第94話 『携帯短歌』

  まっきんの部屋。
  遊びに来た龍之介がだらっといる。
  まっきんは手に携帯を持っていて、それを覗き込んでいる。
まっきん「麻生清『予備校のパンフレットに載っている 合格の笑顔が信じられない』」
龍之介「ああ・・」
まっきん「上原由里『プリンタは 私がやると 紙詰まり 悲しくなります へこみます』」
龍之介「(笑ってる)ふふっ・・」
まっきん「こんなのもあるんだ、松島豊『バイクすら盗めなかった十五過ぎ、あなたの気持ちを盗みたく思う』」
龍之介「これはいいね」
まっきん「好き? こういうの?」
龍之介「好き好き」
まっきん「龍ちゃんもなんかひねる?」
龍之介「ひねる?」
まっきん「携帯短歌」
龍之介「だってそれはあれだろ、まっきんのクラスの奴らが今、みんなでやってるんだろう?」
まっきん「なんだか知らないけど、大ブームになってんだよ。クラスのメーリングリストで、同時に全員に送信してるんだよ」
龍之介「だいたい、短歌ってなんだっけ?」
まっきん「なんだっけってなんだよ」
龍之介「季語とかがな、いまいち・・」
まっきん「季語はいらないの」
龍之介「え? そうなの? 嘘、いるだろ・・かき氷は夏とか、こたつは冬とか」
まっきん「ん、じゃあ、蟻は?」
龍之介「あり?」
まっきん「蟻、虫の蟻、あたまとあたまがごっつんこする蟻、蟻はいつの季語でしょうか?」
龍之介「蟻・・は季語なの?」
まっきん「季語だよ、季語」
龍之介「蟻の季節は・・いつ?」
  と、そこでまた着信した。
まっきん「あ、また短歌が来た」
  と、そこにまた着信の音。
  そして、その来たメールを読み上げる。
まっきん「『MDが どれがどれだかわからない あれはいったい どこへいった?』南田翔太」
龍之介「それは・・それは短歌なの?」
まっきん「短歌でしょう、だって、五、七、五、七、七・・」
龍之介「MDがどれかわからないってことだけでしょう?」
まっきん「そう、誰でも思いあたる日常の描写ってやつかね・・南田翔太か・・」
龍之介「そんなのダビングした時に書いておけよ、MDに。そいつがずぼらなだけじゃねえかよ」
まっきん「まあ、南田はね、そうなんだけどね」
龍之介「MDをダビングしたら書いておけ、あとでなんだか、わからなくなるから」
まっきん「あ、できたね」
龍之介「五、七、五、七、七」
まっきん「よし、送ろうか」
龍之介「待って、ちょ、待って!」
まっきん「なんで?」
龍之介「もうちょっとさ、ましな短歌を送ろうよ、MDをダビングしたら書いておけ、あとでなんだかわからなくなるから・・って、大人がひねった短歌じゃないよ、そんなの」
まっきん「そうかな」
龍之介「そうだよ、そういうのはあれでしょ、高校生が書くから瑞々しいんであって、いい年したオヤジが書いたら、頭悪いんじゃねえのってことになるだろ?」
  と、着信した。
まっきん「工藤里香だ・・『夏至が来る 陽は伸びるのに 門限同じ 初夏の私には 夜がない』・・こいつんちね、昔ながらの厳しい家でさ・・門限が六時なんだよ」
龍之介「門限六時?」
まっきん「高校三年生で門限六時ってのはきついだろ」
龍之介「きついね、それは・・」
まっきん「高校に入学してきた時は、明るい子だったんだけど、段々、笑わなくなってきてね・・」
龍之介「六時に家に帰らなきゃなんないとなるとね・・」
まっきん「友達づきあいもね・・両親と面談とかもしてみたんだけど、ダメだったんだ・・」
  着信音。
まっきん「また来た・・なになに・・『ミニパトに こら二人乗りと怒鳴られて 集まる視線に 彼女うつむく』」
龍之介「ああ・・いいねえ」
まっきん「『ミニパトに こら二人乗りと怒鳴られて 集まる視線に 彼女うつむく』」
龍之介「絵が浮かぶね・・彼女、チャリの後ろに乗せてね」
まっきん「(ミニパトの声で)こら、そこの二人乗り、降りなさい!」
龍之介「道行く人達がさ、何事かとびっくりして振り返ったんだろうね」
