第121話  『M1へ行こう!』
  明転すると、広田と窪あつが立っている。
  漫才コンビ『あつことさくら』
  漫才の練習中。
  ただし! 窪あつは左に松葉杖をついて立っている。
窪あつ「もう、おつゆの話はいいじゃなですか」
広田「おつゆの話を始めたのはあんただろうが」
窪あつ「おつゆの話してるからですかね、客席がしめっぽくなっちゃってんの
は、もうやめましょう、おつゆの話は」
広田「もう違う話にしましょう、そんなの」
窪あつ「でもねえ、六月といえばジューンブライド」
広田「ジューンブライド」
窪あつ「花嫁さん」
広田「あこがれますよね」
窪あつ「あこがれるの? こんな顔でも」
広田「なんだよ、こんな顔でもって」
窪あつ「花嫁はあこがれますよね」
広田「はい! はい! はい! 私、花嫁さんやりたい、やりたい、やりた
い、やりたい、花嫁さんやりたい」
窪あつ「新郎新婦の」
広田「新婦、ちょっとなんていうの、予行演習ってあるじゃない、あれやって
みようよ」
窪あつ「ああ、結婚式のね」
広田「私、新婦ね」
窪あつ「はい、じゃあ、新郎と新婦がここにいて、あなたは神父さんね」
広田「え? なに? 新郎新婦で、神父さん? 神父さんかよ!」
窪あつ「はい、では結婚の誓いです。神父さんどうぞ」
広田「神父? えっと、神父さんって、こういう時、なに言うだっけ?」
窪あつ「(神父の口調で)あなたは~」
広田「あなたは」
窪あつ「神を信じますか?」
広田「神を信じますか?」
窪あつ「(花嫁になって)はい(そして、神父に戻って)あなたは、夫を」
広田「あなたは、夫を?」
窪あつ「信じますか?」
広田「信じますか?」
窪あつ「(花嫁になって)はい(そして、神父になって)あなたは」
広田「あなたは~」
窪あつ「信じますか?」
広田「信じますか? って、信じますかばっかじゃねえかよ。私はこっちの神
父をやりたいんじゃないんだよ、神父っていったら、もっとなんか気の利いた
ありがたいこと言うだろうが、そういうんじゃないんだよ、新郎新婦の新婦が
やりたいんだよ」
窪あつ「じゃあ、花嫁さん」
広田「え? いいの? やっていいの?」
窪あつ「私はじゃあ、記念撮影をするカメラマンね(と、カメラマンになっ
て)はい、じゃあ、花嫁さん」
広田「はい」
窪あつ「あ、ちょっと、ラブラブなのはわかりますが、花嫁さん、もうちょっ
と、離れてもらえますか?」
広田「もうちょっと、はい」
  と、離れる。
窪あつ「ドレスの裾、直しましょう、それで、もうちょっと離れていただけま
すか?」
広田「もうちょっと」
窪あつ「もう、二、三メートル」
広田「二、三メートル? 」
  と、不審に思いながらもその通り離れる広田。
窪あつ「あ、いいですね、でも、もうちょっと離れてもらえますか?」
広田「も、もうちょっと?」
窪あつ「もうちょっと、あと、二、三キロ離れてもらえますか? そのまま、
隣町まで行っちゃってください」
そして、その花嫁が最初に立っていた場所に立ち。
窪あつ「その花嫁のいた場所で、私がピース!」
  と、ポーズをとる。
広田「(その場で振り返り)ちがうだろうが、おい!」
  そして、間。
広田「ごめん、も一回やらせてもらっていいかな」
窪あつ「ちゃんとそこで突っ込んでくんないと漫才になんないんですけどね」
と、さっきの記念撮影をするカメラマンのポジションに戻る。
  戻りながらも、
窪あつ「漫才をやってるんだからね・・漫才を」
広田「すいません」
  そして、漫才に戻る。
窪あつ「はい、じゃあ、花嫁さん」
広田「はい」
窪あつ「もうちょっと、離れてもらえますか?」
広田「もうちょっと、はい」
  と、離れる。
窪あつ「ちょっと、そこだと隠れちゃう人がいるんで、いいですかね、ああ、
そんな感じ
広田「もうちょっと、こんな感じで」
窪あつ「もう、二、三メートル」
広田「二、三メートル? 」
  と、再び、不審に思いながらもその通り離れる広田。
窪あつ「あ、いいですね、まだまだ、もうちょっとですね、離れてもらえます
か?」
広田「も、もうちょっと?」
窪あつ「もうちょっと、あと、ずーっと離れてっちゃってもらえますか? 
