第80話』  『旅の仲間』
  カンちゃんの部屋。
  すでに美穂子の荷物はなく、カンちゃんの荷物の荷造りが進んでいる。
  カン、段ボール箱に詰めていく。
  やがて段ボール箱を抱えて入ってくる拓弥。
拓弥「はい、こんなのしかなかったよ。あのセブンイレブン」
カン「あ、どもども・・」
拓弥「(荷物の一部を示して)これ、詰めちゃっていいの?」
カン「あ、や、それは燃えないゴミ。捨てちゃう奴」
拓弥「あ、そう・・え? このドライヤーとか捨てちゃうの?」
カン「ぬるい風しか出ないよ。欲しければあげるけど」
拓弥「ん・・・ん、いいや」
  と、カン、その詰めていた作業の手を止めて、ドライヤーを拾った。
拓弥「あ、あれ、すれるんじゃないの?」
カン「あ、いや、なんか、急にこのドライヤーがかわいそうに思えて来た」
拓弥「かわいそう?」
カン「誰からも必要とされてないなんてね。なんか自分を見てるみたいでさ」
拓弥「カンちゃぁん!」
カン「ん?」
拓弥「元気出して行こうよ・・同棲解消して、新しい生活が始まるんだから」
カン「うん・・そうだよね」
拓弥「おーっ!」
カン「うん」
拓弥「おーっ!」
カン「おーっ!」
  と、拓弥、段ボールの中から任天堂のファミコンの箱を見つけた。
拓弥「あ、ああ! ちょっとこれ!」
カン「え? なに? ファミコン?」
拓弥「懐かしー」
カン「それもちょっとさあ、捨てらんなくて・・」
拓弥「そうだよね、俺もね、実家にとってある・・全部とってある。『ドンキーコング3』『マリオ』も『チャレンジャー』も」
カン「あるよ、ある、俺もある」
拓弥「捨てらんないよね、これだけは・・」
カン「中古屋に売ってる友達もいたけど、やっぱこれだけは手放せないっていうか」
拓弥「うん、うんうん・・」
カン「ちょっと、やる?」
拓弥「(嬉しい)・・・え? え? いいの? 引っ越しは?」
カン「ちょっと、やろうよ」
  と、カン、繋ぎはじめる。
  そして、ファミコンを始める。
  ゲーム音が入る。
カン「忘れもしない・・千九百八十五年のクリスマス。我が家に任天堂のファミリーコンピューターがやってきた。電源を入れたとたん、テレビのある部屋が、まるごとゲームセンターになった。これで・・これで、ゲーセンに行かなくても、百円玉を使わなくても、思う存分ゲームができる」
拓弥「ファミコンかあ・・これが家に来て、友達との関係とか、時間の使い方とか、なにもかもがいっぺんに変わったんだよ」
カン「なんかやりたいゲーム、ある?」
  と、拓弥、言われてカセットをあさる。
拓弥「あ、『ドラクエ』だ・・ファミコン版の『ドラクエ』だ・・これは・・『3』?」
カン「ああ・・やったよなあ・・『ドラクエ』俺は『2』が一番ハマったけどね」
拓弥「『ドラクエ』ちょっと、見てみていい?」
カン「いいよ、いいよ」
  と、ファミコンに『ドラクエ』を刺す。
カン「ファミコンが家に来てさ、ゲーセンに行かなくても、家でゲームがやり放題になって、大喜びしたけど、でもやっぱあれだよね、『ドラゴンクエスト』が出て、ついにゲームセンターでは絶対に出来ないゲームが自分の家で出来るようになったって思うと、感無量だったよね」
  小さな音で『ドラクエ』のテーマがかかる。
拓弥「『ドラクエ』のテーマはいいねえ・・冒険の書1・・」
カン「なにか、やらなきゃって気にさせてくれえるし、なにか自分にも出来そうな気がしてくるね、この曲を聞いてると・・」
拓弥「ん? これは・・なに?」
カン「え?(と、画面を覗き込む)」
拓弥「この主人公の名前なに? ・・ゆうこって」
カン「あ!」
拓弥「なんで、主人公が女の子の名前なの?」
カン「あ! ああ!」
拓弥「普通、主人公の名前って自分の名前をつけたりするもんじゃないの?」
カン「あ!・・・ああ・・!」
拓弥「二番目にカンちゃんの名前がある」
カン「そう、そうだった・・『ドラクエ3』はそうだったんだ」
  『ドラクエ』のテーマソング、カットイン!
