第100話  『ダイアナ先生』
  暗転中に、頼りない笛の音。
  それはよく聞くと『ドラクエ』のテーマ。
  明転。
  レイル小学校・校庭
  アトムがリコーダーを吹いている。
  その隣に金髪で眼鏡をかけてはいるが、酒寄薫そっくりの酒寄ダイアナが座っている。
  アトム、吹き終わり、
ダイアナ「それは・・なんの曲?」
アトム「『ドラクエ』です」
ダイアナ「『ドラクエ』?」
アトム「『ドラゴンクエスト』っていうゲームです」
ダイアナ「それは日本では有名なの?」
アトム「有名ですね」
ダイアナ「ゲームかあ・・日本のゲームってあんまりこっちの国に入ってこないからね」
アトム「すっごい有名ですね、知らない奴はモグリですよ」
ダイアナ「モグリ? モグリってなに?」
アトム「モグリっていうのは・・ん・・」
ダイアナ「モグリ?・・モーグリ・・モグーリ」
アトム「あ、いやいやいや、モグリはモグリでいいんですけど・・」
ダイアナ「潜るの、どこかに?」
アトム「あ、いや、そういうことでもないんです・・う、ううん・・あ、ええん・・あ、なんて言えばいいんだ?」
ダイアナ「それは例えば、他の言葉に置き換えるとどうなるものなんですか?」
アトム「微妙に日本語・・お上手ですよね」
ダイアナ「微妙?」
アトム「微妙・・やや少し・・」
ダイアナ「やや少し、お上手・・」
アトム「ん、いや、ちょっと違うか・・でも、日本語上手ですよ、本当に」
ダイアナ「どうも誠にありがとう・・」
アトム「いえいえ・・(と、笑う)むふふ・・」
ダイアナ「どうしたの?」
アトム「あ、いや、なんでもないです」
ダイアナ「お父さんがね、おまえも半分は日本人なんだから、カタコトでもいいから日本語を勉強しておきなさいって、生前ずっと言われてたから」
アトム「(と、リコーダーをまた構えて)なんか吹きまっせ、リクエストしてください」
ダイアナ「リクエスト・・リクエストかあ・・」
アトム「なんでも、どーぞ」
ダイアナ「さっきの『ドナクエ』みたいな日本の小学生の間で流行ってる曲がいいな」
アトム「『ドナクエ』・・・」
ダイアナ「『ドナクエ』・・モグリ」
アトム「『ドナゴンクエスト』・・」
ダイアナ「私、ほら、小学校の先生をやってるでしょ・・」
アトム「はい、アトラスの担任の・・先生」
ダイアナ「なんか日本のアニメの事とかいろいろ聞かれちゃうから・・日本の小学生の間で、なにが今、一番流行っているのかって」
アトム「日本で今、一番か」
ダイアナ「なにか、吹ける?」
アトム「ん、じゃあ、これなんかいかがでしょう」
  と、アトム、『朝まで生テレビ』の曲を吹く。
ダイアナ「え? なに、そこで終わりなの?」
アトム「はい、そうです」
ダイアナ「短いのね」「
アトム「小学生の間では大流行ですね」
ダイアナ「じゃあ、日本中の小学生はみんな知ってるのね」
アトム「ん・・ん・・・知ってる人は知ってる・・かな」
  ダイアナ、『朝まで生テレビ』の曲を口ずさんでみる。
アトム「あ、もう覚えた?」
ダイアナ「うん・・だって(自分は)マリーニムの先生だから」
アトム「マリーニム?」
ダイアナ「えっと・・音楽?」
アトム「音楽! 音楽の先生か?」
  そして、ダイアナ、今一度『朝まで生テレビ』の曲を綺麗な声で歌う。
アトム「おお! なんだか『朝生』の曲とは思えない、ありがたい感じがします」
ダイアナ「歌詞はついてないの、これには」
アトム「歌詞? 歌詞はないですね・・」
ダイアナ「他には、どんなのが流行ってるの?」
アトム「あとは・・・」
  と、アトム、『爽健美茶』の曲を吹き始める。
アトム「これはですね、歌詞があるんですよ」
ダイアナ「え? なんて歌詞?」
アトム「はと麦、玄米、月見草、爽健美茶」
ダイアナ「はと麦、玄米、月見草、爽健美茶」
アトム「ドクダミ、ハブ茶、プーアール」
ダイアナ「え? それは続き?」
アトム「え・・ん、続きっていうか」
ダイアナ「わかった、二番だ」
アトム「そうです、二番です」
ダイアナ「え、もっかい、もっかい」
アトム「(歌う)ドクダミ、ハブ茶、プーアール」
ダイアナ「(歌う)ドクダミ、ハブ茶、プーアール」
