第140話   『ロープ』
  明転すると、『メトロ』のアーチの上下(かみしも)、高さ一・二メートルのところに舞台面に平行に一本のローブが張られている。
やがて、入って来る、さくらとオルガ。
さくら「こんな感じの舞台なんだけどさあ」
オルガ「これが舞台」
  と、さっそくオルガ、ロープに気付いた。
オルガ「これはなに?」
さくら「ロープ」
オルガ「うん、ロープはわかるんだけど」
さくら「これがないとダメなんだって」
オルガ「これがないとダメ?」
さくら「ロープをね、こうやって張ることが条件、それで許可が下りたの、や
ってもいいって」
オルガ「誰が?」
さくら「え?」
オルガ「誰が危ないからロープ張れって言ったの?」
さくら「わかんないけど、それが条件ってことなら、別にねえ、私はなんの問
題もありませんって言って」
オルガ「ロープが条件?」
さくら「それで(本当の客席側の)向こうが客席になるんだけど・・どうして
もね、漫才がやりたいって言うんだよね」
オルガ「漫才?」
さくら「漫才! 夢だったんだって、舞台に立って漫才をやるのが。高校・・
三年の女の子で、桜子ちゃんっていうんだけどね」
オルガ「桜子ちゃん」
さくら「そう、桜子ちゃん」
オルガ「・・でも、最近、お笑いやりたいっていう高校生、多いからね」
さくら「やりたい、っていうか、やってみたいっていう事なんだけどね。一度
でいいから」
オルガ「一回、やってみたい?」
さくら「そう、一回だけでいいから、やってみたいんだって、私と」
オルガ「へえ・・」
さくら「でもね、なにしろ、舞台に出てね、こう、動いたりするとなると結
構、大変なわけよ。目が不自由だと」
オルガ「目が不自由?」
さくら「うん、ほぼ全盲に近いって言ってた。桜子ちゃん」
オルガ「全盲に近い・・それでロープ?」
さくら「一部の職員がね、ロープを張ってくれるなら、って。それでもどうし
ても、やりたいんです、とか言ってね、いや、前にね、私がコンビ組んでる、
あつことさくらで、一回呼んでいただいたことがあってね、それで、ネタやっ
たんだけど、これがね、ウケてね、持ち時間十五分のところを四十分やって、
さらにカーテンコールを八分やったの」
オルガ「長(な)げ」
さくら「んで、終わって、楽屋っつーか控え室にいたら、是非会いたいってい
う子がいてね」
オルガ「それが、桜子ちゃん」
さくら「そう、それが日向(ひなた)桜子ちゃんで、高三で、私もあつことさ
くらみたいなのやってみたいんですって、言われてさ、暗めのサングラスとか
してるんだけど、口調とかはきはきしてて、すっごい明るいの。で、私らも
さ、いつものテンションで、ほんとに! ほんとに! ありがとー! いえ
い! とかやってね、仲良くなったら、桜子ちゃんがね『次のうちの文化祭の
ステージで私、さっきみたいな漫才やりたいってすごく思いました』って言う
からさ、私がまたその場のノリで、やればやれば! って言ったら、『でも、
クラスにこういう事に興味を持ってくれる人がいなくて』って言うから、あ、
じゃあ、私、その日空いてたら相方やろうか? って言ったのよ」
オルガ「桜子ちゃんと?」
さくら「そう、さくらと桜子」
オルガ「紛らわしいなあ」
さくら「え、うそ、かわいくない、響きが、さくらと桜子、さくらと桜子」
オルガ「それで、一日だけのコンビを組むことに?」
さくら「なったの。でね、舞台のセンターにね、出て行くまではいいよ、二人で袖からさ、こうやって手を繋いで出て行くのはいいけど、客席に向かってっちゃったりしたらさ、舞台から落ちてしまう可能性があるって」
オルガ「でも、これ(ロープ)って必要なの? でも、漫才でしょ、漫才って普通、こう真ん中にマイクがあって、それに向かって喋るし、お客さんをいじ
るっていうか、お客さんに喋りかける時も、そんな、あっちこっち動いたりしないじゃない」
