第123話  『葬儀屋のバイト』
  明転すると宇佐美葬儀社応接室。
  応接テーブルを挟んで高校三年の制服姿の荒木なな。
  宇佐美が直々に面接している。
机の上には、ななの履歴書。
それにしばらく視線を落としている宇佐美に対して、
なな「・・・・・人間はあれですかね」
宇佐美「ん?」
なな「死んだらどうなるんですかね」
宇佐美「ねえ・・・」
なな「そういうの、よく御存知なんじゃないんですか?」
宇佐美「よく聞かれる質問ではあるんだけどね」
なな「どうなるんですか?」
宇佐美「それが知りたくて、バイトに応募してきたの? 高校生が?」
なな「そういう訳でもないんですけど」
宇佐美「じゃあ、どういう訳なの?」
なな「時給かな、決め手は」
宇佐美「時給はね」
なな「破格ですよね」
宇佐美「まあ、仕事が仕事だからね」
なな「でも、あれだけの時給もらえるなら、なんだってやりますけどね」
宇佐美「そう、
宇佐美「聖華女子高・・・は、バイトオッケーなの?」
なな「ええ・・」
宇佐美「あ、そうなの」
なな「バレなければ」
宇佐美「それは、どうなの?」
なな「バラさないでしょう?」
宇佐美「どうしてそう思うの?」
なな「葬式屋さんって信用が第一だと思うからです」
宇佐美「それはそうね」
なな「今まで高校生のバイトっていなかったんですか?」
宇佐美「ん・・・いなかった、かな」
なな「よろしくお願いします」
宇佐美「しょっちゅう仕事あるわけでもないからね」
なな「わかってます」
宇佐美「学校は?」
なな「あんま行ってないんで」
宇佐美「それはどうなの?」
なな「勉強は必ずしも学校だけでしかできないものじゃありませんから」
宇佐美「うん、うん、そうね、それはそうね」
なな「もっと大事な事ってあるじゃないですか」
宇佐美「ひょっとして、その一つが」
なな「人間・・死んだらどうなるかって事とかね。学校じゃ教えてはくれませんから」
宇佐美「そうだよね」
なな「毎日、死んだ人、見るんですよね。そして、死んだ人に対しての反応を、周りの人々の涙をいろいろ見てきているわけでしょう?」
宇佐美「それはそうだよ、何度も言うようだけど、そういう仕事だからね」
なな「やりがいはありますか?」
宇佐美「オヤジの代から続いている仕事だからね」
なな「なんで後を継いだんですか?」
宇佐美「これ以上、人の役に立つ仕事に巡り会わないから」
なな「人は、死んだらどうなると思いますか?」
宇佐美「永遠の眠りにつくんだよ、そして、天国に行く」
なな「そんなの、信じませんよ。真面目に聞いているのに」
宇佐美「真面目に答えているんだけどね」
なな「大人の答えじゃありませんよ」
宇佐美「じゃあ、なんだったら信じるの?」
なな「自分がこの目で見たものです」
  間。
宇佐美「冒険だね、君をバイトとして採用するってことは」
なな「私、嘘とかつけないんですよ」
宇佐美「わかるよ、興味があるのはわかった、それでそれがおもしろ半分ではない事もわかった」
なな「いかがでしょう、私」
宇佐美「仕事中、絶対笑わないって、できる自信ある?」
なな「マクドナルドのバイトで接客にスマイルを強制されるじゃないですか」
宇佐美「ああ、営業スマイルね」
なな「あの逆なだけでしょう?」
宇佐美「それはそうだけど」
なな「おかしくもないのに笑えるんだったら、おかしくもないのに、笑わないでいる事だってできますよ。そもそも、おかしくはないんだから」
宇佐美「でも、怖くないの? 死者とずっと寄り添っているんだよ」
なな「死ぬって怖いんですか?」
宇佐美「普通の人はね」
なな「普通の人はなんで怖いんでしょうかね?」
宇佐美「あんまり直面しないからね」
なな「採用ですよね、私」
宇佐美「葬儀に参列したことってあるの?」
なな「ありますよ、もちろん」
宇佐美「いつ頃の話?」
なな「最近」
宇佐美「最近? 誰か亡くなったの?」
なな「はい」
宇佐美「近しい人?」
なな「親友・・ですね」
宇佐美「親友・・」
なな「ええ・・」
宇佐美「いつ?」
なな「三週間・・」
宇佐美「三週間・・意外とすごい最近なんだね」
なな「ええ・・意外と」
宇佐美「それは・・それは(と、軽く頭を下げながら)ご愁傷様でした」
なな「ああ・・どうも」
宇佐美「親友が・・亡くなって」
なな「でも、なんか、全然実感がわかないんですよ」
