第83話  『ひなあられ』
  暗転のまま・・
  島田伸介の声。
島田伸介「では、オープンプライス!」
  評定価格が表示される音を聞きながら、明転していく。
  と、そこは日本家屋の一室。
  新潟のとあるおばあちゃんの家。
  下手に一間分の障子の戸。
  そこから一間空いて、柱、そこから上手に向かって土壁・・・
  障子の向こうにおばあちゃんの影。
  さらにその向こうに二十インチ程度のテレビがあるらしく、ちらちらと画面のちらつきのシルエットが見えている。
  障子と柱の間から、こたつが見える。
  そのこたつの一辺、上手を背に下手に向かって手前にタクちゃん、その向こうに大朔が正座して座っている。
  二人とも、スキーウエアのような防寒着を着込み、傍らには防寒手袋、マフラーなどが置かれている。
タク「へえ、あんな壺が八十万もするんだ」
大朔「(タクちゃんに)こっちはあれだね、こんなお昼の時間に『なんでも鑑定団』をやってるんだね」
タク「(大朔に)ね・・(おばあちゃんに)あ、ええ、東京だと(大朔に)木曜の夜?」
大朔「木曜の夜だね」
タク「(おばあちゃんに)木曜の夜やってるんですよ」
大朔「だからなんか不思議な感じだよな」
タク「でも、よかったですね、テレビ、本当に綺麗に映るようになって」
大朔「だって、なんだか、画面が(やってみせる)こんな、こんな、こんな二重、三重に映ってましたからね」
タク「あのゴーストだらけの画面を、長時間見ていたら、目、痛くなって当然ですよ」
大朔「ちょっとアンテナの方向がね・・やっぱり地震でずれちゃったみたいで・・」
タク「それを屋根に昇って直しただけですから・・ええ・・ええ・・」
大朔「いや、僕らは全然、電気とか詳しくないです・・専門外ですよ・・」
タク「アンテナの方向を微調整するくらいは・・(大朔に)ねえ・・」
大朔「誰でもまあ、できるんですけど・・でも、あの、ここだけの話なんですけど、ボランティアは、屋根に上がっちゃいけないんですよ」
タク「そう、そうなんです・・屋根に上がるのは禁止されてるんです・・」
大朔「でもまあ、今日は屋根の雪がみんな滑り落ちてたし・・」
  と、タク、おばあちゃんに皿を勧められる。
タク「あ、はい、いたただきます」
大朔「あ、いただきまーす」
  二人、皿からひなあられを二、三個掴んで口に放り込む。
大朔「久しぶりだな、ひなあられなんて」
タク「だね・・意外と食わないよね」
大朔「昔は、食ったんだけど」
タク「全然、嫌いじゃないんだけどね」
大朔「止まんなくなるよね・・」
  と、大朔はまたひなあられを掴んで口に放り込む。
大朔「(おばあちゃんに)やっぱ、一番驚いたのは雪ですかね(タクに)な」
タク「四メートル積もるとか、話には聞いてたんですけどね・・実際積もった四メートルの雪を見ると・・」
大朔「ええ、僕らは東京からなんですけど・・寒いところだ、雪がすごいところだってのはわかるんですけど、どれくらいすごくて、それに対してどうすればいいのかって・・長靴を用意してくださいってボラセンに・・あの、ボランティアセンターですね、に言われたんですけど、ズボンを長靴の中に入れたほうがいいのか、外に出したままの方が暖かいのか・・駅にいた女子中学生達の足下を見たら、みんなスニーカーで普通にこの深い雪の中を歩いてるんですよ。あんまり濡れてないんですよ。でも、僕ら、長靴履いてるのに、ズボンからなにからぐちょぐちょなんですよ・・え、あ、はい・・」
タク「あ、いや、本当にもう結構ですから・・お茶、ありますから・・珈琲は・・」
大朔「いや、本当に・・お気遣いなく・・」
  そして、おばあちゃんのシルエットが立ち上がって、上手にはけた。
大朔「お茶・・まだ一口、口付けただけなのに・・」
タク「(大朔に)よく食うね、そんなに・・さっきのお宅でも、煎餅とか桜餅とか死ぬほど食ってたのに」
大朔「食いなよ」
タク「いいよ・・もう、おなかいっぱいだもん」
大朔「こうやって出された物を食うのもボランティアの仕事なんだから」
タク「そんなの聞いてないよ・・雪かきとか、そういうことだと覚悟してきたら、おかし食ってばっかなんだもん」
