第七十九話  『本山君』
  ニューハーフの太一が働いている店。
  今、太一がドア付近で男性客を送り出した。
太一「また、来てね。今度いつ? ほんと、ほんとだよ、約束してね、もう電話しちゃうからね・・奥さんとかにばれちゃうよ、嘘、嘘・・はい、じゃあ、また・・ありがとうございましたぁ」
  明転。
  カウンターの隅で飲んでる龍之介のところへやってくる太一。
太一「ごめんね、お待たせ」
龍之介「ああ、別にいいよ・・っていうか、いいの?」
太一「でもこの時間でよかったよ、終電の直前はもうコミコミでさあ・・今週、開店三週年記念週間だったからさあ」
龍之介「なに? 開店三周年記念週間って・・」
太一「もう、常連さんが連日・・ご祝儀でさあ」
龍之介「え? じゃあ、俺はいていいの? ここに?」
太一「龍ちゃんはいいの・・」
龍之介「なんか・・ますますキレイになってくねえ」
太一「ほんと?」
龍之介「ほんと、ほんと・・」
  太一、ふふふと笑う。
龍之介「男には見えないよ・・どう見ても」
太一「みんな、来てた? 同窓会は?」
龍之介「うん・・綿貫とか」
太一「ああ」
龍之介「ヒラリン」
太一「ああ・・」
龍之介「あと、じゅんじゅん」
太一「ああ・・」
龍之介「あと、成島」
太一「成島かあ・・」
龍之介「成島、今年も幹事だから」
太一「ねずみ講なんでしょ」
龍之介「友達紹介しろってうるさいんだよ」
  と、龍之介、自分の携帯を開いて見せた。
龍之介「これ、これ憶えてる?」
太一「(覗き込んで)あ、ヤッちんだ! ウソ! ダハハハハハ・・デブ」
龍之介「デブ・・デブって!」
太一「だって、こんなにデブってたっけ?」龍之介「おまえ、本当に情け容赦ないなあ(そして、また別の画像を見せる)あと、これ」
太一「誰、これ?」
龍之介「え? これ、わかんない?」
太一「誰、このオバさん、なんか間違ってない?」
龍之介「間違ってるってなんだよ、間違ってるって?」
太一「無防備過ぎるよ」
龍之介「佐藤祐子だよ」
太一「祐子? 祐子ちゃん?」
龍之介「仲良かったじゃない?」
太一「変わったねえ。こんなに変わっちゃったらわかんないよ」
龍之介「変わったっていったら、おまえが一番変わっちゃったじゃねえかよ」
太一「そりゃそうだけどさあ」
龍之介「来りゃよかったのに・・同窓会」
太一「うん、そうなんだけどね」
龍之介「本山ってさ」
太一「うん」
龍之介「憶えて・・る?」
太一「うん、憶えてるよ、もちろん、本山君でしょ? 私、ちょっと好きだったもん」
龍之介「え? そうなの?」
太一「うん、ちょっとね、いいなあって・・なんつーかあれじゃない。あの素朴な感じがさ。工事現場の監督やってるって聞いたけど」
龍之介「そうそう・・そうなんだけどね」
太一「一応、気にはしてるんだ」
龍之介「あ、そうなんだ・・」
太一「それで、本山君がどうしたの? 今日、会った? 元気だった?」
龍之介「ん・・ん・・・」
太一「結構、変わってたりして」
龍之介「死んだ」
太一「え?」
龍之介「亡くなってた・・」
太一「うそ!」
龍之介「本当。去年の年末に」
太一「知らないよ、そんなの・・」
龍之介「知らせなかったらしいよ、家族が・・」
太一「家族が?」
龍之介「ってことはあれだと思うんだけど・・」
太一「自殺?」
龍之介「じゃないかなって・・みんなが・・」
太一「ああ・・そう・・」
龍之介「みんな、ちょっとびっくり・・」
太一「ちょっとっていうか、すごいびっくり・・」
龍之介「ね」
太一「ね」
龍之介「驚きだよ」
太一「あーあ・・そうですかぁ」
龍之介「会えなくなる人が増えていくんだねえ・・本山みたいに」
太一「やだ・・ヤナ事言わないでよ」
龍之介「いや、マジで」
太一「うん・・まあ、わかってるけどさあ」
龍之介「もう半分くらい来ちゃったじゃない、人生の・・」
太一「ああ、ねえ」
龍之介「あと半分くらいでしょう、人生」
太一「あと半分か・・」
龍之介「将来って、どうなるんだろうって思ってたけど、もう将来だからね」
