今回の舞台はプロレスやボクシングのようにリング状になっている。
  劇場の中央に四角い舞台がデンと造られ、観客はそれを取り囲むようにして座っている。
  花道は三カ所。
  客電が落ち、眩いばかりの照明カットイン。
  舞台の四隅に男達。
  その中央で骨のセリをやっている化石ブローカーの西田と堀内。

前原「千二百!」
西田「千二百!」
満田「千二百五十!」
西田「千二百五十!」
伊東「千三百!」
前原「千四百!」
西田「千四百!」
満田「千五百!」
西田「千五百! 千五百! 千五百!」
堀内「ないか、ないか、ないか」
前原「千五百五十!」
西田「はい、千五百五十! ・・・千五百五十!・・千五百五十!」
伊東「千六百!」
西田「千六百! 他にどなたかございませんか? 千六百! 千六百! 千六百!」
岡田「(その言葉を遮るように、ひときわ大きな声で)二千!」

  驚きの間。

西田「二千! 出た二千!」
伊東「(負けじと)二千百!」
満田「二千二百!」
西田「二千二百! ・・他にもうございませんか?」
堀内「ないか、ないか、ないか、ないか」
前原「二千二百五十!」
満田「二千二百七十!」
伊東「二千三百!」
西田「二千三百! 二千三百! 二千三百!」
満田「二千三百五十」
岡田「二千五百!」
西田「二千五百! 二千五百! はい、おありがとうござい・・フタバスズキリュウ二千五百でこちらのお客さんへ」

  社交辞令のような拍手の間もなく。

堀内「次なるはイグアノドン! 手首、こっから先だ!」
西田「イグアノドン、イグアノドン、イグアノドン!」
堀内「これは結構、良い品だろ! 始めに言っておくよ、中指がちょっと欠けている・・それだけが玉に傷ってやつだ。さあ! 四千から行こうか・・(ひときわ声を大きく)四千!」

  と、その並んでいる男達が口々に。

満田「四千百!」
西田「四千百!」
前原「四千百五十!」
西田「四千百五十」
満田「四千二百!」
伊東「四千三百!」
西田「四千三百! 四千三百! ないか、ないか、ないか、四千三百! もうないか、よし・・四千三百!」

  と、その「四千三百」を遮るように。

岡田「四千四百!」
伊東「四千五百!」
岡田「四千六百!」
満田「四千七百!」
岡田「四千八百!」
伊東「四千九百!」
岡田「五千!」
伊東「五千百!」
岡田「五千二百!」
伊東「五千五百!」
岡田「五千六百!」
伊東「五千六百五十!」
岡田「五千七百!」
伊東「五千七百二十!」
岡田「六千!」
伊東「なに!」
岡田「六千!」

  の、声、一同「おおっ」となる。

西田「六千! 決定! おめでとうございます。そちらのお客さん、イグアノドンの手首・・さて、次の物は? ディノニクス! 白亜紀書記の地層から発掘された、ディノニクスの背骨!」
堀内「ディノニクス、ディノニクス、ディノニクス」
西田「・・ねえ、兄ちゃん、ディノニクスの背骨だよ。このディノニクスがいたからこそ、今日(こんにち)恐竜温血説が出たというわけだ・・恐竜の血は温かかった!」
満田「いいから早く値を言え!」
西田「おっと、熱くならない、熱くならない、温かいのは恐竜の血だけで充分」
前原「てめぇ!」
西田「(と、その言葉をかわすように)ディノニクス、ズバリ! 一万五千!」
前原「高い!」
伊東「冗談じゃねえ!」
満田「背骨だけだろうが!」
前原「一万五千あったらディノニクス丸ごと買えるじゃねえか!」
西田「高いんだったら、買わなきゃいいだろ! これ以上値をさげると、食いっぱぐれて、こっちが化石になっちまうよ!」
堀内「一万五千、一万五千、一万五千!」
伊東「高すぎる。他を見せてもらおうか」
岡田「一万六千!」

  『え?』となる一同。

岡田「一万六千!」
西田「一万六千・・他にないか、ないか・・」
満田「ないよ」
西田「一万六千、ありがとうございます!」
前原「(岡田に向かって)おい! いいのか!」
岡田「(構わず)他のを見せてくれ」
西田「はい! はい! そりゃあもう! なにがよろしゅうございましょう。ウミユリお安くしておきますが」
岡田「いらん」
西田「オウム貝は?」
岡田「持ってる」
西田「三葉虫は?」
岡田「揃ってる!」
西田「失礼ですが、どこの大学の方ですか? 博物館の方にしては・・お見かけしませんが・・」
岡田「欲しい骨がある」
西田「は?」
岡田「キリンの首」
伊東「キリンの首?」
岡田「いや、正しくはキリンになりかけている馬の首だ」
西田「キリンになりかけている馬の首?」
岡田「昔、馬が高いところにある草を食おうとして、首を伸ばし草を食っているうちに、首が伸びてキリンになった」
西田「ダーウィンはそう言っています」
岡田「その首が伸びている途中の・馬からキリンに変わろうとしている中間種の骨が欲しい。それも足やあばらや背骨じゃダメだ。首の骨だ・・」
満田「それはダーウィンが進化論を発表してからこの百二十年、世界中の古生物学者が探し求めている物じゃありませんか?」
前原「そんな物が?」
岡田「最近、見つかったらしいんですよ」
西田「そんな・・・」
岡田「(ブローカー達に)そんな話、聞きませんか?」
満田「本当なのか!」
伊東「キリンと馬の中間種の骨だと!」
岡田「ねえ、聞きませんか、そんな話を!」
西田「あるらしいですね・・」
伊東「どこで出土したんだ、その骨は!」
前原「今、どこにあるんだ、その骨は!」」
西田「私の手元にはありません」
岡田「じゃあ、どこに!」
西田「それは来月、とある場所で取引されます」
岡田「その場所とは?」
西田「第二ガラパゴス諸島・・」
岡田「第二ガラパゴス諸島の?」
西田「とあるホテル・・通称、進化論ホテルで!」

  岡田以外は退場。
  岡田、ぼそぼそとけれどもなんだか楽しくてしょうがないように話始める。

岡田「今からさかのぼること四十六億年、この星は生まれ、熱くたぎっていた地表が冷えるのに五億年。そして、その表面積の七割を占める海の中で、細胞が生まれ、それがやがて、光合成で酸素を放出するラン藻類となり、大気の組成を変化させ・・地球誕生から三十九億年、今から七億年前、ようやく殻のない動物が出現した。それが七億年前!」
岡田「光合成生物が放出する二酸化炭素により、大気にオゾンが生まれ、生物はその生活圏を水中から陸上へと移していった。先に上陸した植物はコケとなり、林となり、森林となった」
岡田「その植物の後を追い、昆虫や魚類から進化した両生類、さらに爬虫類と動物達の上陸は進んでいく」
岡田「やがて両生類を押しのけるようにして、爬虫類の時代が来る。古生代末期の二畳紀から、中生代初期の三畳紀にかけて、ほ乳類型爬虫類の全盛の時代がやってくる」
岡田「しかし、彼ら、哺乳類型の爬虫類は、三畳紀後期に出現した、恐竜達に世界を譲り、絶滅してしまった」
岡田「二畳紀末期、気温が高くなりゴンドワナ大陸の氷河が溶けはじめ、海水温が低下し、それに連れて気候も著しく変化した。この厳しい環境の変化で、古生代型の無脊椎動物が数多く絶滅した」
岡田「その中で、どうにか生き延びることが出来たのは、首長竜や魚竜などの水中での生活に再び適応したものだけだった」
岡田「隕石が落下し大量のプラチナを空に吹き上げ、異常気象を巻き起こし、恐竜は絶滅に追いやられる」
岡田「やがて訪れた何万年も続く氷河期と呼ばれている時代。マンモスがサーベルタイガーが、冷たい土を踏み冷たい風に耐えてきたのも、進化せんがため、類人猿が二歩足で立ち、その手に道具を握り、その道具によって敵を殺し、仲間を守り、火を使い、子を育て、家族を作り、村を作り、国を作り、殺戮し、強奪し、子を産み、育て、殺し、殺され、奪い、奪われ・・その上に俺達は生まれ、出会い・・足の下の無数の骨に支えらえれ、俺達は・・出会う」
岡田「進化論ホテル・・行かなきゃ」

  と、身を翻す岡田。
  暗転。
  照明見えるか見えないか程度に溶明。
  刑事A、B、Cが立っている。
  そして、その中心に山崎ミルコ。

刑事A「映画のフラッシュバックがまるで、永遠に続いているように、その瞬間、瞬間が、無数の瞬間、瞬間が、瞼の裏に洪水のように現れては消え、現れては消える過去の風景の中から、我々が必要としているその一瞬の画を、抜き出してくれるというのですか? それとも、まるで『時をかける少女』のように、過去の時間の中に一人ぽつんと置き去りにされた目で、ただ、その目の前で起きる事を、目の前で展開される惨劇を見守るのですか?」
ミルコ「そうです、見守るのです。ミマモル・・マモル。ここの守るという言葉が入っているのに、私はなに一つ守ることなどできないのです。その目の前で起こっている事に、なに一つ干渉することができないのです。それは全て過去に起こった出来事だから。既に起こった出来事だから・・見守るということは、なにも守らないということなのです。ただ、ただ茫然と見ているだけなんです。例えそれが、今、目の前で起こっている事が、樹木を背に、首筋に果物ナイフを押し当てられて、今まさに強姦されようとしているOLと目が合ったとしても、電柱の陰から飛び出してきた男にメッタ刺しにされ、自分の体から吹き出る血の海でもがき、滑り、やがて動かなくなるまで・・見守る、だけなんです。それでも、それでも、この目をつぶることは出来ないのです。例え瞼を閉じたとしても・・」
刑事B「瞼の裏に現れては消え、現れては消える・・」
ミルコ「そうです、事件を見ているのは私の目ではないのですから」
刑事A「過去の時間の中にポツンと一人置き去りにされた目は、そのあなたの瞳ではなく・・」
ミルコ「この指です。その物に触り、この指が見た物が、私の瞼の裏に映るんです」
刑事C「これはあなたの指が見た、この物達の夢なのですか?」
ミルコ「夢じゃありません! 物達が見た物が、私の瞼の裏に映るんです」
刑事C「物達が見た物?」
刑事B「それがポストコグニション」
刑事A「ポストコグニション!」
刑事C「ポストコグニション・・過去を見る能力です。過去透視とでも訳すのでしょうか?」
刑事A「過去を見る? 過去を見るといっても、膨大な時間が折り重なっているじゃありませんか! その中から、どうやって、その一瞬を選び出すというのですか?」
ミルコ「その現場に、その場所に居合わせた物があれば」
刑事A「そこに居合わせた物?」
ミルコ「そこに触れることによって、その物が見た、その事件が、私の瞼に浮かび上がるのです」
刑事C「体験した事? 物が見た物? そんなアミニズムが犯罪捜査に使えるんですか? 裁判所で証人として、漬け物石が並ぶというのですか?」
刑事A「(それには構わず)物が体験した事といっても、百年そこにある柱もあるでしょう。いや、もっと長い間そこにある石や木、彼らにそういった記憶があるのだとしても、いったい、どうやってその任意の時間を抽出するというのですか? 百年の一瞬を」
ミルコ「いえ、物の記憶について言っているんじゃないんです。私はその物に残っている痕跡を見るんです」
刑事A「痕跡?」
刑事B「殺人現場の痕跡ですか?」
ミルコ「そうです、その場所で、その時間に飛び散った、殺意を見るのです」
刑事A「飛び散る殺意!」
ミルコ「汗が、そして、血が飛び散るように、殺人現場には殺意が飛び散ります。狂気が飛び散ります。飛び散った殺意は、飛び散った狂気は、拭うことなどできはしないのです。その物に、まるで焼き付けたように、くっきりと残っているのです。だから、その選び出す一瞬が、なにげない、とある日常の一瞬だとしたら、逆に私の手には・・私のこの指には負えない物なのです」
刑事B「物に殺意が残っている・・」
ミルコ「それだけじゃありません。殺される側の恐怖も、痛みも、飛び散るのです。殺意、狂気、恐怖が、しぶきとなって・・そしてそれは目には見えない、指の先でしか見えない、この指の皮膚でしか見えない物なのです。こうして、その物に触れて、私はその瞬間を幾度も見て来ました。殺意が吹き出る瞬間を見てきました。その時、人の顔がどんなふうに見えるのか。人の目の奥になにが映るのか・・私は知っているのです。刑事さん、狂った人というのは・・ただ、狂っているのですよ」
刑事A「事件を解決するたびに、それを見てきたんですね」
ミルコ「それが、その必要な一瞬なんですから。その殺意の吹き出す瞬間が、必要な一瞬なんですから」
刑事A「(頷いた)・・・」
ミルコ「(とある地面をしめし)刑事さん、その子はここに埋まっています」

