第84話  『隣の人』
  スクリーンにサッカー『日本対北朝鮮戦』の最後の部分の画像が映る。
  そして、その実況のアナウンサーの声。
アナ「日本勝った・・初戦・・二対一・・からくもロスタイム大黒のゴールで・・」
  その音がフルボリュームのまま明転。
  そこはスポーツカフェ。
  龍之介と麗がカウンターに座って日本対北朝鮮戦を見ていた。
  二人、ガッツポーズをとったり、拍手したり、いろいろしている。
  やがて、
龍之介「あああ・・・」
麗「あああ・・・」
龍之介「やりましたぁ!」
  龍之介、回りにも拍手してアピールしている。
龍之介「やったね」
麗「よかったねー」
龍之介「すっげー」
麗「すっごーい」
龍之介「よく入ったよね、最後ね」
麗「そうだよね、ほんとそうだよね」
龍之介「あぶねー、あぶねー・・いや、日本、よくがんばったよ、よくがんばったと思うよ、本当に」
麗「引き分けのまま行くと思ったけどね」
龍之介「あぶねー」
麗「ねーよく入ったよね、最後の最後に・・」
龍之介「いや、めちゃめちゃ感動した、今」
麗「ねー・・」
  と、龍之介、ビールの入ったグラスをもって麗に乾杯を勧める。
龍之介「まままま・・じゃあ」
麗「あ、はい」
  と、麗も自分のカクテルの入ったグラスを持った。
龍之介「それでは、日本の勝利に」
麗「乾杯!」
龍之介「乾杯!」
  と、一度、グラスをチコン!と当てて。
龍之介「どうも、はじめまして」
麗「はじめまして・・」
龍之介「どもどもども・・」
麗「どもどもども・・・」
龍之介「どもどもども・・もう、いろんなことに乾杯しちゃうね」
麗「乾杯!」
龍之介「乾杯〜!」
  と、再び、グラスが当たり・・
  龍之介は飲み干し、麗はちょっと口をつけてグラスを置いた。
龍之介「ん・・・」
麗「ああ・・」
龍之介「いや、最後決めるとは思わなかった・・・すごいよ、すごい、すばらしいね」
麗「そうだよね、最後の最後だもんね」
龍之介「いや、危なかったね、もう、このまま引き分けで終わるのかって諦めかけてたからさあ」
麗「ん・・・」
龍之介「ねえ・・」
麗「まあ、私としては引き分けてもよかったんだけどね」
龍之介「え?」
麗「いや、引き分けでもね、よかったんだけどね」
龍之介「え?」
麗「私的にはね」
龍之介「え? なんで引き分けでもいいの?」
麗「いや、両方応援してたから」
龍之介「なに両方応援って?」
麗「私、あの在日なんですよ」
龍之介「あ、そう・・へえ・・」
麗「そうそう、そうそう・・」
龍之介「そうなんだ」
麗「だから、北朝鮮も応援するし、日本も応援する」
龍之介「ああ・・そう、そうね両方・・」
麗「どっちもよく知ってるから、どっちも応援する」
龍之介「でも、今の気持ちはどうなの?」
麗「いや、よかったなあ・・良い試合だったなあ・・って」
龍之介「あ、そうだよね、それはそうだよね」
麗「こっちのゴールにいくでしょ、そしたら、おおおお・・って感じで、こっちのゴールに行ってもああああって感じなの」
龍之介「へえ・・・」
麗「決めたらもちろん、よし!って感じ」
龍之介「止めてよし! 攻めてよし!」
麗「そうそうそう、時々、混乱する・・・いけいけいけ! ああ! ゴールよく止めた、ああ! ええ? って・・だから、すごい忙しかった・・両方、がんばれ! みたいな」
龍之介「・・日本は長い?・・てことはないよね」
麗「在日なんだって」
龍之介「そうだよね」
麗「日本で生まれて、日本で育ったの」
龍之介「そうだよね・・」
麗「在日だからさ、わかってる?」
龍之介「わかってる、わかってる・・言葉とかは・・」
麗「日本語だね」
龍之介「いや、それはわかるよ、今、日本語で喋ってるじゃない」
麗「ああ、そうか、そうだよね」
龍之介「向こうの言葉は? ハングルとか」
麗「できる、できる。私、朝鮮学校行ってたから・・」
