念に残る乾杯になったね」

吉田「そういう自覚はないですけどね」

中西「TVや新聞は?」

吉田「新聞は取ってません。TVはファミコン専用です」

中西「普通のTVは見ないの?」

吉田「アンテナを来月買うつもりでした」

中西「(羊田に)なんだか、なにも知らない所に急に押しかけて来て、

 ずいぶん失礼だったみたいだな」

羊田「そうみたいですね」

吉田「充分失礼ですよ」

中西「ここから逃げようなんて思っちゃ駄目だよ」

吉田「どうしてですか」

中西「逃げらんないよ」

羊田「すぐ香港独立軍に見つかるよ」

中西「いいかい、香港は点在する島々の全部の面積を合わせても、

 東京都の半分の面積しかない。そこに六百万人の人間がひしめき合っている」

  と、羊田が枕、毛布、敷き蒲団で香港の地図を作っていく。

羊田「これが香港島、このあたりが九龍の繁華街、じゃ、これはなにになるかな?」

吉田「中国大陸です」

羊田「そう、ここが国境線になる」

中西「で、この国境と九龍の間・・・ここにこの社宅があるわけだ」

吉田「それくらい知ってますよ」

中西「まあ、いいから最後まできけって・・俺達が泊まっていたホテルがここ」

羊田「ペニンシュラホテル」

中西「一昨日の金曜の夜、君達がモツ鍋食ってる頃、丁度俺達も、海鮮料理食ってたんだ」

羊田「俺アワビに目がないから・・食った食った」

中西「腹一杯になってホテルに帰って来たら・・」

羊田「独立軍が踏みこんできて、銃つきつけられてさ。香港が独立する。

 お前らの医者としての技術を独立軍に提供するか、

 それともこの場で射殺されるのがいいかって・・」

中西「急な話だよな」

羊田「たどたどしい日本語で・・」

中西「三分、時間をやるっていわれたんだよ」

羊田「信じられる? 三分だよ、三分」

中西「俺、三秒で返事したもん」

羊田「中西先生の決断早いのうちの病院でも有名なんだよ」

吉田「返事って?」

中西「香港独立軍に参加しますって」

羊田「その場で射殺してくださいって奴はいねえよ」

中西「人間のイデオロギ-なんて、こんなもんだよ。生き残れるのはコロコロ変わる奴なんだよな」

吉田「本当に今、戦争中なんですか?」

中西「知らなかったろ」

吉田「全然・・・」

羊田「戦時中よ」

中西「でね・・俺達が医者だってわかったら、こうやって野戦病院をまかされたわけだ・・

 まあ、よろしく頼むよ」

吉田「よろしくってね・・・」

羊田「ここはなに? さっきの伊東さんちと同じ構造なわけね」

吉田「ええ・・」

羊田「第一菊販売っていうのは、儲かってんの?」

吉田「どうしてですか?

羊田「こんな社員寮が完備してて・・」

吉田「福利厚生が充実してるんで、この会社選びました」

羊田「すごいね。こんな社宅がもらえるんだ」

吉田「望んで来た、海外単身赴任じゃないですよ・・プライバシ-くらいは尊重してもらわないと・・」

中西「プライバシ-なしね」

吉田「へ?」

中西「今からプライバシ-なしね」

吉田「そんなぁ・・」

中西「よし、それでは、こちらを我々の居住空間にして。向こうの部屋を、病室兼診察室とするか」

吉田「・・・・」

中西「わかったら、返事してね」

吉田「あ・・はい」

中西「よし・・(と、立ち上がり)伊東君ちに自分の場所を確保しなきゃね」

吉田「あ、いや、今の『はい』って言うのはですね、了解したって言うんじゃなくってですね、

 つい、つられて『はい』って・・・」

  と、中西は構わず立ち去る。

吉田「あ・・ああ・・俺の人生いっつもこんなかよ」

  と、伊東が帰って来る。

伊東「(と、吉田を見つけ)吉田君」

吉田「伊東さん・・どこ行ってたんですか、こんな大事な時に」

伊東「金曜の夜だってな・・(と、床の地図を示し)これは? なに?」

吉田「いや・・これは・・これが香港島で、こっちが九龍・・

 (と、敷き蒲団を示し)これ、なんだと思いますか?」

伊東「中国大陸?」

吉田「そうです・・国境がこの辺で、だから、うちはこの辺なんです」

伊東「そのうちの回りにさ・・こんな赤十字いっぱい描いてんの」

吉田「赤十字? 野戦病院だからって?」

伊東「そう・・」

吉田「会社に・・会社はどうなってるんでしょうね」

伊東「会社どころの騒ぎじゃないぞ・・

 バウンダリ-の研究所に日本人は俺達二人しかいないんだからな」

吉田「みんな敵かよ」

伊東「吉田君・・ちょっと、生き抜くために作戦会議しよう」

  と、山之内がやって来る。伊東と吉田は居場所がなくなり、寝室へと向かう。

  山之内、二人が消えた寝室のドアに耳を寄せていると、羊田が帰って来る。

羊田「おお・・終ったか?」

山之内「ええ・・終りました・・」

羊田「何やってるんだ・・」

山之内「いえ・・・・」

  と、羊田が座るテーブルの方に戻って来る。

  やがて、中西が帰って来る。

中西「しばらくは、ここで暮らせそうだな」

山之内「思ったより、広い家でよかったですよね」

中西「うん・・まちがいないかったな・・ここを選んでおいて・・」

羊田「山之内」

山之内「はい・・」

羊田「おまえ・・病院でレントゲン撮ってるときより、ずいぶん楽しそうだな」

山之内「そう見えますか? そんなことないですよ」

  と、隣の寝室から、伊東と吉田の相談する声が聞こえて来る。

伊東「どうしようか?」

吉田「どうしようって・・・」

羊田「(山之内に)おまえ、この状況をわかってるのか?」

山之内「わかってますよ・・戦争ったらね、怪我人大勢来るんでしょ。先生達も大いそがしでしょ・・」

羊田「中西先生」

伊東「まいっちゃったな・・」

羊田「困ったもんもんですね」

中西「何人いたっけ、あの住人の二人をのぞいて・・」

山之内「向こうで、今、診察室作ってるのが、四人です」」

羊田「機材が本当に、応急処置の分しかありませんね」

中西「応急処置だけしてればいいみたいだよ、ま、本格的な治療やリハビリは、

 香港の病院に運んでからだろ」

吉田「伊東さん!」

羊田「なるほどね・・」

中西「助けられるものだけ、助けてればいいみたいだよ・・ヘリで運ばれて来る患者の中から・・・」

羊田「そりゃそうですけどね・・・」

中西「野戦病院ね・・・」

羊田「夢にみた病院長じゃないですか・・」

伊東「こっちの家を提供して・・・」

吉田「こっち?」

中西「バカ言え・・」

羊田「中西先生・・いつまでここにいるつもりですか?」

中西「戦争が終るまで・・」

伊東「話つけてきてよ、吉田君・・・」

吉田「なんで? 話せないですよ・・」

山之内「すぐ終りますよ、こんな戦争」

中西「そうかな・・」

山之内「だって、こんな資源もなにもない国が、戦争を続けられるわけないじゃないですか・・」

  と、伊東が出てきて、

伊東「あのう・・・向こうの僕の家を、野戦病院として提供します。

 そのかわり、こっちは、僕と吉田君が住みますんで、出て行って下さい」

吉田「お願いしまーす」

中西「そうはいかないよ」

伊東「向こうに一緒に住めるじゃないですか」

中西「向こうは病室兼診察室」

伊東「僕達だって、譲歩して、向こうを提供するって言ってるんですよ。素直に出て行って下さいよ」

中西「そう言わずに、一緒にやって行こうじゃないか」

羊田「向こうはそのうち患者であふれ返っちゃうよ」

山之内「そうですよ・・・無茶いわなでください」

吉田「無茶いってんのはそっちじゃないですか」」

伊東「あふれかえるまでは、向こうに住めるじゃないですか」

吉田「こっちは僕たち二人で住みますから、あなたがた三人で住めばいいじゃないですか」

中西「三人だけじゃ、野戦病院になんないだろ」

吉田「じゃ、何人来るって言うんですか」

中西「まだまだ続々来るよ」

  と、坂田が寝室から出て来る。

坂田「気持ち悪い」

伊東「何だ、この女は?」

吉田「続々来るな・・」

中西「まだ治まらないのか?」

坂田「吐きそう・・ウッ!」

伊東「とっとっとっ」

吉田「トイレ! トイレこっちですよ」

伊東「なんなんですか、この人は?」

中西「俺の女房だよ」

伊東「え-っ、なんで女房がこんな所にいるんですか?」

中西「去年のうちの病院のクリスマスパ-ティのビンゴで当たったんだよ。

 ギリシャ、ロ-マ、ホンコン、マカオ2週間の旅」

吉田「ビンゴだぁ! ビンゴに当たって香港か! あんたたちは!」

中西「そうだよ」

吉田「こっちは仕事できてるんだよ。イヤイヤ、息子の顔も見ずにね・・それでこのザマか!

 なんなんだ、あんたたちは・・香港だ?」

坂田「だから私は最初っから、こんな旅行なんて行きたくないって言ったのよ」

中西「そんな事言っても、しかたないだろ」

吉田「仲間割れか、それで」

坂田「帰りましょうよ」

中西「もうよさないか、それ言うのは」

坂田「いつまでここにいるのよ」

中西「戦争が終わるまでだよ」

坂田「いつになったら終わるの?」

中西「わからないよ、そんな事は」

吉田「クリスマスにビンゴだ?

