第137話  『木枯らしの吹く頃に』
  街角。
  立ちつくしている拓弥とカン。
  街の雑踏の音がやけにうるさい。
  やがて、
カン「どうする、もう一軒行く?」
拓弥「ちょっと待って」
カン「このまま帰ろうか、今日は」
拓弥「ん、ちょっと待って」
カン「拓ちゃん・・」
拓弥「待ってね、ちょっと待ってね、今、自分の中で整理している最中だから」
カン「うん、わかる、気持ちはわかるよ、待つよ、待てばいいのね」
拓弥「うん」
カン「じゃあ、待つよ」
拓弥「でもね、これはね、ちょっとね、一人で考えてても、ごちゃごちゃになってくるね、ちょっと話しながら整理してってもいい?」
カン「あ、いいよ、それで気が済むなら」
拓弥「なんで今日の合コン、あれほどの惨敗となってしまったのか?」
カン「原因はね、複数あるんだよ、いろんな要因がね、絡み合ってると思うんだよね、今回の場合」
拓弥「まずねえ、単純に、年をとったね、俺達がさ」
カン「それもある」
拓弥「今までの方法論では、もう、俺達が合コンに参加したところで何も得る物はないね」
カン「確かに」
拓弥「合コンが変わってきた?」
カン「それもある」
拓弥「でも、だからって、その流れに逆らうことはできないよね」
カン「無理だね」
拓弥「流れは流れだもんね」
カン「流れに乗らないのもね、シャクだからね」
拓弥「乗れないって思われるのもね」
カン「でも、楽しかったね・・」
拓弥「楽しかった・・久々に、まったく別の意味で」
カン「うん・・会費分の楽しさはあった」
拓弥「だが、しかし」
カン「ん・・思惑がはずれただけだよ」
拓弥「それはそう、それはそうなんだけど」
カン「久しぶりだったからね、合コンも」
拓弥「奥さんが二人いたよね」
カン「綺麗だったね」
拓弥「若奥さん」
カン「旦那さん公認で合コンに来てる」
拓弥「それがわからん」
カン「家にいて、普通に専業主婦やってると、出会いが少ないっていうか交友関係が限られてくるからって」
拓弥「理由はわかる、その人妻達とさ、お友達になって、それでどうなるのかってことなんだけどね」
カン「友達になる」
拓弥「そうなんだよな、それ以上のことはない」
カン「でも、それが本来の合コンの目的だったんじゃないの?」
拓弥「邪心かな・・俺はなに、邪心を持って今日の合コンに臨んだ、それが敗因? っていうか、そう考えると敗因もなにもないわけで・・」
カン「合コンをやる年齢が上がって来ちゃったわけだからねえ」
拓弥「懐かしいな、あの子をなんとか、とか、今日はこのくらい仲良くなってとか、トイレに立った後で、目当ての子の隣に座り直すタイミングが、とか」
カン「人妻の隣に座ってもねえ」
拓弥「なにも起きないからねえ」
カン「友達はどこに座っていようと友達だからねえ」
拓弥「でも、おもしろかったねえ、あの子育ての話は」
カン「今どきの子供の話なんてね、聞く機会ないからね」
拓弥「すごいんだね、子育てのミクシイとかさ」
カン「あんなふうに、世の中のお母さん達はネット上で励まし合ったり、慰め合ったりしてるんだねえ」
拓弥「あわ良くば、かわいい子がいたら、とか、新しい男と女の出会いとかさ」
カン「超えてたね、今日の合コンは」
拓弥「ああやって、同じ年の女性に小学五年生の子供がいるんだね」
拓弥「今日のあれはさあ、もう合コンっていうか、飲み会だよね、新しい知り合いを作るためのさあ」
カン「え? ええ?」
拓弥「なんかそういう感じだったじゃない、今日のはさあ、合コンと呼べるものじゃないよな、ただの新しい友人と知り合うための飲み会」
カン「え? それを合コンって言うんじゃないの?」
拓弥「ん」
カン「でしょ」
拓弥「・・そうか、元々は確かに、合コンはそういうことだったのかもしれない」
カン「合コンだよ、合コン、合同コンパ」
拓弥「合同で、コンパだ」
カン「そうそう」
拓弥「え? で、コンパってのはどういう意味?」
カン「え?」
拓弥「コンパのコンパって・・なにの略? それともコンパって言葉があるの?」
カン「待って、ちょっと待って」
  と、携帯で辞書を開き始める。
拓弥「若い人のね、合コンっていうのは今も健在で、なおかつ、俺達の知っている『あの合コン』だと思うんだよね」
カン「でも、もうそれには参加できない」
拓弥「そんな時がやって来た・・やって来てしまったんだ」
カン「うん」
拓弥「俺達が参加を許される合コンは、次なるステージの合コンというわけだ」
カン「いつの間にか、レベルは上がっていた」
拓弥「知らない間に(と、『ドラクエ』のレベルが上がる音を出す)チャララララー」
カン「それも、メタルスライムを続けて倒した時のように」
拓弥「一気に二段階(と、今度は二段階上がる)チャラララー、チャラララー」
