第103話  『お天気お姉さん』
  明転すると、そこは町田海ちゃんの部屋。
  カンちゃんと一緒にテレビを見ている。
  テレビにはお天気お姉さんをやっている海ちゃんが映っている(らしい)。
海ちゃんの声「今日は西日本から天気が崩れ始め、夜半には東海地方で豪雨が予想されます。川の氾濫が予想されますので、はしゃいで近づかないようにしましょうね。外で犬を飼われている方は、忘れずに避難させてあげましょう。今日の海ちゃんのワンポイントアドバイス!! 靴下は三足持参だよ。靴が濡れると気になって一日中ブルーになっちゃいますよね。コンビニで買うのもカワイイのないし、高いもんです。余分に持っていくとお友達や同僚にも貸せて、人気者、間違いなしですよー! ただし! 水虫保持者には慎重に対応しましょうね」
カン「あ、これ見た」
海「これも見たの?」
カン「見た見た・・この服見覚えがあるもん」
海「このスカート、すごくかわいいんだよ」
カン「(と、画面を示して)これでしょ・・かわいいよねえ」
海「かわいいよねえ、私」
カン「これなに、毎日録画してるの?」
海「自分で見て反省会をしたりするの、時々だけど・・でも、カンちゃん、毎日見てるくらいの勢いだよね」
カン「ああ、ほぼ毎日毎回かな」
海「見てるよね」
カン「ね、見てるでしょう?」
海「すごい見てるね、カンちゃん」
カン「毎日毎日バイトに行く前にテレビをつけるでしょう?」
海「うん」
カン「海ちゃんが映ってるわけだよ」
海「月金でね」
カン「お天気お姉さんだもんね」
海「毎日、テレビで見れるんだもんね、私が」
カン「そうなんだよね」
海「しかもただで」
カン「ただって・・」
海「うれしいでしょう? 毎朝、私がカンちゃんちに」
カン「いやいやいや、カンちゃんちってことではなくて、ただテレビに映ってるだけなんだけど」
海「でも、なかなかないよ、別れた女が毎朝テレビに出てるなんて」
カン「うん、うん・・そうそう・・そうなんだけどね」
海「ねえ・・どう、カンちゃん、うれしい?」
カン「うれしくない」
海「またまた」
カン「うれしかないよ」
海「どうしてぇ!」
カン「苦しいよ」
海「苦しい? なんで?」
カン「だってね、別れた女が毎朝、毎朝、テレビに映って、それが笑顔で、それがまたかわいくてさ」
海「かわいいよね、私」
カン「かわいいさ」
海「うれしいでしょ?」
カン「だから苦しいって、もう別れた女なんだよ」
海「でも、メールとか電話とかしなくても、私が元気で毎日生きている姿が見れるわけでしょう?」
カン「それはそうなんだけどね」
海「便利な時代になったよねえ」
カン「それは意味が違うと思うけど」
海「毎日一時起きなんだよ」
カン「一時? 夜の?」
海「そう、一時に起きてタクシーで局に行くの」
カン「へえ・・そうだよね、もう電車とか走ってないもんね」
海「タクシーの中で起きる」
カン「タクシーの中で? 起きる?」
海「ほとんど寝たまま乗ってぇ・・しばらくまどろんでぇ・・起きる」
カン「だよねえ、変な生活サイクルだからね」
海「夜中の一時に目覚ましが鳴る生活なんだよ・・それで、局に着くのが二時とかで、そっからメイクしながら打ち合わせして、朝御飯をちょっと食べる。お菓子とかも食べる。で、四時半から本番。七時までお天気のコーナーが三回あるの。それが終わると、ちょこっと別の仕事して、九時にはお疲れさま」
カン「どういう感じなのか、聞くだけじゃわかんないねえ」
海「朝十時にようやくビール解禁」
カン「朝からビールか」
海「でも、仕事は全部終わってるから」
カン「そりゃそうだけどね」
海「十二時には泥酔」
カン「大丈夫かよ・・体」
海「これがずっと四月から続いてるんだよ」
カン「半年・・・よく続いたね。飽きやすく諦めやすい海ちゃんが」
海「まさかねえ・・お天気お姉さんに私がなるなんて」