 俺達はクリスマスも、伊東さんと二人で、寂しくチャンコ鍋食ってましたよ」

坂田「・・気持ち悪い・・」

吉田「チャンコ嫌いですか?」

伊東「(中西に)あんた、医者なんでしょ、気持ち悪いって座り込んでるんですから、

 診てあげればいいじゃないですか」

中西「もう診たさ・・」

伊東「じゃあ、なんで?」

中西「処置なしだよ・・・こいつの場合は、精神的なショックから来てるものだからね・・こいつの場合」

羊田「自家中毒症状ってわかる?」

山之内「安静にしてるのが一番ですって・・

 (と、吉田の寝室を示し)そっちが寝室になってるみたいだから、休んでる方がいいですよ」

吉田「俺の寝室」

中西「安静にするしかないんだよ、この家を自分の家だと思って、のんびりしてればいいんだよ」

伊東「なに言ってるんですか、あんたは! 何がのんびりですか!」

羊田「病人に当たってもしょうがないだろ」

  と、石川が出窓から、顔を出す。

石川「すいません。一応向こうの部屋に医療器具の搬入はしときましたけど・・

 これも向こうに置いといていいんですか?」

山之内「じゃあ、俺行きます」

羊田「なに?」

山之内「形成回りの割れ物です」

羊田「じゃあ・・俺んだな・・・場所わかるか?」

  と、羊田と山之内、出ていく。

吉田「(石川に向かって)なんですか、あなたは?」

伊東「な? だれだあいつは?」

坂田「帰りましょうよ」

中西「戦争が始まった時、一番安全なのは、赤十字の病院なんだよ」

坂田「帰りましょうよ・・こんなとこにずっといるのは・・」

伊東「こんなとこで悪かったね」

坂田「赤十字だったら安全なわけ?」

中西「そう、安全なの。赤十字を背中にしょっていれば大丈夫なの」

吉田「それはナイチンゲ-ルで俺も読んだよ」

坂田「だったら、赤十字ごと逃げればいいじゃない」

伊東「あ、俺、それ昔映画で見た事がある・・遠すぎた橋・・

赤十字のトラックがドンドンドンって・・移動していく奴」

吉田「なんですか、ドンドンドンって」

伊東「その時掛かってた音楽」

坂田「攻撃されてました?」

伊東「攻撃されてなかった・・」

吉田「本当ですか? 伊東さん、これ映画じゃないんですよ」

坂田「じゃあ、大丈夫じゃないの。赤十字をトラックに描いて逃げれば逃げれるじゃないですか?」

伊東「どこでもこの旦那連れて逃げて下さいよ」

坂田「すいません、香港の地理がいまいちよくわからないんですけど」

吉田「奥さん、これが香港島」

伊東「これが九龍を中心とする香港」

吉田「これが中国、国境はこの辺で、家はここです」

坂田「じゃ、ここから、日本の方の海まで逃げて、そっから船で逃げる」

吉田「船? あるんですか?」

坂田「船・・ないかな」

中西「海上封鎖されてるよ」

坂田「海上封鎖?」

中西「そう。香港島と九龍の海には、機雷がプカプカ浮いてるよ」

吉田「本当ですか?」

中西「俺が戦争するんだったら、そうするね」

坂田「だったら、海上封鎖されていない、こっちの海の方から、いったんインドに逃げる」

中西「そっちはマカオ」

坂田「そう、マカオに逃げればこっちのもんでしょ」

伊東「マカオに行く船っていうのは、確実にあるんですか?」

坂田「・・・・出す!」

中西「誰が?」

坂田「誰か船の運転できる人は?」

  一同シ-ン。

吉田「残念ながら、ここにはいないみたいですね・・」

坂田「海が駄目なら、空があるじゃない」

中西「飛行機がどこから飛ぶの?」

坂田「飛行機はちょっと大きくて目立つから・・」

中西「目立つよ」

坂田「ヘリコプタ-」

中西「ヘリコプタ-がどこにあるの?」

坂田「ないかな・・」

伊東「それも出すんですか?」

中西「そりゃ戦争中だからヘリコプタ-の一機や二機はあるだろうけど、

 それをどうやって君が手に入れて、それを操縦して、日本に帰ろうってわけ?」

坂田「私だって、一生懸命考えてるんだから・・」

吉田「大変ですね、おたくも・・・」

中西「ここが危ない香港の中では、一番安全なの」

坂田「ここが?」

伊東「いいよ、いやだったら出てっていいから・・」

中西「いや、もうそういう話はいいんだよ」

坂田「九龍がそんな調子なんだったら、反対の方に行けば逃げられるんじゃないですかね」

吉田「反対の方って、中国大陸ですか?」

坂田「でも、中国って、日本と日中平和条約ってのを結んでるから・・香港よりも・・ねえ・・」

伊東「ねえって、あんた」

坂田「中国軍の人に助けてもらうってのは? だって、私達日本人なんだから・・

日本人だったら、攻撃されないんじゃないかな・・」

吉田「どうやってアピ-ルするんですか? 顔なんてあんまりかわんないでしょ?」

坂田「英語は通じるんじゃないかな」

吉田「英語通じるの?」

坂田「英語はだって、世界共通語だから・・」

伊東「(坂田に)英語できるんですか?」

坂田「中学程度ですけど・・」

吉田「高校は?」

坂田「行きましたよ・・大学だって出てますよ、フェリスですけど」

伊東「じゃ、なんで中学程度なんですか?」

坂田「通じればいいんでしょ?」

伊東「中国人はね・・この前TVで見たけど、字書けない人がね七十パ-セントもいるんだよ。

 英語が喋れるわけないでしょ」

坂田「それ、昔の話じゃないですか?」

伊東「そうだよ、2、3年前の話だけどさ・・でもね、そんな、二、三年で、

 国民の七十パ-セントがい きなり字が書けるようになるとは思えないでしょ」

坂田「でも、海も空も駄目だったら陸しかないんだからさ・・やっぱり香港人よりは、

 中国人の方が」

伊東「どこが違うんですか」

坂田「違うから戦争してるんでしょ?」

伊東「違うよ・・あんたなんにもわかってない」

坂田「だって、日本人同士戦争はしないでしょう?」

伊東「昔はしてたでしょ?」

坂田「今はしないでしょ?」

伊東「じゃあ、なんで朝鮮半島で喧嘩して、あんな二つになっちゃったのよ」

吉田「もういい、もういい、そんな説明はいい!」

坂田「絶対、中国が安全ですよ」

中西「とにかく、ここにいる方が安全だから、逃げるなんて考えない方がいいよ。

 俺はお前のためを思って言ってるんだぜ・・これでも」

坂田「じゃあ、いつまでここにいるの?」

中西「そんな先の事はわからないけどね・・」

坂田「でも、みそとか・・やっぱり日本じゃないとね・・(伊東達に)味噌はあります?」

伊東「ここにはありますよ」

吉田「あげないけどね・・これは僕と伊東さんの物ですから・・」

坂田「あなた、朝味噌汁がないと暴れるじゃない」

中西「いいよ、いいよ、俺は我慢するから・・」

伊東「何ですか、あばれるって」

 