  刑事A、B退場。
  刑事Cは満田だった。
  ここで照明がやや明るくなる。

満田「そう言った時、ここに子供が埋まっていると言った時、あなたのその瞼の裏には、埋められていく子供の姿が映っているわけですね。穴に投げ込まれ、土をかけられていく、その子供の様子が、見えているわけですね。あなただけが、どうしてあなただけが、そんな物ばかり見なくっちゃなんないんですか?」
ミルコ「あなたは?」
満田「あなただけが、どうしてそんな物ばかり見なくっちゃなんないんですか? もういいじゃありませんか、もういいでしょう?」
ミルコ「でも、それが必要な一瞬だから」
満田「必要ですか? それが本当に必要な一瞬ですか? あなたにとって・・」
ミルコ「私にとって?」
満田「そう、あなたにとってです。あなたにとって必要な一瞬なのですか?」
ミルコ「いえ・・」
満田「じゃあ、それは誰のために必要な一瞬なのですか?」
ミルコ「誰かのため」
満田「誰かのため・・」
ミルコ「そうです」
満田「そんな誰かのためでなく、私のために見てきて欲しい過去があるのです。私が必要な一瞬を、その画を選び出して欲しいのです。膨大な時間が折り重なった過去の風景の中から・・・あなたの力で・・」
ミルコ「私の力?」
満田「そうポストコグニション」
ミルコ「過去を見る・・あなたのために過去を見る」
満田「そうですそうです、そんな誰かのためでなく、私のために」
ミルコ「この指であなたのために・・」
満田「そうです、真実を見極めるために、世の中なんて、真実が一つ、ただ一つだけあればいいんです。だから・・」
ミルコ「私の力が必要なんですね」
満田「その指で見て欲しいんです、真実を」
ミルコ「え?」
満田「その骨に触れて欲しいのです。その骨に触れて、その骨に飛び散った痕跡を見て欲しいのです・・そうすれば生物進化の謎が、進化論の謎が解けるんじゃないかと思うのです。ポストコグニション。過去透視による進化の解明です」
ミルコ「あなたは?」
満田「満田幸一郎・・あなたを誘拐しに来ました」

  暗転。
  溶明。
  西田と堀内が来る。

西田「ボロ儲け!」
堀内「ボロ儲け!」
西田「ボロ儲け!」
堀内「ボロ儲け!」
西田「ボロ儲け! うりゃ!」
堀内「ボロ儲け! うりゃ!」
西田「フタバスズキリュウが二千五百!」
堀内「二千五百!」
西田「イグアノドン、手首こっから先で六千!」
堀内「手首こっから先で六千!」
西田「化石転がしってのはやめらんねえなあ」
堀内「こんなに儲かっていいんでしょうかねえ」
西田「なんせ、元々は土に埋まってるもんだから、元手いらずっていうのはこのことだよなあ」
堀内「土俵には金が埋まっているっていうけど、土俵じゃなくても金は埋まってるもんですねえ」
西田「もっと、もっと掘り出して、あいつらに売りつけてやんなきゃな、もっともっと!」
堀内「もっともっと!」
西田「もっともっと!」
堀内「もっともっと!」
西田「もっともっと!」
堀内「もっともっと!」
西田「もっともっと!」

  丸山、登場。

丸山「親方! お帰んなさいまし!」
西田「おう! 今、帰った」
丸山「どうでしたか、今日は? あの子達が掘った化石、高く売れましたか?」
西田「それなんだがな、丸山」
丸山「はい、親方」
西田「今日も、博物館の奴や、大学の奴らが大勢俺達の化石展示即売チャリティオークションに参加してくれたんだがな・・」
堀内「約二万人の人でにぎわったんだがな」
西田「あいつらな・・あいつら、鬼だ!」
丸山「えっ!」
西田「あいつら、鬼だ! 悪魔だ! 畜生だ!」

丸山「親方!」
  と、堀内、崩れ落ちるように跪き床を叩
いて。
堀内「ちくしょう!」
丸山「堀内さん!」
西田「泣くな堀内、俺だってくやしい」
丸山「また安く買いたたかれたんですか?」
西田「(泣きそう)ああ!」
丸山「二束三文で?」
堀内「殺してやる!」

  と、起きあがる堀内に飛びついて。

西田「落ち着け! 落ち着け!」
堀内「今からでも遅くはない! ぶっ殺してやるぅ!」
丸山「やめてください、堀内さん!」
西田「(堀内を止めながらも)そうは言ってもな丸山。あの子達が夜も寝ずに掘って、掘って、掘りまくった化石、二束三文で買いたたかれちゃ、いくらのんきで人のいい堀内さんだって!」
堀内「人のいい奴が怒ったら怖いんだぞ!」
丸山「親方、そんな火に油を注ぐような事、言わないでくださいよ! 私、いいんです、私、いいんです!」

  と、西田と堀内の動き、ピタリと止まって。

西田・堀内「いいって?」
丸山「いいんです、私達の事だったら!」
西田「よくはないだろ!」
丸山「いいんです、平気です。全然平気です。あの子達に・・小学校中退して、なにもやる事のないあの子達小学生が働ける場所なんて、やっぱり親方のところしかないんですから、ここしかないんですから。それでそんな不平不満を言っていたらバチが当たりますよ・・化石掘りは確かにつらいけど、みんな、みんな幸せなんです」
堀内「本当か、それは?」
丸山「本当です」
西田「みんな幸せなんだな」
丸山「幸せです。賃金なんか安いけど、平気です」
西田「賃金、安いか?」
丸山「ええ・・ちょっと」
堀内「すまないねえ・・」
西田「でも、うちは他の会社なんかよりもきちんと払っているはずだがな」
丸山「でも親方!」
西田「(すごんで)なんだ?」
丸山「私が言うんじゃないんです。うちで働いている小学生が言うんです。朝、日が昇ると同時に働き始め、夜は日がとっぷりと暮れて、手元が見えなくなるまで働いているのに、一日の賃金が子供料金になっているのは変だって・・私が言ってるんじゃないです。うちで働いている小学生が言ってるんです・・一日、朝から晩まで働いても、子供料金の半額になってしまうって」
堀内「子供だから子供料金・・どこがおかしい?」
西田「電車だってバスだって映画だって、みんな子供料金があるだろう! 世の中ってのはな、大人料金と子供料金で成り立ってるんじゃないか!」
丸山「でも! でも! でも親方!」
西田「なんだよ?」
丸山「子供だから、大人料金の半額だってのはわかりました」
西田「納得したか?」
丸山「ええ・・それはいいんですけど、その賃金のさらに半分が自動的に親方の口座に入って、積立貯金になってるっていうのが・・」
堀内「気に入らんというのか?」
丸山「私が言ってるんじゃないんです。私のところで働いている小学生が言ってるんです」
西田「それじゃあ、俺達が小学校中退した小学生を働かせて、その上前をピンハネしているみたいじゃないか」
丸山「私が言ってるんじゃないんです」
西田「そんなこと言われたら、俺達は立つ瀬がねえよ」
堀内「立つ瀬がねえよ!」
西田「その金はなあ、いつか小学校を建てる時のために、大事にとってあるよ。俺達の小学校を建てる日のために」
堀内「ええ話や!」
西田「今の小学校からドロップアウトした連中が、きっと風の噂で俺のことを聞き、ここへ、俺を頼ってやってくる。そして、しばらくは化石掘りの仕事をし、額に汗し、労働する喜びを知り、労働によって得たお金の大切さを痛感する。と、ある日、ふと思う。俺、やっぱり勉強がしたいなあ・・けれどもその時、彼を受け入れてくれるような学校なんてありゃしない。じゃあ、そいつは、一生この先勉強ができないのか? それってちょっとあんまりじゃない? 学校がなけりゃ作ればいいんだ、俺達の学校を! 勤労小学生のための学舎を・・」
丸山「親方!」
堀内「ええ話や!」
西田「みんな、みんながんばろうよ。後少しの辛抱だよ。賃金の半分が自動的に積み立てに回されるって? そんなさあ、そんな小さいことで文句言うなよ! つまんない事じゃないか。え? そんな目の前の事よりも、もっと遠くを見て物を言ってくれよ! 俺達な、本当のことを言うと、君たち小学生が働いた賃金、全額欲しいくらいなんだよ。でも、全額もらっちゃった日には、君たち干からびて化石になっちゃうだろ! そんな事をしたら、身も蓋もないからさあ。だから半額なんだよ。な! もっと志を高くもって行こうよ!」
丸山「親方!」
堀内「ええ話や!」
丸山「親方、私、今、猛烈に感動しています」
西田「丸山、俺達は苦しみも一緒、楽しみも一緒だろ!」
丸山「はい!」
西田「俺達はなんだ?」
丸山「(小っちゃな声で)納豆です」
堀内「声が小さい!」
西田「俺達はなんだ?」
丸山「(大きな声で)納豆です!」
堀内「納豆だ!」
西田「俺達とおまえ達はどういう関係なんだ?」
丸山「糸引き合う仲です」
西田「そうだ! 糸を引き合う仲だ。俺達一人一人は小さな豆かもしれない。腐った豆かもしれない。けどな、みんなが束になれば、腐った豆は納豆に変わる。腐った豆は納豆という食べ物として世間は見てくれる」
丸山「親方! 化石を掘っている小学生達にこの事を伝えます。親方の新都庁よりも高い志を、みんなに伝えます」
堀内「頼むよ、丸山君!」
丸山「大丈夫です。きっと、きっとわかってくれると思います」
西田「(感動しているように)丸山!」
丸山「親方!」
西田「丸山!」
丸山「親方!」
西田「丸山・・もういいだろ、ビデオを止めろ」
丸山「(一気に緊張を解いて)もう終わりですか?」
西田「もういいだろ、こんなもんで! 今度あいつらから文句が出たら、このテープ見せとけ。おまえ、このテープ見せながら、泣けよ。わんわん泣きながら、子供ら説得しろよ」
丸山「やってますよ、いつも、いつも・・」
堀内「ホントに近頃のガキは仕事しねえで文句ばっかり言いやがって・・ホント、どうしようもねえなあ」
丸山「親方、ガキはいいとしても、例の馬とキリンの中間種の骨っていうのは・・」
西田「どうやらホントらしいな」
堀内「らしいなって、手をこまねいてただ黙って見てるつもりですか?」
西田「そこで!」
堀内「そこで?」
西田「そこで私、西田弘英、商売上手な西田弘英、進化論ホテル船の旅を企画してみました」
丸山「進化論ホテル船の旅?」
西田「そうです、船をチャーターして、進化論ホテルに出向き、そのキリンの骨のオークションに参加しようという企画です」
堀内「おお、憧れのツアーコンダクター」
西田「ブローカーどもも、みんな第二ガラパゴス諸島に渡る手段がなくて困っている。そこにつけ込む。足下を見る。待っていろよ、小学生達。勤労小学生諸君、君達の学舎を今、作ってやるからな」
堀内「じゃあ、俺達もその船に乗って」
西田「もちろん、化石のオークションに参加して、最も高い値でセリ落とし、その化石を転がして、転がして、転がして・・もっと、もっと、もっと・・・」
堀内「もっと、もっと、もっと・・・」
西田「もっと、もっと、もっと・・」
丸山「親方!」
西田「なんだ?」
丸山「ビデオが止まってません!」
西田・堀内「おい!」
丸山「止め方がわからないんです」
堀内「早く止めろ!」
西田「おまえ、子供達がこのビデオ見たら、なんて思うか・・」
堀内「俺達に反乱起こすんじゃないだろうな」
西田「俺は俺のライフワーク、自由な学舎を作る日まで、あの子達には働いてもらわなきゃならん!」
丸山「ビデオが止まりません!」
堀内「早く止めんか!」
丸山「親方、それってなんんか変です、勤労小学生の学舎を作るのに、どうして、あの子達小学生が働かなきゃなんないんですか?」
西田「だから、勤労小学生のためだ」
丸山「でも、そのために働くんですか? 小学生が?」
西田「勤労小学生が先か、勤労小学生の学舎が先か」
堀内「ニワトリが先か? 卵が先か?」
西田「どっちが先でも、いいだろ! ニワトリの卵から、ワニは生まれない。なぜだかわかるか?」
丸山「わかりません」
西田「それがニワトリの卵だからだよ」
丸山「そんなぁ! 親方!」
堀内「そんなもこんなもあるか! 文句があるならかかってこい!」
丸山「そんな! 堀内さん!」
西田「丸山!」
丸山「親方!」
西田「(かかって)来るか!」
丸山「え?」
西田「進化論ホテルへ」

