第96話  『ダーダミージョ』

  レイル小学校・校門前 
  客電が落ちて、すぐにアトラスが大声で抗議している声が聞こえる。
アトラス「サイザイティカ、マイドル、アギャーナ、レントロゥ、ハンダリ、マ、アヤネンゴセロシテテ、ウドサレントロ、マ、レマ、レマ、サ、サイザイティカロ、チドチロル」
  明転。
  下手に今、必死にアトラスが抗議をしている守衛の男がいるらしいが、パーティションの陰で見えない。
  そのアトラスの後ろにアトムが立っている。
アトラス「ダミージョ!」
  アトラス、アトムの肩を抱きその男にアトムを紹介する。
アトラス「ダミージョ! ワリ、ダミージョ」
アトム「ダミージョ?」
アトラス「友達!」
アトム「(理解した、自分とアトラスを示し)ダミージョ! ダミージョ」
アトラス「ダミージョ、アトム」
アトム「アトムです、佐藤アトムです」
アトラス「ダーダミージョ!」
アトム「ダーダミージョ?」
アトラス「親友」
アトム「(男に向かって)ダーダミージョ」
アトム「
アトラス「ヤオパン、ミガール、ダミージョ、アトム」
  と、拳と拳を上下にトントン打ち合わせて。
アトラス「ヤオパン、ミガール、ダミージョ」
アトム「それはなに?」
アトラス「(その動作を続けながら)ん? これはね、怒ってるっていうジェスチャー」
  アトムもまた同じ様なことをやって見せる。
アトム「ヤオポン、ミガール・・」
アトラス「ヤオパンだよ、ヤオポンってなんだよ、おかしいだろ、ヤオポンって」
アトム「わかんないよ、そんなの、ヤオパンもヤオポンも同じだろ」
アトラス「違うよ、ヤオポンって、どういう意味か知ってて言ってるの?」
アトム「知らないよ、知るわけないだろう、そんなの!」
アトラス「ヤオポンってのはね」
アトム「うん、なに?」
アトラス「ああ、あとで、あとで、あとでゆっくり説明する」
アトム「そんなにややこしい言葉なの? ヤオポンって」
アトラス「今はそれどころじゃないから!」
アトム「もういい、もういいって」
アトラス「いやダメだって」
アトム「いや、いいって、アトラス、どうもありがとう、もうここまででいいって・・」
アトラス「逃げちゃダメだって」
アトム「逃げてない、逃げてない、もう充分だってば」
アトラス「ダメだ、ここで引いたらダメなんだ、ヤオパン、ミガール、ダミージョ(アトムに向かって)おかしいだろう、自分の通っている小学校に入れないなんて(再び男に向かって)ヤオパン、ミガール、ダミージョ」
アトム「あ・・」
  と、アトム、一瞬、舞台の奥を向く。
アトラス「ラカラッテ、ノルスシス、アンフマント、テンガランナニムス、ヤオパン・・」
  アトラス、アトムの異変に気づいた。
アトラス「アトム? どうした?」
アトム「鼻血・・出た」
アトラス「なに?」
アトム「鼻血が出てきた」
  と、こちらを向くアトム。
  鼻血を出している。
アトラス「なに鼻血出してんだよ」
アトム「あ・・いや・・なんか、興奮すると出るんだよ」
アトラス「(と、男に向かって)え? なに? イナギーリョ?」
アトム「なんて言ってるの?」
アトラス「なに鼻血出してんだって?」
アトム「ほっといてくれよ、そんなの!」
アトラス「ラカラッテ、ノルスシス、アンフマント、テンガランナニムス、ヤオパン・・」アトム「・・アトラス、なんて言ってるの?」  アトラス、段々、男に向かって言っているのと同じテンションでアトムとも喋り始める。
アトラス「だからね! こいつは、わざわざ日本からやってきた僕の親友なんだ、こいつに僕が通っている学校の中を見せてやりたいんだ、なんの危険もない、悪いこともしない、ただ、僕は僕の教室をこいつに見せてやりたいんだ、それだけだって言ってるんだ」
アトム「なんで見せてくれないの?」
アトラス「僕らが黄色いからだよ」
アトム「黄色い?」
アトラス「こいつはいつもそうなんだ、僕になにかとイジワルするんだ」
アトム「黄色い? 今、赤もあるよ」
アトラス「鼻血の話はいいんだよ! これは日本にいる僕の親友で、いつもメールでやりとりしているんだけど、今日ははるばる日本からやってきたんだ、だから、僕のクラスはどんなところか、僕が勉強しているところはどんなところか、メールではわからない、メールなんかじゃ説明できないところを見せてやりたいんだって言ってるんだ」
アトム「でもダメだって?」
アトラス「このオヤジ、僕がちょっとでも遅刻したりすると、いつもこうやって文句ばっかり頭ごなしに怒鳴りちらして、僕を学校の中に入れてくれないんだ」
