第124話 『天使喫茶』
  喫茶店の前、パイプ椅子が並べられていて、そこに座って入店の順番を待っている拓弥と宇佐美。
  その側には『天使喫茶へようこそ』と書かれた、萌えキャラと簡単なメニューが書かれている黒板、もしくは黒いホワイトボードが立てかけてある。
  なにげに、その黒いホワイトボードに目をやっていた拓弥。
  やがて。
拓弥「天使喫茶っていうのはまた絶妙なところを突いてきたもんだよね」
宇佐美「天使・・喫茶」
拓弥「メイド喫茶じゃ飽き足らなくて、ついに天使喫茶か」
宇佐美「メイド喫茶がね、もうほら、あんまりにもタケノコみたいに生えて来ちゃったからね」
拓弥「本当にね、増えたよね、メイド喫茶」
宇佐美「もう本当にタケノコみたいに・・」
拓弥「うん・・あの、正しくは雨後のタケノコみたいに生えて来た、だろ? タケノコみたいに生えて来る、って言ったら、なんでもそうだよ、カボチャだって生えて来るし、ワラビだって生えて来るだろうが」
宇佐美「嫌なとこ細かいね」
拓弥「日本語の乱れです」
宇佐美「美は乱調にあり」
拓弥「タケノコは美の乱調か」
宇佐美「いいんじゃない、タケノコが乱れて生える・・美しいねえ」
  拓弥、付き合いきれなくなって、また黒いホワイトボードを見る。
拓弥「天使喫茶・・」
宇佐美「何すんだろうね」
拓弥「どういう需要があるの?」
宇佐美「ねえ」
拓弥「何するの、天使喫茶って」
宇佐美「ねえ」
拓弥「ねえ、って人を誘っておいて」
宇佐美「背中に羽根が生えてるらしいよ」
拓弥「天使だからね」
宇佐美「で、もって(頭のここんとこに)輪っか」
拓弥「輪っか」
宇佐美「が、あったりなかったり」
拓弥「頭に輪っか・・天使だからね・・で、何してくれんの、その天使は」
宇佐美「出迎えてくれるんだって、天使さんが・・」
拓弥「お疲れ様でしたって・・」
宇佐美「そうそう、そういうこと」
拓弥「(もう笑うしかなくて)お疲れ様って・・」
宇佐美「お疲れ様って」
拓弥「何にお疲れ様って言ってくれるの、その天使達は」
宇佐美「お疲れ様はお疲れ様だよ」
拓弥「人生に?」
宇佐美「そう、そうね」
拓弥「人生にお疲れさまって、天使が出迎えてくれるの?」
宇佐美「そう、天使が迎えてくれる喫茶店、で『ヘブン』」
拓弥「『ヘブン』・・天国」
宇佐美「のようなところ」
拓弥「天国かあ」
宇佐美「で、大繁盛」
拓弥「誰が来るんだよ・・って、大繁盛なんだよね」
宇佐美「そう」」
拓弥「どういう客層なの?」
宇佐美「え? 金払って天国に来る奴ら?」
拓弥「そう」
宇佐美「どうだろう?」
拓弥「興味深いよね・・ああ、もう死にてえとか言うじゃない」
宇佐美「うん・・言うね」
拓弥「そういう時に来るんじゃないの?」
宇佐美「死にに?」
拓弥「天国に」
宇佐美「御主人様ぁ・・って言うんじゃダメなんだね」
拓弥「もうそういうのじゃ癒されないんだ」
宇佐美「どこまで癒されたいんだろうね人は・・天使さんは笑顔でなんでも聞いてくれるし、肯定してくれるんだって・・」
拓弥「へえ・・」
宇佐美「天使だからね・・愚痴をこぼすとかじゃなくて、ほとんど懺悔みたいな事をしにくる奴もいるらしいよ」
拓弥「懺悔か・・」
宇佐美「いっそ、自分から自分の罪を誰かに告白した方がてっとり早く楽になれるんだって」
拓弥「ああ・・そういうもんかもね」
宇佐美「だから・・天使に懺悔が大流行(おおはやり)」
拓弥「なんで、そんなに大繁盛している店の割引券なんか手に入れる事が出来たの? 宇佐美君は」
宇佐美「前にね・・うちの葬儀屋でバイトしていた女の子が、今度、ここでバイト始めてさ・・それで、くれたんだけどね」
拓弥「バイトの子・・」
宇佐美「(と、店の方を示し)今、天使やってる」
拓弥「変わってるね」
宇佐美「そう・・変わり者なんだけどね」
拓弥「天使は・・バイトがやってるんだ」
宇佐美「そう、ねえ」
拓弥「天使のバイトか」
宇佐美「メイド喫茶のメイドだってバイトだったんだから、天使喫茶の天使もバイトでしょう」