  暗転。
  霧笛の音。
  そして、その暗転の闇の中、額にライトをつけた男が、ゆっくりと舞台に歩み出る。
  舞台上にはアンモナイトの化石が土柱のようにある。
  男、その土柱に近づくと、土を丁寧に・・いかにも神経質そうにゆっくりと払っていく。
  男、伊東孝。
  そして、その男が作り出す重い沈黙を破壊するかのように、突如現れる男、前原。
  大きな箱を下げて、中の化石をガチャガチャ言わせている。
 そして、伊東の側までやってくると。

前原「掘ってるかぁ!」
伊東「かなりでかいです」
前原「アンモナイトか」
伊東「この石が昔、生物だったということを、ついつい忘れてしまいます。この硬く石と化した皮膚も、その当時は、何万年か前は、瑞々しい光沢を放ち、今よりもずっと綺麗な水が打ち寄せる海辺で、ゆっくりと生きていたはずです。まさか自分の屍が、何万何千年後かに掘り返され、包み込んでいた土を刷毛で払われ、丁寧に水洗いされ、こうして自分達の進化の延長線上にある生物の手に、しっかりと捕まれることなど、考えもしなかったでしょう・・」
前原「当たり前だ! そんなこと考えるだけの知能が、その巻き貝にあるとは思えないね」
伊東「そうでしょうか?」
前原「あたりまえだろ! 何万年も前の巻き貝が、俺差、他の貝とちょっとちがう感じがするんだよね。何て言うか、俺って、残る貝っていうか、歴史に名を留めるっていうのかな、うん、うまく口じゃ言えないけど、何となくそう思うんだよね。いいんだよ、笑いたい奴は笑えよ、今に見てろよ」
伊東「なに言ってるんですか?」
前原「貝の独り言だ」
伊東「はぁ?」
前原「その貝の独り言に出てくる、今に見てろよ! 今に見てろよ! っていう今が、今、現在なのか? 何万何千年も経った今なのか!」
伊東「一人で何言ってるんですか?」
前原「おまえ、そういうことを考えながら、化石の発掘してんのか? そんあ物語考えながら化石掘ってんのかよ」
伊東「ちょっとちがいますけど、だいたいそうです」
前原「そうだろう」
伊東「そうですよ、悪いですか、いろいろ物語考えながら、穴っぽりするの。俺ダメなんですよ、先に頭でいろいろ考えないと、体動かないんですよ。確かにそうですよ。この化石が生きている時、いったいどんなふうに世界は見えていたんだろう。空の色は今よりも青かったんだろうか、緑なんかきっと今なんかよりも、もっとギラギラしていて・・」
前原「ローマンチストなんだねえ」
伊東「いやあ・・それほどでも・・」
前原「褒めちゃいねえよ」
伊東「いや、照れてるんです」
前原「おまえくらいのもんだよ、化石に感情移入して穴っぽりやってんのはよ。西田のオヤジんとこはな、小学生が発掘してんだよ。ガッコ中退した、んな奴がゴロゴロしていて、人海戦術で二十四時間掘ってんだよ。あいつも考えたよな、まさか小学生を鞭打って働かせるわけにもいかないからよ、スリッパだよ、スリッパ!(腰を示し)ここんとこにスリッパブラ下げて、怠けたり、さぼったりする子がいたら、後ろからそれでパッコン、パッコン殴って、化石掘らせるんだぜ、パッコン! パッコン! だよ。パッコン! パッコン! いい音するんだ、これが。だってよ、見かけは普通のスリッパだけど、中に薄い鉄板が入ってるから、効く、効く。子供、泣きながら、必死になって掘る、掘る。化石、見つける、見つける。お前みたいに空の色がどうのこうのとか言っているのとは訳がちがうよ。あいつら必死だぜ、言うこときかないと、スリッパ縦にして殴るんだから。額切れて、血ダラダラだよ。考古学、飛躍的に進歩させてんのは、この鉄板入りスリッパだな」
伊東「でもそれって、なにか間違っちゃいませんか? 労働基準法ってのはどこに行っちゃったんですか?」
前原「労働基準法ってのはな、あくまでも規準なんだよ。規準の上もありゃ、規準の下もある。そういうもんだろ! まあ、こんな事言ってもなあ、ローマンチストにはわからないかもしれねえけどなあ」
伊東「わかりません!」
前原「結構! 俺達の問題は労働基準法じゃなくて、進化論だ」
伊東「でも、こうやって日がな一日、化石掘りをやっていて、これがいつしか役に立つ時が来るんでしょうか? 進化論のためになる日が来るんでしょうか?」
前原「来る!」
伊東「どうして、前原さんはそういつもいつも、はっきりと断言できるんですか? いいですか、進化論というのは仮説なんですよ。この先どこまで行っても仮説にしかすぎないんです」
前原「だからどうした?」
伊東「この仮説を立証することなんか、できないんですよ。どんなに完璧な進化に対する考え方が出てきたとしても、それを立証する方法がないんです。科学理論の唯一の特徴というのは、その科学的な事実が、観察や実験によって立証できるということなのです。しかし、我々が刃向かっている進化論は観察も実験もできないじゃありませんか」
前原「当たり前だ。進化論は進化論なんだ。どうして、進化論は進化学や進化説ではなく進化論であるか考えたことあるか? 進化ということを語る時、その論文を書く人間の思想や哲学が、提出された進化論の中に息づいているからなんだよ」
伊東「今現在、世界中で最有力とされているネオ・ダーウイニズムでさえ、未だ上手く説明のつかない謎の部分が数多くあります。それでも、その他の進化論に比べれば、一番納得のいく説なのです。だから、もしもこの先、ネオ・ダーウイニズムよりも、もっと納得のいく、もっと多くの謎が解決できる説が現れたとしたら・・」
前原「だとしたら?」
伊東「たった一つの論文で、進化論の歴史に名を残すことも可能なんです」
前原「わかってるんだったら、さっさとやれ! 進化論に不連続点があるんだとしたら、まだ解けぬ謎が残っているのだとしたら、俺達が突っ込んでいいのは、そこんとこなんじゃないのか・ え? そういう進化論のミッシングリンクがあるんだとしたら、その謎、全部解決しちゃえばいいんだろ! 地球誕生から今の今までの四十六億年の歴史、生物進化の辻褄を合わせりゃいんんだろう!今まで見たいに、自然淘汰がどうの、獲得形質がどうのなんて言ってたって、それが真実であるという確証はないんだからな。誰もこれを観察や実験によって証明する事なんて、できやしないんだから・・ダーウィン、ダーウィンって言うけどな、あのオヤジだって、自分で『種の起源』書いておいて、見つからない骨があう。今の化石の収集状況が悪いんだよ、だから今の俺の進化論はページの抜けた本みたいなもんでさ、必要な化石が出てくりゃ、俺の進化論が一番正しいってわかるからさ。なんてホザいてるんだよ。強気だよな。この姿勢だよ。歴史に残るってのは・・わかるか、伊東。この未だに解けない謎という穴ぼこがぼこぼこ空いている進化論に何をブチ込んだってこっちの自由だ。地球が誕生し、大気が生まれ、微生物から始まって最終的に(と、伊東を示し)この体に、おまえにたどりつけばいいんだからよ」
伊東「俺にたどりつけばいい?」
前原「そういう事だろ?」
伊東「そう考えると、俺が進化の究極の形態ってことになりますね」
前原「進化の究極の形態? どうして微生物のなれの果てと言えない?」
伊東「微生物からこの俺までの物語を紡ぎ出せばいいんですね」
前原「そうだ! 出来るものならやってみろ! そうすれば、その時、おまえは進化論の歴史に残る」
伊東「でも、四十六億年分の物語ですよ。いったい、何から突っ込んでいいのか?」
前原「恐竜はなぜ滅んだ?」
伊東「え?」
前原「今から何万年前、地上を我が物顔でのし歩き、反映を極めたあの恐竜達はなぜ絶滅したんだ? 白亜紀の地層からは、恐竜の骨がイヤというほど出て来るのに、そのすぐ上の第三期の地層からは、これっぽっちも見つからない! なぜだ?」
伊東「ですから、それは隕石の落下によって・・・」
前原「何だと?」
伊東「恐竜の骨が数多く出てくるその白亜紀の地層と、恐竜の骨がまったく出てこない第三期の地層との間に、約十センチ程度の薄い層があります」
前原「それで?」
伊東「この約十センチの地層は世界中にほぼ均等にあり、さらに不思議なことは、この地層、上下の地層に比べてプラチナの含有量が異常に多いのです」
前原「だから?」
伊東「だから、この恐竜全盛のとある日に、プラチナを大量に含む隕石が落下してきて、地表に激突、粉々に砕け、それが遙か上空まで吹き上がりジェット気流に乗って、世界中の大気混ざり、それによって引き起こされた異常気象で、恐竜は滅んだと・・」
前原「それは今、学会で最も有力視されている説じゃないか」
伊東「そう、そうです」
前原「そうじゃねえよ! どこにおまえの思想や哲学が入ってるんだよ。言ったろ! 進化論ってのはな、その説を提供した人間の哲学や思想が入っているものなんだよ!」
伊東「でも、それがなんだか、納得できる説なんで」
前原「納得してどうする、納得して」
伊東「だって、それが一番、多くの謎を解決するにふさわしい・・」
前原「じゃあ、おまえも恐竜と一緒に、この学会の下の方に埋もれてていいよ」
伊東「じゃあ、なんだったらいいんですか?」
前原「みんあさ、苦労してんだよ、それぞれに・・自主性のはっきりした奇妙奇天烈くんな論文発表してんだよ! それをおまえ、隕石がだって? インセキ? もっとさ、他にあるだろう、神風が吹いたとかさあ」
伊東「神風?」
前原「そうよ、恐竜があんまりはびこっちゃったんで、神風が吹いたのよ」
伊東「恐竜は神風が吹いて、絶滅したんですか?」
前原「これを俺が発表した時は、ちょっとしたセンセーショナルだったよ」
伊東「じゃあ、その説でいくと、十センチのプラチナの地層ってのはどうなるんですか?」
前原「謎だ」
伊東「は?」
前原「まだまだ、奥が深いよ、この分野は」
伊東「そんなの、ただ奇をてらっているだけじゃないですか」
前原「よし! わかった!」
伊東「なにがわかったんですか?」
前原「じゃあ、質問を変えよう。なぜ生物は進化するのか? これでどうだ? こういうテーマでいってみよう。いいか、なぜ生物は進化するのか?」
伊東「それは・・・」
前原「それは?」
伊東「進化したかったから」
前原「おい!」
伊東「だって、そう考えなきゃ、しょうがないじゃありませんか。生物の中に自分自身を、自分の環境をより良い咆哮に変えていこうとする、なにかがあるんですよ。もしかしたら、それは種の保存の本能と言い換えてもいいかもいいような」
前原「おまえの意見だと、種は必然的に進化するわけだな」
伊東「そうです」
前原「進化してどうなる?」
伊東「え?」
前原「進化してなんか良いことでもあるのか? じゃあな、じゃあな、じゃあな、じゃあな、もっと根本的な問題で行くぞ・・おまえ自身は進化したいと思っているのか? どうだ?」
伊東「え?」
前原「おまえ自身に聞こう。おまえが言うように、生物はみな必然的に進化するものだとしたら、おまえ自身はどうなんだ? 進化したいと思っているのか?」
伊東「人間はこの先もまだ、進化しますか? 進化するんですか?」
前原「それはそうだ。その言葉だ。俺が何千、何万回と浴びてきた言葉だ・・この先人間は、どういうふうに進化していくのですか? 例えば人に紹介される。パーティ会場なんかでだ。相手はなんにも知らない素人だ。その上、露骨にはバカにできないような地位にあったりする。進化について研究しています。ああ、ダーゥインの・・ここまではわかる。経済ならマルクス、物理ならアインシュタイン、進化論と言えばダーウインだ。とりあえず知っていることを並べ立てる。当たり障りのない会話が交わされる。こっちは説明してもしょうがない。わかってないだろう、などと思いながら、でも、一応、説明したりする・・紹介者の手前もあるから・・トンチンカンな質問も笑って訂正を交えて説明する。と、どうだ・・おもむろに来るんだの質問が! 『人間は、この先どうなりますか?』『まだ、まだ進化するのですか?』聞いてどうする? 進化するかもしれない。しかし、進化するのはあんたじゃない。あんたは、あんたのままだ。どんなものになっていくのですか? そんな事が知りたいのか? あんたには関係のないことだろう? ただ、一つだけ言っておいてやろう? ただ進化する前に滅ぶかもしれないぜ! わかってんのかよ!」