アトム「先生はなにか知ってる日本の歌って、ないんですか?」
ダイアナ「そうねえ・・今はネットでどこにいても、世界中の歌がダウンロードできるけど、なんでも聞けるようになると、逆に何聞いていいかわからなくなっちゃって聞かなくなるものよね。昔はお父さんが日本から買ってきてくれるレコードとかCDとかしかなかったからねえ、なんかすごく偏った曲ばっか繰り返し聞いてたな」
アトム「え、どんなの? どんなの?」
ダイアナ「『天城越え』とか『舟歌』とか」
  と、ちょっと、歌ってみせる。
アトム「本当だ、えらい偏ってるなあ」
ダイアナ「お父さんが死んだ時で、私の中の日本の時間って止まっちゃってるからね」
アトム「三年前?」
ダイアナ「そうね・・あ、でも、アトラス君も二年前に日本を離れた時から、日本の時間が止まってるって言ってたわよ」
アトム「日本の時間が止まってる・・」
ダイアナ「・・聞いたことのない言葉をアトム君が喋っていて、びっくりしたとも言ってた」
アトム「聞いたことない言葉って、なに? なんのことだろう?」
ダイアナ「武士キングって」
アトム「武士、キング?」
ダイアナ「なんか戦うやつなんでしょ、お侍さんが」
アトム「それは・・それは武士じゃなくて、ムシです。ムシキング・・だから、戦うのはムシなんです」
ダイアナ「ムシが戦うのか」
アトム「そうです、今年の夏は大流行(おおはやり)でしたよ」
ダイアナ「先生は虫、嫌いだなあ」
アトム「あ、いや、本当の虫が戦うわけじゃないんです」
ダイアナ「え、嘘の虫?」
アトム「え、ええ・・嘘の・・虫?」
ダイアナ「あ、前に、本の虫っていうのも聞いたことがあるけど、それは戦わないの?」
アトム「戦いません。ムシキングか、ムシキング知らないのか・・聞いてくれれば、もっと詳しく僕が教えてあげたのに・・アトラスは・・どこ行ったんですか?」
ダイアナ「アトム君、ねえ」
アトム「はい」
ダイアナ「日本からこんなに離れた国までアトラス君を訪ねて来てくれて、アトラス君は本当に嬉しかったって、思ったって」
アトム「ああ・・でも、家のお父さんとお母さんもよく許してくれましたよ」
ダイアナ「素敵なお父さんとお母さんねえ」
アトム「はい・・僕は大好きです・・かわいい子には旅をさせろって、言って出してくれたんです。僕もいつかあのかわいい親達を旅に出してやりたいです」
ダイアナ「(笑って)そう・・・」
アトム「あ、そうだ、その前にアトラスを今度は日本に呼ばなきゃ・・そうだ、その話もしたかったのに・・アトラス、遅いな」
ダイアナ「その事だけどね、アトム君」
アトム「その事? その事ってどの事?」
ダイアナ「アトラス君の事」
アトム「はい」
ダイアナ「先生ね、アトラス君からアトム君に話して欲しいって頼まれている事があるのよ」
アトム「アトラスから?」
ダイアナ「(頷いて)・・アトラス君は日本からアトム君が来てくれて本当に嬉しかったって・・」
アトム「ええ・・それはまあ、気にしないでもいー事ですよ、友達ですからね、世界中のどこにいても・・親友がそこにいるから出掛けていくだけですよ・・」
ダイアナ「アトラス君はね、アトム君・・もう日本に帰りたくないんだって」
アトム「え? なんで? どうして? だって、アトラスは日本人なんだよ」
ダイアナ「それはそうなんだけど、日本には帰りたくないって」
アトム「どうして?」
ダイアナ「将来、この国の大学へ行って、この国で仕事をしたいんだって・・」
アトム「聞いてないよ、そんなの・・今まで、何十通も何百通もメールしたりしたのに、手紙も書いたりしたのに、この国に着いた日からずっと二人でいろんな話をしたのに、街をあるいたり、いろんなところに行ったり、僕のホテルの部屋で夜ちょっと遅くまでいて、いろんな話をしたのに、アトラスはその話は、まったくしなかった」
ダイアナ「言えなかったんだって・・段々、つらくなってきたんだって・・だから、私の所に来て、先生、代わりにって」
アトム「そんな大事なこと・・なんで僕に直接言わないんですか、アトラスは! アトラスはどこですか? どこにいるんですか?」