さくら「私達はやるからさ」
オルガ「あつことさくらはね」
さくら「そうそうそうそう、でね、お客さんをいじりたいっんだって」
オルガ「なんで?」
さくら「いじりたいっていうか、客席に向かってね、思いっきりやってみたいんだって、一度でいいから、舞台の上から、あつことさくらでやった時もさ、
なんていうか会場の空気が固かったから、客席をあおってさあ、すごい客いじりとかしたのね」
オルガ「ああ、やるやる、やるよね、あつことさくらで、あっちゃんは、そういう時」
さくら「やるでしょ(と、あつこの口調で)待って待って、今、そこで呼吸困
難になってるお客さんがいらっしゃるから、待ってね。とかね」
オルガ「そんなに笑わせたの?」
さくら「あん時はね、確かに絶好調だった」
オルガ「まあ、高校生がね、私もやってみたいって楽屋までやって来るぐらい
だからね」
さくら「そうそう、そうよ、そうなのよ」
さくら「私達がね、こう、舞台の上下(かみしも)って言うんだけど、右から
左に動いていって、なるべくお客さんの顔に向かって漫才するスタイルだから
さ」
オルガ「でもその、お客さんは?」
さくら「文化祭での出し物だからね、全校生徒で五十五人プラス父兄、と先生
達ってとこかな」
オルガ「ロープ張って漫才?」
さくら「うん、でないと危険ですからって」
オルガ「でも、わかるでしょう、桜子ちゃんだって、どこまで前に行ったら舞
台から落ちちゃうか、くらいは。私達が思ってる以上にそういの分かるもんだ
と思うよ。これは目の見える人のおせっかいだよ」
さくら「それはまあ、私もそう思うんだけどね」
オルガ「(ロープ)これ、なくてもいけるよ」
さくら「そうなんだけどね」
オルガ「じゃあ、いいじゃん」
さくら「万が一なんだって」
オルガ「え? え? だって相方のさくらさんが側にいるわけでしょ。ちゃん
とした大人が側にいるんだからさ、落ちそうになったら手を差し伸べるでしょ
う。助けるでしょう、ぼーっと見てないで」
さくら「本人の希望もあるんだよね」
オルガ「本人? 桜子ちゃんが?」
さくら「本人はね、落ちない自信があるんだって、でも、見ている人がね、こういうのがあると安心して見てくれるだろうし、笑ってもらえるんじゃないか
って」
オルガ「え? で、今日はなに、私が練習台?」
さくら「うん、私の知り合いで現役の女子高生っていったらオルガちゃんくらいしかいないからさ」
オルガ「で、何やんですか?」
さくら「そこなんだよね、問題は。いや、だからね、ステージ上の私がね、ど
んどんどんどん、相方のあっちゃんに突っ込んで、次から次へと言葉が出てくるからさ、全部私が思いつきで喋ってて、それがおもしろくて、って思ってる
かもしれないけどね、ちがうんだよね」
オルガ「ちがうんだ」
さくら「ちがう、ちがう、全然違う。どっちかっていうと全部あっちゃん! 
私はね、あつことさくらにおいては、広田さくらっていう素材を提供している
だけなの、それをあっちゃんていう一流の調理師が最高の料理にしてくれてい
るだけなの。でもね、世の中の漫才コンビはね、だいたいみんなそんな感じ
よ。作家さんが付いて台本があって漫才やってるなんて、ごくごくわずか。み
んな自分らでネタ作るし、でも、それは二人であーだこーだ言って作るんじゃ
なくて、どっちかがものすごい油汗流してね、夜も寝ないで作ってるもんな
の。それをね、もらったら、そのネタを絞り出してる努力を無駄にしないよう
に、相方は必死についていくだけなの、そういうもんなの」
オルガ「そうなんだ」
さくら「だかね、私にその、ネタ作りとか、なんか考えてって言われても、そ
んな抽斗なんてないのよ」
オルガ「でも、約束したんでしょ、一緒に文化祭の舞台に出てあげるって」
さくら「言った、言ってしまった」
オルガ「じゃあ・・」