  満田、登場。

満田「わかっているつもりですが・・」
前原「おう、なんだ満田じゃねえか」
満田「(伊東に)どうも学研で科学と学習の編集をやっております、満田です」
伊東「科学と学習?」
満田「ご存じありませんか?」
伊東「いえ、よく子供の頃、読んでいました。学校の片隅で昼休みなんかに売っているアレですよね」
満田「そうです」
伊東「今でもやっぱり売っているんでしょうかね」
満田「いえ、もうああいうヤクルトのような売り方は止めました」
前原「ほう、じゃあ、どういう売り方になったんですか? 例えて言うと」
満田「(絶句している)・・うっ! た・・と・・えると・・ですか?」
前原「そう、例えると?」
伊東「(満田に)どうしたんですか?」
前原「例えると・・」
伊東「はっきり言ってください」
前原「(さらに強く)例えば?」

  と、満田が苦しがる。

伊東「(満田に)どうしたんですか?」
前原「こいつ例え話恐怖症なんだよ」
伊東「なんですか? それは?」
前原「物のたとえというのが大嫌いなんだ」
伊東「例え話恐怖症?」
前原「小さい頃、例え話でなんか嫌なことがあったんだろ!」
満田「いえ、そんなんじゃないんです。例え話そのものが悪いと言ってるんじゃないんです・・許せる例え話と、許せない例え話があると言ってるんです。いいですか、例え話というのは、何かを表現する時、それをわかり易くするためにあるわけです」
伊東「そうですよね」
満田「でもね、世の中には、なにを言っているのかわからない例え話、いえ、なにを言っているかわからない例え話ならまだ良いんです。わかり易い話をややこしくする例え話があるでしょ。それを私は憎むんです。嫌悪するんです。例え話を持ち出すことによって、余計、話がこじれていく・・」
伊東「例えば、どんな?」
満田「ああ! その言葉を使わないで下さい」
伊東「あ! すいません!」
満田「その言葉は心臓に悪い。その言葉を聞くと(心臓のあたりを示して)このあたりがキュンとなるんです」
伊東「例えば、じゃなくて・・具体的に言うと・・どういう?」
満田「具体的にですか?」
伊東「ええ・・具体的に」
満田「そうです。我々、科学に携わる者は具体的じゃないと意味がないんです」
伊東「例を上げてみてもらえませんかね?」
満田「具体的に言うとですね、一日に使うガソリンの量は、ざっと霞ヶ関の三杯分とかですね」
伊東「霞ヶ関の三杯分?」
満田「この広さは、なんと東京ドームが四つすっぽり入る大きさです、とか」
前原「東京ドームが四つ!」
満田「その雑誌を積み重ねると、なんと富士山を越えてしまう、とか」
伊東「富士山を越えてしまう!」
満田「もっとすごいのだってあります。月まで歩いていくと十三年と二百八十日と十三時間」
前原「月まで歩く?」
満田「呼んで来いよ、その月まで歩いて行った奴を! 雑誌を積み重ねて富士山を越えてしまうだと? 積み重ねてみろ! そんなもん、崩れるぞ! 東京ドームが四つ入るってのは、結局広いのか、狭いのか? どっちだ! 東京ドームはなあ、水道橋に一つあれば充分なんだよ」
伊東「そんな・・東京ドームが四つってのは、なにもその場所に四つ作るってことじゃないんですよ」
満田「一日に使うガソリンの量が、霞ヶ関の三杯分だ? 霞ヶ関ってどのビルか、俺には区別がつかねえよ」
伊東「ただ、いちゃもんつけてるだけのよな気もしますけど(前原に)これのどこが例え話恐怖症なんですか? 文句つけて楽しんでるみたいですけど」
満田「そんな事、言ってますけどね、科学と学習なんていう子供向け雑誌の編集なんかやってたら、毎日、毎日これですよ。右向いても例え話、左向いても例え話ですよ」
伊東「例え話地獄ですね」
前原「でも、そりゃ逆に例え話好きには答えられないよ」
満田「そんな事、言ってね、あなただって例え話に苦しんでみればわかりますよ。私の苦しみが。世の中なんて事実が一つだけあればいいんです。だから前原さん、僕は今日、真実をいただきにあがりました。来月の特集は進化論です。どうか、決定的な真実をください!」
伊東「ちょっと待てよ。さっき俺が必死にここで話ていたのを聞いてなかったのか? 進化論というのは立証できない学問なんです。この先、どんな理論が出ようが、それが真実かどうか、確かめる術はないんです。さっき言ったでしょ、なに聞いてたんですか(と、楽屋を示し)そこで待っている間!」
前原「例えば!」
満田「またそれか!」
前原「例えば、地球が誕生して今現在までを一年としてみると、人間が出現するのは十二月三十一日、大晦日の午後十一時五十六分!」
伊東「午後十一時五十六分!」
満田「だから、なんなんだ!」
伊東「レコード大賞の発表が終わり、紅白の決着がついて、行く年来る年が始まっている頃ですね」
満田「例え話をさらにややこしくする気か!」
前原「人類の・・人という種の正月がもうすぐやって来る」
伊東「善福寺のお寺の鐘の下で、焚き火が燃えています。人類の煩悩の数だけ鐘が鳴っている頃ですね」
前原「ああ、百八つの鐘が鳴っている頃だよ」
伊東「人類のゆく年来る年の総合司会は誰ですかね」
前原「進化の除夜の鐘が鳴っています」
伊東「行きましょうか」
前原「ああ・・」
満田「どこへ?」
伊東「進化論ホテルへ」

  暗転。

と、遠くの方で、霧笛が聞こえる。
その音、次第に近づいて来るように大きくなって行く。
  やがて、その音、圧倒的な音になり、照明カットイン!
  と、立っている岡田とミルコ。

岡田「もう動き出しましたか?」
ミルコ「ええ、出航です」
岡田「見送りは・・誰もいませんね」
ミルコ「ええ・・・」
岡田「こっそりと船出していく」
ミルコ「この船の名前、知っていますか?」
岡田「いいえ・・・」
ミルコ「『ノア』というんですよ」
岡田「ノア、ノアの箱船のノアですか?」
ミルコ「ノアなんて名前ばかりです。載っているのは化石のブローカーばかり」
岡田「あなたもそうですか?」
ミルコ「私、ですか・・」
岡田「あなたもそうですか?」
ミルコ「私、ですか・・」

