第131話  『リングス』
  明転すると、上手に中山、下手に吉岡、互いに立ちつくしている。
  劇中、ずっと吉岡は片手をポケットに突っ込んだまま話しを続ける。
  やや間があって。
中山「確かに、私が中山浩ですけど」
吉岡「お探ししました」
中山「私を、ですか?」
吉岡「ええ」
中山「失礼ですが」
吉岡「すいません」
中山「え?」
吉岡「ちょっとした事情がありまして、大変失礼は承知しておりますが、私は
名乗るわけにはいきません」
中山「どういうことですか?」
吉岡「ただの使いの者ですから」
中山「使いの者?」
吉岡「大神礼子さん…御存知ですね」
中山「ええ」
吉岡「私はその、礼子さんの使いの者です」
中山「礼子の…」
吉岡「はい」
中山「どういった」
  と、吉岡、銀色の指輪を一つ取り出して、中山へと差し出した。
吉岡「これを」
  中山、受け取る。
吉岡「届けに参りました」
中山「指輪…ですか」
吉岡「ええ」
中山「これを、礼子が私に?」
吉岡「お納め願えますか?」
中山「プレゼント…ってことですか?」
吉岡「中山さんに持っていて欲しいとのことで」
中山「指輪を…礼子が? 今頃、私に?」
吉岡「はい」
中山「そして、これを届けにわざわざあなたが」
吉岡「はい」
中山「そして、あなたが何者か、私は教えてももらえない」
吉岡「教えられない、ということではありません」
中山「じゃあ、いいじゃないですか」
吉岡「お教えする意味がないんです」
中山「どういうことなんですか、最初から、もっとわかるように話をしてくれ
ませんか? 礼子は…なにを考えてるんですか? 礼子と…あいつと別れても
う…六年、いや、八年にはなるんです」
吉岡「ええ…存じております」
中山「八年前に別れた女から、突然、指輪が届く、それも、名乗ることができ
ないという方の手で」
吉岡「何からお話しすればいいですかね」
中山「どうして、礼子は…、もしも本当に私にこれをもらって欲しいのなら、
どうして自分で来ないんです。いや、来たくなかったら、顔を合わすのが嫌な
ら郵送だって構わないじゃないですか」
吉岡「ええ」
中山「それをどうしてあなたに、わざわざ」
吉岡「ええ、それなんですけど」
中山「礼子は元気なんですか?」
吉岡「亡くなりました」
中山「え?」
吉岡「先月の十日の未明のことでした」
中山「死んだ…死んだんですか?」
吉岡「はい」
中山「…そうですか」
吉岡「はい」
中山「そうですか」
吉岡「ええ」
中山「そうだったんですか」
吉岡「婦人科系の癌で」
中山「それは…そういうことだったんですか」
吉岡「彼女の遺志で近親者のみの密葬だったものですし、たぶん、知っている
方は少ないと思います」
中山「そうですか」
吉岡「ええ」
中山「で(と、リングを改めて見せ)これは?」
吉岡「遺品です」
中山「この指輪が?」
吉岡「ええ」
中山「見覚え…というか、身に覚えのない指輪なんですけど、これを本当に礼
子は私に渡すように言ったんですか?」
吉岡「はい」
中山「こんなリング、彼女に送った覚えはないんですけど」
吉岡「送ったリングを返すってことじゃないんです」
中山「え、というと?」
吉岡「そのリングを受け取って、持っていて欲しいということなんです、それ
が彼女の遺志なんです」
中山「なぜ? どういう意味です? 別れた女ですよ」
吉岡「別れた女が亡くなって…その彼女の最後の頼みです、そのリングを持っ
ていて欲しいと」
中山「だから、なんで? リングですよ、指輪ですよ」
吉岡「遺品として」
中山「どういう意味で?」
吉岡「自分が生前…生きている時に愛した人、全員にリングを送りたい、との
ことでした」
中山「全員に?」
吉岡「はい」
中山「何人いたんですか、彼女が愛した男は」
吉岡「十八人」
中山「十八」
