第99話  『カンちゃんカジノへ行く』
  カジノの片隅。
  カンちゃんとタクちゃんがいて。
カン「・・タクちゃん! 頼むよ」
拓弥「だから・・ダメだってば」
カン「頼む、頼むよ、お願いだから、金、貸してくれよ」
拓弥「カンちゃん! どうしちゃったの!」
カン「金! 貸してくれよ! 頼むよ! お願い! お願いします!」
拓弥「ダメだって・・もう帰ろうよ、カジノでそんな、儲かるわけないんだから」
カン「日本に帰ったら絶対返すから」
拓弥「ダメだってば・・ダメ、ダメ、ダメです、ダーメ!」
カン「(怒鳴る)なんだよ、その態度は!」
拓弥「え!」
カン「(怒鳴る)貸してくれって言ってんだろ!」
拓弥「大きな声出すなよ!」
カン「大きな声、出させているのは誰なんだよ!」
拓弥「俺、俺のせい?」
カン「俺が大きな声出して、二人しかいないってことは、大きな声出させているのは誰?」
拓弥「俺・・」
カン「ほらあああぁぁ」
拓弥「ほらあって! カンちゃん!・・なんで、そんなになっちゃったの、カジノ来て。そんなさあ・・カンちゃんて・・そんなキャラだったっけ? なんかもう、俺が知っているカンちゃんじゃないよ」
カン「早く金貸してくれよ! ざってえなあ!」
拓弥「(もまた怒って)ざってえって、人に向かって言ってはいけませんよ、カンちゃん!」
カン「ごめん、ごめん、ほんと悪いと思ってる、でも、ほんとに金貸して欲しいんだ、心底、金貸して欲しいんだ、今、ここで頼れるのはタクちゃんしかいないんだよ、俺には・・ダメだろ、ダメなんだよ、ダメなのはわかってる・・わかっていて頼んでるんだから、相当なもんだろ、な、な、な、金貸してくれよ」
拓弥「あのね、カンちゃん、そんなこと言ってずるずるずるずるやってたら、本当にね、冗談じゃなく丸裸にされちゃうよ」
カン「うん」
拓弥「カジノって響きはゴージャスでさ、なんかハイカラな感じはするけどね」
カン「ハイカラ?」
拓弥「西洋風ね」
カン「あ、ああ・・」
拓弥「ここはディズニーランドみたいに、みんながニコニコして、愛想が良くて、ゴミ一つ落ちていない、どこ行っても明るく清潔、ね、ディズニーランドそっくりだよ。でも、ここはディズニーランドとはちがう、ここは賭場なんだよ賭場!・・むしりとるためにゴージャスなんだよ・・気がついたら丸裸なんだってば!」
カン「ああ・・わかってる・・わかってはいるけどね・・(と、逆ギレし始める)そんな忠告はね・・」
拓弥「なに?」
カン「百年遅いんだよぉぉ」
拓弥「なんだよ、百年遅いって!」
カン「俺はねえ、もう丸裸なんだよ、今はもう俺、服は着ているけど、本当は丸裸なんだよ」
拓弥「カンちゃん」
カン「なに?」
拓弥「なんかもう俺が知っているカンちゃんじゃないよ」
カン「いや、俺は俺だよ・・」
拓弥「いや、ちがう、なにかがちがう、いや、なにかってことでもない、そんな不明瞭なことではない、明かに違う人」
カン「違わないよ、俺は俺だよ・・俺のまま突っ走って、それで・・もう引き返せないところまで来ているんだ」
拓弥「なんで? 今、止めてホテルに帰ればいいじゃん」
カン「ホテルに帰ってどうするの?」
拓弥「ビール飲んでさ、ホロ酔って・・こっちのテレビ番組見て・・昨日さ、俺、こっちの言葉で吹き替えられてる『金八先生』見てさ、第六シーズンね、言葉わからないけどちょっと泣いたもん、毎日やってるみたいでさ、あれ、たまんないね・・」
カン「それで?」
拓弥「それで・・明日帰る準備とかしてさ」
カン「帰れない」
拓弥「なんで?」
カン「航空券売った」
拓弥「なにい!」
カン「カジノの中にね、質屋さんみたいなところがあってね、そこでいろんな物を買ってくれるんだよ」
拓弥「売っちゃったの?」
カン「そうだよ、拓弥ちゃんがトイレに行ってる間とか、向こうでスロットマシーンとかやってる間に、俺、こっそり売りに行ってたんだよ・・いろいろ・・」
拓弥「なにを? なにを売ったの?」
カン「Gショックの腕時計、MDウオークマン、イクシー、ね、あと眼鏡」
拓弥「眼鏡? 眼鏡なんか売れるの?」
カン「もうねえ、二束三文ですよ」
拓弥「ですよ、って」
カン「でも、ないよりはまし・・」
拓弥「どうすんの?」
カン「・・・取り戻す」
拓弥「戻せない・・って」
カン「(本当に真剣に)・・金、貸してくれ」
拓弥「カンちゃん・・」
カン「俺を日本に帰してくれ」
拓弥「なんだ、そりゃ・・」
カン「頼むよタクちゃん・・」
拓弥「カンちゃん・・・」
カン「なに・・・」
拓弥「それはね、ギャンブル依存症だよ、依存症だよ」
カン「依存症? 依存症にはならないでしょう」
拓弥「いや、依存症以外の何者でもない」
カン「なんで? あれでしょ、依存症ってのは、ハマって抜けられなくて、生活がおかしくなっていくってのでしょ」
拓弥「そうだよ、ボロボロになって行くんだよ、依存症ってのはね、怖いものなんだよ」
カン「今日始めたばっかだよ、なんでそんなに簡単に依存症になっちゃうんだよ」
拓弥「じゃあなに? なんだと思ってるの? 今のこのカンちゃんの状況!」