  次第に小さくなっていく。

岡田「あなたもそうですか?」
ミルコ「私、ですか・・」

  と、やってくる前原、満田、伊東。
  ここに岡田とミルコがいることなどお
構いなしに、この三人の会話は続く。

前原「すまないなあ、学研の金でこんな船旅させてもらって」
満田「いえ、真実掴んで下さるなら、私、なんでもやります。、会社の金なんて、みんな、私のポケットマネーみたいなもんですから・・」
前原「なんでもやる?」
満田「はい!」
前原「ほんとか?」
満田「ほんとうです!」
前原「なんでもっていうのは例えば?」
満田「ああっ! やめてください、その言葉は! その言葉だけは! 前原さん、私からかって楽しんでるでしょう」
前原「だって、おもしろいんだもおおおん」
満田「そんな事やってないで、真実を掴んでください」
前原「どうだ伊東! この腐りきった考古学、古生物学会に衝撃を与え、おまえが歴史に残るような論文のテーマは見つかったのか?」
伊東「いえ・・まだです・・」
前原「まだ? じゃあ、いつになったら出来るんだ?」
伊東「四十六億年分の歴史ですよ」
前原「そんな事はわかってるよ」
伊東「たとえこれで、進化論ホテルに着いて、馬とキリンの中間種の骨を見ることができたとしても、オークションで我々の手の届かないような高値で、セリ落とした一人の学者が、骨を所有して絶対表には出さず、完全な進化論をうち立てたとしたら、全ての謎がその進化論によって解明され、説明がつき、つじつまが合ったとしたら、その後にはもういくらセンセーショナルな進化論をたたきつけたとしても、目立ちはしないんです」
前原「だから、どうする? その骨を盗んでこっそり研究し、おまえ自身のおまえにしか紡ぎ出せないような、そんな地球誕生から四十六億年の物語を編み出すというのか?」
伊東「いえ、俺、決めました」
前原「なにを?」
伊東「もっと簡単な方法があったんです」
満田「もっと簡単な方法?」
前原「なんだよ」
伊東「俺にもできて、歴史に残ることです」
前原「なんだよ、もったいぶらずに早く言えよ」
伊東「言わない」
前原「なにぃ!」
伊東「前原さんには絶対に言いません」
前原「なんでだよ」
伊東「俺が言ったら、前原さん先にやっちゃうでしょ」
前原「やらねえよ」
伊東「やりますよ」
前原「やらねえよ」
伊東「やりますよ、だから、言わない」
前原「てめえ!」
満田「(それを制して)簡単な方法?
伊東「そうです」
満田「簡単な方法って・・まさか」
伊東「なんですか?」
満田「そんな・・そんな・・・そうか、その手があったか」
前原「(満田に)なんだよ、わかったんなら教えてくれよ。独りぼっちにしないでくれよ」
満田「そうか」
伊東「わかりました?」
満田「(喜んで)わかった、わかった」
伊東「(前原を見て)言わないでくださいね。すぐマネして先にやっちゃいますから」
満田「骨を・・骨を砕きに行くんだろ」
伊東「おい!」
前原「なんだと!」
伊東「言わないでって言ってるでしょ」
前原「骨を砕くだと? 砕いてどうする? キリンの首の骨砕いてなんになるってんだ」
伊東「(胸をはって)歴史に残ります」
前原「歴史に残る?」
伊東「考古学、古生物学に携わる者達の胸に残ります」
前原「歴史に残る?」
満田「燃えさかる長屋から寝たきりのバアさんを救出したり、ノックアウト強盗を捕まえたりして新聞に載る方法もあれば、自分の親殴り殺して、新聞に載る方法もあるってわけだな」
伊東「きっとその方が、新聞の扱いも大きいんじゃないですかね」
前原「そんな・・進化論が今一度進化するかもしれないという画期的な化石だぞ! それを砕くというのか!」
伊東「確かに無茶です。無謀です、短絡的過ぎます。でも、これはそのまま俺の思想です。哲学です。人間性です。俺、ずっと小学生の時から通知票に書かれてたんです。担任が代わっても、書かれる事は同じでした」
満田「無茶、無謀、短絡的」
伊東「これで俺の思想や哲学が反映されるし、間違いなく歴史に残ります」
前原「おまえの思想や哲学はわかった。確かに間違いなく歴史に残るだろう。だけどな、進化論ってのはどこ行ったんだ? それってただの犯罪じゃないのか?」
岡田「骨は砕いちゃいけねえ」
一同「?」
岡田「骨は砕いちゃいけねえ・・・」
  
  と、西田と堀内登場。
  
西田「(一同に)ども、本日は馬とキリンの中間種の骨をひと目あなたにツアーにご参加下さり、誠にありがとうございまいした。本船はただいま、第二ガラパゴス諸島に向けて航行中でございます。途中、停泊の予定は一切ございません。では、ここで救命胴衣の説明に移らさせていただきます」
前原「そんなのはいい!」
西田「でも、一応、規則ですから」
前原「その進化論ホテルってのはどんなところなんだ?」
西田「はあ?」
前原「はあ? じゃない! その馬とキリンの中間種の骨があるんだろ、進化論ホテルに」
西田「らしいですね」
伊東「らしいですね?」
西田「いやあ、ぶっちゃけ私もよくは知らないんですよ」
満田「ぶっちゃけるな!」
  カットオフの暗転。

  照明カットイン。
  西田、堀内、そして、岡田がいる。
  と、丸山が入ってくる。

西田「丸山、どこほっつき歩いてんだ。この方だよ、先日の化石即売チャリティオークションで、一番高い値でセリ落として下さったんだ。俺達化石掘りにとっては、神様みたいなもんだよ」
丸山「どうもありがとうございます・・(と、岡田に気づいた)うそ・・」
西田「なんだよ丸山、うそじゃないよ、この方、イグアノドンの手首こっから先で、二千五百だ」
堀内「ディノニクスの背骨、一万六千だ」
西田「ああ、これで俺達の小学校の水飲み場ができた」
堀内「ところでどうでしょ、プレシオサウロスの肋骨、お安くしときますよ」
岡田「いらねえ」
西田「いい品なんですけどねえ」
岡田「おまえんとこの骨は、なんであんなに塩辛いんだ?」
西田「は?」
岡田「おまえが売りに来る骨は塩辛いよな」
西田「塩辛いと申しますと?」
岡田「あの化石、塩辛いぜ」
西田「ははぁ、そりゃきっと太古の海の味でしょう」
堀内「お客さん、化石セリ落として毎日舐めてるんですか?」
岡田「いや、あれは海の味じゃねえ、海の辛さとはちょっとちがう」
西田「じゃあ、なんの味ですか?」
岡田「涙の味」
堀内「は?」
西田「涙?」
岡田「そう、あの化石には涙が飛び散っている」
西田「そんな・・」
岡田「そんな気がする」
西田「まさか・・なんで化石に涙が飛び散るんです?」
岡田「しかも、大人の涙じゃない。子供の涙の味だ」
西田「子供の涙? 子供の涙ねえ」
堀内「よく焼き物の鑑定をする時に、その茶碗や壺を舐めたりしますけど、まさか、化石を舐めている人がいるとは・・」
西田「いやあ、いろんな人がいるもんですなあ」
岡田「なんで子供の涙の味がするんでしょうか?」
西田「いやあ、今日はホントに良い勉強をさせてもらった、じゃ、堀内さん、今日のところはこのへんで・・ども! 失礼いたしましたぁ!」
堀内「どーもー」

  と、去る西田と堀内。

丸山「塩辛いですか、あの化石は」
岡田「ああ・・」
丸山「涙の味がしますか?」
岡田「ああ・・」
丸山「子供の涙の味がしますか?」
岡田「するよ」
丸山「そうですか・・・」
岡田「あの化石には子供の涙が染み込んでるよ」
丸山「だって、あれは・・」
岡田「パッコン! パッコン!・・あの化石に触れると、そんな音まで聞こえてくる・・スリッパで後ろから殴られている、あの音だ」
丸山「岡田さん!」
岡田「丸山! ずいぶんはぶりが良さそうだな」
丸山「そんなことないです」
岡田「おまえが小学校一年の時に学校を辞めて西田のオヤジのところに来た時は、まだこれくらいだったよな」

  と、五センチくらいを丸山に示す。

丸山「小学校一年生の時、いくら小さいっていっても、そんなに小さくはなかったと思います」
岡田「いや、これくらいだった」
丸山「そんな人間はいません」
岡田「いや、俺にはこれくらいに見えた」
丸山「そんな・・せいぜいこれくらいでしたよ」
岡田「なんだと、この女、また昔みたいに泣かすぞ、うりゃぁ!」
丸山「(泣きそうになって)それくらいでした。私、生まれたときから小さかったんです。友達はコロボックルでした」
岡田「だったよなあ」
丸山「岡田さんだって、あの頃、子供だったじゃないですか」
岡田「あたりまえだ。あの頃ってのは小学生の頃だろう。大人の小学生がいるか」
丸山「え? オカマの小学生?」
岡田「オカマじゃない、大人だ! そのお約束のようなボケはやめろ! なんだ! オカマの小学生ってのは!」
丸山「だって、そう聞こえたんです・・オカマさん!」
岡田「オカマじゃねえ、岡田だ! その繰り返しのギャグもやめろ!」
丸山「あの子達は立ち上がります」
岡田「なに?」
丸山「もうすぐです。あの子達は、親方のスリッパをはっしと受け止めるはずです」
岡田「西田のオヤジに刃向かうのか?」
丸山「そうです」
岡田「あいつらだけで?」
丸山「そうです」
岡田「反乱を起こすというのか?」
丸山「いつまでも、いつまでも、あの鉄板の入ったスリッパで額割られているわけにはいきません。見せてやります、小学校を自分で中退した者の力を。小学校中退ってのは半端じゃないんです。高校を中退するのなら、ちょっとのきっかけと、ちょっとの勇気があれば簡単にできますけど、小学校の中退てのは腹の据わった根性がいるんです。だって、なにもかも投げてるんですからね。日本の社会は卒業しなきゃ学歴にもなんにもなんないじゃないですか。小学校中退なんていったら、幼稚園卒までしか履歴書に書けないんですよ。何年何月幼稚園入園、何年何月同園卒、その二行で履歴書埋まっちゃうんですからね」
岡田「西田のオヤジから離れて、生きていけるのか?」
丸山「生きて行くしかないでしょう・・小学校を建てる金を稼いでも、自分達はその小学校に入れるかどうかはわかりゃしないんです、勤労小学生のための学舎作りは親方のライフワークです。でも、そのために朝に、昼に、夜にパッコン、パッコン、スリッパではたかれちゃたまりません」
岡田「できるのか、そんなことがおまえ達だけの力で」
丸山「出来ます。やらなきゃらならないんです。こうして岡田さんも帰って来てくれたのだから」
岡田「帰ってきたわけじゃない」
丸山「そんな・・じゃあ、どうしてこの船に・・進化論ホテルに・・」
岡田「探しに来た」
丸山「なにを?」
岡田「隣の女を」
丸山「隣の女?」
岡田「隣の女を」
丸山「隣の女って、今、岡田さんの隣には私しかいませんよ」
岡田「隣の女ってのは、トリュフォー・・フランソワ・トリュフォーという男が作った映画のタイトルだ。観たことあるか?」
丸山「いいえ・・」
岡田「かって愛しあっていたが、今は別々の人生を歩んでいる男と女が、偶然、隣同士になってしまう。そして、その二人はとまどいつつも、再び恋愛にどっぷりとつかっていく・・そして、ついにある日、男は女を抱きしめる。女はその瞬間、あまりの歓びにに失神してしまう・・男の腕の中で気を失い、ぐったりと・・」
丸山「それで?」
岡田「それだけだ・・」
丸山「その・・隣の女を探しているんですか? 岡田さんの隣の女を・・かつて愛しあった女を追いかけているんですか?」
岡田「ちがう、かつて愛し合っていたわけではない・・まだ、会ったこともない・・」
丸山「そんな・・それのどこが隣の女なんですか? 会ってもいない人をどうやって見分けるんですか?」
岡田「その決行の日はいつだ?」
丸山「は?」
岡田「おまえ達が、あのオヤジに反乱を起こす日だ。おまえ達が、あの西田のオヤジのスリッパを受け止める日だ」
  