大朔「お菓子食うのもボランティア」
タク「こんなに食べ物が次から次に出てくるとは思わなかったなあ」
拓弥「なんか・・気使うなあ」
大朔「なに話していいかわかんないからね」
拓弥「初対面で、方言混じりでね・・」
大朔「おばあちゃんで・・」
拓弥「話、続かないよ・・ボランティアセンターでさ、住民の方を刺激しないようにしてくださいって言われたじゃない」
大朔「うんうん・・・」
拓弥「あれがね」
大朔「あれがね・・住民の方は静かに暮らしていきたいと思っているので、刺激しないようにしてくださいって・・言われてもねえ」
拓弥「なにが、刺激するのか、全然わかんないしなあ」
大朔「その割には・・みんな話とかするの好きなんだよな」
拓弥「いろんな物、出してくれるしね」
大朔「もっといろんな話とかしたいんだけどねえ・・」
拓弥「ねえ・・」
大朔「頭の中ですごいいろんな事考えながら喋っちゃうからさあ」
拓弥「っていうかさ、だいたい、俺達がボランティアとか来ていいわけ?」
大朔「なんで、なんでダメなの?」
拓弥「人の事を助けるよりもまず、自分で自分を助かるべきなのではないの?」
大朔「それはね・・言わないお約束」
拓弥「大学生が休みに入ってさ、バイト先、占領されてさ・・仕事なくなってさ・・」
大朔「まあ、それで時間ができたわけだからね・・他にやることないんだから、ボランティアでもしようってことじゃない」
拓弥「もっとさあ、壊れた家の撤去とか、そういう仕事かと思ってたのに」
大朔「雪が解けるまでは、仕事できないんだって」
拓弥「まあ、みんな雪に埋もれてるからね」
大朔「雪、雪、雪・・」
拓弥「来ちゃったんだねえ、雪国に・・」
大朔「食いなよ、ひなあられ」
拓弥「いいよ・・ああ、朝、ボランティアセンターで食ったカップラーメンが、まだ(おなかの)このへんに・・・カップラーメン食い放題だとは思わなかったな」
大朔「寄付されたやつが余ってるんでしょ」
拓弥「カップスープとかも山のようにあったね」
大朔「食いなよ、ひなあられ」
拓弥「もういいって・・」
大朔「あられ食うのもボランティア・・」
拓弥「これ、おいとまするタイミング、難しいね」
大朔「立ち上がりづらいんだよな」
拓弥「なんか合図決めとかないと・・そろそろだなって・・」
大朔「あ、合図いいね、合図」
拓弥「なににしようか・・」
  と、おばあちゃん帰ってくる。
大朔「あ、どうも」
拓弥「早く決めないから・・」
大朔「あ、すいません」
拓弥「(同時に)どうもですぅ」
大朔「すいません、本当に」
  と、二人、中腰になって、おばあちゃんからソーサーに載った珈琲カップを受け取る。
拓弥「あ、僕はお砂糖だけで」
大朔「僕はなにもいれないのが、好きなんで」
  と、二人、ようやく座る。
大朔「あ、はい、足崩さなくても、全然・・うちの実家もこういう日本家屋だったから、子供の頃から正座ばっかで・・」
拓弥「すいません、じゃあ、僕は失礼して」
  と、あぐらをかく拓弥。
大朔「実家ですか・・ええ・・千葉の方なんですけど・・ええ・・ええ、いや、日本家屋っていっても、こんな立派な家じゃなくて、新興住宅地の建て売りの奴で・・え、いやいや、違いますね・・全然もう、柱の太さとか・・だいたい、同じ六畳でもなんとなく広いんですよね・・」
拓弥「そう、そうそう・・俺も思った、それは」
大朔「広いよな」
拓弥「広い広い・・」
大朔「同じ畳でも、団地サイズっていうのがあるんですよ・・」
拓弥「微妙に狭いんだよな」
大朔「(おばあちゃんに)お聞きになったこと、ありますか、そうです、団地サイズなんですよ、家の実家は・・(と、部屋を見回して)だから・・やっぱりなんか広々としている感じで」
拓弥「あ、はい、すいません・・じゃあ」
  と、拓弥、こたつにずりずりと前進して入る。
大朔「あ、はい、どうも、じゃあ・・」
  と、大朔、拓弥とは別の面に入る。
拓弥「ああ、暖かい」
大朔「(拓弥に)ねえ」
拓弥「こたつはやっぱりいいですねえ・・あ、はい、ひなあられ、いただいてます(大朔に)うまいよな、ひなあられ、やっぱり」
大朔「そうね・・」