龍之介「ああ、そう」
麗「だから、ハングルも習ったから話せるし、書ける」
龍之介「ふうん・・」
麗「だから、朝鮮人の友達もいっぱいいるし、日本人の友達もいっぱいいる」
龍之介「あ、そうなんだ・・」
麗「うん」
龍之介「え、じゃあさあ、今日はなんで一人で来たの?」
麗「両方応援したいから」
龍之介「両方応援できないの?」
麗「だって、在日の中でこういうのを見るとさ、なんで日本を応援しているの? とかっていうことになるじゃない・・面倒なこと嫌いなのよ」
龍之介「ああ、そう・・」
麗「日本の人たちと見てても、同じ感じになるじゃない・・でも、こういうところだとほら、一人一人がどういう応援してようが関係ないでしょう」
龍之介「ああ・・そうね・・それはね」
麗「そうそうそう、気を使わないで、楽しみたかったの」
龍之介「もうねえ、両方の選手が埼玉スタジアムのピッチに登場してくるだけで、すごいテンション上がったからね」
麗「ワールドカップアジア地区最終予選初戦」
龍之介「絶対に負けられない戦いがそこにはある・・」
麗「日本の青一色のスタンド、北朝鮮の赤いスタンド」
龍之介「日本の旗とね」
麗「北朝鮮の旗とね・・」
龍之介「別に日の丸がどうのとかって、まったく思わないけど、大きな旗がね、あちこちではためいているとね・・なんか興奮するんだよね」
麗「旗がひらひらする力ってすごいよね・・」
龍之介「普通さ、国歌斉唱とかって、もういいから早く始めろよって思うんだけど、今日は、なんか全然違って見えた」
麗「久しぶりに北朝鮮の国歌聞いた」
龍之介「北朝鮮の国歌とか歌えるの?」
麗「歌えますよ・・歌いましょうか?」
  と、それ用のポーズをとる。
龍之介「なんでこうなるの?」
麗「いや、なんとなく」
龍之介「あの歌は特定の誰かを称える歌なの?」
麗「いや、全然・・この国を永遠にたたえるぜって歌だもん」
龍之介「あ、そうなんだ・・あ、でもさあ・・」
麗「ん、なになに?」
龍之介「日本の国歌の君が代とね、北朝鮮の国歌とさ・・ジーコはどういう気持ちで聞いてたのかな」
麗「ジーコはねえ」
龍之介「いいかげん君が代とか覚えているだろうにね」
麗「だって、サントスも自分の国みたいによーしとか歌ってるけど・・わかってんのかな・・」
龍之介「どうだろう・・日本人よりも君が代とかに思い入れとかあったりしてね」
麗「サントスといえば、日本の最初のゴール」
龍之介「そうね、小笠原が決めたけど、元はサントスだからね」
麗「サントスがこけなきゃね・・日本の先制点はなかったわけだから」
龍之介「始まってさ、四分だよ、四分で、日本のゴールだよ」
麗「ね!」
龍之介「すげーって言葉しか出なかったもん、すげー、すげーよ、あれは」
麗「綺麗に入ったよね」
龍之介「サントスがボールをとった後に、北朝鮮のリミヨンサムがね、足をかけちゃって」
麗「イエローカードが出て・・小笠原のフリーキックで」
龍之介「日本先制点!」
麗「フリーキックだったのがね・・」
龍之介「始まった興奮が、持続したままだったからね・・あの時は、どう思ったの? やったーって思ったの? やられたって思ったの?」
麗「やったー! かな」
龍之介「あ、やっぱそうなんだ」
麗「一応ね、その直前までは止めろ止めろ止めろ、止めてくれって思ってたんだけどね、だってほら、フリーキックの時はキーパーを応援するでしょう・・たった一人で守らなきゃなんないわけだから」
龍之介「そうね、そうね、それはそうね」
麗「でも、入っちゃったら、もう、やったーって、素直に喜んでいいわけでしょう。それまではね、両方応援するって言っててもやっぱりね、ドキドキしてるんだけど、そのドキドキがもやもやしたドキドキなのよ。いけいけ! っていうのと、守れ守れってのが同時にあるから・・どっちつかずっていうか、でも、あの先制点のあとはもう・・」
龍之介「もやもやも、ふっきれて」
