第149話  『華道』
  明転する。
  取調室のようなところ。
  パイプ椅子に座っている美穂。
その側に突っ立っている中山。
  しばらく間があって。
美穂「・・でも、それじゃあ、シメシつかないっすよ」
中山「・・じゃあどうすんだよ」
美穂「どうしようもねえんだよ」
中山「シメシつかねえじゃ、ねえだろ、おめえの問題だろう!」
美穂「(メチャメチャ悪態をつく)うっせーな、わかってるよ、そんなこと
は」
  中山、いきなりパイプ椅子の下の方を蹴る。
ガシャン!
中山「なんだとおらぁ!」
  しかし、美穂はあまり動じないで。
美穂「・・・(あまり反省の色なく)すいません」
中山「てめえが相談しに来てんだろうが」
美穂「すんません、す」
中山「それで、どっち取るんだよ、そのレディースと・・なんだっけ?」
美穂「正広さん」
中山「正広さんと」
美穂「・・正広さん」
中山「じゃあ、それでいいじゃねえか、正広さんといっしょになりゃいいじゃ
ねえかよ」
美穂「・・下に二十六人いるんすよ」
中山「デカいよな、最近の暴走族にしちゃ」
美穂「都内で最大なんです」
中山「都内で最大で二十六人か、おまえ、昔エンペラーなんて、どんだけいた
か」
美穂「ブラックエンペラーですか」
中山「エンペラーってのがブラックエンペラー以外にほかにあんのかよ」
美穂「昔は昔ですよ。今はどいつもこいつもハンパな奴しかいねーから」
中山「ハンパじゃねえ奴が二十六名か」
美穂「筋通ってる奴らばっかですから」
中山「東京都民が今、何人いるか知ってんのか?」
美穂「何万人ですか」
中山「一千万越えたよ」
美穂「知らねえよ、そんなの」
中山「そのアタマやってんのがイシハラっていう太陽族ってのだよ」
美穂「太陽族? 知らねえな、ヤサはどこなんですか?」
中山「新宿西口公園の前だよ。京王プラザの前だよ」
美穂「都庁しかねえじゃんかよ、あんなとこ」
中山「まあ、そのへんだよ。一千万のアタマ張ってる奴がいるんだよ」
美穂「(悪態をつく)ハンパモンが何千万人いたってうちらには関係ねーんだ
よ」
中山「おまえ本気でまともな社会生活送る気あんのか?」
美穂「うっせーな」
中山「その鳶職の正広ってやつと」
美穂「できねえと思ってんだろう」
中山「問題山積みじゃねえかよ、バカヤロウ」
美穂「んだと?」
中山「てめえみてえなのが、なんとかなると思ってんのかよ」
美穂「っせーんだよ。さっきから聞いてりゃよお」
  と、椅子、音を立てて立ち上がる。
  中山、ローテンションだが本気でけんか腰になって詰め寄る。
中山「・・・やるか・・・やるか・・やるか、おまえ、俺とやるのか?」
  しばし、睨み合っているが。
  美穂、ガタン! と音を立てて座り込む。
美穂「そーゆーことじゃねーんだよ」
中山「族やめりゃすむんだろうが」
美穂「んな簡単にいくわけねえだろ」
中山「総長を次の代に譲るとかできるだろう?」
美穂「それだけの器の奴がいねえんだよ」
中山「なんだよ、それ」
美穂「自分の教育不足だってのはわかってんだよ。まだ時期じゃねえんだよ」
中山「じゃあ、どうすんだよ」
美穂「だからこうやって相談に来てんじゃねえかよ」
  中山、無言でまたパイプ椅子を蹴る。
中山「・・・・」
美穂「・・・・」
美穂「こうやって相談に来ているんじゃありませんか・・ったくよお」
と、美穂、タバコを取り出してくわえる。
中山「ちょっと待て、おまえ幾つだよ」
美穂「あ!」
中山「まだ未成年だろう」
  と、美穂、タバコの箱を中山に差し出して、
美穂「これ、あげるから見逃してくれよ」
  中山、それを受け取る。
  美穂、タバコに火をつける。
美穂「(背中の)ここんとこに、華道っていう刺繍が入った特攻服があんだけ
どよ」
  そして、中を見て。
中山「一本も入ってねえぞ」
  と、そのタバコの箱を手の中でくしゃ!っと握りつぶした。
美穂「誰でも彼でも、その華道って名前を背負えるわけじゃねえんだよ」
中山「で・・なんで暴走族に入っちまったんだよ」
美穂「私の場合、やっぱ中学受験に失敗したのが大きいかね」
中山「受かると思ってたのかよ、てめえみてえなボンクラが私立の中学受験し
て」
美穂「おめえになにがわかんだよ」
中山「なんだと?」
美穂「なめんじゃねえぞ、おら!」
