第117話  『盗聴アリ!』
  明転すると、
  海ちゃんの部屋。
  上手に海ちゃん、下手にカンちゃんが離れていて、お互い向き合ってい
る。
  その二人の周りに、文字が書かれた紙が無数に散乱している。
  明かりがついた瞬間、海、その広げられた紙の中から一枚を掴み上げて、
カンちゃんへと向けた。
  以下、『』の中に書かれているのが紙に書かれた文字。
海「『あった』」
  そして、次の紙。
海「『盗聴器』」
  カンちゃん口パクでそれに答える。
  以下、( )で書かれていることは口パクである。
カンちゃん「(どこに?)」
  海、コンセントから伸びた延長コードのタコ足を指差す。
カン「『盗聴器』」
  という紙を上げながらも「?」の芝居をする。
  海、『あった』の紙を上下に振って、
  「あった、あった」という歓びを表現する。
カン「『本当?』」
  そして、海。
海「『マジ』」
  と、タコ足を指差す。
カン「『これ?』
  海、頷いてみせる。
海「『くれぐれも、言葉に注意!』」
カン「『了解』」
  そして、
カン「『俺にまかせろ』」
海「『どうしようか?』」
  カン、同じ紙をもう一度差し出す。
カン「『俺にまかせろ』」
海「『大丈夫?』」
カン「『俺にまかせろ』」
  と、カン、そのタコ足に差し出してくる。
  そして、
カン「『最近の盗聴器はわかんないからな』」
海「『どうしようか?』」
カン「『俺にまかせろ』」
  海、その紙を奪い取って破り捨てる。
  カン、驚き呆れ抗議するそぶり。
  そして、今一度、
海「『どうしようか?』」
  カン、そのタコ足をしみじみ見て、
カン「『最近の盗聴器はわかんないからな』」
海「『電池じゃなきゃ電源がとれる所にしかけられてて』」
  と、また別の紙を出す。
海「『それだと半永久的に盗聴できるんだって』」
  と、カン、『最近の盗聴器はわかんないからな』という紙を『は』の上で
半分に折って上半分を海に見せる。
カン「『最近の盗聴器』」
  海、その通り、と大きく頷く。
  海、紙を出す。
海「『じゃあ、始めるよ』」
カン「『わかった』」
  と、カン、そっと一回、部屋から出て行く。
  SE ドアの開く音、閉まる音。
  そして、部屋の外から呼び鈴を鳴らす。
  海、必要以上に大きな声で、
海「はああああい」
と、ドアの開く音が大きく。
海「あ、久しぶり・・いいよ、いいよ、上がんなよ」
カン「おじゃましまーす」
海「すっごい、久しぶりだよね」
カン「そうだっけ」
  そして、海の携帯に着信する。
海「はい・・うん、私、もしもし、ううん、一人だよ・・・なんで?」
  と、向こうの様子をうかがっている海ちゃん。
  悪い子の笑みをうっすらと浮かべている海ちゃん。
海「え? どうして? え? 本当だよ。誰もいないって・・なんで? なん
でそんなに断言できるの? そんな・・聞いてたみたいに・・うん、うん、な
に? え? 愛してるよ、私だって・・うん、うん、はいはい、じゃあ、また
ね・・」
  と、電話を切った海。
カン「誰? カレシ?」
海「そう」
カン「カレシがいるのに、いいの?」
海「なあにがぁ?」
カン「いや、だってほら」
海「別になにも悪いことしてないもん」
カン「本当にぃ?」
海「まだ、ね・・」
カン「まだ・・ね」
海「あ、ああ、なにすんのカンちゃん」
カン「なに、ってなんだよ、そのつもりじゃなかったのかよ」
海「そのつもりって、ああ!」
カン「な、いいだろ、ほら・・」
海「あ、やめて、カンちゃん」
カン「ほら、ほら、ほら・・」
海「待って、カンちゃん」
カン「待てねえんだよ」
海「待って、カンちゃん」
カン「ほら、海だって、ほら・・」
海「あ、いやーん」
カン「海ちゃん・・」
海「ああーん・・あん、ああーん、ダメエ・・ダメだったらぁぁ」
  このやりとりは上下(かみしも)に別れて座っている二人が正座したま
ま、行われている。
  そして、カンちゃん側にあった紙にさらさらと書きつけると、海に見せ
る。
カン「『あほか』」
  海、口パクで、
海「(いいでしょ!)」
  海、続ける。
海「カンちゃぁん、カンちゃぁーん・・・」
  と、ついに我慢しきれなくなったのか、携帯が鳴り始める。
海「もしもし、和明、え? なにも・・別に・・どうもしてないよ。え? 誰
もいないよ。いないって、平気、平気・・うん、どうしたの? なに?(と、
あたかもカンちゃんが後ろから絡んできて脇腹でもくすぐったかのように)あ
ん! ちょっとぉ! うん、いややいや、こっちの話。え? 今? 部屋? 
