第138話  『ニュータイプ』
  こたつの横に制服姿のオルガ、そして彼女の相談に乗ってやっている美希。
美希「その制服では嫌だと」
オルガ「うん、嫌なんだけど」
美希「でも、招待状には書き添えてあったわけでしょ、学校の制服でいらっしゃって下さいって」
オルガ「そう・・だけど」
美希「じゃあ、いいんじゃないの、それで」
オルガ「学校の制服でいらして下さいっていうのはさ、やっぱり、倫子先輩が気ぃ遣って書き添えてくれたんだと思うんだよね」
美希「じゃあ、そのお気遣いに今回は甘えるということで」
オルガ「それが嫌だから、相談に来てるの」
美希「うーん、いいと思うけどなあ、結婚式の披露宴と二次会でしょう? 高校生なんだから、高校の制服でさあ」
オルガ「この際だからね、いや、この際っていうか、今回のこれがね、一つのチャンスなんじゃないかって思ったんだけどね」
美希「チャンスって?」
オルガ「私が大人になるチャンス」
美希「大人になりたい?」
オルガ「なりたい、早く・・一刻も早く」
美希「どういうイメージなの? オルガちゃんの中で、その大人ってのは・・ケバい系?」
オルガ「全然(と、首を横に振る)」
美希「ギャルっぽいのも」
オルガ「ちがうちがう(と、首を横に振る)」
美希「そういうのでも、ないわけだよね」
オルガ「大人になりたいんだってば」
美希「大人って、なに?」
オルガ「わかるでしょう、大人なんだから」
美希「大人? 私が?」
オルガ「大人でしょう?」
美希「なったつもりはないけどね」
オルガ「え? それは言っちゃダメでしょ」
美希「まあ、オルガちゃんがどうしてもっていうなら、大人としてここにいるけど」
オルガ「大人に大人の事を相談に来てるんだから、大人が大人でいてくれないと困るよ」
美希「わかった、わかった、わかってるって」
オルガ「本当に?」
美希「大人ね、はい、大人!」
オルガ「制服も窮屈になってきたし、ちょうど良い頃かな、と」
美希「窮屈?」
オルガ「太ったってことじゃなくてね」
美希「え? なんで今、私が思ったことがわかった?」
オルガ「わかるよ、それくらいは。そういうことじゃなくてね、もうちょっとキツいなあって、鏡見ると思うんだよね」
美希「キツいってそんな・・(と、改めて見直してみて)全然、そんなふうには見えないけど。だって、現役女子高生が高校の制服着てるんでしょ」
オルガ「まあ、それはそうなんだけど」
美希「なんの問題もないと思うけどなあ」
オルガ「テーブルマナーとかも一応、勉強したんだけどね」
美希「料理はなにが出るの?」
オルガ「一応、フレンチ」
美希「フランス料理ね」
オルガ「ナイフとフォークとスプーンをどれから取るのか、とかはまあねえ、ネットでね、勉強はしたんだけどね」
美希「テーブルマナーも今はもうネットか」
オルガ「でも、練習する場がないから、ぶっつけ本番だからなあ」
美希「いーよ、そんなの、だって、三輪さん、いるじゃない」
オルガ「『オーラの泉』の?」
美希「うん、私、あの三輪さんはあんま好きじゃないんだけど、私の知り合いが三輪さんとお茶したことがあるんだけどね、お茶って言っても本当に日本のお茶ね、そのお茶に添えられた高級和菓子をね、あの人、手づかみで食べたらしいよ」
オルガ「ええ!」
美希「かっこよくない?」
オルガ「かっこいい?」
美希「和菓子、鷲づかみ、あのキンキンの髪で」
オルガ「キンキンの髪は、この場合、あんま関係ないと思うけど」
美希「かっこいいわよね、そんじょそこらの人じゃ、高級和菓子、鷲づかみで食べれないもんね」
オルガ「(ようやく理解した)はははは・・」
美希「ね、それを思うとマナーなんて、なんだっていいわけじゃない」
オルガ「いやあ、それは三輪さんだからできることであってさ。私がそれやると、やだ、あの子、あんな高級な和菓子を手づかみでって、ことになるわけじゃない。マナー知らずが、って。三輪さんはそういう常識を飛び越えてるから」
美希「(憧れ)三輪さん・・ねえ」
オルガ「だいたい高級和菓子の食べ方を聞いてるんじゃなくてさ」
美希「一緒よ、一緒、マナーなんてね」
オルガ「フレンチも?」
美希「一緒、一緒」
オルガ「手づかみで?」
美希「いや、手づかみをお勧めしているわけじゃなくてね、マナーなんてね、そんな気にしなくても」
オルガ「大人の振舞い方ってのがあるじゃない。子供だって思われるのが嫌なんだってば」
美希「いーじゃん、そんなの、なに焦ってんのよ、もっと子供でいることを満喫しておいたら、人はね、ほっといても大人になるんだからさ」
