劇マブ


作・じんのひろあき

登場人物

神田ゆりあ

日南田淳子
加藤れい
篠原美樹
さわまさし
坪井一広
榊原有美
満田幸一郎
林田果織
ありさ
石川秀樹
水野知成
中川和美

椿源吾郎

津田尊成


 客電が落ちると、ラジオからあまり音質の良くないニュースが聞こえて来る。

台風情報である。

アナウンサー「ー中心の気圧は九二五ヘクトパスカル。中心付近の最大風速は五十メートルで、中心から半径三百十キロ以内では風速二十五メートル以上の、暴風雨になっていて依然として、超大型で非常に強い勢力を保っています。伊豆諸島の南部の南端に当たる青ヶ島はすでに暴風域に入り、間もなく八丈島も台風の暴風域に入るものとみられます。各地の最大瞬間風速は伊豆諸島の三宅島では昨夜十時十一分に四十一、九メートルを記録しました」

溶明して行くと、そこはテント芝居の舞台裏。
  上手にテントの裏が見えていて、今見えている部分がテントの中の舞台の裏に当たる。
  そこにはいろいろと舞台で使うらしい小道具、大道具等が置かれている。何枚ものドア、のちに背負って出ることにちゃぶ台、段ボールで作った棍棒などが乱雑に置かれている。そして、下手にはイントレが置かれていて、そこに衣装や、プラスチックの衣装ケースなどが並べられている。
  テントの色は緑青色でこのテントの中では間もなくアングラ演劇が上演されようとしている。
  ここは穂賀村という田舎で、村興しのために、演劇祭が行われているのだ。

ゆりあ、ラジオのスイッチを切った。
日南田がやって来て。

日南田「帰ってきた?」
ゆりあ「まだみたいです」
日南田「どうすんのかな、まずいよね、この時間にいないなんて」
ゆりあ「台風、結構ヤバイみたいですよ」
日南田「風、強くなってきているよね」
ゆりあ「ええ・・・」
日南田「よく台風とか来るの? この辺」
ゆりあ「いえ、私の子供の頃に、一、二回あったくらいですよ、台風なんて」
日南田「じゃあ、本当に、運が悪いのかな、私達って・・」
日南田「私の円月の傘、知らない?」
ゆりあ「円月の傘? ないんですか?」
日南田「津田の奴、どこやったんだ?」

と、受付の方からやって来る加藤。

加藤「客入れ始めちゃいましたけど、本当にいいんですか? 椿さん、まだ、釈放されないんですか?」
日南田「まだみたいよ、でも、客入れしろってありささんの指示なんだから、やるしかないでしょう」

加藤、言葉もなく再び受け付け方面に退場。

日南田「ゆりあの地元の友達って、見に来るの、今日」
ゆりあ「知らせてません・・すみません。私が出てると、宣伝しやすいんですけど・・でも、そうじゃないから・・円月の傘、私、探してみますよ」
日南田「ちょっと頼むわ」

と、ゆりあ受付方面に退場。
日南田が小道具の間を探していると、篠原美樹が外(下手)からやってくる。

篠原「どうも、昨日はすみませんでした。篠原美樹、劇団を代表して謝りに来ました」

  と、頭を下げる篠原。
  日南田、しょうがなく会釈する。

篠原「制作の子にそう言った方がいいんじゃないかっていわれてきたんだけどさあ」
日南田「別にいいよ、そんなに気を使わなくってもさ」
篠原「ホントに開演するの?」
日南田「するよ」
篠原「でもどうすんの? お宅の座長は、主役なんでしょう。どうやって主役なしで、開演すんの」
日南田「アングラはね、どんな状況だって芝居ができるのよ。あんた達小劇場じゃ、無理でしょうけどね」
篠原「ひなぴー」
日南田「なに」
篠原「変わったよね」
日南田「そう?」
篠原「高校演劇やってた時は、小道具一つないと、袖で大パニックだったじゃない。それが、小道具どころか主役がなくても平気になったんだもんね」
日南田「平気じゃないけどね、じたばたしたってしょうがないじゃない」
篠原「もう、受付始まってるみたいよ」
日南田「だって、もうすぐ開演だもの」

  と、再び受付の方からやってくる加藤れい。

加藤「さわ、知りませんか?」
日南田「知ってるけどどこにいるかはわかんない」
加藤「もうすぐ場内整理しないと」
日南田「探そうか」
加藤「いいです、私探しますから」
日南田「お客、結構来てるんでしょ」
加藤「もう、ぎゅうぎゅうですよ」

  と、去っていく加藤。

日南田「制作の子に謝ってこいって言われて、今日は来たの?」
篠原「そうよ。劇団同士の諍いはよくないって」
日南田「あんたんとこ、なんで制作がそんなに強いのよ」
篠原「だって、いろいろスポンサー見つけてきたりして、偉いんだもん・・あんたんとこは誰が一番偉いの?」
日南田「座長に決まってるでしょ」
篠原「本番に来なくても?」
日南田「止めに入った警官まで殴ったのがね」
篠原「ほんとに出てこれるの、今日」
日南田「そう・・でも、ミンキーがそこにいたからって、なんとかなるってもんでもないでしょ」
篠原「なにかの役には立つよ、これでも」

  と、さわがやってきて。

さわ「場内整理はじめます」
日南田「はい、よろしく」
篠原「よろしくお願いします」

  さわ、テントの中に消える。
  と、やってくる坪井。

坪井「帰ってきた?」
日南田「まだみたいです」
坪井「こりゃ無理だな。開演は」
日南田「でも、もう客入れが始まってますよ」
坪井「客が来ても、主役が来ないんじゃ芝居はできないだろう」
日南田「そうですけど」
坪井「けど・・・なに? じゃあどうすんの? 国家権力に、主役一人、端役二人持ってかれてさ・・・もう俺、ここやめるわ」
日南田「またあ」
坪井「ここにいても、しょうがないっていうか、前へ、上へ、いかなきゃな。『吉宗』にも出られそうにねえしな」
日南田「『吉宗』出たいの?」
坪井「別に・・(篠原に)あ、昨日のソワレ見たよ。『ムーンライト羅生門』」
篠原「どうも」
坪井「君んとこの劇団、役者探してない?」
篠原「(適当に)役者ですか?」
坪井「俺、次の劇団探してんだけど」
日南田「坪井さん」
坪井「まじまじまじ」
日南田「この前も言ってたんですよ、ジャンジャンで旗揚げするって」
坪井「もうつきあってらんないよ、けんかしても、なにしてもいいけどさあ、ちゃんと本番には帰ってきて欲しいよなあ」
篠原「聞いてみましょうか?」
坪井「あ、ほんとに?」
日南田「別にいいよ」
坪井「よかあないよ」

  と、やってくる高校の制服を着た榊原。
  
榊原「あの・・・」
篠原「あ、来た来た来た。ひなぴー、紹介するわ。こちらカバ女の演劇部の後輩のカシワバラ」
榊原「サカキバラです。よろしくお願いします」
日南田「あ、よろしく」
篠原「(日南田を示し)この人が、第三十六回高校演劇中部地区大会準優勝、あの、奇跡の舞台といわれた『奇跡の人』で、奇跡の人を演じた、日南田淳子さん。で、私がサリバン先生」
榊原「聞いてます、なんか、バカ受けだったんですよね」
篠原「(日南田に)うちの劇団に入りたいんだって、オーディション受けるらしいですよ」
榊原「はい。でも、まだいろんな劇団を見てから決めようと思ってるんです」
篠原「あんた、昨日、うち来るって言ったじゃない」
榊原「第一希望です」
日南田「(榊原に)今日、見てくの?」
榊原「はい、私、テントのお芝居って初めて見るんですよ」
日南田「今、あんましないからね。テント芝居って」
榊原「じゃあ、これ、行く先々で建てて、仕込んで、芝居して、またたたむんですか?」
日南田「そうよ」
榊原「うわ、大変」
日南田「慣れれば、どおってことないよ」
榊原「なんで、普通の劇場でやらないんですか?」
日南田「え?」
榊原「だって、そんなの大変じゃないですか」
日南田「大変なのが嫌なら、演劇なんてやらない方がいいよ」
篠原「ひなぴー、変わったよ」
日南田「そうかなあ」
榊原「これ、どれくらいかかるんですか、建てるのに」
日南田「一日」
榊原「え? 一日で建てちゃうんですか?」
日南田「構造はね、そんなに複雑じゃないから。キャンプに使う奴の大きなのだと思ってもらえばいいよ。こう、中に支柱が立ってて、それをロープで四方八方から、引っ張って固定してあるだけだから」
榊原「倒れたりしないんですか、それで」
日南田「よっぽど、強風が吹かない限りはね」
篠原「でも、今日、台風が来てるんでしょ」
榊原「みたいですね」
篠原「なんか、わくわくするね」
日南田「なにが?」
篠原「え? わくわくしない? 台風の前って」
日南田「時と場合によるよ」
坪井「でも、今日、やらないかもしれないよ」
日南田「やるよ。ちょっと、バージョンが変わるかもしれないけど、やるからね」
榊原「あの、まだ席とかありますか」
篠原「招待してもらえばいいじゃん」
日南田「え?」
篠原「招待してもらえばいいじゃん。カバ女の後輩、カバ女の先輩。ね」
日南田「・・・じゃあ、招待してあげる」
榊原「いいんですか?」
日南田「篠原んとこも招待してあげたんでしょ」
榊原「昨日はお金払いました」
篠原「勉強はお金を払ってでもするものよ」
榊原「ほんとにいいんですか、招待していただいて」
日南田「・・・いいよ、招待してあげるよ。でももう席ないと思うから、そっち裏から、入っていって、舞台を突っ切って、客席に座ってね」
榊原「ありがとうございます」
日南田「くれぐれも見つからないようにね」
榊原「はい、行ってきます」

  と、榊原、そのテントの入り口に向かいながら、篠原にOKのサインを出した。
  篠原もそのサインを出す。
  しかし、日南田は自分にサインを出したのだと思って、同じくOKのサインを返した。
  テントの中に入っていく榊原。
  だが、いったいどこが入り口なのかわからず、また出てきてしまう。
  それを見つけた坪井。

坪井「お、ブタ女(ぶたじょ)の・・」
榊原「あ・・ああ、カバ・・カバ・・」
坪井「こっちだよ、出てきてどうすんだよ」
  
  と、坪井、正しいテントの裏の道を示してやる。

榊原「あ、すいません」

  と、やって来る加藤。

加藤「お客すごいですよ」
坪井「みんな新聞持ってるだろう」
加藤「(嬉しそうに)そうそう」
坪井「暴れるのは舞台だけにして欲しい」
坪井「アングラ劇団主宰者大トラ」
加藤「良い宣伝になりましたよね」
坪井「バカ!なに脳天気な事を言ってんだよ」
加藤「ひどおい」

  と、テントの裏から出てくる満田。

満田「まだ帰ってこんのか?」
坪井「まだです」
満田「考えたか?」
坪井「なんですか?」
満田「椿が帰ってこなかった場合のキャスティングだよ」
坪井「上演中止じゃないんですか?」
満田「バカ、もう金をもらってるんだよ。上演中止になんかできるわけないだろ」
坪井「金?」
満田「一千万」
坪井「一千万?」
満田「しらんのか、この穂賀村の演劇祭は村興しの金でやってるんだよ。前金で椿が一千万もらってるんだよ。やめたら、かえさなきゃなんないだろ」
日南田「一千万?」
篠原「出るんでしょ、援助金が一千万、この村から」
満田「あ、この話は言っちゃいけなかったのかな、忘れてくれ、みんな」
坪井「その一千万の金はどこへいってるんですか?」
満田「一千万が一銭もはいらん。洒落にならんな」
坪井「ホントですよ」
満田「それはじゃあ、芝居が終わったら、椿とミーティングでもしてくれ」
坪井「(日南田に)おまえは知ってたのかよ」
篠原「一千万っていっても、税込みですよ」
坪井「じゃあ手取りはいくらなんだよ」
満田「それよりも、芝居のキャストが変わるぞ、おまえはどうするつもりだ」
坪井「やるんですか?」
満田「一千万だよ」

と、加藤が林田を連れて来る。

加藤「あの、演劇ぶっくの方がお見になりました」
林田「ども! 演劇ぶっくの林田です」
加藤「舞台裏を密着取材なさりたいとかで」
林田「お邪魔にならないように、見せていただきます、あ! みなさん! そのままで」
と、ポケットカメラを取り出して、シャッターを押す。
林田「ありがとうございました」
満田「密着取材?」
林田「この演劇祭の特集をやるんで」
篠原「昨日は、うちの劇団だったのよ。密着取材」
林田「一日一劇団の割合で、取材させていただいております(と、篠原に)どうも、昨日はごちそうさまでした。おいしい茸と海の幸。制作の方にごちそうになっちゃって」
坪井「よりによって、こんな日に取材かよ」
篠原「次の演劇ブックに、大きく扱われるんだろうなあ・・」

  と、警察に出向いていたありさが帰ってくる。

ありさ「かなり入ってるわね、お客」
満田「前宣伝が効いてるからね」
ありさ「それイヤミ?」
満田「その様子じゃ駄目そうだな」
ありさ「いや、今、うちの制作が掛け合ってる。出番までには・・」
満田「出番まで? 開演までじゃなくって?」
ありさ「開演から出番まで、七分半あるのよ」
満田「ずいぶん、細かいな」
ありさ「それまでには到着するって事よ」
満田「その言葉、信じていいんだな」
ありさ「私を信じて」
満田「俺の目を見て言え」
ありさ「すまないね、十一年ぶりに呼び戻したのに、このざまで」
満田「昔は毎日がこんな感じだったじゃねえかよ」
ありさ「そうだったけ?」
満田「忘れてるのは、おまえらの方だよ」
満田「全員を集めろ」
さわ「はい・・今来ます」

  さわ、みんなを呼びに行く。
  と、ありさ、持ってきた傘を日南田に差し出して。

ありさ「ひなちゃん」
日南田「はい!」
ありさ「傘、ありがとう」
日南田「あ、円月の傘」

  と、その傘を満田が横取りして。

満田「これか、昨日椿が持って暴れたのは」
日南田「え? 私の円月の傘を持って暴れたんですか、椿さん」

  と、やってくるゆりあがその日南田の持っている円月の傘を見つけて。

ゆりあ「あったんですか、円月の傘」
日南田「椿さんが持ってってたんだって」
満田「椿の奴、よく仕上げたなあ、この曲がり具合といい、色つやといい、椿はただ喧嘩をしていたわけじゃあなかったんだ、こいつで、一人斬っては血を吸わせ、二人突いては、二十人、三十人、タコ殴りにして、この真の円月の傘を鍛え上げていったんだ、そうだな、ありさ」
ありさ「ただ、ぼこぼこにやられていただけよ」
満田「喝!(日南田に)いいかラフレシア、おまえは今日、このけして開かぬといわれた円月の傘を、舞台上で怪しく開いてみせるんだ」
日南田「はい!」
満田「ようし、なんか妙に盛り上がってきたぞ」

  と、満田、全員を集めて扇状にさせると、その真ん中に自分が立ち。

満田「いいか、今、俺達が置かれている状況を説明する。俺達には舞台の主役がいない。しかし、舞台の幕は開けなければならない。役を少し変更してスペシャルバージョンで上演する」
篠原「スペシャルバージョン」
満田「そうだ。スペシャルバージョンとはなにか?」
篠原「お楽しみ会」
満田「ちがう」
ありさ「先に進みましょう」
満田「キャストを入れ替えての上演である。だが、芝居の進行上主役の存在はかかせない。よって、主役をここにいるありささんにお願いして−」
ありさ「ちょっと待ってよ!」
満田「他に誰がやるんだ」
ありさ「なんで私なの」
満田「俺は自分の台詞もあやふやなんだぞ」
ありさ「そんなことなんで威張って言うのよ」
満田「元はといえば、あんたの旦那がくだらん小劇場のガキと喧嘩なんかしてるからだろう」
ありさ「あんただって、あの場にいれば、喧嘩したわよ」
満田「あんたも全然変わってないな」
ありさ「変わってないから、今日まで続けていられるんでしょう」
満田「とにかく、俺は自分の台詞が精一杯で、椿の分までは憶えちゃいない」
ありさ「じゃあ、誰かうちの若い者に」