宇佐美「うん・・よくあることだよ」
なな「こういうのって、あとあとから、来るんですかね」
宇佐美「うん、そういうこともよく聞くけどね」
なな「なんか、全然実感がわかないんですよ。まだ」
宇佐美「ああ・・それで葬儀に」
なな「出ました・・もちろん」
宇佐美「それで・・」
なな「眠っているみたいでしたね、ちょっと顔色悪いなあ、って思ったりしました」
宇佐美「まあ、顔色が悪いっていうか、白っぽいのはねえ・・亡くなっているわけだから」
なな「そうなんですよね、それはわかってるんですけど」
宇佐美「寝ている・・っていう印象しかなかったんだ」
なな「死んだように眠ってた」
宇佐美「ああ・・」
なな「涙が出なかったんですよ、みんなみたいに」
宇佐美「ああ・・」
なな「なんでみんな泣いてんだろうって・・不思議な感じでしたね。なんか悲しいことでもあったのかなあ、なんてことまで思ったりして」
宇佐美「状況を受け入れられなかった」
なな「んでしょうかね」
宇佐美「受け入れるまで時間がかかることだったりするからね」
なな「それで、その死んじゃった友達と一緒に『葬儀屋さんでバイトっていうのもいいよね』って言ってたんですよ」
宇佐美「二人で」
なな「いいかもね、って言ってた矢先のことでした」
宇佐美「それが三週間前のこと・・」
なな「そうです・・元々、その彼女が見つけてきたバイトなんです・・こんなのあるよって、やってみようよって、だから・・こういうの、故人の遺志っていうんですかね」
宇佐美「うーん、そうなのかなあ・・・」
なな「二人でバイトしようって言ってたのに・・残念です」
宇佐美「もしかして、その亡くなった彼女も」
なな「ええ・・二人で言ってたんです」
宇佐美「人は死んだら・・」
なな「どうなるんだろう、って」
宇佐美「なるほどね・・」
なな「なんて話をね、していて・・もっとしたかったのに・・」
宇佐美「先に逝っちゃったわけだ・・」
なな「私を置いて」
宇佐美「逝った」
なな「逝った・・って、どこへ?」
宇佐美「天国・・じゃないの?」
なな「そんなものが本当にあると思いますか?」
宇佐美「・・うん、わかんないけどね」
なな「葬儀屋さんでもわからない」
宇佐美「葬儀屋さんだからわかるって問題じゃないでしょう」
なな「数多く接しているのに?」
宇佐美「数の問題ではない」
なな「だとしたら、なんの問題? どこへ行っちゃったのかなあ・・でも、その実感もないから・・それで・・採用ですよね私」
  宇佐美、無言・・
やがて頷いた。
喜んでいるななの顔。
  曲、入ってくる。
  そして、溶暗する。
  薄暗いブルーの明かりの中、一度、上手にはける宇佐美。
  ちょっと、静かなジングルのような曲がかかってなな、姿勢を変えて待つ。
  やがて、やって来る、宇佐美。
宇佐美「お疲れさま」
なな「お疲れ様です」
宇佐美「なに、話って・・」
  と、宇佐美、最初に座っていたのと同じ場所に座る。
宇佐美「まさか、辞めるとか言い出すんじゃないだろうね」
なな「当たりです」
宇佐美「マジで?」
なな「はい」
宇佐美「本当に?」
なな「はい、いろいろお世話になりました」
宇佐美「え、じゃあ、結局、働いたのって・・二ヶ月」
なな「ですかね」
宇佐美「ようやく慣れてきて、仕事覚えたとこなのに・・って、言いたいところだけど、慣れるも何も、最初から慣れてたよね、ななちゃんは」
なな「え? そうですか?」
宇佐美「うん、最初から仕事できてた」
なな「あ、そうなんですか、なんか、そういうのって自分じゃわかんないじゃないですか」
宇佐美「バイトとしては優秀、すごい優秀、高校生じゃなかったら、社員に欲しいくらい」
なな「なんだろう・・文化祭の実行委員会で鍛えられたってところはありますね」
宇佐美「ああ・・言ってたねえ」
なな「葬儀も葬祭っていうくらいですからね」
宇佐美「文化祭と葬祭」
なな「段取りをこなしていくのは、一緒ですよ」
宇佐美「祭りの準備だからね、結局は」
なな「そうですね、段取りをこなしていくのは一緒でしたね」
宇佐美「で、辞めるの?」
なな「うん、もういいだろうって事になって」
宇佐美「いい、っていうのは」
なな「もういいよって、言われたんで」
宇佐美「誰が?」
なな「彼女が・・ほら、一緒にこのバイトをしようって言ってた、彼女ですよ」