拓弥「バイトの子と仲良いんだ」
宇佐美「みんながみんなってわけじゃないけどね・・なんか、気が合っちゃってね・・」
拓弥「へえ・・珍しいね、宇佐美君と気が合うってのも・・」
宇佐美「なんかね・・」
  と、宇佐美、携帯を取り出して開いた。
宇佐美「今、待ち受けにしてるんだけどね」
拓弥「え、どれどれ」
  それを覗き込む拓弥。
宇佐美「これが、その彼女」
拓弥「へえ・・っていうか後ろ姿じゃん」
宇佐美「羽根、見てよ、背中の天使の羽根」
拓弥「あ、本当、天使の羽根だ・・」
  天使の羽根、かなり立派な物らしい。
拓弥「(と、自分の腰の方まで示して)このあたりまであるんだ、立派な羽根じゃん!」
宇佐美「これ、しょってるんだよ、天使喫茶の天使さん達は」
拓弥「へえ・・白い羽根・・ではないんだ」
宇佐美「汚れてるからね」
拓弥「なんで? なんで天使の羽根が汚れているの?」
宇佐美「なんでだと思う?」
拓弥「えっとねえ(と、真剣に考え始める)えっと・・はい」
  と、手を挙げてみせたりする。
宇佐美「はい」
拓弥「ちょっと待ってね、考えるから」
宇佐美「わかってから手を挙げろよ」
拓弥「え? 待って、待ってよ・・天使喫茶があります、そこで働いている天使さんがいます。その天使さんの羽根が汚れています・・」
宇佐美「そうです」
拓弥「どうしてでしょうか?」
宇佐美「どうしてでしょうか?」
拓弥「はい」
  と、再び手を挙げる拓弥。
拓弥「はい」
宇佐美「わかってから手を挙げろよ」
拓弥「はい」
宇佐美「じゃあ、はい、拓ちゃん」
拓弥「はい・・答えは、この天使さんが、ただの天使さんではなく、堕天使さんだから」
宇佐美「ん・・・」
拓弥「どうでしょうか? 堕天使の羽根は汚れている・・」
宇佐美「ん・・・あってる」
拓弥「でしょ!」
宇佐美「そうなんだよ、彼女は天使は天使でも、堕天使さんなの」
拓弥「ほらね・・」
宇佐美「答えはそう、でも、じゃあ、なんで彼女は堕天使となったのか? っていうのが問題なんだよね」
拓弥「え? それは、あれじゃないの? なに? そういうパートがあるんじゃないの? じゃあ、私は堕天使やります・・とか。仮面ライダーの戦闘員に赤いのと黒いのがいるようにさ」
宇佐美「ちがう、ちがうね、そこがわかってないと、答えだけあっててもダメなの」
拓弥「ダメ? ダメってなんだよ、ダメってのは」
宇佐美「拓ちゃんはさあ」
拓弥「うん」
宇佐美「道の端に天使の羽根が落ちてたら、拾う人?」
拓弥「え?」
宇佐美「だから、道ばたにぃ、天使の羽根がぁ、落ちてたら、拾う人?」
拓弥「わからん」
宇佐美「わからんじゃ、わからんよ。拾うのか、拾わないのか?」
拓弥「いや、拾う、拾わないの前にさ、その前提がわかんない、え? なに? 道端に天使の羽根が落ちてたら?」
宇佐美「拾わなさそう・・」
拓弥「いや、その状況がよくわかんない。今まで見たことないし、落ちてるところも、それを拾っている人も見たことがない。だいたいなんで落とすの天使の羽根を」
宇佐美「バイト中、ずっとしょってるわけじゃない、この羽根を背中に」
拓弥「うん、それはわかった」
宇佐美「でね、けっこうちゃんと作ってあるから、なんていうの? 毛繕いっていうか」
拓弥「羽根繕い」
宇佐美「そう、それをね、しなきゃなんなくなって・・それでね、家に持って帰る途中に落としちゃったんだって」
拓弥「落とす? 羽根を、こんなでかいのに?」
宇佐美「家に着いてみたら、なかったんだって」
拓弥「落とすか、天使の羽根を」
宇佐美「土砂降りの雨の日で、傘もあったし、他に荷物もいっぱい持ってて、それで羽根がね、信号待ちしている間に、ころんって、落ちたのを知らずに家に帰ったわけだよ」
拓弥「ああ、そう・・」
宇佐美「でね、うちに帰ってみて、びっくりだ。ヤベ! って叫んで泣きながら探しに行ったんだって、その土砂降りの雨の中」
拓弥「落とすかな・・そんな大事な羽根」