  と、見回し。

ありさ「じゃ、坪ちゃん」
坪井「はい」
ありさ「坪ちゃん、あんたやんなさい」
坪井「いいのか、そんなんで」
ありさ「いいのよ、そんなんで」

  と、さわが手を挙げて。

さわ「いやあ、よくないと思います」
坪井「じゃ、おまえやれよ」
さわ「・・はい、やります」
坪井「待て、待て、待て。嘘だよ。えー、じゃあ、俺が椿さんの役ですか?」
日南田「坪井さん、チャンスじゃない『吉宗』出られるかもよ」
坪井「じゃ、俺の役は?」

  と、再びさわが手を挙げて。

さわ「はい! 俺やります」
坪井「バカ! おまえは場内整理やってろ!」
ありさ「二役やればいいじゃない」
坪井「俺、体弱いんですよ」
一同「・・・・・・」
坪井「みんななんか言ってくれよ。沈黙で俺に押しつけるなよ」

と、坪井、思いついた。

坪井「あ、それにほら、俺、椿さんと絡んでるからさ」
日南田「そんなの理由にならないよ」
坪井「どうしてそれが理由にならないの?  じゃ、どうやって、俺が二役やるのよ」

と、さわがまた手を挙げて。

さわ「俺できます」

そして、落語のように左右に二つの台詞を割って喋る。

さわA「その燃え盛る紅蓮の炎が骸を焦がし」
さわB「しかし、しかしです」
さわA「どうした!」
さわB「嫉妬の炎は火力が弱いんです」
日南田「ほら、できるじゃない」
坪井「(さわに)やっぱりおまえやれ!」
満田「坪井! そんなに嫌か!」
加藤「私、坪井さんが酔って、椿さんの台詞を朗々と新宿の志ろうの九階で言っているのを聞きました」
日南田「私も聞きました。演劇史に残る独白でした」
坪井「もう忘れました」
ありさ「忘れたんなら、思い出しなさい」
満田「開演時間が迫ってるんだ。言い争いをしている場合ではない。俺が決めたら、それに従え。でないと、俺は出ないぞ」
ありさ「今日はこの人に従うように」
満田「そうだ今日の決定権は俺にある。そうだな、ありさ」
ありさ「そうよ」
満田「ありさ、おまえがやるんだ」
ありさ「裏切り者」
満田「じゃあ、他に誰ができるっていうんだよ、椿の役を。椿の役ができる奴がいれば、俺が客演なんかにこなくったって、この劇団員だけで、芝居ができるよ」
ありさ「そんな事をいまさら言わないでよ」
満田「いいか、椿の役はありさ、おまえがやるんだ」
ありさ「じゃあ、私の役は誰がやるのよ」
日南田「(手を挙げて)私、ありささんの役、できません」
満田「誰もおまえに頼むとは言ってないだろう」
さわ「あ、僕もできない」
坪井「そうかなあ」
ありさ「私の台詞を覚えている奴がいるっていうの?」

と、おそるおそる手を上げるゆりあ。

ゆりあ「はい、私、台詞入ってます」
さわ「それはちょっと出過ぎた真似だと思うな」

と、ありさ、芝居の台詞をぽそぽそと言いはじめる。

ありさ「その時、狼は地平線を見た。どこまでもー」
ゆりあ「果てしなく続く地平線に己の姿を見た。そして、力の限り吠えた。そこに誰もいない事を確認するために。その遥か上空に、一羽のハヤブサが舞っていた事に気がつく事もなく、ただ吠え続けた。奴はきっとこの街をハヤブサの街と呼ぶだろう」
ありさ「華氏451度。それは紙が燃えはじめる温度です」
ゆりあ「しかし、そんなあなたの嫉妬の炎では、あの禁断の書を燃やす事はできないでしょう。まもなく秋が来ます。三度目の秋です。もしも、もしも本当に全ての路地が繋がっているのだとしたら、この道もまた、あの人の元へ、繋がって入るのでしょう。そして、この道は、あの幻の街、ハヤブサの街へと続いているのではありませんか」
一同「ハヤブサの街へ!」
ありさ「狭く、蒸し暑いアパートの中で眠れぬ夜のために一人」
ゆりあ「人体模型の内臓を組み替えては壊し、組み替えては壊していたあの日々。あなたは人の内臓の組み合わせが、四万二千通りある事を発見し、ある日の朝、わし掴みにした心臓を宙高く突き出して言ったのよ」
石川「本当の組み合わせはたった一つ!」
一同「たった一つ」
石川「だが、偽の組み合わせは四万二千通りある。つまり、四万二千通りの存在しない人体があるのだ。そして、僕はその存在しない方の組み合わせで生まれて来たんだ」
一同「その名はドンちゃん」
ありさ「でもね、違うのよ。それはあなたがまだ、人体模型だった頃の話なのよ。今はもうすでに、忘れ去られた時の物語なのよ」
満田「決定! ありさの役はゆりあで行く」
加藤「私、ゆりあが酔って、ありささんの台詞を、下北の庄屋で朗々と言っているのを聞いた事があります」
ゆりあ「よろしくお願いします。よろしくお願いします」
満田「よし、あとは端役の二人か。津田と中村の役か」
さわ「中村の役なら、自分が何とかします」
満田「中村の役とはいわず、津田の役もやってくれてもいいぞ」
さわ「え・・・」
満田「うそうそうそ。中村のパートはさわがやるとして、津田の役を・・・」
坪井「日南田との絡みが多いから、日南田が二役やればいいと思います」
日南田「どうやって、二役やるのよ」

  と、坪井、さっきさわがやったように、右と左にわけて台詞を言う。
  だが、さわほど熱心ではなく、適当にやる。

坪井A「その燃え盛る紅蓮の炎が骸を焦がし」
坪井B「しかし、しかしです」
坪井A「どうした!」
坪井B「嫉妬の炎は火力が弱いんです」
坪井「ってやればいいだろう」
日南田「私、そんなに器用じゃありません」
坪井「さっきやってたじゃねえかよ」
日南田「私がやったんじゃありません」
さわ「ぼくがやりました」

と、今まで黙って後ろに座っていた篠原が。

篠原「あ! 私空いてます」
日南田「ミンキー」
篠原「日南田さんのマブダチです。高校の時、同じ舞台に立ってました。日南田さんの相手役なら、私が適任だと思います」
満田「日南田はどうだ?」
篠原「日南田さんはOKです」
満田「よし、大した台詞があるわけじゃなし、ここはお願いするか」
坪井「なんかメチャメチャになってきたな」
さわ「そんな、今日初めて会った人が、舞台に出るんですか?」
篠原「今日初めてじゃないわよ。前にも会った事あるのよ。打ち上げの時、去年の六月に」
さわ「いや、そういう問題じゃなくってですね」
日南田「(篠原に)あんた、この芝居がどんなのか知らないでしょう」
満田「しかし、群衆シーンの頭数は必要だぞ」
篠原「サリバン先生とヘレンケラーの仲じゃない。稽古はそのへんでちょこちょこっとやりますから」
満田「まあ、いいじゃないか。猫の手も借りたいところだ」
篠原「猫の手です。よろしくお願いします」
満田「そう深刻になるな。これは椿が帰って来るまでの緊急キャストだ。椿が帰ってき次第、オリジナルキャストに戻す(ありさに)今、制作が掛け合ってるんだろう」
ありさ「全力で掛け合っている。あ、そうだ」

と、ありさ、ポケットからポケベルを取り出した。

ありさ「これ」

と、加藤に渡した。

ありさ「ポケベルでその制作の子と連絡を取ることにしたから・・ここにメッセージが入るから」
加藤「はい」
満田「椿が帰って来るまで、なんとかみんなで持たせるぞ」
さわ「ちょっと待ってください。じゃあ、途中でキャラクターを演じている人が変わっちゃうんですか?」
満田「そうなる」
さわ「客が混乱しますよ」
満田「お客はもう芝居を見に来ているのではない。演劇という状況を見に来ているんだよ。我々の座長が捕まっている事を知ってて見に来ているんだよ。主役がいないまま幕を開けて、我々がそれをどう切り盛りするのかって事を、興味半分で見に来ているんだよ」
坪井「ひでえよなあ」
満田「なに言ってるんだ。それでこそ、我々が二十年前から主張し続けている『見世物としての肉体的特権』を駆使した演劇になるんだ。わかるかみんな。主役がいないって事はな、主役がいないって事でしかないんだ」
坪井「充分大変ですよ、それは」
満田「ただ、開演の時がやって来て、幕が開く、どんな芝居にもその時はやって来る。準備が足りなくても来る。準備万端でも来る。そして、我々はただ、それを黙って迎え撃つだけだ。わかったな!」
一同「はい!」

と、やって来る演劇祭実行委員の水野。

水野「お疲れ様です」
満田「ご苦労さん」
ありさ「どうも実行委員の皆様には、ご迷惑、ご心配をおかけしました」
満田「だが、もう心配はいりません。上演はいたします」
水野「ええ、その事なんですが・・」

  と、空を指差し。

水野「空をご覧下さい」

  と、言われて、一同、空を見る。

水野「いつ雨が降ってきてもおかしくない、空とはこのことです。まもなく、ここに大雨が降ります」
満田「なんでわかるんだよ、そんなことが」
水野「だから、空を見て下さい」
坪井「見たよ」
水野「ね」
坪井「なにが『ね』なんだよ」
水野「さっき、うちの気象予報士が言ってたんです」
満田「気象予報士?」
水野「いるんですよ、こんな村にだって、気象予報士が」
満田「誰も、そんなこと疑っちゃいないよ」
水野「もうこのあたりは暴風雨圏内に入ってるんです。しかも、それも午後四時から入ってるんですよ」
坪井「でも、雨もそんなに降ってきてないし・・」
水野「それはただ、偶然に降ってきてないだけですよ。あなた方にホントにひまわりの映像を見せてやりたいな」
満田「暴風雨圏で芝居やっちゃダメなの?」
水野「ダメって事ないけど、危ないでしょう」
満田「どうして?」
水野「どうしてって・・テントが倒れたりしちゃあぶないじゃないですか」
満田「あ、テント倒れないから大丈夫」
水野「どうしてそんなことが言えるんですか?」
満田「あのテントが倒れるときは、俺達が滅 ぶときだからだ」
水野「そういう事を言って遊んでると、あんた達本当に全員、あのテントの下敷きになりますよ・・公演、中止にしましょう」
ありさ「あんたは黙ってな」
水野「だって、台風が接近してるんですよ」
ありさ「それでも、うちの芝居を見たいって客が集まってきている以上、私達の芝居が求められている以上、芝居はやります」
水野「しかしですね・・」
ありさ「芝居は夢を見せてやるものです。忘れ去られた夢、もう一つの可能性としての夢、そんな夢を求めてしまうのは、あんた達の現実の行政に問題があるからじゃないんですか」
水野「そういう事言うんですか?」
一同「そうだ、そうだ」

  と、みんなうるさい。

水野「あんた達がそういう態度にでるんなら」
満田「どうするんだよ」
水野「こっちだって、人数増やして出直してきますよ」
ありさ「(と、テントを指差し)この中に集まっている人達は、言ってみればあんたたちの行政の犠牲者なんですよ。その人達に、これ以上何も与えるなと言うんですか」
水野「いや、私は単に風が吹いてきてテントでも倒れてきた日には・・・損害賠償が・・」
満田「ようし、みんなスタンバルぞ」
一同「はい!」

  と、一同は勝手にテントの中に入ってスタンバイしていく。

満田「公演を中止にできるならしてみろ」
水野「いや、ホントにできるんですよ、これが」

  満田を追いかけるようにして、水野はテントの中に入っていく。

ありさ「台詞、いつ覚えたの?」
ゆりあ「別に覚えようと思ってたわけじゃなくって・・毎日毎日稽古場で聞いていたら、自然に・・」
ありさ「がんばってね、頼むわよ」
ゆりあ「はい、よろしくお願いします」

ありさが去って、ゆりあの元に日南田が来る。

日南田「すごい、すごい、すごい、かっこよかったあ!」
ゆりあ「どうしよう」
日南田「なにが?」
ゆりあ「私、覚えているの、あの辺の台詞だけなんです。細かい台詞のやり取りなんかは、たぶん・・・」
日南田「大丈夫よ、ありささんだって、いつも間違ってるから、私達細かくフォローするのには慣れっこだから」
加藤「自分が台詞忘れると、こんなキッと人の目を見るんですよね」
日南田「そうそう、あの目で見られると、なんか自分が間違ったのかなってドキドキするよ」

と、側にあった台本をめくり始めるゆりあに。

篠原「台詞合わせしてあげようか?」
ゆりあ「お願いできますか?」
篠原「その代わり私の台詞も合わせもやってね」

それを聞きつけた日南田が来る。

日南田「あんたは浮浪者とか、看護婦とかなんだから、多少アバウトでもいいのよ。ゆりあの方を重点的にやってよ」
篠原「どんな端役でもさあ、やるからには、一生懸命やりたいじゃない(ゆりあに)こっちでやろうか」
ゆりあ「はい」

  と、水野がテントの方から出てきて言った。

水野「じゃあですねえ。開演してもいいですよ。ただし、これ以上風が強くなったら、即、中止にしてもらいますからね」

  と、水野、テントの中にもう一度入っていきながら。

水野「ちょっと、ちょっと、人の話を聞いてるんですか?あんた達は」

  と、出てきたさわ。

さわ「紙吹雪の用意、できてるんですかね」
日南田「津田に聞いてよ」
さわ「津田、留置場ですよ」
日南田「え? じゃあ、今日の小道具の管理って、誰がやってんの?」
  と、テントの方から坪井が出てくる。
さわ「みんなキャストの事ばっかり考えて、端役の奴等がやっている裏の仕事の事を忘れてるんじゃないですか・・大変だぞ」

  と、立ち去ろうとしているさわを呼び止める坪井。

坪井「ちょっと待てよ、おい!」
さわ「なんですか?」
坪井「ちょっと待てよ、これ、本当にやるのかよ」
さわ「もうすぐ開演しますよ」
坪井「冗談だろう。主役が留置場にいるんだぞ。準備してギリギリまで待って、椿さんが帰ってこなかったら、中止にした方が絶対いいって」
さわ「そんな事、今、言われても」
坪井「なんで、今晩こんな状況の中で、芝居をしなきゃなんないんだよ。明日でも、明後日でもいいじゃねえかよ」

と、テントの方から顔を出した満田が。

満田「坪井」
坪井「なんですか?」
満田「スタンばらなくていいのか、ドアタマおまえだろう」
坪井「俺・・・出ません・・っていったら、どうしますか?」
満田「・・・・・」
坪井「どうしますか?」
満田「そしたら、俺が出るよ」

  と、出てくる満田。

坪井「え?」
満田「そしたら俺が出るよ(坪井の登場の台詞を朗々と)落ち着け! 落ちついて俺の話を聞け! この男はこう証言しております。僕はこの街で生まれた。このハヤブサの街で。ここに生まれ、育ち、恋をし、盗みを働き、恋をして、他人の妻を寝取ったと。しかし、この街には、そんな記録は残っちゃいない(そして、元に戻り)俺が、お前と、さすらいの腹話術師の二役をやるよ」
坪井「あんた、自分の台詞もあやふやな癖に」
満田「でも、人の台詞なら、スラスラ出るんだよ」
坪井「どういう頭の構造をしてるんだ」
満田「出るのか、出ないのか?」
坪井「やりますよ・・やりゃあいいんでしょう」

と、テントの方にはけて行く坪井。

満田「よし、次に危ないのは、誰だ?」

と、同じくテントの方にはけて行く。
  開演前の準備で、加藤、さわ、中川、満田までがうろうろしている。

林田「(テレコに)開演前、騒然となる舞台裏。ちなみに只今の台風情報。一時間に五十キロの速度で東北東に移動中。中心気圧935ヘクトパスカル。中心付近の最大風速は、45メートル。所により、二百ミリから、二百五十ミリの雨・・・どうする、どうなるアングラ劇団」

  と、テントから呆れたように出てくる水野に。

ゆりあ「待って」
水野「お客さんの中には小さな子もいっぱいいるんだよ」
ゆりあ「どうして、そんな子が私達のアングラを見に来るの?」
水野「しょうがないだろう、娯楽がないんだから、おまえがいたときから、この村はなにも変わっちゃいないんだよ。あるのは巨大なパチンコ屋と巨大なラブホテルと巨大なレンタルビデオ屋と、巨大なカラオケボックスと、巨大なバッティングセンターと・・」
ゆりあ「そんだけあれば充分じゃないの」
水野「もっともっといろんな娯楽を求めるんだよ。人間ってのは」
ゆりあ「でも私だって、ようやく舞台に立てる時が来たのよ、中止にしてくれなんて、私の口からは、絶対に言えないわ」