拓弥「千九百八十八年二月十日『ドラゴンクエスト』発売。日本中の小学生が、このゲームに没頭した」
カン「朝から晩までずっと『ドラクエ』の話が続いた」
拓弥「それで、この勇者ゆうこってのはなに?」
カン「クラスの女の子の名前」
拓弥「好きだったの?」
カン「(頷いた)・・好きだった・・すごい好きだった」
拓弥「いや・・好きなのはわかるけど、でも、普通、主人公には自分の名前をつけて、他の一緒に旅してるキャラクターに、そういう、好きな女の子の名前とか、友達の名前とか、兄弟の名前とかをつけるんじゃないの?」
カン「ゆうこちゃんは・・いつもよく笑っている子で、かわいくて、それで、足が早くて、いつもリレーのアンカーをやってた」
拓弥「ああ・・いるねえ、クラスに一人、そういう女の子って、みんなの憧れの」
カン「そう、クラスの人気者」
拓弥「それはみんな好きだよ」
カン「でも、ゆうこちゃんはファミコンを持っていなかった。お父さんとお母さんが、絶対に買ってくれなかったし、自分のお小遣いで買うことも許してはくれなかったんだって」
拓弥「ああ・・いたよ、いたいた、そういう奴」
カン「だから、みんながファミコンの話を始めると、その輪の中からすっとはずれて、自分の席に戻って自由帳にマンガを一人で描いてた」
拓弥「え? なに? いつもよく笑ってて、かわいくて、足が早くて、リレーのアンカーやってて、マンガも描けるの?」
カン「クラスの人気者だから」
拓弥「クラスの人気者が、ファミコン持ってないのか」
カン「『ドラクエ3』で盛り上がりまくっているクラスの隅で、ゆうこちゃんは笑わなくなっちゃった」
拓弥「アリアハンだ、ロマリアだって友達が言ってても、なんのことだかわかんなかっただろうね」
カン「だから、ゆうこちゃんに思い切って声をかけたの」
拓弥「なんて?」
カン「家においでよって、一緒に『ドラクエ』をやろうって」
拓弥「でも、『ドラクエ』って1日とかじゃ終わんないんでしょ」
カン「そうだけど・・そうだけど、だったら、終わるまで毎日くればいいじゃん。うちは平気だよ、一緒に『ドラクエ』やろうよ・・ゆうこちゃんの顔が、一瞬にして晴れ晴れとなった。ゆうこちゃんの顔に・・笑顔が戻った・・ありがとう・・ありがとう・・ゆうこちゃんはその時、ボクにありがとうを二回言った。とびっきりの笑顔・・だったね」
拓弥「『ドラクエ』を友達の家でやる・・大変じゃない」
カン「うん・・大変だった」
拓弥「大変だよ」
カン「しかも、大変なのはそれだけじゃなかった」
拓弥「なに、まだ他にあるの?」
  カン、頷いて・・
カン「その時、クラスでファミコンを持っていなかったのは、ゆうこちゃんだけじゃなかったんだ」
拓弥「あ、ああ、それはそうだろうね」
カン「山岡真一君が、どこからか聞きつけてきてボクの所へやってきた」
拓弥「みんなで『ドラクエ』やるんだって?」
カン「みんなで『ドラクエ』やるなんて一言も言ってない。ボクはゆうこちゃんと二人で『ドラクエ』をやるつもりだったんだ」
拓弥「それはなに? どこで聞きつけてきたの?」
カン「カンちゃんの家に集合すればいいの? 行くよ、行く行く、ボクの家、ファミコンないんだ」
拓弥「誘ってないよ!」
カン「なにしに来るんだよ! って気持が胸のこのあたりに渦巻いてたけど、でも、そこでおまえ来るな! とは言えないでしょう」
拓弥「偉い、偉いよ、カンちゃん! それでこの『ドラクエ』のパーティは主人公がゆうこで、次にカンちゃん、そしてしんいちと続いてるんだ」
カン「真一君は、招かざる冒険者だったけど、でもその後、一ヶ月近く、『ドラクエ』の冒険のために、ゆうこちゃんと真一君はボクの家に入り浸ることになって、もしも、ゆうこちゃん一人が、ずっとボクの家に通っていたら、クラスの誰かにばれて、変な噂を流されたりしたかもしれないし、もしかしたら、家の親も変に思ったかもしれない。でも、三人で集まってゲームしていると、そういう仲のいいグループだということで、問題はなかったわけだ」
