第130話  『白い糸』
  喫茶店。
  陽気なBGMが掛かる中、オルガとななが明転する直前まで都市伝説の話
をしていて(あまりの怖さに)笑っているところから始まる。
  テーブルを挟んで上手にオルガ、下手にななが座っている。
  オルガはおしぼりに包んだ氷でずっと自分の右の耳たぶを冷やしている。
二人「ははははは…」
オルガ「やだ、それやだ、絶対やだ」
なな「やだよね」
オルガ「やだよ、そんなの絶対やだよ」
なな「そうだよね、やだよね」
オルガ「やだやだ、絶対やだ、まじ怖えーよ」
なな「嘘の話なのにね」
オルガ「都市伝説だっつーのにね」
なな「あとさあ、あれ知ってる?」
オルガ「え? なになに?」
なな「うちの役所の飲み会でさ先輩がね、言い出したんだけど、その人の友達
の友達にね、交通事故にあって顔の半分がね、ケロイドみたいにもうボロボロ
になっちゃって、ぐちゃぐちゃになっちゃってね、それが元で自殺しちゃった
んだよね、っていう話があってさあ、この話を聞いた人達は、みんな何かしら
の不幸が訪れるんだって…で、聞いた時点で今日の夢の中に出てくるから、ち
ゃんとその人の顔を見つめて『ごめんなさい』って百回言えって言われるの」
オルガ「百回言うの? ごめんなさいって」
なな「そう、百回、でね、それができないんだったら、あと五分後に『あぎょ
うさん、さぎょうご』って叫べって」
オルガ「それも『あぎょうさん、さぎょうご』なんだ」
なな「そうそう、だからさ、最初に話すそのさ、怖い話っていうのはそれぞれ
あるみたいなんだよ、その地方、地方によっても違うみたいだしね」
オルガ「そうなんだ」
なな「でも、最後に全部『あぎょうさん、さぎょうご』って言って終わるの」
オルガ「あ行の三番目(と、一応、指を折ったりしてわかりやすく芝居しまし
ょうか)あ、い、うのうで、さ行の五番目、さ、し、す、せ、その、そ」
なな「う、そ」
オルガ「最後に『うそ!』って叫んだから解決するっていうのもなんかすごい
矛盾している話なんだよね、よく考えるとさ」
なな「でもさあ、それを知らない役所の若い女の子がさあ、泣いちゃって…聞
かなきゃよかったあ、聞かなきゃよかったあ、どうしよう、どうしようって、
うるせーのなんのって」
オルガ「あははははは…」
なな「意味わかんなくて、あぎょうさんっていうのがまず、人の名前だと思っ
てたらしいんだ」
オルガ「あぎょう、さんね」
なな「あぎょうさんだよ」
オルガ「だいたいさあ、それ、あぎょうって、どんな字書くの? どんな名字
なの?」
なな「冷静に考えればそうなんだけどね、でも、もう、そんな判断力もなくな
ってるんだもん、パニクってて」
オルガ「バカだけに訪れる計り知れない恐怖なんだね」
なな「そうそう、どうしよう、どうしよう、今晩来ちゃったらどうしようっ
て、もう涙目!」
オルガ「バカだけに訪れる恐怖」
なな「語るも涙、語られるも涙」
オルガ「同情を禁じ得ない」
なな「みんなオチがわかってホッとして笑ってるのに、その子はさ、ホッとし
どころがわかんないから、ずっと泣いてるの」
オルガ「周りのみんなは違う涙を誘うよ、バカだなあ、こいつって…そんなの
信じちゃってって…もういいかな」
なな「冷えた?」
オルガ「うん、もうだいぶ冷えた…耳たぶの感覚、なんかなくなってる感じ」
なな「あ、いいんじゃない、いいんじゃない」
オルガ「そろそろかな」
なな「ああ、もういいんじゃない?」
オルガ「よし」
  と、オルガ、ピアスの穴を開ける準備をしはじめる。
なな「ちゃんと消毒しないと膿むよ」