  暴れるマネする坂田。

中西「中国ね・・遠いぞ」

坂田「でも、いけない距離じゃない・・」

吉田「そう思うな、俺も・・」

坂田「トラックもある事だし・・」

吉田「皆さんで、ドンドンドンって」

坂田「トラック1台で、赤十字の旗をつけて・・行きましょうか・・」

中西「国境の河は?」

坂田「河? 河があるの?」

中西「しんせんの河」

坂田「揚子江みたいに広いの?」

中西「全然(そんな事はない)」

伊東「橋が架かってるんですよ」

吉田「そうそう、鉄道が渡れる鉄橋があるはず」

坂田「じゃあ、車も渡れるじゃない」

伊東「そのはずですよ」

坂田「あ、でもビザは?」

伊東「戦争やってるのにビザはいるんですか?」

吉田「細かいとこ、気がつきますね」

  と、山之内がやって来る。

山之内「中西さん、援軍が到着しました」

中西「来たか」

山之内「看護婦さんが来ましたよ。女の子がいっぱい」

吉田「なんですか? 看護婦って?」

  と、高橋、矢部、窪田の登場。

高橋「失礼ます」

矢部「失礼します」

窪田「失礼します」

山之内「こちらが病院長。こちらが看護婦さんです」

矢部「よろしくお願いします」

高橋・窪田「よろしくお願いします」

中西「こちらこそ」

高橋「あたし、あの、独立軍から言われてやってきました。お話は伺ってます」

中西「で、君達はどっからきたんだい?」

矢部「ヘイチンロウからやって来ました」

伊東「横浜の?」

矢部「違います」

中西「君はどこから来たの?」

高橋「私は中国から香港に渡る時・・」

坂田「中国からきたんですか? やっぱり中国に行けるんですね」

高橋「中国行けませんよ」

坂田「どうして?」

高橋「爆破されちゃったんですよ」

伊東「バクハ?」

高橋「中国と香港をつなぐ橋が爆破されちゃったんですよ。ご存じないんですか?」

坂田「いつですか?」

高橋「昨日の朝」

吉田「昨日って・・」

坂田「土曜日の朝?」

高橋「そうです」

伊東「本当に遠すぎた橋になっちゃったね」

高橋「あの、関所みたいなところももうないんですよ」

坂田「イミグレーション?」

高橋「それも、あったんですけど、なくなったみたいです。中にいた人も全滅したみたいです。

 私、香港は予定に入ってなかったんですけど、卒業旅行で、しんじゃったら、

 なにから卒業するのかわかりませんよね。

 そんな事どうだっていいんですけど、大変なんですよ」

坂田「どうだってよくないんですよ」

  と、矢部とリンダに支えられて入って来る満田。

矢部「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

満田「あ・・大丈夫、大丈夫・・すみません、ちょっと横にならせて下さい」

吉田「うわ!」

満田「大丈夫です・・ちょっと撃たれちゃっただけですから」

一同「ちょっと撃たれた?」

中西「傷は? ここだけですか?」

満田「ええ・・そうです。あなたは?」

中西「外科医だ・・ちょっと見せてくれ」

  と、包帯を解き始める。

中西「弾は?」

リンダ「貫通しました」

矢部「綺麗に抜けてるそうです」

満田「大丈夫・・大丈夫」

中西「痛むでしょう?」

リンダ「でも、痛み止めをさっき打ってありますから」

満田「ええ、ちょっと(痛みます)」

矢部「さっき痛み止め打ったんですけどね」

中西「君達は看護婦なの?」

矢部「違います。ヘイチンロウでご飯を食べてたら、独立軍がやって来て・・・」

リンダ「ちゃんと応急処置はしてあります」

中西「そのようだな・・大したもんだ・・誰がやった?」

坂田「誰に撃たれたんですか?」

満田「香港独立軍とかいう奴等に・・」

中西「香港独立軍に?」

坂田「なんで撃つの? 独立軍が?」

矢部「協力を拒否したんです。独立軍に」

リンダ「そうですよね」

満田「そうです・・三分時間やるって言われて・・」

坂田「それで?」

満田「嫌だって言ったんです・・ザッツノービジネスオヴマインド。そしたら、いきなり」

  と、多賀登場。

多賀「診察室はどこだ?」

中西「となりの建物だが」

多賀「じゃ、隣に運んで」

伊東「あんたは?」

多賀「外科医だよ」

  と、多賀はける。

中西「運んで」

満田「すみません。すみません」

  と、満田と矢部リンダがはける。中西も後を追う。

  加藤が寝室から出て来る。

坂田「(加藤に向かって)おつかれさま・・・」

加藤「だいたい見終りましたんで・・・もう、日用品のリスト、独立軍に提出しちゃいますね

 (吉田に)タンスの上に鰹節のパックがいっぱいありましたけど、あれまだ使えますか?」

吉田「ええ・・・」

加藤「日本から送ってきたんですか?」

吉田「女房の実家が乾物屋なもんで、毎月、毎月・・」

加藤「ま、いいか・・それは・・」

坂田「あ・・ミソはありました?」

加藤「味噌は台所の流しの右下です」

坂田「右下?」

  と、台所に向かう坂田。

伊東「あなたに味噌はあげませんよ・・」

加藤「あ、それから向こうの部屋のほうですけど、ケバだった歯ブラシ捨てときました。

 石鹸も新しくしときました。カセットテープの中とケースの違ってるのもなおしておきました。

 私ああいうの駄目なんですよ・・あと、グレーの靴下片方結局なかったです。

 で、トイレットペーパーの芯捨てときました。

 トイレの方御自分で今日中に掃除しておいて下さい。じゃ、お願いします」

  

  と、部屋を出て行こうとする加藤。入ってきた石川が。

石川「日用品のリストできた?」

加藤「これです(と、見せる)」

  石川、それをめくって。

石川「安全剃刀は?」

加藤「なかったですけど、シェーバーならありました」

石川「シェーバー駄目なんだよな・・・」

加藤「じゃ、追加しときます・・」

  と、出て行く。石川、伊東と吉田の方にきて。

石川「・・あ、これからお世話になるそうで・・まいっちゃいますよね、

 いきなり怪我人で・・・ま・・よろしくお願いします」

  

  と、やって来る山之内。

山之内「女の子がね・・いっぱい来たんですよ」

石川「日用品は大丈夫そうだって」

山之内「そりゃよかった」

吉田「日用品って、うちのもんじゃない?」

石川「とりあえずですよ・・・」

伊東「食料はどうするんですか?」

石川「食料はあるそうです」

山之内「(布団を片付けながら)独立軍の人が言ってました。ここできちんと働いてくれるなら、

 困らないだけの食料や、その他、医療器具はもちろん、必要な物は用意するって」

石川「さっき、材料は届いたよ」

山之内「ええ? もう食料は届いているんですか?」

石川「そりゃそうだよ。だって今晩から、さっそく食事を作らなきゃ」

山之内「うわあ・・独立軍って太っ腹」

伊東「でも、協力を拒否したら、さっきここに運ばれてきた人みたいに、撃たれちゃんでしょ、

 見せしめに」

吉田「あれって、見せしめだったんですか?」

伊東「だって急所はずしてあるのは、素人が見ても明らかだろ」

石川「そういうわけみたいですね。協力すれば衣食住は保証。拒否すれば見せしめ」

吉田「なるほどね」

伊東「(吉田に)なるほどねじゃないよ。衣食住の保証って、

 衣食住の住は俺達の家を提供してるんじゃないか」

吉田「ああ・・そうだよ、そうじゃないですか」

石川「じゃ、俺、食料係やろうっと」

山之内「え、そんなの勝手に決めないで下さいよ」

石川「早い者勝ち!」

山之内「みんなで相談しないと・・添乗員さん・・話し合って決めましょうよ」

石川「さあ・・今日はなににしようかな」

  と、はけて行く石川。

  と、アリサ登場。

アリサ「扶君・・・片付け手伝わないで、どこプラプラ・・・」

  と、伊東と吉田を見つける。

アリサ「・・・・」

山之内「ここの大家さんです・・・」

アリサ「どうも・・・(と、辺りを見回し)ここ? 娯楽室って?」

  と、座り込み。

アリサ「ああ・・疲れた・・」

吉田「誰?」

山之内「いや・・僕の奥さんです」

伊東「は?」

吉田「なんだって?」

伊東「もうなにが起こっても驚かないぞ」

山之内「外科医なんです」

伊東「そりゃ良かったね」

山之内「まあ、同じ病院内でも、オフィスラブっていうのかな・・」

吉田「おまえはなんだよ」

山之内「東京医大で、レントゲン技師やってます」

伊東「ああ、そう」

山之内「同じ職場で見初めたっていうか・・」

アリサ「・・・・私、香港映画好きなんですよ」

伊東「は?」

山之内「一緒によく見るんです」

アリサ「アクション、すごいじゃないですか」

山之内「すごいですよね」

アリサ「スタントマンが命がけっていうか、命いらないみたいにやってるじゃないですか。

 あれ、スタントがかなりのお金になるんでしょ。

 だから、例えば高い所からおっこちて、アバラが内臓に突き刺さっても、

 次の日、また平気な顔して撮影所に出て来るって」

吉田「すごいな、それは!」

伊東「それで?」

アリサ「危険な事に対して、お金を払う側がいて、危険な事を顧みずやって、

 お金をもらう側がいる。これが香港でしょう」

伊東「ええ・・・」

アリサ「もしかしたら、この戦争も、そんな感覚でやってるんじゃないかなっておもうんです」

伊東「中国に呑み込まれていくのをよしとしない一握りの人間が、

 600万人の危険を顧みず金を稼ごうとする人間を雇って、戦争を始める。

 600万人の傭兵ですか」

アリサ「まあ、600万人の傭兵というのは極端な言い方かも知れませんが、

 戦争しにいくのも、香港映画で命がけでスタントするのも、

 そんなに彼らの中では変わらないでしょう」

伊東「そんな連中だから、協力しない者に対しては、容赦ないと」

吉田「でも、協力すれば、いい待遇が待っているわけでしょ」

伊東「まあね・・・頭では理解できるんですけどね」

山之内「でも、良かった。3分時間やるって言われて、いやだって言わなくって・・」

アリサ「よかったよ、本当に」

山之内「じゃあ、前向きに、独立軍に対して、働いている所を見せないと・・」

伊東「(アリサに)やっと、まともな話ができる人が出て来たな。

 一つ気になっている事があるんですけど、いいですか?」

アリサ「(うなづく)・・・」

伊東「普通、野戦病院というのは、戦争があって、その近所に応急処置の場所として、

 設営されるものじゃないですか?

 それなのに、この野戦病院は、戦闘が始まってもいないのに、

 先に設営されるっていうのは・・・」

アリサ「私も考えたんですけど・・・冷静になって考えてみると、

 今、香港が独立して国になるといったら、まず、何が起きるか?」

伊東「中国側と、イギリス側の鎮圧」

アリサ「それは国のメンツを考えればそうかも知れないけど、

 でも、民間人のレベルで考えると、多分最初に、中国の広東地域の連中が、

 みんな香港になだれ込んで来るでしょう。

 地続きの資本主義の国へ・・難民というか、移民というか、亡命というか・・・

 共産主義や社会主義は、あまり旗色がよくはないですからね」

伊東「じゃあ、今、香港は籠城しているって事なんですか?」

アリサ「そういう事でしょう」

伊東「その先になにがあるっていうんですか?」

アリサ「それはまだわかりませんね。

 このまま、独立宣言しました、新しい国を作りましたってだけじゃすまない事は確かでしょう」

  と、菅原が入って来る。

菅原「ここですか、落ち着ける空間ってのは?」

伊東「あんたは?」

菅原「いや、独立軍に銃を突きつけられた時には、どうなることかと思いましたが、

 ちょうど隣にいた、多賀さんが外科医だって言ったとたん、

 急に独立軍の待遇が良くなったんで、ついぼくも外科医だと言ってしまったんですよ」

山之内「じゃ、医者じゃないんですか?」

菅原「全然・・・アジアを放浪するルポライタ-です・・・しかし、キャメラを没収されたのがいたい・・」

  

  と、出て行く菅原。

山之内「山本さんちのペスに似てない?」

アリサ「似てる、似てる」

伊東「ペス? 」 

山之内「性格の悪いシバ犬がいるんですよ・・こんな・・」

  と、中西が帰って来る。

中西「島根で開業医をやっているらしい」

山之内「え?」

中西「さっきの外科医」

山之内「へえ・・・」

中西「しっかりしてるよ・・まあ、優秀な人が集まってくれると、助かるよな・・・看護婦の数も多いし」

山之内「みんな看護婦なんですか?」

中西「いいや・・・観光旅行できている女性ばっかだよ」

山之内「でも、手伝ってくれれば」

中西「どうだ?」

伊東「なにがですか?」

中西「住民の抵抗はまだ続くのか?」

伊東「別に抵抗してませんよ」

吉田「伊東さん」

伊東「なんだよ」

吉田「僕を裏切らないで下さいね」

伊東「なんでそんな事いうんだよ」

吉田「なんか、なんか、不安なんだな、伊東さんって」

中西「外科医がこうして揃っていく。

 銃で撃たれた怪我人は到着する。看護婦も来る。

 中国国境の橋は爆破されている。

 東京の面積の半分に六百万の人間がひしめく所じゃ、

 どこかにこっそり逃げ出すってわけにも行かない・・・納得したかい?」

吉田「ええ・・・まあ・・・」

伊東「頭ではわかっているんですがね」

中西「良く言えば慎重、悪く言えば強情だな」

伊東「・・・よく言われます」

中西「俺はたまたま外科医で、ビンゴで当たった海外旅行の最中に、戦争が起きた。

 その中で発生する怪我人の応急手当をしてやれる。俺にはそれができる。

 ここから出ていけない以上、それをするだけだ。この家、借りるぞ」

  と、中西出て行きかけて。

中西「千恵子先生・・診察室に私物はちょっと・・」

アリサ「私物、ボクが片付けるっていわなかった?」

山之内「片付けたけどなあ」

  と、アリサと山之内も中西の後を追って出て行く。
  伊東と吉田の二人っきりになる。

吉田「参っちゃったな」

伊東「吉田君」

吉田「え?」

伊東「戦争が始まったみたいだな」

暗転。

1幕目から6週間が経っている。

  マ-ジャンの卓を囲んでいる満田、伊東、坂田、石川。

  花札やっている高橋、丸山、吉田。

  菅原がルポルタ-ジュの記事を書いている。

  リンダがオカリナを吹いている。

  菅原が立ち上がって、手術室の様子を見に行く。

  が、やがて帰ってきて。

菅原「手術・・長引いてますね」

  

