第92話  『カンちゃんとクルミちゃん』
  明転。
  田中胡桃の部屋。
  布団なしのこたつの上にコンビニの弁当が二つ置かれている。
  そのこたつの側で正座しているカンちゃん。
  胡桃の声。
胡桃「ビールとか飲む?」
カン「あ、いや、お茶も買ってきたから・・それに、しばらくアルコールは・・」
胡桃「え、そうなの? じゃあ、私、飲んじゃおうかな・・」
カン「あ、ああ・・どうぞどうぞ、お構いなく」
  と、胡桃が缶ビールを持って帰ってくる。
胡桃「再会を祝して、乾杯!」
カン「あ、いやいやいや、その前に」
  と、居住まいをただして。
カン「一昨日、というか昨日というか、一昨日から昨日の夕方に掛けて、本当にご迷惑をおかけしました」
胡桃「あ、だから、気にしなくてもいいってば・・」
カン「いや、でも、なんか・・醜態を演じて合わせる顔がないというか・・」
胡桃「まったく覚えてないの?」
カン「ん・・・」
胡桃「どのへんから?」
カン「二次会の途中から」
胡桃「私が隣に座って・・私と話したのは覚えてる?」
カン「うん、覚えてる覚えてる」
胡桃「すごい盛り上がったのは覚えてる?」
カン「すごい盛り上がったんだよ、今、思うとそれがいけなかったんじゃないかって思うんだけど」
胡桃「それでその後、三次会に行ったよね」
カン「行った」
胡桃「ショットバー」
カン「なんか暗かった」
胡桃「覚えてる?」
カン「暗い店だった」
胡桃「何度も椅子から転げ落ちてたよね。背もたれないのに、もたれかかるから・・」
カン「体中、あちこちが痛い」
胡桃「同じ話を何回もしてた」
カン「あ、そう・・そうだったかな」
胡桃「そうだったじゃない」
カン「そうだった気もする」
胡桃「ところで彼氏いるの? って三回聞かれたよ。いないって言ってんのに! 三回目は店中に響きわたる声で、私には彼氏はいません! って言ったでしょ。そしたら、またカンちゃん、椅子から後ろ向きに転げ落ちて」
カン「頭の中も外もすげー痛いのはそういうわけか」
胡桃「そうか、ちょっと残念だなあ、あんなにいろいろお話したのに」
カン「残念、ほんと残念、なんであんなに飲んじゃったんだろう」
胡桃「君に会えて嬉しいから飲むんだって言ってたよ」
カン「え? 本当に?」
胡桃「本当、本当、会えてよかったって。合コン初めてだったんだけど、ビギナーズラックかなあって・・六回くらい言ってた」
カン「うっとおしかったでしょう」
胡桃「ううん・・そんなことないよ、すごく嬉しそうだったし、楽しそうだったから、そういうの見ているだけでこっちも楽しくなるじゃない」
カン「うわ、あの醜態をそう言ってくれると・・いったいなんの話をしてたんだろう・・」
胡桃「映画の話とか」
カン「映画の話?」
胡桃「今ね、時代は時代劇の時代だよねって」
カン「時代劇の時代?・・ああ、まあねえ、『ラストサムライ』とか『たそがれ清兵衛』とか、アカデミー賞だもんな、日本の時代劇がさ」
胡桃「あ、それ言ってた、言ってた」
カン「あ、そう・・酔っぱらってても、思考のパターンは同じか」
胡桃「私、映画撮りたいんだけど、私のアクションとか殺陣とかの相手をしてくれる人が見つからなくてって言ったら、あ、そんなの俺がやってやるよって」
カン「あ、そう」
胡桃「これは覚えてない?」
カン「ごめん、ほんと、ごめん」
胡桃「ちょっと時代劇のアクション物やりたい、って言ったら、アクション、俺も好き好きって・・俺、スタントとかやってあげるよって」
カン「ス、スタント?」
胡桃「そんなの無理だよって言ったら、いや、俺は君のためならなんでもするよって、だってさっき初めて会ったばかりなのに、って言ったら、そういうことじゃないだろうって」