  と、突然、口を挟む篠原。

篠原「ゆりあちゃんって、ジモティなんだ」
水野「ジモティ?」
篠原「地元の・・・原住民・・さん」
ゆりあ「ごめんなさい」
水野「あやまられてもなあ」
ゆりあ「公演を中止にするのなら、それはあなたの口から言ってよ」
水野「そしたら、おまえは俺を恨むだろう」
ゆりあ「そんなことしないわよ」
水野「ほんとかよ」
ゆりあ「そん時は」
水野「その時は?」
ゆりあ「ただ、残念に思うだけよ。運が悪かったと思うだけよ。本当に・・運が悪かったと思うだけよ・・いいのよ、気にしなくて」
水野「やめろよ、すごい気になるよ」
ゆりあ「知らんぷりしてよ」
水野「できるか、そんなもん」
ゆりあ「私、今までだってずっと運が悪かったんだし・・これからだって、ずっと運が悪いと思うだけよ」
水野「なんでそんなに卑屈な事言うんだ」
ゆりあ「・・・演劇が私を歪めたのよ」
水野「じゃあ、やめればいいじゃないか」
ゆりあ「うそよ、ちょっと、そういうことも言ってみたかっただけよ」

  と、やって来る加藤。

加藤「開演五分前です」

  と、言うなり去っていく。

水野「開演五分前だってよ」
ゆりあ「うん」
水野「俺の席はあるのかよ」
ゆりあ「・・・中止にしないの?」
水野「まだ・・風も雨もそれほどでもない・・・ゆりあ」
ゆりあ「なに?」
水野「お前、運はいい方だと思うよ」
ゆりあ「まだなにも始まっていないのよ」
水野「俺の席はあるのかよ」
ゆりあ「ごめんね、もう、立ち見だと思う」
水野「あのさあ、俺、おまえの劇団をこの演劇祭に呼ぶのに、どれだけ苦労したと思っているんだよ」
ゆりあ「席の取りようがないのよ、全席自由桟敷席だから・・なにか置いとくってわけにもいかないでしょう」
水野「(もう投げやりになっている)立ち見でもいいけどさあ」
ゆりあ「ごめんね、私がいい役もらえて、今年は頑張るぞ、なんて、年賀状にうそ書いたばっかりに」
水野「初舞台おめでとう。見せてもらうよ、立ち見でね」

と、客席に向かう水野。
と、テントの方に入って行く石川。

石川「よろしくお願いします」
ゆりあ「よろしくお願いします」

と、テントの方に入って行く日南田。

日南田「よろしくお願いします」
ゆりあ「よろしくお願いします」

と、テントの中に入って行くさわ。

さわ「よろしくお願いします」
ゆりあ「よろしくお願いします」

と、テントの中に入って行く。
  篠原がゆりあの所に台本を持ってきて。

篠原「ちょっとここ、読んでもらっていいかな」
ゆりあ「はい(と、読み始める)どぶ板をはずすと、そこに小さな小径が現れる」
篠原「そこに流れる牛乳瓶に乗って」
ゆりあ「私は逃げ出す」
篠原「そうはさせるか、うおおおおお・・あってる?」
ゆりあ「あってます」
篠原「(別のページをめくって)じゃあねえ、次はこっから・・」
ゆりあ「あ、あの・・自分の台詞だけじゃなくって、私の台詞もお願いできますか?」

  と、やってくる加藤。

加藤「開演しました」

と、テントの中の方から『うおーっ』という声が聞こえて来る。何かを叩いている激しい音に混じって。
  テントの中から台詞が聞こえてくる。

坪井「落ち着け! 落ち着いて俺の話を聞け! この男はこう証言しています。僕はこの街で生まれた。このハヤブサの街で。ここに生まれ、育ち、恋をし、盗みを働き、恋をして、人を殺し、恋をし、他人の妻を寝取ったと。しかし、この街にはそんな記録は残ってはいない」
群衆「そんなバカな話があるか!」
坪井「彼はこのハヤブサの街に拒否されたのです」

と、曲がかかってフェードアウトしていく。
  その曲に乗せるように、ゆりあと篠原の  台詞合わせの声が被る。
やがて、満田が出てきて。

満田「始まった、始まったと・・・」

と、満田の顔に一粒雨粒が落ちた。
  ありさも出てきた。

満田「お!」
ありさ「なに?」
満田「雨だ」

反射的に空を見る二人。

ありさ「本当にいつ土砂降りになってもおかしくはない空ね」
満田「風も出てきたしね」
ありさ「暴風雨圏内ってのも、うそじゃないわよ。朝から、天気予報のコーナーどんどん長くなって来ているもの」
満田「このテント、持つのか? 暴風雨の中で」
ありさ「なに弱気になっているのよ。持つとか持たないとかの問題じゃないでしょう。持たせるのよ」
満田「舞台上に主役はなく、外からは暴風雨か」
ありさ「普段の行いが悪いのよ、あんたのね」
満田「本当にどこまでも人のせいにする奴だな(と、時計を見て)椿の出番が近づいているぞ。帰ってきやしねえじゃねえかよ」
ありさ「スタンバイ、スタンバイ」
  と、テントの中に入っていく。
満田「(その背に)おい!」

と、やって来た加藤に。

満田「加藤!」
加藤「はい」
満田「椿はまだ帰ってこんのか!」
加藤「まだです」
満田「遅い! 連絡もないのか!」
加藤「それもまだ・・あ!」
満田「どうした?」
加藤「ぶるった」

と、ポケベルを取り出して、メッセージを読む。

加藤「なんだ、これ? 1010890」
満田「1010809」
加藤「これ、どういう意味ですか?」
満田「俺に聞くなよ」
加藤「この数字、なにを意味してるんだろう」
満田「なんでこんな意味不明の暗号を送って来るんだよ」
加藤「誰かに聞いてきます」
満田「みんなそっちでスタンバっている」
加藤「はい」
さわ「ゆりあ、出番だよ!」
ゆりあ「はい!」
満田「(篠原に)どうだった? 行けそうか」
篠原「八割方は」
ゆりあ「いえ、十割、やって見せます」
満田「頼んだぞ」
ゆりあ「はい」

と、ありさがさっきまで掛けていたアイパッチを掛けて、舞台へと向かう。

ゆりあ「(つぶやくように)私の舞台だ・・私の本番だ」

その後に、続く篠原。
  最後の台詞合わせをする。

篠原「平和の鳩を殺して食うなら」
ゆりあ「その左手(ゆんで)に握ったロザリオを」
篠原「川に流してしまうのかい?」
ゆりあ「私がこの手で必ずね」
篠原「よし、バッチリ」

と、テントの中に消えて行く。
満田も後に続く。
  そして、聞こえてくるゆりあの台詞。

ゆりあの声「その時、狼は地平線を見た。どこまでも、果てしなく続く地平線に己の姿を見た。そして、力の限り吠えた。そこに誰もいない事を確認するために。その遥か上空に、一羽のハヤブサが舞っていた事に気がつく事もなく、ただ吠え続けた。奴はきっとこの街をハヤブサの街と呼ぶだろう」
一同の声「ハヤブサの街!」

  アングラっぽい曲がかかる。
満田がはけて来る。

満田「(ありさに)なんとかいけそうだな」
ありさ「の、ようね」
篠原「(も、ついて出て来て)これならプロンプなしでも、大丈夫ですね」
ありさ「そうね」
満田「よし・・(と、呼ぶ)津田! 津田!はどこだ?」
ありさ「津田は今、椿と一緒に留置場の中じ ゃないのよ」
満田「ああ、そうか・・」

と、気がついた。

満田「ちょっと待て、じゃあ、俺の朝顔君はどこにしまってあるんだ?」
ありさ「朝顔君?」
満田「俺の朝顔君はどこにいるんだ?」
林田「なんですか、朝顔君って?」
中川「人形です(と、身長を作ってみて)これくらいの。満田さんが持って出る人形なんです」
満田「誰か・・誰か俺の朝顔君を知らないか?」
中川「そういえば」
満田「なに?」
中川「朝から見てませんね」
満田「おい! 俺はさすらいの腹話術師なんだぞ。腹話術師が人形を持って出ないで、どうする? 探せ、探すんだ」
中川「小道具はみんな津田が管理してましたから」
満田「あいつはいつもどの辺に朝顔君を置いていたんだ?」
ありさ「なんで自分の小道具を開演前にチェックしておかないのよ」
満田「今日はそれどころじゃなかっただろう」
ありさ「はいはい、みんなうちの旦那のせいですよ」
満田「ありさ、おまえはそんなふうにふてくされてればいいけどな・・(と、台本をめくり出す)俺の出番まであと何分だ?(と、確認した)8ページ・・5分もないな」
篠原「それはどんな人形なんですか?」
満田「普通の腹話術の人形だよ・・ほっぺが少し赤くて、目がくりくりっとしてて・・ああっ! どこだ、どこにいるんだ?」

と、やって来るさわに。

満田「朝顔君知らんか?」
さわ「朝顔君いないんですか?」
満田「いないんだよ」

  と、加藤がまた来る。

さわ「あれ? 津田が昨日の夜、その辺に干してましたよ・・魚臭くなったとかで」
満田「干してた?」
加藤「猫が寄って来て困るって・・」
満田「猫にさらわれた可能性もあるのか?」さわ「まさかそんな・・今朝見たらなかったから、もういつもの場所に津田が仕込んだんじゃないですか?」
満田「津田は昨日の夜から留置場だろう」
さわ「あ、そうだ」
満田「もういい! 自分で探す!」
加藤「でも、あんな大きな物がどこへ行っちゃうっていうんでしょうかね」
中川「朝顔君でしょ。舞台に出ているあの魚臭い棺の中に、もう入ってるんじゃないんですか?」
満田「なんで棺がもう出てるんだ?」
中川「小道具係の津田が入れ忘れたんじゃないんですか?」
満田「だから、津田は留置場だろう」
中川「あ、そうか」
加藤「出ていって、おもむろにあの小さな棺桶を開けて、朝顔君を取り出して、芝居を始めるしかないですね」
満田「ちょっと待て。棺桶の中に朝顔君は本当にいるんだろうな」
中川「いえ、さっき誰かが言っているのを聞いただけですから」
満田「誰かって、誰だよ」
中川「いや、小耳に挟んだって言うか」
満田「開けてみて、いなかったらどうする?」
中川「それはちょっとバクチですね」
満田「(加藤に)お前、ちょっと行って、朝顔君がいるかどうか、確認して来い」
加藤「もう無理です。酒場のシーンになりましたから、ラフレシアの独台詞の所です」
満田「だから、ちょこちょこっと行って、見て来てくれりゃいいじゃないか」
加藤「そんなの無理ですよ」
満田「頼むよ、俺が出て行けないんだから、行ってくれよ」
中川「いますよ、朝顔君は、あの棺桶の中に」
満田「絶対か?」
中川「きっと」
満田「きっとじゃ駄目なんだよ。俺がさんざん朝顔君について話をして、棺桶を開けたら、なにもなくって、そっからパントマイムになるのか、無対象の芝居になるのか?」

満田、ポケットからウイスキーの小瓶を取り出して、ぐいっと呑む。

満田「あーっ!」
ありさ「満田! 本番中に酒は!」
満田「これが呑まずにおられるか」

そして、満田、酒のお陰でいつもの落ち着きを取り戻した。

満田「おい、さっきの役場の奴、呼んで来るか」
ありさ「どうしたの?」
満田「台風が来て、テントでも倒れたら、危ないから中止にしてもらおう」

と、テントの側に行って少し揺らす。

満田「少しテントを揺すってみるか」
ありさ「そんな事をしてどうするのよ」
満田「台風が来たぞ! うわっ! 危ないーって叫べば、客席もそでも大パニックだろー」
ありさ「そんな事をしてどうするのよ」
満田「その客席のどさくさに紛れて、あの棺桶の中に朝顔君がいるかどうか、確認して来る」
ありさ「そんな事しないで、いちかばちか、賭けてみればいいじゃない、男なら」

と、出て来る石川。側にあった物に当たり散らす。

満田「なんだよ」
石川「ちくしょう、台詞一つ間違えた! く そっ!」

と、なんだか怒っている。

満田「いいじゃねえか、台詞の一つくらい」
石川「よくはないですよ」
満田「こっちは芝居の相棒がいないんだよ」
林田「(テレコに)早くも大波乱、劇中で使う腹話術の人形が見当たらない」
満田「おい、いちいち実況するな」
林田「あ、これは、あの、記録のためにですね」
満田「こんな事、記録するな」
林田「(テレコに)私もまた、とばっちりを受ける始末である」
満田「朝顔君はなあ・・朝顔君は俺の演技のよりどころだったんだよ」
ありさ「そんなに大事な物だったら、人任せにしないで、きちんと自分で管理していれば、よかったでしょう」
篠原「私、やりましょうか?」

と、口の端に二本指を当てている篠原。

満田「その手があったか!」

と、日南田がテントから駆け出て来て。

日南田「篠原!」
篠原「あいよ」
日南田「看護婦その3、出番!」
篠原「えーっ!」
日南田「台詞、わかってるわね」
篠原「バッチシよ!」
日南田「行くよ!」
篠原「カバ女演劇部、往年のゴールデンコンビ今宵、復活!」

と、舞台の方に出て行く。

満田「おい! 俺の朝顔君やってくれるんじゃなかったのかよ!」
ありさ「あの二人と同時にあんたも舞台に出てるんでしょう。どうやって、腹話術の人形ができるのよ」
満田「しかし、しかし、しかし、じゃあ、どうすればいいんだよ」
ありさ「落ちついて、冷静になってみれば、なにかいい代案が浮かぶわよ」
満田「ありさ、頼むよ、一緒に考えてくれよ」
ありさ「とにかく、落ちつきなさい」

と、さわが顔を出して。

さわ「ありささん! 出番です!」
ありさ「よし!」

と、満田を投げ捨てて出て行くありさ。
と、石川が顔を出して。

石川「朝顔君が、どうかしたんですか」
満田「だから、朝から見当たらないんだって」
石川「いますよ」
満田「どこに?」
石川「客席に」
満田「客席に? なんで?」
石川「いえ、開演した時から、ずっと客席にいますよ」
満田「だから、なんで?」
石川「客の中でじっとしてて、全然動かないんで、おかしいなって思ってたら」
満田「朝顔君だったのか」
石川「そうです」
満田「じゃあ、朝顔君はこの芝居を、最初っから見ているのか。あのまん丸の瞳で」
石川「そうですね」
満田「誰だ、誰が朝顔君を客席に置いたんだ」

と、ありさが出て来る。

ありさ「満田!」
満田「どうした?」
ありさ「朝顔君いたわ、客席に。それもものすごく目立つ所に」
石川「関係者席のあたりですよね」
ありさ「そうそう」
満田「なんだ、関係者席って」
ありさ「いや、さっきの演劇祭の実行委員の人を招待する席よ」
満田「だから、朝顔君がなんで関係者席にいるんだよ」
石川「まあ、この芝居の関係者といえば、関係者ですからね」
満田「バカ! 朝顔君はこの芝居の関係者じゃないだろう」
石川「え!」
満田「当事者だろう」

と、やって来るさわ。

さわ「満田さん、朝顔君が客席に」
満田「わかってるよ、おまえ取ってこいよ」
さわ「僕はここについてなきゃなんないんで」

と、やって来る中川。

中川「満田さん、いたいた朝顔君」
満田「関係者席にだろう」
中川「ええ、子供二人に挟まれて、こんなふうに肩を組んで、芝居を観ています」
満田「犯人は地元のガキか。どうして気がつかなかったんだ。客席の整備は誰が担当しているんだ」
中川「津田です」
満田「津田は留置場だろう」
中川「だから、今日はみんなで分担して、やってたんですよ」
満田「おい、あのなあ、おまえら津田一人にあんまりにも多くの物を背負わせ過ぎてやしないか」
さわ「満田さん、出番です」
満田「しょうがねえ」

  曲カットインする。

中川「どうするんですか」
石川「朝顔君なしで・・」
満田A「右と左、朝顔君ならどっちに行く?」
満田B「右も左も同じ陽炎さ」
満田A「ならば、真ん中の街の獣道を、二人で行こう」
満田「(戻って)こうやって、一人二役やればいいんだろう」
さわ「それだったら満田さん」
満田「なんだ」
さわ「(やって見せる)右も左も同じ陽炎さ。ってやったほうがいいですよ」
満田「おまえの指図は受けん!」