  誰も返事をしない。菅原しかたなく独り言のように。

菅原「外科医達は、ただマシンのように運び込まれる患者を治療して行く、

 いや、それは治療というよりも修理と言った方が似合っているかも知れない。

 彼らは修理され、また戦場へ送り込まれる、まるでマシンのように。

 僕らはその中でなす術がない、僕らはただ翻弄されるだけ、

 その影だけが僕らを追い続ける・・・(と、書き始める)僕らはただ翻弄されるだけ・・

 翻弄ってどういう字でしたっけ?」

高橋「今日もね、十人以上運ばれてきてたからね」

菅原「ああ・・そう」

高橋「・・また死人が出るのかな・・」

菅原「あ-」

坂田「今朝ももうすでに一人・・」

菅原「え?」

坂田「見に行ったら、冷たくなってたんですよ」

菅原「え? 本当?」

坂田「リ-チ」

菅原「俺知らなかったなあ・・」

坂田「いつ死んだのかもわからなかったんですよ・・ロン! あったりぃ・・」

満田「「ふざけんなよ」

坂田「メンピン一発二丁」

満田「あーあ」

坂田「八千!」

伊東「その言い方やめてくれる? すごく頭に来るの、その言い方・・」

坂田「早く・・いつもにこにこ現金払い」

菅原「(と、ノ-トに書き込む)本日未明、独立軍兵士、一命死亡・・一人プラスと・・」

伊東「何人になった?」

菅原「ああ・・ええっとですね・・この病院が創立してから、六週間で、二十三人、

 お亡くなりになりました」

伊東「へえ・・ずいぶんいったね」

菅原「いきましたね」

伊東「本当・・ルポは進んでる?」

菅原「ええ、毎日書いてますよ・・序章が終わって、第一章の途中です」

伊東「いいね・・」

菅原「ええ・・」

坂田「それって出版するんですか?」

菅原「ええ・・そのつもりですけどね」

伊東「売れるの、そんなの」

菅原「売れますよ。こう見えてもボクはねえ、第三十五回大熊源五郎賞を

 史上最年少で受賞したんですよ」

坂田「すご-い」

高橋「聞いた事ないな」

菅原「知らないんですか? 大熊賞はね、ノンフィクションライタ-の登竜門といわれる賞でね、

 あの北半球地獄めぐりで有名な、ジャッキ-堀川さんが、原発一発大爆発で受賞してるし、

 大河内欣也さんが、警察と暴力団の癒着を描いた『警察官やめられまへんな』で

 受賞したんですよ」

伊東「ふうん」

坂田「今書いてるルポのタイトルはなんなんですか?」

菅原「まだ決まってないですけどね」

坂田「私、出てますか?」

菅原「出てますよ」

坂田「本当に?」

伊東「でもさ、吉田君、あんまり死なれると、墓掘るの大変だよね」

吉田「そうですよね」

伊東「なんで俺達が墓掘らなきゃなんないのかな・・」

吉田「代えてもらえないかな、当番、そろそろ・・この三週間、

毎日一つないし、二つは掘ってるぞ」

高橋「だって、他に役に立たないでしょ、あんたたち」

吉田「やってみないとわかんないでしょ・・俺達最初っから墓掘りばっかだもん」

菅原「最近、サボってるでしょ」

高橋「最近サボってるよね」

坂田「サボってる、サボってる」

菅原「墓穴浅いですよ」

満田「日に日に浅くなってる」

丸山「匂うよ、最近」

坂田「ちゃんとやって欲しいなあ」

高橋「働いてくれないとさあ・・」

吉田「働いてますよ」

坂田「働け、働け」

満田「ホトケが浮かばれないよね」

吉田「ちゃんとやってますよ」

伊東「ちゃんとやってるよな」

一同「働け、働け」

満田「サボってるやつ、どんどん名前書いていいからね」

菅原「もう、実名で書いちゃいますよ」

吉田「伊東さんじゃないですか?」

伊東「なんだよ」

吉田「伊東さんですよ」

 気まずい沈黙がしばし。

菅原「見えすいた芝居が繰り返される」

  リンダのオカリナが寂しさを増す。

  帰ってきた山之内が。

山之内「手術終りましたよ」

一同「(余り気のない)お疲れさまです・・」

リンダ「ちょっと、これ、見ててくれる?」

  と、仕事しに行くリンダ。 

  と、長時間の手術を終えた中西が帰って来る。中西、高橋の煙草をもらって。

一同「お疲れ様です」

菅原「お疲れ様です」

伊東「長かったですね・・」

坂田「せんせ、あんまりこん詰めない方がいいですよ」

伊東「先生死んじゃったら洒落になんないから」

  と、中西、煙草の煙を思いっきり吐き出して。

中西「ああ・・うまいな・・・この一服のために、手術してるようなものだな・・

 外科医はやめらんないな・・」

  と、窪田がやまを探しに来る。

窪田「やま! やま! やま!」

  やまはウオークマンをしているので、窪田は叩いて起こし、連れて出て行く。

  中西、麻雀をしている坂田のところへ行く。

坂田「ねえ・・・あたしたち、まだ帰れないの?」

中西「そのようだね・・」

  花札している吉田達。

吉田「もうぜんぶね・・うつるんですまであげちゃう」

高橋「うつるんです、安いじゃないのよ」

中西「あのビンゴがいけないんだよ」

坂田「私、この旅行に来た事、すっごい後悔してる」

中西「俺はおまえと結婚した事を後悔してるよ」

坂田「ほんとに?」

中西「ちょっとね・・」

坂田「ちょっとまってよ、聞き捨てならねえな・・

 ツモ! 六千オール・・じゃあ、あの時あの看護婦と結婚してればよかったじゃない」

菅原「中西先生・・・今日の勝率はどうでした?」

中西「七人診て・・六人は助かりましたよ」

菅原「七分の六」

中西「ああ・・・」

菅原「一人残念なことをしましたね・・」

中西「伊東ちゃん」

伊東「はい」

中西「今日は一人ね」

伊東「吉田君」

吉田「はい」

伊東「今忙しいからさ・・」

吉田「はい・・」

伊東「ちょっと、やっといてくれるかな・・」

高橋「伊東さん、ちょっとこっちも手が離せないの、後にして」

吉田「(高橋に)じゃあ・・仕事だから」

高橋「おい! ふざけんな、払っていけよ、千八百だろ!」

丸山「それはないだろ・・」

吉田「じゃあね・・・また今度ね」

  と、立ち去る吉田。

高橋「(その背中に)勝ち逃げ!」

中西「山之内!」

山之内「はい」

中西「あれ」

山之内「ああ・・はいはい・・・」

  と、山之内、クラブを中西に渡す。

中西「ああ・・ありがと・・」

菅原「あの・・腕のとれかかった患者どうしました?」

中西「ああ・・あれは無理だな」

菅原「そうですか?」

中西「医者は神様じゃないんだからね・・できる事はできる、できない事はできない」

菅原「・・・なんか、他に変わったエピソ-ドなんかありませんでしたか?」

中西「昨日と同じ・・」

菅原「それじゃあ本にならないな・・なにか少しでも変わったことがあれば・・」

中西「じゃあさ」

菅原「ええ」

中西「明日、俺、あんた診たげるよ」

菅原「いや・・僕はもう、悪いとこなんかないですから・・」

中西「いや・・切ればどっか出て来るよ」

伊東「診てもらった方がいいよ」

  と、羊田の声。

羊田「山之内~ 山之内~」

中西「実体験レポ-ト」

羊田「山之内~」

  と、入って来る羊田。山之内が手術着の下を脱がしてやる。

羊田「や-参った、参った。疲れたよ今日は本当に・・おおい!」

山之内「はい!」

羊田「はい・・いつもの・・いつもの」

  と、山之内、仕方なしに、いつものをしてやる。

羊田「ブラブラブラブラブラ~」

菅原「お疲れさんです」

羊田「今日は手ごたえあったわ」

伊東「毎日よく飽きませんね」

菅原「ズバリ! 勝率は?」

羊田「五分の二」

菅原「五分の二・・・・死んだんですか?」

羊田「バカヤロウ・・助けたんだよ」

菅原「三人ボツと・・」

羊田「最後の患者・・あいつ根性ねえんだもん。なんだかんだ言ったって、

 最後は患者の精神力・・気力だね」

菅原「ええ・・」

羊田「とはいっても、意識不明じゃ、しょうがないか」

伊東「あれ、意識不明でも、精神力が強いとか弱いとかわかるんですか?」

羊田「わかりましぇん」

高橋「(花札)やりませんか?」

菅原「羊田先生、何かおもしろいネタありませんか?」

羊田「ああ・・あったよ。腹かっさばいたらね、鳩が出て来たよ」

菅原「鳩?」

羊田「よくみたらゼンジ-北京だった」

山之内「くっだらねえ!」

  と、多賀と加藤が帰ってくる。

一同「お疲れ様・・」

伊東「ロン!タンヤオのみ!」

マ-ジャン側の一同「ええ!」

伊東「ロン!」

坂田「何でこんなの捨てられるの?」

中西「次ちゃんとやる、ちゃんとやる」

坂田「も-今日は勝ってたのに・・・」

加藤「すみません・・・」

多賀「でも、よかったよ・・俺が気づいて・・」

加藤「すみません・・」

多賀「O型にABはまずいよ・・」

坂田「今日は勝ってたのにィ」

三谷「すいません。手術着回収します」

菅原「お疲れ様です」

多賀「おお・・」

菅原「今日は、勝率どうでした?」

多賀「七人中・・」

菅原「七人中?」

多賀「七人」