二、三キロ離れてもらえますか? そのまま、どっか遠くへ行っちゃってくだ
さい」
そして、その花嫁が最初に立っていた場所に立ち。
窪あつ「その花嫁のいた場所で、私がピース!」
  と、ポーズをとる。
広田「って、おかしいだろ!」
と、軽く蹴りに来る広田。
が、それもぐずぐず。
間。
広田「ごめん、もう一回やらせてもらっていい?」
窪あつ「はい、何度でも、何度でも・・やりますよ、やらないとね、どうしよ
うもないですからね」
窪あつ「私はじゃあ、記念撮影をするカメラマンね(と、カメラマンになっ
て)はい、じゃあ、花嫁さん」
広田「はい」
窪あつ「もうちょっと、離れてもらえますか?」
広田「もうちょっと、はい」
  と、離れる。
窪あつ「ドレスの裾、直しましょう、それで、もうちょっと離れていただけま
すか?」
広田「もうちょっと」
窪あつ「もう、二、三メートル」
広田「二、三メートル? 」
  と、不審に思いながらもその通り離れる広田。
窪あつ「あ、いいですね、でも、もうちょっと離れてもらえますか?」
広田「も、もうちょっと?」
窪あつ「もうちょっと、あと、二、三キロ離れてもらえますか? そのまま、
隣町まで行っちゃってください」
そして、その花嫁が最初に立っていた場所に立ち。
窪あつ「その花嫁のいた場所で、私がピース!」
  と、ポーズをとる。
  間。
広田「蹴れないよ」
間。
窪あつ「へえ、蹴ってくださいよ、ここは、蹴ってくんないと成立しないじゃ
ないですか・・蹴れないってなんなんでしょうかね・・(で、戻る窪あつ)は
い、何度でもやりますよ、ね、やらないと、漫才になんないんですからね・
・」
広田「蹴れないよ」
窪あつ「なに言ってんでしょうかね、蹴ってくれないと困りますよね」
広田「蹴れないって」
窪あつ「ツッコミがボケに蹴り一つ入れられなきゃ、話になんないだけどな
あ」
広田「蹴れないもんは蹴れないんだよ」
窪あつ「蹴れなくてどうすんだよ、笑いになんないじゃないですか、笑い取り
にいかなくてどうすんだ」
広田「だって!」
窪あつ「だって、なんだよ」
広田「だって!」
窪あつ「本人がいいって言ってんだろうが!」
  と、指さす広田。
広田「無理だよ、そんな体じゃ・・・グランプリ・・やめよう」
窪あつ「はあ?」
広田「やめよう、無理だって」
窪あつ「ああぁ?」
広田「諦めよう」
窪あつ「ええ?」
広田「許してください、私にはできません」
窪あつ「はあ?」
広田「本当にごめんなさい」
窪あつ「ここで諦めてどうするんだよ」
  広田、足を止めた。
窪あつ「ふざけるな! 今、ここで諦めてどうすんだよ! なんのためにここ
までがんばってきたと思ってんだよ、どうすんだよ、山田美佐ちゃんの結婚報
告の飲み会でさ、言われたこと忘れたのかよ。いいよな、おまえら好きなこと
やれてな! 未来が広がっていていいな、がんばれよ、いざお会計って時にさ
あ、会費、一律五千円だけど、そこの芸人さんは二千円ねっていわれてさあ。
でも、二人合わせて二千円持ってねえんだよな。それでよ『出世払いで』って
言ったら、それが一番ウケてやんの、誰も売れるなんて信じてねえんだよ」
広田「でも、体壊してまでやってどうすんだよ」
窪あつ「チャンスなんだよ、体がどうのとか言ってらんないんだよ」
広田「体が資本なんだよ」
窪あつ「資本は使うんだよ。いいからやれよ」
広田「できねえって言ってんだろうがよ」
窪あつ「できねえじゃねえんだってば、よ! 私はねえ、さくらがね、こんな
私に向かって、もう一回やろう、逃げるんじゃない、やってみなきゃわかんな