太一「うん、そうやって思うと、今、すごい将来を私は迎えてるかな」
龍之介「すごいよねえ」
太一「すごいねえ」
龍之介「いいよねえ」
太一「いいかなあ」
龍之介「いいんじゃないの、自分がなんなのかわかったっていうか」
太一「うん、とりあえず、自分探しは終了って感じ」
龍之介「だよねえ」
太一「本山君、もういないのかあ」
龍之介「こんなにしょっちゅう同窓会やってるクラスなんかないんじゃないの?」
太一「仲良いっていうか」
龍之介「幹事の成島ががんばってるからさ」
太一「ねずみ講の成島」
龍之介「でも、まあ、あいつがいつもがんばってるから、こんなに頻繁に同窓会ができるんだからなあ。ねずみ講もね、あんまり悪くは言えないからねえ」
太一「・・本山君って、結婚は?」
龍之介「してた」
太一「子供は?」
龍之介「いた」
太一「あらあ・・」
龍之介「小学校四年生の男の子と幼稚園の女の子・・」
太一「小四の男の子っていったら、うちの息子と同じじゃない・・」
龍之介「あ、あれ、そうか、そんなに大きくなったのか・・」
太一「あの子、今、私が死んだら、どうするんだろう・・」
龍之介「あのさあ・・ねえ、自分の子供には自分の事をなんて説明したわけ?」
太一「私の・・事?」
龍之介「知ってるんでしょ、子供も」
太一「知ってる、もちろん」
龍之介「宣言とかしたの、ある日、お父さんはお父さんを辞めますとかさ」
太一「そんな『岸辺のアルバム』じゃあるまいし・・」
龍之介「でも、言ったんでしょ、ある日、そこに座りなさい、お父さんはねって」
太一「言った」
龍之介「なんて?」
太一「お父さんは、こっち系なんでって」
龍之介「こっち系? こっち系でわかったの、子供は」
太一「うん、なんかそうなんじゃないかって思ってたって・・」
龍之介「物わかりがいいというか・・理解のある子供だねえ」
太一「できた子だよ」
龍之介「太一もこれで人の親なんだからねえ」
太一「これでってなによ」
龍之介「子供がいて、自分の道を見つけて、邁進して・・おまえに比べて俺はなにをやってきたんだろうかね・・っていうか、うちのさ、クラスの中で一番自由なんじゃないの?」
太一「そんなことないよ、これはこれでけっこう大変なんだしさあ」
龍之介「胸張って同窓会来ていいんじゃないの?」
太一「・・・恥ずかしいよ」
龍之介「なにが恥ずかしいんだよ。言うほどねえ、みんな人のことなんか、なんとも思っちゃいないもんだよ、みんな自分の生活でいっぱいいっぱいなんだからさ」
太一「そうだけどさ、龍ちゃん一緒に行ってくれる?」
龍之介「なんだよ・・一緒にって」
太一「一緒に行ってくれなきゃヤダ」
龍之介「太一は昔から本当にそうだよね」
太一「なにが?」
龍之介「免許取る時も一緒に、一緒にって」太一「あ、ああ・・ねえ」
龍之介「それでなに、一緒に同窓会に行って俺が紹介するわけ? みなさん、お静かに・・こちらの女性が・・太一君です」
太一「どーもー、太一ですぅ」
龍之介「太一君は、こんなになりました」
太一「よろしくぅ・・・これでわかってくれるものなの? じゅんじゅんとか」
龍之介「じゅんじゅんなあ・・・」
太一「わかんないよ」
龍之介「鈍そうだもんなあ」
太一「でしょ」
龍之介「ずっとさあ、誰? 誰? あれ誰? 龍ちゃんのカミさん? 奥さん? とか聞いてきそうだもんね。太一だって言ってんのに」
太一「また、うそうそとか言ってねえ・・」
龍之介「だいたい、男が女になりたいっていうことがまず理解できないんじゃないの? あいつ・・」
太一「ああ・・うちの子が理解できて、どうして同級生が理解できないかね」
龍之介「慣れってのもあるんじゃないの?」
太一「ああ・・うち、親子の対話とか異常に多いからねえ」
龍之介「しゃべるの好きだもんねえ・・」
太一「うん、うちの息子が学校から帰ってくるの待ちかまえて、それでひとしきりくっちゃべって、お店に出勤して・・」
龍之介「それでまたこうやって客としゃべったりするわけでしょ」「