菅原「七人中、七人、皆殺し?」

多賀「みんな助けましたよ」

中西「ナイスショト!」

多賀「(矢部に)ちょっと、ない?」

  矢部、多賀の酒をとりに立ち去る。

菅原「センセ・・なんか、おもしろいネタありませんか・・」

多賀「おもしろいネタは・・ないね」

菅原「今日は特別むつかしい手術とか・・」

多賀「みんなむつかしい手術だったな」

菅原「ほら、変わった患者がいるとか、変な奴がいるとか」

多賀「ない」

菅原「ないですか・・」

多賀「こう切って・・縫うだろ・・」

菅原「ええ・・」

多賀「包帯巻いて、次の患者を切って」

菅原「はい・・」

多賀「縫って・・包帯巻いて・・(続く)」

伊東「多賀せんせ」

多賀「巻いて・・・次の患者を切って・・」

伊東「多賀せんせ」

多賀「?」

伊東「お約束の死体。裏にとってありますからね」

坂田「死体?」

多賀「ありがとう」

菅原「それ、なんですか?」

中西「突っ込む、突っ込む」

菅原「死体ってなんなんですか?」

多賀「死体は死んだ人だよ」

菅原「死体、何に使うんですか?」

多賀「死体は使い物にならないよ」

菅原「じゃあ、何でいるんですか、死体なんて」

多賀「秘密」

菅原「秘密じゃないでしょ」

多賀「いいや」

菅原「いや、よくない、教えて下さいよ」

多賀「うん」

菅原「なにかあるんでしょ、なにか隠してるでしょ」

多賀「にいちゃん、それくらいにしとけよ」

菅原「(ビビって)おこらりちゃった」

  と、帰って来る矢部。多賀に焼酎をついでやる。

矢部「せんせ・・どうぞ・・」

多賀「ああ・・・」

多賀「あ、中西先生」

中西「エチルいいかげんにして下さいよ」

多賀「エチルを飲んでもエチルに呑まれるなってね・・言いますからね」

中西「急にまた戦闘が起こって、怪我人が運ばれてきたらどうするんですか?」

多賀「大丈夫。ここ十日くらいはさ、戦闘が朝方起こって、

 朝いちでここに運ばれて来るパタ-ンが多いんだから・・今日はもうないよ」

中西「戦争なんですよ」

多賀「(飲んで)ああ!キクゥ!・・・五臓六腑にしみわたる・・」

羊田「・・五臓六腑・・今リアルな五臓六腑が浮かんじゃったよ・・」

中西「外科医のつらいとこだな・・」

羊田「五臓六腑・・」

菅原「なに・・そんな単語で、頭の中に、五臓六腑が浮かんじゃうんですか・・」

多賀「職業病だね・・」

石川「みなさん、今日の夕食は海鮮料理ですよ」

一同「またぁ!」

菅原「本当に、豊かな戦時中だな」

伊東「もっとさあ、こうさっぱりした物ってないの?」

石川「ここにはね、海の幸と山の幸しかないんですよ」

伊東「素麺とか、冷や麦とかが食べたいな」

一同「うわ-(食べたい)」

満田「流し素麺大会やろう」

一同「いいなあ・・・」

石川「はい、じゃ、リクエスト募ります。他に食べたい物ありますか?」

伊東「リクエストがかなえられるって事あるんでしょうね」

石川「香港独立軍に一応お願はしてみますけどね」

山ノ内「おから」

リンダ「ああ・・」

菅原「ボンカレ-」

リンダ「いいねえ」

羊田「ふじっこのコンブまめ」

山ノ内「ああ・・」

リンダ「すうどん」

加藤「私マミ-がのみたい」

まる2「かっぱえびせん」

羊田「永谷園の御吸い物」

伊東「テリヤキチキン。モスバの」

リンダ「イシイのミ-トボ-ル」

菅原「ペヤングのソ-ス焼きそば」

山ノ内「きなこ餅」

リンダ「大根おろし」

羊田「柿ピー」

伊東「納豆餅もおいしいよね」

リンダ「おいしい、おいしい、おいしい」

山ノ内「うまい、うまい、うまい」

リンダ「お餅、食べたいな」

山ノ内「作ればいいじゃない、お米はあるんだから」

高橋「そうだよ、ご飯はあるんだもん」

山ノ内「潰して」

リンダ「お餅になるの?」

多賀「もち米がないだろ」

満田「もち米がなきゃ、お餅になんないよ」

高橋「米じゃ駄目なの?」

多賀「駄目だよ、団子になっちゃう」

加藤「私マミ-がのみたい」

吉田「ピザマンとかね・・」

山ノ内「ああ・・・食べ物の話はやめましょうよ・・せつなくなってくる」

丸山「どんべいのきつねうどん」

高橋「キットカットなんてだめ?」

山ノ内「キットカットね」

リンダ「ポッカのつぶつぶコ-ンス-プ」

山之内「吉野家の牛丼」

加藤「私マミ-がのみたい」

菅原「八分の五チップ」

石川「はいはい・・みなさんのリクエストはよおくわかりました。とりあえず、今日の夕食は,

 海鮮料理です」

一同「え-やだ!」

石川「食べ放題ですから、腹一杯食って下さいね」

山ノ内「ようし、もってこい! みんなくってやる!」

  と、矢部が戻って来る。

矢部「(多賀に)先生、ないんですけど」

多賀「ないわけないだろ」

矢部「え、でも、ないんですけど・・」

伊東「なにがないんですか?」

多賀「きゅうりのQちゃん」

満田「ああ・・きゅりのQちゃんもくいてえな」

多賀「今日のつまみのためにとっといたのに」

リンダ「なんでお医者さんだけ、きゅうりのQちゃんの支給が認められるんですか?」

多賀「そんな事は独立軍に言ってよね・・・

 どうでもいいけど、これから俺のきゅうりのQちゃん盗らないでくれる?」

山ノ内「でもねえ、一人でぜいたくしてないで、みんなにわけて・・」

多賀「いいじゃねえかよ、手術が終わって、ほっと緊張を抜くひとときに、

 エチルときゅうりのQちゃん」

高橋「いいじゃん、そんなきゅうりのQちゃんくらいで」

多賀「なんだと?」

リンダ「みんなでわけて食べれば・・・」

多賀「・・・言ってはならない事を言ったな」

リンダ「そんな大げさな・・・」

多賀「誰だよ・・犯人は名のりでないのかよ・・」

  一同、シ-ン。

多賀「後でわかったらな、麻酔打って、肛門ユルユルにしてやるからな・・」

  一同、シーン。 

多賀「よし、じゃ、もう怒らないから、みんな目をつぶって、食べた人はそっと手を上げなさい・・」

  一同「そんな学級会じゃないんだから・・」等と言う。

  それでますます怒る多賀。

多賀「お前らさ、きゅうりのQちゃんとか、俺のもんかってに食べるんだったら、もう手術やめた」

一同「そんな」

羊田「それは言えてるな」

一同「何で?」

羊田「それだったらもうねぇ・・」

多賀「お前らがね、一人づつ盗み食いする度に、人が一人づつ死んでいくと思ってね」

山ノ内「やなこと言うな」

多賀「しらね、俺」

  と、出て行く多賀。

羊田「君達ね、あれだよ、何か勘違いしてるよ」

一同「なんで?」

羊田「こうやって、仲良く君達とさ、バクチなんかしてるけどさ、本質は違うんだから。

 俺達は医者なんだからね」

山ノ内「わかってます」

高橋「だからなに?」

羊田「だからなにじゃないでしょ。昔から言うだろ。職業に貴賤あり」

菅原「職業に貴賤あり」

山ノ内「職業に貴賤ありね」

羊田「もっとあがめ奉らないと」

一同「なんで!」

多賀「なにいってんだ、人の命を何だと思ってるんだ」

高橋「尊いものですよ」

多賀「それを救ってんだよ、俺達は」

羊田「お前らね」

多賀「人の命を一生懸命救って、それで一杯やろうとして、つまみがね」

羊田「君達とは違うんだからさ」

一同「なにが違うんですか?」

多賀「医者はさ、人の命を救ってるんだからね」

羊田「その通り」

高橋「だって仕事でしょ」

羊田「仕事だよ。俺達は神に選ばれたようなもんなんだから」

  一同ブ-イング。

  

羊田「人間を創造したのは神だろう」

高橋「そうだけど」

羊田「創造した人間をまた再生させるのが俺達の役目」

  一同ブ-イング。

高橋「なんかうさんくさいよ」

羊田「なにいってんだ?」

高橋「なに?」

羊田「あれだけ瀕死の重症を負った患者を、五分の二とはいえ、たかが二人とはいえ、

 この二人には、家族もあり親戚もあり親もあり、ましてや、息子、娘・・親族の事を考えてみろ」

伊東「テンパイ」」

羊田「俺達は患者が治った時にまず、その事を考えるね」

高橋「嘘だよ」

羊田「人は、人間一人で生きてるんじゃないんだよ」

一同「ブ-イング」

高橋「人は一人だよ、いつも、人は一人です」

菅原「人は一人だよな・・」

山之内「一人だよな・・」

  

  と、菅原と山之内は高橋側につく。

羊田「人は一人で生きてるんじゃないの」

高橋「一人です」

羊田「違うな・・・じゃあな、おまえが骨折した時、いったい誰が助けてくれるんだよ」

加藤「誘導尋問みたい・・」

菅原「まあまあ・・これから、これから・・」

高橋「あたしだって、骨折の一つや二つしたことありますよ」

菅原「俺もある」

山之内「俺もある」

羊田「だからだ! そういう骨折をした時に、いったい誰が助けてくれるんだ?」

山之内「お! ドクター羊田のお言葉だ!」

高橋「私が骨折した時は・・・私が骨折した時は・・・私の彼はなにもしてくれませんでしたよ! 