拓弥「(大朔を示し)彼、結構、甘い物好きなんですよ・・」
大朔「なんか、食べちゃうんですよね」
  と、一瞬にして二人が緊張して前のめりになる。
拓弥「(おばあちゃんに)あ、いや、本当にもう結構ですから・・」
大朔「座ってて、座っててくださいよ・・・本当に・・」
拓弥「あられがいいんですよ」
大朔「そうです、このひなあられがいいんですから・・」
  だが、おばあちゃん、立ち去った。
拓弥「食えよ・・食えよ、みたらし団子来るぞ」
大朔「拓ちゃんが、こいつ甘い物が好きだとか言うから、みたらし団子が来ちゃうんじゃないの?」
拓弥「俺? 俺なの? みたらし団子は俺?」
大朔「俺も食うから拓ちゃんも食いなよ」
拓弥「食えないって」
大朔「食いなよ・・だからさあ」
拓弥「わかったよ」
大朔・拓弥「団子食うのもボランティア!」
  間。
拓弥「立派な雛壇だよな」
大朔「え?」
拓弥「(と、その方向を示し)あれ・・」
大朔「おばあちゃん一人で飾ったのかな・・」
拓弥「ボランティアじゃないの?」
大朔「え?」
拓弥「ボランティアが飾ったんじゃないの?」
大朔「ボランティアってそんなこともするの?」
拓弥「一人でおばあちゃんが飾るか?」
大朔「けっこうな仕事だよな・・」
拓弥「合図!」
大朔「合図」
拓弥「合図、決めよう」
大朔「決めよう」
拓弥「決めよう」
大朔「俺が時計見るからさ・・」
拓弥「時計とか見るの? わざとらしい」
大朔「じゃあ、拓ちゃん決めなよ・・いいよ、いいよ、俺、従うからさ」
拓弥「従うってなんだよ、なに上から物言ってんだよ・・」
大朔「従うって言ってんだから、上からってなんだよ・・」
  と、戻ってくるおばあちゃん。
大朔「・・あ、みたらし団子だ」
拓弥「あ・・団子だ・・」
大朔「ありがとうございます・・なんか、食ってばっかりだな・・俺達・・」
拓弥「いただきますぅ・・」
  みたらし団子を食いながら二人。
大朔「(テレビに目をやり)あんなミニカーが二十万だって・・」
拓弥「うわ、高っけー」
大朔「あんなののどこがお宝なのか、全然わかんないね」
拓弥「(おばあちゃんに)あのお雛様の飾り・・何段だ・・五、六、七、八・・八段飾りですか・・」
大朔「あ、そうなんですか・・娘さんのために・・」
拓弥「へえ、三十二年前のものなんだ・・」
大朔「え? じゃあ、僕とあの雛壇は同い年ですよ・・」
拓弥「あ、そうか、そうだよね」
大朔「なんか・・急に、親近感沸いてきたな、あの雛壇に」
拓弥「娘さんは結婚なさってるんですか?」
大朔「旦那さんと、仮設の方に・・」
拓弥「ああ、そうですか・・」
大朔「ええ、仮設の方も回りました・・ボランティアセンターで新聞を作ってるんですけど・・それを配って回りに・・」
拓弥「そうですよね・・仮設は仮設で、いろいろ大変ですからね・・」
大朔「(おばあちゃんに)・・なかなか・・そうなるとね・・」
拓弥「そうですね・・ええ・・毎年飾ってたお雛様ですからね・・ええ・・震災があったからって・・飾らないのはねえ」
大朔「こういう時こそ・・やっぱり・・ねえ」
拓弥「ああ・・このひなあられは・・」
大朔「あの、お雛様の・・そりゃ、そうですよね・・」
拓弥「いや、見ないですね・・こんな立派なお雛様は・・」
大朔「大きくても三段とか、五段とか・・ぐらいですかね」
拓弥「半日かかりますよ、これだけのもん飾るとなると・・」
  と、二人、またひなあられに手を伸ばす。
大朔「もう、そろそろ、行きますか・・」
拓弥「あ、行く?」
大朔「まだ?」
拓弥「あ、いや、俺はまだ大丈夫だけど」
大朔「あ、そう?」
拓弥「行く?」
大朔「いや、俺も大丈夫だけど・・」
拓弥「じゃ、もうちょっと」
大朔「ん、そうだね」
拓弥「(おばあちゃんに)あ、いや、時間は大丈夫なんですよ」
大朔「まだ(いても)大丈夫ですか?」
拓弥「もしも、よろしかったら、もうちょっと・・(大朔に)ひなあられがねえ・・」
大朔「止まんなくなるよね・・」
  暗転が始まる。
拓弥「いえ、僕はまだ結婚はしてません・・ええ、親にはいろいろ言われるんですけど・・」
大朔「ケツ叩いてやってくださいよ・・」
  暗転。