一人だってば。誰もいないよ、いないってば」
  海、カンちゃんに携帯を差し出した。
海「(出て、カンちゃん)・・・」
  カン、それを渋々受け取ると、意を決して、出る。
カン「もしもし・・」
  向こう、絶句しているよう。
カン「もしもし・・もしもし・・初めまして・・俺は町田海の前の彼氏です・
・初めまして。いつも海がお世話になっております」
  と、その電話、途中で切れた。
カン「切れた」
  カン、そして、コンセントに向かって。
カン「切ることはないだろう」
  カン、そして、海ちゃんに向かって。
カン「俺、今、コンセントに向かって、なに言ってんだって思っている自分が
ここにいるんだけど」
  と、海、盗聴器に向かって。
海「あ、ああ・・あああっ!」
  そして、海、コンセントから盗聴器を抜き取った。
海「(口で言ってみる)ぶち!」
  そして、カンちゃんを見て、
海「さあ、どうする、どうするって感じだよね」
カン「おまえ、なんてことをするんだよ」
海「ビビってるよ、今頃、ものすげー」
カン「ビビるよ、そりゃ・・」
海「もう携帯とか(と、真似してみて)もう、こんな、こんな、こんなだよ」
カン「ちょっと!」
海「え?」
カン「ちょっと待って」
海「なに?」
カン「ちょっとね、海ちゃん」
海「はい」
カン「そこに座りなさい」
  海、座る。
カン「あのねえ・・部屋の中で盗聴器が見つかったぁ! っていう話じゃなか
ったの? 俺を呼んだのは・・」
海「そだよ」
カン「だよねえ・・今のカレシがどうやら盗聴しているらしいからって」
海「そうだよ」
カン「それで嫌だぁ! って」
海「え? なにが嫌なの?」
カン「嫌じゃなきゃなんなの?」
海「嫌だっていうのがわかんない。かわいいじゃない」
カン「かわいい? かわいいってなに?」
海「かわいいじゃない、盗聴までしてよ、私のいことを気にかけてくれるって
いうか、思っててくれるっていうのは」
カン「おかしい、おかしいだろ、おまえ。この世の中のどこに自分の部屋に盗
聴器、仕掛けられて「かわいい」なんて抜かす女がいるんだよ」
海「ここにいる」
カン「おかしい」
海「おかしくないよ、だってここにいるんじゃない現に。カンちゃんの目の前
に。存在しているんだよ。存在、わかる? 存在って」
カン「(そんなことを改めて言われても)・・存在?」
海「カンちゃん、存在って意味、わかって言ってる?」
カン「存在だろ?」
海「そう、存在」
カン「存在、そこにいること」
海「うん」
カン「それが存在」
海「うーん」
カン「なに?」
海「それじゃあ、半分しか点はあげられませんね」
カン「なんだよ、半分しか点はあげられませんって、小学校以来だよ、それ言
われたの」
海「存在っていうのはねえ、人間とか、事物があること。またはその人間や事
物、実体が他の物に依存することなく、それ自体としてある事。絶対的、必然
的にある物。現に事実として、ここにある事」
カン「もういいよ、存在の説明は」
海「(自分を示し)絶対的にある物」
カン「ああ、ああ、確かにそうだよ。海ちゃんは絶対的にそこにあるよ」
海「うん、正確には、ある、じゃなくて、いる、んだけどね」
カン「(自分の中で整理しようとして、逆に混乱している)え? ちょっと、
ちょっと、待ってよ、なんだ? 盗聴されていてだな」
海「それだけ興味を持ってもらっている」
カン「(納得できない)うーん」
海「好意を持ってもらっている」
カン「うーん」
海「ねえ」
カン「あのさあ」
海「なあに?」
カン「あまりにもポジティブ・シンキング過ぎないか?」
海「え? そうかな? カンちゃんもそれぐらい、私と付き合っている頃、私
に執着していたらさ、今現在が、こんな状態じゃなかっったかもしれないんだ
よ。前彼と元カノとしてここに二人、向き合ってはいなかったかもしれない
よ」
カン「う、うん、それは、ねえ・・そうかもしれないけど」
海「今現在が、ちがっていたかも・・」
カン「う、うん、そうかもね」
海「カンちゃん、現在ってわかる?」
カン「いいよ、そんな、また。現在の説明なんて」
海「あ、そう、昔からカンちゃん、なんていうの? そういう知的好奇心に欠
けるとこあるよね。もうっとこう、ここで食い付いてくるべきなんじゃない
の?」
カン「じゃあ、なんなんだよ、現在って。現在の定義って」