  暗転。
  ゆっくりと溶明していくと、満田が一人舞台に立っている。
  どこからかガムランの音が聞こえる。
  その音に負けじと、奇声を発する満田。
  それはまるで滅び行く生物の断末魔の声のよう。
  やがて、とつとつと満田の台詞。

満田「(奇声)温度・・日中十八・五・・日没・・九・・夜明け前、マイナス三・・北西の風、風力四・・雨・・のち雨・・雨・・雨・・日照時間・・六・五・・五・三・・五・一・・(奇声)温度・・日中マイナス七・・日没マイナス十五・・夜明け前マイナス二十九・・北北東の風、風力五・・北西の風・・風力五・・北の風・・北の風・・日照時間・・一・・一・・零・三・・・零・八・・・零・六・・・零零・二・・・・それでもまだ、海は凍らない・・(奇声)みぞれ・・のち・・雪・・雪・・・雪」
  とある骨を握りしめたミルコが立っている。
満田「ゆっくりでいいです、ゆっくり、ゆっくり・・なにが見えますか?」
ミルコ「モノクロームの世界です」
満田「色のない世界ですか?」
ミルコ「それも・・なんて言うんでしょう、ピントがはっきりと合っていないような・・」
満田「その骨が持っている痕跡が、古くなっているからですか?」
ミルコ「そうでしょうか・・そうかもしれません・・全体的になんだかボヤけたイメージで・・」
満田「何億年も前の痕跡です・・鮮明でないのはしょうがないかもしれません」
ミルコ「それでもわかります。この空は今よりもずっと青く、この緑はきっと今よりもギラギラしているのでしょう」
満田「少し休憩しましょうか?」
ミルコ「いえ、大丈夫です」
満田「少し休みましょう・・まだ、第二ガラパゴス諸島に着くまで、ずいぶんあります。時間はあります。少しづつ、少しづつ過去を見ていってください。我々は四十六億年分の過去を編纂しようとしているのですから」
ミルコ「その骨は、どんな骨なんでしょうね」
満田「え?」
ミルコ「キリンの首の骨ですよ。いったいどんな形をしているんでしょうね」
満田「キリンと馬の中間種という話ですから」
ミルコ「馬にしては長すぎて、キリンにしては短か過ぎる・・そんな骨なんでしょうか・・」
満田「さあ、どうでしょうね・・まだ多分、誰も見たことのない物ですから・・」
ミルコ「きっとその馬は・・キリンに変わろうとしている馬は、仲間はずれだったんじゃないでしょうかね」
満田「仲間外れですか・・」
ミルコ「ええ・・馬の間では仲間はずれだったんじゃないでしょうか。いろんな事を考えるんです。この指で触れた瞬間、こちらの精神状態なんかお構いなしに、その骨が持っている映像は私の瞼の裏に押し寄せてくるのです。だから・・」
満田「だから?」
ミルコ「少しでも心の準備をしておきたいんです。そのキリンになりかけている馬の濃い持ちを少しでも考えてみたいんです。高い木の草をこう食べようとして、首を伸ばしている時、苦しくはなかったんでしょうか? 首の骨が伸びていく瞬間は苦しくはなかったんでしょうか?」
満田「それは・・・」
ミルコ「どうだったんでしょうね? こんな事、きっと進化論に関係のない事でしょうけど、生物進化の謎には関係のないことでしょうけど」
満田「いえ、それもまた生物進化の真実に迫る物ならば・・」
ミルコ「満田さん・・進化するのは苦しいことなのでしょうか?」
満田「それをあなたに確かめて欲しいんです。進化するのが苦しい事なのかどうか、あなたの指で、あなたのその指で、あの骨に触れて・・」
ミルコ「行きます、どこにでも」
満田「これが終われば、僕の誘拐も終わりです。必ずあなたを元の場所に送り届けます」
ミルコ「いいんです・・元の場所なんて別にないのですから」
満田「いえ、必ず・・」
ミルコ「いいんです。過去を見る以外、私はなんの取り柄もない人間ですから。次第に現実を見ている時間より、過去を見ている時間の方が多くなっているのです。段々と現実を生きている感じが希薄になって行くのがわかるんです」
満田「でも、あなたはここに、現実に存在しているじゃありませんか」
ミルコ「でも、私の瞼の裏には現実の人間だけではなく、過去の人間もまた現実に存在しているんです」
満田「過去も現実になっている」
ミルコ「ええ・・私は現実を見失った人間ですから」
満田「現在とは、今、ここ、この瞬間が現在でしょう」
ミルコ「どの瞬間ですか? 私の中にはその、今、ここ、この瞬間が無数にあるのです」
満田「・・それがポストコグニションですか?」
ミルコ「そうです。過去を見る能力です」
満田「あなたにとって、必要ではない一瞬に立ち会い過ぎたのですね」
ミルコ「キリンになりかけたその馬も、そんな気持ちだったんじゃないでしょうか?」
満田「キリンと馬の中間種」
ミルコ「キリンに向かって進化していくその馬も、きっと、そんな感じだったんんじゃないんでしょうか? 馬の群の中に、突然変異のように首の長い馬が現れたとしたら、その馬は他の馬よりも高い木の葉を食べることができたでしょう。首が長いぶんだけ、遠くまで見渡すことができたでしょう。そして、きっと、私達と同じように、首が長いおかげ他の馬が見なくてもすむことを見なければならなかったんじゃないんでしょうか?」
満田「人よりも遠くが見えるのは、つらいですか?
ミルコ「進化論ホテルはまだですか?」

  ゆっくりと暗転。
  照明カットイン。 
  岡田と丸山がいる。

丸山「岡田さん! 受け取ってください、このスリッパを! セラミックの入ったこのスリッパを!」
岡田「いや、それはおまえが持っていた方がいい。おまえが持って、その小学生達を扇動しろよ」
丸山「いえ、岡田さん、あなたはあなたが思っている以上に、あの子達の憧れなんです。あなたさえ、あなたが一声掛けてくれさえすれば、! 親方がこの船に乗っている間に、小学生達は薄くなった監視の目を騙して、一斉に立ち上がるつもりです。スリッパにはスリッパを! 鉄板の入ったスリッパに対抗できるのは、このセラミック入りのスリッパしかないんです。どうか、このスリッパを手にしてください」
岡田「おれはそんな人の中心にいていい人間じゃない。人のはずれにいる人間なんだ」
丸山「みんな岡田さんのことを口々に語りあっています。岡田さんのような小学生がいたことを。サボっているといってはパッコン、パッコン殴られ、化石の収穫量が少ないといってはパッコン、パッコン、なんだかむしゃくしゃするといってはパッコン、パッコン!けれども、どんなに殴られても、あなたはその表情を変えることなく、無心に化石を掘って掘って、掘り続けたっていうじゃありませんか。私達は殴られるから掘っているんじゃない。化石が土の中から出てくるのが楽しいからやっているんだ。何千何万年も埋まっていた化石を、たかだか十年ちょっとしか生きていない私達が冷たく暗い中から掘り出してやることができる。そして、そんな歓びがあるから、化石掘りをしているんだ。岡田さんを見ていると、そんな忘れてしまった初心を思い出すんです。ここで、こうして土を掘り、化石を掘り出しているのは、誰のためでもない、私と化石のため、ただ、それだけのため。殴られても、殴られても、涙一つこぼさず、スリッパ縦にして殴られ、額を割られても、その流れる血を拭おうともせず、化石を黙々と掘り続けていた岡田さん・・伝説の岡田さん」
岡田「勝手に伝説にするんじゃねえよ」
丸山「だって、みんな、みんなそう信じています。だからこそ、刻々と条件の悪くなっていく親方の元で我慢してやってるんじゃありませんか!」
岡田「そんな話にすがらなきゃ化石一つ掘れないのか? え? 俺を伝説の人間にしてやっていかなきゃ、やっていけないほど、それほど状況はひどいのか?」
丸山「ひどいんです」
岡田「俺だってパッコン、パッコン後ろから殴られりゃ涙も出る、スリッパ縦にして殴られりゃ、額割れて苦しむよ。流れる血を拭わなきゃ、目に入ってなにも見えなくなるんだよ・・そんな伝説には、ほど遠いよ」
丸山「でも、でも!」
岡田「なんだよ!」
丸山「親方だって言ってたんです。岡田さんのことが忘れられないって。あいつは小学生の目をしていないって。あんな目をした小学生がいてたまるかって。あいつの目が! あいつの目はなにかを見ているようで、なにも見ていない。あいつの瞳は確かに俺をとらえているのだけれど、その射るような、いや、射抜くような視線は俺を貫き、その向こうを見ているのだと」
岡田「その向こう? その向こうとはいったいどこだ?」
丸山「どこか・・どこか遠くです・・私達にはとても見えないような、遠くです」
岡田「その時、俺はなにを見ていたんだ? 化石を掘りながら、ふと手を止め、いったいなにを見ていたんだ?」
丸山「まるで、この現実の向こう側を見ているような」
岡田「・・現実の向こう・・」
丸山「いえ、岡田さんにとっては遠くの現実も、目の前の現実も、みんな同じ現実かもしれませんけど・・でも、岡田さん、私はそんな岡田さんが好きでした。どうしてもっと・・もっと早く出会えなかったんだろうと思いました。私が小学校を自主的に辞めて、親方の所に来た時、岡田さんはすでにみんなの憧れでした・・(と、五センチくらいを示し)こんなに小ちゃかった私にとって、小学校六年生の岡田さんはとっても大きな存在でした。でも、私が親方のところに来てからすぐ、岡田さんは数々の伝説を残したまま忽然と姿を消しました。ある人は岡田さんが、まだ誰も見たことのない骨を掘り出してしまい、それを親方に渡すのが嫌で、こっそりその骨と一緒に姿をくらましたと言います。ある人は異人さんにその優れた化石掘りの能力を買われて、アメリカに渡り、アリゾナのあたりで今日も独り化石を掘っていると言います。でも、でも、でも、私はどうしてもっと早く岡田さんに出会わなかったんでしょうか? もっと早く、この伝説の人物が化石を掘っている間に。私はあなたの側で化石掘りをしたかった。親方がパッコン! パッコン! 意味もなくスリッパで殴って、あなたが思うように化石掘りができないのなら、私がその代わりに、こんな頭でよかったら、殴らせてあげたのに。当たり前のことですけど、スリッパで殴るのは伸び盛りの子供の頭にはよくないんですよ。それでも私、いくらでも、岡田さん、あなたの代わりに、親方のあのスリッパを受けたかった・・・」
岡田「馬鹿野郎! もっと早く出会ってたっていってもな、あの時のおまえは小学校一年生。まだこんな小っちゃかったじゃねえか」
丸山「もっと小っちゃかったころです」

