第98話  『No Rain No Rainbow』
  マレーシア・チャイナタウン
  オープンカフェのようなところ。
  龍之介がダラっといて、タイガービールを飲んでいる。
  龍之介、手を挙げた。
  やってくる涼二。
涼二「お待たせしました・・暑ーっ!」
龍之介「早かったね」
涼二「空港を出て、すぐリムジンに乗れたんで」
龍之介「そのまま直接ここに?」
涼二「早い方がいいかなって思って」
龍之介「ホテルは?」
涼二「予約はネットでしてありますから・・彼女・・本当に見つかったんですか?」
龍之介「うん」
  龍之介、テーブルの上に茶封筒を放り出した。
涼二「すごいな龍ちゃんは」
龍之介「ちょっと、いろいろ面倒ではあったけどね」
涼二「(茶封筒を手にして)ありがとうございます」
  と、中をなんとなく確認したりしている。
龍之介「・・・彼女にも会ったよ」
涼二「え、本当ですか?」
龍之介「うん、居場所がわかっても、この国まではるばる来て、門前払い食わされちゃたまんないだろ?」
涼二「え・・じゃあ、もう話は・・」
龍之介「一応はね」
涼二「大丈夫なんですね」
龍之介「え? なんで?」
涼二「だって、大丈夫じゃなければ、僕をここまで、呼んだりはしないでしょう」
龍之介「ん・・うん、まあねえ」
涼二「ね、でしょ? そうでしょ?」
龍之介「彼女、ね、見つかったことは見つかったけど」
涼二「けど、なんですか?」
龍之介「問題はあるんだ」
涼二「問題? 問題ってなんですか?」
龍之介「居場所はとにかくこん中に書いてある」
涼二「はい」
龍之介「いやあ、大変だったよ、俺もこんな探偵のまねごとをするのは初めてだからさ」
涼二「すんません、でも、他に頼る人もいなかったもんで・・龍ちゃんしか・・だって一晩一緒に過ごしただけですからねえ・・手がかりなんかほとんどなかったんですから」
龍之介「俺も、話し聞いてみて、そりゃ無理だろうって、思ったけどさあ」
涼二「どうやって探したんですか?」
龍之介「そうねえ・・俺のね、同居人の初美ちゃんっていうのがさ、インテリアの買い付けをやってるんだよ」
涼二「ええ」
龍之介「俺もよくくっついてその買い付けの旅行とか、行ってたんだけどさ、そのうち段々、変なリクエストが出てくるようになってね・・タイの山岳部族が使っているテーブルが欲しいとかさ、広東省の八客(はっか)ランプシェードを頼むとかさ、それでまあ、いろんなルートは開拓されていくわけよ、別にまあ、そんなにやばいルートってわけでもないんだけど、人脈っていうかさ、それであちこちに尋ねて、紹介してもらって、人から人へって感じでね、調べていったわけだよ。留学生だったんだろ、もともと」
涼二「ええ・・そうは言ってましたね」
龍之介「まあ、留学生でもなかったんだけどね」
涼二「留学生じゃない?」
龍之介「彼女はさ、涼二、おまえに会ってもいいって言ってはいるんだ」
涼二「よっしゃ!」
龍之介「うん、でも、早まるな、条件があるんだ」
涼二「条件?」
龍之介「涼二にね、彼女がもう一度会いたい理由はたった一つなんだ」
涼二「・・なんなんですか?」
龍之介「エッチだって」
涼二「は?」
龍之介「エッチがしたいって」
涼二「どういうことですか?」
龍之介「エッチが目的なら会ってもいいっていうこと・・」
涼二「・・本当に、本当に彼女はそんなこと言ったの?」
  龍之介、頷いた。
龍之介「彼女はね、あの日のね、涼二とのエッチが忘れられないんだって」
涼二「・・エッチか」
龍之介「涼二・・」
涼二「はい・・」
龍之介「おまえ、どういうセックスしたの?」
涼二「どうもこうも・・普通の・・あれですよ」
龍之介「普通のあれって・・」
涼二「普通のあれですよ・・え? え? そういう以外になんて言えばいいんですか?」
龍之介「うん、まあ、まあねえ・・難しいわな・・どういうって口で説明するのは」
涼二「そうでしょう」
龍之介「でも、どういう流れで、どうしたのかってのは、覚えてるんだろ」
涼二「日本で最初に話した通り・・きっかけは・・雨宿りですよ」
龍之介「うん・・雨宿りな」
涼二「夕方、外苑前から表参道に向かって歩いていたら、突然土砂降りの雨が降ってきて、シャッターの降りた銀行の軒に飛び込んで雨宿りしてたんです。駅まで走るつもりでいたんですけど、もう、上から下までぐちょぐちょになっちゃって・・それで、ちょっと様子見ようって思って、軒の下で待ってたら・・しばらくして、彼女が僕の横に駆け込んできたんです」
龍之介「・・彼女も上から下までびっしょり雨に濡れてた?」
涼二「(ちょっと考えて)いや、そうでもなかったかな・・」
龍之介「ワンピースの長い髪の女」
涼二「最初は陽によく焼けている子だなって思ったんですけど・・顔立ちをよく見ると日本人じゃなくて・・」
龍之介「タイ系のマレーシア人だった」
涼二「それはその雨宿りしている間に、ちょっと話をしていてわかったんですけど」
龍之介「マレーシアから来ている留学生だと・・」