と、中山、またパイプ椅子を蹴った。
中山「・・てめえ、誰に口きいてんだよ、え! 顔の形、変えるぞ、おら」
美穂「(小さな声で)すんません、す」
  中山、今度は軽く蹴る。
中山「口のききかたに気をつけろって言ってんだろうが、このバカヤロウが」
美穂「すんません、す」
中山「中学受験失敗して、それでレディースか」
美穂「家出して」
中山「ああ(よくあるよ)・・」
美穂「なんか、反社会的な行動がしたくなって」
中山「反社会的だわな、暴走族は」
美穂「まあ、最初は声だしからっすけどね」
中山「声だし?」
美穂「声だしは声だしだよ、わかんねーのかよ、そんなの、マッポがよ」
中山「俺はわかるけど、そんなふうな喋りかたじゃあ、わかんねえやつにはわ
かんねんだよ。おまえな、鳶とかってのはな、親方がいて上下関係が厳しいん
だよ」
美穂「うちだって上下は厳しいよ」
中山「厳しさが違うんだよ」
美穂「ビシッ! としているよ」
中山「ビシッ! っていうのとは違う厳しさなんだよ」
美穂「その辺のことがわかんねえんだよな、正広さんにも言われるんだけど」
中山「それからな、おまえ、今度、マッポって言ったら、こっちはワッパ出す
からな」
美穂「ふざけんなよ」
中山「ふざけてねえよ、なんならチャカもあるぞ」
美穂「すいません、す」
中山「ふざけた真似していると、ハジくぞ」
美穂「あの」
中山「なんだよ」
美穂「サツにいる人間が、そんなこと、冗談でも、言っていいんですかね」
中山「おまえ、俺に指図する気か?」
美穂「そんなんじゃないっす」
中山「おれは人にな、指図するのは好きだけど、あれこれ言われんのはでえ嫌
れえなんだよ」
美穂「・・わかります」
中山「わかってんだろうがよ」
美穂「充分・・・」
  美穂、言い終えて大きな溜息をつく。
  中山、それを見て、
中山「道は三つ、一つ、華道を解散する」
  美穂、首を横に振る。
美穂「二十六人の居場所がなくなる」
中山「華道はあった方がいいんだろう?」
美穂「ないとダメっす。コレだけがアレなんっすから」
中山「だとしたら、一つ、カレシと別れて華道」
  美穂、ゆっくりと頭をうなだれる。
  と、中山、ポケットからバタフライナイフを取り出した。
中山「おまえ、さっき俺にこれを預かってくださいって言った時に、すでにハ
ラは決まってるんだろうがよ」
美穂「正広さんと一緒になります。なりたいです」
中山「・・・しかしなあ、あの露出狂の男も、なあ、相手間違えたよな。おま
えも、前みたいに、金髪でロン毛で、きっついメイクして、特攻服羽織ってた
らなあ・・いいもん見せてやろうかって、近づいてきて、コートの前、広げ見
せたりはしなかったろうにな」
美穂「舐められたんですよ、こんなナリしてるから」
中山「黙ってりゃ、かわいいもんな、おまえ」
美穂「そうっすか?」
中山「ああ・・・普通の女の子に見えるよ」
美穂「そうっすかね?」
中山「ただの女の子だよ・・そりゃ、露出狂も近づいてくるよな・・向こうと
してはな(と、コートを広げてみせる真似して)おりゃ! って見せて「きゃ
あ!」って叫ぶ、おまえの驚く顔が見たかったわけだよ」
美穂「あほか」
中山「しゃがみ込んでる、普通の姉ちゃんがいきなりこれ、出してきたんだも
んな」
  と、バタフライナイフをアクションをつけて、刃を出してみせる。
  美穂、頷いた。
中山「おまえ、こんなもん、目の前で構えられてなあ「おまえのチンポ、刺身
にしてやろうか」って言われたら、そりゃビビるぜ」
  美穂、うん、うん、と適当に頷く。
中山「・・・おまえのチンポ、刺身にしてやろうか・・って」
  間。
中山「想像しただけでも、俺でも腰が引けちゃうぞ」
  と、中山、ちょっと腰を引いて見せたりする。
美穂「んなもん、コートの前開けて見せて、こっちがなんかなると思ってんの
かよ、って思ったから」
中山「おまえのチンポ、刺身にしてやろうか!」
美穂「・・他に、なんて言やぁいいんだよ、思いつかなかったんだよ、他によ
ぉ」
中山「思いついてるじゃねえかよ、刺身、充分、言葉の凶器だよ。おまえ、露
出狂の男が、コートの前、ばっと開けた瞬間によく、刺身っていう言葉が浮か
んだよな、頭の中に」
美穂「やっぱ・・刺身が一番かなって思ったんす」
