第119話  『TOMORROW NEVER KNOWS』
  暗転中に、薄く曲がかかり拍手の音が聞こえる。
  そして、その拍手の音を遮って、海ちゃんのマイクの声。
海「はい、どうもありがとうございました、女優であり、タレントでありま
す、小野真弓さん、並びに、釈由美子さんによる恋愛の極意についてのスピー
チ、いかがでしたでしょうか、私もですね、今、袖でお聞きしてまして、なる
ほどな、と、思わず相槌を何度も打ってしまいました。非常に為になる、男女
交際についてのアドバイス、ありがとうございました。さて、本日皆様に御参
加いただきました、カップリングパーティー『クラブミーツ』ですが・・」
  パーティ会場の壇上。
スポットライトの中に立つそれなりに盛装した町田海ちゃん。
海「先ほども申し上げましたが、今日、お集まりいただいた男性が百八十名、
女性が百三十五名、総勢、三百名以上の方に御参加いただきまして、少々、会
場の方、混み合っておりますが、これからまた約十分ほどですね、フリートー
クの時間とさせていただきます。それではみなさん、まずはすぐ側にいらっし
ゃる方の、プロフィールカードをご覧になって、お話を進めていただければと
思います。それでは失礼いたします」
  と、上手にはける。
  同時に下手に明かりが当たる。
  それなりの格好をした橋本未唯がパーティー参加の客に混じっている。
  と、電話をかけ始める海、だが、なかなか繋がらない。
海「あれ・・あれ・・出て、未唯ちゃん・・出てって・・なにしてんだろ・
・」
  と、海、会場の一角に人だかりができている事に気付いた。
海「未唯ちゃん? もしかして、あの人だかりの中心にいたりする?」
  そして、繋がった。
海「もしもし、未唯ちゃん? 私。どう? っていうか何してんの?」
未唯「海ちゃん・・あの、助けて?」
海「助けて? 助けてって何?」
未唯「なんか、男の人が集まって来ちゃって」
海「なんで?」
未唯「わかんないけど、抜けられらんなくなっちゃったんだけど」
海「ごめん、私にわかるように説明して」
未唯「番号をね、交換しようって人が、なんかひっきりなしに来ちゃって」
海「それ、みんな相手してあげてるの?」
未唯「だって、だって、みんなよろしくお願いしますって来るから」
海「来るよ、そりゃ、だってこれ、カップリングパーティーなんだから」
未唯「それで、断り切れなくて・・」
海「断らないと、どんどん来ちゃうでしょ、男の人が」
未唯「来ちゃう。どうしよう」
海「なんで? なんでそうなっちゃうかなあ」
未唯「だから、助けて」
海「今日ね、このパーティに未唯ちゃんを呼んだのは、そういうことじゃない
でしょう?」
未唯「わかってる、わかってるんだけど、みんな、なんか必死だから、なんか
無下にできないっていうか、断り切れなくって」
海「で、見つけなきゃなんない女の子は見つかったの?」
未唯「ごめん、それどころじゃない、感じ」
海「それどころじゃないじゃ、すまないでしょう。なんのためにぃ!」
未唯「頭数合わせるために」
海「主役になっちゃってるじゃない」
未唯「それはなに? 私のせい?」
海「いや、私が人選を間違ったんだ」
未唯「なにそれ」
海「男があまりにも数来ちゃって・・それで誰でもいいから女の子集めてって
言われたからさ・・でも、そうだよね、未唯ちゃんがこんなとこに来たら、
男、群がって来るわな、来るわな」
未唯「ごめん、しかも、ちょっと、この自己紹介のカード、なんていうの?」
海「プロフィールカード」
未唯「そう、それに、趣味『ビックリマン』って書いたら、超ヒットしちゃっ
て」
海「ビックリマンで?」
未唯「ビックリマン好きの人達が、すっごい多くてさ」
海「ビックリマンかよ」
未唯「ものすごい詳しい人に捕まっちゃって。ほら、私、ビックリマン好きじ
ゃない」
海「知ってるよ、知ってるけど、今はビックリマンのこと、忘れてくれるか
な」
未唯「ごめん、本当、ごめん、でも、レアなカード持っててね、五万円くらい
するんだよ」
海「お願い! ビックリマンから、離れて!」
未唯「あとキン消しの話ししてくる人もいて・・断ってるんだよ、これでも」
海「あなたのそういうところ、時々、理解できない」