涼二「ええ・・それで雨足はどんどん酷くなって、いくら軒下に避難しているからっていっても、次第に彼女のワンピースが濡れていって・・下着が透けて見え始めたんです・・それに彼女も気づいて、服を乾かしたい、どうすればいいか、って相談されて・・」
龍之介「それで近くのホテルに?」
涼二「案内して、入り口で別れようとしたら、あなたもそんなに濡れてるんだから、服を乾かした方がいいって・・」
龍之介「ん・・この辺で、どうも出来過ぎた話だなあって思わなかったかな」
涼二「ん・・・んん・・」
龍之介「彼女は最初、表参道の道を挟んだ向かいの喫茶店にいたんだ。友達と三人でね・・彼女はクアラルンプールの大学で日本語を勉強していて、短期留学っていうと聞こえはいいけど、まあ、言ってみれば遊学をしに日本に来ていたわけだ。でも、なかなか日本人と知り合う機会もなく、そのまま帰国の日が近づいてきていて、このままじゃ、なにも経験しないで帰ることになるんじゃないかって、話になったらしいんだ。それで、彼女達三人はある賭けをした。他愛もない賭けだよ。でも、その賭けに負けたら、罰ゲームをしようということになったんだ。日本人の男の子を誘惑してみること・・その賭けの結果が出た時、土砂降りの雨が降ってきた。賭けに勝った女の子達は、彼女に命令した。あの銀行の軒下に最初に雨宿りしてきた日本人に声をかけてみること・・」
涼二「罰・・・ゲーム?」
龍之介「そして、涼二が駆け込んで来た。喫茶店から彼女は飛び出して、涼二の隣に立った。当然、彼女の体は、そんなに濡れてはいなかった・・」
涼二「・・そうか、そういうことか」
龍之介「彼女は駆け込んできた男が涼二でよかったとその時は思ったらしいよ・・」
涼二「その罰ゲームはどこまで罰ゲームだったんですか?」
龍之介「それはわからん・・それでホテルに入って・・」
涼二「先に彼女がシャワーを浴びて・・バスタオルを撒いて出てきた彼女と交代して、僕がシャワーを浴びたんです。それで下にタオルを撒いて出てきたら、彼女が僕の背中の傷に気がついたんですよ。僕の背中、バイクで事故って、ガードレールに叩きつけちゃったから・(右肩から左の腰にかけて)ここから、こう・・びーっと傷跡が残ってるんです。彼女はその傷をもっとよく見たいって言うから、背を向けたら、すぐに彼女は僕のその肩の傷口に唇を押しあててきたんです。温かくて、ぬるっとしたものが、傷口をいとおしむように、うごめいて・・くすぐったいよ、って、身をよじらせ彼女の方を向いたら、すぐ目の前に彼女の半開きの唇があった。ふっくらとした唇の端に唾液が垂れていた」
  間。
涼二「二人で唇をむさぼり合って、耳たぶを舐めて、軽く噛んで、首筋に舌を這わせているうちに、彼女の腰から力が抜けていって、僕に枝垂れかかってきて・・僕は彼女を抱え上げて、ベッドに向かったんです。思ったより彼女の体は軽くて、仰向けに寝かせたら、両膝を立てて、無防備に開いたんです」
  間。
涼二「彼女のウエストからお尻へと撫でて行くと、びっくりするくらい小さくて、しかも、冷たかった。けしてスタイルが悪いということじゃなくて、全体的にスリムで、しなやかな体つきだった。彼女の中は・・熱くて、狭くて、僕を掴んで放さなかった・・ほんの少し動いただけで、彼女の体はビクビク大きく震え、漏れる声も次第に大きくなっていった」
龍之介「話を聞くと、別に普通のエッチだよな」
涼二「そうですよ、だからそうだって言ってるじゃないですか」
龍之介「なにがよかったんだろう?・・正直、思い当たるふしはない?」
涼二「・・ない・・ないな」
龍之介「今までの彼女とかはどうだったの? 涼二、すごいって言われたりした?」
涼二「・・・まあそれなりには」
龍之介「それなり? それなりってなんだよ、それなりって・・」
涼二「でも、ほら、やるからにはねえ、満足してもらわないとって・・」
龍之介「がんばり屋さんだなあ」
涼二「そんなところをがんばり屋さんって言われてもなあ・・」
龍之介「だってあれだろ・・友達との約束の罰ゲームだったとしても、そんなに簡単に女は寝ないよ」
涼二「そうですよね」
  そして龍之介、自分が差し出した茶封筒を今一度手にして、中をまさぐり一枚の神を取り出す。
龍之介「今日、おまえが来るって言ったら、ここで待ってるようにするってさ・・」
涼二「バー?」
龍之介「ホテルのね」
涼二「あ、ああ、本当だ」
龍之介「行くか?」
涼二「もちろん・・」
龍之介「健闘を祈るよ」
涼二「ありがとう、龍ちゃん・・じゃあ」
  と、茶封筒を手に立ち上がる涼二。
涼二「龍ちゃん、この後、どうするの?」
龍二「せっかくこんな所まできたんだから、もうちょっとぶらぶらして帰るよ」
涼二「じゃあまた・・」
龍之介「あ、そうだ、ビールをもう一杯もらってくれ」
涼二「おごらせてもらっていいかな」
龍之介「ん・・じゃあ、頼むわ」
  涼二、はけて・・
  龍之介、今一度、ビール瓶を口にするが、それはまったく空で・・
  暗転していく。