第127話  『泣きな・・』
  暗転中に窪あつの号泣の声。
窪あつ「わあああぁぁぁ・・」
  明転。
  しゃがんで背中を向けて泣いている窪あつ、その側でなす術もなく立ちつくしている広田。
窪あつ「あああぁぁぁ・・」
広田「泣きな」
窪あつ「あああぁぁぁ・・」
広田「泣きな」
窪あつ「ああぁぁ・・」
広田「泣きな、あっちゃん」
窪あつ「ああぁぁぁ」
広田「泣きな、あっちゃん、気の済むまで」
窪あつ「ごめんね」
広田「謝らなくていい・・」
窪あつ「もうちょっと、もうちょっと泣かしてね・・すぐに、すぐに元気になるから」
広田「うん、うん・・」
窪あつ「元気になるからぁぁぁ・・」
  と、また泣き始める。
  その背中を撫でてやる広田。
広田「泣きな、あっちゃん、失恋したらね、泣くだけ、泣いて、忘れることだよ」
窪あつ「失恋じゃないよ」
広田「うん(そうだね)」
窪あつ「捨てられたんだよ」
広田「うん・・まあ、そう言えばそうなんだけどね」
窪あつ「どうせ、窪ちゃんなんか・・窪ちゃんなんか・・」
広田「泣きな」
窪あつ「あああぁぁぁ・・」
広田「あと、小一時間は、大丈夫だから・・」
窪あつ「あと小一時間・・」
広田「あと小一時間で出番だからね」
窪あつ「笑えないよ」
広田「笑えよ」
窪あつ「今は、無理だよ」
広田「うん、うん、そうだね、そうだよね、今は無理だよね、今は無理かもしれないけど、でももうちょっとしたら笑ってもらうからね、客前で」
窪あつ「うん・・わかってるぅぅぅ・・」
  と、全然、泣きやむ気配はない。
広田「泣きな、あっちゃん、気が済むまで泣きな」
窪あつ「ごめんねぇぇ・・・ごめんねぇぇ・・さくら」
広田「気にしないで、私のことはいいから・・考え方次第じゃない、これでさ、私もあっちゃんも同じ独り者同士。ね、なにももう失う物はないわけじゃない」
窪あつ「隆之くんん・・」
広田「その名前言っちゃダメ」
窪あつ「捨てられたぁぁ」
広田「それはそれだけの男だったんだよ」
窪あつ「やめて、隆之くんのことを悪く言うのはやめて・・」
広田「ごめん・・私もちょっと」
窪あつ「なに?」
広田「ごめん、あっちゃん、私もなんかちょっとつらくなってきた」
窪あつ「さくら・・」
広田「泣けてきた」
窪あつ「さくら、さくらだけは、ちゃんとしてて」
広田「あっちゃんはね、優しすぎるんだよ」
窪あつ「そんなことないよぉぉ」
広田「もっとさ、人間性を捨てなよ」
窪あつ「捨てらんないよ」
広田「人をそんなふうに真剣に愛すからさ」
窪あつ「うん」
広田「恋に破れて、泣くことになるんだよ」
窪あつ「真剣すぎるからかな」
広田「だと思うよ」
窪あつ「人を・・人を真剣に愛することはいけないこと?」
広田「ううん、いけなくない、そこがあっちゃんのいいとこ」
窪あつ「だよね、だよね、だよね・・この気持ちは嘘じゃないよね、間違ってないよね」
広田「でもね、落ち着いてね、もうすぐ本番なの、笑顔を見せなきゃなんないの。笑わせるの、ね、人前で・・例えね、親が死んでも、舞台に笑って立たなきゃなんないの」
窪あつ「親が死んでも泣かないよ、別に」
広田「あっちゃん・・(と、歌い出す)笑って、笑って・・笑ってキャンディ」
窪あつ「さくら、歌下手ぁぁ」
広田「元気づけてやってんじゃねえか」
窪あつ「『キャンディ・キャンディ』嫌い」
広田「じゃあ、なんだったらいいの?」
窪あつ「『ベルサイユのバラ』」
広田「(歌う)草むらに、名も知れず、咲いている花ならば」
窪あつ「あてつけだぁ」
広田「あんたのリクエストだろう?」
窪あつ「でも、そんなんじゃない『ベルサイユのバラ』は」
広田「あっちゃん」
窪あつ「なにぃ?」
広田「なに携帯、未練がましく持ってんのよ」