  と、岡田、さらに小さい寸法を作って。

岡田「これくらいの時か?」
丸山「そうです、それくらいの頃です」
岡田「これくらいのおまえが、親方のあのスリッパくらったら、ぺっちゃんこになっちゃうじゃねえか」
丸山「いいんです、私、いいんです。ぺっちゃんこになりたかったんです。ぺっちゃんんこになっても全然平気なくらいの、愛なんです。私、愛のためなら、ぺっちゃんこになります」
岡田「そのおまえの好きだという岡田は、伝説の岡田だろう」
丸山「そうです」
岡田「だから、何度も言ってるだろ、そんな男はいやしないんだって」
丸山「岡田さん!」
岡田「なんだよ!」
丸山「私は岡田さんの隣の女にはなれないんですか?」
岡田「おまえは何を言ってるんだ?」
丸山「私は岡田さんの隣の女にはなれないんですか? 言ってください、はっきりと。構いません、そしたら私・・」
岡田「どうするんだ?」
丸山「その気持ち、このセラミックのスリッパに込めて、親方の額割ろうと思います。伝説の力なんか借りずに、私の気持ち込めて、気合い一発、あの親方の額、叩き割れる気がするんです。私がそっと親方に近づきます。息を殺し、気配を殺し・・そして、殴りかかるんです。もちろん親方だって百戦錬磨です
手も汚れてりゃ、腹も黒い、そんな男です。私の殺気を感じてここんとこにブラ下げているスリッパを素早く引き抜くでしょう。そして、先手必勝とばかりに私に殴りかかってるでしょう。でもその時、私もまたこの手に握りしめたセラミック入りのスリッパで、親方のスリッパをはっしと受け止めるのです。伝説の子供達を今まで支えていた男、岡田しゅうめいの隣の女になれなかった、この私が、渾身の力を振り絞って、セラミック入りのスリッパで親方に、西田弘英に殴りかかるのです。スリッパとスリッパが空中で交差し、火花が散ります。稲妻が光ります。隣の立木に雷の一つも落ちて、まっぷたつになるかもしれません。そして、西田のオヤジのスリッパがはじけ飛ぶのです。チュィィィン! いい音がするでしょう。勝利の音です。セラミックが鉄板を弾く音です。小学校を中退した者の、腹の据わった根性の音です。勉強なんて学校行かなくったってできます。勤労小学生の学舎なんていりません。大きなお世話です。学校で勉強している時間があったら、私は何万何千年もの間、土の中に埋まっている骨達を、ずっとずっと誰かを待ち続けている骨達をこの日の下に掘り出してやりたい。何万何千年か経った今、再び、日の光を浴びさせてやりたい。あの当時に比べたら、空はどんよりとし、緑は色あせてしまっているでしょう。けれども、進化のなれのはての生物の手で、小学校を中退した私の手で、土を払われ、水洗いし、その硬く石と化した皮膚に、もう一度、日の光を当ててやりたいんです。岡田さん、私、やります」
岡田「丸山!」
丸山「でも岡田さん!」
岡田「なんだ?」
丸山「その前に岡田さん、一発殴らしてください。このセラミック入りのスリッパで、後頭部を一発!」
岡田「なんだと、丸山!」
丸山「問答無用! うりゃぁぁぁ!」
  
  と、丸山、いきなり岡田に殴りかかる。
  そして、パッコォォォン! と一発、スリッパで岡田の後頭部を鳴らす。

丸山「岡田さん! ありがとうございました! 私、必ず子供達を、小学生の後輩達を辛く、苦しい化石掘りから開放し、明るく楽しい化石掘りができるようにがんばります・・ありがとうございました」
  
  と、走り去る丸山。

岡田「野郎ぅぅ・・そのマイペースな芝居、なんとかならねえか!(と、丸山にはたかれた頭を押さえて)てぇぇっ! 効くなあ、セラミック入りのスリッパってやつは!」
  
  暗転。
  照明フェードイン。
  と、満田とミルコがいる。

満田「ポストコグニションというのは、物に触れて過去を見ますね」
ミルコ「ええ・・そうです」
満田「だったら、もし、人間に触れたとしたら、どうなりますか? その人の過去が見えますか?」
ミルコ「それは・・ちょっと」
満田「見なくてもいいような過去、隠しておきたい過去までが、あなたのその指で、あなたの瞼に、引きずり出されるのでしょうか?」
ミルコ「触ってみますか?」
満田「え?」
ミルコ「私、思うんです。もしも、本当に今、満田さんが言ったように、指と指をふれあわせることによって、その合わせた指の先から、その人の過去が、私の中に流れ込んでくるのだとしたら・・・人に見せたくない過去、隠しておきたい過去が、私の中に流れ込んでくるのだとしたら・・きっと、その瞬間は、その瞬間があったなら、二人はわかりあえるなんてもんじゃない・・そんな過去を、生き様全て受け入れてくれるのだったら、それ以上の事って、もうないんじゃないかって気がするんです・・・それ以上の瞬間なんて・・」
満田「でも、それは全てをさらけ出して、受け入れられた場合でしょう・・そのもしもという場合は、受け入れられないという場合だってあるということですよ、その場合はどうなるんですか?」
ミルコ「それは・・やってみるしかないでしょう」
満田「賭けですね」
ミルコ「そうですね」
満田「怖い賭けですね」
ミルコ「そうです」
満田「まだ、誰も勝った事のない賭けですね」
ミルコ「満田さんは私の指に触れる勇気はありますか?」
満田「今までも、あなたのその指に触れてきた人間がいるわけでしょう、数多く」
ミルコ「ええ・・・」
満田「その人達はどうだったんですか? 受け入れられなかったわけでしょう?」
ミルコ「・・・・」
満田「そうでしょう? そうなんでしょう?」
ミルコ「だからといって、私はこの先も、これから先もダメだとは思ってはいません・・そう思ったこともありません」
満田「何度も、何度も拒絶されているのに?」
ミルコ「それは・・やってみなくちゃわからないじゃないですか」
満田「それは・・知りたくない、事実ですか?」

  と、指を伸ばすミルコ。

ミルコ「触れますか?」
満田「いや、やめておきます」
ミルコ「どうして?」
満田「怖いんです」
ミルコ「私もです」
満田「だったら、なぜ?」
ミルコ「わかりません」
満田「賭けといっても、まだ誰も勝ったことのない賭けですよ」
ミルコ「でも、次はどうなるかわかりませんし、次がダメでも、その次は・・・」
満田「どうして、そこまでその指を・・その指の皮膚を信用しているのですか? その指が、指の皮膚が、あなただということですか?」
ミルコ「いえ、この指先は、私の中に入る入り口にしか過ぎません・・私は・・私自身あもっと別の物です」
満田「・・・よく思うんです・・化石のオークションに参加して、化石を収集しているんですけどね・・そこで学研の科学と学習の安い給料をはたいて、小さな小さな骨を手に入れて、じっと眺めるんです。いつか自分もまた、こんな姿になるのではないかと思いながら・・残るのは骨なんですよね。私が死に、何千何万年後かに、こうして骨が化石と化し、僕らにとっては想像もつかないような生物に、じっと見つめられるかと思うと・・その時、僕の骨は土を払われ、水洗いされ、再び日の光を浴びます。でも、それは僕の骨であって、僕ではないんですよね。僕自身ではないんですよね。かつて僕だった骨、なんですよね。その骨は僕だった。でも、もう一度日の光を浴びる時、それはもう僕ではない」
ミルコ「そうですね、体なんて器にしか過ぎないのかもしれませんね」
満田「体が器だとしたら、その器の中にはなにが入っているんでしょうねえ」
ミルコ「心・・」
満田「心・・心とはなんですか?」
ミルコ「記憶です」
満田「記憶」
ミルコ「ちがいますか?」
満田「体は器、心は記憶・・・」

  間。

満田「指から過去がなだれ込んでくるのは、どんな気持ちなんでしょう」
ミルコ「例えばそれは・・」
満田「(ごく冷静に)例えば・・そんな言葉、使わないでください」
ミルコ「ごめんなさい・・・」
満田「きっとそれは・・例えようのない瞬間なんでしょうから」
  と、霧笛の音。
満田「僕はまた、それに代わる瞬間をまた自分で見つけださなきゃなんないってことなんでしょうね」

  と、伊東が入って来る。
  手にはスリッパを持っている。

伊東「そうですよ、満田さん」
満田「伊東・・準備はできたか?」
伊東「ええ・・」
ミルコ「あなたが伊東さん・・」
伊東「(構わず)満田さん・・俺、満田さんには負けませんよ」
ミルコ「伊東さん、なにしに行くつもりなんですか? 骨を砕くつもりなんですか?」
伊東「(構わず)前原さんはもう、今頃きっと骨を砕く準備をしていますよ・・・」
満田「負けやしねえよ」
伊東「勝負ですね」
満田「勝負だな」
伊東「誰があの骨を砕いて、歴史に残るか・・」
満田「俺は伊東や前原さんのように、歴史に残ろうなんて思っているわけじゃない・・ただ・・」
伊東「ただ?」
満田「馬の骨が伸びてキリンになったなんていう事が、信じられないから砕くんだ・・一緒にしてもらっちゃ困るよ・・俺はそんな真実、認めたくないから砕く・・」
伊東「それが真実だとしても?」
満田「真実? 俺達が相手にしているのは、進化論だ。進化論がどうして進化学や進化説ではなく、進化論であるか、考えた事はあるか? 進化ということを語る時、その論文を書く人間の思想や哲学が提出された進化論に息づいているからなんだよ」
伊東「それが満田さんの思想ですか? 哲学ですか? 人間性ですか?」
満田「そうだ。キリンと馬の中間種だと? 馬がキリンになってたまるか! そんなものはこの世に存在しちゃいけないね。俺の真実はそんなもんじゃない。真実は一つでいい、それ以外は・・」
伊東「それ以外は?」
  と、満田、スリッパを取りだして、それをしばらく見つめているが・・
満田「破壊する」
ミルコ「満田さん、何言ってるんですか?」
伊東「満田さん」
満田「ん?」
伊東「一つ聞いてもいいですか?」
満田「なんだ?」
伊東「小学校の時、通知票になんて書かれていましたか?」
満田「無茶、無理、無謀、短絡的」
伊東「やっぱりね」
満田「さあ、行こうか・・」
伊東「ええ・・」
ミルコ「満田さん! 満田さん! 満田さん!」
  そして、岡田がふらっと立っている。
岡田「無駄です」
ミルコ「これは過去ですか? 過去に起こった出来事ですか?」
岡田「現在です」
ミルコ「現在・・」
岡田「現在です」
ミルコ「本当に現在ですか?」
岡田「あなたは・・現在のここにいたんですね」
  と、セラミック入りのスリッパを構える丸山に追い立てられるようにして西田が入ってくる。