カン「うん・・確かにそういうことじゃない・・」
胡桃「できるの? って聞いたら、できないけど、やるって、だから教えてくれ、ってそしたら、すぐにできるからって」
カン「ん・・本当に言った?」
胡桃「本当に言った、本当に本当に言ったんだから、おまえのために俺はやるからって、やってやるからって」
カン「疑うわけじゃないけど、なんかそのさ・・証拠とかないの?」
胡桃「え? 記憶がないからって私が嘘言ってると思ってる」
カン「思ってない、思ってない・・だって、そんな泥酔した俺を抱えて、部屋まで運んでくれて、夕方まで寝かせてくれた恩人だもの、信じる、信じるよ」
胡桃「剣道八級なんでしょ・・」
カン「な、なぜそれを!」
胡桃「自分で言ってたじゃない」
カン「確かに俺は剣道八級! うん、うん、それはそう・・うわっ・・うわあぁぁ・・覚えてない、まったく覚えてない」
胡桃「ええっ! そうじゃないかなって思ってたけど、やっぱりそうだったのかぁ・・ショックゥ!」
カン「いや、やる、やるよ・・ちょっと教えてくれれば、俺、がんばるよ」
胡桃「この前の夜も、そう言ってた・・」
カン「そ、そう? そうなの?」
  と、コンビニ弁当の箸袋を破いて箸を取り出す。
胡桃「まったく同じ事、言ってた。ちょっと教えてくれればがんばるよって、本当? それって信じていい? って聞いたら、本当だよって、武士に二言はねえって、だから、俺の頼みも聞いてくれって」
カン「俺の頼み?」
胡桃「そうねえ、じゃあ、まず基本ね・・まず、刀の構え方」
カン「はい、刀の構え方」
  と、カンも箸袋から箸を出す。
胡桃「まず、腰に帯刀している」
カン「腰に帯刀」
胡桃「それで鯉口を切る」
カン「鯉口?」
胡桃「鞘から刀を抜くの・・よく時代劇で刀を抜く前にカチャって音がするでしょう」
カン「ああ、うん、するする」
胡桃「刀の鞘の(と示し)ここんところが鯉の口に似てるから、鯉口って言われてるんだけどね」
カン「鯉口を切る、ね ぬん(意味不明の効果音)」
胡桃「そうそう・・それで腰を引きながら、刀を抜いていく」
カン「こうね・・」
胡桃「刀を抜いたら、まず正眼の構え」
カン「せい・・がん?」
胡桃「正しい、眼球の眼(がん)で、正眼。こう構えた切っ先の延長線上に相手の目があるからこう呼ばれているの」
  と、カン、やってみる。
カン「こう? こんな感じ?」
胡桃「そう、切っ先で目を狙って」
カン「狙ってます」
胡桃「そこから袈裟切りにする」
カン「袈裟切り」
胡桃「相手の左肩から入って、右の腰に抜ける」
カン「袈裟切り」
  と、その通り刀を動かす。
胡桃「うーん、基本がなってないな」
カン「そりゃなってないよ、だから基本から教えてって、今、言ったじゃない」
胡桃「刀持ったことないでしょ」
カン「な、ないよ、そんなの、え? あるの?」
胡桃「素振りからだな」
カン「素振り?」
胡桃「刀ってのはね、こういう木刀じゃないんだよ、ね」
カン「木刀じゃないって、そもそも、これは木刀じゃないよ、お箸だよ」
胡桃「はい、振りかぶって」
カン「(と、やって見せる)振りかぶって!」
胡桃「ちがう!」
カン「え? ええ? 」
胡桃「あのね、振りかぶってね(頭の後ろの)ここまで刀を振りかぶっていいのは、主役だけなの」
カン「え? なんで?」
胡桃「主役じゃない人達はさ、主役を囲んでわらわらいるわけじゃない」
カン「ああ、いっぱいいるよね」
胡桃「その人達がね、ここまで振りかぶっちゃうと、回りにいる人達に当たっちゃうんだよ。主役はほら、たいてい回りに人がいないもんだから、どんなに振りかぶってもいいわけ」
カン「あ、ああ・・なるほどね」
胡桃「だから、脇役は(と、やって見せる)こうね」
  カン、その構えをやってみながら、