さくら「お笑いだよ。漫才コンビだよ。終わった後でさあ、楽屋っていうか、
控え室になってるナントカ準備室まで訪ねて来られてさあ(その時の桜子の口
調で)おもしろかったです、今まで生きてきて一番楽しかったです、私、さく
らさんみたいに元気に生きていきたいです、ってさ、言われてさあ、そんな
ね、そんなこと言われたらさあ、うれしいじゃない。だってね、怖かったんだ
よ、正直。最初に盲学校のイベントで漫才やっていただけませんか? って言
われてさ、不安だよ。だって・・・見えるか、見えないかってことはあんま問
題じゃないの、喋りだし、話せばいいわけだからさ。でもね、なんていうの、
お笑いだよ。なんで笑うのか、っていうのは、もちろん楽しいからっていうの
もあるよ、でも、私達みたいに、なにもないところから笑わせるのにはね、一
番下のところに差別があるんだよ。差別があるから笑うんだよ、笑えるんだ
よ。バカだなあ、なにやってんだよとかね、おまえはみんなとちがうよ! っ
てところで人は笑うんだよ。でもね、ここで一番大事なことはね、バカだなあ
っていうところに愛があるかどうかってことなんだよ。なにやってんだよ、っ
ていう言葉に愛があるかってことなんだよ。おまえはちがうな、ってとこに愛
があるかどうか、ってことで、その笑いが、本当に心から笑える、楽しい笑いになるかどうかって事なんだよ。バカだなあってバカにするだけだったらそれ
で終わるんだ、でも、そのバカな部分が自分にも当てはまるからこそ共感するし、笑いが起きる。自分と一緒だ、そして、自分もちがうんだと安心するんだ
よ。でもね、目の不自由な十代の高校生達がお客さんで、その前でいったい、
どんな言葉を言った時に、それがこっちはそんなつもりじゃなくて、意識はし
てないのに、刺さってしまう言葉になるのか、わかんないじゃん。十代だよ、
高校生だよ。箸が転んでも傷つく年頃だよ。でも、だからって断ってどうす
る? ね、そうでしょ? だから恐る恐るだよ。だからね、ネタ合わせの時に
あっちゃんが『私ほら、ブスでしょ、こんなブスいないでしょ』って言いなが
ら元々ブスな顔をさ、思いっきり歪めて見せてさ、私はね言ったんだ、それ、
わかってもらえないよ、って。だって見えないんだもん、って。でも、あっち
ゃんは言うんだ、そういう事じゃないって、私のブスは見えなくても伝わるっ
て。伝わるか? そんなのが? って思うじゃん。でも、あっちゃんはやるっ
て言ったんだ、そのさあ、顔歪めているあっちゃんはいいよ、でも、それで
さ、しーんとしちゃった時、側にいる私は何をしてればいいっていうの? 困
るでしょ。でもやるって言うのよ、あっちゃんは、言い出したら聞かないか
ら」
オルガ「それでやってみて、どうだったの?」
さくら「笑いが来た」
オルガ「わかったんだ」
さくら「伝わった・・それで笑いが来た・・」
オルガ「そうなんだ」
さくら「もちろんね、どっかん、どっかんって笑いじゃなかったよ、でも、く
すくすくすくす笑いがきて、客席のね、温度がちょっと上がったのがわかっ
た。すげーって思った、あっちゃんすげーよ、って。間違ってなかったんだっ
て、私は舞台の上をそんなふうに顔を歪めて走り回っているあっちゃんを、た
だ、呆然と立ちつくして見ていた」
オルガ「なにが伝わったんだろうね」
さくら「鼻息は大きかったと思う」
オルガ「鼻息?」
さくら「(と、顔を歪めるのを真似してみせて)こんな、こんな、こんなやっ
てて、それで、鼻からふがふが言わせてたからね、あのふがふが言っている鼻
息は、かなり有効だったと思うよ」
オルガ「その鼻息が伝わった・・」
さくら「それが決定打だったかどうかは、わかんないよ、でも、かなり有効で
あったことは確かだね」
オルガ「鼻息が伝わった」
さくら「いいんだよ、それで」
オルガ「え?」