カン「びっくりしたよ、テレビつけたらお天気喋ってるからさ・・思わず、海ちゃんなにしてんの! って突っ込んじゃったもん」
海「今年台風も結構来たからね」
カン「台風の中でもやってたね」
海「もう、上から下までびしょびしょでさあ・・」
カン「大変だ」
海「うん、でも、その後の局の熱いシャワーが気持ちいいんだ」
カン「同情しようと思ったのに」
海「それで体暖めて、すぐに冷たいビール」
カン「局で?」
海「局の片隅で・・ちょうど薬丸君が働いてるその時に、私は・・ビール」
カン「なにかとがめないの? 心のさあ・・なんていうの?」
海「仕事終わってるし」
カン「よかったね、まあ、最初に目指していた声優じゃないけど、お天気お姉さんで食えるようになってね」
海「うん・・それもこれもカンちゃんのおかげだよ」
カン「まあ、それはいいけど・・結構じゃあ、羽振りよくなった?」
海「うん・・それがねえ、そうでもない」
カン「なんで? 月金でレギュラー持ってるわけでしょう?」
海「でも、ほら、衣装とか自前だし」
カン「衣装自前? 全部あれ、海ちゃんの・・」
海「そう、クローゼットがパンパンになってきちゃったから、近所に四畳半の衣装部屋を借りたの」
カン「引っ越せよ!」
海「めんどくさいから」
カン「海ちゃん・・」
海「ん?」
カン「根本的な部分はなにも変わってないね」
海「ありがとう」
カン「誉めてないけど・・」
海「あのさあ」
カン「うん」
海「カンちゃんが出してくれた声優の学校の入学金、返そうか」
カン「本当に?」
海「返すよ・・だって、あの頃は私、お金なかったけど、今はほら、月金のレギュラーがあるお天気お姉さんなんだからさ」
カン「本当に?」
海「本当、本当」
カン「いや・・でも、悪いよ」
海「悪くはないよ・・だって、あの時、カンちゃんが入学金出してくんなかったら、今の私はないんだから」
カン「そ、そう」
海「うん、感謝してる・・すごく感謝してる・・自分は浪人してて勉強しなきゃなんないのに、ティッシュ配りのバイトして、私の入学金稼いでくれて・・」
カン「(万感)うん・・うん」
海「本当に感謝してるし、今、ようやく恩返しできる時が来たんだから」
カン「なんか・・」
海「なに?」
カン「良い話しだね」
海「うん・・」
カン「ねえ」
海「うん・・だけど、今、現金あんまないからさ」
カン「え?・・」
海「体で払うよ」
カン「な、な、なんだとぉ!」
海「私の体で払っちゃう!」
カン「なんだよそれ」
海「入学金、二十万だったよね」
カン「それはそうだけど」
海「二十万か・・三回でどう?」
カン「なにが、どう? なんだよ」
海「三回で十分でしょう?」
カン「十分? おまえなに言ってんの?」
海「なに、気に入らないの?」
カン「気に入るとか、気に入らないとかじゃないんだよ」
海「なんで? みんなに良いって言われるよ、すごくいいって」
カン「みんなって誰だよ」
海「みんなはみんなだよ」
カン「だからみんなって誰なんだよ」
海「全員だよ。みんなみんなものすごくいいって」
カン「(どうでもよく)へえ」
海「海ちゃん気持ちいいって」
カン「おまえ、しらふでなに言ってんの?」
海「いらないって言ってるのに、お金くれるって人だっているんだよ」
カン「どういう人とエッチしてるんだよ」
海「誰だっていいでしょ」
カン「そりゃいいけど」
海「だからね、体で払うって」
カン「いいって」
海「ありがとうって言いなよ、素直にさ!」
カン「いらないって」
海「頑固だなあ」
カン「おまえとのセックスは俺、トラウマになってるんだよ」
海「なによ、トラウマって」
カン「心理的な外傷って意味だよ」
海「・・良くて?」
カン「ちがうよ・・どこまでも傲慢な女だなあ」
海「そんなところが大好きなんでしょう」
カン「ちがうよ」
海「うそうそ・・」
カン「いらない・・必要ない・・もう一回言おうか? いらない・・の!」