未唯「これ、どうすればいい? なんか、私一人だけに集中してる感じなの」
海「上から見ててもわかるよ、他の女の子がほったらかしになってるじゃな
い」
未唯「ちょっと、会場の方に海ちゃん降りて来れないの? 助けて、なんとか
してくんないと・・」
海「行く、行くよ、行きますよ・・」
未唯「助けてくんないと」
海「行くから、適当に話しておいてね、くれぐれも、相手の男性が本気になり
そうなこと、言ったりしちゃダメだからね」
未唯「大丈夫、ビックリマンで、私、二時間話せるから」
海「わかった、今行くから、とにかく、切るね」
  と、電話を切った海。
  会場の方へと降りて行こうとする海。
  が、袖の方からスタッフの人にクレームがついたと文句を言われた。
海「はい、はい・・」
  と、海、会場の方を見て、
海「そうですね、一人にね、あの女性に一局集中してますよね、ええ、そうで
すよね、これじゃあねえ・・カップリングパーティーになりませんよね、え
え、はい・・アナウンスを・・ええ・・はい」
  と、海、再び、マイクを手にして、会場へと呼びかける。
海「フリートークタイム、いかがでしょうか? あの、みなさま、なるべくで
すね、より多くの方とおしゃべりを楽しんでください。先ほども申し上げまし
た通り、この会場には男性が百八十名、女性はと申しますと、百三十名いらっ
しゃっております、よろしくですね」
  と、このスピーチの途中から海ちゃんの携帯に着信して着メロの『キル・
ビル』の曲が鳴る。
  それを聞いたとたんに海ちゃん、慌ててアナウンスを終了する。
海「それではみなさん、お楽しみください」
  そして、電話に出る。
海「もしもし・・未唯ちゃん、なに?」
未唯「どうしようか、トイレとかで会おうか」
海「トイレ、そうか、それがいいか、よし、トイレで会おう」
  トイレの中で合流する二人。
未唯「海ちゃん」
海「未唯ちゃん」
未唯「年収二千万の人がいた」
海「仕事はIT?」
未唯「うん、そうIT」
海「まあ、いるよ、そういう人も、こんだけいりゃ」
未唯「年収二千万あっても彼女がいないんだね」
海「金で買えるもんじゃないんだよね」
未唯「カップリングパーティーってさ」
海「うん」
未唯「こんなんだと思ってなかった」
海「え? そう? どんなだと思ってたの?」
未唯「もっと合コンみたいなもんで、ノリは軽いのかと思ってた」
海「ああ、そういうのもあるけどね」
未唯「みんな、必死なんだよね」
海「そりゃ当たり前だよ。男、八千円、女二千五百円だからね、せめて元とろ
うとするわけじゃない」
未唯「元ってなに?」
海「出会いよ、出会い」
未唯「でも、出会えるの? こんな中で・・」
海「ちょっと前にね」
未唯「うん」
海「結婚式の司会を頼まれたの」
未唯「うん」
海「私が司会してたパーティで知り合った男性と女性がね、晴れてゴールイン
したの」
未唯「へえ・・」
海「それでね・・結婚式の司会も私にお願いしたい、って言われて」
未唯「そうなんだ」
海「でもね・・」
未唯「うん」
海「二人の出会いがカップリングパーティーだって事は黙っててくれって、言
われたの」
未唯「ふうん」
海「こういう所で出会ったって事は絶対に誰にも言わないで下さいって」
未唯「うん・・それもわかる気がする」
海「わかるよね、それも」
未唯「うん、わかるよ、なんとなく」
海「それがね、わかるから、余計になんか嫌だったの」
未唯「出会ったのがカップリングパーティーだった、っていうのはやっぱり、
あれなのかな」
海「ねえ・・」
未唯「でも、こういう所で、出会わないと出会わない人って、本当に出会うチ
ャンスないからね」
海「そう、そうなんだよね」
未唯「いるもん、女子高行って、そのまま短大行って、すぐに女ばっか、それ
もオバさんだらけの職場とか就職しちゃうとさ、出会えないんだよね」
海「・・そうなんだよね。出会うチャンスがなきゃ、そのあとの事なんてない
んだからさ」
未唯「それで、その結婚式の司会も海ちゃん、やったの?」
海「もちろん」
未唯「二人が出会った場所を知ってたのは海ちゃんだけだったの?」
  海、頷いた。
未唯「新郎新婦の御両親も?」
海「知らない」
未唯「そうか・・」