さくら「鼻息でもなんでも、それが届けば、それが伝わればいいんだよ」
オルガ「でもさあ、桜子ちゃんは、あつことさくらの何に一番感動したのか
な? なんで彼女はさくらさんみたいになりたいんです! って言ったのか
な? それで、何を一緒にやりたいと思ったんだと思う? 一緒にやるとどう
なると思ったんだろう?」
さくら「だから、舞台に自分も立ちたかったんでしょ、客席に座ってるだけじ
ゃなくて、自分もこっち側に来たいって思ったんでしょ?」
オルガ「舞台に立って、どうしたかったのかな」
さくら「漫才をやりたかった」
オルガ「どんな漫才?」
さくら「だから、みんなにウケる」
オルガ「ウケなかったらどうするの?」
さくら「そう、そうなの、それなのよ、問題は。もしもウケなくてさあ、舞台
なんか出るんじゃなかった、人前に出てなんかやってみたいって思うんじゃな
かったって、そうなっちゃうかもしんないと思うと、いても立ってもいられな
くなっちゃってさあ。あーあ、こんな時、あっちゃんだったら、なんかおもし
ろいことをぱっとさ、幾つも考えつくのに」
オルガ「さくらさんとやりたいって言ったんでしょ、桜子ちゃんは」
さくら「そうだよ」
オルガ「だから、さくらさんにしかできない事をやるしかないじゃない」
さくら「私にしかできない事ってのがね、これが意外と数限られてる上にね」
オルガ「・・・うん」
さくら「品切れの時が多いんだ」
オルガ「そうも言ってらんないでしょう、今回は」
さくら「明るさとか、前向きさとかそういうものでしか勝負してきてないから
な私、この年まで」
オルガ「じゃあ、それで、今回も勝負すればいいじゃない」
さくら「わかってる、それも自分でわかってるんだよね」
オルガ「わかってるんだったら、それをやればいいんじゃないの?」
さくら「待って、待ってね、ちょっとテンション上げるから」
オルガ「待つ待つ、待つよ、いくらでも待つ」
さくら「(歌い出す)ほんわか、ほんわか、ほんわかぱっぱ、ぱー」
オルガ「なにそれ?」
さくら「え? テンションを上げるための自分BGM」
オルガ「それでテンションとか上がるの?」
さくら「作詞作曲広田さくら、小学校三年生の時の作品、(そして、また歌
う)ほんわか、ほんわか、ほんわかぱっぱ、ぱー! よーし、わかった」
オルガ「わかった? なにが?」
さくら「もう、私ができる事をやろう、できる事しかできないんだから人間」
オルガ「そんな当たり前な」
さくら「(さらに)テンション上げて)さあ、いくよ、広田さくらと」
オルガ「桜子の」
さくら「メチャクチャ漫才!」
オルガ「メチャクチャ漫才?」
さくら「(歌う)メチャクチャメチャクチャメチャクーチャ、メチャクーチャ
漫才、あらおかしーい! 作詞作曲、歌、広田さくら、ね、この毎度おなじ
み、っていうか今日、初めてお披露目となります、一日限り、一回限りのコン
ビ、広田さくらと桜子のメチャクチャ漫才のテーマで幕を開けました、メチャ
クチャ漫才でございます」
オルガ「そっちか、そっちでいくんか」
さくら「こっちしか道はない、でも、こっちには大平原が広がっている」
オルガ「それはそう、それはそうかもしれないけど」
さくら「もうねえ、既成の概念を破壊していくよ、広田さくらが来ちゃったら
もう、ぺんぺん草も生えないし、雀もヒヨコも裸足で逃げ出すよ、そこに残る
のはラベンダーの香りしかしないよ」
オルガ「なんだよ、そこに残るはラベンダーの香りって」
さくら「そこが乙女、乙女二人がやるメチャクチャ漫才、ね、あ! 今、片っ
ぽの丸いほう(自分を示し)こっち側の方は乙女じゃねぇんじゃねえかって、
(と、オルガの方を示し)こっちは乙女かもしんないけど(と、自分の方を示
し)こっちは乙女じゃないだろうって、おいいいっ! 乙女に年が関係あるの
か! 乙女が丸々してちゃいけないのか? 乙女が広田さくらじゃダメか? 