海「・・・なかなかいないよ、男にいらないっていわれる女の子って」
カン「いないよ! おまえだけだよ。俺もおまえだけにしかこんなこと言わないよ」
海「カンちゃん・・」
カン「なんだよ」
海「・・・ひどいよ」
カン「なに芝居してんだよ」
海「私にだって傷つく心はあるのよ」
カン「知ってるよ! いやらしい女だなあ」
海「いやらしいって・・みだらって言って」
カン「意味が違うよ! 日本語話せよ」
  と、海ちゃんが画面を示して。
海「あ、カンちゃんこれ」
カン「(も、見て)なに?」
海「ああ・・カンちゃん知ってる?」
カン「え? なにが?」
海「この事件はさあ・・今、インタビューに答えている、この人いるでしょう?」
カン「あ、え、うん」
海「この人が犯人なんだよね」
カン「え? なんで、なんで知ってるの?」
海「なんでって、だって犯人だよ、この人」
カン「誰が言ったの? そんなこと?」
海「みんな」
カン「みんなって誰だよ」
海「全員が」
カン「だから全員って誰だよ」
海「局の人達・・この事件が起きた時からもう、この人が犯人だっていう方向で取り組んでいるからさ」
カン「なんでそんなことをテレビの人が勝手に決めつけるんだよ」
海「勝手に決めつけるって、なんか私達が悪者みたいな言い方だよ、カンちゃん、ちょっと口を謹んでほしいなあ」
カン「な、な、なんだと?」
海「こっちだってさ、推測や憶測で言ってんじゃないんだよ」
カン「推測や憶測じゃないとしたら、なんなの? なにか証拠でも掴んだの? この人が犯人だって」
海「検証したんだよ、あらゆる可能性を」
カン「・・あらゆる可能性?」
海「人海戦術で近所を絨毯爆撃のように聞き込みして、この人が証言していることの裏をとったの・・化学的な解析もしてるんだよ。化学って化け学のほうね。そしたら、どうしてもつじつまの合わない、矛盾点がいくつか出てきたの、この人の話からね」
カン「矛盾点?」
海「そう」
カン「それはちなみになに?」
海「それは私の口からは言えないよ・・ん、でも例えばね・・人間と同じ重さ、似た素材の人形を何度も崖から落として、本当はこの人が証言しているように、服の端がひっかかって(と、その形を手で作って)こんな形にはならないとかさ」
カン「例えなの? それはさ」
海「うん、例え話として聞いてね」
カン「なんだよ、それ・・なに、そんなことを今のテレビ局はしてるの?」
海「してますよ、当たり前でしょう」
カン「なんで当たり前なの?」
海「だって、報道だよ。そんなの裏付けをとるのは当たり前でしょう。いい加減な情報に基づいた報道なんてできないし、しちゃいけないんだからさ」
カン「報道? 朝のモーニングショーじゃないの?」
海「そうだよモーニングショーという報道」
カン「モーニングショーは報道なんだ」
海「そう、だから私は正式にはお天気キャスターっていうんだよ」
カン「そんな話はいいんだよ。え? この人が犯人? 検証した? 証言に矛盾点がある?」
海「もうねえ、この人が捕まった時に放送する素材とかも、みんな用意してあるんだよ」
カン「そうなの?」
海「そうだよ」
カン「そんな犯人だとわかってるのに、なんで警察は逮捕しないの?」
海「いろいろあるんじゃないの?」
カン「なんだよ、いろいろって」
海「そこはほら、大人の事情っていうか」
カン「犯人だっていうのは、間違いないの?」
海「間違いないね。検証もしたし、出入りしている警察のOBがさ、犯人はこの人だから、これからの報道は、これこれこうした方がいいって・・・いるでしょ、警察のOBさんってバラエティのコメンテイターとかで」
カン「いるいる、いるねえ」
海「証言していることを検証して、聞き込みして、その結果を警察のOBにもちかけて、判断を仰ぐ」
カン「それはもう警察じゃない」
海「いやいやいや、報道」
カン「モーニングショーはなにをやってるんだ? だったらおまえらが犯人を逮捕すればいいことなんじゃないの?」