カン「そのレベルには、俺達の知らない普通の人々っていうパーティーがいた」
拓弥「バイトなんかしてなくてね、朝起きて、会社行って、子供残して・・家族がそこにあって・・」
カン「わかった、コンパの意味」
拓弥「え? なに?」
カン「語源はドイツ語Kompanie、英語company、フランス語compagnieなどに由来する・・ごめん役に立たなくて」
拓弥「いやいい、いいよ、皆まで言うな。そういう答えじゃないかって予想はしていたんだよ」
カン「(職業)なにやってんですかって聞かれた時、ちょっと詰まっちゃったね」
拓弥「あんなに後ろめたい気分は久しぶりだよ」
カン「(その時の口調を再現して)え? ボクですか? ボクはフリーターです」
拓弥「(も、同じく)フリーターです、ちょうど今、休業中のフリーターですけど」
カン「あれさあ」
拓弥「なに?」
カン「休業中のフリーターって、プーのことですか? とかってリアクションがなくてよかったよね」
拓弥「プーか」
カン「プーですか! って」
拓弥「最近、プーって使う?」
カン「そういえば聞かないな」
拓弥「プー太郎だっけ、正式には」
カン「うん、まあ、そうだった気がする」
拓弥「プー太郎・・死語になっちゃったのかな」
カン「いなくなったわけじゃないでしょ」
拓弥「いるよここにこうして」
カン「いや、威張るところじゃない」
拓弥「いなくなるどころか逆に増えてると思うけど」
カン「それは確かに」
拓弥「御主人がサラリーマンで、普通の家庭の専業主婦は、こういうフリーターには出会わないからねえ・・」
カン「相手のメンツの確認をしなかったってのもあるよね、今回」
拓弥「男女の比率だけだったからね、問題になったのは」
カン「男女比だけで合コンに顔出すと今日みたいなえらい事になるんだね」
拓弥「カンちゃん幾つになった?」
カン「二十八」
拓弥「俺が三十一。女子大生との合コンはもう・・無理だな・・」
カン「キモいよね・・」
拓弥「冬の時代だな・・これから」
カン「これから・・ずっと冬の時代ってこと?」
拓弥「わからん、でも、春は遠い」
カン「普通の人の普通の生活って案外おもしろいもんなんだね」
拓弥「幸せってあるんだね」
カン「家族って・・・楽しそうだね」
拓弥「家庭かあ・・」
カン「家庭・・って、いいもんなんだね」
拓弥「ねえ・・・」
カン「住んでる場所と家庭っていうのは、まったく違うモノなんだね」
拓弥「普通の人々と二時間半も喋ったんだよ」
カン「いるんだねえ、当たり前だけど、普通の人々ってのが、ねえ・・」
拓弥「そりゃ、いるだろうね、普通の人達がいて、俺達がいて、それで社会ってもんが成り立ってる」
カン「仮に俺達がいなかったとしても、社会は成り立っているような気がしなくもないけど」
拓弥「それ言っちゃダメ!」
カン「うん、うん、わかってる、わかってるよ」
拓弥「道は二つとなったわけだ」
カン「え? なに」
拓弥「だから、自分達と環境の違う、価値観の違う人々との飲み会の合コンに参加するか、それとも、たぶん・・いや絶対にいるであろう、自分達と似たような環境の女性達を厳選して、俺達が思う、合コンを自らの手で開催するのか?」
カン「俺達みたいなフリーターの女の子だって、俺達と同じ数だけいると思うよ」
拓弥「いるだろうね」
カン「そこで集うか」
拓弥「それでいいのか?」
カン「気は楽だよ」
拓弥「それでいいのか?」
カン「世界は狭まる」
拓弥「それでいいのか?」
カン「という二つの道になるわけか」
拓弥「我々が思っている以上に、僕たちは社会から取り残されている、ということが判明した」
カン「そういうことだね」
拓弥「それは受け入れていこう」
カン「もちろん、そこから逃げるつもりはないけどね」
拓弥「逃げないとしたらどうする?」
カン「どっか、もう一軒行ってゆっくりその事について考える?」
拓弥「いや、待って、ちょっとここで考えさせて」
カン「うん」
拓弥「ごめん」
カン「いや、謝るとこじゃない、ここは・・」
拓弥「すまない」
カン「いいよ、付き合うよ」
拓弥「カンちゃんも同じ気持ちだろ、今」
カン「うん、一緒、それは一緒」
拓弥「いつも付き合っている奴らが同じ生活レベルで、同じ価値観を持ってる人間しか周りにいないから、こういう事態が起きるんだよ」
カン「フリーターは肩書きではなかった」
拓弥「なにをしているのか? の説明にフリーターという言葉はなんの役にも立たなかった」
カン「いけないのかな、人間、今、寿命が八十くらいになってるのに、三十あたりでフリーターをやっていては・・」
拓弥「いつまでやるかってのも問題じゃない」
カン「今は、問題ないわけじゃない。他にもいっぱいいるわけだしさ」
拓弥「うん、そんなにやましいことではないはずだよな」
