第七十八話  『同棲解消』
  カンちゃんと美穂子の部屋。
  同棲解消のために、二人の財産をリストアップして、どちらがなにをとるかを決めている。
美穂子「体脂肪計」
カン「ああ・・いいや」
美穂子「えーっと、ジューサーミキサー」
カン「(手を挙げて)はい」
美穂子「えっと、アイロン。アイロン台付き」
カン「うーん」
美穂子「じゃあ、私がアイロンをもらう」
カン「じゃあ、俺がアイロン台?」
美穂子「うん」
カン「じゃあ、いいや、アイロンやる。アイロン台もやる。そのかわり、あとでなんかちょうだいね」
美穂子「じゃあ、ドライヤー」
カン「・・・・・・」
美穂子「買ったばっかじゃないの? 石丸電気で」
カン「うん、でも、ぬるい風しかでないんだよ、あれ」
美穂子「じゃあ、燃えないゴミね」
カン「捨てるんか」
美穂子「だってあれ、髪乾かすのに時間掛かるんだもん」
カン「捨てるんならもらうよ。買ったばっかなんだから」
美穂子「本、いきます」
カン「はい、本ね」
美穂子「『バカの壁』」
カン「はい」
美穂子「『蛇とピアス』・・はい」
カン「(いいよの意)はい」
美穂子「聖書」
  二人、首を振る。
美穂子「燃えるゴミ」
カン「え、ちょっと待て」
美穂子「なに?」
カン「聖書とか、燃やしていいの?」
美穂子「燃えるんじゃないの?」
カン「いや、燃えるかどうかじゃなくて・・聖書とか燃やして、ばち当たらない?」
美穂子「じゃ、持ってく?」
カン「いや、いらないけど」
美穂子「じゃあ、どうすんのよ。私だっていらないよ。読まないし」
カン「いいのかな・・・燃やして」
美穂子「いいよ、そんなの・・『木更津キャッツアイ』・・はい」
カン「(いいよの意)はい」
美穂子「『海辺のカフカ』」
カン「・・・・」
美穂子「上巻のみ」
カン「いらない」
美穂子「『海辺のカフカ』燃えるゴミ・・『バトルロワイヤル』」
カン「ん・・・」
美穂子「燃えるゴミ・・『ハリーポッター 賢者の石』」
カン「燃えるゴミ」
美穂子「『ナニワ金融道』・・はい!」
カン「あ・・好きだもんね」
美穂子「大好き・・『はらぺこあおむし』」
カン「『はらぺこあおむし』って・・絵本だろ、あれは俺のだよ」
美穂子「じゃあ、手を挙げなさいよ」
カン「手を挙げるまでもないだろう、あれは俺のだよ、おばあちゃんが俺に買ってくれたんだよ・・裏に名前も書いてあるだろ」
美穂子「名前書いてあるとか、そういうことじゃないでしょう。欲しい物があったら手を挙げる、そういう約束でしょ」
カン「(しばし、黙っているが、手を挙げる)『はらぺこあおむし』はい・・」
美穂子「『黄昏流星群』」
  二人同時に。
カン・美穂子「はい!」
  二人、しばし睨み合っているが。
美穂子「『黄昏流星群』はい!」
カン「おまえ、さっき『ナニワ金融道』持ってったろう?」
美穂子「さっきはさっき、今は今でしょ」
カン「なんだよ、それ」
美穂子「『黄昏流星群』はい!」
カン「・・・・」
美穂子「『黄昏流星群』はい!」
カン「・・・・」
美穂子「『黄昏流星群』はい!」
カン「(諦めた・・)ああ、じゃあ、いいよ・・」
美穂子「はい、じゃあ、次ね、どんどん行こうね」
カン「そうだね・・どんどん決めていかないとね」
美穂子「『金田一少年の事件簿』」
  二人、手を挙げた。
カン・美穂子「はい!」
  カンの方が早かった。
カン「早かった」
美穂子「いや、そんなのダメ」
カン「早かったよ、誰がどう見ても」