オルガ「大丈夫、大丈夫」
  と、なな、ホッチキスのようなモノを取り出した。
オルガ「いきます」
なな「はい」
オルガ「いきますよ」
なな「早くやんなよ」
オルガ「ちょっと、勇気いるなあ、やっぱり」
なな「やっちゃったらなんでもないってみんな言ってるよ」
オルガ「だよね」
なな「らしいよ」
オルガ「よーし」
  と、握っているホッチキスに力を込めた。
  カシャ!(って、音がするかどうかはわからんが)
オルガ「てっ!」
なな「大丈夫?」
オルガ「うん…平気、平気…でも、いいのかな、これで…」
なな「大丈夫でしょ」
   と、ピアスを手に取って。
なな「これ、ピアスはどこで買ったの?」
オルガ「え? ドンキ」
なな「ドンキ? ドンキとかでいいの?」
オルガ「六百八十円」
なな「へえ、安すう」
オルガ「あれ、なにこれ」
なな「え? なになに?」
オルガ「なんか、耳から出てきた」
なな「耳から? なにが?」
オルガ「なんか…糸みたいなの」
  と、ななに見せる。
  オルガは上手に座っていて右の耳たぶをななに見せているために客からは
絶対に耳から出ているものは見えない。
  と、見て、
なな「なんだこれ」
オルガ「なにこれ、糸みたいなの」
なな「なに、この白い糸みたいなの」
オルガ「白い?」
なな「白い…糸」
オルガ「なんか、ずっと出てくるよ」
なな「(割と慌てて)やめなよ、そんなの引っ張らない方がいいよ」
オルガ「いや、引っ張るっつーか、出てくるからさ」
なな「(さらに慌てて)や、やめなよ、それって、あれじゃないの、やめな
よ、ダメだよ、やめなって、それあれだよ」
オルガ「え? なに?」
なな「聞いたことない?」
オルガ「なに?」
なな「ピアスの穴開ける時に出てくる、白い糸の話」
オルガ「白い糸? ピアスの穴を開ける時に?」
なな「そう」!」
オルガ「なんの糸なの、その白い糸」
なな「なんの糸かはわかんないけどね」
オルガ「うん」
なな「それがね、出てきて抜けちゃうとね、失明するって言われててね!」
オルガ「あ、抜けそう」
里沙「(叫ぶ)嘘ぉ!」
オルガ「抜けた」
  この叫び声と同時に完全暗転となる。
  以降、暗転の中での二人の芝居。
  ただし、暗転の中でもきちんと動いてきちんと芝居をすること。
  (たぶん、ある程度時間がたったら、薄く、薄く、薄く明かりが入りま
す)
  間。
  かなりの間。
オルガ「ななちゃん…」
なな「…なに?」
オルガ「なんで電気消えちゃったの?」
なな「……」
  (とっとと気がついた方がおもしろいと思う)
  なな、悲鳴に近いが、自分が先に動揺するわけにいかないので、とにかく
押し殺したまま、かつてない驚きのなな。
なな「え! え! ええっ!…(こういう時、人間改めてさらに驚く)えええ
えっ! 本当に? 本当なの? 本当だったの、あの話は?」
オルガ「ねえ…停電かな? なんで急に電気消えたの?」
なな「オルガちゃん…」
オルガ「停電ってことはないよね」
なな「…うん、ない」
オルガ「待って、待ってね、大丈夫、わかってるんだ…」
なな「オルガちゃん」
オルガ「落ち着いて、ななちゃん、わかってるんだ、なにが起こったか」
なな「(悲痛)オルガちゃぁぁん」
オルガ「ななちゃん」
なな「なに、オルガちゃん」
オルガ「一つづつちょっと確認していきたいんだけどさ」
なな「うん」
オルガ「ちょっと協力してくれるかな」
なな「する、するよそんなの、なんでもするよ、私にできることがあったら、
なんでもするよ」
オルガ「確認したいの、確認」