窪あつ「未練・・あるかも」
広田「あるかも、じゃないでしょう? もしかしたら、まだ、隆之君からの電話待ってたりするんじゃないんでしょうね」
窪あつ「心の底では」
広田「あっちゃん」
窪あつ「心のずっと奥の方」
広田「捨てな」
窪あつ「そんなこと、そんな簡単にはできないよ・・思い出が・・隆之君との思い出が詰まった携帯なんだよ、いっぱい話したよ、いっぱい笑ったよ、いっぱい写メ、撮ったよ。それがみんなみんなこの携帯の中に入ってるんだよ。思い出がぎっしり詰まってるんだよ」
広田「いつまで、そんな思い出にひたってるつもりなんだよ」
  と、窪あつから携帯を奪おうとする広田。
広田「貸しな、携帯。私に貸しな」
窪あつ「やだやだやだやだ・・」
広田「貸しな、貸しな、貸せってばよお」
窪あつ「やめて、さくら」
広田「貸せって」
窪あつ「だって、さくら、踏んづけて壊したりするつもりでしょう」
広田「そうでも、しないと、あっちゃん、あんたフッ切れないでしょう?」
窪あつ「踏んづけないで」
広田「貸しな、私が、粉々にしてやる」
窪あつ「私の思い出、粉々にしないで」
広田「じゃあ、どうすればいいんだよ」
窪あつ「美しい思い出が詰まってるの。だから、きちんと葬ってやりたいの・・」
広田「どうするの?(と、思いついた)燃やすか?」
窪あつ「燃やす?」
広田「ガソリン掛けて」
窪あつ「やめてぇ・・美しい思い出に、ガソリンかけないでぇ・・」
広田「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
窪あつ「もっと、ロマンチックなのがいい、ガソリンはロマンチックじゃない」
広田「乙女か!」
窪あつ「乙女だよ」
広田「うん、そうだよね、時々、忘れそうになるけど」
窪あつ「携帯と、ロマンチックな別れ・・」
広田「ごめん、乙女のロマンチックってのがわからない」
窪あつ「ロマンチックといえば海」
広田「海」
窪あつ「海に投げる」
広田「それはロマンチックだ」
窪あつ「さよならーって、叫んで」
広田「いいねえ」
窪あつ「大好きだったよーって、叫んで」
広田「携帯を海に」
窪あつ「沈んでいく、私の思い出、深い海の底で、永遠の眠りにつく」
広田「行くか、海!」
窪あつ「今から?」
  と、自分の携帯を開いてみる広田。
広田「私達に残された時間は・・四十分ってとこか」
窪あつ「四十分!」
広田「行こう、海へ」
窪あつ「海行って、戻って来て、それで」
広田「漫才!」
  と、さくら、手を挙げて、
さくら「タクシー!」
  ここから曲が入る。
さくら「私はすぐさま、目の前を通るタクシーを停めた」
  そして、そのタクシーに窪あつを押し込んで自分も乗り込む広田。
広田「運転手さんが私達に向かって、どちらまで、と聞く前にあっちゃんが叫ぶ」
窪あつ「海へ行ってちょうだい!」
広田「(運転手さんの口調で)海? 海ってどこの海ですか?」
窪あつ「海は海よ、波がざばーんってなってて、本当は日本海がいいんだけど、そこまで贅沢は言ってらんないから、東京湾で我慢する、東京湾に向かってちょうだい!」
広田「運転手さんはなんだかわからないけど、とにかく、あっちゃんのただならぬ気迫に、なにかを感じ、車のアクセルを思いっきり踏み込んで、クラクションを叩きまくって、急発進させた」
窪あつ「きききききききぃぃぃ!」
  と、二人、タクシーの後部座席でのやり取りになる。
窪あつ「(素に近い状態で)なにやるの、今日のネタ」
広田「ネタ? え? いつものネタじゃダメなの?」
窪あつ「デートネタ?」
広田「(気付いた)あ!」
窪あつ「男と女の話?」
広田「ああ!」
窪あつ「あのバカップルネタ?」
広田「いや、やめよう、あれはやめよう。他のにしよう」