麗「ふっきれたね・・だいたいさ、北朝鮮のチームって未知のチームだったでしょう、情報もないし、なにも伝わってこない・・私達だって、本当はどれくらい北朝鮮のチームが強いのか、まったくわからないで最初、応援しているわけですよ。でも、ボールとか持ってて、かわしたりするでしょ、そうすると、やるじゃん、やるじゃんって、ダメダメかと思ってたら、けっこう、意外と、なかなかやってくれたんで・・」
龍之介「あ、そうね、それはそうね・・」
麗「イメージ的には日本の方がヨーロッパ行ったりして、もしかしたら、相手にならなかったらどうしょうって・・一方的な試合になったら、どうしようって」
龍之介「それはあった・・それはあったね」
麗「後輩も二人出てるし・・」
龍之介「後輩・・」
麗「アンヨンハとリハンジェ」
龍之介「後輩なんだ」
麗「どこの朝高でてるか知らないけど」
龍之介「ちょうこう・・」
麗「朝鮮高校ね・・・どこの朝高出てるか知らないけど、朝高出てるのはみんな後輩だから」
龍之介「すごいね・・みんな後輩なんだ」
麗「そうそう・・」
龍之介「じゃあ、さっきの試合に後輩が出てて、後輩がんばれっていう」
麗「そういう応援も入ってたね」
龍之介「力入るね、それは」
麗「ねえ、だから、ちょっと後輩が活躍したらうれしいかなって思ってたの・・でもね、でもね、でもね」
龍之介「うん、なになに?」
麗「知り合いの日本の人がね、北朝鮮チームに参加した在日の子が失点に絡まないといいね、って言った人がいてね・・ああ、私なんかより、もっと深く考えてるなって。在日の選手がいた方が日本の情報とか入手しやすいわけでしょう、北朝鮮チームとしては」
龍之介「ああ、まあ、そうだね」
麗「その反面失点に絡んだ時はさ・・いろいろやっぱり大変でしょう」
龍之介「そうか、そういうこともあるんだ・・」
麗「今日、自分でも不思議だったんだけど、北朝鮮がボール持つと、とっさにハングルで考えちゃうんですよ」
龍之介「あ、ああ、応援の言葉がハングルで出て来ちゃうんだ・・切り替わっちゃうんだ」
麗「応援っていうか、小競り合いとかあったりすると、カラカラ!とか」
龍之介「カラカラ?」
麗「カラカラってのがハングルで行け行けってことなんですよ」
龍之介「カラカラね」
麗「だから、ボール持ってパスが通っていくと」
龍之介「カラカラ」
麗「カラカラ」
龍之介「お、なんかハングルを一つ覚えたぞ」
麗「カラカラ! 」
龍之介「カラカラ」
麗「あと、チャレッソ! って思う」
龍之介「それはどういう意味なの?」
麗「よくやった」
龍之介「チャレッソ!」
麗「チャレッソ!」
龍之介「チャレッソ!」
麗「北朝鮮の選手がさ、襟首掴んだじゃない、小競り合って・・」
龍之介「ああ(と、その様子を再現してみて)こんななってた」
麗「そうそう・・そういう時は、イノムセッキ!」
龍之介「イノムセッキ!」
麗「イルボンセッキ!」
龍之介「イルボンセッキ!」
麗「セッキってガキって意味なんですけど、イノンっていうのがこいつって意味だから、このくそがき行かせるかって」
龍之介「え? あの時、そんなこと思ってたの、北朝鮮の選手は」
麗「たぶん」
龍之介「思ったんだ、くそがき行かせるか!って?」
麗「見ている方はテリョブシラ!」
龍之介「テリョブシラ!」
麗「ぶっつぶせ! って意味なんですけど・・」
龍之介「ぶっつぶせ・・」
麗「テリョブシラ!」
龍之介「ハングルのスラング?」
麗「スラングってほどでもないかな・・だって、運動会でもお父さんお母さんが子供の騎馬戦で言ってますからね・・・テリョブシラ! テリョブシラ!」
龍之介「ぶっつぶせ! って?」
麗「そうそうあと、シバルセッキ! この野郎! って意味なんですけど。『シルミド』でずっと言ってたじゃないですか」
龍之介「『シルミド』って特殊部隊の映画でしょ」