ダイアナ「先生とアトム君の話が終わったら、改めて会うって」
アトム「なんで、僕に直接言わないんだ!」
ダイアナ「アトム君が悲しむと思ったからじゃない?」
アトム「そういうことじゃないでしょう、なんでも話せるから親友でしょう」
ダイアナ「親友だから・・言えないことってのもあるんじゃないの?」
アトム「そんなことはありません、この世に存在しません」
ダイアナ「本当にそうかなあ」
アトム「そうです」
ダイアナ「そうかなあ」
アトム「そうだと思います・・たぶんそうです」
ダイアナ「アトム君のことがアトラス君はすごく大事なのよ・・」
アトム「そんなことは知ってます、わかってます、ダーダミージョなんだから・・ダーダミージョ・・親友・・僕が一番最初に覚えた、この国の言葉」
ダイアナ「ダーダミージョ」
アトム「ダーダミージョ」
ダイアナ「ダーダミージョだから、言えないことってのが・・あるのよ」
アトム「どうして! なんだよ、アトラス! そんなことを面と向かって言われたら、僕が凹むとでも思ったのか、くらうとでも思ったのか、悲しくなるとでも思ったのか、泣いてしまうとでも、思ったのか!・・・凹むよ・・・くらうよ・・悲しいよ・・泣きそうだよ・・なんで日本に帰りたくないんだよ、だって、日本で生まれたんだよ、アトラスは・・日本のどこが嫌なんだよ・・・だって、こんなよその国にいたら、イジメられたりもするでしょう?」
ダイアナ「するわね」
アトム「つらいでしょう、そんなの」
ダイアナ「日本から来た日本人だからとか、お父さんが日本人だから、とか・・ってね」
アトム「じゃあ、なんで、そんなところにいるの、帰っておいでよ、日本に」
ダイアナ「日本でもイジメられてたんでしょう、アトラス君は・・」
アトム「・・昔・・少し」
ダイアナ「そうなんでしょう?」
アトム「それでも、僕と仲良くなって、そんなことは段々なくなったし・・だいたい、日本のイジメよりこっちのイジメの方が・・」
ダイアナ「うん・・でもねえ、アトラス君が言ってたんだけど、こっちのイジメには理由があるって」
アトム「理由がある?」
ダイアナ「日本から来た日本人だからとか、お父さんが日本人だから、とか・・ってね」
アトム「(嫌な予感)・・うん」
ダイアナ「でも、日本のイジメは理由がわからないんだって・・ある日、突然始まって、みんなが敵に回る・・もちろん、アトム君みたいな友達だっているとは思うけど・・」
アトム「でも、それでも、そういうのと戦って・・」
ダイアナ「見えないから戦えないって、アトラス君はそう言ってた・・」
アトム「・・・・なんだよ、アトラス」
ダイアナ「見えないものとは戦えないって・・日本にはそんな、見えないものがあるから・・戻りたくないって」
アトム「僕は? 僕のことは? 僕がいるじゃないか、日本には僕がいるんだよ、アトラス」
ダイアナ「そうね・・アトラス君にとって、日本はアトム君なんだもの、アトム君がアトラス君の日本だから、アトム君がいれば・・」
アトム「日本はいらない?」
ダイアナ「・・だから、もしも、アトム君が日本に住めなくなったらね、いつでも僕のところにおいでって、アトラス君は言っていた。僕の部屋に君の枕と歯ブラシを置いておくから、いつでもおいでって・・」
アトム「アトラス、ちがう、ちがうよ、アトラス・・・(ダイアナ先生に)そう・・アトラスは昔、少しいじめられていた。でも、そんな事、もうとっくに忘れて、こんな日本から離れたところで一人でがんばって生きていて・・すごいなって思ってたのに・・久々に会えて・・元気でよかったなって思ってたのに・・つらかったんだろうなあ・・いや、まだつらいんだろうなあ・・そんな話、してくれればよかったのに、そういう事を話してくれればよかったのに・・でも、アトラス、僕はまた一つやる事ができたよ。やらなければならない事ができた・・いつか、僕は・・おまえを日本に連れて帰る・・今すぐには無理かもしれないけど・・今はまだなにもできないかもしれないけど、それでも・・いつか、きっと・・二人で戦おう・・その見えないものと・・僕はおまえのダーダミージョなんだから・・」
   ゆっくりと暗転していく。