  と、満田、さわを蹴る。

さわ「すいません」
満田「見ててくれよ、朝顔君。おまえがいなくても、俺は立派に舞台に立ってみせるよ」
  
  と、さわ、満田の後を追う。
と、小瓶から一口飲んで、舞台へと出て行く満田。

中川「石川君」
石川「なに?」
中川「劇団、やめるんだって?」
石川「誰に・・・聞いた?」
中川「せっかくのラストステージなのに、ゴタゴタになっちゃったわね」
石川「まだやめるって言ったわけじゃないよ」
中川「なに言ってんのよ、あんたはそんな坪井みたいな奴じゃないでしょう」

と、石川、きちんと頭を下げて挨拶する。

石川「どうも・・・お世話になりました」
中川「まだ終わってないわよ。気の抜けるような事、言わないでよ」
石川「ごめん」
中川「何年いたんだっけ?」
石川「六年」
中川「六年・・・六年か・・(いかにもやってたかのように)一回もやらなかったわね」
石川「そうですね」
中川「でもねえ・・私は」

と、中川、一輪の薔薇を石川に投げる。
が、届かずに地面に落ちた。
それを拾った石川に間髪入れずに。

中川「好きだったわよ」
石川「本当ですか?」
中川「あんたの芝居」
石川「今、すげえ複雑な気分」

と、中川、出て行く。
一人残された薔薇を一輪持った石川。
  しばし、その薔薇を見つめているが、手  近かにあったウーロン茶の缶にそれを指して、舞台に出て行く。
  曲が入って、満田、坪井、篠原、ゆりあがはけてくる。
  満田はちゃぶ台を背負っている。
と、舞台のど真ん中に立ちつくしていた  ゆりあが。

ゆりあ「どうしよう、私、やっぱり、こんな役できない」
  
  そして、舞台奥の鏡前に戻って。

ゆりあ「・・どうしよう・・私、やっぱり、こんな役、できない」
篠原「なに言ってんのよ」
ゆりあ「駄目、なんか足がすくんじゃって、動けない」
篠原「どーしたのよ、ゆりあちゃん」
ゆりあ「考えてみたら、私にありささんの役なんて、できるわけないのよ。だって、私全然稽古もしてないし、私、ここの舞台に立つの、初めてなんですよ」
篠原「私だって初めてよ」
ゆりあ「私は主役クラスの役だから・・」
篠原「だって、さっきまでやってたじゃない」
ゆりあ「舞い上がってたからよ」
篠原「そんなことないよ」
ゆりあ「そうなのよ。舞い上がってたからなの、調子に乗っていたからなの、いい気になっていたからなの」
篠原「じゃあ、調子に乗ったまま、最後までつっ走っちゃえばいいじゃない」
さわ「そうですよ。いい気になったってなんだって、最後までいっちゃえば・・・」
ゆりあ「でも、もう駄目」
篠原「どうして」
ゆりあ「だって、冷静になっちゃったんだもん」
満田「おーい、みんな、ゆりあがおかしくなっちゃったぞ」
さわ「ゆりあ、おまえな、なに言ってんだよ、しっかりしろよ、いいか・・・」

  と、さわ、テントの方に行き。

さわ「出番なんで失礼します」
満田「お、もうヤブ医者の登場か」
さわ「はい」
ゆりあ「すいません、みなさん」
坪井「なに?」
篠原「怖くなっちゃったんですって」
坪井「なにが?」
篠原「舞台が」
坪井「堂々とやってたじゃん」
篠原「でも駄目になっちゃったんだって」
坪井「なんで?」
篠原「だから、怖くなっちゃったんだって」
満田「わかった、さっきの間違いを気にしてるんだろ」
ゆりあ「まちがい?」
満田「それが包帯をまとったラフレシア、あなたです! って俺の方を指さしたろ」
ゆりあ「あ!」
篠原「え? どこで?」
満田「あれは本当は日南田を指ささなきゃいけなかったんだろ」
ゆりあ「(篠原に)そんな事してました?」
篠原「私、台詞のチェックしかしてなかった」
ゆりあ「どうしよう、私、やっぱり駄目だ、間違えた事も気がつかないし」
坪井「あんた、今そんな事言わなくってもいいだろう」
篠原「よけいに不安になるじゃないですか」
坪井「(ゆりあに)大丈夫だよ、ちゃんとこれまでのシーンはうまくやって来たじゃないか」
ゆりあ「でも、次は駄目かもしれないし・・」
満田「こいつ、前からこんな奴なのか?」
坪井「本番で付き合ったのは今日が初めてですから」
ゆりあ「ごめんなさい、いろんな事考えてたら、不安ばかりがよぎって・・」
満田「こいつになにか労働させよう」
一同「労働?」
満田「そうだ、こいつ下手に休ませちゃいかん・・考える時間を与えないように、どんどん雑用をさせるんだ」
篠原「雑用の合間に芝居をさせるの?」
満田「そうだ」
ゆりあ「ますます無理です、そんなの」
篠原「ゆりあちゃん、落ち着いて、いい? 舞台に出る前は、みんな不安になるの、ドキドキするの、だから緊張するんでしょ」
ゆりあ「わかってます、私も大学の劇研で舞台に立った事ありますから」
篠原「(やや強めに)大学の劇研と一緒にしないで。これはサークルやクラブの発表会じゃないの。劇団の公演なのよ。劇団っていうのはね、生活と引き替えに演劇をするところなの。だからね・・だからこそ、舞台がとても重要な場所なの。あなたは今、そのとても大切な場所に出ていこうとしてるのよ。怖いと思うのは当たり前よ。不安に思うのは当たり前なの。むしろ、そう思って出なきゃいけない場所なのよ・・(と、舞台の方を指さして)あそこはね・・わかる?」
ゆりあ「え・・・ええ」
坪井「(篠原に)お前、うちの劇団じゃねえだろうがよ、なにもっともらしいこと言ってんだよ」
篠原「(まだ胸を張ってる)いや、同じ演劇人としてさ・・」
ゆりあ「私、そんな大変な場所へは、もう二度と出ていけない」
坪井「(篠原に)逆効果じゃねえか」

と、舞台からやって来る中川。

中川「ゆりあちゃん」
ゆりあ「ごめんなさい」
中川「今、さわ君が(テントの方で)なんとかしてやってくださいって言ってたけど・・・・私は止めないわよ」
坪井「また、あんたはそーゆーことを言う」
満田「止めないって、何を止めないんだよ」
中川「ゆりあちゃんはどうしたいの?」
ゆりあ「役者・・・・・辞めます」
篠原「ゆりあちゃん」
中川「辞めてどうするの?」
ゆりあ「田舎に帰ります」
中川「田舎に帰ってどうするの?」
ゆりあ「家事手伝いでもします」
中川「それでどうするの?」
ゆりあ「それで・・それで、適当な男でも見つけて、結婚でもしますよ」
中川「子供は作るの?」
坪井「あんた、なにを聞いとるのかね」
ゆりあ「まあ、一人か、二人」
中川「男の子? 女の子?」
ゆりあ「上が男で、下が女」
中川「じゃあ、あなたの後の人生は、子育てって事ね」
ゆりあ「そうですよ」
中川「つまんない人生」
ゆりあ「いいじゃないですか、もう・・もう舞台に出れなくなった以上、私にはそれしかないんですよ。もう舞台がものすごく遠くに感じられるんです」
篠原「(示して)すぐそこよ。歩いて十歩もないわよ」
ゆりあ「物理的な距離の事を言ってるんじゃないんですよ」

と、テントから出てくる日南田。

日南田「ゆりあ! しっかりしなさいよ」
ゆりあ「もう駄目です」
日南田「あんたは役者でしょう。しっかりしなさいよ」
ゆりあ「もう、私なんか役者じゃありません」
日南田「なに言ってるのよ、役者はねえ、不安になるのは当たり前なの、ドキドキするのは当たり前なの。だから、緊張するんでしょう」
篠原「それ、もう言った」
日南田「劇団っていうのはねえ、生活と引き替えに芝居をする所なのよ」
篠原「それも言った」
坪井「その台詞、マニュアルになってるのか?」
篠原「ガラスの仮面の中の(日南田と)二人の好きな台詞なの(日南田に)ねー」
ゆりあ「すいません、誰か代役を立ててください」
満田「そもそも、おまえが代役なんだろうが」
坪井「やりたいて言ったのはお前だろうが」
ゆりあ「やりたいなんて言ってません」
坪井「なにぃ!」
ゆりあ「私はただ、台詞が入ってますって言っただけです」
満田「その後『よろしくお願いします』って言ったじゃないか」
ゆりあ「あの場で、私が『できません』って言ったら、満田さんの顔を潰すんじゃないかって思って」

と、さわがテントの方から顔を出して。

さわ「ゆりあはどうですか?」
ゆりあ「全然駄目です」
さわ「どうすんですか?」
坪井「今、考え中だよ」
さわ「頼みますよ。あと2シーンでゆりあの出番です」

と、さわ舞台へ出て行く。

ゆりあ「私、その二人の子供を育てて、一生を終わってもいいんです」
坪井「ばかやろう、なに言ってんだよ、あのなあ・・」
満田「坪井!」
坪井「なんですか?」
満田「舞台を怖いと思った事はあるか?」
坪井「今でも怖いですよ」
満田「出たくないって程、怖くなる事だよ」
坪井「それは・・・昔・・・」
満田「日南田は?」
日南田「私も・・・うんと昔」
中川「私は・・・(考えて)ないな」
満田「そん時はどうした?」
坪井「ちょうど、神社の境内でやっていた公演で、一番大きなしめ繩のしてある大木につかまって『出たくない、もう田舎に帰る』って、泣きわめきました。そしたら」
満田「そしたら?」
坪井「椿さんをはじめ、劇団員の人達にこう両脇、四、五人で抱えられて、舞台に放り出されました」
日南田「え? 坪井さんも?」
坪井「おまえの時は、俺がこっち(右側)を支えて、舞台に放り出したんだよ」
中川「そうか、みんなそういう事を経験してるんだ。なんで私だけないのかな」
篠原「うちの劇団じゃ、そんな事今まで一度も起きた事、ありませんよ」
坪井「繊細な奴が多いってことだろ」
篠原「やってる事はこういう事なのに?」
坪井「その反動だよ」
満田「いや、違うな」
坪井「どういう事ですか?」
満田「おまえがその大木にしがみついて泣いた時の様子を覚えているか」
坪井「(思い出して)夕日でした」

  テントの方から曲が聞こえてくる。

坪井「真っ赤な夕日でしたあぁぁ」
満田「日南田は?」
日南田「私の時は、京都の山の中で、霧がすごかった・・ような」
満田「俺達の芝居は、テントと共にある。テントを取り巻く自然と共に、俺達の芝居はある」
坪井「じゃあ、俺があの時おかしくなったのは、夕日のせい?」
日南田「じゃあ、私は霧のせいで?」
中川「じゃあ、ゆりあは今近づいている台風のせいで?」
ゆりあ「え! じゃあ、私はじゃあ台風の影響を受けているんですか?」
満田「自然が人を狂わせる事ってのはなあ、よくある事なんだよ」

と、さわが再びテントから出てきて。

さわ「ゆりあ、大丈夫ですか、出番です」
満田・坪井・日南田・中川・篠原「大丈夫です」
さわ「よかった」

と、引っ込むさわ。

ゆりあ「大丈夫って、なにが大丈夫なんですか?」
満田「解決策はこれしかないだろう」

 と、ゆりあの片側を中川と篠原、反対側を坪井と日南田が固めて、そのまま舞台へ運んで行く。
満田は幕の介錯をしている。

ゆりあ「ちょっと、ちょっと、ちょっと、うわああああああ」

満田がそれを見送って。

満田「お騒がせしやがって」

と、中に向かって。

満田「そこで逃げてきたら、舞台上に蹴り出せ! とにかく休ませちゃいかんぞ」

と、満田は近くにあった工具箱に腰を下ろして、小瓶を取り出すとまた一口、二口呑む。
 坪井が出てきて、それを見つけた。

坪井「あ、満田さん、なに呑んでんですか?」
満田「リポビタンD」
坪井「ウソですよ。ちょっと貸してください、その小瓶」
満田「駄目だよ」
坪井「うっ! 酒臭い!」
満田「坪井」
坪井「なんですか?」
満田「(しみじみ)俺はな、お前を見ていると、なんて言うか、昔の自分を見ているような気がするんだよ」
坪井「やめてくださいよ」
満田「俺もな、しょっちゅう言ってたんだよ、椿の所にいた時はな『やめるーっ、やめるーっ』ってな」
坪井「(も、マジになって)本当ですか?」
満田「ああ・・だからな、今のおまえの気持ち、よくわかるよ」
坪井「辞めてみて、どうでしたか、実際」
満田「うん、よかったね、正解だったよ」
坪井「え?」
満田「辞めて離れてみると、本当によくわかるよ。あの時、俺はいったい、なにを夢見ていたんだろうってね」
坪井「え? ええっ! 本当ですか?」
満田「本当に、お前を見ていると、あの頃の自分を見ているようだよ」
坪井「じゃあ、俺もやがて、こんなアル中おやじになるのか?」
満田「たまにやるぶんには、演劇っておもしろいよな」
坪井「あのお・・俺達、一年中やってるんですけど」
満田「物事、ほどほどっていうのが一番だぞ・・お、やっと俺の出番かな」

と、満田、テントに向かう。

坪井「え・・・ええ・・・」
林田「(メモを取っている)ほ・・ど・・ほど・・が、一番」

と、ありさとゆりあがテントから出て来る。

ありさ「ゆりあ、あんた今、そでから飛んで出てこなかった? あれはなんなの?」
ゆりあ「いえ、みんなが、舞台の出を手伝ってくれたんです」
ありさ「土壇場に追いつめられた者の叫びの感じがよく出てたし、やけくそにも似た迫力があったわよ」
ゆりあ「とんでもありません」

と、後ろから出てきた日南田が。

日南田「やってみるもんね、いきなり回復してるものね」
坪井「言葉で説得するよりも、実力行使の方が、てっとり早い時があるんだな」
中川「言葉って、信用できないからね」
坪井「いや、そういう意味じゃなくってね」
と、ありさが台本をめくっていき。
ありさ「次の港の乱闘シーンにでてるのは?」
坪井「はい!」
日南田「はい!」
ゆりあ「はい!」
石川「(が、顔を出して)そして、俺です」
ありさ「ちょっと集まって」

一同、集合する。

ありさ「(偉そうに)私、人とからんで動くのって、苦手なの」

一同、肯定はしないが、否定もしない。

ありさ「この港の乱闘シーンを作るために、三日と半日かかったわ」
坪井「そうですね」
ありさ「三日と半日かかって、私はこの体にこの乱闘シーンの動きを叩き込んだのよ」
日南田「大変でしたね」
ありさ「私は椿にボコボコにされて、みんなに引きずり回される。でも、それを遥か上空から見ていたハヤブサの宿敵、不幸の象徴お猿のドンちゃんに助けられる」

  手を挙げてみんなにアピールする石川。

坪井「そして、俺がドンちゃんにやられた椿さんを背負ってはけて来る」
ありさ「私は何度も、何度も、何度も、何度も、そのボコボコにされる練習をしたわ。ようやくタイミングをつかんだ所なの。でも、今日は私、殴る側をやんなきゃなんないのよ」
ゆりあ「ちょっと待ってください。それ一番危ないの、私じゃないですか?」
ありさ「そういうことになるわね」
坪井「血が上るとなにすっかわかんねえからな、この人も」
ありさ「(ゆりあに)ごめんね。(間)先に謝っとくね」
ゆりあ「や、やめてくださいよ」
中川「さわくん、さわくん」

と、さわが顔を出し。

さわ「はい?」
中川「救急はこの用意」
さわ「はい」

と、はけて行く。

ゆりあ「え?」
日南田「ちょっと、軽くでも動きの練習をしておいた方がいいんじゃないですか」
ありさ「そ、そうね」
ゆりあ「お願いします」

さっとみんなで一度形になる。
台詞も普通の口調で、動きもリアルでなくゆっくりやる。

ありさ「私はおまえに聞いているのではない、おまえ自身に聞いているのだ」
ゆりあ「思い出せるのなら、私だって、思い出したいのです」
ありさ「おまえのこの手のひらに走る、生命線と、運命線と、山手線の間に・・」