海「だから、一人だけでもいいから、それを知っている人に、結婚式に参加し
て欲しかったって、言われたの」
未唯「そうか・・なるほどね」
海「でも、なんでだろう、って、思った。みんなが二人を祝福する笑顔を見な
がら、どうしてって、ずっと思ってた。悪いことではないはずなのにって・・
それを隠していようって、決めなければならなかった二人ってさ・・」
未唯「必死なのはわかった・・感じたよ」
海「そうなのよ、だからね、女の子の数が少ないと、お互いがさ、緊張しちゃ
ってパーティーがうまくいかなくなるからさ・・頭数揃えてて言われたからさ
・・私もなにも考えずに未唯ちゃんに電話しちゃったんだよね・・」
未唯「なんとか応えてあげたいよね、あの必死さに」
海「うん、それはね・・そう思うよ、この司会の仕事をやる度にね、いつも
ね」
未唯「(そして、すっかりやる気になっている)どうすればいいんだろうね、
海ちゃん」
海「なに?」
未唯「なにか私にできることってないかな?」
  と、出て行こうとする。
海「待って!」
未唯「なに?」
海「ちょっと待って?」
未唯「え? なにが?」
海「未唯ちゃん、また行こうとしてるでしょう、会場へ!」
未唯「うん、なんとかしないと」
海「なんとかって、どうするつもりなの?」
未唯「ちょっと行ってみて、考えるけど」
海「ダメ、ダメ、絶対ダメ、未唯ちゃんのそういう出たとこ勝負なとこ、ダ
メ」
未唯「ダメかな」
海「おんなじだって、またさっきみたいに、男の人に囲まれちゃうだけだっ
て。それはわかるでしょ」
未唯「うん、たぶん」
海「たぶんじゃないの、絶対なの、絶対そうなるの。だってね、未唯ちゃん、
かわいいの、きれいなの、ね、男はね、みんな未唯ちゃんみたいな彼女が欲し
いって思ってるの。でもね、そこで未唯ちゃんがなんとかしたいって思ってて
も、あの会場の男、全員と付き合うわけにはいかないでしょう」
未唯「無理、それは無理」
海「無理だよね」
未唯「でも、なんとかしてあげたいじゃない」
海「それもわかる、その未唯ちゃんの気持ちもわかった」
未唯「じゃあ、どうすればいいの?」
海「とにかく出て行かないこと、まずはそれ」
未唯「なにもするなって事?」
海「とりあえずは」
未唯「なにかしてあげたいのに?」
海「ここにいて、それが今、未唯ちゃんにできる最善の方法。それでちょっと
考えよう」
未唯「なんとか、なんないのかね、海ちゃん」
海「なんとかねえ・・してあげたいとは思うけどねえ・・」
未唯「出会わなきゃなんないものなのかなあ・・あんなにまでして・・」
海「そこの問題もある」
未唯「彼女やら、彼氏やらが欲しいってのはわかるけどねえ」
海「一人は寂しいからね」
未唯「ああ、そうか、一人は寂しいもんね」
海「私、そういう寂しさに耐えられないから」
未唯「うん・・一人は寂しいよね」
海「一人が寂しいっていう気持ちはわかるんだよね、だからねえ・・」
未唯「プロフィールにね、それ書けばいいのにね」
海「それって?」
未唯「『寂しいです』って」
海「それが自己紹介のプロフィール?」
未唯「そう、自己紹介、寂しいです」
海「同じように寂しい人募集中です、って?」
未唯「そうそう」
海「でも、そんなことしたら、みんな『寂しいです』って書いちゃうじゃな
い。会場中、みんな、ここに『寂しいです』になっちゃうじゃない」
未唯「年収とか、趣味なんかよりも、寂しいです、同じように寂しい人募集し
ています、仲良くしませんか? って」
海「そうねえ・・」
未唯「寂しいと思っている人であれば、他は問いません・・って。寂しいって
さ」
海「うん」
未唯「寂しいっていうことから逃れるためには、まず寂しいって言ってみるこ
とだと思うけどなあ」
海「そうだよね、出会えて良かったって思うのは、自分と同じように寂しい人
と出会った時にそう思うもんだからね」
未唯「あ、そうだよね、それに人は反応するよね、あ! って」
海「そう・・出会った人に同じ寂しさを感じた時、あ! って思うよね」
未唯「年収じゃないよね、それは」
海「年収じゃない」
未唯「ビックリマンでもないんだけどね」
海「ビックリマンから離れて・・」
未唯「あ! って」
海「あ! ってね・・」
  ゆっくりと暗転していく。