吉岡「ええ…」
中山「じゃあ、その十八人全員にリングを配るんですか」
吉岡「ええ」
中山「その役目をあなたは」
吉岡「そういうことです」
中山「じゃあ、十八個のリングを彼女はわざわざ作ったわけですか?」
吉岡「そうです」
中山「十八も?」
吉岡「そうです…ご覧になればわかると思いますが…」
   と、さらに改めてその指輪を見やる中山。
吉岡「銀の指輪です」
中山「…ご丁寧に、銀の指輪を十八個も」
吉岡「ええ」
中山「わざわざ」
吉岡「銀でできた指輪」
中山「わざわざ」
吉岡「銀ですよ、銀のリング…思い当たりませんか」
中山「銀?」
吉岡「彼女が大切にしていた物の中に、銀でできていた物、ありませんでした
か?」
中山「(気付いた)! そうか」
吉岡「礼子さんはフルートを吹いていた、趣味で。といっても、その演奏のレ
ベルは素人のレベルではなかった」
中山「確かに」
吉岡「そのリングは」
中山「あいつのフルート」
吉岡「を、輪切りにしたものです」
中山「そういうことか」
吉岡「もちろん、フルートをただ、輪切りにしただけでは銀の輪っかにはなっ
ても指輪にはなりませんから、一応、彫金屋さんに頼んで、指輪にしてもらい
ました。そして、リングの裏に自分のイニシャルを刻んでもらった、というわ
けです」
中山「それを十八個」
吉岡「はい…彼女がその生涯において、愛した人が十八人いた、というわけで
す」
中山「名前は…伺わなくても結構…であることはわかりました、ですが、礼子
とはどういった御関係の方なんですか?」
吉岡「ご想像におまかせします」
  そして、中山、吉岡がけして出そうとしないポケットの中の手を示して、
中山「あなたも、この指輪を一つ、お持ちですね?」
吉岡「ご想像におまかせします」
中山「私よりも…あとですね」
  吉岡、ふふん、と笑った。
  間。
中山「あと、何人に会うんですか?」
吉岡「あと四人、ですかね」
中山「消息はわかるものなんですか?」
吉岡「なんとか」
中山「手伝えることがあれば、なんでもおっしゃってください。その方面には
職業がら」
吉岡「いえ、大丈夫です。彼女が十分な情報を残していてくれていますから。
順番に、やっているだけです」
中山「そうですか」
吉岡「たまたま、です、まったく別件で連絡を取って、彼女がもう余命幾ばく
もないという事実を知りました。彼女の好きなチェコの楽団が来日するんで、
もしよかったら、と思ったんですけどね。で、知ってしまった以上、これはボ
クの役目かなと思って、買って出た次第です」
中山「そうですか…わざわざありがとうございます」
吉岡「いえ、役目…ですからね」
  間。
吉岡「お時間いただいて、恐縮です」
中山「とんでもありません」
吉岡「そういうわけで、もう、二度とお会いすることはないと思います」
中山「確かに」
吉岡「名乗らない理由は、それです」
中山「充分わかりました」
吉岡「じゃあ、そういうことで」
中山「ん…」
吉岡「では、失礼します」
と、去りかける吉岡に、
中山「あ、あの」
吉岡「え? なんですか?」
中山「あの女」
吉岡「ええ」」
中山「いい女でしたね」
吉岡「…でしたね」
中山「どうもありがとう」
吉岡「いえ、こちらこそ、会えてよかったです」
中山「もう…二度と会うことはないでしょうけどね」
吉岡「そうですね、でもそれがいいと思います」
中山「うん、それでいいんだと思います」
吉岡「じゃあ、これで本当に失礼します」
  吉岡、頭を下げた。
中山「ああ、どうもありがとう」
  吉岡、去っていく。
  中山、一人残る。
  リングをしばし見、そしてそれを指にはめた。
  途端に、フルートのソロが振るボリュームでカットインする。
  中山、その指輪を見ている。
  そして、ゆっくりと暗転していく。