カン「ない、やましくはない!」
拓弥「俺達は立派なフリーターだよな」
カン「フリーターという社会人」
拓弥「カンちゃん、御職業は?」
カン「フリーターです」
拓弥「職業!」
カン「(元気よく)フリーターです」
拓弥「おお!」
カン「胸張っていかないとね」
拓弥「そうそう」
カン「胸張って言えるよ、俺は、フリーターです、と」
拓弥「っていちいち言わないといけないっていうのが、そもそも、なにか引っかかるんだよな」
カン「いいだろ、別に」
拓弥「間違ってないよな」
カン「間違ってない」
拓弥「正しいよな」
カン「ん・・・」
拓弥「なんで? なんでそこで『正しい!』って言ってくんないかな」
カン「なんで? なんで俺もその一言が言えないだろう、ここにきて」
拓弥「(再び)正しいよな!」
カン「た・・だ・しい」
拓弥「言えてない」
カン「言ったよ」
拓弥「言えばいいってもんじゃない、ただしい、っていう音を出せばいいってもんじゃない、ただしい、という気持ちがない、言霊のない、言葉だった、今のは」
カン「うん、その分析は正しいよ」
拓弥「正しいだろ」
カン「正しいよ!」
拓弥「ほら!」
カン「え?」
拓弥「今、正しい! ってそんなにはっきり言えるのに、なんでさっきは言えなかったんだ?」
カン「(気づいた)あ!」
拓弥「カンちゃん・・・どうして」
  と、カンちゃん、感極まって、ちょっと後ろを向いたりする。
拓弥「カンちゃん、どうしたの?」
カン「(後ろを向いたまま、明らかに泣き声で)泣いてない、泣いてなんかないよ」
拓弥「誰も、そんなことは聞いてないよ」
カン「うう・・うううう・・・」
拓弥「泣いてるじゃん」
カン「泣いてない、泣いてないもん」
拓弥「もん! ってなんだよ」
カン「ただ、なんか涙が、俺の意思とは関係なくあふれ出てきて」
拓弥「やめようよ、合コンの後、男が二人でいて、涙をこぼすなんてのは」
  と、カン、なんとか拓弥の方を振り返っって。
カン「大丈夫・・大丈夫だから」
拓弥「大丈夫? 本当に?」
カン「たぶん」
拓弥「たぶんじゃダメだろ」
  と、その時、二人の携帯にメールが動じに着信した。
カン「あ、メール来た」
拓弥「あ、俺も」
  と、二人、携帯を開いた。
カン「(そして、携帯を開いてみて)あ! さっきの若奥さんだ、佐々木さんだ。若奥さんの佐々木さんだ」
拓弥「落ち着けよ(と、携帯を開き)俺も田村さん・・人妻だよ、人妻。人妻からメールだ」
  と、カン、そのメールを読み上げ始める。
カン「今日はどうもありがとうございました」
拓弥「こちらこそ」
カン「とても楽しいひと時でした」
拓弥「それはなによりでございます」
カン「フリーターさん達の自由な生き方が、ちょっと羨ましくなりました」
拓弥「うん・・・」
カン「フリーターさん達の自由な生き方がちょっと羨ましくなりました、だって」
拓弥「いいよ、繰り返さなくて・・」
カン「また飲みましょうね」
拓弥「また・・またか・・」
カン「そっちは?」
拓弥「(携帯のメールを読み上げ始める)今日はどうもありがとうございました」
カン「こちらこそありがとうございました」
拓弥「いろいろ刺激を受けました」
カン「恐縮です」
拓弥「また今度、みんなで飲みましょうね」
カン「また、今度・・」
拓弥「木枯らしの吹く頃にでも」
カン「木枯らしの吹く頃?」
拓弥「って書いてある」
カン「木枯らしの吹く頃って、いつ? 冬?」
拓弥「じゃないの?」
カン「冬の・・いつ頃?」
拓弥「秋が終わった頃だろ」
カン「ひぐらしのなく頃だったらわかるんだけど」
拓弥「こういう常識もないんですか、俺達は」
カン「木枯らしは、常識?」
拓弥「一般教養?」
カン「言い方を変えても、知らないものは知らないからね」
拓弥「常識、一般教養ね、ま、いっか、そんなもんなくても、どうせ職業もないんだし」
カン「フリーターにそういうのは必要ないもんね」
拓弥「必要ない・・なくてもやってける」
カン「明日もまた、携帯のアラームに起こしてもらって、バイトに行けばいいんだから」
拓弥「そうだね」
カン「木枯らしの吹く頃にはなにか、俺達・・変わってるかな」
拓弥「いや、なにも」
カン「やっぱ、そうかな」
拓弥「何も変わってないと思う」
カン「やっぱりか・・」
拓弥「うん、変わらない・・っていうか、変わるわけがない、変わりようがない」
カン「メール、なんて返信する?」
拓弥「また飲みましょうね」
カン「また飲む? 逃げないね」
拓弥「いいじゃん、別に・・また・・ねえ、木枯らしの吹く頃に」
カン「木枯らしの吹く頃かあ」
拓弥「そうそう」
カン「それは・・いつの事なんだろうね」
  二人、まじまじと顔を見合わせて・・
  暗転していく。