窪あつ「他のって、なに?」
広田「え? ええ・・ないな・・最近・・男女ネタばっかだったな」
窪あつ「男と女の話・・できない、今の私には」
広田「じゃあ、新ネタ考えよう」
窪あつ「今から?」
広田「そうだよ、今からだよ。だって、今までのネタ、どうせなんだかんだ言って使えないんだったら、しょうがないじゃない、新ネタ作らないと・・」
窪あつ「そうだね」
広田「新しい出発のために、新しい漫才のネタだよ」
窪あつ「うん、うん・・ありがとう、ありがとうね、さくら」
広田「ネタ考えようよ、ネタ」
窪あつ「ネタ、ネタね」
広田「ネタだよ、ネタ」
窪あつ「ネタね、ネタ」
広田「ネタ考えようよ」
窪あつ「ネタね、ネタ」
広田「ネタネタ、言っててもネタはできねえんだよ」
窪あつ「なんにしようか」
広田「なにでいく? 男と女とか、恋愛とか、そういう言葉がいっさい入っていないやつね」
窪あつ「そうそう、それで頼むよ」
  このやり取りの間に適当にクラクションとか入ってくるとだいぶ印象とか違うのではないかと思うんだけど。
広田「じゃあ、全然関係のないネタやるしかないね、男と女のネタじゃなくてね」
窪あつ「そうね、そうね、そうしてくれると助かるよ」
広田「はい、始まりました」
窪あつ「はい、どうも、あつこと」
広田「さくらでーす」
窪あつ「青い空にぽっかり浮かんでますね、白い雲が」
広田「白い雲、白い雲が浮かんでる」
窪あつ「なんに見える?」
広田「ベタな導入だなこれまた」
窪あつ「クリームパン(と、別の雲を指さして)あれは、カニパン?」
広田「(別の雲を指さして)あれは?」
窪あつ「ロールパン」
広田「パン、好きだなあ」
窪あつ「パンよりも白い御飯が好きな人だった」
広田「そうやって、戻るから・・」
窪あつ「ダメだ・・」
広田「なんのために今、海に向かっていると思ってるの? 忘れるためでしょ? フッ切るためでしょ? なに思い出してんの? ここらへんに見えるよ!」
窪あつ「海で捨てよう、全部捨てよう、あっさりと、なにもかも海で忘れて立ち直ろう・・私は波打ち際のマーメイド」
広田「トドだろう?」
窪あつ「どうして優しくしてくれないの?」
広田「ツッコミだよ、今のは」
窪あつ「そうだよね・・」
広田「ネタ作るんでしょ、ネタを」
窪あつ「そうだね、じゃあ、マーメイドからスタートしていい?」
広田「いいよ」
窪あつ「トド却下していい? なんかよくわかんないけど、傷ついた」
広田「わかったよ、トド却下でいいよ、はい、トド却下ね」
窪あつ「マーメイドで」
広田「わかったよ、マーメイドね」
窪あつ「マーメイドはやっぱり貝のビキニだよね」
広田「まあね」
窪あつ「貝のビキニが、ハラリと落ちて」
広田「そこに黒真珠」
窪あつ「黒くない!」
広田「ツッコミだよ。あっちゃん」
窪あつ「黒い方がおもしろいよね、そこはね、やっぱり黒い方がおもしろいよね」
広田「なにに抵抗しているの、あっちゃんは?」
窪あつ「でも、せめてコーヒー豆くらいに・・」
広田「貝からコーヒー豆は出ないだろう」
窪あつ「コーヒーの好きな人だった」
広田「そこかよ。戻っちゃダメだよ、あっちゃん」
窪あつ「ああ、パンから離れよう」
広田「パンからは離れてるよ。他にもっと離れるところがあるでしょう?」
窪あつ「なんだっけ? 貝だっけ?」
広田「貝? 間違っていたのは、貝? ちがう、ちがうよね、っていうか運転手さん、さっきっからずっと車、動かないんですけど、どうしたんですか? え? ええっ? 渋滞に巻き込まれた?(と、携帯を開いてみる)ああ、もうこんな時間だ。運転手さん時間がないんです。急いで・・急いで海に行かなきゃなんないんです」
窪あつ「貝がぽろりと落ちたのがいけなかったのかな」