いつ決まった? 何時何分何曜日ですかぁ!」
オルガ「メチャクチャだよ」
さくら「だからメチャクチャだって言ったじゃん、言わなかった? 言ったよ
ね、聞かなかった? 聞いたよね? 言いましたよね、聞きましたよね、メチ
ャクチャ漫才、今、全開ですよ! 桜子ちゃん!」
オルガ「はい!」
さくら「あんたのね、舞台に立ちたい、目立ちたい、自分を表現したいってい
う気持ちは受け取った、私のね(胸の)ここで、ばしっ! と受け取ったよ、
でもね、お笑いの世界はね、そんなね、素人の高校生さんが、ちょっとやって
みたいなって言ってできるもんじゃないの。もうねえ、私は厳しいよ、そうい
うところは、覚悟して来てるんだよね」
オルガ「もちろんです」
さくら「とにかく、まずね、全力でぶつかる! ね、これがまず一番、がーっ
と行こうよ。ここにね、ロープがあるの、なんのためにあるか、落ちないよう
に? ちがうちがう。飛び込んでくためにあるの。大丈夫、このロープさえあ
れば全力でぶつかってけるから、良かったね、ロープがあって、じゃあ、やっ
てみようか、全力でね」
オルガ「はい、全力で」
さくら「じゃあ、自己紹介するよ」
オルガ「自己紹介はさっきしたじゃないですか」
さくら「いいのいいの、そんな事にこだわってる場合じゃないの、自己紹介な
んて何回やったっていいの、自己紹介にやりすぎるって事はないんだから、は
い、いい、いくよ、いいですか、いきますよ、はーい! こんにちわー! み
なさん、お元気ですか、広田さくらと!」
オルガ「桜子でーす!」
さくら「ここでお約束のこの言葉ね(優しく)あれあれ? みんな元気がない
な、そんなんじゃ、聞こえないぞ? ってやるわけ」
オルガ「あ、あるある、そういうの」
さくら「あるでしょ、あるよね、あるんだけど、私の場合はちょっと違うよ」
オルガ「ちょっと違うってどんなふうに違うの?」
さくら「怒る!」
オルガ「怒る?」
さくら「おらーおまえらー元気ねーぞー、おらあ! んなんで、楽しめると思
ってんのか! かます! びっくりする! 息を呑む! そこで優しい言葉を
投げかける。人類のみんな! 愛してまーす!」
オルガ「意味わかんないっす」
さくら「というわけで、自己紹介が途中になりましたが、改めまして、広田さ
くらでーす!」
オルガ「まだ連呼するの?」
さくら「そして、こちらが」
オルガ「桜子でーす」
さくら「(桜子に)あーっと! もっと上げて行こう! ここに居るんだか
ら、居る感じ、で、もう出て来ただけで出て来た感じで、がーっと行こう、ド
ーッ! と行くよ。見せられる物、それは生命力!」
オルガ「生命力?」
さくら「そう、私の生命力! 生きてますか! 私!」
オルガ「な、な、なに言い出してんですか!」
さくら「確認だよ、確認」
オルガ「確認しなくても生きてますよ」
さくら「さあ、じゃあ、自己紹介しましょ」
オルガ「またですか?」
さくら「広田さくら、広田さくら、広田さくらがやって来ました、みなさん、
覚えていただけましたか? はい、桜子ちゃんも、自分の名前を言ってみよ
う」
桜子「桜子でーす」
さくら「あと、一万回!」
桜子「え?」
さくら「もうね、今日はね、桜子ちゃんを徹底的にしごくからね、お笑いは
ね、まず、つかみ、つかみの基本は自己紹介、その自己紹介をマスターしたい
よね、そのためには自己紹介の千本ノック、あと一万回、いってみようか」
桜子「数が全然合わないんですけど」
さくら「自分の可能性をなぜ信じようとしない」
桜子「え、そんなこと言われても」
さくら「人間の底力をナメちゃいけないよ、だってね、ミミズだって、オケラ
だって、人間なんだから!」
オルガ「いや! ちがうと思う!」
さくら「ちがわないよ! みんな、みんな、生きているんだ、友達なんだ」
オルガ「それは合ってるけど」
さくら「ある物はみんな使っていくぞ! 世界中の物を利用するぞ! 地球は
丸い、角は立たない」
オルガ「うまいこと言うなあ!」
さくら「さーて、今日はねえ、みなさんにね、自分ヤマビコってのをお勧めす
るね」
オルガ「自分ヤマビコ?」
さくら「そう、ヤッホーとか言うでしょ、ヤマビコだよ、ヤマビコ」
オルガ「うん、ヤマビコは知ってるけど、それに、自分っていうのが付くのが
わかんない」
さくら「それをこれからお教えしましょう、ね、自分ヤマビコ、ヤマビコって