と、ありさがゆりあの手首をつかんで、  その手のひらを高々と宙に突き出した瞬間。

ゆりあ「うっ!」

と、しゃがみこむゆりあ。
脇腹を押さえている。

ゆりあ「ううっ!」
坪井「ゆりあ」
日南田「ゆりあちゃん」
ありさ「私、今、なにかした?」
石川「(ゆりあの手首を掴んだ方とは逆の手を示して)今、こっちの肘が脇腹に」
日南田「入ってました」
ゆりあ「すいません、気をつけなかった、私が悪いんです」
坪井「たとえ気をつけていたとしても、脇腹にエルボー入れられたら、誰だって・」
ゆりあ「いえ、大丈夫です、続けましょう」

と、再び同じ形になって。

ありさ「おまえのこの手のひらに走る生命線と、運命線と山手線の間に流れる神田川を飛び越して、ようやくめぐり合えたというのに」
石川「それくらいにしてやってもらえやしませんか」

と、飛びかかった坪井が裏拳をくらって  膝から、崩れ落ちる。
しかし、芝居は続いている。

ありさ「いえ! ここでやめるわけにはいかないんだ。これは私と彼女だけの問題だからだ!おまえに聞いてい駄目ならば、おまえの体に訊いてやる」

と、ありさ、ゆりあにメチャメチャに殴りかかる。ゆりあを押さえている日南田にも一発ありさのパンチが入って、日南田、後ろにふっとんだ。

ありさ「(まだ続けている)ビシ! バシ! ビシ!」

と、一度ゆりあの首を掴んで形になる。

ありさ「うわあああああ」

と、叫んでみたりもする。
ぐったりしているゆりあ。

ありさ「坪ちゃん、坪ちゃん、いつになったら止めに入ってくれるの」

と、ありさ、そこで初めて振り向いた。
中川に活を入れられて、朦朧としながらも、意識を取り戻した坪井。

中川「坪ちゃん、坪ちゃん、しっかりしてよ」
日南田もゆっくりと体を起き上がらせた。
日南田「う、ううう・・・」
坪井「これ、ちょっと、根本的に見直さないと、まずいな」
中川「舞台で失神して、気がついた時って、ものすごくびっくりするでしょうね」
坪井「いやだなあ、そんなの」
ありさ「わかったわ、じゃあ、舞台のこっちとそっちに離れて、殴り合いましょう」
石川「離れて殴り合う?」
ありさ「坪ちゃん」
坪井「はい」
ありさ「あんた、私を押さえる係をやりなさい」
坪井「えっ!」
ありさ「あんたが、こっち(上手の方)で、私を押さえるのよ、日南田とゆりあがそっち(下手)で、私の動きに合わせて、殴られていればいいのよ、いい! やってみるわよ」
坪井「そうすると俺が一番危ないんじゃないですか?」
ありさ「時間がない、急いで」

と、形になる。

日南田「こ、こうですか?」
ありさ「じゃ、やってみるわね、私の動きをよく見て、合わせてね」
日南田・ゆりあ「はい」
と、日南田とゆりあがじっとありさの方を見ているので。
ありさ「こっち向かないでよ。正面見ているのよ、正面」
日南田「え・・・でも」
ゆりあ「見えにくいんですけど」
ありさ「ぐちゃぐちゃ言ってんじゃないのよ、見えなくてもねえ、反応しなさい」
日南田「そんなあ!」
坪井「無茶苦茶言うなあ」
ありさ「それはね、日南田」
日南田「はい」
ありさ「あなたがまだ目で見ようとしているからよ。私の芝居を心で見てないからよ」
中川「心で見る。なるほど」
坪井「関係のないあんたが納得するな!」
ありさ「さあ、やってみるわよ」
日南田「(困っている)心で見る?」
ありさ「(構わず始める)おまえのこの手に平に走る、生命線と山手線の間に流れる、神田川を飛び越して、ようやくめぐり合えたというのに!」
石川「それくらいにしてやってもらえやしませんか!」

ありさ、大きく殴りかかるポーズ。ゆりあ、日南田、正面を見たまま、ありさの動きを気にしながら、やっているので、どうしても一瞬ズレてしまう。

ありさ「(殴りながら)だから言ってるでしょう。目で見るんじゃないの、心で見るのよ」
ゆりあ「こ、心で見るっていったいどうやって・・」
ありさ「目をつぶりなさい」
言われて、目をつぶる日南田とゆりあ。
日南田「ありささん」
ありさ「なによ」
日南田「目をつぶると、なにも見えません」
ありさ「心を空(から)にするのよ、なにも考えないで」
日南田「え・・・ええ!」
ゆりあ「すいません」
ありさ「どうしたの?」
ゆりあ「なにも考えるなって言われると、なにも考えるなって事を考えちゃうんですけど」
ありさ「無心になるのよ(と、殴る)ビシッ!」
日南田・ゆりあ「ああっ!」
ありさ「ビシッ!」
日南田・ゆりあ「ああっ!」
ありさ「ビシッ!」
日南田・ゆりあ「ああっ!」
中川「合ってきた!」
坪井「本当かよ」
中川「(叫ぶ)心の目で見ているのね」
ありさ「坪ちゃん、止めて!」

坪井、ありさにしがみつくようにして止めた。

坪井「そんな事をしてもゾルバは喜びはしませんよ」

そして、跳ね飛ばされた坪井が背中をありさに差し出して。

坪井「さあ、俺が運んでいきましょう」
ありさ「(戻って)やればできるじゃない。わかったわね。本番ではもっとメチャメチャに気持ちのまま動くけど、みんな! ついてきてよ」

と、さわが来て。

さわ「ありささん、スタンバイお願いします。港の乱闘シーンです」
ありさ「(さわに)わかった、今行く(坪井達に)じゃ、よろしく」
坪井・石川・日南田・ゆりあ「よろしくお願いします」

と、一同、テントの中に入って行く。
  と、篠原が、さっき中川が石川に投げたバラの花びらをちぎっている。

篠原「好き・・・嫌い・・嫌い・・・・嫌い・・嫌い」
林田「まだ、座長さん、帰ってきませんね」
篠原「今日は無理だと思うよ」
林田「この話って、記事にしていいんでしょうかね」
篠原「いいんじゃないの?」
林田「でも、演劇をこれから志す少年少女がそういう事実を知ったら」
篠原「そういう事もある世界だってわかって、胸をときめかせて、飛び込んで来るような奴でないと駄目なんじゃないの?」
林田「結局、その大乱闘の原因って、なんだったんですか?」
篠原「うちの座長、ちょっと変わってるのよ」
林田「(好奇心丸出しで)はいはい」
篠原「ギョーザにねえ」
林田「はい」
篠原「ソース掛けて食べるの」
林田「(話がどの方向に行っているのかわからないが、とりあえず)はい」
篠原「それを見て(テントを示して)ここの座長さんが、そんな食い方があるかって・・・」
林田「それで・・大げんか・・ですか」
篠原「最初はねえ・・ただの口論だったんだけど(と、テントを指さして)ここの座長さんが『そんなにソースが好きなら、焼き鳥にも掛けて食え』ってプラスチックのソースの瓶を握り潰したら、それがうちの劇団のみんなにかかって」
林田「それで大乱闘ですか」
篠原「まあ、簡単に短くまとめて言うと、そういう事ね」
林田「演劇論の対立じゃないんですか?」
篠原「いやいやいや、食文化の対立みたいよ」
林田「食文化の対立? 二百字にまとまるかな」

曲がかかり、テントの中ではクライマックスを迎えたよう。
  と、背に坪井を背負って、叫びながら出てくるありさ。

ありさ・坪井「帰って行くのだあああ」

テントの中の客席から見えない所まで来ると、突然坪井を振り落とす。

ありさ「ああああああああ」
満田「どうした?」
ありさ「足を、ちょっと・・」

と、救急箱を持ってくるさわ。

さわ「救急箱を持ってきました。ちょっと見せて下さい・・・これ、折れてますよ」
ありさ「変な事言わないでよ」
さわ「だって、人間の足は、こんなところに間接なんてありませんよ」
ありさ「あいたたたたた」

と、聞きつけてやってくる満田。

満田「見せてみろ」
ありさ「いたたたた」
さわ「こんなにぶらんぶらんになってますよ」
ありさ「触るな、いてえよ!」
満田「どうする?」
ありさ「タル木を持って来てよ、添え木をして出るわ」
さわ「無茶ですよ」

と、さわ、ありさに思いっきり後頭部をはたかれる。

ありさ「いいから持ってきてよ」
満田「まだやるのか、それで」

と、声が聞こえる。

加藤「只今より、十分間の休憩です」
ありさ「あとは半分だろう、持たせて見せるよ」
坪井「とりあえず、半分くらいまで来たか」

と、椿がひょっこり帰って来る。

ありさ「あんた、いつ!」
椿「いや、俺がいなくてどおしてるかなって思って、客席で少し見せてもらってた」
ありさ「なにぃ!」
椿「客は入ってるな」
ありさ「客席で見ている暇があったら、こっち来て、早く役を変わってよ。こっちは脂汗流しながら、芝居してんのに」
椿「ご苦労だった」

と、ひときわ大きな声で。

椿「みんな、よくぞ主役なき舞台を支えてくれた」
満田「椿!」
椿「満田」
満田「装置の転換を終えたら、すぐに全員を呼べ! キャストをオリジナルに戻すぞ」
ゆりあ「もう、私の役目は終わりですか?」
満田「ああ、ご苦労だったな」

と、手を挙げる篠原。

篠原「はい!」
満田「なんだ?」
篠原「せっかく、スペシャルバージョンでみんなの結束も固まってきたところです。どうでしょうか、このキャストで芝居を続けるっていうのは」
満田「あんた、味を占めたな、アングラの」
篠原「そうじゃないんです、ゆりあちゃんがこのままじゃ、ちょっとかわいそうかなって思って」
ゆりあ「篠原さん」
満田「うそつけ」
篠原「バレたか」
  
  と、気まずくなった篠原はテントの方に消えようとするが、テントから出て来る榊原に、押されるようにして、篠原が戻って来る。

篠原「お、カバ女の・・」
榊原「あ、先輩」
篠原「どうだった? (と、テントを示す)
榊原「なんか、すごい・・・緊張感があって・・」
篠原「舞台の上でも、舞台の裏でもすごい事件が一杯起こっているのよ。私もこんなに緊張したのは久しぶりよ」
榊原「主役の女の人がよくて・・」
篠原「ゆりあちゃん?」
榊原「ゆりあさんっていうんですか」
篠原「うん、詳しくは知らないけどね」
榊原「なんかすごい人ですよね、最初は堂々としてたのに、急にガラス細工みたいになったかと思うと、また堂々としちゃって・・・」
篠原「まあ、あれが演技って言うのか」

と、ゆりあが脱いだ衣装の上着を持って、  ありさに返しに来る。

ゆりあ「これ、どうもありがとうございました」
篠原「ゆりあちゃん」
ゆりあ「はい」
篠原「(榊原を示し)この子ねえ、私の高校の演劇部の後輩なの」
榊原「篠原先輩と日南田先輩の後輩で、今日、見させて頂いています」
ゆりあ「そう」
篠原「気に入ったんだってさ、ゆりあちゃんのこと」
榊原「(篠原に)この辺にいても、お邪魔になりませんか」
篠原「邪魔にならないようにいれば、邪魔にはならないわよ」

と、さわがやって来て。

さわ「転換終了! 全員そろいました」
満田「よし!」

わらわらと全員がやって来る。
その間に津田が帰って来る。

津田「(頭を下げて)みなさん! 本当に申し訳ありませんでした」
満田「津田!」
津田「昨日はつい、飲み過ぎちゃって・・」

と、吐きそうになってかがむ津田。

津田「大丈夫です。胃の中にはもう何も残ってませんから・・うっ!」
日南田「津田、大丈夫かよ」
と、また吐きそうになっている。
全員揃ったよう。

椿「みんな! よくぞ主役なき舞台を・・」
満田「椿! おまえはもういい! 早くメイクして着替えろ! すぐに二幕目が始まるぞ!」
椿「しっかり気合い入れろ! これからが本番だぞ!」

  と、着替えに行く椿。

坪井「気力はもうほとんど使い果たしちまったよ」
満田「みんな、一幕はよく頑張ってくれた。とりあえずここまでは来た。椿は帰って来た。だが、忘れるな。台風は更に近づいて来ているし、ありさの足はさっき折れた」
一同「えー!」
満田「差引すれば、状況は何一つ好転していない。ここで気を抜いたら、今までの苦労は水泡に帰す。気を引き締めて、後半戦に望んでくれ。とりあえず、椿が帰って来たので、キャストをオリジナルに戻す」

  と、言ったとたんに津田がまたしゃがみこんだ。

満田「ゆりあ!」
ゆりあ「はい!」
満田「ごくろうだった」
ゆりあ「とんでもありません」
満田「津田! 中村はどうした」
津田「あれ、聞いてませんか?」
満田「なにを?」
津田「中村は、昨日飲み過ぎて、急性アル
コール中毒になったんで、街の病院に運ばれて行ったんです」
満田「なにい? 椿と一緒にけんかをしてたんじゃないのか?」
津田「いえ、中村がいないのは別件です」
満田「おまえは大丈夫なのか?」
津田「すみません、体調が優れないんで、今日はお休みしてもいいですか?」
ありさ「バカヤロウ! お休みしていい舞台なんて、世界中どこを探してもあるか!」
満田「待て待て待て、津田一人に、おまえらなにもかも背負わせ過ぎじゃないのか?  津田、今日はお休みしていいぞ」

と、篠原が喜んで。

篠原「じゃあ、二幕目も、私、続投ですか?」
満田「日南田はどうだ」
篠原「日南田はOKです」
満田「よし、じゃあ、続投で行こう」
篠原「よろしくお願いします」
津田「ありがとうございます」
日南田「篠原!」
加藤「もう時間です」
満田「よし、じゃあ、よろしくお願いします」
一同「よろしくお願いします」

と、散って行く。

ゆりあ「(榊原に)ニ幕目、始まるよ」
榊原「ええ」
ゆりあ「見ないの?」
榊原「もう、出ないんですか?」
ゆりあ「私?」
榊原「ええ」
ゆりあ「もう、私の出番は終わったの」
榊原「最初っから代役だったんですか」
ゆりあ「そうよ、さっきの何十分間かが、私の最初の舞台だったの・・記念すべきね」
榊原「すごい・・よかったですよ」
ゆりあ「どうも・・ありがとう・・見ないの? 続き」
榊原「ええ、もういいです」
ゆりあ「だって、私よりもすごいかもよ」
榊原「普段は劇団でなにをしてるんですか?」
ゆりあ「雑用」
榊原「下積みなんですか?」
ゆりあ「はっきり言うね」

  と、加藤がやってきて。

加藤「二幕目始まります」
 
  と、テントの中から、中川の台詞が曲と共に聞こえてくる。

中川「その、磨りガラスの窓に残った、大きな手のひらほどある蛾の死体を、そのさくら銀行のキャッシュカードで拭ったとき、その蛾の麟粉があなたの爪の間にほんの少し入った事を私は知る由もありませんでした。空に棲むという陽炎の街と、そのダムの底に沈んだ街が、瓜二つというのはいったいどういうわけなんでしょうか? 私の右の乳房を揉みし抱く陽炎の手が一つ、そして、この私の左の乳房を揉みし抱く水底の手が一つ。どんちゃーん、どんちゃぁーん」

ありさの元に、添え木に適当な木を持って来るさわ。
そして、ありさ、その木を脛に当てると、ガムテープをギャーっと伸ばして、グルグル巻いて行く。

さわ「大丈夫なんですか、本当にこんなんで」
ありさ「ちょっと、肩を貸して」

と、さわの肩を借りて立ち上がってみる。

ありさ「こうやって、片足で立っているぶんには・・大丈夫よ」
さわ「でも、それでどうやって歩くんですか?」

ちょっと歩いてみようとするありさ。
しかし、一歩も歩かないうちに、無様に倒れた。
そこに駆け寄る、ゆりあ。

ゆりあ「しっかり」
ありさ「ああ・・・」
さわ「やっぱり、無茶ですよ。一歩も歩けないじゃありませんか」
ありさ「大丈夫だって、すぐに慣れるわよ、こんなの」
さわ「慣れるわけないでしょう。骨折してるんですよ。どうやって骨折に慣れるんですか」
ゆりあ「あの・・私、後半もありささんの役やりましょうか」
さわ「ゆりあ!」
ゆりあ「私、後半もありささんの役、やってみたいんです」
さわ「(ありさの様子をうかがいながら)その方が・・・確かに・・・いいかもしれませんね」
ありさ「冗談じゃない! たかが骨折くらいで・・さっきはね、しょうがなかったんだよ。椿がいなかったんだからね・・・でも、あいつは帰ってきた。もうこれでなにも怖いものなんかない。今までだって、何度も駄目だと思う瞬間はあったよ。でも、私達はそれを切り抜けてきたんだ。どんなにつらくてもね。私がここにいる以上、私は私の役をやる」
さわ「でも、一歩も満足に歩けないじゃないですか」
ありさ「歩けなきゃ、はって出ればいいんだよ」
さわ「そんな」
石川「はってでも出てきてくれよ」