いじゃないかって言ってくれた時、嬉しかったよ。すごく嬉しかったよ。私の
方こそ、さくらにもうこれで見捨てられるんじゃないか、私、これからはピン
でやってみる、がんばってみるって言われたらどうしよう、って、ずっと、ず
っと病院で天井を見ながら考えてた。病院はさあ、さくらも来てくれたからわ
かると思うけど、六人部屋でさ、テレビ借りてる人がいてさ、夜にね、お笑い
の番組を見てたりするんだよ。もちろん、気を遣ってヘッドホンで聞いてるん
だけどね、でも、なんていうの、漏れてくる音があるじゃない。それがね、夜
の静かな病室だとやけに響くんだよ。ニュースとかね、ドラマだったらまだい
いよ。でも、病室でね、なんにもやることないからさ、バラエティとかどうで
もいい、見て疲れないものをだらだら見てるんだよ。するとね、聞こえてくる
んだよ、笑い声が、お客さんのね、笑い声が、笑い声が、笑い声が・・・漏れ
て小さな音で、微かに聞こえてくるんだよ。そのちっちゃなちっちゃな笑い声
が耳に入る度に、私、全身に冷たい汗が噴き出てくるのがわかったんだ。笑い
声、大勢の人の笑い声。私は知ってる、たくさんの人々の笑い声に包まれると
いう事がどういう事なのか、私は知ってる。それも、頭で理解してるんじゃな
い、体が知ってるんだ。その場にいる人達の笑い声で私の胸の奥のなにかが震
えるんだ.私は知ってるんだ。知ってしまったんだよ、さくら・・あんたのお
かげで」
広田「ちがう、それは私じゃない、私はなにもしていない」
窪あつ「あんたと出会ったことで、私はそれを知ってしまったんだ」
広田「ちがう、だから、それはちがうって、私なんかがいなくったって、あっ
ちゃんは一人で笑いをとって、一人でみんなを笑顔にして、幸せにすることが
できたんだ。その大切な人を、私が調子に乗ったばっかりにこんな体にさせて
しまったんだ」
窪あつ「こんな体? こんな体だと?」
広田「椎間板の損傷だよ、下肢の麻痺だよ」
  と、救急車のサイレンの音がカットインする。
  運ばれていく(ような)窪あつにすがる広田。
広田「あっちゃん! あっちゃん! ごめんね、あっちゃん! 大丈夫、あっ
ちゃん! ごめんね、ごめんね、ごめんね!」
  そして、医者からその結果を聞かされた広田さくら。
広田「漫才の最中でした、いつものようにあっちゃんがボケて、私が突っ込ん
だ時です。蹴りツッコミでした。ぽーんと舞台の端まで飛んでいくはずのあっ
ちゃんが、その場で崩れ落ちていったんです。そして、そのまま起き上がって
くる事はなかった、それでも、漫才は続いていた。舞台の上で這いつくばるよ
うにしながら、腰から下半身に走る、激痛をこらえながら、額に玉のような汗
を浮かべながら、それでも、まだ、あっちゃんは漫才を続けていたんです。そ
れの瞬間にどれだけの痛みをこらえ、あっちゃんは漫才を続けていたのか、ど
れだけの激痛があいつを襲っていたのか。それは、それは・・椎間板の損傷で
あり、左下肢の麻痺につながる怪我だったのです」
  松葉杖をついた窪あつの姿が舞台奥に浮かび上がる。
窪あつ「大したことない」
広田「しばらくの間、絶対安静が必要!」
窪あつ「大丈夫だって」
広田「悪化した場合、立ち上がることも困難になる?」
窪あつ「そんなの医者が言ってるだけだよ、漫才やってて、突き飛ばされて、
転んだだけじゃねえかよ」
広田「いけると思ったんだよ」
窪あつ「私だって思ってたよ、これだ! ってね」
広田「でも、当たり所も悪かったし、加減もできなかった」