のはだいたい山の上でやるよね、でもね、山登りってのはけっこう大変、私み
たいなコロコロした人には苦痛でしかない、だから、もう自分ヤマビコは山と
か登らない」
オルガ「ヤマビコなのに、山、関係ないの?」
さくら「ヤマビコに山が必要、っていうのは素人考え、そういう義務教育で覚
えた要らない知識は即刻削除して行きましょう、脳内にとどめないでいい情報
です。ヤマビコ、やりたくなったら、その場でいいの、なんとなく気分が高揚
してきたら、それはヤマビコタイム! ここで叫ばなくていつ叫ぶ! はい、
ヤマビコしてみよう、ヤマビコろう!」
オルガ「ヤマビコる?」
さくら「自分ヤマビコね(と、叫ぶ)ひーろーたー!(そして、耳をすましな
がら、自分で言う)サイコー!」
  それを聞いてさらに自分でテンションを上げるさくら。
さくら「よっしゃあ!」
オルガ「なにが!」
さくら「しゃあ!」
オルガ「なにが! なにが起きたの、今!」
さくら「自分ヤマビコ・・・いいですねえ。どこでも、いつでも、自分ヤマビ
コ、気分晴れ晴れ。ヤマビコも言ってくれてる、広田、最高だと!」
オルガ「ヤマビコはヤッホーって言ったら、ヤッホーってそのまんま返ってく
るんじゃないの?」
さくら「私のヤマビコが何かあなたに失礼な事でもしたかしら?」
オルガ「口調が変わってるよ、誰なの、今?」
さくら「さーて、今までのこれはみんな桜子ちゃんにやってもらうからね」
オルガ「え? 今の全部?」
さくら「そう、私、本番ではこんなに喋べんないからね」
オルガ「え? そうなの?」
さくら「そうそう、今、私がやってみせているだけだから」
オルガ「ボケとかツッコミとかの役割分担とか、決めなくていいもんなの?」
さくら「役割分担? なにを民主主義な! アホか! あのね、みなさん、民
主主義はつい先頃、崩壊しました、これねえ、案外知られてない事なんですけ
どね」
オルガ「民主主義が崩壊したの?」
さくら「崩壊しました」
オルガ「いつ?」
さくら「だから、つい先頃!」
オルガ「本当に?」
さくら「私、見ましたよ、この目で、民主主義が崩壊するところ。いやあ、こ
れはすごかったですね。民主主義の足下にみんながこう、わーっと集まって来
てですね。力づくで押し倒したんですよ。わーっとか叫んで。俺達は今までこ
んなものを信じてきたのか! とかってね。民主主義、打倒! 主権在民打
倒! 多数決打倒! そのなにもかもが崩れ落ちて、ドドドドドーン! って
ねものすごい地響きを立てて地面で粉々になっていきましたね」
オルガ「え? この話の笑いどころってどこなんですか?」
さくら「見る? 私ね、民主主義の粉々になったところ行って、かけらを拾っ
て来たのね。それをね、携帯ストラップにしてるんだけど」
オルガ「もう漫才でもなんでもない、まさにメチャクチャ漫才」
さくら「もうねえ、あたり一面、焼け野原ですよ、見渡す限りの・・民主主義
なき今! 唯一信じられるもの、それは自分。あなた、桜子ちゃん。そして、
ここにいるみんなぁ! みんなはもうみんなしかいないぞー、大丈夫だよ、み
んないなくても、みんなはいるから」
オルガ「わ、わけわかんねぇ!」
さくら「さあ、どこまで通用するのか、さくらと」
オルガ「桜子の!」
さくら「メチャクチャ漫才! いってみよー!」
  唐突に暗転する。
さくら「(歌う)メチャクチャメチャクチャメチャクーチャ、メチャクーチャ
漫才、あらおかしーい! 作詞作曲、歌、広田さくら、ね、この毎度おなじ
み、っていうか今日、初めてお披露目となります、一日限り、一回限りのコン
ビ、広田さくらと桜子のメチャクチャ漫才のテーマで幕を開けました、メチャ
クチャ漫才でございます。もうねえ、既成の概念を破壊していくよ、広田さく
らが来ちゃったらもう、ぺんぺん草も生えないし、雀もヒヨコも裸足で逃げ出
すよ、そこに残るのはラベンダーの香りしかしないよ」
オルガ「なんだよ、そこに残るはラベンダーの香りって」
さくら「そこが乙女、乙女二人がやるメチャクチャ漫才、ね、あ! 今、片っ
ぽの丸いほう(自分を示し)こっち側の方は乙女じゃねぇんじゃねえかって、
(と、オルガの方を示し)こっちは乙女かもしんないけど(と、自分の方を示
し)こっちは乙女じゃないだろうって、おいいいっ! 乙女に年が関係あるの
か! 乙女が丸々してちゃいけないのか? 乙女が広田さくらじゃダメか? 