まっきん「それで(と、後ろの彼女をやってみせる)それまで、こうやって岸田と自転車を二人乗りして楽しそうに話してたんだろうね、大塚寿美(としみ)がさ・・でも、いきなり怒鳴られて、みんなの注目を浴びて、恥ずかしくなっちゃったんだろうな・・こんなふうに俯いちゃったんだろうなあ・・」
龍之介「大塚寿美なんだ」
まっきん「ん、だってこの短歌、岸田真一の作品だから」
龍之介「岸田君は大塚寿美ちゃんとつきあってるんだ」
まっきん「そうね、もう長いね」
龍之介「まっきんは、そういう担任しているクラスの男女関係とか、詳しいの?」
まっきん「まあ、いろいろ話は聞くし、だいたいわかるよ・・授業中、やっぱり好きな子の横顔とか、なにげに見たくなるものじゃない」
龍之介「あ、ああ、まあ、それはね・・あったねそんな頃も」
まっきん「龍ちゃんもなんか一首、そういった想い出のオヤジ短歌・・オヤジならではの短歌、哀愁ただよう五、七、五、七、七を一つさ」
龍之介「哀愁はただよってねえよ」
まっきん「え、じゃあ、なにが漂っているの? 加齢臭?」
龍之介「同じ年だろう? まだ加齢臭には早いだろう?」
まっきん「ま、いいからさ・・」
  と、着信音。
まっきん「あ、また来た・・小沢昭彦『ヤニ臭い先生の顔 近づくと やっぱりタバコは止めようと思う』」
龍之介「ヤニ臭いってのもオヤジのあれだね」
  着信音。
まっきん「河森秀和だ。『今日でなきゃ、言えないこともあるのかも、工藤里香さん、大好きです』」
龍之介「え? え? それは・・ストレート過ぎない?」
まっきん「ああ、そう、ああ、そう、そうなんだ、河森は工藤里香が好きだったんだ」
龍之介「なに、そういう兆候はあったの?」
まっきん「なんとなくだけど、ああ、そう、やっぱそうか!・・しっかしメールで告るかな」
龍之介「わかるね・・メールあったら、メールで告るよ」
まっきん「なにがおまえにわかるんだよ」
龍之介「だってさ、俺達が高校生の頃ってメールなんてしゃれたもんはなかったわけじゃない」
まっきん「ああ・・なかったね、しゃれているかどうかは別にしてね」
龍之介「メールとかあったら、絶対メールで告ってたよ・・っていうか告るって言葉すらなかたじゃない」
  着信音。
まっきん「あ、また河森だ。『つき合うという意味 正直わからない 君を見つめる権利が欲しい』」
龍之介「ん・・かっちょいいね!」
まっきん「やるなあ、河森。いけいけいけ!」
  着信音。
まっきん「榎本龍二からだ『そうなのか、言われてみれば、そうかもね、河森秀和、工藤里香かよ』
龍之介「でもさ、こんなみんなの前でメールで告って、ダメだったらどうするの?」
まっきん「河森らしい玉砕作戦だよ、ここで告るかな」
龍之介「告るか・・告るって言葉さ、なかったよね、昔」
まっきん「え? そうだっけ?」
龍之介「俺達の頃ってメールはなかったし、告るって言葉もなかったよ・・」
まっきん「まあ、今から思えば不自由な時代だったわけだ」
龍之介「なに? どうやって生きていたの? あの頃は? どうやって、なに、この胸の内のさ・・・なんていうの、熱い思いを告白していたの?」
まっきん「手紙書いたりしてた?」
龍之介「いやいやいや・・書いた覚えはない」
まっきん「え? そういうの書いて、下駄箱に入れたりするんじゃないの?」
龍之介「嫌だよ、そんなの、一生懸命書いてなんでそれをあんな臭い小箱に入れなきゃなんないの?」
まっきん「ああ、そうか」
龍之介「そうだよ」
まっきん「じゃあ、どうしてたの?」
龍之介「んとね・・(と、ちょっと思い出すふりをして)俺の時はね・・その好きな子の友達とかとまず仲良くなって・・」
まっきん「遠回りするなあ」
龍之介「で、その子にちょっと相談する」
まっきん「ああ、おまえの友達の子が好きなんだけどとかって」
龍之介「そうそう・・それで、おおむねその子に伝えてもらう」
まっきん「好きみたいとか」
龍之介「そうそう」
まっきん「つきあって欲しいらしいとか」
龍之介「そうそう」