美穂子「早さ、関係ない」
カン「いやいや」
美穂子「フェアじゃない」
カン「いや、だってだから手を挙げることにしたんだろう」
美穂子「だって、今、あたし、読みながら書きながらだもん」
カン「そんなもの、最初っから決まってるじゃん、ハンデがあるってのは。だから、ちょっと早めに手を挙げるようにしないと。だいたい、読めてるんだから、次になにがくるのか。本当は有利なはずだよ」
美穂子「わかった、じゃあ、もう一回」
カン「え?」
美穂子「もう一回やろ」
カン「人生に二度はないんだよ」
美穂子「いいじゃない、もう一回くらいやってくれたって」
カン「・・・・いいよ」
美穂子「行くよ・・『金田一少年の事件簿』」
  と、読みながら手を挙げる美穂子。
カン「おまえ、ちょっと待て。一つ前からやんないと、ヨーイ、ドン! ってのに、ヨーイがねえようなもんじゃねえか、それじゃあ。みんなが並ぶ前にドン! って鳴らすようなもんじゃねえか、あほか」
美穂子「私の人生、こんなもんよ」
カン「ふざけんな! だいたいな、おまえが『金田一少年の事件簿』読んでどうするんだよ」
美穂子「私、好きだもん」
カン「おまえの頭じゃわかりません。読んだって、前の回のヒントとか全部忘れて読んでるだろ。おまえ、頭悪いから」
美穂子「いいじゃない、楽しんで読んでるんだから」
カン「楽しんで読むだけだったら『感染るんです』でもなんでもあるだろう」
美穂子「『感染るんです』は『感染るんです』でいいんです。私は『金田一少年の事件簿』が好きなんです」
カン「だって、おまえはあの格調の高さをわかってないだろう」
美穂子「格調とか、そういうこと・・やーねー、もう口先ばっかり」
カン「おまえはねえ、わがままだよ。さっきからねえ、自分の欲しい物は絶対に譲らないじゃん」
美穂子「あたりまえじゃない」
カン「俺、結構、譲ってるぜ」
美穂子「あたりまえじゃない」
カン「・・・おまえね、ちょっと、考え直した方がいいよ」
美穂子「なにを」
カン「おまえは、幸せにはなりません。もうね、おまえとつきあって愛想をつかさない男はこの世界にはいません」
美穂子「いいじゃない、私はあなた以外の人と幸せになるんだから」
カン「はー、いるかね」
美穂子「私をわがままにしたのはあなたよ」
カン「なんで?」
美穂子「お手本をしめしてくれたから、あなたが」
カン「なんじゃ、そりゃ・・むかつくなあ、こいつ。おまえね、頭悪くて、わがままって最低だよ。いいとこなしだよ」
美穂子「じゃあ、なんでそんな最悪の女とつきあってたわけ? 二年二ヶ月も」
カン「え、そりゃおまえがどうしてもって言うから」
美穂子「言った覚えはありません」
カン「言いました」
美穂子「言ってません」
カン「言ってなくてもわかります」
美穂子「なんで、そんなふうに頭から決めつけるの? 」
カン「おまえがバカだから」
美穂子「どおして、なんで私があんたにバカって言われなきゃなんないの?」
カン「人間として下だからだよ」
美穂子「どおして、あなたは私より、上なわけ?」
カン「あたりまえじゃん」
美穂子「どこがよ」
カン「ちゃんとヒント忘れないで読むもん『金田一少年の事件簿』」
美穂子「私だって忘れてないもん」
カン「あ、そう?」
美穂子「うん」
カン「だって、笑いながら読んでる時あるじゃん・・・おかしいとこないのに」
美穂子「おもしろいもん!」
カン「あーそう。そおいうさあ、小枝のギャグみたいなのでウケてさあ、大筋なんかどうでもいいんだろ」