オルガ「ううん、私、大人になる。一刻も早く大人になってやるって決めたんだ」
美希「なんでまた、そんな・・」
オルガ「で、どうすればいいんだろ?」
美希「いろんな経験を積むしかないんじゃないの?」
オルガ「いろんな経験?」
美希「涙、涙、涙・・流した涙の数だけ、人は大人に近づいていくのよ」
オルガ「嘘だあ」
美希「嘘です」
オルガ「だって(美希を指さして)そんな泣いてないでしょう?」
美希「なんで? なんでそう思うの?」
オルガ「涙を流さずに、大人になった見本がここにいるから。御相談に参上つかまつった訳だからさ」
美希「なるほどねえ」
オルガ「どうすれば、大人になれるでしょう?」
美希「私がオルガちゃんくらいの頃には、大人になりたいなんて、これっぽっちも思ってなかったのに」
オルガ「いやあ、早くなりたい」
美希「大人になってもいいことないよ」
オルガ「大人が言うことじゃない」
美希「もうやり残したことはないの? 思春期とかちゃんとやった?」
オルガ「え? ししゅんき?」
美希「大人になるってことはね、思春期が終わっちゃうってことなんだよ」
オルガ「(わかっちゃいないが)そんなことは、わかってるよ」
美希「思春期でやるべきことはみんなやった?」
オルガ「ちゃんとやったかどうかって、そんなに面と向かって聞かれると、いきなり不安になるんだけど」
美希「いいのかなあ」
オルガ「なにが? なにかやり残したこと、あるの? 私」
美希「そんなこと、私は知りませんけどね」
オルガ「思春期でしょ」
美希「うん、思春期」
オルガ「思春期でやり残したこと? ないな」
美希「言い切れる?」
オルガ「うん。っていうか思春期って、ウザい時期のことでしょ?」
美希「まあ、ものすごく、ものすごく簡単に一言で言うとそうだね、ウザい時期のことを指して言うね。でもね、このウザい時期ってのがね、あとから思い返してみるとけして悪くはなかったって思える、ウザい時期なのよ」
オルガ「思春期、もういいや」
美希「あ、そう」
オルガ「大人の方がいい」
美希「そのさっきから言ってる、大人ってのはどういう人のことを指して、大人って言ってるの?」
オルガ「今の大人じゃない大人」
美希「え? どゆこと?」
オルガ「だから・・あたしは、今の大人があんま好きじゃないから、そういう大人達にね、これが大人だよ! って見せてやりたいんだよね」
美希「なれそうなの? これが大人だよっていう大人に」
オルガ「ニュータイプの大人になりたい」
美希「それはどんなの?」
オルガ「ニュータイプの大人はねえ・・まずねえ、大人っていうものに対してのイメージが今、悪すぎるんだよね」
美希「ああ、わかる、わかる」
オルガ「大人っていうのはさ、本当はね、みんなが憧れるもののはずなのに、いつの間にやら、大人なんて、大人なんて、って下手したら大人が言ってたりするからね。私の周りはみんな大人になりたくないって言ってんだけど、それって全然憧れないからなんだよね、大人に」
美希「周りにいないんだ、憧れる大人が」
オルガ「いない、いない、皆無」
美希「大人になると責任が発生するとか、いろいろ面倒なことが待ってるから嫌、なんじゃなくて」
オルガ「なくて」
美希「憧れる大人がいないから」
オルガ「そう、そうそう、そうなの」
美希「なりたくない大人ばかりになってしまったからだ」
オルガ「そうそう、そうね」
美希「そんな大人になりたいんじゃなくて、新しい、ニュータイプの大人になりたい」
オルガ「なりたい、早く」
美希「急ぐことなの?」
オルガ「なんかわかんないけど、私が急がないといけない気がするの」
美希「オルガちゃんがなりたい大人は参考となるモデルの大人はいないのね」
オルガ「美希さんくらいしか」
美希「私?」
オルガ「うん、だからこうやって相談に来てるの」
美希「どうしたら、私はオルガちゃんがニュータイプの大人になる、良きアドバイスができるのか、ってことなんだよね」
オルガ「そう」
美希「ニュータイプの大人は?」
オルガ「まずマナーがちゃんとしている」
美希「それから?」
オルガ「一般常識がもちろん、ある」
美希「あとは?」
オルガ「人の心をちゃんと持ってる」
美希「人の心? 人の心か」
オルガ「そう、人の心をちゃんと持ってる」
美希「それは・・言われてみれば」
オルガ「少ないでしょ? 人の心を持っている大人って」