窪あつ「加減とか言ってんじゃねえよ、お笑いに加減なんかいらねえんだよ」
広田「・・ボケと突っ込み、代えてみようよ」
窪あつ「んなバカなことが今更できるか、みっともねえ」
広田「それしかないと思うんだよね」
窪あつ「じゃあさあ」
広田「なんだよ」
窪あつ「さくら、おまえ、ピンでやれよ」
広田「・・なにを?」
窪あつ「おまえ、ピンでやればいいんじゃねえの?」
広田「なに言ってんの、あっちゃん!」
窪あつ「私、ほら(ぐふっ、と窪あつ特有の自嘲をして)こんなんなっちゃっ
たからさあ、もうおまえ、一人でやれば、お笑い」
広田「嘘でしょ」
窪あつ「だって、こんなん、誰も見てくんないじゃん、歩くの不自由でさ・・
松葉杖ついて出てきて、誰が笑ってくれんのよ。ちょっと考えただけでもわか
るじゃん、無理だよ、もう私は、違う笑いになるじゃないかよ、同情するな
ら、笑ってくれよ、って、ほーら、痛いだろう、痛いんだよ。痛い存在、それ
が一番痛いよ、私には」
広田「あっちゃん!」
窪あつ「こんな体じゃあ笑ってもらえないか、お笑いはできないのか?」
広田「みんな引いちゃうよ」
窪あつ「そこをなんとかしてくれないのか?」」
広田「どうやって?」
窪あつ「どうやったっていい、なにをしてもいい。さくらの言うとおりにする
よ、さくらの思うようにしていいよ、だから、もう一回、満場のお客さんの大
爆笑を聞かせてくれよ」
広田「できない、できないよ、私にはそんなことは」
窪あつ「二人でこれまでやって来たんじゃないか」
広田「やって来たよ、でも、でもね」
窪あつ「なんだよ! おまえが突っ込んでくれないんだったら、二人、コンビ
である必要ないだろうがよ」
広田「(叱るように)あっちゃん!」
窪あつ「じゃあ、蹴れよ」
広田「蹴れないって」
窪あつ「蹴れって」
広田「蹴れねえって言ってんだろうがよ!」
窪あつ「本人がいいって言ってんだろうがよ」
広田「勘弁してよ。許してくれよ」
窪あつ「頭下げてなんとかなると思ってんのかよ、おまえの頭になんの価値が
あるってんだよ」
広田「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
窪あつ「やるしかねえんだよ、やるしか」
広田「蹴れねえって」
窪あつ「蹴ってくれよ、もしも、もしもあんたが、私とまだやってやろうっ
て、思ってくれているなら、思い切り来てくれよ、私をもしも、まだ相方とし
て、見ていてくれているのなら、もう一度、私に突っ込みを」
広田「蹴れないって」
窪あつ「愛のある蹴りを」
広田「相方である前に、友達だって言ってるじゃない」
窪あつ「友達に蹴りを」
広田「できるか、そんなことが!」
窪あつ「私はね、あんたと初めて会ったあの時の一言が忘れらんないんだよ。
あん時、私に向かっておまえが言っただろう。忘れたとは言わさねえぞ、おま
えは言ったんだ『すいませんね、悪いけど私、前に出ますよ』、小学校五年生
が休み時間にクラスの連中相手に教壇にあがって『ちょっとなんかやってみよ
うぜ』って、そう言った私に対して『申し訳ない、本当に申し訳ないが踏み台
にさせてもらいますからね』って、あの一言を聞いた時、私は全身の血が逆流
したよ、これだよ! って気付かされたよ。人間、運命ってもんを、宿命って
もんを感じた時、全身の血が本当に逆流するものなんんだね。動脈の血が静脈
に流れ込んで、蒼いはずの静脈が、暁の空のように真っ赤に染まっていくのが
わかったよ。体の隅々の血が興奮に震えているのがわかったよ。こいつだ! 