美穂子「なんで? 小枝がわかるってことはさ、頭いいってことじゃん。あなたはそれを気づかずに読み落としてんじゃん」
カン「おまえはそれで大きなヒント、全部、読み落としてるだろう」
美穂子「いいじゃん! 別にそんな」
カン「おまえさあ、だいたいさあ・・・あれなに、ビデオとかさあ、ソフトの上から人の・・あれ、あれに・・(と、重大な事に気がついた)おい!」
美穂子「(すっとぼけて)なに?」
カン「ビデオは!」
美穂子「はい?」
カン「はいじゃないよ。さっき電化製品全部やったろ!」
美穂子「やりましたよ」
カン「ビデオ、入ってないじゃん」
美穂子「ビデオは私の物でしょう」
カン「はあ・・汚ったねえなあ」
美穂子「なにがよ」
カン「人として最低だよな」
美穂子「なんでえ?」
カン「ここにあるものを全部決めようって言ったのに、なに、自分が欲しいと思ったら絶対に引かない上に、嘘までつくのか!」
美穂子「悪い?」
カン「おまえさあ、あれだ、デコーダーとかチューナーとか全部入ってるわけじゃない。俺、その重大な事実を知らされていないじゃん」
美穂子「聞き逃したんでしょ」
カン「いやいやいやいや・・さっき、全部やったもん。冷蔵庫からなにから」
美穂子「やりましたよ、テレビもやったし」
カン「おまえ、あれだね、油断してると隙見せらんないね」
美穂子「あたりまえじゃん。この期におよんで油断してるのが悪いのよ。もうお互い信頼関係なんてないんだから」
カン「うわっ! むかつく! 俺、なんで・・どうして二年もやってこれたんだろ」
美穂子「ホント、人生無駄にしたわ」
カン「うわ、ちょっと待て。おまえ他にもあるだろ。なんか絶対にあるね。出せよ、それ」
美穂子「・・・・・・・」
カン「むかつくー」
美穂子「いーじゃない、さっきから、むかつくー、むかつくー、ってうるさいわね。私だって、むかついてるんだから」
カン「それはこっちのセリフだよ」
美穂子「私だって言いたいわよ」
カン「キチガイ女」
  間。
カン「(黙っている内に彼のなかでは盛り上がったらしい)おまえなあ」
美穂子「なによ!」
カン「眉、薄いんだよ」
美穂子「失礼ね! 言っていい事と悪いことがあるでしょ!」
カン「だっておまえ、ふざけんなよ。そんな話をしてるんじゃないんだよ」
美穂子「そうそう」
カン「ビデオ、おまえいい加減にしろよ。フェアな決め方をしようっていって、こういうことしてるのに、なんでそういうフェアじゃないことを、フェアじゃないって言いながら、自分はフェアじゃないわけ?」
美穂子「なに言ってるか、全然わかんない」
カン「いやいや・・言いたいことはわかるだろう、おまえも。俺達、二年も暮らしたんだぞ」
美穂子「どうでもいいけど、日本語喋ってよ」
カン「おまえ、頭悪い上に嘘つくのな」
美穂子「だからどうした」
カン「もういい、もういい! おまえと顔合わせているのがもう嫌だ」
美穂子「ほんと、私も嫌だ。早く決めよう」
カン「わかった。全部決めよう」
美穂子「決めよう」
カン「分かれようっていう意志は一緒な」
美穂子「一緒」
カン「そこは一緒な。あ、そうか、なんかこじらせてさ、まだ続くんじゃないかとか思ってるんじゃないだろうな」
美穂子「全然、思ってない」
カン「そういう考えは捨てろ!」
美穂子「捨ててるよ。とっくにないよ。その話は腐るほどした」
カン「全部、あっさり決めよう」
美穂子「決めよう。じゃあ『金田一少年の事件簿』かビデオね」