カン「え? ちょっと待って、なに俺は脇役なの?」
胡桃「そこから振り切る」
  カン、言われるままに振ってみる。
胡桃「そう、それが真っ向」
カン「真っ向」
胡桃「じゃあ、さっき言った袈裟」
カン「(やってみる)袈裟」
胡桃「そうそう、いいねえいい感じだよ」
カン「あ、そう? いい感じ?」
胡桃「じゃあねえ、次、これね、よく天、天、地って言うんだけど、上、上、下のことね、この三発でね、一番大事なのはリズムね」
カン「リズム」
胡桃「そう、て、てん、ち、で来て欲しいの」
カン「ててんち?」
胡桃「天、天、地ってやってくと間が悪くなっちゃうんだよ」
カン「(割り箸を動かしながら)て、てん、ち」
胡桃「そうそう」
胡桃「はい、じゃあ、そこまでもう一回やってみようか」
  と、カン、構える。
胡桃「ちがう」
カン「え? ちがう? なにがちがうの?」
胡桃「間合いってもんがあるでしょう・・刀をこうやって向き合わせてるんだからさ」
カン「刀って・・割り箸だよ」
胡桃「もっと離れて・・」
カン「こう?」
胡桃「だいたいね、切っ先三寸っていってね、この刀の先、十センチくらいのところが交差するのが間合い」
カン「十センチ・・」
胡桃「これがちゃんとした刀だったとしたら(と、適正な間合いを作ってみせる)こんなもんでしょう」
カン「切っ先三寸・・」
胡桃「そう・・そのくらいからじり、じりっとね歩み寄って、どっちかがどちかのセーフティゾーンに足を踏み入れた時!」
カン「て、てん、ち!」
胡桃「そう!」
  カン、同じ事をもう一度やる。
カン「て、てん、ち!」
胡桃「そう!」
カン「(調子に乗って)て、てん、ち!」
胡桃「気に入ったみたいだね」
カン「て、てん、ち!」
胡桃「じゃあ、ちょっと、木刀でやってみようか」
  と、木刀を取りに行く。
  そして、二振りの木刀をこたつの上に置いた。
カン「おっ! おい!」
胡桃「なに?」
  胡桃、構わずに木刀を出していく。
胡桃「(それには答えず、木刀をひと振りカンに差しだし)はい」
カン「・・はい、って・・」
  と、胡桃、すっくと立ち上がると木刀を構えた。
胡桃「はい」
カン「はいって・・いきなり木刀っていうのはどうよ」
胡桃「お箸でできたじゃない」
カン「お箸でしょう? お箸でできても木刀でできるわけは・・」
胡桃「やる前に投げ出すことは武士のすることじゃないでしょう」
カン「いや、実は俺、武士じゃないんだ」
胡桃「武士じゃないならなんなの?」
カン「農民なの、実は農民だもん」
胡桃「なんで農民なの?」
カン「わかんない? 雰囲気だよ、俺が持っているオーラがさ、誰がどう見ても農民でしょう?」
胡桃「ちょっと、わかる」
カン「うちは代々農民なの・・」
胡桃「それ、調べたの?」
カン「調べてないけど、そうなの、たぶん、絶対そうなの」
胡桃「たぶん絶対そうなのって・・じゃあ、いいよ、代々農民ね」
カン「(ふてくされて)そーだよ、農民ですよ、農民」
胡桃「(歌う)ねえ、のーみん、こっち向いて」
カン「それは『ムーミン』だろう!」
胡桃「やってくれるって言ったじゃない。武士に二言はないっていったでしょ、この農民が・・」
カン「もうわけわからんけど・・でも、まあ・・(立ち上がった)はい・・」
胡桃「正眼の構え」
  カン、構える。
胡桃「そう、切っ先で目を狙って」
カン「狙ってます」
胡桃「(刀の柄尻の部分に拳を置き)ここに一つ拳が入るくらい間をあけて、両脇にも拳を挟んだくらいに開ける」
  カン、その通りにする。
胡桃「間合いは?」
カン「切っ先三寸」
  と、その間合いを作る。
胡桃「はい、では斬りかかってくる」
  カン、斬りかかる。
  と、その刀を弾いて胴貫き。
  SE ズバッ!