まっきん「ちょっと、屋上に出る階段とこで今、待ってるからさ、とか」
龍之介「そうそう・・それでさ、来るんだよ・・」
まっきん「その、あれだ、意中の彼女が」
龍之介「意中・・意中って言葉も久々に聞いたな」
まっきん「意中だろ? 意中、心に密かに思いしたっている人」
龍之介「いいよ、そんな辞書みたいなこと言わなくても、ね、来るんだよ、その意中の人がさ、でね、事情はもう向うもわかっているんだけど、会うとさ、なんかぶっきらぼうに、え、なに? とか言うんだよ」
まっきん「気まずい時間が流れるんだ」
龍之介「そうそう、気まずいけど、なんていうの、ものすごいどきどきする、もうこれはさ、ときめくとかしか言いようのない時間・・空気は重いんだよ」
まっきん「重いときめきタイム」
龍之介「それでさ・・」
まっきん「うん」
  と、まっきんの携帯の着信音。
まっきん「あ、メール来た」
龍之介「それでさ・・」
まっきん「なになに・・・」
龍之介「それでさ・・聞けよ! これから良い話なんだから」
まっきん「(と、メールを読んで)あ!」
龍之介「なに?」
まっきん「来た!・・噂の相手、工藤里香から」
龍之介「え? なんて? なんて? なんて?」
まっきん「『送られた、人の短歌に、我が名前、喜ぶ前に、戸惑いがあり』」
龍之介「いーんだよ、そんなのは」
まっきん「工藤里香、なにをとまどってるんだよ、河森はな、玉砕覚悟で来てるんだよ」
  着信音。
まっきん「河森だ『驚かせ、悪いと思う、でも今は、メールで告る、精一杯です』」
  着信音。
まっきん「工藤里香から『夏至が来る 陽は伸びるのに 門限同じ 初夏の私には 夜がない』」
龍之介「! 工藤里香って門限が」
まっきん「そう、六時の子」
龍之介「ああ、そう・・」
  着信音。
まっきん「河森! 『つたえ聞く、家の掟を、守るため、放課後はすぐ、家路へ急ぐ』」
  着信音。
まっきん「工藤里香『そんな子と、誰がつきあい、楽しめる、うれしいけれど、かなわぬ夢』」
龍之介「ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って・・なんか、すごく腹が立って来たのは俺だけ?」
まっきん「いや・・ちょっとこれはなあ・・」
龍之介「なんか、あの頃、こういうことあったよね・・こういう思いしたよ・・思い出してきた」
  着信音。
まっきん「河森! 早いな『門限が六時であろうがなかろうが、君を愛する気持ち変わらず』」
  着信音。
まっきん「工藤里香『迷惑をかけて困らせ、つきあうの、悪いと思うし、申し訳ない』
  着信音。
まっきん「河森!『なにかある、なにか手はある、きっとある、二人で会って考えようよ』」
  着信音。
まっきん「鈴木恭子だ『愛しあう、二人手をとるその時間、夜でなければ、いけないものか?』」
龍之介「その通りだよ! そういう問題じゃないって、今の自分の気持ちだろ、それに素直になるんだよ」
まっきん「賛成!」
  着信音。
まっきん「お、河森!『君の家、夜の帳が降りる頃、僕が側から携帯にかける』」
龍之介「そうだよ、それでいいんだよ! そういう彼女を好きになったんだから、そういう彼女とつきあう方法を考えればいいんだから」
  着信音。
まっきん「相原孝之『電話して、くだらないこと喋りなよ、夜は長いよ、着信待てば?』」
龍之介「そうそう、そういうことなんだって」
  着信音。
まっきん「お! 佐伯英生はね『僕らにはメールもあるし、携帯もある、離れていても、繋がっている』」
  着信音。
まっきん「河森だ『おはようと、君の声する朝校舎、誰もいなくて僕だけが聞く』」
龍之介「そうそう、夜だけじゃないんだから、朝もあるんだから・・早起きして会えばいいんだから」
  着信音。
まっきん「村上美里だ『ねえみんな、こういう提案どうかしら、答えは次の、短歌で発表!』」
龍之介「なんだそれ!」
まっきん「前後編の短歌だな」