 私を残して、走り去りましたよ!」

  

  と、満田が麻雀パイをこぼした。

満田「「ああ! ごめん!」

  麻雀側の人々『おやじ!』『しっかりしろよ!』などといっている。

羊田「今度骨折したらよ、俺んとこきなよ」

高橋「考えとく・・・」

山之内「いったい、誰がきゅうりのQちゃんとったんだろ?」

  と、はいってくる多賀。

多賀「矢部君!」

矢部「はい?」

多賀「きゅうりのQちゃんあったよ・・少し減ってるけど・・みんなごめんね・・・

 きゅうりのQちゃんあったから・・・肛門ユルユルにならなくてよかったよね」

  と、吉田が帰って来る。

吉田「あ-やっぱり仕事はいいですね。伊東さん・・終わりました・・」

伊東「お疲れ様」

高橋「早過ぎるよ・・」

満田「埋めてないだろ」

高橋「払えよ、さっきの」

  と、吉田、腕時計を取り出して。

吉田「これ、さっきの借金に・・・」

高橋「あんた、さっき、時計持ってなかったじゃないの」

吉田「ええ・・ちょっと、お仕事場で・・」

高橋「またおいはぎしてんの?」

吉田「いやいやいや・・そういうんじゃなくって・・・」

羊田「おまえは人の命をなんだと思ってるんだ?」

伊東「役得、役得」

  と、三谷が入って来る。

三谷「中西先生、中西先生!」

  と、中西を見つけ。

三谷「一人お願いします・・独立軍の兵士なんですが、たった今ジープで到着して・・・

 診察室の方に・・・」

中西「わかった、今、行くよ」」・

三谷「先に行って準備してます」

伊東「じゃ、代わりに誰か入ってよ・・」

中西「多賀先生! 麻雀やんない?」

多賀「はいはい・・」

中西「おい、山之内」

  と、中西、クラブ山之内に渡し、出て行こうとする。

  入れ替わりに入って来る坂田。

坂田「(麻雀卓を見て、中西に)ちょ、ちょっと!」

中西「?」

坂田「なんでかわっちゃうわけ?」

中西「俺は仕事だ(と、加藤に)おい、加藤、手伝え?」

加藤「はあい・・・」

坂田「もお・・・しんじらんない」

  と、坂田、石川の側に行き。

坂田「ねえ・・石川ちゃん、代わって・・かわってよぉ」

  と、石川のパイを覗き込み。

坂田「駄目だ・・こりゃ・・金をドブに捨ててるようなもんだ」

  と、立ち去る。

伊東「やな女」

石川「もう遊んでやんないよ」

菅原「中西さんとこって・・どうしてるんでしょうね・・」

満田「どうしてるって?」

菅原「お二人とも、まだお若いのに・・けんかの仲直りとかはどうしてるんでしょうね・・」

満田「そうねえ・」

菅原「けんかをしたら、まずセックス・・僕はね、知人や友人の結婚式に出た時は、

 必ずスピ-チでそういうようにしてるんですけどね・・」

多賀「まあねえ・・こんなに大勢いちゃね・・かわいそうだよね・・・

菅原「みんなで気を使って、二人っきりにさせたげましょうか・」

満田「その間、俺たちどうすんの? 野宿?」

吉田「そんなのいやですよ。なんで中西さんたちの・・・」

菅原「セックス!」

吉田「・・のために、俺たちが野宿しなきゃなんないんですか・・」

満田「かわいそうっちゃ、かわいそうだけどね・・」

石川「みんな我慢してるんですよ」

満田「へえ・・あんた、我慢してるの?」

石川「みんなしてますよ」

羊田「俺、見たよ・・・」

一同「え?」

菅原「なにを?」

羊田「夫婦生活」

菅原「誰の?」

羊田「中西先生のだよ」

一同「ウソ~」「どこで?」「やってたの?」「本当に?」

羊田「あれは先週の金曜日、霧の深い夜の事だったかな・・」

一同「嘘だあ・・」

菅原「どこで?」

羊田「診察室」

山之内「患者いっぱいいる時に?」

羊田「いや、ちょうど患者をみんな香港の病院に送り出した直後だったかな・・」

山之内「なるほどね・・その一瞬をついたんだ・・」

羊田「あの奥さんがさ・・」

山之内「なになに・・・」

羊田「いや・・・やめとこうプライバシ-にかかわることだから・・・」

一同「そこまでいっといて、なにがプライバシ-だ!」

吉田「プライバシ-なし!」

羊田「夫婦の問題だから・・」

山之内「こうなったら、みんなの問題ですよ」

羊田「あの奥さん・・あの時の声が色っぽい・・」

山之内「いいなあ・・」

一同「なにがいいんだよ」

吉田「伊東さんちで、やってるってよ」

伊東「おれんちでなんてことするんだよ・・」

羊田「最初はベッド使ってるんだけどね・・だんだんこう・・いろんな形になっていって・・

 駅弁みたいなこともやってたな・・」

一同「駅弁!」

吉田「いっていいのか、そこまで?」

菅原「もうあの夫婦見る目が変わっちゃうな・・俺たち・・」

羊田「おまえんちはどうなんだよ・・・千恵子先生と・・」

山之内「ええ・・まあ・・人並みに・・」

羊田「やってんのか、人知れず・・」

山之内「ええ・・まあ・・・誰かに見つからないように、こっそりやるのがまたね・・燃えるんですよ」

羊田「(伊東の家を示し)あっちで?」

山之内「だって、ここはほら、人がいっぱいいるし・・」

吉田「伊東さんちで、燃えるやつがいるみたいですね・・」

伊東「ちょっとさあ!」

羊田「まあね! こんだけ男と女がいて、なにもないっていうのもおかしいんじゃないかな・・・」

一同「まあね・・・」

矢部「そうですよ・・みんなやっぱり寂しいでしょう」

山之内「さみしい・・」

伊東「いいかげんにしろ!」

一同「!」

伊東「なんで寂しいんだよ! なにが寂しいんだよ! こんなに人がいっぱいいるじゃないか!」

吉田「そうねえ・・・そうですよね」

伊東「俺はな! さみしくなりたくて、離婚したんだよ。それなのにまたこのザマか!」

  みんな小声で『離婚?』『離婚?』

吉田「伊東さん・・そこまで言わなくても・・・」

リンダ「今、さみしいじゃなくて、楽しいっていったんだよね・・」

一同「楽しい、楽しい・・」

伊東「楽しくなんかないよ。うちで駅弁するやつもいるし!

  俺が楽しくないのはみんなおまえらのせいだよ・・

 次から次へと下ネタばっかりでバカ騒ぎしやがって!」

  一同、しゅんとなって、伊東に背を向ける。

菅原「怒られちゃった・・」

満田「一日一回のカミナリが落ちましたね・・・」

一同「(口々に)ゴメンなさ~い」

伊東「何がごめんなさいだ・・ばかにすんのもいい加減にしろ!」

  と、伊東、書斎へ行く。

伊東「どけ!」

  と、書斎に入るなり。

アリサ「うわぁ!」

伊東「なんでまたここにも人がいるんだ!」

アリサ「あんた人を起こしておいてなに?」

伊東「手え、触るのはよせ!」

アリサ「そのいいぐさはなに?」

伊東「なんで裸で寝てるんだ?」

アリサ「これは主義なの!」

伊東「ああ・・やなもん見ちゃったよ!」

アリサ「伊東、ちょっと待て! 伊東!」

  と、飛び出して来る伊東、その後をガウン引っかけながら追うアリサ。

アリサ「金払ってもいいもんだぞ! おい!」

山之内「服着ろ! 服!」

  と、山之内もその後を追って出ていく。

菅原「すごいな・・」

高橋「すげえ!」

羊田「いやいやいや・・」

  ここで麻雀を混ぜる。

  と、やって来る三谷。

三谷「羊田先生、羊田先生、さっき急患が一人来たんですけど・・向こうがもう一杯なんで、

 こっちに連れてきてもいいですか?」

羊田「ああ・・駄目駄目・・こっちは娯楽室だからね・・仕事と、プライベートわけてっからね・・

 連れてきちゃ駄目よ・・」

三谷「そうなんですけど・・・もう患者を寝かせるスペースがないんです」

羊田「一人ぐらいなんとかなるだろ」

高橋「元気な奴外に出しちゃったら?」

三谷「もうレントゲンの暗室も使わせてもらっているような状態なんです・・

 あの・・隅の方でいいです・・一人だけ・・お願いします、お願いします・・」

  