太一「そうそう、しゃべったり、歌ったり」
龍之介「歌ったり」
太一「カラオケ・・デュエットとかリクエストされるからさあ・・」
龍之介「考えてみたら太一にぴったりの仕事だよね、これは」
太一「でもねえ、お客さんにさあ、古い歌とかさあ、一緒に歌ってとか言われるんだけど、わかんないのよ、知らないんだから」
龍之介「なに歌って言われるの?」
太一「『北空港』とか」
龍之介「『北空港』?」
太一「大人のデュエットの王道の歌」
龍之介「『北ウイング』じゃなくて?」
太一「それは明菜でしょ。『北空港』よ、あと『銀恋』」
龍之介「それは知ってるよ」
太一「『居酒屋』とか『二人の大阪』『東京ナイトクラブ』」
龍之介「しぶいね・・そういう客層なの、この店は」
太一「それでね、デュエット曲ってね、歌いながらね、思わせぶりに見つめ合ったりするの」
龍之介「ああ、そう」
太一「意味もなくはにかんで見せたり」
龍之介「太一が?」
太一「そう・・周りにいる人も大げさに冷やかしたりしなきゃなんないんだから」
龍之介「へえ・・」
太一「こういう女の子のいるお店でカラオケとか一緒に歌ったりする?」
龍之介「歌うけど・・英語の歌ばっかし」
太一「英語の歌? 私も歌えるよ」
龍之介「一人で、熱唱」
太一「一人で? なんだつまんない・・デュエットとかしようよ」
龍之介「デュエット?」
太一「そう・・私と」
龍之介「だって、おまえ、太一だろう?」
太一「そうだよ」
龍之介「太一と・・俺がデュエット?」
  と、笑い出す。
太一「なに? なにがおかしいの?」
龍之介「もう・・なにがなんだかわかんないよ」
太一「わかるじゃない、龍ちゃんと私がデュエットするのよ」
龍之介「じゃあ、俺が女のパート歌ってみるか」
太一「なんで? なんでそういうイジワル言うの?」
龍之介「二人で見つめ合ったりするの?」
太一「嫌なの?」
龍之介「意味もなくはにかんだりするの?」
太一「はにかむの、二人で」
龍之介「あほか」
太一「楽しんだから、これはこれで」
龍之介「みんなそうしないといけないの、デュエットってのは・・そういうもんなの?」
太一「ああ・・だからねえ、『北空港』とか『銀恋』とか、ちょっとどうもねえ、っていう下の世代のお客さんのためにね『カナダからの手紙』がデュエットの革命を起こしたのよ」
龍之介「なんだよ、デュエットの革命って・・」
太一「だからね、寄り添ったり、見つめ合ったりしなくてすむような歌なのよ」
龍之介「『カナダからの手紙』が?」
太一「そう・・あれで時代が変わったのよ」
龍之介「ほんとに? そんなに大変な歌だったの『カナダからの手紙』って」
太一「革命よ、革命。『三年目の浮気』とか」
龍之介「『三年目の浮気』なんて問いつめられて、言い逃れる歌だからね」
太一「見つめ合わないでしょ」
龍之介「言われてみれば・・」
太一「はにかまないでしょ」
龍之介「はにかみようがないね」
太一「『二人の愛ランド』とか。よりそう歌じゃないでしょう」
龍之介「二人でバラバラに好き勝手歌う歌だもんね・・なるほどねえ、え、他には?」
太一「『ロンリーチャップリン』とか」
龍之介「(感心)ああ・・・」
太一「ねえ・・龍ちゃん」
龍之介「ん?」
太一「『世界中の誰よりきっと』って知ってる?」
龍之介「デュエットの歌?」
太一「そう、デュエットソング」
龍之介「聞いたこと・・あるけど」
太一「中山美穂が歌ってたんだけど・・」
龍之介「あ、ああ・・そうそう」
太一「いつかね・・・本山君と歌えればなって思ったことがあったのよ」
龍之介「ああ・・そう」
太一「まぶしい季節が、黄金(きん)色に
街を染めて、君の横顔そっと包んでた、また巡り会えたのも、きっと偶然じゃないよ、心のどこかで待っていた・・って歌なの」
龍之介「うん・・・」
太一「また巡り会えたのも、きっと偶然じゃないよ、心のどこかで待っていた・・・」
龍之介「もう歌えないねえ」
太一「ねえ・・」
龍之介「残念だねえ」
太一「もう、歌えないのか・・」
  ゆっくりと暗転。