第八十七話  『はつ恋2(はつこいのじじょう)』
  暗転中に、それっぽいホラー映画のサウンドトラックが、盛り上がっていく。
  映画の中の女の子の悲鳴に、アトムと朝子の悲鳴が被る。
アトム・朝子「ひやあああぁぁぁ!」
  明転。
  朝子の家の居間。
  小学五年生のアトム、その隣に私服の朝子。
  二人でギャアギャア言いながら、部屋を暗くしてホラー映画を見ている。
アトム「あ、あ、あ、あ・・!」
朝子「来る、来る、来る、来るって」
アトム「いるよ、いるよ、そこにいるって」
朝子「後ろ、危ない!」
アトム「後ろ」
朝子「あの、白いのが!」
アトム「白いの、白いの!」
朝子「は、早い!」
  しかし、いなかったらしい。
アトム「あ・・(肩透かし)」
朝子「ああっ・・・」
アトム「なんだ・・」
朝子「あ、いやいや、ここで安心させておいて・・」
アトム「え、でも、助かったじゃん」
朝子「そう思わせておいて・・」
アトム「(叫ぶ)ひゃあ!」
朝子「ほらね!」
アトム「なんであそこにいるの」
朝子「いるよ、ホラー映画なんだから、あそこにいないと、ホラーにならないでしょ」
アトム「お姉ちゃん、映画をそういう見方して楽しいの? もっと素直になろうよ」
朝子「大人になると、そんなふうにいろんな物をナナメに見るようになってしまうんだよ、小学校四年生にはわかんないだろうけどね」
アトム「もう、五年生だよ」
朝子「あ、来る来る・・」
アトム「あ・・、ああ!」
朝子「ほらあ、来た来た来た来たぁ!」
アトム「わあぁ!」
  と、アトム、朝子に正面から抱きついて顔を埋める。
朝子「うわ・・グロいなあ・・うわ、うわ・・これはあれだね、子供は見ない方がいいね」
  と、朝子、アトムの頭を撫でてあげたりする。
アトム「・・お姉ちゃん」
朝子「ん・・なに、どうしたの、アトム」
アトム「お姉ちゃん・・」
朝子「もう、大丈夫だよ、怖いとこ終わったよ(と、画面を示し)ほら・・ちゃんと見ないと、お父さんとお母さんに禁止されてるからわざわざ家に見に来たんでしょ」
アトム「違う・・・」
朝子「違わないよ、終わってるって・・ほら・・もう無事に逃げられたよ、まだまだここでは殺されないよ・・」
アトム「違う、お姉ちゃん・・」
朝子「うん、なに?」
アトム「お姉ちゃん、あのね・・聞いて・・くれる?」
朝子「・・(ようやく、真剣にこの事態を受け入れようとした)どうしたの、アトム」
  と、アトム、いつの間にか手にしているリモコンをテレビに向けた。
  音、途切れ、静寂・・の中、アトムが。
アトム「お姉ちゃん・・僕と結婚して」
朝子「え?」
アトム「結婚して・・」
朝子「なに、アトム、なに言ってんの?」
アトム「僕とね・・結婚して欲しいんだ」
朝子「なに言ってんの、アトム」
アトム「僕とね・・結婚して欲しいんだ」
朝子「だって、アトムはまだ四年生だよ」
アトム「もうすぐ五年生だよ」
朝子「アトムはまだ、もうすぐ五年生でしょう?」
アトム「五年生の男だと、お姉ちゃんと結婚できないの?」
朝子「できないよ・・それは無理だよ、法律で決まってるんだからさ」
アトム「でも五年生の男が、お姉ちゃんを好きになっちゃいけない法律はないよね」
朝子「好き、って・・」
アトム「好き・・・好きです・・」
朝子「・・・私、もしかして、今、告られてる?」
アトム「うん」
朝子「年下の男の子に告られるとは思わなかったな・・岩崎朝子・・中学二年の春・・」
アトム「結婚して・・」
朝子「ダメだよ・・」
アトム「なんで? 僕が五年生だからダメっていう法律があるから?」
朝子「そうだよ」
アトム「それだけ?」
朝子「それもあるし・・」
アトム「それ以外は?」