いつの間にかテントの吐け口の所で石川がこの会話を立ち聞きしていた。

さわ「石川さん」
石川「後半は、俺とありささんの絡みが多い。俺はありささんとやりたい(と、ゆりあの方を示して)この子じゃなくてね」
ありさ「心配するなよ、石川。あんたの相手はこの私が立派につとめてやるよ」
石川「たのんますよ」
ゆりあ「あの・・・」
石川「なんだよ」
ゆりあ「私の芝居は・・・やっぱりよくないですか」
石川「今日、初めて立ったにしちゃ、上出来だよ・・でも、そんなふうに言われても、嬉しくはないだろう」
ゆりあ「そうですね」
石川「でも、それ以上の事は言えない。だって、さっき初めて見せてもらったんだからな、舞台に立つ姿を。もっといっぱい見るチャンスがあれば、なにか言ってあげられたかもしれないがな」
ゆりあ「だって、しょうがないじゃないですか。劇団に入って、すぐに役がもらえるわけじゃないし・・公演の予定が発表になる度に・・ポスターに自分の名前なんかなくて・・それでずっと我慢して、今日、やっと・・・」
石川「俺も同じだった。ずっと我慢していた。そして、ようやく舞台に立つことができた。だから俺はその舞台に立つ貴重な時間を、代役でぽっと選ばれた女の子と一緒に過ごしたくはないんだ。何度も駄目だと思う瞬間を切り抜けてきた、タフで尊敬できる人と、過ごしたいんだ」
ゆりあ「今日、この幕を開けてしまった事は、その駄目だと思う瞬間の一つではないのですか?」
石川「それを言っていいのは、今日、幕が下りた時だよ。まだ続いているんだよ。真っ最中なんだよ・・・(ありさに)出てきてくれよ、はってでも」
ありさ「わかってるよ」

と、石川、テントの方に行く。
そして、ありさもまた、さわにつかまりながら石川に続こうとする。
が、ゆりあの方を振り返って。

ありさ「私の事・・・心配してくれて、ありがとう」

と、去って行く。

榊原「私には、この人達の言っている事が、さっぱりわかりません。どうして、足の骨が折れているのに、木を巻いただけで舞台に出て行くんですか? どうして、台詞が入っていて、前半とてもうまく、少なくとも、感動した私がここにいるんですから、上手かったことは確かです。そんな人がいるんだったら、代役を頼めばいいじゃないですか。前半に出ていた人が、後半で変わるよりも、そっちの方がよっぽど自然じゃないですか。なのに・・・どうして」
ゆりあ「私には、あの人達の言っている事がよくわかるの。とてもよくわかるの・・・ありがとうね、私の事、心配してくれて」

と、テントの中で見ていた満田が出てく
る。
  その後に続いて、日南田と坪井が出てく
る。

満田「あ〜あ、ありさの奴、本当にはって出てるぞ」
日南田「石川さん、なんでまた今日は燃えてるんですか」
満田「最後のステージなんだ、誰だって燃えるよ」
日南田「最後のステージ?」
坪井「なんですか?」
満田「えっ、なんだ、知らんのか」
坪井「なんですか、最後のステージ?」
満田「(すっとぼけて)いや、石川は今日のこれ(と、テントを指さす)が、最後のステージなんだろう」
日南田「辞めちゃうの、石川さん」
坪井「え? ええ!」
満田「あれ、これは言っちゃいけなかったのかな・・」
坪井「あんた、なんでそんな事情通なんだ」
満田「しまった、口がまたしても、滑った」
坪井「(日南田に)おまえ、知ってたのかよ」
日南田「う、うん」
坪井「(テントの方を覗きに行って)なんで辞めちゃうんだよ」
中川「満田さん、それは今日の芝居が終わるまで(口に手を当てて)しーだったでしょう」
満田「いや、すまん、すまん」
坪井「なんだよ、しーって」
日南田「(も、テントの中を見て)そういわれて見ると、今日の石川君、なんか・・・」
中川「なんかねえ、始まった時から変なテンションなのよ」
満田「まあ、ラストステージだからな、テンションも上がるわな」
中川「そうですね、それは」
坪井「いつ!」
満田「なに?」
坪井「いつ知ったんですか、そんな事」
日南田「なんで辞めちゃうんですか」
坪井「なんで俺達に内緒にしたんですか」
満田「(すっとぼけて)おいおい、一度にそんなに質問されても、どれから答えていいかわからないだろう」
中川「別に内緒にしてたわけじゃないのよ。ただ、黙ってただけよ」

と、通り掛かった加藤に。

坪井「加藤!」
加藤「はい!」
坪井「お前、知ってたのか、石川が今日で劇団辞めるって」
加藤「え?」

間。

加藤「辞めちゃうんですか、劇団」

そのリアクションを見て。

坪井「(日南田に)こいつは知らなかったみたいだな」
日南田「私達の側の人間よ」
加藤「やっぱり・・あの娘と・・一緒になるんだ・・・(叫び出す)もう、やだあ!」

と、後ろを向いてしゃがみこむ。

加藤「(つぶやいている)もう・・・もう私、やだあ・・いっつも、そうなんだもん」
坪井「待て・・待て、待て、加藤。おまえはどういう事情を抱えてるんだ」
満田「坪井、まずいよ」
坪井「加藤・・ちょっと待て、加藤」

と、中川が加藤の前に回り込んで。

中川「(優しく)れいちゃん・・・れいちゃん・・いつか来る時が来ただけよ」
加藤「もういやだぁ! 私・・私・・」
坪井「(中川に)火に油を注ぐな!」
満田「坪井、お前口が過ぎるぞ」
中川「そうよ、そうよ」
坪井「あんたたちはちょっと黙っててください」

と、テントの方から、石川の台詞が聞こえて来る。

石川の声「どうせ、どうせこのまま去らねばならないのなら、愛するお前をホルマリン漬けにして、ポケットに入れて連れ去りたいのだ」
篠原の声「連れて行って、どこまでも、小さな石鹸カタカタ鳴らして」
石川の声「ようし」

と、曲が入って盛り上がったかと思うと、  石川と篠原がはけて来る。
それを見つけた坪井が。

坪井「石川!」

と、その声に反応して、みんなが一斉に石川の方を向く。
だが、みんながなにか言う前に、篠原が石川の前に回り込んで、頭を下げて。

篠原「すいません、申し訳ありません。台詞、一つ飛ばしました」
石川「いいよ」
篠原「石川さんのラストステージなのに」
坪井「やっぱり、本当だったのか」
日南田「なんでミンキーが知ってるの?」
石川「(篠原に)気にしないでください、これもいい記念ですよ」
篠原「石川さん」
石川「たぶん一生忘れませんよ、台詞飛ばされちゃった事」
坪井「石川、おまえ・・」

と、坪井の台詞を遮って。

加藤「辞めちゃうって本当ですか?」
篠原「今日で・・お別れよ」
石川「バレたか・・」
中川「満田さんが」
石川「(満田を見て)満田さん」
中川「口が軽くて・・・」
日南田「なんで・・・なんで辞めちゃうの?」
石川「いや、いつも『やめるー』『やめるー』って言ってる坪井の兄貴には悪いと思ったんですけど」
坪井「なんだよ、兄貴って。おまえ、俺の事兄貴なんて呼んだ事、一度もなかったじゃねえかよ」
石川「兄貴」
坪井「だから、それ、やめろって・・なんで辞めちゃうんだよ」
石川「いえ、一身上の都合で」
加藤「なんですか、一身上の都合って・・」
石川「(加藤を無視して)兄貴、あとは頼みましたよ」
坪井「だから、その兄貴ってのはやめろって。おまえがここで辞めたら、また俺が辞めにくくなるじゃねえかよ。順番からいうと、俺が先に辞めるべきだろう」
石川「まあまあ、それはそれとして」
坪井「まあまあって、このままじゃ、俺は永遠にここを辞められないのかよ」
石川「兄貴! 出番ですよ」
坪井「うおおおっし!」

しぶしぶテントに向かう坪井。
そして、それに続く日南田。

石川「加藤・・そろそろおまえの捨てられるシーンだぞ」
加藤「(立ち上がり)はああ、お芝居、お芝居」
中川「満田さん・・口が軽いのは、罪が重いですよ」
満田「(構わず)そういえば、津田」
津田「はい」
満田「おまえ、なんで朝顔君をあんなところに置いた。あんなところじゃわからないだろう。俺がおまえどんなに苦労したか」
津田「だから、ポケベルに入れといたんですよ、朝顔君の場所」
満田「ポケベル?」
津田「ええ・・1010890です」
満田「どういう意味だよ」
津田「いいですか、最初のイチゼロが英語読みで『テン』です」
満田「おお」
津田「次のイチゼロが『トオ』です」
満田「おお」
篠原「じゃあ次の890が『はけ口』」
中川「『テントはけ口』(と、その方を指差して)あそこのことだ」
津田「ピンポン!」
満田「ちょっと待て! 『テント』まではわかる。なんで、890で『はけ口』なんだ?」
篠原「数字のゼロは漢字の口に似てるでしょう。だから『口』って読むんです」
中川「では『西口』って入れたい時は」
榊原「240って打つんです」
満田「全然わからねえよ」
津田「女子高生の常識ですよ」
満田「俺は女子高生じゃねえよ」
  
  と、衣装を着た椿が横切っていきテントの入り口の所で気合いを入れた。

椿「ビビンバァ!」
  
  そして、テントの中に入っていく。

満田「みんな、安心して気を抜くな。これからが勝負だぞ」

  一同、反応が鈍い。

満田「どうした、椿の姿を見たら、いきなり気が抜けてるじゃないか。返事はどうした、返事は!」
一同「ふわあい」

  と、テントの中から椿の登場の台詞が聞こえてくる。

椿「そして、私は帰ってきた。このハヤブサの街へ。留置場で頭を下げて、ごめんチャイナと謝って」

  拍手と共に、テントの中の客席からかけ声がかかったよう。
  『よ、椿!』『日本一!』
  曲、カットインする。

満田「つくづくあいつがうらやましいよ。結局おいしいとこ持ってくんだからよ」

  と、満田、工具箱にしゃがみ込んでいるさわの姿を見つけて。

満田「さわ!」
さわ「はい?」
満田「おまえ、次、出番だろうが!」
さわ「ああ!」
満田「早く行け!」
さわ「ああ! すみません」
  
  と、走ってテントの方へ行くさわ。
  と、入れ替わりに加藤が駆け込んでくる。

加藤「台本ありませんか?」
満田「どうした」
加藤「台詞ど忘れしちゃったみたいで、プロンプしてあげないと」
満田「今度は誰だよ」
加藤「ありささんです」
満田「ありさまで何をやってるんだよ」
加藤「ここにあった台本知りませんか?」
ゆりあ「プロンプですか」
加藤「そうなの」
ゆりあ「あたしやりましょうか、一応、台詞入ってますから」
加藤「じゃ、お願い」
ゆりあ「はい」

  と、ゆりあ、テントの方へ。
  それを見送った満田。

満田「ああ、もう、椿が帰ってきたとたんにみんな気を抜きやがって・・これだったら、椿が帰ってこない方がよかったかもしれないな、みんな緊張してて」
中川「じゃ、椿さんを拉致しちゃいましょうか」
満田「え?」
中川「そうすれば、またみんなに緊張が戻ってくるんじゃないですか」
満田「相変わらず、ものすごいこと言うなあ」
中川「なんだったら、その役私やりましょうか?」
満田「いいよ、いいよ、わざわざ事件を起こさなくても。どこに座長を拉致監禁する劇団員がいるんだよ」

  と、出てくる坪井を見た満田。

満田「出番か・・」

  満田はテントの方へ。
そしてそのあたりを見回して、坪井。

坪井「風、大丈夫かな」
林田「さっき、大雨洪水警報が発令されました」
坪井「もう止めろって、今度は警察が言って来るんじゃないかな」
中川「そしたら止める?」
坪井「やめるわけにはいかねえだろ、石川のラストステージなんだからよ」
中川「坪ちゃん」
坪井「なに?」
中川「優しいのね」
坪井「そんな事ねえよ」
中川「(舞台に出て行きながら)でも、その優しさが、坪ちゃん自身の首を絞めてるのよね」
坪井「(中川を追って行きながら)ちょっと、ちょっと待ってくれよ、それ、どういう意味だよ」

と、林田が津田にインタビューしに行く。

林田「あの演劇ぶっくの林田ですが、昨夜の事件の現場にいらっしゃったわけですよね」

と、林田が差し出したテレコを掴んで唇を寄せて喋り出す。

津田「ええ、事件が起こった時にはもうヘロヘロでしたけどね」
林田「けんかの原因は、本当にギョーザだったんですか?」
津田「ええ・・でも、口論のきっかけとなったのは、コロッケうどんでした」
林田「コロッケうどん?」
津田「コロッケうどんに乗っている、あのコロッケを先に食べるか、後に食べるかで、向こうで小劇場の連中が盛り上がっていたんです。そしたら、その盛り上がりが、うちの座長、気に入らなかったらしくて、いきなりカウンターの上に仁王立ちになって叫んだんです」
林田「それはなんと?」

と、林田のテレコを奪い取って、それに向かって叫んだ。

津田「うどんにコロッケを載せるな!」
林田「なるほど」
津田「それからですね。ギョーザの話になり、焼き鳥の話になり・・」
篠原「ソース、びちゅ、うわっ、ぎゃあっ!」
林田「ーですか?」
津田「そうそう・・でも、本当はなんでもよかったんですよ。暴れる原因なんて・・」
坪井「どういう事だよ」
津田「石川さんが辞めるっていうんで、気持ちはもう、夕方から荒れていたんですよ、椿さん」

と、はけて来る椿と石川。

石川「(椿に)すいません」
椿「(怒って)人の台詞食ってんじゃねえよ、この野郎!」
石川「申し訳ありません」
椿「最後なんだろうがよ、今日で」
石川「はい」
椿「石川」
石川「はい」
椿「本当に今日で最後でいいのかよ・・(と、テントの方を示して)これで最後でいいのかよ」
石川「・・・はい」
椿「春まで待てんか」
石川「すいません」
椿「どいつもこいつも、なんでみんないなくなっちまうんだよ。おい、春はお前で行こうと思ってるんだよ」
石川「椿さん」
津田「来年の春が楽しみですね」
林田「(テレコに)来年の春が楽しみ」
石川「椿さん、酔うとよくそう言ってますよ」
椿「そうなんだ」
石川「ええ、二年くらい前から」
林田「(テレコに)訂正」
椿「加藤は・・・連れて行くつもりか」
石川「いいえ」
椿「つきあってたんだろう」
石川「ええ・・でも、加藤とつき合っていても、食えませんからね。食わせて暮れる女とつき合っていたんです」
椿「それで結婚か」
石川「ええ、そうせざるを得なくなったらしくて・・・別の男と一緒になるそうです」
椿「なんだ、それは」
石川「風が吹いて、桶屋が潰れるってわけですよ」
椿「それでおまえが足を洗うってわけか」
石川「そういう事です」
椿「また別の女を作る甲斐性はないのか」
石川「自分一人が犠牲になるんなら、いいです。自分は自分の楽しみと引き替えにやってるんですから。でも、自分の女は、ただの犠牲でしかありませんからね」
椿「犠牲になった女達は、夜になるとどこへ集まって行くのだろう」
石川「はい?」
椿「それはきっと彼女達だけが入れる公園がどこかにあって、そこの砂場を掘り進むと、たぶん犠牲のぶんだけ、清らかな清水がわき出て来るに違いない」
篠原「どうして?」
椿「うん、いける。これはいけるな」
石川「椿さん」
椿「なんだ」
石川「加藤は・・役者としてまだまだいけます。まだまだ伸びます・・どうか、長い目で見てやってください」
椿「わかってる、わかってるよ」
石川「ありがとうございます」
椿「そのわき出る清水はなぜか甘く、メスのカブト虫が、夜明けにすすりにくるんだよな」