中山「そのあたり、わからんでもないあたりがなあ・・」
美穂「ほんとは、刺身って言葉だけじゃねえんだよ、もっと、いろいろ言って
やろうかって思ったんだけどよぉ、結局、刺身って言葉しか出なかったんだ
よ」
中山「他に、なに思いついたんだよ」
美穂「・・桂むき、とか・・小口切りとか、いちょう切りとか、半月切りと
か、短冊切りとか、あられ切りとか・・」
中山「おまえ、なんでそんな切り方だけは、いろんなの知ってんだよ」
美穂「いや、前のカレシが・・」
中山「あ、ああ・・修行中の板前か、なんかだったな」
美穂「そうっす」
中山「桂むきに、いちょう切り・・半月切り」
美穂「自分、だいたいできますから」
中山「チンポ、桂むきにされるか・・」
美穂「自分、だいたいできますから」
中山「それはわかったよ」
美穂「でも、やっぱり、刺身って言ってやっった方が、衝撃力は強いかなっ
て」
中山「強かったな」
美穂「猛ダッシュで逃げて行きましたよ」
中山「それをおまえもまた、猛ダッシュで追っかけたんだろう」
美穂「ったりまえっすよ」
中山「でも、警察署の中まで追いかけてきたときに、ナイフが」
  と、中山、バタフライナイフをアクションつけて、綴じた。
中山「こうなっていて良かったよ。もしも刃が出てたら、ちょっといてもらう
時間が長くなったかもしれないんだからな」
美穂「ナイフ使わなくてもボコりゃいいって思ってたっすから」
中山「刃が出ていたかどうか、が、こっちにとっては重要なんだよ」
美穂「でも、正当防衛っすよ」
中山「バタフライナイフ持って追いかけてると、過剰防衛の枠を越えて、傷害
になってくるんだよ」
美穂「傷害っていったら、あの野郎の方がよっぽど傷害じゃねえかよ。あれが
もし、私じゃなかったら傷ついてるだろうが普通、それを傷害とは言わないの
かよ。それが傷害じゃなかったら、なにが傷害なんだよ。そんな奴らばっかだ
からな、そんな奴らばっかだから、華道は続けなきゃなんないんだよ。狂って
る大人に、狂ってる社会に、反社会的な行動を取る、それが正しい道、私達の
華道なんだよ今はそれが二十六人だ、でも、もっといる、もっともっといるん
だよ」
中山「・・おまえ、このナイフ、使ったことあるのか?」
美穂「ねえよ」
  と、ここから、美穂、客から顔が見えないようにうつむいたままとなる。
中山「人に向けたことは?」
美穂「今日が初めてだよ」
中山「そうか」
美穂「人には向けねえよ」
  中山、気づいた。
中山「・・自分に向けたことは?」
  美穂、ゆっくりと顔を上げ、中山を見た。
中山「・・・・・・」
美穂「・・・・・・」
中山「そうか」
美穂「・・・なんだよ」
中山「なら、なおさらだ」
美穂「なにがだよ」
中山「三つ目の方法だ。後継者を育てる、そして、道を譲る」
美穂「・・それができたらとっくにやってるよ」
中山「おまえが守っている間はダメだ」
美穂「なんでだよ」
中山「おまえをみんなが頼るからだ。自分の足で立てるようになることだ、お
まえのようにな。男は、強くなければ生きていけない、優しくなければ、生き
ている意味がない、って言葉があるんだよ」
美穂「・・知らねえよ、勉強はしてねえんだよ」
中山「学校で教わることじゃない。男は、強くなければ生きていけない、で
も、優しくなければ生きている意味がない」
美穂「女は?」
中山「その逆だよ。優しくなければ生きていけない、でも、強くなければ生き
ている意味がない」
美穂「どうして?」
中山「そういう時代なんだよ、今は。・・それがおまえには、わかってるんだ
ろ・・」
美穂「・・わかってる。そうなんだよ・・強くなければ生きている意味がない
・・のかもしれない」
中山「だから、譲れ。そして、強くなれと、言って去れ。そこからだ、なにも
かもは・・」
美穂「大丈夫かな」
中山「大丈夫だろ・・だって、おまえはそこで強くなったんだからな」
美穂「まあね」
中山「だろ?」
美穂「・・・いるもんだな」
中山「なにが?」
美穂「大人ってのが・・世の中には」
  中山、バタフライナイフを短いアクションでたたむと、
中山「これは俺が預かっておく」
美穂「はい」
中山「おまえはただ・・幸せになればいい」
美穂「・・はい」
  ゆっくりと暗転していく。

  戻る