これだ! こいつこそ私を変えてくれる。これを運命と言わずして、なにを運
命と言うんだ、ってその時、思ったもんだよ」
広田「あっちゃん、あっちゃん、私はあと何回あっちゃんを蹴ればいいの? 
あと何回蹴れば、許してもらえるの? もっと、もっと、もっと、もっと、お
客さんはどんどん要求してくるよ。もっと、もっと・・もっと、もっと・・あ
と何十回、あと何百回・・あと何千回、私はあっちゃんを蹴るの?」
窪あつ「何度でも、何千回でも、何万回でも・・」
広田「そして、いつまで?」
窪あつ「いつまでも、突っ込んで来いよ、さくら、かかって来てくれよ、さく
ら、さくら、さくら、さくら!」
広田「蹴れないんだってば! 怪我をしている友達なんか!」
窪あつ「だから言ってるだろう、私はあんたの友達じゃないんだよ。さくら、
わかってるだろう? なあ、わかってるって言ってくれよ、私はあんたの友達
なんかじゃない。私はあんたの相方なんだよ! 友達は蹴っちゃいけない、で
も、相方は蹴っていい、相方は蹴らなければならないんんだよ」
広田「できない! できないよ、そんなこと!」
窪あつ「弱音を吐くな! バカヤロウ!」
広田「小学校の頃からの親友なんだよ・・どうしてそれが蹴れるんだよ。いつ
だって私の側にはあっちゃんがいた、引っ込み思案で、弱虫で泣き虫だった私
の側にあっちゃんがいてくれた。あっちゃんと出会わなかったら、私なんかが
人を笑わせることが出来るなんて、思いつきはしなかた。私、あっちゃんの側
で、いつもいつも、ちょろちょろちょろちょろ周りにいてさ、うざかったね、
鬱陶しかったと思うよ。私はね、あっちゃん。あっちゃんのためならなんでも
するつもりだよ。あっちゃん、誰か、ぶっ殺して来ようか? 誰か憎い奴とか
いない? 嫌な奴とかいない? 気に入らない奴とかいない? 私、なんでも
やるよ、あっちゃんを蹴ること以外のことならなんだって、どんなことだっ
て! 私はやるよ!」
窪あつ「・・・・蹴ってくれ」
広田「あっちゃん」
窪あつ「蹴ってくれ・・頼む、一生のお願いだ。さくら、私の頼みを聞いてく
れ」
広田「それだけはできないって」
窪あつ「漫才が始まる。お客さんの爆笑が聞こえる、その中で、ステージの端
まで行った、さくらが私に向かって叫ぶ『そんなわけないだろう』」
広田「あっちゃん!」
窪あつ「ステージの端まで行った、さくらが私に向かって叫ぶ『そんなわけな
いだろう』」
広田「嫌だって言ってるだろう!」
窪あつ「ステージの端まで行った、さくらが私に向かって叫ぶ『そんなわけな
いだろう』」
広田「なんのために!」
窪あつ「私のために、さくらが叫ぶ」
広田「あっちゃん」
窪あつ「私のためにさくらは叫ぶ」
広田「そんなわけないだろう!」
窪あつ「私のためにさくらは叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、私とあんたのため」
広田「そんなわけないだろう!」
窪あつ「そして、世界のためにさくらは叫ぶ」
広田「そんなわけないだろう!」
窪あつ「みんなの笑顔のために・・」
広田「みんなの笑顔のために」
窪あつ「悲しみをいだき、苦しみに手を引かれながら、ステージの端まで行
く、さくらが私に向かって叫ぶ『そんなわけないだろう』」
広田「(叫ぶ)そんなわけないだろうが!」