宇佐美「彼女は・・でも」
なな「変ですよね」
宇佐美「亡くなったんだろう?」
なな「そうです」
宇佐美「じゃあ・・」
なな「メール、出したんです」
宇佐美「メール?」
なな「そしたら、返事が返ってきたんです」
宇佐美「亡くなった彼女から?」
なな「そうです、返信があったんです。私が、あなたとの約束を果たそうとして、がんばって、一緒にやろうって言ったバイト、やってるんだよって・・メールしたんです。そしたら、返事が返ってきて、約束を守ってくれてどうもありがとう、って。それで、もう、いいよって、もういいから、ありがとうって」
宇佐美「・・・そうなんだ」
なな「おかしいですよね・・そんなの。死んだ奴からメールの返信があるなんて」
宇佐美「うん・・まあ、ねえ・・」
なな「私もまさか返事が返ってくるとは思わなかったんです・・でも、一応、なんていうんでしょうかね、やってるぞ、っていうか、忘れたわけじゃないんだぞ、っていう報告はしとかなきゃなんないって思って、それで、メールしてみたんですよ。すぐに『メールが送れません』って、返ってくるかと思ったら、どうやら届いたみたいで、ちょっとびっくりしたんです。でも、まあ、御両親が電話代を払い続けているのかなあ、って思ってたら、なんと返事が返って来て・・それがその内容で・・おかしいじゃないですか、そんなの。私、彼女の携帯、棺に納めるところ見てたんですから・・」
宇佐美「それはあれだよ」
なな「なんですか?」
宇佐美「・・・天国からのメールだよ」
なな「天国からのメール?」
宇佐美「って事だろう?」
なな「天国からのメール」
宇佐美「そういう事だろう?」
なな「(意に介せず)でね、おかしいって思って調べてみたんですよ。検索しまくってみたら・・・あったんです、そういう仕事をしている会社が・・亡くなった人に送ったメールをまるで本人が返事を書いているかのように、返信する。メールはどっかに転送されているんだと思いますけど、でも、本人のアドレスで返信が返ってくる」
宇佐美「なるほどね・・」
なな「だいたい、亡くなって、三ヶ月くらいなんですよ。そのサービスって」
宇佐美「三ヶ月までは、その亡くなった方の代わりに返信してくれるんだ」
なな「そうです」
宇佐美「三ヶ月経つとどうなるの?」
なな「『メールのやりとりもこれで終わりにしましょう、もう送らないでね』って、メールが来るらしいんです」
宇佐美「そう・・」
なな「ええ・・」
宇佐美「でも、本人に代わってって言っても、どんな返事が返ってくるものなの?」
なな「どういうメールに対しても、対応できるような、どうとでも取れるような、簡単な言葉しか打ってないメールなんですけどね、ありがとうとか、うん、大丈夫、とか、元気だよ、とか・・」
宇佐美「なるほどね・・」
なな「すごいサービスですよね・・」
宇佐美「そうだね」
なな「思いついた人って、すごいですよね」
宇佐美「そうねえ・・」
なな「尊敬します」
宇佐美「うん、そうね・・そうだね」
なな「ねえ」
宇佐美「で、そのサービスをやっている会社ってのを突き止めたんだろ、ななちゃんは」
なな「はい」
宇佐美「ねえ・・」
なな「宇佐美さんがやっているこの葬儀の会社って、葬儀をやる会社ですけど、でも、アルバイトもやってますよね」
宇佐美「(言葉を濁して)ん・・」
なな「葬儀の会社が・・バイトでやってるらしいんですよ・・そのメールの返信業務」
宇佐美「・・・」
なな「葬儀屋さんがバイトで・・」
宇佐美「送られて来るメールを、みなさん天国からのメールだと思って下さってる」
なな「私もそう思いました」
宇佐美「それでいいだろう?」
なな「はい」
宇佐美「それが必要なんだ」
なな「宇佐美さんとこ、葬儀だけじゃなくて、そういうバイトもしてるんですね」
宇佐美「今ね・・」
なな「はい」
宇佐美「俺がここで『うん』と言ったら、天国がなくなるんだ・・」
なな「はい・・」
宇佐美「俺が今ここで『うん』と言ったら、天国がなくなる・・」
なな「別に答えてもらわなくてもいいですよ・・私もその天国に助けられたって感じですから・・そんなわけでどうも、お世話になりました」
  間。
宇佐美「お疲れ様・・」
  暗転していく。
  その中で、ゆっくりと頭を下げるなな
なな「ありがとうございました」
暗転。