  と、言いながら、患者を連れてこようとする三谷。

  しかし、負傷兵は、もうすでにドアの所にいる。

  三谷、壁ぎわに案内する。

三谷「カムヒア」

  負傷兵、みんなの注目を浴びながら、壁ぎわに腰を降ろす。

菅原「あらら・・・」

羊田「おいおいおい・・・」

高橋「来ちゃった・・・」

羊田「これ、処置は?」

三谷「中西先生が」

羊田「じゃ、大丈夫だな」

三谷「あと・・よろしくお願いします・・・」

リンダ「なんで? いっちゃうの?」

  三谷、出ていく。

矢部「いっちゃうんですか?」

高橋「どうしようねえ・・・」

羊田「まあいい・・やろう、やろう・・・」

丸山「続けましょうね・・」

リンダ「そうだね」

  と、突然、高橋が。

高橋「よし・・やめた・・・」

羊田「なんで?」

高橋「だって、このまま遊び続けたら、いっつも遊んでるような人だと思われたらいやじゃん・・

 今日は、おしまいね」

  花札側の一同。『えー』

丸山「あんたのかっこ見りゃ、充分不真面目だよ」

高橋「どうも、ありがとうございました・・」

  と、加藤が立ち上がり。

加藤「じゃ、仕事してこようかな・・」

リンダ「そういうことする・・」

高橋「お疲れさま」

丸山「つまんないの・・」

羊田「ついてないな・・・」

  と、石川も立ち上がり。

石川「俺も仕事してこよっと・・」

  と、出ていく。

羊田「俺も、オナピーでもしようかな・・」

  と、羊田、負傷兵に向かって。

羊田「アイアムドクター」

菅原「アイアムドクターツー」

羊田「嘘つけ!」

菅原「ユーアーソルジャー」

  リンダがまたオカリナを吹き始める。

  と、中西が帰って来る。

  中西、高橋から、煙草をもらい、火をつけてもらう。

高橋「お疲れさま」

中西「ああ・・・貫通銃創一発、ま、大丈夫だよ・・たいしたことはない」

  と、中西、座っている負傷兵を見つけ。

中西「おい、何でここにいるんだ、これ?」

羊田「なんだかね、向こうがもう一杯だとかいって・・」

中西「え?・・・おいちょっと待てよ・・こっちは・・」

羊田「中西先生が処置したの?」

中西「いや、そうだけどさ・・・ここに連れて来いとは言ってないぞ、一言も・・・」

羊田「貫通銃創ですか?」

中西「まあ、向こうは一杯だけどな・・」

羊田「最近、独立軍の負傷兵、多いですね」

中西「ああ・・・」

羊田「雲行き怪しいんじゃないですか?」

吉田「中西先生、こっちは娯楽室じゃないんですか? 約束が違うじゃないですか」

中西「わかった。まあ、次のトラックが来るまでだ、な! それまで辛抱して下さい・・な!」

  と、入って来る加藤。

加藤「消耗品発注しちゃいます。何かありますか?」

羊田「俺、コンドームね」

加藤「羊田先生、使うんですか?」

羊田「お守りにするの」

加藤「じゃ、1グロス頼んどきますね」

羊田「よろしくね」

加藤「中西先生」

中西「おう?」

加藤「坑HCGは・・・ひとつでいいんですか?」

羊田「坑HCG?」

加藤「(うなずく)・・・」

羊田「それ、妊娠判定薬じゃないですか?」

一同「え?・・ええ?」

加藤「中西先生が使うんですか?」

高橋「そんなわけないじゃん!」

リンダ「奥さんでしょう?」

菅原「ちょっと、まて! 奥さんと限ったわけじゃないぞ!」

高橋「なに?」

菅原「こん中にもいるかも知れない」

  と、この場にいる女の子達を、示す菅原。

女の子達一同「嘘だあ!」

多賀「誰だ?」

女の子達一同「何が?」

多賀「俺が取り上げてやってもいいぞ!」

女の子達一同「(口々に)最低!」

菅原「中西先生、これ、シャレになりませんよ。

 いいですか、この子達にね、妊娠判定薬飲まして、白黒つけてもらいますよ」

中西・羊田「判定薬は、呑み薬じゃねえよ」

高橋「呑みたかねえよ、そんなもん」

  中西、立ち上がって、部屋から出て行きながら。

中西「(菅原に)もちょっと、勉強してこい!」

高橋「(女の子達に)ちょっと、あんた達、私には言ってよね」

リンダ「私じゃないよ・・」

中西「おい、加藤。それ1ダース発注しとけ!」

高橋「(女の子達に)相談に乗るよ」

リンダ「そんな1ダースも、誰が使うの?」

  中西が出ていくと、羊田。

羊田「奥さんに決まってるだろ、奥さんに! だから、さっきも言った通りに、俺はね、

 ちゃんと見たの。やることはやってんだよ、あの二人は・・

 おまえらは何でそんなに俺の言うことを信用しないのかね・・」

リンダ「だって言ってることが嘘臭いんだもん」

高橋「人間性が信用できないもん」

羊田「俺はね、このマンネリ化した生活に、なんとか潤いをもたせようとしてだね。

 話に尾ひれや枝葉を付け・・」

菅原「あ! ちょっと、みなさん」

  と、みんなが菅原の方を見て、しんとなる。

  と、ヘリの音が聞こえて来る。

高橋「ヘリが着た・・」

伊東「また怪我人が来たのか」

羊田「よし!」

  と、立ち上がる。

多賀「行くか!」

  と、出て行く医者二人。

吉田「一日二回っていうのは初めてですね」

窪田「はい、急患、急患、急患!」

   一同、これまでとはうって変わった、勢いで外のヘリの発着場へ向かう。

矢部「ここは私が片付けます」

吉田「なんで墓堀と救急隊員が一緒なんだ・・」

満田「また死体で運ばれてきたんじゃねえだろうな・・・」

吉田「みんな生きててくれよん」

  矢部と負傷兵だけが残っている。

  石川が顔を出す。

石川「急患だってよ」

矢部「(こっちの部屋を片づけている)こっちに寝かせなきゃ、もう向こうはいっぱいですよ」

石川「(負傷兵を示し)あふれちゃった人?」

矢部「負傷兵だって・・」

石川「言葉わかるの?」

矢部「日本語はわかんないみたいですよ・・」

  石川、片づけをしている矢部の後ろから抱きつく。(ゆっくりね)

矢部「人がいるでしょ」

石川「関係ないって・・」

矢部「駄目よ」

石川「もうみんな気がついてるって」

矢部「でも、ここじゃいやなの!」

  と、石川、矢部を押し倒そうとする。石川と矢部、もみ合う。

矢部「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、やだ、やだ」

  石川、矢部を組み伏せて、強引にキスしようとする。

  矢部、それでもまだ抵抗をやめない。

  負傷兵、立ち上がって、素早く銃を抜き、石川の頭に当てる。

  石川と矢部の動きが止まる。

  負傷兵、手で矢部に起き上がれてというジェスチャ-をする。

  矢部、起き上がろうとする。それを再び押えつける石川。

  負傷兵、更に一歩前に出て、石川の頭に銃をぐりぐりっと、押しつける。

  その力で、石川の首が少し曲がるくらい。

  再び、負傷兵が矢部に起き上がれというジェスチャ-をする。

  しかし、矢部、その石川の頭に突きつけられた銃をそらす。

  それがOKの合図だと思った石川、矢部を抱き締める。矢部も石川に腕を回していく。

  負傷兵、ようやく銃を持った手をゆっくりと降ろした。

  そして、抱き合う二人を呆然と見つめている。

  ヘリの音が更に激しくなって来る。

  

  暗転。

今までのように、元気のいい状態ではなくなっている。

  刺激のまったくない状態で、あれからいったい、何週間、何か月たったのか

  良くわからない。

 みんな寝転がったりしてい手、無気力になっている。

夕方から、夜にかけての話・・

菅原が時折、窓の外を覗いている。

  リンダは相変わらずオカリナを吹いている。

羊田「・・・・・ポン!・・・・・・・ポン!・・・・・・ロン」

麻雀の一同「え?」

羊田「タンヤオ! 1500点」

伊東「何もしてないよ」

羊田「親だからね・・」

菅原「なんなんでしょうね・・・」

と、帰って来る加藤。

加藤「トイレットペ-パ-の減りが遅いですよ・・みんな出るもの出てないんじゃないですか?」

そして、石川に。

加藤「食事に問題があるんじゃないですか?」

石川「そお・・俺、ガンガン出てるよ」

羊田「カンチョ-してやろうか?」

多賀「浣腸、浣腸・・」

加藤「羊田先生、黙ってて・・」

石川「じゃ、何が食べたいの?」

加藤「生野菜が足りないんじゃないですか?」

石川「じゃ、今日の晩メシ、キャベツ1個つけるから、みんなでバリバリ食って・・・」

一同「なにそれ・・・」

伊東「なんであんたそんな極端な事ばっかり言うの?」

高橋「友達いなくなるよ」

石川「じゃ、キャベツ半分・・」

一同『青虫じゃない』『食えねえよ』などなど。

菅原「独立軍・・まだいるでしょ」

加藤「中西先生と話し合いしてるみたいですよ」

菅原「話し合い? いったいこの期に及んで、何の話し合いだ?」

加藤「なんか地図を広げてて・・」

と、吉田が帰って来る。

吉田「あんたらにねえ・・俺の家庭菜園が、次々にお墓になっていく悲しみなんて

 わかんないでしょうに・・」

満田「草が生えてきてたよな・・埋めた所から・・」

リンダ「人が死んで、その後から草の芽が出るって・・なんか感動的ですよね・・」

菅原「中西先生、なに話してるんでしょうかね」

満田「奥さんの事じゃないの?」

吉田「香港の病院送られてっちゃったからね・・」

リンダ「私わかんないんですけど、つわりって、あんなにひどい物なんですか?」

羊田「ほんとに、知らねえのか?」

リンダ「羊田先生はもういい!」

満田「人によるよ・・」

吉田「うちは結構激しかったですよ」

伊東「なに、まひかり君の時?」

吉田「だからその読み方やめて下さい」

リンダ「まひかり君?」

吉田「真輝です・・・シンキ。まことにかがやくと書いて真輝です」

満田「ああ・・それで真輝ね」

吉田「吉田真輝です」

窪田「いい名前」

三谷「・・・・シンキくさい」

伊東「大変だったの? つわりは?」

吉田「ええ・・・入院させましたから・・」

加藤「つわりってずっと続いているわけじゃないんでしょう?」

吉田「ええ・・ある時期が終わると、おさまるんで、帰ってきましたけどね・・」

リンダ「じゃあ、また帰って来るんでしょうかね・・」

満田「なんか、甘いもん食べたいな・・・」

伊東「やめましょうよ、食べ物の話は・・」

吉田「帰って来ると思いますよ・・」

伊東「あの奥さんスットボケてておもしろかったね」

吉田「伊東さん、よく真剣に怒ってたじゃないですか・・」

伊東「思い出はみんな美しいものなんだよ」

吉田「思い出ね・・・」

菅原「自衛隊がPKOで、いよいよ、南アフリカに派遣されることになりましたね」

吉田「南アフリカに派遣?」

菅原「独立軍の人に聞いたんですけどね」

吉田「なんで南アフリカなの?」

菅原「なんか、国内の情勢が不安定らしいですよ」

吉田「なんで、俺達助けにこないの? 情勢が不安定なんてもんじゃないよ。

 情勢大変じゃない。なんでこんな日本の近所で、俺達が大変な目にあってるのに、

 南アフリカとか救出に行くわけ?」

満田「「どうなってんだ?」

吉田「信じらんないな・・・」

   と、入って来る中西。

中西「おい! 起きろ! おまえら、四六時中寝てるな。目ん玉腐らねえか?」

  と、手に持ったくじを、寝ている連中に一本づつひかせていく。

中西「おら、引け! おらみな起きろ! ちょっと、隣の奴起こせ! 

はい・・はい・・・はい・・・はい・・・」

吉田「(くじを引きながら)南アフリカを救出?」

  中西、くじを配り終ると、みんなに向かって。

中西「ええっと、良い知らせだ・・・

 まずは、自分の事でなんなんだけど・・うちの女房のお腹の子供だけど・・

 香港の病院で検査した結果・・」

伊東「どうしたんですか?」

中西「五つ子なんだそうだ」

一同「えーー?」

中西「いやあ・・まいったよ・・・」

  

  一同、口々に、「おめでとうございます」とか「たいへんだ、そりゃ!」等と言っている。

  やがて、吉田が。

吉田「このくじなんなんですか?」

中西「ああ、そうだ・・この家返すぞ」

一同「え?」

吉田「戦争が終わったんですか?」

中西「終わりゃしないよ・・・」

伊東「独立軍、撤退してるんですか・・・」

中西「勝ってるって・・」

吉田「え?」

中西「勝ち進んでるんだって・・・」

一同「へえ・・」

中西「どういうわけか・・・でね、広東省に戦線を拡大していくんだってさ。

 しかし・・・戦線を拡大していくとなると、こんなに多くの人間の面倒が見れなくなるから

 人数をへらせって・・」

羊田「どうやってへらすの?」

中西「日本に送り返してやるって・・」

  一同『え?』『帰れる?』『日本に?』等とざわめく。

羊田「いつ帰れるんですか・」

中西「今日の、午後9時出発だ」

吉田「ひょっとして、このくじ!」

中西「よし! じゃあ、発表するぞ、くじを見てくれ!