麗「そうそう、みんな連呼してた、シバルセッキ!って」
龍之介「『シルミド』ねえ・・」
麗「やっぱりねえ、ヘディングとかうまいんだよね、北朝鮮の方が」
龍之介「え? なんで?」
麗「パッチギ強いから・・」
龍之介「パッチギなの?」
麗「パッチギ、頭突き」
龍之介「ヘディングじゃないの?」
麗「もう、慣れてるから、ちょっとなにかあるとパッチギしてたから」
龍之介「もう・・これからヘディング見るたびに、あ、パッチギ、あ、そこでパッチギ! ナイスパッチギ! って思っちゃうよ」
麗「一対ゼロが長かったけど、でも、よく攻めてたよ、北朝鮮も」
龍之介「一対ゼロで前半終わって、このままいけるのか、いってくれるのか、頼むからいってくれって・・俺なんか、ひたすら思ってたけどね」
麗「でもね、でもね、でもね、最初はもしかしたら、ダメダメなんじゃないかって思って見てたわけじゃない、でも、けっこうできることはわかったし、もともと体力あるし、根性もあるから、なんか最後は気迫で勝つんじゃないかって思ってたの」
龍之介「それはある意味正しかったわけだよ」
麗「正しかった、正しかった」
龍之介「そして!」
麗「そして!」
龍之介「後半十六分」
麗「北朝鮮のゴール」
龍之介「まさか、あの位置から左足のアウトで蹴るとは思わないよね」
麗「思わない、思わない」
龍之介「ナムソンチョルだっけ?」
麗「ナムソンチョル」
龍之介「同点のゴール!」
麗「同点だからね、よっしゃ! って思ったよ」
龍之介「チャレッソ!」
麗「チャレッソ!」
龍之介「すごいね、あれはやられたって思ったもん」
麗「ねー・・凄い角度でぎりぎりだったから」
龍之介「すごいよね、あのゴールは」
麗「川口が違う反応したんだよね」
龍之介「パスで来ると思ったら、そのままだったからね」
麗「それでさあ」
龍之介「なに?」
麗「同点ゴールの後で、高原投入・・もうやったあって感じ!」
龍之介「あ、高原好き?」
麗「高原君、好き」
龍之介「いいよね、高原」
麗「北朝鮮の後輩も応援しなきゃなんないし、高原も応援しなきゃなんないし」
龍之介「忙しいね」
麗「もう、忙しいったらありゃしない・・」
龍之介「もうねえ、俺もねえ、ロスタイムに入った時は、このまま引き分けでもいいかなって思ってたよ」
麗「みんな、これは引き分けで終わるもんだと思ってたよね」
龍之介「思ってた、思ってた、絶対思ってたよ」
麗「ロスタイム三分で一点入るとは思ってなかったよね」
龍之介「あの、実況のアナウンサーもさ、普通に喋ってて・・突然」
麗「ゴオオオル!」
龍之介「ゴオオオル!」
麗「大黒!」
龍之介「大黒ね!」
麗「ここでもまた小笠原がいいボールを上げて」
龍之介「一回、キーパーが弾いたのを」
麗「大黒が蹴り込んだ」
龍之介「代表、初ゴール、値千金」
麗「残り、あと一分ちょっとだったからね」
龍之介「もう、あとはボールを渡さないで・・・」
  冒頭に流れた試合終了のアナウンスが今一度流れる。
アナ「日本勝った・・初戦・・二対一・・からくもロスタイム大黒のゴールで・・」
  その声、ゆっくりとフェードアウトしていく。
麗「日本のサポーターも、みんななかなかやるよなって言う言葉が素直に出る試合だったと思うな・・」
龍之介「北朝鮮も北朝鮮でよくやったっていう」
麗「こういう時だからこそ、やらなきゃってこともあるんだと思うな」
龍之介「終わった後、みんないい顔してたよね・・
麗「でも、ちょっとかわいそうだったな」
龍之介「選手はがっくりしているんだけど、コーチとかは、持てる力を尽くしたって感じの顔してたからね・・」
麗「・・いい試合だったよね」
龍之介「そうだね」
麗「日本の勝利に乾杯」
龍之介「いい試合に、乾杯」
麗「乾杯」
  暗転していく。

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