広田「ちょっと、あっちゃん、しっかりしてよ、運転手さん、もうダメですか、ダメですか、ダメですよね・・わかりました、ここでいいです、あっちゃん、降りるよ」
窪あつ「降りるのね」
広田「運転手さん、おつりはいらねーです」
  と、タクシーを降りた二人。
窪あつ「あ、こんなところに自転車が」
広田「運がいいねえ、あっちゃんは」
窪あつ「しかも二人乗りだ」
広田「え? 二人乗りの自転車なの?」
窪あつ「サドル二つ、これ、乗るの夢だったの」
広田「とんだところで夢が叶ったね」
窪あつ「私、前がいい」
広田「じゃあ、私が後ろ?」
窪あつ「あ、ごめん、やっぱ後ろがいい」
広田「私、前かよ、いいよ、こんなところで争ってる場合じゃないんだよ・・海に向かうよ、海。よーし」
  と、前に乗った広田、自転車をこぎ始める。
  窪あつ、その自転車にまたがったまま、
窪あつ「だって後ろの人は漕いでるフリしてるだけでいいからね」
広田「なんか・・この自転車、すごく重い」
窪あつ「楽ちん、楽ちん」
広田「あ! あっちゃん!」
窪あつ「なに?」
  と、前方を見た。
広田「前に、ほら、羊の群れが」
窪あつ「羊の群れ?」
広田「なんで、こんなところを羊がこんなにも大勢、横断しているの?」
窪あつ「あ(と、指さし)あの羊飼いの言うことをみんなきちんと聞いているよ」
広田「あっちゃんダメだよ、羊の群れだよ」
窪あつ「あっちの草、みんな食べちゃったから、こっちの草を食べに移動しているんだな」
広田「メエェ、メエェ・」
窪あつ「ヤギかわいいけど、困る!」
広田「羊だって言ってんだろう!」
窪あつ「ヤギかわいい! さくら、一頭捕まえたよ、ヤギ、メエェ、メエェ・・」
広田「あっちゃん、なに捕まえてんの」
窪あつ「ああ、行っちゃった・・あいつの方が強かった・・メエェ、メエェ・・」
広田「いいから行くよ」
窪あつ「あ、自転車がない!」
広田「なんで?」
窪あつ「さっきのヤギに盗まれたんだ・・」
広田「ここにサドルが二つ」
窪あつ「サドルだけ置いていきやがったか・・ちっくしょう! ヤギめ!」
広田「羊だって、じゃなくて、いいから、そんなことは・・とにかく、とにかく海へ急ごう、走るよ、あっちゃん!」
  と、走り始める。
広田「私達は走り続ける。髪を振り乱し、一心不乱に、海へと向かって、国道をひた走る」
  と、窪あつの歩みがいきなり遅くなっていく。
窪あつ「ダメ・・ダメ・・もうダメ・・さくら、私をここへ置いて先に行って、私はそれで構わないから」
広田「構わないって、構うよ、こっちは、私が海行ってどうするんだよ、海に行かなきゃなんないのは、あっちゃんの方でしょうが!」
窪あつ「でも、普段の不摂生がたたって、もう走れない・・」
広田「あっちゃん!」
窪あつ「肩車して」
広田「肩車?」
窪あつ「肩車」
広田「普通、おんぶして、とかじゃないの? なに、肩車って」
窪あつ「肩車がいい」
広田「肩車? わかったよ、はいはい」
  と、本当に肩車をしてやる。
窪あつ「さくら・・」
広田「なに?」
窪あつ「優しいぃぃ」
広田「今に始まったこっちゃないよ」
  そして、持ち上げた。
窪あつ「あ!」
広田「なに、あっちゃん?」
窪あつ「港がそこに」
広田「本当に?」
窪あつ「港だ!」
広田「もう海なの?」
  と、広田、窪あつを下ろした。
窪あつ「でも、港なの?」
広田「海なんでしょ?」
窪あつ「港じゃなくて、白い砂浜のイメージじゃなきゃダメなの」
広田「そんなわけないだろ!」
窪あつ「港やだ!」
広田「海は海だろ!」
窪あつ「ちょっと、ごめん・・」
  と、窪あつ、携帯を開いて、ある番号を表示させ、押した。
広田「あっちゃん、どこに電話してんの」