  カン、一瞬、なにが起きたのかわからない。
カン「な、なんだ?」
胡桃「これが貫胴」
カン「それ、さっきお箸でやらなかったじゃん」
胡桃「はい、じゃあ、やってみよう・・私のここを切る」
  カン、振ってみる。
胡桃「ダメ」
カン「ダメ?」
胡桃「そんなんじゃ危ない。そんなに大振りしていたら、横の人に当たるでしょう? も一回今、みたいに振ってみて、ゆっくりね」
  と、カンの側に立つ胡桃。
  カン、振ってみる。
  木刀が当たる。
胡桃「ほら・・危ないでしょ・・ここにはカンちゃんだけじゃなくてわらわらわらわら人がいるんだから」
カン「あ、ああ、そうか・・え? それでどうすればいいの?」
  と、胡桃、自分の肩に刀を当てて型を見せる。
胡桃「刀は振り回すんじゃなくて、こう! こうやって肩に当てる。それでちょっとカンちゃん、斬りかかって来る」
カン「はっ!」
  と、斬りかかる。
胡桃「人が斬りかかってきたら、まず、自分の足を四十五度の方向へ出す」
  カンちゃん、斬りかかりながら。
カン「四十五度の方向へ足を出す」
胡桃「そして、肩口に刀を当てる」
カン「斬りかかる」
胡桃「それで、カンちゃんとすれ違って、絶対に刀が当たらないところまで行ったら、振り切る。こうすると、絶対に刀が人に当たらない」
カン「ああ、なるほど」
胡桃「だから、動きとしては(と、構えから、肩口に刀を当て、振り切る)こう!」
  カンちゃんも並んでやってみる。
カン「こう!」
胡桃「そう! それで刀を振り切った後は、体が(前傾)こうなったり(後傾)こうなったりしないで、まっすぐ」
カン「(習って)まっすぐ!」
胡桃「刀の刃先はきちんと斬る方向に向くこと」
  (この時、カンちゃんの刀を持つ手をひねっている)
胡桃「ひねっちゃだめ」
  と、胡桃、カンちゃんの木刀の先を掴んでひねって戻す。
胡桃「刀の先まできちんと神経がないとダメなんだから・・」
カン「刀の先・・まで・・神経? 神経?」
胡桃「(刃先の)ここまでが自分の手、ね、わかるね」
カン「ん・・わかるような、わかんないような」
胡桃「野球やったことあるでしょう」
カン「あ、まあ、そりゃあるけど」
胡桃「刀をバットみたいに(と、振ってみせる)こうやって振っちゃ絶対にダメ、人に当たるから・・殺陣は殺し合いじゃないんだからね」
カン「殺陣は・・じゃあ、なに?」
胡桃「殺陣はね・・・」
カン「うん」
胡桃「殺陣よ」
カン「なんじゃそりゃ」
胡桃「とにかく、周りに人がいるから、刀を振り回す時もできるだけ、自分の体の近くを回して振る」
カン「はいはい」
胡桃「あとね、さっき貫胴で斬られた後の死に方もなってない」
カン「死に方もなってないって、いきなり斬ってくるからだろう」
胡桃「人間の体は刀で(胸の)この辺を斬られるとパックリ開くでしょ、その時、筋肉がきゅっと締まって戻ろうとするんだよね、だから(と、やってみせる)こうなる」
カン「そうなんだ・・」
胡桃「だって、ボクシングでもやられると(と、やられたところをやって見せる)こうなるでしょ、こうじゃないでしょ」
カン「う、うん、確かに・・・」
胡桃「これさえわかっていれば、あとはね、どんな死に方をしてもいいの。時代劇ではどんな死に方をしてもいい」
カン「そういうもんか」
胡桃「『ラストサムライ』に出てた福本清三さんっての死に方ね」
カン「『ラストサムライ』に出てた・・誰?」