美希「うん、そう言われて、思い当たる人の心を持っている大人がごくわずかしかしない」
オルガ「ちゃんと持ってて欲しいの、人の心を」
美希「人の心ってどういうのなの? 例えば」
オルガ「例えば? 例えばねえ・・電車の中で目が合ってもケンカ売らない」
美希「なにそれ?」
オルガ「だって、電車でね、こうやって向かいに座ってて、目が合ったら『あん?!』って顔されて、え! 目が合っただけでしょ? って。なにが不満なの? って。そんなにあんたの人生はつまんないの? って」
美希「それはその人の人生がつまんないから起きた事態なの?」
オルガ「じゃないかな」
美希「相手は大人?」
オルガ「大人、中年オヤジ、疲れてそうなシワシワのスーツ着て」
美希「ああ、そう」
オルガ「バスとかでも、一番後ろの席って長いじゃない」
美希「うん」
オルガ「あそこの真ん中にどかっ! と座ってて、いつも私、後ろの一番端っこの席に座るんですけど、そのどかっと座っている人に『すいません』とか言ったら、ちっちゃな声で『ファック!』って言われて」
美希「ファック! って言われたの?」
オルガ「そう」
美希「それも大人?」
オルガ「白髪のオヤジ」
美希「白髪のオヤジ、ファック!」
オルガ「しかも、でかい声じゃなくて、ボソっと、ファック! って」
美希「それでオルガちゃんはどうしたの?」
オルガ「いや、かわいそうだなって思って」
美希「かわいそうって、かわいそうなんて思わなくていいよ、白髪のファックオヤジに」
オルガ「でも、なんか哀れに思えて」
美希「哀れみを感じたんだ、ファックって言われてるのに」
オルガ「だって、つまんないこと言うなあって思ってさあ、だから『かわいそうに』って私も思わず言っちゃって」
美希「かわいそうにって返したの? ファック! って言葉に」
オルガ「他になんて言えばいいの? そんな大人に」
美希「それで、そのファックオヤジはどうしたの?」
オルガ「黙っちゃった」
美希「そりゃそうだよね」
オルガ「だからあ! そういうつまんない大人になりたくないの! どうせ大人になるんだし、なんなきゃなんないんだったら、つまんない大人じゃなくて、もっと楽しい、ニュータイプの大人になりたいの。あんな大人になれたらいいな、って思えるような、さ。子供から見て、あ、大人じゃん! って思っちゃうような大人になる。っていうか、普通じゃない? バスでさ、後ろの席でさ、こんな女の子がさ『すみません』って言ってんだからさ『ああ、どうぞ』って言うのがさ」
美希「そういうのが・・ない」
オルガ「みんなはニュータイプっていうけど、私はそういうね、ただのまっとうな大人になりたいの、子供が泣いてたら、どうしたの? って聞いてあげるとかね、あ、そうだ、そうだよ、大人にねえ、ないんだよ」
美希「なにが?」
オルガ「優しさが」
美希「ニュータイプの大人にあるもの、それは」
美希・オルガ「優しさ」
オルガ「まっとうな大人ってのがね、いると思ってたの、子供の頃は」
美希「ああ、先生が言うことって絶対正しいと思ってた頃ってあったもんね」
オルガ「親は正しいとかね」
美希「親っていっても実は、いろいろいるんだって、子供は思わないもんね」
オルガ「だからね、子供から、大人にね、どんどん近づいて行けば行くほど、いろんな大人がいることがわかってきて、それがね、みんなそこそこ、どっかぶっ壊れてて、間違ってて、独りよがりで、うろたえてて、迷ってて、精神的に病弱でね、全然、憧れないってことに気付いたわけですよ、私は」
美希「その中で、大人はこうだぞと」
オルガ「大人ってのはこうじゃないか! と、こうあるべきなんじゃないか! っていう大人になれないものかなと」
美希「野望だね」
オルガ「私一人の話だよ」
美希「でも、なかなかいない大人だよねえ、そう考えると」
オルガ「そんなに、支えが欲しいのか、と」
美希「はははは・・・支え、欲しがってるよね、みんな、ね。なんでかね」
オルガ「だって、思うじゃない、そんなにつまんなそうにしてるなら、やめればいいのに! って」
美希「それ言っちゃう」
オルガ「言いたい、言いたかったの、前から。会社? 辞めればいいじゃん。離婚? すればいいじゃん。人間? 辞めれば? 部活で文句言ってる奴とかさ、信じらんないもん、辞めりゃーいーじゃんって」
美希「それ、もしかしてずっと思ってた?」
オルガ「ずっと思ってた。会社、嫌そうに行くなら、辞めれば? って。生きてて疲れたとか言うなら、休めば? って。気にすんなよ、って、なんでもっとシンプルに生きらんないんだよって」