海「時間っていうものはね」
カン「あん?」
海「三つに区分した時のね」
カン「あん」
海「過去と未来の間があるでしょ、それを現在っていうの」
カン「大雑把過ぎないか、その定義は?」
海「それが現在よ」
カン「いい、もういい、いいんだ、そんなことはさあ」
海「言い出したのはカンちゃんなのに」
カン「いいの、そんなことは、それよりもなに? 部屋に盗聴器を見つけまし
た」
海「はい、見つけました」
カン「どうやらそれは今のカレシが仕掛けたようです」
海「はい、そうです」
カン「それで」
海「そんなことをしたら、どうなるか思い知らせてやる!」
カン「っていうのが、今の『ああーん』なの?」
海「他になんだったらびっくりしたと思う?」
カン「いや、一番の方法だと思う。びっくりさせることが目的だとしたらね」
海「うん、だから、カンちゃんに頼んでよかった」
カン「そ、そうなの?」
海「そうそう、ばっちぐー」
カン「ばっちぐー。って久しぶりに聞いたな」
海「ばっちぐー! ばっちぐー!」
カン「それはねえ、盗聴するその今の彼氏は悪いよ、でも、おまえも・・悪い
よな」
海「なんで?」
カン「おまえも悪いよ」
海「どこが?」
カン「おまえ、人のさ・・なんつーの、モラルっていうか、なんかをさ、壊す
っていうか、飛び越えさせてしまう何かを持ってるよな」
海「そうかな」
カン「そうだよ」
海「そういうの、習得した覚えはないんだけど」
カン「生まれついてのものだからじゃないの?」
海「そうかな」
カン「そうだよ、おまえも悪いよ・・今、おまえ、今彼がどんな気持ちでいる
と思ってんだよ」
海「(笑っている)ビビりまくり」
カン「笑うとこじゃない」
海「え? なんかよくない? このバカップルぷり、超バカップル」
カン「本当のバカップルは自分でバカップルなんて言わないと思うよ」
海「え? そうかな、じゃあ私はなに? バカップルであることを楽しんでい
る人?」
カン「そういうこと」
海「それってすごい、バカップルを超えたバカップル」
カン「付き合いきれん」
海「だから別れたんじゃん、私達」
カン「うん、うん、そうね、そうなんだけどね。部屋に盗聴器を仕掛けられた
んだよ。盗聴器はね、人のプライバシーを侵害するいけないものなの。法に反
するものなの。やっていいことではないの」
海「そだね」
カン「そだね」
海「そだよね」
カン「そうだよ、そうですよ。だから、盗聴を仕掛けた人のことをね、怒って
いいと思うのね」
海「怒ってる」
カン「怒ってる?」
海「怒ってるよ、もちろん」
カン「怒ってるんだよね」
海「怒ってるよ(でも、かわいく)こんにゃろ! って」
カン「こんにゃろ?」
海「こんにゃろ! って」
カン「うーん、盗聴器仕掛けられた怒りの表現じゃないと思うんだよね、こん
にゃろ! って」
海「ダメ? こんにゃろ?」
カン「こんにゃろ! じゃないでしょう」
海「こんにゃろ、じゃない」
カン「じゃない」
海「(探りながら)てめえ、こんにゃろ!」
カン「あんま、変わんない」
海「てめー、ふざけんなよ、こんにゃろ!」
カン「こんにゃろ、は重要なの? 海ちゃんにとって」
海「うん・・てめえ、ふざんなっていうとね、なんか、ちょっと威圧的ってい
うか、怒ってる感じしない?」
カン「怒ってるんでしょ?」
海「あ、そうか」
カン「あ、そうかじゃないでしょう?」
海「こんにゃろー?」
カン「今の彼の事は好きなんだよね」
海「好きだね」
カン「盗聴されても」
海「盗聴とかするから」
カン「わからん」
海「だって、今の彼はさ、盗聴までしてんだよ。カンちゃん、そんなこと考え
もしなかったでしょう? 私と付き合っている時」
カン「思わないよ、普通そんなことは思わないだろう」
海「盗聴がよくないっていうところに立って物言ってない?」
カン「言ってる」
海「なんで?」
カン「世間一般の常識で物を言う人間だから、俺が」
海「それは付き合いきれないわ」
カン「だから別れたんだろう、俺達は」
海「そうなんだけどね・・」
カン「なに? 今日はそれを確認しに来たの? 俺は? その、なんていう
の? まったく建設的ではない、前向きではない話をするために?」
海「いやいやいや・・盗聴されてもねえ・・別に私、隠し事とかないんだよね
・・だから、なんか申し訳なくて」
カン「なにが申し訳ないの?」