と、さわが来る。

さわ「椿さん、出番です」
椿「おう」

と、出て行く椿。
その後ろ姿を見送る石川。
  津田、また吐きに行く。
  榊原が林田に。

榊原「あの・・演劇ぶっくの方なんですか?」
林田「はい」
榊原「いつも読んでます」
林田「あ、ほんとに?」
榊原「じゃむちと一緒に」
林田「あ、ああ・・じゃむちね」
榊原「私、榊原有美といいます」
林田「榊原さん」
榊原「あれ、やっぱり知らないかな」

  と、ゆりあが帰ってくる。

榊原「私、こないだ演ぶチャートに入ったんですよ」
林田「へえ・・」
榊原「組織票で」

  と、榊原、自分の名刺を取り出して。

榊原「これ、私の名刺です」
林田「(受け取って)ああ、どうも」
榊原「取材、頑張って下さい。私、演劇ぶっくの表紙を飾るのが夢なんです」
林田「表紙ねえ」
榊原「つまんない夢ですみません」
林田「いや、つまんなくはないと思うけどな」
ゆりあ「日南田さんの後輩なんだ」
榊原「ええ」
ゆりあ「芝居、やるの?」
榊原「ええ・・そのつもりですけど」
ゆりあ「大変よ」
榊原「・・大変ですか、やっぱり」
ゆりあ「やる前からそんな事言っちゃ駄目だよね」
榊原「どうして、お芝居はじめたんですか」
ゆりあ「私? 私はたまたま(と、テントを示して)ここの芝居を観て、ああ、これだって思ったのよ・・だから、私、お芝居ならなんでもいいって訳じゃなくって・・ここでお芝居がしたかったの。あの頃、高校生だったから、なに見ても感動したと思うんだけど、でも、すごくかっこよかったのよ、真っ赤なサスを浴びて、すっくと立っているありささんの姿が忘れられないの。そうね、私は真っ赤なサスの中に立つありささんに憧れて・・ここに来て、今だに下積みをやってるってわけよ」
榊原「大変ですね」
ゆりあ「そうでもないわよ」
榊原「え? でもさっきは大変だって言ったじゃないですか」
ゆりあ「あ、ごめん、私、人から『大変ね』って言われると、『そうでもない』って、反射的に言っちゃうのよ」

と、はけて来た坪井。
  津田が戻ってきて。

津田「坪井さん、坪井さん」
坪井「なに?」
津田「昨日の椿さんがまた、かっこよかったんですよ」
坪井「あ、ホントに?」
津田「俺はもう惚れ直しちゃいましたね、一生ついて行こうって思いましたよ」
坪井「まあ、おまえは若いからそんな事言ってられるんだよ」
津田「いや、小劇場の奴等、三十人近くいる中に飛び込んで行って、ボコボコにされてるんですよ。子供でもあんな無茶な事しませんよ。坪井さん、そういう負けるとわかっていて突っ込んで行くの、すごく好きじゃないですか」
坪井「ま、まあな」
津田「店中のソースと醤油、頭からぶっかけられても、まだわめいているんですよ。椿さん・・さすがだなって思いましたよ」
坪井「でも、俺、最近その自分の中にある破滅願望のせいで、なんていうか、前へ、上へと進めないんじゃないかって気がしてしょうがないんだよ」
津田「なに言ってんですか、坪井さん」
坪井「石川も辞めるって言ってるからな・・・もしかしたら、俺も辞めるかもしれねえぞ、ここ」

と、はけて来る椿。

椿「坪井」
坪井「お疲れ様です」
椿「坪井」
坪井「はい」
椿「来年の春は」
坪井「はい」
椿「お前で行こうと思ってるんだよ。夜毎女が集まる公園で、集まる野良猫達に餌をやっているオカマの役だ」
坪井「・・オカマですか」
椿「話はな、お前を巡って、進んで行くんだ」
坪井「そうですか」
津田「来年の春、楽しみですね」
林田「(テレコに)予定は未定」
坪井「椿さん・・俺、後で話そうかと思っていたんですけど・・実は」
椿「おまえは裏切らないよな、石川みたいに」
坪井「へ・・・」
椿「おまえは裏切らないよな、俺についてきてくれるよな」
坪井「・・・はい」
椿「俺は信じているぞ、おまえのこと」
坪井「はい・・・これからもよろしくお願いします」
椿「うん・・」
坪井「(力なく)津田君・・幕の介錯お願いしていいかな」

  と、坪井、津田と一緒にテントの方に出ていく。
  と、やってくる満田。

椿「満田! 気の抜けた芝居だな、今日は」
満田「疲れ果てたんだよ、おまえのせいで」
椿「(と、満田の膝を叩きに行って)ご苦労さん」
満田「そんな言葉じゃ、疲れは癒えねえよ」
椿「(再び叩きに行き)お疲れさん」
満田「言葉変えろって言ってんじゃねえよ」
椿「じゃあ、どうして欲しいんだよ」
満田「この穂賀村からの助成金、なにに使うんだよ」
椿「なんだ、金か」
満田「そうだよ」
椿「金が欲しいなら、金が欲しいって、早く言やあいいだろう」
満田「金が欲しい」
椿「そうだよ、そういやあいいじゃねえかよ」
満田「おまえの所にそんなに転がり込むんだったら、少しは俺の所にも転がってきてもいいだろう。俺はおまえ、今日その一千万を死守するために、無理矢理開演したんだからな」
椿「そうだなあ・・金はもらった、開演はしませんじゃ、泥棒だもんな」
満田「人事みたいに言うな」
椿「満田」
満田「なんだよ」
椿「酒くせえよ」
満田「昨日の酒が残ってるんだよ」
椿「うそつけ! なに呑んでるんだよ、見せろよ」
満田「え? なんの事かな」
椿「見せろよ」
満田「(と、小瓶を取り出して、ちょっと見せて)見せた」

  そして、すぐに小瓶を隠した。
  椿、それを力づくで奪いに行く。

椿「なにガキみたいな事やってんだよ。貸せ、ちょっと、貸せ」
満田「やだ・・・やだったら、やだ」

  と、もみ合っているがやがて、椿が満田の手から小瓶をもぎ取った。

椿「ウイスキーか?」
満田「バーボンだよ」

  椿、それを持ったまま、テントの方へ行く。
  テントの舞台の方ではなく、壁の方である。
  そして、おもむろに、満田の方を向き。

椿「穂賀村の助成金の一千万な、あれ、もう、ない」
満田「なにぃ!」
椿「全部もう使っちゃった」
満田「なんに使ったんだ、おまえ、一千万も」
椿「テントを買ったんだ」
満田「え?」
椿「新しいテントを買ったんだ。春からはその新しいテントで、全国を回る」
満田「じゃあ、今日がこのテントもラストステージなのか」
椿「そうだ」

  と、椿、その小瓶の蓋を開けて、中の
バーボンをテントの壁にかけた。

満田「あ! 俺の酒」
椿「呑ませてやれよ、テントにも。よく働いてくれた、俺達のこの小さな劇場にもよ」

  椿、小瓶に残った酒を改めて、テントにかけてやる。
  と、さわが来て。

さわ「椿さん! 満田さん!」
椿「行くぞ、満田!」

  満田、それに呼応するように奇声を一発、舞台へとかけ出ていく。
  と、やって来る水野。

水野「やっぱり風がかなり強くなってきているな」
ゆりあ「もう見ないの?」
水野「もう出ないんだろ」
ゆりあ「うん」
水野「びっくりしたよ。二幕目が始まったら、違う人が出て来るんだもの」
ゆりあ「これがオリジナルキャストなの。今までが代役だったのよ」
水野「俺、演劇ってよくわかんないんだけど、なんだか、ものすごく混沌としてるよな」
ゆりあ「やってるほうも混沌としているからね」
水野「さあ、もうこれで気がすんだか?」
ゆりあ「・・・・・」
水野「冗談じゃなく、中止にしようか」
ゆりあ「もう後半にさしかかっているのよ。あと少し、待っててくれてもいいじゃない」
水野「だから行ってるだろう、これでテントが倒れたら、怪我人が出る。まだこの劇団はテントで公演を続けるつもりなんだろう。でも、ここで怪我人でも出したら、どの地方都市からもお声がかからなくなるぞ・・役場にはなあ、冒険してみる勇気のある奴なんか一人もいないんだよ」
ゆりあ「でも、水野君は呼んでくれたじゃない」
水野「幼なじみが、舞台に出るって言うからね。故郷に錦でも飾ればと思ったんだけど・・もうその子の出番はおわっちまったからね」
ゆりあ「やめてよ、そういう言い方」
水野「ゆりあ、聞いてもいいかな」
ゆりあ「なに?」
水野「この芝居の・・どこがおもしろいの?」
ゆりあ「話がわかんない?」
林田「ああ、そうだ、いちおう粗筋を書いておかないとな・・えーっと、蜃気楼のようなハヤブサの街と呼ばれる街があって、そこで生まれた男が、自分の足元から聞こえて来る狼の声に悩まされて・・・」
水野「見ていて、お話がわからないって訳じゃないんだ。ただ、おまえが自分が舞台に立つ事もできないのに、どうして、ずっとここにいるのかってのが、わからないんだ。この芝居は、そんなふうにおまえが犠牲になるだけの価値のある物なのか?」
ゆりあ「価値ある物よ」
水野「おまえがそれだけの犠牲を払っているのに、おまえのところの座長は、酔っ払ってけんかして、本番を半分すっぽかしているんだろう」
ゆりあ「それはしょうがないのよ」
水野「どうして?」
ゆりあ「そんなことだってあるわよ。いろいろあるわよ。いろんな事が起きるのよ、演劇ってのは」
水野「それでも続けるのか?」
ゆりあ「だからいいんじゃない。こんなにね、一瞬、一瞬、喜んだり、悲しんだり、ドキドキしたりするなんてね、普通の生活してたら、体験できない事なのよ。あなたこそ平気なの? 退屈じゃないの? こんなパチンコ屋と、ラブホテルと、レンタルビデオ屋と、カラオケボックスしかない街で、しかも、それが全部三越みたいにでかくて」
水野「おまえはいいよな、出ていく理由があって」
ゆりあ「出ていく理由じゃないのよ、出ていかなきゃならない理由よ」
水野「同じ事だろう」
ゆりあ「違うわよ・・ものすごく違うわよ。出ていかなきゃなんないってのはね、出ていく事以外に選択肢がないのよ」
水野「同じ事じゃないか、俺はここにいる以外の、選択肢がない」
ゆりあ「自分でそう思っているだけじゃなくって?」
水野「同じ事をおまえに聞いてもいいか?」
ゆりあ「なにを?」
水野「出ていかなきゃならない理由だと、自分で思っているだけじゃないのか?」
ゆりあ「そうね・・・そうかもね」
水野「あっさり認めるなよ、おい」
ゆりあ「誰に頼まれてやってる事じゃないしね」
水野「ゆりあ・・・名前、どうしてゆりあにしたんだ?」
ゆりあ「よく聞かれるけど、なんとなくよ、意味はないわ」
水野「涼子って名前、嫌いなのか?」
ゆりあ「好きよ・・でも、必要だったのよ、もう一つ名前がね」
水野「俺、ゆりあって呼びかけた時、すごくドキドキしたよ・・・そんな名前でおまえが振り向いた時、なんていうか・・少し寂しかったよ・・高校の二年の時、Bにいた柳沢っていたろ」
ゆりあ「コンセントにピンセット突っ込んで(手のひら)ここにVの字作っちゃった奴?」
水野「そうそう(と、テントを示して)見に来てるよ」
ゆりあ「え?」
水野「あと、三年のCにいた小森」
ゆりあ「受験の前に狂犬病になっちゃった奴?」
水野「そうそう、死にかけてた・・来てるよ。あと、片桐先輩と、国友先輩。あと村上さんも」
ゆりあ「本当に娯楽がないのね」
水野「みんな涼子がやってるなんて、わかんなかったみたいだよ」
ゆりあ「私、昔、人前であんな大声出したり、のたうったりするような娘じゃなかったからね」
水野「涼子じゃないんだもんな、ゆりあなんだもんな」
ゆりあ「そうよ」
水野「神田ゆりあ!」
ゆりあ「なに?」
水野「お疲れ様でした」

  曲、カットイン!

ゆりあ「水野君」

と、出てきた椿とありさに水野。

水野「椿さん、演劇祭実行委員会の者です」
椿「ああ、ご苦労さん」
水野「台風の影響で風がかなり強くなってまいりました。途中ではありますが、上演を中断していただけませんか」
椿「なにぃ! 上演を中断?」
ありさ「その場合、助成金はお返ししなければならないんですか? やっぱり」
水野「いえ、ここまでしていただければ、上の方も納得すると思いますので、それは結構です」
椿「一度始めたら、中断するわけにはいかん」
水野「しかし、しかしですね」
椿「ここで芝居を止めてみろ、奴はハヤブサの街に拒否されたまま、彷徨い続ける事になるだろう。俺はなんとしても、あいつを必ず、失う物のなにもない、新たな旅路へと導いてやらなきゃならないんだ」
水野「誰かちゃんと、話のできる方はいませんか?」

 と、坪井、石川、日南田が聞きつけてどやどやとくる。

坪井「中断ですか?」
日南田「ここまでやったのに?」
水野「もう風がこんなに?」
椿「上演を中断するわけにはいかん。この公演はただの公演ではないんだ。ラストス
テージなんだ」
水野「ラストステージ?」

と、自分の事だと思って、一歩前に出る石川。

椿「最後のステージをきちんとやってやりたいんだ」
石川「椿さん!」
椿「このテントのラストステージ。だ、みんな、最後まで全力で駆け抜けるぞ」
水野「ちょっと待ってください」
椿「待てんね、出番なんだよ」

と、椿、水野の返事を待たずに、テントの方に出て行く。
  満田、テントの支柱から伸びているロープの中ほどに、さらにロープを何本も縛っていく。

中川「なにをするんですか?」
満田「これ以上風が吹けば、テントはもたない」
林田「ここまでですか」
坪井「ここまでやりゃあ、充分だろうが」
満田「だから、テントを人力で支える」

一同『え?』となる。

満田「聞こえなかったのか、、テントを人力で支えるんだ。このロープの端を一人づつ持って、引っ張るんだ」

ラジオを聞いていた林田。

林田「ついに中心気圧が、920ヘクトパスカルになりました」

と、他の者がその満田の手元に行きロープにロープを巻つける作業に参加する。

満田「みんな、手伝ってくれ」

みんなゆらゆらと満田の所へやって来る。

水野「あんたら、気違いか」

満田、他の者にそのロープの作業を任せて下りてくると、台本をめくっていく。

満田「ラストシーンまで、あと曲が三回かかるな」
篠原「三回あの曲を聴けばいいんですね」
満田「そうだ、そうすればその(と、指さす)テントの後ろから、椿とありさの乗ったイントレがはけてくる。紙吹雪が舞って、それで感動のエンディングだ」

坪井、そのロープの一本をゆっくりと張って、自分の全体重をそのロープにかけてみる。

水野「その感動のエンディングまで、時間にして何分ですか?」
満田「いつもなら十分から二十分」
篠原「十分から二十分って、どうして、二十分も差があるんですか?」
満田「ラスト直前がアドリブになってるんだ」
篠原「アドリブが十分も?」
満田「ああ、のってる時にはな」
篠原「今日はどうなんですか、のってるんですか?」
満田「わからん、ただ」
篠原「ただ?」
満田「興奮している事は確かだ」

ロープを手にしていた者、覚悟を決めたよう。
  坪井、ロープを思いっきり引きながら。

坪井「うりゃああぁぁ」

  そして、日南田も同じく引っ張りはじめて。
日南田「よっしゃあ!」

  石川も参加して。

石川「うおおおぉぉぉ」

と、ロープを引っ張っていく。

ゆりあ「(榊原に)お願いしてもいい?」
榊原「はい」
日南田「篠原、あんたも手伝いなさい」
篠原「えー(と言っているが、それがやがて叫び声になっていく)ええええええ!」

  と、ロープを引っ張りはじめる篠原。

ゆりあ「(林田に)お願いします」
林田「は、はい」
満田「(水野に)あんたも、手伝ってくれるんだろう」
水野「あんたら、きちがいか!」
ゆりあ「水野君、お願い!」
水野「(ロープを掴んで)うりゃあああ・・こんな事してなんになるんだぁ!」