美希「わかってきた、オルガちゃんの目指す大人、ニュータイプの大人、優しくてシンプル」
オルガ「そう、それ、そういう人に私はなりたい」
美希「それは大変だわ」
オルガ「この制服を脱ぎ捨てて、ニュータイプの大人になりたい。これ着てても、世界は変わらない。認めてもらえないんだよね、何かに従わなきゃなんないし、意見も通らないしさ。だからね、もっとちゃんとした服着てね、周りの大人からも子供からも、大人として見てもらえるように、マナーを身につけて、優しさがあって、それ見ろ! って言えるような大人。もう、今までの大人達はほっといていいと思うんだよね、後に続く子供のためにね、大人になりたいわけよ、私は」
美希「ニュータイプの」
オルガ「本当の大人に。新しい世界は私達が作りますよ、と」
美希「まあ、私達はすぐ死んでくしね。最後まで過ちに気付かない人もいそうだけど」
オルガ「それはそれでほっといて」
美希「私達のね世代のね、なんにもわかってない奴らが、なるべく早く死んでいけばいいわけだよね、つまるところ」
オルガ「いや、そこまでは言ってないんだけど」
美希「ぽっくり逝こう、ぽっくり」
オルガ「逝かないで、少なくとも美希さんは逝かないでえ」
美希「任すよ、その制服を脱いだオルガちゃんに・・ニュータイプの大人に」
オルガ「うん、なる、なりたい、一刻も早く・・」
美希「なれるよ」
オルガ「そうかな」
美希「まもなく、ね」
オルガ「そうかな」
美希「・・カチッ! カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「なに?」
美希「カチッ! カチッ !カチッ ニュータイプの大人が誕生する瞬間が近づいている音・・!カチッ! カチッ!・・」
オルガ「う、うん」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「美希さん」
美希「カチッ! カチッ! やり残したことはないの、子供として・・カチッ! カチッ!」
オルガ「ない・・・」
美希「カチッ! カチッ! カチッ! 」
オルガ「ない・・・ありません」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「ウザかったからなあ、私の思春期」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「周りに、ろくな大人、いなかったし・・」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「もういい・・もういいよ」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「(強く)もういいよ!」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「もううんざりだよ」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「早く大人になる」
美希「カチッ! カチッ!」
オルガ「大人になってやる」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「子供が見て、これが大人だって思えるような大人に」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「そんな、大人に・・」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「シンプルな大人に」
美希「カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「優しい大人に」
美希「カチッ! カチッ! カチッ! さようなら、オルガちゃん」
オルガ「え?」
美希「大人にね(段々強く)カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「うん・・なってやる」
美希「(強く)カチッ! カチッ! カチッ!」
オルガ「なって・・やるよ」
美希「(強く)カチッ!」
  間。
オルガ「・・・終わった?」
  美希、頷いた。
オルガ「私の思春期が」
  美希、頷いた。
オルガ「・・・ってことは・・」
美希「こんにちわ・・オルガさん」
  ゆっくりと暗転していく。