アトム「なんで?」
アトラス「僕が黄色いからだよ。僕らが黄色いからだよ」
  そして、そのオヤジがまたなにか言ったよう。
アトラス「なんだとぉ? ストラカジャリー! おまえなんかストラカジャリールだ!」
アトム「ストラカジャリールだ!」
アトラス「アトム、おまえ、意味わかって言ってんのか?」
アトム「なんとなくわかってきたよ」
アトラス「本当か?」
アトム「ああ、アトラス、おまえが言っている感じを見てたら、どういう意味のことをいっているのか、なんとなくわかるようになってきたよ」
アトラス「本当に? さすが親友!」
アトム「ダーダミージョ」
  そして、またアトラスがなにか言われたらしい。
アトラス「やめろ! それ以上、バカにするとただじゃおかないぞ」
アトム「なに、なに、なに? なんて言ってるの?」
アトラス「友達、友達って言ってても、どうせおまえらただの近所の遊び友達だろうって」
アトム「だから親友だって言ってるだろう! ダーダミージョ!」
アトラス「ダーダミージョ!」
アトム「あんたには親友はいないのか? 親友と呼べる人間はいないのか?」
アトラス「あ、あ、なにぃ!」
アトム「なに、なに、なに、なんて言ってるの?」
アトラス「俺には本当に親友と呼べる親友がいるさ、だって、おまえらみたいに遊び友達じゃなくってね、だって!」
アトム「なんだとぉ!」
アトラス「親友とか、友情ってのはおまえらが口にしていいもんじゃないんだよだって! 」
アトム「あんだと、おりゃー!」
アトラス「アトム!」
アトム「おまえなあ! 子供だからって、日本から来たからってバカにしてるんだろう!」
アトラス「だからそうだってさっきから言ってるだろう!」
アトム「あんだと、おりゃー!」
  と、アトム、しばしテンション高くにらんでいるが・・
アトム「あ、また鼻血が出てきた」
アトラス「だから、興奮するなって!」
アトム「あのなあ、おっさんなあ・・いいか、よく聞け! こいつと僕は親友だ! だけど、僕らにはもう一人親友がいたんだ」
アトラス「アトム!」
アトム「でも、今はもういないんだ!」
アトラス「それ・・それ言っちゃうの!」
アトム「言うよ」
アトラス「そんなこと、こんな国に来て・・しかも、こいつに言ったって」
アトム「うるさい! いいから訳して言ってやれ」
  アトラス、訳し始める。
  以降、アトラスの訳とアトムの抗議は同時進行になる。
アトム「このアトラスが日本を離れたのは二年前だ、僕らが小学校三年生の冬だった」
アトラス「ラン、トロノエマリッタード、テモイル、アトラス、ニゴルッテ、ハ、シルシルスル」
アトム「僕たちは仲良しの三人組だった」
アトラス「バ、ナバ、ルドキステック、ハリーマン、トロノッギ!」
アトム「僕ら三人はいつでも、高いところを見つけたら、我先にと上っていたんだ。高いところから見る街の風景はそれはそれは最高だったさ(アトラスに)はい、ここまで」
アトラス「レサデ! ノソリヨ! キトエン、ガケリュ、リュタオ、ウンォウ、バオウ、ヨタ、バ、ルバ、ブレセナイ、ネビレ、リキメル、オールコスミッ!」
アトム「だが、ある時、不幸は起きた!」
アトラス「ムウンネメース! ん・・ンスント、ガ、ハ、ラスト、ラターリトルア!」
アトム「一瞬、タカユキの体がふっと目の前から消えたんだ」
アトラス「トリスバス、ハスート、マ、バ、クイアイカァ、ン・・イニ、デカナソクヤ、タカユキ、イニ、デカナソクヤ、タカユキ!」
アトム「すぐに下の方でドスンって音がした、音は足から這い上がってきて・・頭の奥に響いた」
アトラス「ウイト、ガノーモウフ、ドスン。クイエデコル、ルコッテ、デ、ルイテ、チルジカ、チルジカ!・・ドスン・・」
アトム「その音を僕は忘れない。僕だけじゃない、このアトラスも忘れない」
アトラス「モナニケ・・ラコス・・ガノモウフ・・トリバス・・アトラス、ワラデ、デ、ルトンコ!」
アトム「即死だった」
アトラス「ジャハルチ、ル、バ」
アトム「さっきまで僕の横で話して、笑っていたのに・・もう、タカユキはピクリとも動かなくなっていた」
アトラス「モイシガエッテ、トイカダナモ! チルジカ! テシトモラ、ズカピーラン、ピクリ、タカユキ」
アトム「頭が変な方にねじれて、開いたままの目は、もう二度と瞬きすることはなかった」
アトラス「カノウ! カノウチ! ショジカルト、アミシャリーニ、カノウ! カノウチ! ショジカルト、アミシャリーニ」