なな「うん、確認ね、した方がいいよね、確認」
オルガ「一つづつね」
なな「わかった」
オルガ「落ち着いてね、ななちゃん」
なな「うん、なるべく落ち着くように心がけるよ」
オルガ「ありがとう」
なな「お礼はいいの、お礼はいいの、そんなお礼なんていいの、今は、とりあ
えず自分の事だけ考えて、ね、確認ね、確認しようよ、確認」
オルガ「うん」
なな「ね」
オルガ「うん」
なな「まず、なにから確認?」
オルガ「まずね」
なな「うん」
オルガ「…(ゆっくりと質問する)私は今、目を開けていますか?」
なな「目はね…」
オルガ「うん」
なな「目は…開けています」
オルガ「目は開けていると」
なな「うん…ぱっちり、すごいかわいい目…(なにか言おうとするが、ななの
方の緊張が切れてくる)オルガちゃんの目ぇ…」
オルガ「目の前でそんな手を振らないでよ」
なな「(わずかな希望が!)見えるの? ちょっとは見えるの? 私が今、振
っている手が!」
オルガ「見えない、風が来るから分かるだけ」
なな「そうか…風か」
オルガ「落ち着いて、落ち着こうよ、ななちゃん」
なな「うん、うん…落ち着いて、考えよう、落ち着いて、それで…どうしよう
か…救急車とか呼ぶ?」
オルガ「救急車?」
なな「病院行った方がいいよ」
オルガ「なんで? なんでこんな耳のぺにょぺにょした部分に、目の神経なん
かが通ってるの? 変だよね、おかしいと思わない? だってここ、耳だよ」
なな「ごめん…そんなこと聞かれても、私、何にも答えられない」
オルガ「謝らないでななちゃん、そんなこと分かるわけないよね、もし知って
たら、止めたよね、私が目の神経をこんなこんな引っ張り出してたら」
なな「止めたよ、一応、私は」
オルガ「え? そうだったの?」
なな「止めた、止めた止めた止めた止めた…やめなよって言った」
オルガ「目の神経だからって?」
なな「それは言ってない」
オルガ「ほらあ!」
なな「ほらあって…なに、ほらあって、今、この状況がほらあと言えば、ホラ
ーじゃない!」
オルガ「また、うまいこと言ってななちゃんは」
なな「なに余裕ぶっこいてんのよ、オルガちゃん!」
オルガ「どうしよう、お母さんに怒られるよ」
なな「お母さんとか言ってる時?」
オルガ「じゃあ、こういう時、なにを言えばいいの? お母さんでしょう、ま
ずは五体満足に生んでくれたのに、ピアスとかさ、体に余計に穴開けようとし
てこれだよ。必要なのかっていわれたら、必要ありませんよ、ありませんとも
ピアスなんて。なんで、みんなピアスしてるの? 耳飾り? 必要なの、そん
な原住民みたいな飾り。原宿の原は原住民の原と同じ字だよね、今、気が付い
たけど」
なな「そんなことはどうでもいいよ、話すことの的を絞っていこう。今、なに
をするべきか? なにをしなければならないのか・」
オルガ「その抜け落ちた白い糸を探す」
なな「なんで?」
オルガ「だって、信じてもらえないじゃない、その白い糸持っていかないと」
なな「持っていけば信じてもらえるのか?」
オルガ「ないよりはいいでしょう」
なな「そりゃそうだけど」
オルガ「(驚喜)あった!」
なな「本当に?」
オルガ「これだ、これが私の目の神経だ」
なな「それ、おしぼりの端っこのほつれだよ」
オルガ「違うよ、これは私の視神経だよ」
なな「おしぼりの端っこだって」
オルガ「違うよ、これだって、これが抜けたから目が見えなくなったんだっ
て」
なな「よく見てみなよ、おしぼりがくっ付いているでしょう」
オルガ「よく見てみな? よく見てみなって言った? 今のこの私に、今、問