カン「(懸命にすっとぼけている)状況ってなにが?」
拓弥「なにがじゃないでしょう、なにがじゃ!」
カン「(同じく懸命に)なにが?」
拓弥「ほら、もう、なにが、以外の言葉がでないじゃん」
カン「(同じく)でるよ」
拓弥「じゃあ、言えよ、言ってみろよ」
カン「(同じく)言ってみるよ」
拓弥「ほらあ・・」
カン「(ここからは普通に)ほらあってなんだよ」
拓弥「もうまともな人間の言葉のやりとりってもんができなくなってるじゃない・・依存症だってば」
カン「あのねえ、だいたいねえ、そんなに簡単に人間がなにかの依存症になってたら、世の中依存症だらけでしょう」
拓弥「だから世の中依存症だらけじゃない」
カン「タクちゃん普段、どんな人達とつきあってるの?」
拓弥「いろんな依存症、ガチャガチャ依存症、東スポ依存症、健康法依存症、いるでしょ、健康法に依存している人、健康のためにあれこれやって、もう、健康のためなら死んでもいいって思ってる人」
カン「あ、ああ、いるね、いる、いる」
拓弥「・・あのね、アルコールの依存症ってのがあるじゃない」
カン「うん」
拓弥「アル中」
カン「アルコールが手放せなくなるやつでしょう。アルコールなしには生きられなくなる・・」
拓弥「そう、そうだよ」
カン「酒くれよー、とか大声出し始める」
拓弥「そう、そうだよ」
カン「ずっとエンドレスで酒飲み始める」
拓弥「チェーンドリンカーって言うんだけどね・・」
カン「なりふりかまわなくなる・・」
拓弥「思い当たるところはないかい?」
カン「え?」
拓弥「カンちゃんのさっきからの行動!」
カン「それは・・(小さな声で)違うよ・・違うもん」
拓弥「なにが違うの? 言ってみてよ、カンちゃん」
カン「それはたまたま、言動が当てはまっただけで・・それでそういう言い方されてもさあ・・・」
拓弥「え? え? ちょっと待って、日本でもそうだったの? 賭事やるといつもこんなに熱くなってた? なりふり構わなくなってた?」
カン「(考えて)・・・いや」
拓弥「ギャンブルは?」
カン「麻雀くらいかな・・でも、冬山のような麻雀って言われるくらいに、クールにやってた」
拓弥「じゃあなんで? なんでカジノに来たらキャラチェンジしたの? 日本では冬山のようにクールな男が」
カン「日本にいた時の俺と、今の俺は・・どっちが本当の俺なんだ?」
拓弥「ま、どっちもカンちゃんっていえばカンちゃんなんだけど」
カン「なんでだろう? なんでだ?・・俺の、ダークサイドが出てきたってことかな」
拓弥「日本では姿を見せなかったカンちゃんの一面」
カン「俺、今、フォースを間違った使い方してるってこと?」
拓弥「そうそう、そうだよ、そうなんじゃないの?」
カン「もしも日本にカジノがあったら、俺はもっと早くこうなっていたのか・・」
拓弥「そうなんじゃないの?」
カン「良かったあ・・カジノが日本になくて・・っていうか帰れないんだってば。どうすりゃいいんだ・・ギャンブル依存症にいきなり・・あ、そうか」
拓弥「なに?」
カン「急性アルコール中毒ってあるじゃない」
拓弥「ああ・・あるね」
カン「俺は今、急性ギャンブル中毒なんだよ」
拓弥「そうか・・」
カン「まいったな・・」
拓弥「うん・・でも、急性ギャンブル中毒って名前つけたからって、なんも解決してないよ」
カン「まいったな・・」
拓弥「しかも、急性アルコール中毒って、一気に飲み過ぎて病院に運ばれるやつでしょ、意味とか全然、ちがうくない?」
カン「まいったな・・」
拓弥「そんなんじゃ、万が一日本に帰れてもダメじゃん」
カン「アル中ってどうやって治すの?」
拓弥「断酒会とか行って」
カン「それで?」
拓弥「我慢する・・」
カン「我慢か」
拓弥「そう・・」
カン「うわ、きっついな・・ああ・・目の前にカジノがあるから、いけないんだよ。ああ・・カジノのない国に行きたいよ」
拓弥「だから、それが日本だろって」
カン「あ、そうか」
拓弥「帰ろうよ、カンちゃん」
カン「帰れないし」
拓弥「飛行機代は貸すよ」
カン「本当に」
拓弥「それくらいは貸すよ」
  と、懐から封筒を取り出す。
カン「なにこれ?」
拓弥「さっきスロットで、BARが三回続けて出た・・日本円で六十万ある・・」
カン「すごいじゃん」
拓弥「なんか・・凹むよ」
カン「なんで?」
拓弥「こんなところで運の無駄遣いをって・・」
カン「そんなことないよ、俺、無駄遣いする運すらないんだから」
拓弥「これ、あげるよ」
カン「なんで?」
拓弥「だってここはカジノじゃん」
カン「そ、それはそうだけど・・」
拓弥「今日の俺の一番の賭け・・カンちゃんがこれをここで使い果たすか、それとも、この金で日本に帰ってくるか・・」
カン「タクちゃん・・・」
拓弥「大博打・・さて、俺は、ホテル帰って『金八先生』見るから・・」
  と、出ていこうとして、足を止め。
拓弥「俺もさ・・」
カン「なに?」
拓弥「依存症なんだよ」
カン「なんの?」
拓弥「『金八先生』依存症・・じゃね」
  と、出ていく。
  カン、その封筒をじっと見たまま・・
  暗転。