窪あつ「次の瞬間、さくらはダッシュする、私に向かって走り出す」
広田「私は駆け出す」
窪あつ「私は気付かないふりをして、ボケ続ける」
広田「私は走る」
窪あつ「そして!」
広田「そして!」
窪あつ「さくらは踏み切って、飛ぶ」
広田「私は飛ぶ、あっちゃんに向かって」
窪あつ「空中高く飛ぶ」
広田「つっこむために私は飛ぶ」
窪あつ「飛んださくらの足が私に向かう」
広田「私の足はあっちゃんへと向けられる」
窪あつ「そして、私の脇腹にヒットする」
広田「脇腹にヒットする」
窪あつ「横腹にさくらの足の衝撃が走る」
広田「ヒットした瞬間、私は曲げた膝を伸ばし、さらに足に力を加える、あっ
ちゃんを遠くへと蹴り飛ばすために」
窪あつ「さくらが私を蹴り飛ばす」
広田「あっちゃんの体は、まるで香港のカンフー映画のやられ役のように、お
もしろいように宙を飛んでいく」
窪あつ「わあぁぁぁ」
広田「くらえぇぇ!」
窪あつ「私は飛ぶ、蹴られて飛ぶ、そして、倒れ込む」
広田「あっちゃん!」
  ゆっくりと、ゆっくりと蹴られて倒れ込んでいく窪あつ。
  そして、床に着く直前に、スローモーションから瞬時にノーマルスピード
へと切り替わり、叩きつけられる。
  音楽、カットオフ。
  蹴り終えた、さくらがじっと、そのひれ伏すように倒れ込んでいる窪あつ
をじっと見ている。
  微動だにしない窪あつ。
  同じく、立ちつくしたままの、さくら。
さくら「・・(静かに)立てよ、あっちゃん・・立って来いよ・・立ち上がっ
て来てくれよ・・あっちゃん・・あっちゃん・・あっちゃん! 起きてくれ
よ、なんでもないって顔で、いつもの笑顔で、立ち上がって来てくれよ」
  ゆっくりと顔を上げ、窪あつが立ち上がってくる。
窪あつ「なんでもねえよ・・・・・なんでもねえって言ってんじゃねえかよ」
さくら「あっちゃん!」
窪あつ「私を誰だと思ってんだよ・・天下の窪ちゃんだよ・・こんな、こんな
ことで・・こんなことで・・こんなことで、倒れ込んでる場合じゃねえんだよ
・・」
さくら「あっちゃん!」
  窪あつ、呻きながら立ち上がっていく。
窪あつ「ぬごごごごごご」・・」
窪あつ、立ち上がった。
  そして、歌い出す。
窪あつ「虹を渡ろう
 地球は丸いよ。
 愛と夢の魔法、FOR YOU!」
  ネタに入る。
窪あつ「はい、どうも! あつこと」
広田「さくらです」
窪あつ「今日もね、みなさんに元気ふりまいてね」
広田「そだね」
窪あつ「ほんで、またその元気を吸い取ってやろうと思うんですけどね」
広田「吸い取っちゃダメだろ」
窪あつ「いや、まあ、そういう生き物なんですよ」
広田「妖怪かよ」
  そして、広田、歌い出す。
広田「あっちゃん、あなたは割れない風船」
窪あつ「じゃあさくら(歌い出す)おまえは弾まないボール」
広田「って、使えねえだろ」
  窪あつ、いきなりダンスを始める。
広田「どうしたの、あっちゃん?」
窪あつ「意味ないんだけどね」
広田「意味ねーのかよ」
  そして、二人のダンス。
  やがて、二人、歌う。
窪あつ・広田「子供が産まれた。
 父さん出世した。
 未来は明るいよ。
 夜空をごらんよ。
 あれは流れ星。
 あれに乗って、落ちて、ゆこう」
広田「ダメじゃん!」
  そして、二人、ゆっくりと客席に向かって頭を下げた。