朝子「私、彼氏いるから」
アトム「・・・嘘だ」
朝子「ホントだよ」
アトム「(確信を持っている)嘘だ」
朝子「なんで、嘘だって思うの?」
アトム「だっていつも、あんまり、楽しそうじゃないから」
朝子「(薄っすらと笑いを含んで)楽しそうじゃないか・・私」
アトム「うん・・」
朝子「楽しそうじゃないってわかるんだ、アトムは」
アトム「わかるよ・・」
朝子「すごいね、アトムは・・小学校四年生なのに・・」
アトム「五年生だって」
朝子「・・そんなとこまで、ずっと見てたんだね」
アトム「そういうこと・・」
朝子「そうか・・」
アトム「うん」
朝子「当たり・・彼氏はいないよ・・でも、好きな人はいるよ」
アトム「どんな人?」
朝子「言わない」
アトム「どうして?」
朝子「だってさあ・・・」
アトム「芸能人に例えると誰?」
朝子「言わない、それだけは絶対に言わない」
アトム「僕は別に傷つかないよ・・お姉ちゃんがどんな男を好きだったとしても・・大丈夫だよ」
朝子「なんでそんなこと言い切れるの?」
アトム「それは想定の範囲内だから」
朝子「・・ホリエモンかよ」
アトム「尊敬しているから・・ホリエモン」
朝子「いいよね、ホリエモン」
アトム「お姉ちゃんも好きでしょ」
朝子「好きだよ・・・すごいよねホリエモン」
アトム「ホリエモンはね・・・」
朝子「でもね、アトム、もしも、今、結婚して欲しいってさ、アトムじゃなくてホリエモンが私に言ったとしても、私もまだ中学二年生だから結婚はできないんだよ。フジテレビはいつか乗っ取っちゃうかもしれないホリエモンでも、私と結婚することはできないんだよ、アトム」
アトム「わかってるよ・・そんなことはわかってるんだ」
朝子「ね・・」
アトム「ホリエモンでも無理なことなんだ・・ってこともわかってる・・」
朝子「いつからそんなこと思ってたの? いつから私のこと好きだったの?」
アトム「前から」
朝子「前っていつ?」
アトム「去年の夏の終わり・・ぐらい」
朝子「夏か・・」
アトム「もう春だよ・・」
  間。
アトム「・・結婚はダメか」
朝子「できないよ」
アトム「もしも、もしも、年とか関係なかったとしたら?」
朝子「その時になってみないとわからないな」
アトム「その時って?」
朝子「アトムが結婚できる年になった頃・・」
アトム「ああ、そういうことか」
朝子「ほら、アトムだって考えちゃうでしょ。迷うでしょ」
アトム「ううん・・迷わないよ。そんなこと考えても意味ないよ」
朝子「どうして?」
アトム「いつかね・・きっとお姉ちゃんは、僕ではない他の誰かとつきあうことになるんだ。ある日、突然、男の人に好きだって言われて、それで・・もしかしたら、私も好きかも、なんて思って、それで、つきあおうってことになって、ラブラブになるんだ。ラブラブになるんだお姉ちゃんは、誰かとね。それで世界中で今、一番自分が幸せなんじゃないかって思う時間を過ごすんだ。その時はきっと、なにを見ても、みんな素敵で、きらきらと輝いていて、みんな愛しく思えて、みんなのことが大好きになって、なにもかもが許せて、生まれてきて良かったって思って、出会えてよかったって思って、いろんな物にありがとうって思って、どうか、どうか、どうか、この時間がずっとずっと続きますようにお願いしますって・・思うんだ」
朝子「(静かに)アトム、やめて・・」
アトム「その時、お姉ちゃんは初めてわかるんだよ、自分がね、なんでこの世界に生まれてきたのか、なんのために生まれてきたのか、ここでなにをすればいいのか、どこに居ればいいのか、それでさ・・自分がこの世界で一人ぼっちじゃないって・・いきなりわかるんだ。その時が来るんだ。でも、その時、僕はお姉ちゃんの側にはいないんだよ。お姉ちゃんがそう思う人は・・僕ではないんだ」
