第133話  『嘆きの喫煙者3』
  換気扇が回っている。
 その下で板付きで煙草を吸っている中山と宇佐美。
  やや、間があって。
宇佐美「禁煙しないんですよね」
中山「しないね」
宇佐美「できないんですか?」
中山「いや、しないだけ」
宇佐美「なんで?」
中山「しないって決めたから」
宇佐美「なんで?」
中山「決めたことは守るようにしているから」
宇佐美「いや、なんで決めたのか? ってことなんだけど」
中山「あ、でもね、やめようと思えばやめられるよ」
宇佐美「本当ですか?」
中山「やめないけど」
宇佐美「きっかけが欲しい?」
中山「きっかけ? なんの?」
宇佐美「いや、やめるきっかけがあればやめるのかな、って」
中山「きっかけなんかいらないよ、意思だよ、やめるかどうかってのは意思だ
よ、意思」
宇佐美「知りませんよ」
中山「なんのきっかけがあれば、俺は煙草やめるかなあ」
宇佐美「女、とか」
中山「女」
宇佐美「いるじゃないですか、煙草の匂いが嫌な女とか」
中山「ああ…いるねえ」
宇佐美「今まで、いなかったんですか、そういう女性は」
中山「いないことはなかった」
宇佐美「どうしたんですか? その時、禁煙してたんですか?」
中山「してた」
宇佐美「本当に?」
中山「本当」
宇佐美「え、じゃあ、なんですか、本当に禁煙しようと思ったらできるってこ
となんですか?」
中山「だからそうだって言ってるじゃない」
宇佐美「へえ…そうなんだ」
中山「音楽やってる姉ちゃんだったから、完全防音のマンションってのがあっ
て、機密性が高い部屋だったからさ」
宇佐美「吸えないんだ」
中山「まあ、しょうがないわな」
宇佐美「その彼女と、もしも結婚とかしてたら、どうだったんですかね。禁煙
は続いてたんですかね」
中山「どうかな、それは」
宇佐美「こんなとこで、煙出してなかったかもしれませんよ、今頃」
中山「いや、どうだろうね…一緒になってたとしても、今、また吸うことにな
ってたと思うね」
宇佐美「え? どういうことですか?」
中山「宇佐ぴょんの吸い始めたきっかけは何?」
宇佐美「俺は尾崎かな」
中山「尾崎?」
宇佐美「尾崎豊」
中山「尾崎で吸い始めるんだ」
宇佐美「俺の周りはみんなそうでしたね。尾崎の曲に『十七歳の地図』っての
があるんですけどね。ちょうど、それ聴いた時に十七だったから、これは、吸
わないと、って」
中山「そういう理由?」
宇佐美「ダメですか」
中山「いや、ダメじゃないけどさ」
宇佐美「じゃあ、中山さんはなんで吸い始めたんですか」
中山「かっこよかったから、周りの連中がさ(と、別に普通に吸ってる格好を
して)こうやって吸ってるのがさ、格好よくてさ、んで、俺も、ちょっとって
思ってさ」
宇佐美「格好いいと思ってるんですか? 今でも」
中山「格好いいだろう、俺は」
宇佐美「自分で言うかな」
中山「俺が言わないで誰が言うんだよ。俺が真っ先に言うことだろう」
宇佐美「格好いいって?」
中山「格好いいもん」
宇佐美「世話ないですね」
中山「宇佐ぴょんは煙草吸ってる自分を格好いいとは思わないの?」
宇佐美「そんなの」
中山「そんなの?」
宇佐美「言わずもがなですよ」
中山「ふふふふ…」
宇佐美「なんですか」
中山「あほか」
宇佐美「なんですか」
中山「自分で言うなよ」
宇佐美「なんで?」
中山「あほか」
宇佐美「中山さんだって」
  煙草を吸い終えている中山。
中山「俺、先に行くから、ゆっくり格好つけてろ」
  と、はけて行く中山。
宇佐美「言われんでも」
  と、中山を見送ることなく、煙草を吸い続ける宇佐美、
  に、中山、振り返って、
中山「今、格好いいの?」
宇佐美「え?」
中山「今、格好いいんだ」
宇佐美「尾崎のおかげです」
中山「尾崎に足向けて寝れねえな」
宇佐美「それどこのことですか」
中山「尾崎は幾つで死んだの?」
宇佐美「享年、二十六、四月の二十五日が命日です」
中山「宇佐びょんは、今?」
宇佐美「ボクは…尾崎の年、超しましたね」
  中山、それを聞くと、そのまま何も言わずに去っていく。
残った宇佐美。
宇佐美「尾崎の年…超しましたね」
  言い終えて、ゆっくりと長い煙を吐き出した。
  そして、暗転。