龍之介「短歌で前後編って、いいの? バラエティのコマーシャル挟んで、結果はこちら! みたいじゃない!」
まっきん「形式にとらわれないの」
  と、着信する。
まっきん「あ、来た、後編・・『二人だけ、残し教室休み時間、みんな全員、外に出てみる』」
龍之介「それはあれ、二人だけ教室に残して、みんなが外にでて教室を個室にするってこと?」
まっきん「でかい個室だなあ」
龍之介「逆に気まずいんじゃないの?」
  と、着信。
まっきん「『それいいね、なんかいいよね、そういうの、同窓会で語る想い出』」
龍之介「同窓会で語る想い出のことまでもう心配してんのかよ」
  着信音。
まっきん「『俺達は認めてるんだ、知っている、早く二人はつきあったふぉーがいーんじゃないの』」
龍之介「それはなに、誰の作? 森下?」
まっきん「森下はとっくに卒業したよ。森下は二年前のクラスだよ」
龍之介「森下、卒業か・・そりゃ、俺達も年をとるわけだよ」
  と、着信した。
まっきん「白石達彦『ダメじゃない、諦めるなよ、これからだ、まだ何一つ、始まってない』」
まっきん「工藤里香『こんな時、なんて言うのか、わからない、実は私も気にしていました』」
龍之介「お!」
まっきん「お!」
龍之介「おお!」
まっきん「来た、来た、来た、来た!『こんな時、なんて言うのか、わからない、実は私も気にしていました』」
龍之介「じゃあ、いいじゃん」
まっきん「じゃあ、いいじゃねえか、ねえ(再度読む)実は私も気にしてました」
龍之介「うん」
まっきん「『実は私も気にしてました』」
龍之介「下の句だけ、繰り返して読むなよ、なんか百人一首やってるみたいじゃねえか」
まっきん「そうだよな、今、俺もそう思った」
  と、着信音。
まっきん「河森!『メールだと、うんと頷く顔見えず、やっぱり会って、言えばよかった』」
  着信音。
まっきん「工藤里香・・『うなづいています、何度も、何度もね、ありがとうね、つぶやきながら』
  着信音。
まっきん「高橋勇司『なんだそりゃ、人ごとなのに、泣けてくる、それはよかったメデタイことだ』」
  着信音。
まっきん「長谷川洋子『携帯のボタン押す指震えてる、人ごとなのに、人ごとなのに』」
  着信音。
まっきん「北島礼子『今、私、携帯持って祈ってた、お願いします、うまくいくよう』」
  着信音。
まっきん「古川紀一『今すぐに、走って行きなよ近くまで、窓開け待て、手を振るんだよ』」
  着信音。
まっきん「杉田正夫『いーんじゃねえ、人の幸せ喜んで、今日はなんだかいい夢、見るぞ』」
  着信音。
まっきん「工藤里香『明日の朝、どんな顔して教室で、みんなの顔を見ればいいのか?』」
  着信音。
まっきん「石坂恒彦『知らん顔、してあげたい気持ちだが、顔見ちゃったら、笑うよごめん』」
  着信音。
まっきん「青井研二『つき合うの、俺は許すよ、しかたない、ただし泣かすと承知しないぞ』・・青井! おまえはどういう立場からこんなこと言ってるんだよ!」
  着信音。
まっきん「吉村美枝子『よかったね、私、失恋したばかり、ときめいた時、思い出すよ』」
  着信音。
まっきん「工藤里香『ありがとう、みんなホントにありがとう、私、本当に諦めていた』・・」
龍之介「ん・・」
まっきん「『ありがとう、みんなホントにありがとう、私、本当に諦めていた』」
龍之介「・・・諦めちゃダメだって・・」
まっきん「明日が楽しみだなあ」
龍之介「ねえ・・」
まっきん「『つかの間に、メール飛び交う、クラス中、三十一文字で、明日が変わる』」
龍之介「お! それ送るの?」
まっきん「うん・・」
  と、まっきん、携帯のボタンをいくつか押す、が、すぐにその指を止めて。
まっきん「やめとこ」
龍之介「なんで?」
まっきん「・・俺達の出る幕じゃないよ」
龍之介「(笑って)そうか・・」
まっきん「だと思うよ」
龍之介「・・『近頃の若い者はと皆言うが 変わらぬ奴ら、変わった俺達』・・」
まっきん「字余りだよ」
龍之介「ああ・・」
  暗転していく。