朝子「なんでそんなことが断言できるの?」
アトム「わかるよ・・」
朝子「どうして・・」
アトム「僕はあんまり勉強とかできないけど、運動とかできないけど、でも、たった一つだけ・・誰にも負けないって思う物があるんだ」
朝子「・・・(答えはわかっている)それは、なに?」
アトム「想像力、僕には、誰にも負けない想像力があるんだ・・」
朝子「想像力か・・」
アトム「そんなこと・・そんなこと、全部・・全部、想定の範囲内だよ」
朝子「・・ホリエモンかよ」
アトム「想定の範囲内なんだ」
朝子「アトム・・」
アトム「その時、僕は側にいない。どうしてかっていうと・・・これは僕の初恋だから。初恋は・・・たいていさ・・」
朝子「・・・そうかもね」
アトム「初恋ってのは・・だいたいさ・・」
朝子「うん・・」
アトム「うまくいかねーんだよ」
朝子「ホントだよね」
アトム「まだ、これが初恋だって自分でわかっただけでもましかもしれないけどさあ」
朝子「アトム、五年生なのに、そこまで考えていたの?」
アトム「うん」
朝子「・・(笑って)ったく」
アトム「どうして、初恋の人とそのまま、死ぬまで一緒にいることができないの? どうして・・どうして・・どうして・・どうして・・なんで? なんでなの? 一つの恋で・・一生を終わることはないの?」
朝子「初恋は始まりだから」
アトム「始まりであって終わりじゃないの?」
朝子「始まりは始まりであって、終わりじゃないんだよ」
アトム「・・・お姉ちゃん」
朝子「うん?」
アトム「・・気がつくと朝子姉ちゃんの事を考えちゃってる」
朝子「好きなんだね、アトムは、私のことが・・」
アトム「うん、大好きだよ・・でも、そのぶん苦しい・・・すごく苦しい・・」
朝子「ああ・・わかるよ、私も今、そうだもん」
アトム「お姉ちゃんは告った?」
朝子「言わない」
アトム「どうして?」
朝子「だって、初恋は成就しないんでしょ?」
アトム「初恋? 初恋なの、お姉ちゃんのも」
朝子「初恋が今、ここに二つか」
アトム「珍しいね」
朝子「うん・・・」
アトム「今、始まりが終わったとこか」
朝子「また始まるよ」
アトム「これからいいことあんのかなあ」
朝子「たぶん、あるよ・・きっとね、あるよ、あるはずだよ」
アトム「これ以上いいことが?」
朝子「何倍も何倍もいいことが待ってるよ」
アトム「それまで・・どうしてればいいんだよ」
朝子「・・・『呪怨』の続き見ようよ」
アトム「・・見ようか」
朝子「しっかし、『呪怨』見ながら告るかなあ」
アトム「ふっふっふっふっ・・」
朝子「『呪怨』だよ『呪怨』・・」
アトム「ふっふっふっふっ・・・」
  そして、アトム、朝子に寄り添うと肩に腕を回した。
朝子「なに?」
アトム「初めて、好きな女の肩に手を回したところ・・・」
朝子「・・初めて年下の男に好きだって言われました」
アトム「うん」
朝子「あ!」
アトム「なに?」
朝子「それよりもさあ」
アトム「うん」
朝子「私、生まれて初めて結婚してくれってプロポーズされたかも」
アトム「はははは・・・」
朝子「アトム・・」
アトム「ははははは・・・」
朝子「おまえ、なにもかも私の初めての物を独り占めするなよ」
アトム「いいじゃない・・独り占めさせてくれてもさ・・」
朝子「欲張りすぎだよ・・」
アトム「欲張ってはみたものの・・結局なにも手に入らないんだよ」
朝子「・・うん、そうだね」
  アトム、DVDプレーヤーのリモコンをテレビに向けた。
  と、朝子もまたアトムの肩に手を回す。
  ホラー映画の音声が入る。
  しかし、二人、冒頭のような反応はまったくない。
  やがて、暗転。