胡桃「いるのよ、万年斬られ役でもう四十年とかやっている人『ラストサムライ』の撮影が終わって、京都の撮影所を定年退職した人」
カン「へえ、そうなんだ」
胡桃「その話もして一緒に盛り上がったんだけど」
カン「(なにも言わずに手を合わせてごめんなさいする)・・・」
胡桃「その人の死に方ね、よく見ておいてね。そっちにカメラがあるとするでしょ」
カン「あ、カメラがそっちね」
胡桃「私を胴斬りする」
  と、無防備に斬りかかる胡桃。
  を、カンが斬る。
カン「やー!」
胡桃「(斬られて)うっ・・」
  と、ひとしきり芝居して、そのままカメラに向かって行く。
胡桃「う! うわっ!・・」
  そして、死ぬ。
カン「本当に?」
胡桃「(生き返って)本当だってば!」
カン「嘘だあ」
胡桃「本当だって・・袈裟で来て!」
  カン、袈裟で斬る。
胡桃「うわっ・・」
  と、またひとしきり芝居をして。
胡桃「必ずカメラに向かって来て・・・死ぬ」
カン「そうなの?」
胡桃「はい、カンちゃんもやってみようか」
カン「え? ええっ!」
胡桃「はい!」
  と、斬りかかっていく。
  そして、胴を斬られるカンちゃん。
カン「う、うわっ!」
胡桃「もっともっと・・身もだえして・・」
  カンちゃん、できるかぎりやってみる。
カン「う、う・・うおぉぉぉ・・・」
胡桃「もっと苦しんで、苦しんだ顔でキメる!」
カン「キ、キメる?」
胡桃「カメラに自分の姿をめいっぱい残す!」
カン「めいっぱい?」
  と、カン、それなりにがんばってみる。
カン「こ、こう?」
胡桃「そう! そうそうそう!」
カン「いいの? これでいいの?」
胡桃「いいねえ! 残る! 残るよ!」
  そして、死んでいく。
カン「う・・うおぉぉぉ・・・」
  倒れる。
  やがて、カン、起きあがり。
カン「死ぬのって、なんか楽しいね」
胡桃「でしょ? でしょ、でしょ?」
カン「うん・・いいね」
胡桃「あのさあ、人間、死ぬのって嫌じゃない」
カン「え、ああ、うん」
胡桃「死にたくないわけじゃない」
カン「そりゃまあ、そうだよね」
胡桃「でも、だからかもしれないけど、死ぬ真似って面白いんだよ」
カン「そうだね、そうかもね」
胡桃「本当に死んじゃったら、しょうがないけど、死ぬ真似ってやっぱおもしろいし、心のどっかで笑っちゃうんだよね」
カン「死ぬ真似して、心のどっかで笑ってる・・ってものすごいこと、言ってるね」
胡桃「でも、そうなんだよね、だから、子供の頃やってたチャンバラごっことかが面白いんだよ。人を殺せるし、死ねるし」
カン「まあ、ずいぶんやってないけどね、そういうの、だって・・こんな木刀持ったのも久しぶりだし・・」
  そして、胡桃、刀を構える。
胡桃「よし、来い! 剣道八級!」
カン「え・・えっ・・ええっ!」
胡桃「いっぱい殺してしんぜよう」
カン「なんだよ、そりゃ」
胡桃「でもさ、剣道八級ってどうやったら取れるものなの?」
カン「入門するとき、入会金を払うんだよ」
胡桃「うん」
カン「そしたら、八級」
胡桃「入会金っていくら?」
カン「小学生だったからね、入会金も特別割引があったんだよ」
胡桃「それで・・いくら?」
カン「八百円」
胡桃「よーし、来い、八百円! 剣道八級の腕を見せてみろ!」
カン「ならば・・ボコボコにしてしんぜよう」
  と、カン、構える。
●そして、殺陣
  殺陣が終わり。
  斬られたカンちゃんに。
胡桃「カメラはこっち!」
  カンちゃん、なんとかカメラ前で死ぬよう努力する。
  そして、死ぬ。
  が!