西田「丸山、とち狂ったか!」
丸山「いえ、正気です! 全然、正気です!」

  と、言ってはいるが全然、正気ではない。

丸山「勤労小学生達の、仇ーーーっ!」
堀内「落ち着け!」
丸山「人のいいやつが起こったら怖いんだぞ!」

  と、そこでストップモーション。
  と、前原、入ってくる。
  スリッパをブンブン振り回している。

前原「スリッパ縦にして、一撃必殺!」

  そして、ストップモーション。
  岡田、骨を差し出す。

ミルコ「私ですか?」
岡田「ええ・・あなたです」
ミルコ「なんですか・・これは(と、岡田から骨を受け取った)ああっっ!」
岡田「化石です。骨の化石です」

  台詞を忘れたんじゃないのか、と思えるほどの長い間。
  小さく霧笛が何度か鳴る。

ミルコ「・・・どうしてですか? この化石ずいぶん塩辛いんですけど」
岡田「塩辛いですか、この化石は」
ミルコ「ええ・・・」
岡田「涙の味がしますか?」
ミルコ「ええ・・」
岡田「子供の涙の味がしますか?」
ミルコ「します・・」
岡田「その化石はねえ・・ある子供がスリッパで頭をはたかれながら、掘った物なんです」
ミルコ「ええ、ええ・・見えます・・泣きながら化石を、掘る、掘る・・」
岡田「スリッパで頭はたかれて、パッコン、パッコンはたかれて・・泣きながら、掘って、掘って、掘りまくるうちに、コツンと当たったんです」
ミルコ「でも、どうして、この骨を世間に出さなかったんですか? 今の今まで・・この骨はとても重要な骨なんですよ」
岡田「知っています」
ミルコ「本当に、本当にわかってるんですか?」
岡田「わかっています・・それは中間種の骨・・・ですね」
ミルコ「これが・・キリンになりかけている、馬の骨」
岡田「そうです、これが中間種の骨」
ミルコ「これを・・どこで?」
岡田「俺が昔、小学校を中退して、ずっとずっと長い間化石掘りをしていた時に、掘り当てた物です。誰にも言わずこっそりと持ち帰り、水洗いし、この手の中でよく転がしたのです。目の奥になにかがきらめいたのはそれが最初でした。目眩がし、膝が崩れ、がっくりと床に倒れ込むまでのその間に、俺はその馬とキリンの中間種の生物の一生を見ました。ほんの一瞬の間に、一生を見たのです」
ミルコ「あなたも?」
岡田「そう、俺もです」
ミルコ「ポストコグニション!」
岡田「その骨にこうして触れば・・」
ミルコ「その進化する途中の生物の気持ちが」
岡田「その指で見た物があなたの瞼の裏に浮かび上がる」
ミルコ「(段々、声高に)ええ、ええ、ええ、ええ・・そうです、そうなんです」
岡田「進化するのは苦しいですか?」
ミルコ「変わっていくのは苦しいことです」
岡田「変わっていくのは苦しいですか?」
ミルコ「けれども・・」
岡田「けれども?」
ミルコ「その苦しみ以上の歓びが時としてあるのです。進化のためにあえぎ、のたうった時間に比べれば、一瞬のような歓びだけど」
前原「例えばどんな?」
ミルコ「例えていうと、それはキリンになりかけている馬が、首が伸びている馬が、他の馬よりも首が長いために、見なくてもいいものまで、目に入ってしまう・・そんな馬、いいぇ、馬でもないキリンでもないそんな動物が、ある日、遠くの地平にある動物を発見する。それは首が長い馬」
西田「首が長い馬?」
ミルコ「その遠くの地平に馬でもない、キリンでもない、そんな動物を、自分と同じ動物を見つけるのです」
岡田「馬とキリンの中間種を」
伊東「もう一匹の馬とキリンの中間種を」
ミルコ「きっとその時」
岡田「その瞬間」
ミルコ「その瞬間、わかるはずです。なんのために、今の今まで見なくてもいいものを見てきたのか!」
岡田「それはその一瞬のため、同じものを見てきた、同じ思いを抱いてきた、もう一人の会うために!」
ミルコ「全てはそんな瞬間のため」
岡田「探していました」
ミルコ「馬とキリンの中間種の骨を?」
岡田「いえ、女を」
ミルコ「女を?」
岡田「過去を持つ女を」
ミルコ「過去を持つ女といわれても、私、そんなとりたててなにかあったっていうわけじゃあ・・」
岡田「自分の過去じゃないんです」
ミルコ「じゃあ、誰の過去なんですか?」
岡田「必ず来ると思っていた。進化論を揺るがす骨が見つかった時、あなたが来ると思っていた」
ミルコ「知っていたんですね、私がここに来ることを」
岡田「過去を持つ女がやってくると、思っていました」
ミルコ「私の過去じゃないとしたら、誰の過去なんですか?」
岡田「俺達の過去、人類の過去」
ミルコ「人類の過去?」
岡田「そう、俺達の過去、人類の過去。地球誕生から四十六億年の過去を持つ女が!」
ミルコ「その過去なら、私の瞼の裏に」
岡田「洪水のように押し寄せる」
ミルコ「その無数の、一瞬、一瞬なら」
岡田「必ず来ると思っていた。俺と同じ種類の人間に、必ず出会えると思っていた・・俺達は過去を見るしか取り柄のない人間だから、おまえのその指に、俺の指を重ね合わせ、その指に飛び散った、その指が見てきた様々な飛沫を俺の瞼の裏に浮かび上がらせる」
ミルコ「この指が、この物を見る皮膚が触れあう一瞬!」
岡田「瞬く間もなく」
ミルコ「地球が生まれ、生物が生まれ、それが進化し、人という種が生まれた、そんな永遠の中の一瞬!」
岡田「けれどもそれは永遠のような一瞬」
ミルコ「指を伸ばして」
岡田「指を伸ばし合い、伸ばした指先が、この俺の指が、おまえの指に触れなであげる時」
ミルコ「(あえぐような叫び声)ああっ!」
岡田「おまえの過去が、おまえの記憶が、俺の体に、俺の瞼に蘇るのなら」

  二人、互いに伸ばしあった指先をくっ! と上に向けると、掌が合うようにずっと手を近づけていく。
  やがて、岡田の手がミルコの手をがっと掴んだ。
  ミルコ、短い歓喜の声を上げ、その場で失神する。
  が、岡田がその腰を抱き、崩れそうになるミルコの体を支えた。
  しかし、岡田もまたその合わせた手の熱さに気を失いそうになっている。
  が、なんとか立ち続けて。
  立ち続けて・・・

岡田「あああっ! (と、叫び)映画のフラッシュバックが、まるで永遠に続いているように、その瞬間、瞬間が、無数の瞬間、瞬間が、瞼の裏に洪水のように現れては消え、現れては消え、俺はただ、茫然とおまえの過去を見守り、何一つ干渉できるわけではない、おまえの過去を見守り、それと同時に、この指よりも広い掌から、俺の過去がおまえの中に雪崩れていく。見えるか、俺の過去が。映画のフラッシュバックが永遠に続くように、様々な俺の過去が、洪水のような画面となって、瞳の裏を駆けめぐっているか。そして、俺が、今の今までこの指で、この指先で見てきた物が見えているか! 様々な物に飛び散ったという殺意、恐怖、憎しみ、そして何よりも歓びがおまえに伝わるか!」
  
  圧倒的な霧笛の音、カットイン。

前原「まもなく、第二ガラパゴス諸島に到着します」
満田「第二ガラパゴス諸島に到着します」
岡田「今からさかのぼること四十六億年、この星は生まれ、熱くたぎっていた地表が冷えるのに五億年。そして、その表面積の七割を占める海の中で、細胞が生まれ、それがやがて、光合成で酸素を放出するラン藻類となり、大気の組成を変化させ・・地球誕生から三十九億年、今から七億年前、ようやく殻のない動物が出現した。それが七億年前!」
西田「七億年前!」
堀内「七億年前!」
丸山「七億年前!」
岡田「光合成生物が放出する二酸化炭素により、大気にオゾンが生まれ、生物はその生活圏を水中から陸上へと移していった。先に上陸した植物はコケとなり、林となり、森林となった」
岡田「その植物の後を追い、昆虫や魚類から進化した両生類、さらに爬虫類と動物達の上陸は「進んでいく」
前原「進化した両生類、さらに爬虫類と動物達の」
西田「上陸は続いていく!」
岡田「やがて両生類を押しのけるようにして、爬虫類の時代が来る。古生代末期の二畳紀から、中生代初期の三畳紀にかけて、哺乳類型爬虫類の全盛の時代がやってくる」
丸山「哺乳類型爬虫類!」
前原「全盛の時代がやってくる」
西田「第二ガラパゴス諸島に到着します!」
堀内「全ては仮説にしか過ぎません」
満田「立証できない科学理論なんです!」
岡田「しかし、彼ら、哺乳類型の爬虫類は、三畳紀後期に出現した、恐竜達に世界を譲り、絶滅してしまった」
岡田「二畳紀末期、気温が高くなりゴンドワナ大陸の氷河が溶けはじめ、海水温が低下し、それに連れて気候も著しく変化した。この厳しい環境の変化で、古生代型の無脊椎動物が数多く絶滅した」
伊東「数多く絶滅した!」
岡田「その中で、どうにか生き延びることが出来たのは、首長竜や魚竜などの水中での生活に再び適応したものだけだった」
岡田「隕石が落下し大量のプラチナを空に吹き上げ、異常気象を巻き起こし、恐竜を絶滅に追い込んだのも、全てはこの一瞬のため、俺とおまえがここでこうして出会うため。それから六千五百万年後に、俺達が、この地で、こうして出会うため」
堀内「御客様、進化論ホテルにご案内いたします」
丸山「第二ガラパゴス諸島、進化論ホテルにようこそ」
岡田「やがて訪れた何万年も続く氷河期と呼ばれている時代。マンモスがサーベルタイガーが、冷たい土を踏み冷たい風に耐えてきたのも、進化せんがため、類人猿が二歩足で立ち、その手に道具を握り、その道具によって敵を殺し、仲間を守り、火を使い、子を育て、家族を作り、村を作り、国を作り、殺戮し、強奪し、子を産み、育て、殺し、殺され、奪い、奪われ・・霞ヶ関何万杯分もの血が流れ、転がった死体を縦につなげると、なんと富士山の百億倍・・その全ては、俺とおまえをこの世に誕生させるため・・そのなにもかもが、この一瞬、俺とおまえの出会う、一瞬のため」
前原「進化論ホテルにようこそ!」
伊東「進化論ホテルにようこそ!」
岡田「そして、俺達はここで出会った!」
西田「進化論ホテルにようこそ!」
前原「お二人様でいらっしゃいますね」
堀内「お二人様でいらっしゃいますね」
伊東「お荷物はこれだけですか?」
岡田「そして、俺はこの瞬間を自分自身の遺伝子に、優しく深く爪痕残す」
満田「お荷物はこれだけですか?」
前原「こちらの方にお名前を」
岡田「優しく深く爪痕残す」
満田「御客様、御同伴の方のお名前もどうぞ」
西田「御同伴の方のお名前もどうぞ」
  と、岡田、しなだれるミルコをぐっと抱き直す。
  その顔を覗き込み。
岡田「まだ名前も聞いちゃいねえよ」
  と、耳をつんざく霧笛の音がカットイン!
  はっと! ある方向を見る岡田。
  照明、カットオフ。
  霧笛、ゆっくりと遠ざかっていく。
  
    おしまい。