題になっているのは何?」
なな「目が見えないこと。急に停電になったこと」
オルガ「そうでしょ、そうなんでしょ、その人に向かってよく見てみなよって
のはどういうことよ」
なな「ごめん、ごめん、ごめんごめん、そうだね、そうだね、そうだよね」
オルガ「そうでしょ、そうだよね」
なな「見えるわけないよね、視神経引き抜いちゃったんだから」
オルガ「探して、私の視神経」
なな「どんなんだった?」
オルガ「だから、糸だって、糸、白い糸だった」
なな「え? え? どこに捨てた?」
オルガ「捨てたつもりはないんだけど」
なな「どこに置いた?」
オルガ「わかんない…ここでこうやって(と、さっきの様子を再現しながら)
こんなんなって」
なな「私がやめなよって言って」
オルガ「それで?」
なな「それで、オルガちゃんはどうしたの?」
オルガ「どっか(と、自分の右半身のあたりを示して)このあたりだよ、な
い? ない? ねえ、ない?」
なな「待って、待ってよ、ちょっと今、見てるから」
オルガ「頼むよななちゃん」
なな「待ってって」
と、なな、テーブルの下へと探す場所を変えて見る。
オルガ「ななちゃん」
なな「(探しながら)なに?」
オルガ「ありがとう、私の目になってくれて」
なな「あ!」
オルガ「え、え、なに?」
なな「こ、これ」
オルガ「(すっごい喜ぶ)え? あった? あった? あった?」
なな「五百円玉、見つけた」
オルガ「五百円玉?」
なな「誰かの落とし物かな、ちょっとラッキー?」
オルガ「私の視神経は?」
なな「いや、ちょっと見当たらない」
オルガ「五百円玉は見つかっても私の視神経は見つからないっていうの?」
なな「ないよ、それらしき物は…それらしき物がどういうものかっていうのも
ちょっとよくわかってないんだけど」
オルガ「ななちゃん、どうしよう、どうしよう、私…お母さーん」
なな「ちょっとオルガちゃん」
オルガ「お母さーん、ごめんなさーい」
なな「オルガちゃん」
オルガ「お母さーん」
なな「オルガちゃん、涙は出てるよ」
オルガ「涙は出てるぅぅ?」
なな「見ることはできないけど、泣くことはできるってことじゃないかな」
オルガ「そんなの、そんなの全然嬉しくなぁいぃぃ…わぁぁぁん」
  と、泣いているオルガ。
  やがて、笑い始めるなな。
なな「ははははは…」
  オルガは泣いている、がやがて、つられて、笑い始める。
二人「ははははは…」
なな「完璧だよ」
オルガ「どうどう、どうよ」
なな「すっごいいいね」
オルガ「本当に? 本当に?」
なな「すっごいうまいね、オルガちゃん」
オルガ「やっぱ、やっぱ?」
なな「いい! いい、すごくいい」
オルガ「騙せるかな、この演技で」
なな「騙せるよ、もう信じ込むね、絶対」
オルガ「あはははは」
なな「だって、あぎょうさん、さぎょうごで、パニくってる奴らなんだから、
目の前でこんなリアルに芝居したら、マジでビビるって」
オルガ「そうかな、なんか早くやってみたいな、その子の前で」
なな「今度の金曜の夜ね」
オルガ「行く行く、あ、早く金曜にならないかな」
なな「ねえ」
オルガ「ねえ」
なな「五百円も拾ったし」
オルガ「ななちゃん」
なな「なに?」
オルガ「もう、電気つけてよ」
なな「え?」
オルガ「もういいから電気つけてよ」
なな「え? なに? 電気は消してないよ」
オルガ「え? でも暗いよ」
なな「うそ」
オルガ「電気つけてくれないかな」
なな「オルガちゃん?」
オルガ「電気…暗いよ、ここ」
なな「(叫ぶ)オルガちゃぁぁん!」
  曲、カットインして、暗転。