拓弥「カンちゃんちで、冒険が始まったんだ」
カン「主人公の名前はゆうこ、その次にこのファミコンの持ち主のボクの名前」
拓弥「カンちゃん」
カン「そして、しんいち」
拓弥「テレビの中に『ドラクエ』のパーティ、ファミコンの前に、カンちゃんとゆうこちゃんと真一君のパーティだ」
  『ドラクエ』レベルアップの音。
カン「ゆうこちゃんにとって、『ドラゴンクエスト3』は、なにもかもが生まれて初めて体験する世界だった。やくそうのありがたさ、レベルアップのおもしろさ、モンスターを倒し、お金が増えていく幸福感・・」
  レベルアップの音。
  レベルアップの音。
  レベルアップの音。
拓弥「それはあれだ、一人がコントローラーを持ってゲームしてて、その後ろで残りの二人がダンジョンの地図を書き取ったり、街の人達の話をメモしたりしてんだ」
カン「ゆうこちゃんも、真一君も教室で『ドラクエ』の話に混ざることができるようになったし、ボクらは朝から晩までずっと『ドラクエ』『ドラクエ』『ドラクエ』だった」
拓弥「『ドラクエ3』ってさ、途中で職業を変えられたじゃない」
カン「ゆうこちゃんが勇者、ボクが魔法使い、しんいち君が戦士・・一ヶ月ちょっとがあっという間だったなあ・・最後のボスキャラゾーマとの対戦を迎えた・・ゆうこちゃんも真一君も、もちろん、ボクももう瀕死の状態だった。ようやく、ほんとうにようやくボスキャラを倒したのはいいけど・・」
拓弥「あ、あれだ・・『ドラクエ』の最後のボスは一度倒しても、その後、形を変え、さらにパワーアップしてもう一度姿を現すからね」
カン「もう魔法も残り少ないし、、回復させる道具系も使い果たしてる」
拓弥「もう、バイキルト、バイキルト、ベホマ、ベホマ、ベホマズン・・」
カン「改心の一撃をゆうこちゃんが続けて出した・・」
拓弥「その間に、ベホマ、ベホマズン」
  (この戦闘シーンの描写、再考)
  曲、効果音も入るかも・・・
  やがて・・・
カン「ボスキャラを倒して、エンディングを迎えた・・そこで『ドラクエ3』は終わった。僕達の冒険も終わった」
  曲、静かにフェードアウト。
拓弥「画面がフェードアウトして・・堀井雄二の名前があがってくるんだよね・・」
カン「みんなでその日は、ファンタオレンジで乾杯して、握手して・・別れた。次の日、学校でゆうこちゃんと顔を合わせた。ゆうこちゃんはボクに微笑んでくれた。ボクの家にファミコンをしにおいでよ、と言った時の、あの微笑みだった。でも、次の瞬間、ボクはもう、ゆうこちゃんとなにも話すことがないことに気づいた。この一ヶ月ちょっとの間、僕達は『ドラクエ』の話しかしてなかったんだ・・話すことがなにもない。その時、初めて本当に僕達のあの長い長い冒険は終わってしまったんだって思った。ゆうこちゃんは笑っていた。ボクは泣きそうになった」
  再び、『ドラクエ』のテーマ曲。
  カン、ファミコンの電源を落とした。
カン「捨てられないんだ・・ファミコンは」
拓弥「大事なものじゃん」
カン「うん・・ずっと持っていくよ、どこに住むことになっても・・」
  と、拓弥、カンからファミコンを受け取って、段ボールの中にしまう。
カン「さ、引っ越し、引っ越し・・」
拓弥「あれ?」
カン「ん?」
拓弥「これから、カンちゃんが転がり込むマンションの人の名前って・・」
カン「真一?」
拓弥「真一・・君って、しんいち君?」
カン「そう・・真一君」
拓弥「戦士のしんいち君?」
カン「うん・・『ドラクエ3』の戦士しんいち。今はプログラマーだけどねスクエアエニックスの」
拓弥「『ドラクエ3』で一緒に冒険してなかったら・・転がり込めなかったんだ・・」
カン「ああ、そうだね、同棲解消して・・こんな荷物抱えて・・路頭に迷うとこだったよ。よかったよ、友達がいて・・」
拓弥「友達じゃないよ」
カン「え?」
拓弥「それは仲間じゃん・・一緒に冒険をした・・仲間だよ」
  『ドラクエ』の曲、カットイン。
  暗転。