海「隠し事がない人間っていうのはさ、なんていうの? 盗聴する価値もない
人間ってことになるじゃない」
カン「盗聴する価値のない人間?」
海「ぶっちゃけ、おもしろみに欠ける人間っていうかさ・・なんか、そう思わ
れるのはね、なんか、私のプライドが許さないっていうか」
カン「そのプライド、捨てろ」
海「人を楽しませたいじゃない。おもしろいって言われたいじゃない、おま
え、なんかすごいなって言われたいじゃない」
カン「それ、言われるためなら手段を選ばないのか?」
海「全身全霊で・・」
カン「全身全霊・・ってこういう時に使う言葉だったっけ?」
海「私が私のことを大好きなのと同じくらいに、みんなが私のことを大好きに
なればいいのに・・って、思う私は変?」
カン「考え方は間違ってない」
海「だよね」
カン「それはね」
海「さっすが、カンちゃん、元彼だけあって、私の根本の部分に理解がある」
カン「理解があるのはその考え方の根本の部分だけだよ」
海「え? どういうこと?」
カン「方法が間違ってる、あきらかに、間違ってる」
海「そうかなあ」
カン「あのさあ・・」
海「なに?」
カン「さっきの、私が私のことを大好きなのと同じくらいに、みんなが私のこ
とを大好きになればいいのに・・って、いうのはさ」
海「うん」
カン「一言でまとめると、どういう感じのことだかわかってる?」
海「一言でまとめると・・」
カン「そう」
海「うーん(と、考えている)大迷惑」
カン「そこはあってる。というか、そこもあってる」
海「あいつがいると大迷惑だよな」
カン「うん、そう、そうね」
海「あいつ本当に大迷惑だよな」
カン「それもわかってやってるんだ」
海「いるだけでドキドキする存在」
カン「そうね、そうなるね」
海「故に愛らしい」
カン「故にがわからん・・あのねえ、周りの人が大迷惑ってどういうことかわ
かる?」
海「わかるも何も、カンちゃん、私と付き合っている時、しょっちゅう経験し
てたじゃない」
カン「してた」
海「私と一緒にいたら、常にそうなるんだって」
カン「なんで?」
海「私がなるべくそうなるように心がけているからさ」
カン「さ、って、さ、ってなんだよ」
  と、その時、ドアのチャイムの音がする。
  ピンポーン!
  二人、静止する。
  そして、
カン「(声を潜めて)彼氏?」
  海、へらーっと、これから起きる事を思い描いて笑う。
カン「笑うところか・・彼氏だろ? 今彼が来たんだよ」
海「どうする?」
カン「なんでそんなに嬉しそうな顔してんだよ」
  と、言いながらも、散らかった紙を急いで片付け始める。
  その間にまた呼び鈴が鳴る。
  ピンポーン!
  カンちゃんの動き、さらに早くなる。
が、気がつくと、海ちゃんは靴下を脱ぎ、上に羽織っているパーカーを脱いで
タンクトップになっている。
カン「おまえ、なに脱いでんだよ」
海「海ちゃん、ぴんち!」
カン「なにがピンチだよ!」
  と、さっき出した、嘘のあえぎ声をもう一度出す。
海「ああーん、かんちゃーん」
カン「やめろ、このくそバカ!」
海「かんちゃーん」
  言いながら海、タンクトップをも脱ぎ始めようとする。
カン「脱ぐな、バカ」
海「やめてぇ・・」
  カン、脱ごうとする海の手を必死に止める。
カン「なんかしてると思われるだろう」
  またも、ピンポーン。
カン「やめろ、やめろ、やめろって」
海「かんちゃーん」
そして、二人、もつれ合う。
  あたかも、無理矢理カンちゃんが押し倒しているかのようだが、事実は間
逆。
もみ合う二人。
  が、一瞬、海ちゃんの動きが止まった。
海「あ!」
カン「なに?」
海「彼って・・郵便箱の中に鍵が入ってるの、知ってるんだった」
カン「え?」
  カン、その意味が咄嗟にはわからない。
  SE 合い鍵で鍵が開く音。
  ギィ、とマンションの鉄扉が軋んで開いた。
  その方を振り返って見るカンちゃん。
  すでに、海ちゃんは押し倒され、その上に覆い被さるようにして、タンク
トップの下を掴んでいるカンちゃん。
  そのドアの方を振り返った。
  そして、男と目が合った(らしい)
  カンちゃん、男にはなにも言わずに、海ちゃんの方を向き直って、
カン「大迷惑だよ」
海「(つぶやくように)ばっちぐー」
  曲、カットイン、そして、照明カットオフ。