いつ決まった? 何時何分何曜日ですかぁ!」
オルガ「メチャクチャだよ」
さくら「だからメチャクチャだって言ったじゃん、言わなかった? 言ったよ
ね、聞かなかった? 聞いたよね? 言いましたよね、聞きましたよね、メチ
ャクチャ漫才、今、全開ですよ! 桜子ちゃん!」
オルガ「はい!」
さくら「あんたのね、舞台に立ちたい、目立ちたい、自分を表現したいってい
う気持ちは受け取った、私のね(胸の)ここで、ばしっ! と受け取ったよ、
でもね、お笑いの世界はね、そんなね、素人の高校生さんが、ちょっとやって
みたいなって言ってできるもんじゃないの。もうねえ、私は厳しいよ、そうい
うところは、覚悟して来てるんだよね」
オルガ「もちろんです」
さくら「じゃあ、やるからね、全力でね」
オルガ「はい、全力で」
さくら「じゃあ、自己紹介するよ」
オルガ「自己紹介はさっきしたじゃないですか」
さくら「いいのいいの、そんな事にこだわってる場合じゃないの、自己紹介な
んて何回やったっていいの、自己紹介にやりすぎるって事はないんだから、は
い、いい、いくよ、いいですか、いきますよ、はーい! こんにちわー! み
なさん、お元気ですか、広田さくらと!」
オルガ「桜子でーす!」
さくら「(優しく)あれあれ? みんな元気がないな、そんなんじゃ、聞こえ
ないぞ?」
  そして、薄く明かりが入ってくる。
  すると、舞台のロープが消えている。
  そして、ついにオルガが舞台のツラまで出てくる。
オルガ「(怒っている)おらーおまえらー元気ねーぞー、おらあ! んなん
で、楽しめると思ってんのか! かますんですよね! びっくりさせるんです
よね! そこでみんなが息を呑む! あんぐりしている、ここがチャンスだ!
 さらなる厳しい言葉に怯えきっているお客さんが拍子抜けするような、優し
い言葉を投げかける。人類のみんな! 愛してまーす!」
さくら「桜子ちゃん! やりすぎだよ」
  その手を引いてあげている、さくら。
  舞台のツラまで行くオルガをうまく誘導していく。
オルガ「生きてますか! 私!」
さくら「生きてますか! 私達! メチャクチャ、メチャクチャ、メチャクチ
ャ漫才、あーおもしろい」
オルガ「生きてますか! 私!」
さくら「しゃあ!」
  そして、自分ヤマビコを始めるオルガ。
オルガ「自分ヤマビコいきますか」
さくら「いっちゃいますか」
オルガ「桜子~」
さくら「最高!」
オルガ「よっしゃ!」
さくら「おっしゃあ!」
オルガ「(自信満々で)大丈夫ですかね、さくらさん!」
さくら「大丈夫・・・ステージに出たらね、私がね、あんたのロープだから」
オルガ「え?」
さくら「私が桜子ちゃんのロープになるから!」
オルガ「うん」
さくら「思いっきり行こうよ」
オルガ「うん」
さくら「飛び出して行くことは、絶対にね、悪いことじゃないんだからね」
オルガ「ですよね」
さくら「前に出て行くことはいけないことじゃないんだから」
オルガ「ですよね」
さくら「落ちないでね・・」
オルガ「落ちません」
さくら「落ちないでね・・気持ち」
オルガ「気持ち?」
さくら「落ちないでね、テンション」
オルガ「もちろん!」
さくら「私がロープになるからさあ」
オルガ「うん」
さくら「私があなたのロープになるからね」
オルガ「わかった、いざとなったらすがるから」
  と、すがろうとするオルガ。
さくら「おっと、ブレイク、ブレイク、ロープブレイク」
  体をかわす、さくら。
オルガ「え? ええ? そっちのロープか」
さくら「だから、ロープなんだってば、私はあんたのロープなんだってば」
オルガ「すがっちゃダメなの?」
さくら「すがったらロープブレイク」
オルガ「だけど飛び込んでもいいでしょ?」
さくら「もちろん、だってロープだもん」
オルガ「飛び越えてもいい」
さくら「ロープだからね」
オルガ「それが・・ロープだもんね」
さくら「今日のお相手は、広田さくらと」
オルガ「・・桜子でした」
さくら「本日はどうも」
さくら・オルガ「ありがとうございました!」
  二人、礼! をして、上げた顔、満面の笑み。
  で、暗転。

●各話タイトル『ロープ』