  と、ありさが。

ありさ「ああああ・・・」

と、叫んで、はけてくる。
裏まで来た事で緊張が切れたのか、急に  足に痛みが走って、その場に崩れ落ちる。
ありさに駆け寄る人々。

さわ「足、大丈夫ですか?」
ありさ「大丈夫、もう一山、オーラスが待っているだけだから」

  と、ありさロープを引っ張っている人達に気がついた。

ありさ「なにしてるの?」
満田「風がますます強くなってる」
ありさ「人力でテントを支えるの?」
満田「ここで倒すわけにはいかんだろう」
ありさ「じゃあ、私も・・」

と、足を引きずりながら、そのロープに参加しようと向かうありさ。

満田「おまえはいいよ」
ありさ「どーして」
満田「まだラストがあるだろ」
ありさ「じゃあラスト前まで」
満田「痛くないのか」
ありさ「痛いけど、じっとしてても痛くて、テント守ってても痛いんだったら・・」

と、ロープに参加する。
と、やって来るさわ。

さわ「地獄谷のシーンです。スタンバイ、お願いします」
満田「地獄谷のシーンの参加者は?」
坪井「はい!」
日南田「はい!」
加藤「はい!」
石川「はい!」
中川「はい!」
満田「そんなにいなくなるのか。ちょっと待ってくれよ、みんな舞台に出ていったら、誰がテントを引っ張って支えるんだよ」
さわ「それに満田さんもです」

満田、ロープを離しながら。

満田「どうすんだよ、おい!」
ありさ「私が支えてればいいんでしょ、足の骨が折れている私がね」
坪井「ありささん、ひがまないでください。しょうがないでしょう、出番なんですから」
満田「すぐ戻ってくるからな」

と、一同、舞台に出ていく。

榊原「大丈夫ですか、足?」
ありさ「痛みが峠にさしかかってる。もう『我慢』と書いて『忍耐』と読むって感じだね」
林田「さっぱりわからないたとえだなあ」
榊原「骨折しているのに、よくそんなにふんばっていられますね」
ありさ「役者っていうのはねえ、本番中は緊張しているから、アドレナリンが出まくっているのよ。そうすると、多少の痛みなんてなんとかなるものよ」
篠原「アドレナリンって偉大ですねえ」
ありさ「いつでも、どんな状態でも、瞬時にアドレナリンが出るようにさえなっていたら、向かう所敵なしって、私の尊敬する、佐山サトルが言ってるもの」
水野「佐山さんって、今なにしてるんですか?」
ありさ「やってるわよ、シューティングの大会。私は欠かさず見に行ってるけどね」
榊原「風が・・・また強くなって来たみたい」
ありさ「ところで・・あんた、誰よ」
篠原「日南田さんの高校の演劇部の後輩で、榊原・・(榊原に)本当はなんて言うんだっけ?」
榊原「榊原であってます」
篠原「東京に出て来て芝居がしたいとかで、今、いろんな劇団を見て回ってる最中なんです(榊原に)そうよね」
榊原「そうです。でも、私、今日入る劇団が決まりました。私、このテントで芝居するアングラ劇団に入ります」
篠原「あんた、うちのオーディション受けるって言ってたじゃない」
榊原「篠原先輩、ごめんなさい。でも、私、この劇団に入りたいんです」
篠原「どういう風の吹き回しよ」
榊原「私、今までずっと、高校演劇やって来たから、お芝居って、そいういう高校演劇みたいなもんだって思ってたんです。高校生らしく、明るく健全で、先生達の敵とならない程度に問題意識を持ち、分かりやすく、はっきり喋る芝居です。でも、そんな所からは、どんなに頑張っても、普通におもしろい物しか生まれません。でもそういう物しか評価しない、バカでしかもなんか見るからにスケベそうな、先生どもに、本当にうんざりしていました(感極まって叫び出す)バカヤローふざけんな! おまえらに私の・・私達の、みっちの、もりちんの、ちいちゃんの、ゆっこの、小池の、ぐりたんの、本当の気持ちなんかわかるか! 嫌だ、嫌だと思いながらも、おまえらに媚びてしまう、私達のこの自己嫌悪を、どうしてくれる! おまえらが気に入るような芝居をついつい作ろうとしてしまう、私達のやるせなさをどうしてくれる(叫んで気が晴れたのか、普通の口調に戻る)私は今まで、自分がどんな演劇が好きで、どんな芝居がやりたいのか、正直言ってわかりませんでした。でも、今日の芝居が、それをはっきりさせてくれたんです」
篠原「それがこの芝居?」
榊原「違います! 私には・・私にはこれといって好きな芝居なんかなかったんです。ただ」
篠原「ただ?」
榊原「一緒に舞台に立ってみたい、役者さんにはめぐり合えました。ゆりあさん、それはあなたです」

テントの方から曲が目一杯聞こえて来る。

ゆりあ「(その曲の中で)もう! もうやめてよ! そんな事言わないでよ! 私、私 メチャクチャ嬉しいよ!・・ちくしょう! ありがとう! 嬉しいよぉ!」
榊原「私を! 私をこの劇団に入れてください」
ありさ「榊原!」
榊原「はい!」
ありさ「私の芝居はどうだった? どう思った?」
榊原「そうですねえ」
ありさ「どうだった?」
榊原「まぁ、いいんじゃないかって感じでした」
ありさ「まぁ、いいんじゃないか?」
榊原「はい!」
ありさ「上等じゃねえか」
榊原「すいません」
ありさ「榊原!」
榊原「はい!」
ありさ「あなたをたった今から、うちの劇団に迎えます」
榊原「ありがとうございます」
ありさ「ようし! とことんイジメてやる」

と、飛び出してくる坪井。

ありさ「あんた、舞台は?」
坪井「満田さんが、僕の台詞全部いっちゃったから、必要なくなっちゃったんですよ」
ありさ「あのじじい」
坪井「ってことは、さっきのが、僕の出番のラストシーンだったんですよ。ちくしょう、情けねえ」

 と、みんながドヤドヤと帰ってくる。

ありさ「あんたたちは?」
一同「満田さんに台詞飛ばされました」

とまた曲がかかる。

坪井「あと二回か」
日南田「風が・・風がだんだん強くなってくる」
坪井「テントが傾いていく」

と、テントが上手奥に傾いていく。

坪井「倒れるぞ」
石川「けっぱれ!」
篠原「気合い入れろ!」
林田「手が、手にもう力が入りません」
坪井「せーの」
一同「よいしょ!」

と、再びテントが戻る。

水野「いいですか、四六時中手に力を入れていたら、ラストシーンまで持ちません。風だって常にビュービュー吹いているわ
けじゃないんです。流れを読んでください」

といったとたんに、みんな一斉に力を抜き、テントが向こう側に倒れていく。

一同「おいおいおいおいおいおい」
水野「みんなで一斉に力を抜いてどうするんです」
坪井「三回目の曲はまだか」
さわ「間もなくです!」
加藤「目潰しの具合がよくないんで、今、それを直している所です」

と、満田が指示を出しながら戻ってくる。

満田「一幕で使った、五灯の内の三灯を、外に向けして、二灯を目潰しとして繋ぎ直せ」
ありさ「あんた、人の台詞言ったり、飛ばしたり、好きな事やってくれてるね」
満田「すまん、でも、話の帳尻だけは合わせて来たからな。椿とは違ってな」
坪井「乗ってましたね、椿さん」
加藤「まもなく、オーラスのパートです」

と、三回目の曲がかかった。

坪井「三回目だ」
満田「ここからラストシーンまでが普通なら十分。だが、覚悟しろ、今日は永遠に続くかもしれないぞ」

曲、二度盛り上がって。

満田「ま、しょうがねえか」

スカ! っと、その殺したサスの一部が  彼らの姿を浮かび上がらせた。

満田「みんな、声を出せ!」
一同「うおおおおおおおおおおお」

と、さわがやってくる。

さわ「ありささん、出番です」
ありさ「(さわに)わかった。満田、喜べ!ラストは近いぞ」
満田「テンポよく頼むぞ」
ありさ「わかってるって」

と、ありさ、行きかけて、また崩れるように倒れた。

ありさ「ああ!」
満田「ありさ!」
坪井「どうしました?」
中川「ありささん!」
ありさ「さわ! ガムテープが破れて、支えのタル木がはずれた!」
満田「どうする?」
ありさ「ガムテープを早く」
満田「巻き直すのか」
ありさ「そうよ」
さわ「もうそんな事をしている時間はありません」
ありさ「なんでもっと早く呼びに来ないのよ」
さわ「すいません」
さりさ「(と、ゆっくり立ち上がって)こうやって、片足で立っているには大丈夫だ」
さわ「またはって出るんですか?」
坪井「でもラストシーンですよ、はってでたら、決まるものも決まらないんじゃないか」
ありさ「決めてやるよ」

と、言ってみたものの、また倒れ込む。

ありさ「ああっ!」
日南田「ありささん、もう片足でも立ってられないんじゃありませんか」
ありさ「ちくしょう!」
ゆりあ「ありささん!」
ありさ「(振り返ってみて)ゆりあ!」
ゆりあ「私・・私が!」
ありさ「あんたにはゆずらないわよ」
ゆりあ「私が支えて舞台に出ましょうか?」
ありさ「なにい!」
ゆりあ「私、あんたを支えて、舞台に出たいんです」
満田「一幕はゆりあが出ていたんだ。ラストシーンで、二人出てきたからって、どうという事はないな、確かに」
ありさ「客が混乱するでしょう」
満田「いやラストにちゃんと、二人出て来れば、なんだそういう事だったのかと、客は納得するだろう」
ありさ「そういう事ってどういう事なのよ」
坪井「ありささん、この芝居始まる時に、俺に二役やればいいじゃんっていったじゃないですか」
ありさ「だからなによ」
坪井「だったら、ありささんも、ゆりあとありささん二人で一役やってもいいじゃありませんか」
さわ「ありささん、出番です」
ありさ「ゆりあ」
ゆりあ「はい!」
ありさ「肩を貸して」
ゆりあ「はい!」

  と、ありさを支えに行くゆりあ。

ありさ「これで私が出ていって、椿とのやり取りの後、私とゆりあ、そして、椿がイントレに乗って(示して)はけて来る。それまで、なんとしてもテントを、テントをよろしく頼むわね」
一同「はい!」
篠原「ゆりあちゃん、オーラス出れてよかったわね。誰のおかげ?」
ゆりあ「みなさんのおかげです!」
ありさ「榊原!」
榊原「はい」
ありさ「初仕事だ」
榊原「え?」
ありさ「こっちのそでについていなさい」
榊原「はい・・それでなにをするんですか?」
ありさ「見ておくのよ」
榊原「え?」
ありさ「ゆりあの出るラストシーンを見ておかないと、この芝居を観た事にはならないでしょう」
榊原「(元気よく)はい!」
さわ「ありささん」
ありさ「今、行く!」

と、ゆりあに支えられたありさ、そして  榊原がテントの方に出て行く。

加藤「石川さん、まだはっきりとは答えてもらってませんよ」
石川「なにをだ!」
加藤「一身上の都合って、なんですか!」
石川「高校はやっぱり出ておいた方がいいかなって思って、もう一度勉強して出直してきます」
加藤「うそつきに惚れた私が悪いんですねぇ!」
坪井「日南田!」
日南田「はい!」
坪井「結局、一千万の助成金の話は、どうなったんだ?」
篠原「椿さん、新しいテントを買ったんで、もう一銭も残ってないそうです」
坪井「新しいテント?」
日南田「なんでミンキーがそんなことを知ってるの?」
坪井「なんであんたら、そんなに事情通なんだよ」
篠原「来年の春は、その新しいテントで、全国を回るそうです」
林田「来年の春が楽しみですね」
坪井「俺は永遠にここから出られないのか!新しいテントだと! 楽しみだなあ!」
中川「も、もう駄目です」
林田「手が・・手があ」
満田「ひるむな! 間もなく最後の台詞だ!ならば行こう、ハヤブサの街を出て、失う物も少なくはない、次なる旅路へ!」

間。
なにもテントからは聞こえて来ない。

満田「どうした!」
中川「たぶん! ためてるんだと思います」
満田「とっととやってくれえ!」

そして、聞こえて来る椿の台詞。

椿「ならば行こう、ハヤブサの街を出て」

ロープを持つ者達もユニゾンになって行く。

全員「失う物も少なくはない、次なる旅路へ」
満田「終わったあ!」

曲インする。
そして、テントの後ろがまくれ上がって、椿とありさとゆりあの乗ったイントレが派手な照明を浴びてハケてくる。
(イントレ要員は津田とさわである)
そのイントレの正面に強力な扇風機が仕込んで合って、ものすごい量の紙吹雪を巻き上げながらはけて来る。
そして、客席から聞こえて来る拍手。
椿、ありさ、ゆりあはしばらくラストシーンのポーズのまま止まっている。
台風の風も吹きつけている。
やがて、照明と曲が同時に落ちて行き、  あたりは静寂に包まれる。
と、満田が叫んだ。

満田「気を抜くな! テントが傾いているぞ!」
日南田「もう、力が入らない!」
水野「ちくしょう・・ロープが・・ロープが抜けて行く」
満田「もう・・限界なのか、これが」
椿「しっかりせんか!」
満田「椿!」
椿「おまえら、俺のテントを倒す気か!」
一同「すいません!」
満田「力を振り絞れ! 態勢を立て直すぞ」
日南田「でも、もう駄目です! 本当に駄目です」

と、そでにいたはずの加藤が飛び出して来る。

加藤「お客さんが・・・お客さんが、動こうとはしません」
満田「どうした! 倒れて行くぞ! 俺達の、俺達のテントが倒れて行くぞ!」
一同「あ・・・あああああああ」
満田「! 止まった! テントの傾きが止まった」

一同、呆然と見ていると、やがて。
テントが自力で立ち直って来る。

満田「どうしたんだ?」

と、はけ口から加藤が転がり出てきて。

加藤「(絶叫する)お客さんが!」
満田「どうしたんだ?」
加藤「テントの支柱を、みんなで支えてくれています」
満田「なにぃ!」
椿「行くぞ! カーテンコールだ!」

全員がロープから手を離した。
テントは自立している。

椿「音楽!」

と、曲がかかる中、全員がゆっくりと立ち上がった。
そして、椿がテントの中に駆け込むのに合わせて、次々にテントの中の舞台へと飛び出して行く役者達。
まだ、その場に残っている林田に。

篠原「なにをしているの、カーテンコールよ」
林田「え? でも、テントを支えてないと」
篠原「なに言ってるのよ、芝居はね、一に拍手、二に花束、三にお酒よ。(中へ)急ぎなさい」
林田「(元気よく)はい」

と、キャストの後に続いて、テントの中へ入って行く。
そして、取り残されるように居残っているゆりあと水野。

水野「急げよ、カーテンコールだ」
ゆりあ「わかってる」
水野「急げよ、なにしてるんだよ」

拍手の音が聞こえて来る。
その音、波のように大きくなったり、小さくなったりしている。

ゆりあ「水野君・・・さっきの」
水野「そんな話は今じゃなくってもいいだろ」
ゆりあ「今の方がいいのよ、あのねえ、こういう事やってるとね、毎日こんな感じなの。もう嫌になるくらい大変なの。でもねえ、やめられないのよ、水野君も今、体験したからわかるでしょう」
水野「でも、いつまでも続かないぞ、これは」
ゆりあ「それもわかってる」
水野「いつかは帰って来るんだろう、この娯楽のない街に」
ゆりあ「たぶんね」
水野「待ってるよ」
ゆりあ「その時は、よろしくね」
水野「ああ、俺もいざとなったら、気象予報士として、独立してもいいし」
ゆりあ「えっ! 気象予報士って、水野君のことだったの?」
水野「行けよ、カーテンコールだ」
ゆりあ「うん・・客席で見ててね・・・」
水野「見せてもらうよ、立ち見でね」

ゆりあ、テントの中に入って行く。
水野、その姿を見送って、その場に立ちつくしている。
やがて、テントの中から声が聞こえて来る。

椿「一幕めで、私の少女時代、カヲルを演じました。神田ゆりあ」

いつになく盛大な拍手が彼女を包んでいる。
水野の所までその音が聞こえて来る。
水野、静かに拍手をテントに向かって送って行く。

満田「そして、作、演出、椿源吾郎」

  拍手の音、さらに大きく。

椿「本日はどうも、ありがとうございました」

水野も拍手を続けているが、それを唐突に止めた。
  テントの中の拍手と音楽が止んでいく。
  そして。

水野「ならば行こう、ハヤブサの街を出て。失う物も少なくはない、次なる旅路へ・・ってか」

  と、踵を返して立ち去る。
もう一度曲がかかって盛り上がる中。
暗転。