 黒い文字で『中』という文字が書いてある者!」

  『はい!』と、吉田、満田、高橋、窪田、矢部が手を挙げる。

中西「中国に進んでもらう! 赤い文字で日と書いてある者は、日本に強制送還だ」

  

  リンダ、加藤、丸山、ヤマ、三谷が『え・・・帰れる?』と、騒ぎだす。

羊田「ちょっと待って、ちょっと待って! 医者はどうなるんですか?」

中西「医者は、全員中国行きだ・・病院に医者がいなけりゃしょうがないだろ!」

吉田「伊東さん!・・伊東さん、俺・・中」

伊東「日・・」

吉田「俺、中」

伊東「俺は・・日・・」

吉田「え?」

伊東「別れ別れだね・・」

吉田「そんな・・伊東さん・・・一人で帰るっていうの?」

石川「中西さん・・・」

中西「ん?」

石川「このくじって、人に売ったり譲ったり出来るんですか?」

中西「そりゃ、構わないが・・」

石川「ちょっと、保留にしてもいいですか?」

中西「わかった・・」

吉田「なんなんだ、あんたは」

リンダ「そんな、一緒に日本に帰ろうよ!」

伊東「吉田君・・そんな日本に帰りたくない人がいるなんてね・・・」

菅原「(券を差し出して)あ、売りますよ、これ・・」

一同「ええ!」

加藤「なんでぇ!」

石川「この権利って、売ったり譲ったりできるんですか?」

吉田「なんなんだ、あんたは?」

リンダ「そんな、一緒に帰ろうよ・・・」

伊東「吉田君、日本に帰りたくない人がいるなんてね・・」

石川「なら、俺、保留にしといてもいいですか?」

三谷「構いません・・・」

一同『そんな! 』『なんで?』『もったいない・』等・・

石川「いや、ちょっと、考えさして・・・」

伊東「日本に帰りたくないって人がいるなんてね・・・」

と、菅原が、その当たりの紙を突き出し。

菅原「俺売りますよ」

吉田「(菅原に)なんで?」

菅原「いや、だって、日本に強制送還されるからって、はいそうですかって、

 あんたら、それでいいの?」

吉田「どうして?」

菅原「どうしてって・・あんたたちそれでいいんですか?」

一同「いいよ・・」

菅原「俺には君達のイージーな、気持ちがわからないな・・」

吉田「俺にはあんたの気持ちの方がよっぽどわかんないよ!」

菅原「これから前線に行くんですよ」

リンダ「死ぬかも知れないよ」

菅原「僕は死にませんよ、なにいってんですか、縁起でもない」

満田「あんた、この中で一番戦争の事わかってないんじゃないか?」

菅原「なんて事言うんですか、大熊源五郎賞作家に向かって」

満田「俺なんか、撃たれた事あるんだよ、銃で」

菅原「カメラでもあればね・・前線に行って、今度はピュリッツア賞を狙得たのにな・・」

高橋「ピュリッツア賞って、写真の賞でしょ?」

菅原「写真だけじゃなくっても、ドキュメンタリ-に贈られる賞ですけどね・・カメラがあれば・・」

高橋「私、持ってます。うつるんですハイ、エコノミ-ですけど」

菅原「じゃ、それでいいや・・」

一同「ええ!」

加藤「そんなもんでいいの?」

菅原「カメラなんてなんでもいいんですよ・・シャッタ-チャンスさえあれば、誰でも撮れますよ」

窪田「うつるんですなんて至近距離でしか撮れないカメラなんだよ」

菅原「(と、近づくふりして)こうやって、撮ればいいじゃない、こうやって!」

吉田「ちょっと待ってよ、それ、俺のうつるんですじゃないの?」

高橋「バクチに弱いあんたが悪いんでしょ!」

吉田「俺から花札で巻き上げた物で、こいつは日本に帰るのかよ」

伊東「吉田君」

吉田「・・・・・・」

伊東「どうしたの・・・元気出しなよ」

吉田「元気なんか出るわけないでしょ」

伊東「ねえ・・中西さん・・」

中西「元気出せ!」

伊東「日本に帰りたい?」

吉田「当たり前ですよ・・・」

伊東「しょうがないなあ・・・・」

と、ポケットからさっきのくじを取り出し、吉田に渡す。

伊東「開けてごらん」

吉田「(それを開けて)日(にち)・・・」

伊東「かえんな」

吉田「伊東さん・・・」

伊東「かえんな・・・」

吉田「(その紙切れを丸めて捨てる)こんなブラックユ-モアやめて下さいよ!」

伊東「じゃ、返せ!」

と、その紙を拾おうとする。と、吉田がその紙に飛びつく。

吉田「いや、ちょっと、待って!」

と、その紙をまた広げて見る。

吉田「日・・・日・・・だってこれ伊東さんの物でしょ・・・

 俺は中だったから帰れないんですよ・・・

 これは・・・これは伊東さんの物じゃないですか・・・」

伊東「かえんな」

吉田「伊東さん・・・本当にいいの? だって、そしたら、伊東さんが帰れなくなるんだよ・・・」

伊東「かえんな」

吉田「だって・・ずっといなきゃいけないんですよ・・あいつらと一緒に・・・」

伊東「かえんな・・・」

吉田「伊東さん・・・伊東さんの・・・帰ります!」

伊東「まひかり君と奥さんによろしくな・・・」

吉田「本当にいいんですか?」

伊東「かえんな・・・早く行かないと・・・みんな準備してるよ・・・」

吉田「伊東さん・・・(と、中西に)俺、ほら・・にちだった・・帰れる事になった・・・

 これいいんだよね・・帰っても・・」

中西「かえんな・・・」

吉田「(菅原に)頑張れよ! いい写真撮れよな」

菅原「おお・・頑張るよ!」

吉田「(リンダと高橋に)俺も一緒に帰れるみたい?」

リンダ「一緒の飛行機じゃん」

吉田「(羊田)俺・・帰る・・・」

羊田「とっとと・・・かえんな・・・」

吉田「じゃあ・・・(と、伊東の所まで来て立ち止まり)伊東さん、人間って、すばらしいね・・・

 失礼します!」

  と、出て行く。

中西「どうしたの・・伊東ちゃん」

伊東「なにがですか?」

中西「だって・・」

伊東「まあ・・いいじゃないですか・・」

中西「ま、そういうのもありか・・・俺のリクエストはな、ボンカレーだ」

石川「OK、OK」

高橋「中西先生」

中西「うん?」

高橋「中西先生中国いっちゃったら、五つ子ちゃん心配でしょう?」

  と、中西、女房からの手紙を、高橋に渡す。

中西「女房からの手紙だ」

  と、菅原、多賀、高橋、リンダが、その手紙を覗き込んで、無言で読み始める。

伊東「ちゃんと、声に出して読んでよ」

リンダ「(中西に)いいんですか?」

中西「(うなづく)・・・」

リンダ「香港の人々は、私のお腹に赤ちゃんがいることを知ると、あれを食べなさい、

 これを食べなさいと、いろいろ勧めてくれます。

 丈夫な子どもを産みなさいと、もうすぐ、中国が変わるから・・・

 そのお腹の子が生まれ、おおきくなった時には,

 きっと素晴らしい世の中になっているはずだと言って、

 カルシュウムが必要だからと、小魚をくれます。

 世界中がこの街、香港のようになるのにそんなに時間がかからないでしょう。

 そして、香港の人々は、私にいい毛布をくれ、いいシ-ツをくれ、チ-ズをくれ、

 バナナをくれ、お茶を沸かし、かたこのとの日本語で気を楽にと、気づかってくれます。

 あなたが野戦病院にいるかぎり、あなたが独立軍と共に、中国に進軍していくかぎり、

 私と生まれてくる子供は大丈夫です」

菅原「人質ってわけですね」

中西「ま、そういうわけだ。うちの、かわいい女房と、生まれ来る子供たちのために、

 パパは十字を描いた旗を振りながら、中国に資本主義を布教しに行くわけだ」

石川「じゃ、そのパパのために、今日はボンカレーそっくりのカレーを作ってあげますよ」

  

  と、立ち上がり、寝室に行こうとする石川に。

中西「あ、石川君・・君の当り券は?」

  石川は伊東に。

石川「伊東さん・・・」

伊東「・・なんかちょっと言いにくい雰囲気になって来ちゃったでしょ・・・」

中西「なに?」

羊田「なっちゃったでしょって、なに?」

リンダ「そうなの?」

高橋「かっこよすぎるよ、あれは・・」

伊東「じゃ、みなさん運が良かったら日本でお会いしましょう」

  と、出ていく。

羊田「よっしゃ、役満でもやろうかな」

  と、パイを混ぜ始める。

  中西は、坂田からの手紙をまだ眺めている。

  やがて・・・

中西「おい、菅原君」

菅原「はい・・」

中西「女房がさ、君の事を書いてきてるよ」

菅原「へえ・・・」

中西「そういえば、菅原さんの書いていたルポは進んでいるでしょうか?」

菅原「はい」

中西「子ども達が大きくなったら、ぜひ読ませたいって」

菅原「ほんとですか?」

中西「出版される日が、楽しみですね。

 タイトルが決まっていないといっていたので、私も一つ考えてみました。

 菅原さんには、麻雀を教えてもらったり、いろいろ良くして頂いたので、

 私からタイトルをプレゼントします。

 私達の子供は、香港で出来た子供でしょ、だからルポのタイトルは、

 『メイドイン香港』だってさ・・」

菅原「もうタイトルは決まってるんですよ」

中西「?」

菅原「『欲望、遥かなり』」

中西「なあんだ・・・」

  

  と、静かに広東語版の『愛は勝つ』が流れ始める。

  中西、床の錆止めで描いた十字軍の旗を背に、この部屋を出ていく。

  麻雀は続いている。

  やがて、ゆっくりと暗転・・・



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