胡桃「そして、いきなり次なる追っ手が!」
  起きあがり構えるカンちゃん。
●殺陣
  が終わり。
カン「早いよ、早い早い早い、そんなにカンカンカンカンできるわけないじゃない・・」
胡桃「当たり前でしょう、そんなにゆっくりやってどうするの?」
カン「初心者なんだからさ、もっと手心加えてよ」
胡桃「そんなのダメに決まってるじゃない」
カン「なんでだよ!」
胡桃「はい! かかってこないなら、こっちから行くぞ!」
●殺陣
  と、構えた胡桃に向かって。
カン「ちょっと待て、ちょっと待て、それは時代劇は時代劇でも、国が違うんじゃねえか」
胡桃「あ、そうなんだ、私ね、トンファーもちょっと練習してるんだ」
  と、胡桃、木刀を投げ捨て、トンファーを両手に再登場。
  そして、構える。
胡桃「はい、どうぞ」
カン「どうぞってなんだよ」
  トンファーを使った殺陣になる。
  最後にトンファーでぼこぼこになるカンちゃん。
カン「痛て、痛て、痛て、痛て、痛てぇぇ! ちょっと、トンファーはやめろよ、トンファーはなし、なし、なし」
  言われて、胡桃、トンファーを袖に投げ、再び木刀を手にして構える。
●殺陣
 最後に・・
胡桃「あ、ちょっと、なんかちがうな、ここは一つ、背落ちとかして決めないと、終わらないな・・背落ちは・・(と、カンちゃんを上から下まで見回して)ちょっと無理かな」
カン「背落ち? 背落ちって・・なに?」
胡桃「ちょっと待って・・」
  と、袖からマットを持ち出してきて引く。
カン「なに? そういう物がないと危険なものなの?」
胡桃「いや、私は大丈夫なんだけど・・」
カン「俺には危ないってことなんだろう?」
胡桃「ちょっと、見ててね・・はい、じゃあ、私の足を薙いで(ないで)斬って」
カン「は、はい・・」
  と、カン、斬ってみる。
  胡桃、背落ちする。
カン「な、なにそれ!」
胡桃「背落ち、これはね、なんか派手な割には、別に痛くないから」
カン「痛くない! 痛くないって言ってもさ」
胡桃「足のここで体重を支えて、あとは手をぽんぽんってつくだけだから」
カン「ぽんぽんって!」
胡桃「はい、やってみよう」
カン「できないよ」
胡桃「はい、やってみよう」
カン「できないって」
胡桃「よーし・・」
  と、胡桃、木刀を構えて、斬る
胡桃「そこで背落ち!」
  しかし、カン、マットででんぐり返しをする。
  背で落ちる背落ち!
カン「痛た!」
  しばし、刀を構えたまま止まっている胡桃だが・・
カン「そうか・・そうだった」
胡桃「え? なに?」
  と、カンちゃんのところまで行って、顔を覗き込む。
カン「あの時もそうだった・・」
胡桃「え? なに? なに言ってんの?」
カン「あの時・・二人で行った三次会で・・あの時も、椅子から転げ落ちて、胡桃ちゃんがそうやって、僕を覗き込んだんだ・・」
胡桃「あれ・・思い出した?」
カン「思い出してきた・・段々、思い出してきた・・」
胡桃「映画の話したの、覚えてる?」
カン「覚えてる・・」
胡桃「『ラストサムライ』の話とか」
カン「した、した、した・・そうだ・・四十年、万年斬られ役をやっていた人の、カメラに向かう死に方の話もした」
胡桃「そう、そうだよね」
カン「映画作りたいなあって話も聞いた」
胡桃「話した話した、熱く話した」
カン「意気投合した」
胡桃「楽しかったよね」
カン「そして、俺が言ったんだ、スタントでもなんでもするよって」
胡桃「そうそう、そうだったでしょ?」
カン「そうだった」
胡桃「それで・・」
カン「それで・・胡桃ちゃんが言ったんだ・・そんなことをしなくてもいいから・・」
胡桃「思いだしたか・・」
カン「胡桃ちゃんがいったんだ、そんなことをしてくれなくてもいいから・・」
胡桃「うん」
カン「つきあってくれないかな・・って」
胡桃「うん」
カン「そうだったよね」
胡桃「そうだったよ」
カン「それで俺は・・今、酔っぱらって返事なんかしたくないって言ったんだ・・酒が抜けるまで・・だから・・二日待ってくれって・・」
胡桃「そう・・二日待ってくれ、酒抜いて、言うからって・・酒は抜けた?」
カン「・・抜けた」
  胡桃、刀をつきつけ。
胡桃「返答やいかに?」
  カン、刀に手を伸ばして。
カン「スタントでもアクションでも殺陣でもやるよって言ったら、そんなことしなくてもいいからつきあって欲しいって言われて、はいそうですかって、言えるもんでもないでしょう」
  と、刀を手にゆっくりと立ち上がるカン。
  胡桃もまた位置につく。
●ラストの殺陣
  の前半が、終わり・・
  二人、再び構えたまま。
胡桃「返答はいかに」
カン「謹んでお受けいたします」
胡桃「こちらこそ、よろしくお願いします、ね!」
  で、斬りかかってくる。
●ラストの殺陣
  の後半。
  二人、上下(かみしも)に別れ・・
  再び剣を交わすかに見えるが・・・
  抱き合った。
  そのシルエットで・・
  暗転。