海「冗談が過ぎるよ、私達はただのマスコミ、ね。犯人を捕まえるのは、私達の仕事じゃないでしょう」
カン「それはそうだけどさ・・え、本当にこいつが犯人なの?」
海「そうだよ」
カン「(まだまったく納得できない)そうなの?」
海「え? カンちゃん、どこに目をつけてんの?」
カン「(自分の目のあるところを示し)ここに」
海「(あたかも今、初めてその目に気づいたように)ああ・・そか」
カン「二つ」
海「うん・・その節穴のような目で、しっかりと見てみてよ」
カン「見てるよ」
海「だんだん犯人に見えてきたでしょう?」
カン「う、うわ」
海「ね、ね、ね」
カン「ダメだろう、そういうことは」
海「どうして? だって私達の仕事って基本、サービス業だからさ」
カン「さっき報道って言ったじゃない」
海「サービス業としての報道」
カン「ない! そんなものはない」
海「だって、求められているのはそれなんだから、サービス業としての報道・・真実はいかに! ね? 犯人は誰だぁ!」
カン「おいおい・・」
海「おまえが犯人だぁ!」
カン「みんな、この傲慢な女を放し飼いにしていていいのか!」
海「豊満?」
カン「ご、う、ま、ん!」
海「サービス業としての報道がなんで傲慢なの? みんなが求めているものを提供する、みんながありがとうと、感謝する。美しいじゃあーりませんか」
カン「誰が? 誰が求めてるんだよ、そんなものを」
海「みんな」
カン「みんなって誰だよ」
海「全員だよ・・」
カン「全員って・・だから、どこの誰だよ」
海「日本のみんな、日本に住むみんなだよ」
カン「あ、あのね、俺はちがうよ」
海「え? カンちゃん、日本に住んでるでしょう?」
カン「そうだよ、ちがうよ、ちがう、ちがう、ちがうよ、ちがうのはそこじゃないよ。日本には住んでるよ」
海「そだよね」
カン「そのね、日本に住む全員が求めてることじゃないんだよ、少なくとも俺はね、求めちゃいないよ、そんなこと」
海「そんなこと言って、カンちゃんだってテレビ見てるわけでしょ」
カン「そりゃ見てるよ」
海「興味を持ってるわけでしょう、好きなわけでしょう、モーニングショーが、ワイドショーが」
カン「好きじゃないよ」
海「『オーラの泉』が・・」
カン「『オーラの泉』?」
海「あんなウソばればれ番組まで、みんなが見るでしょう。見ないわけじゃないでしょう」
カン「う、うん」
海「見るよね」
カン「ま、まあね」
海「見るでしょ」
カン「それでも俺はね、そんなことに興味はないよ」
海「みんな、そう言うんだよ」
カン「・・・みんなって誰だよ」
海「みんなはみんなよ」
カン「俺は違うよ」
海「みんなそう言うよ」
カン「みんなって・・全員だろう」
海「カンちゃんも含めて・・みんな」
カン「・・俺も求めてるのか」
海「もちろん・・そうだよ」
カン「そんなつもりで見てはいないんだよ」
海「みんな、そう言うよ」
カン「俺も・・みんなかよ」
海「そだよ」
  間。
カン「いや、俺はね・・」
海「なに?」
カン「俺はね・・・」
海「なに?」
カン「・・おまえがテレビに出てるからチャンネルを合わせてるんだよ」
海「・・やっぱり?」
カン「や、やっぱり?」
海「だって・・私、かわいいもんね」
カン「かわいいさ・・かわいいけどな・・いや、そうだよ、俺はな、おまえがかわいいからチャンネルを合わせてるんだ」
海「またまた・・」
カン「本当だよ」
海「わかってるって」
カン「そのあたりがむかつく」
海「カンちゃん・・」
カン「なに?」
海「・・ただでもいいよ」
カン「・・・・なに?」
海「抱いて・・」
カン「な、なに?」
海「抱いて」
カン「いらない、の!」
海「(泣き真似する)へええええぇぇ!」
カン「泣きまねすんなよ」
海「へえぇぇ・・!」
カン「(怒鳴る)笑ってるおまえがかわいいんだからさ!」
海「(泣き真似のまま)やっぱりぃ!」
  暗転。