窪あつ「決まってるじゃない」
広田「どうすんの、それで・・」
窪あつ「もしもし・・あ、留守電になった・・三十秒以内でお話し下さいだって・・(そして、電話に向かって)隆之君! あつこです。これが、これがあなたに掛ける本当に最後の電話です。最後の最後に聞いて欲しかった。この音を、私とあなたが楽しく過ごした時間が刻まれたこの携帯が、海の底に沈んでいく音を・・」
  と、海に向かって手にした携帯を投げる窪あつ。
広田「あっちゃんの手から、投げられた携帯が波間に消える、ちっちゃなちっちゃな水の音がする」
窪あつ「ちゃっぽぉぉぉん」
広田「そして、彼の留守電に、ゆっくりと沈んでいく音が録音されていく」
窪あつ「ごぼごぼごぼごぼ・・」
広田「完全防水のあっちゃんの携帯が沈んでいく」
窪あつ「ごぼごぼごぼ・・」
広田「沈んでいく、沈んでいく、どこまでもどこまでも沈んでいく・・」
窪あつ「ごぼごぼごぼ・・」
広田「あっちゃんを捨てた彼に届け・・東京湾の底の音」
窪あつ「ごぼごぼごぼごぼ・・」」
広田「あっちゃんの胸の底の音を」
間。
窪あつ「・・なんか良い話になっちゃったね」
広田「だって・・良い話だもん」
窪あつ「漫才になんないじゃん」
広田「漫才にすればいいんでしょう」
窪あつ「まだ、やるかね」
広田「ネタだよ、ネタ」
窪あつ「ネタだよね、ネタ」
広田「ネタ作らないと」
窪あつ「ネタだよ、ネタ」
広田「ネタ、ネタ言っててもネタはできないんだってば!」
窪あつ「って、言ってたら、向こうの方から、メエェ・・メエェ・・」
広田「ええ? って振り返ってみて、びっくり仰天」
窪あつ「さっきの群れが、今度はこっちに向かって大挙して押し寄せてくる」
広田「メエェ、メエェ・・」
窪あつ「草を全部食べちゃったのかい?」
広田「そんなこと心配している場合じゃないだろう?」
窪あつ「ユキちゃんがいっぱい!」
広田「(羊が押し寄せてくる音)どどどどどど・・」
窪あつ「うわ、うわ、うわ・・」
広田「どどどど・・」
窪あつ「うわ、うわ、うわ・・」
広田「どどどどど・・・」
と、港の海の方へと追いやられていく。
広田「うわ、うわ、うわぁ・・」
窪あつ「羊たち、こっちに草むらはないよ!」
広田「聞いたことある」
窪あつ「なにが?」
広田「数が増えすぎると、集団で海に飛び込むんだよ」
窪あつ「それはネズミじゃないの?」
広田「ダメ、こっち来ちゃダメ、よーし、あっちやん、いくよ」
窪あつ「いくよ、ってなに?」
そして、広田が窪あつにローリングクレイドルを掛けて舞台上をゴロゴロと転がっていく・・
広田「どけどけどけ、羊達よ、あっちゃんとさくらのお通りだあ・・」
  ゴロゴロ転がっていく広田。
窪あつ「(回されながらも)ヤギ好きなのにぃ・・」
広田「どけどけどけどけ・・」
  そして、羊の群れを掃き散らしていく。
窪あつ「けっこう苦しい・・生まれて初めての経験・・」
そして、ローリングクレイドルが終わる。
広田「あっちゃん、たまには役に立つじゃない!」
窪あつ「ふらふらするよ」
広田「ローリングクレイドルだからね」
窪あつ「前がどこかわかんないよ」
広田「ローリングクレイドル」
窪あつ「ゴロゴロ転がされたこっちの身になれ」
広田「急ごう、あっちゃん、お笑いのライブが始まっちゃうよ」
  と、あらぬ方へと進もうとしている窪あつの手を引いて、駆けて行くさくら、に、ついて行く窪あつ。
窪あつ「あーれーっ~」
  そして、舞台上の二人となる。
窪あつ「ども、あつことさくらのあつこです」
広田「さくらです」
窪あつ「ここに来るまでに、まあ、そんなことがあったわけですよ」
広田「本当ですよ、本当に私ね、あっちゃんをローリングクレイドルしたんですからね」