カン「なんでそうなるわけ? なんかさあ、だって『金田一少年の事件簿』はい! って言って、それでも俺は欲しいのに、それを決める前に今度はビデオだろ、次はなにが出てくるんだよ」
美穂子「だから、ビデオか金田一かどっちか取ればいいじゃない! なにこじらせてんの?」
カン「二者択一なわけ?」
美穂子「あんたこそこじらせて、私と続けようとしてるんじゃないの?」
カン「誰がじゃ!」
美穂子「その考え、捨ててね」
カン「誰が続けたいか、おまえなんかと」
美穂子「私だってそうよ。だからもう、はいはいはい・・」
カン「なんか人間として、ごっそり抜けてるよ、いろんな事が」
美穂子「もおさあ、そういう事言ってるから、なんかさ・・」
カン「ずるいことって本当に好きだよね」
美穂子「聞いてないでしょ、人の話」
カン「うるさいよ、バカの言うことは聞かないの。あのなあ、ずるいことばっかりするだろ、おまえ。カレーとかよそう時も自分のにばっかり肉寄せてさあ」
美穂子「だって、あんたカレーに醤油かけるじゃない」
カン「うまいもん!」
美穂子「どおしてぇ!」
カン「おまえね、舌おかしいよ」
美穂子「あんたに言われたくはないわよ。味噌汁にタバスコ入れる人に」
カン「うまいじゃん!」
美穂子「どこが!」
カン「辛い方がうまいんだよ」
美穂子「なんでタバスコ入れるの? 私が作ったお味噌汁に」
カン「だいたい、タバスコでも入れなきゃ、うまくないんだよ」
美穂子「はあ? 味音痴めが!」
カン「言うねえ」
美穂子「女の趣味も悪いし」
カン「まずいってことだけはわかる、おまえの料理がね」
美穂子「そう? じゃあ、どういうことかしら、たまちゃんと寝たでしょ。私、知ってるよ」
カン「なにがあ・・」
美穂子「言わなかったけど、たまちゃんと寝たでしょう」
カン「・・・・・・」
美穂子「・・・・・・・」
カン「そおいうさあ、でたらめ言って俺を追い込んでまで『金田一少年の事件簿』が欲しいか? それはねえ、それはあれだよ。それってずるいやりかたよ」
美穂子「なにうろたえてんのよ」
カン「いやいやいや、そんなことはないけどね」
美穂子「たまちゃん言ってたよ、ヘタクソだって」
カン「・・・・・・」
美穂子「たいだいさあ、たまちゃんと私、比べたら、どう見ても私の方がいいでしょう」
カン「たまちゃんの方が優しかったもん」
美穂子「顔よ! たまちゃんの顔!」
カン「おまえ、友達なんだろう、たまちゃんの」
美穂子「それとこれとは関係ないでしょう」
カン「ひでえ・・でもねえ」
美穂子「なによ」
カン「足はたまちゃんの方が細かったです」
美穂子「だって、足は寝てる時は関係ないでしょう。顔はここにあるのよ・・・ここにあったんでしょ、たまちゃんのあの顔が」
カン「やめろ! 俺の美しい思い出を勝手に汚すな!」
美穂子「たまちゃんはねえ、謝ったわよ、私に。ごめんねって・・たまちゃんは謝って、あんたは謝まんないんだよね」
カン「だから、たまちゃんの話はやめろ! さっきから、二人でひどいこと言ってるんだぞ・・・しかも、謝ったのか・・・なんで? たまちゃん、いい奴だな・・おまえは最低だけどな」
美穂子「そんなのわかってるから、早く別れようよ! もう!」
カン「わかってるよ! だからズルすんな! 最初からそれ、言ってるだろう」
美穂子「早くここ出てって、私、やり直すんだから、人生」
カン「やり直せません、おまえは」
美穂子「どおして!」
カン「バカだから!」
  暗転。