宇佐美「でね、最後に羽根を確認したのが、駅の改札のとこだったとかで、そこから家までの道を何度も何度も行ったり来たりして探してみたんだけど、見当たらないわけだ」
拓弥「誰かが・・持ってった? 持ってく? 落ちてる天使の羽根を」
宇佐美「拓ちゃんだったら、どうする?」
拓弥「見過ごす」
宇佐美「だよね」
拓弥「土砂降りの雨の中でしょ、見て見ぬふりする」
宇佐美「でもね、それでさ、泣きながら歩いていたら、向こうの方に、自分の天使の羽根を片手にぶら下げて立ってる男がいたんだって」
拓弥「あ、絵が浮かぶ、絵が・・それはいい話だわ」
宇佐美「雨に打たれて、泥水につかって、どす黒くなっている天使の羽根を拾って、ぶら下げて立ってたんだって。それで、彼女がね、その男に、その羽根は私の羽根です、って言って・・それがきっかけで、その男と付き合うようになったんだよ」
拓弥「あ、そう・・へえ・・なんか普通にいい話だよね」
宇佐美「でしょ」
拓弥「え・・でも、それが・・なんで堕天使になるの?」
宇佐美「その一件をね、お店で全部、カミングアウトしたんだって」
拓弥「え?」
宇佐美「カレシがいますって」
拓弥「天使が?」
宇佐美「カレシいますって」
拓弥「(と、店の方を示し)天国で?」
宇佐美「そう・・」
拓弥「それはいいの? だって、みんな、あれなんでしょ、ここで癒されたいわけでしょ」
宇佐美「そだね」
拓弥「懺悔したいんじゃないの?」
宇佐美「まあ、基本、懺悔だね」
拓弥「それは、だからあれなんじゃない? もしもね、仮に実生活でね、いわゆる彼女がいる男だったらね、その彼女にすがってさ、いろいろ告白してさ、懺悔してさ、そうやってなんとなく生きていくわけじゃない」
宇佐美「そだね」
拓弥「でも、いないから、こういう所に来るわけでしょ」
宇佐美「たぶんね」
拓弥「癒されに来てみたら、天使さんはカレシがいる、と、カミングアウトして・・」
宇佐美「そだね」
拓弥「癒されない、そんな喫茶では全然癒されない」
宇佐美「だから、この天使喫茶の中では、彼女は堕天使って呼ばれてるんだって」
拓弥「堕天使・・」
宇佐美「あり得ねーよね」
拓弥「堕天使のいる『ヘブン』・・天国」
宇佐美「だって、それってさあ、メイド喫茶に行って、メイドさんが出迎えてくれるじゃない『おかえりなさいませ』とか言って、でも、その彼女には実生活でちゃんとしたご主人様がいるって事と同じわけじゃない」
拓弥「ん、ん、まあ、そうねえ」
宇佐美「ねえ・・」
拓弥「あり得ねーな」
宇佐美「俺もね、それを聞いた時、やっぱりあり得ねーって、思ったし、その彼女が、ななちゃんもね、こりゃもうダメだろう、って思ったらしいんだ。でも、あり得ねーけど、成立してるんだって」
拓弥「なにそれ?」
宇佐美「まあねえ、世の中、あるからね、あり得ねーけど、でも成立している事ってさ」
拓弥「まあ、あるけどね」
宇佐美「あるよね・・いっぱい」
拓弥「堕天使はどうしてんの? お店で」
宇佐美「働いているよ、普通に」
拓弥「お客さんは、どういう反応するの?」
宇佐美「彼女はね、堕天使だからいいんだって」
拓弥「うん、だから、その堕天使ってのは天国でどういう扱いを受けているわけ?」
宇佐美「愛されている」
拓弥「愛されてる?」
宇佐美「カレシとうまくいってる? とか、聞かれたりするんだって」
拓弥「へえ・・お客さんも、えらい大人なんだね」
宇佐美「カレシとうまくいっている堕天使を見るのが趣味っていうお客さんがいるんだって」
拓弥「ねじれてる」
宇佐美「そう、何重にもねじれてる」
拓弥「それは・・癒されるの?」
宇佐美「それはそれで癒されるんだって」
拓弥「ねじれてる」
宇佐美「ねじれた天国に・・堕天使が一人」
拓弥「翼の汚れた、カレシのいる」
宇佐美「堕天使・・」
拓弥「さて、なんの話をしましょうかね、その堕天使ちゃんと・・」
宇佐美「堕天使ちゃんって」
拓弥「堕天使ちゃんでしょ・・」
宇佐美「堕天使ちゃんだけど・・」
  暗転