窪あつ「回る回る、地球は回るですよ」
広田「みなさん、本当なんですよ」
窪あつ「地球って回ってるんですよ、知ってましたか? それを説明するにはここにヤギをつれて来なきゃなんないんですよ、捕まえて連れてきましょうか?」
広田「(漫才の締めの)もういいよ!」
窪あつ・広田「どうもありがとうございましたぁ」
  と、言って深々と客席に向かって頭を下げる二人。
  そして、ゆっくりと頭を上げる。
窪あつ「出来たね、ネタは」
広田「うん・・」
  広田、いきなり元気がない。
  そして、反対に窪あつは、今までの泣きが嘘のように晴れ晴れとしている。
窪あつ「羊、いいね、羊」
広田「うん、誰もあそこで羊の群れに遭遇するとは思わないからね・・(全然、おもしろそうでなく)おもしろいよね、羊の群れとか出て来た方が・・」
窪あつ「・・もっとさ」
広田「うん」
窪あつ「最後、もっともっと振り回してもいいよ、私、耐えるから」
広田「うん」
窪あつ「もっとこうさあ、ブンブン振り回す方がさ、なんかフッ切れるじゃない」
広田「うん、そうだね」
窪あつ「さくら・・」
広田「大丈夫、大丈夫だって」
窪あつ「このネタ、やめようか?」
広田「いや、やる」
窪あつ「なんか、もっと別のさ、ネタやろうよ」
広田「いや、これやる、これをやらないと・・私がね(と、泣きそうになるのをこらえながら)私がね、立ち直ることができないと思うんだよね、だってさ、私、芸人じゃない。お笑いやってるじゃない、そんな女はさあ、男に捨てられたらさ、悲しむんじゃなくてさ、ネタにしないといけないんだよ、ああ、いいネタ見つけたって思わないと・・」
窪あつ「つらくないの、このネタ」
広田「つらい」
窪あつ「さくらぁ」
広田「(フッ切るように)隆之はさあ」
窪あつ「うん」
広田「隆之はさあ、私から去って行ったんじゃなくて、星になったんだよね・・漫才というネタに、私達の宝石、漫才のネタになったんだよね」
窪あつ「うん、うん、そうね、そうね、そだよね・・前向きに行こうね、前を向いて、上を向いて生きて行こうね」
広田「だから、良かったって思わないとね」
窪あつ「そうだよ、良かったじゃない、良いネタが出来て・・」
広田「いいよね、おもしろいよね、羊達の群れ」
窪あつ「ヤギ、かわいい・・」
広田「(冷静に)ヤギじゃないってば」
窪あつ「うん、ボケだって、今、ボケたんだって」
広田「うん」
窪あつ「突っ込んでいいよ、さくら、いつもみたいにさ、突っ込んでよ、『そんなわけないだろう』って、ほら、いつものさくらのツッコミどころじゃないかよ」
広田「・・そんなわけないだろう」
窪あつ「ヤギかわいい」
広田「羊だってば、見りゃわかるだろう、ヤギって、そんなわけないだろう」
窪あつ「そうそう、さくらの、そんなわけないだろう!」
広田「そんなわけないだろう!」
窪あつ「さくらは振られたのか?」
広田「そんなわけないだろう」
窪あつ「さくらは心を痛めているか?」
広田「そんなわけないだろう」
窪あつ「さくらはまだ、彼のことが好きかよ」
広田「そんなわけ・・」
窪あつ「さくらはまだ、彼のことを愛しているのか?」
広田「そんなわけ・・そんなわけ・・ないだろうがぁ」
と、言いながらも泣き始める。
広田「わあぁぁぁ・・・そんなわけないだろうがぁ・・そんなわけないだろうがぁ・・そんなわけないだろうがぁ・・・」
広田、そうやってずっとつぶやきながら、泣き続けている。
やがて、窪あつ、
窪あつ「泣きな・・・さくら」
広田「わあぁぁぁぁ・・」
  と、しゃがみ込んで号泣するさくらを慰める窪あつ。
窪あつ「泣きな、さくら・・」
  ゆっくりと暗転していく。
窪あつ「泣いていいよ、さくら・・今は・・泣きな、さくら・・」
  暗転。