アトム「死んでいた。死んでしまっていた。僕達の友達はあっという間に、死んでしまった、さよならも言わずに、目の前から消えて、そして、死んでしまった」
アトラス「ワンスザ、ル、バリル・・バイサー、ガ、ハ、ルデス、マデス、ティンレプア、イングックラン」
アトム「僕とアトラスは、それでも起きないかなって思って少し揺すった。でも、タカユキが自分から動くことは二度となかった」
アトラス「ダズ、デ、トイーナラ、アトラス、ナニウリョ、ルキュハ! ダズ、デ、トイーナラ、ナニウリョ、ルキュハ! タカユキ・・」
アトム「僕らはタカユキの体を起こした。それで、最初に僕がタカユキの体をおんぶした」
アトラス「ジーマ、ジロソ、クレフレル、タカユキ、ルネナッ! デ、マ、ラサッソ! クレフレル、タカユキ」
アトム「アトラスがタカユキの体を持ち上げて、僕の背中に乗せてくれた」
アトラス「ラシク、トロノッギ、ノケダル!アトラス、レド、ダ、アトラス」
アトム「死んでしまったタカユキの体は重かった。ゆっくりと僕は一歩一歩、歩いた」
アトラス「イワトル、マルキ、ガンブハ、レ、バ、タカユキ、ブイナレトナ・・ドヤーモモ、ドヤーモモ・・ヤドヤーチカ!」
アトム「電柱二つ分歩いて、僕はアトラスと交代した。今度はアトラスの背中にタカユキを背負わせて、アトラスがよろよろと歩きだした」
アトラス「ワマーノ、チルジス! アトラス、ニショバーナ、スズトコラカーン、タカユキ、トルシッテ、ハルジル、アトラス、ニルッテ」
アトム「・・何人もの大人とすれ違ったけど、誰一人、背中のタカユキが死んでいるなんて思う人はいなかった・・」
アトラス「(アトムに)今になって、思うんだけど、どうして、あの時、僕らは大人に声を掛けなかったんだろう、どうして、僕らは代わる代わる、タカユキを背負って、タカユキの家まで歩いたんだろう」
アトム「友達だからだよ、親友だからだ・・きっと、僕があそこで死んだとしたら、タカユキもアトラスも、僕の体を背負って、僕の家まで運んでくれたと思う・・それが友達のすることだからだ」
アトラス「そうだった・・あの時、大人を呼ぼうなんて、これっぽっちも考えなかった」
アトム「僕たちは、そんなことを一緒に体験したんだ・・それが二年前の話だ・・」
アトラス「ド、ラ、ハンス、メトト、トスパ、ラン、ド、ラ、ハンス!」
アトム「日本人以外の人に、この話をしたのは初めてだ・・」
アトラス「デンガルキーデ、デ、トカトカ、ダムネニ、ミニチ、ラナンカ・・」
アトム「おまえは死んだ友達を背負って歩いたことはあるのか? 僕らはある、なあ、アトラス・・動かない友達を背負って、僕らはただ歩いた。なにも考えられなかった。なにかを考えたら、その瞬間、気が狂いそうだった。でも、あの時、僕の側にはこいつがいた、そして、こいつの側には僕がいた、だから、一歩、また一歩と、前に足を出すことができた・・そうやって、あの時、二人で歩いたんだ」
アトラス「そうだ・・そうだったよ、アトム・・」
アトム「もういい、帰ろうアトラス」
アトラス「アトム」
  と、男がまたなにか言った。
アトラス「カビンシャ? ル、マ?」
アトム「なに? なんて言ってる?」
アトラス「シクジー? バスの釣れる沼があったって」
アトム「え?」
アトラス「魚だよ、バス、ブラックバスとか言うだろ」
アトム「あ、ああ・・」
アトラス「(アトムに)子供の頃、よくみんなで釣りに行った・・(男に)ル、カ、ルシ・・(アトムに)小学校二年生の時、友達の一人がそこで溺れて死んだ。ちょうど水面が藻で緑色になっている頃だった・・シクジー? そいつは緑色の水を一杯飲んで死んだんだ・・それ以来(男に)ディモウ、ル、カ・・(アトムに)みんなはその沼で釣りをするのをやめた。そんなはずはないんだけど、釣りをしていると、魚ではなくて、そいつが釣れそうな気がしたからだ・・」
アトム「・・・・・」
アトラス「(アトムに)外国人にこの話をしたのは初めてだ・・俺はこれからトイレに行く、だからその間、誰かがここを通っても、俺は気づかない・・」
アトム「!」
アトラス「ソモクン、スイスク、ダミージョ?」
アトム「ソモクン、スイスク、ダミージョ?」
アトラス「友達の名前をもう一回聞かせてくれって・・」
アトム「ダーダミージョ、アトラス」
アトラス「ダーダミージョ、アトム」
アトム・アトラス「ダーダミージョ、タカユキ」
  ふっと微笑んだ二人。
  そのまま暗転していく。