第71話  『見ろよ、青い空、白い雲』
  タクちゃんの部屋。
  まだ引っ越しの荷物は片づいていないというか、もう永遠に片づけるつもりはないであろう段ボールが積み重なっている前で、ダラっとタクちゃんが寝転がってテレビを見ている。
  やがて、辺りを見回し、リモコンを探し始める。
  しかし、見当たらないよう。
拓弥「咲美ちゃーん・・咲美ちゃん?」
咲美の声「ん? ん?」
拓弥「咲美ちゃーん」
  と、珍しく家事の途中なのかエプロンを付けた咲美がやってくる。
咲美「なに? タクちゃん」
拓弥「リモコンは?」
咲美「リモコン?」
拓弥「リモコン、テレビのリモコン」
咲美「知らないよ」
拓弥「あれ・・俺、さっきここで・・(と、リモコンを扱う手つきをして)こうやって・・それで・・それでどうしたんだ?」
咲美「テレビそこにあるんだから、歩いて行ってチャンネル変えればいいじゃん」
拓弥「うーん・・それが、今は億劫」
咲美「一日何時間テレビ見てるの?」
拓弥「わかんない・・二十時間くらい?」
咲美「ずっとそこにいるよね」
拓弥「うん・・だって・・バイト先のコンビニが潰れちゃったからさ・・俺、どこにも行かなくてもいいんだもん」
咲美「どこにも行かなくていいっていうか、行く場所がないんじゃないの?」
拓弥「そうね・・そうね・・そうだよね、リストラされてしまった俺はね、行くところがないよね」
咲美「ああ・・」
拓弥「職がないからね」
咲美「ああ・・」
拓弥「働くところもないし、今の俺は世の中から必要とはされていないんだからね」
咲美「ああ・・うっとおし! なんか、この辺の空気が腐ってるよ」
拓弥「ごめんね・・人間が腐ってきたからね・・チャンネル変えて・・もう『イグアナの娘』飽きた」
咲美「スカパー入ったのはいいけど、毎日毎日、いつの時代のドラマ見てるの?」
拓弥「昔の・・」
咲美「『西部警察』とか『どチンピラ』とかさ・・タクちゃん、ホントにリストラ、満喫しているよね」
拓弥「そうねえ・・」
咲美「ダメダメ」
拓弥「いいじゃない・・神様がくれた休暇だと思えば・・だってね、だってだよ・・俺、十年あのコンビニでバイトしてたんだよ・・十年目のお休みなんだよ」
咲美「いつまで?」
拓弥「え?」
咲美「いつまでお休みなの?」
拓弥「いつまでも・・」
咲美「せっかく神様がくれた休暇なんだからさ、なにかやりたい事とかないの?」
拓弥「いや、今、燃え尽き症候群だから」
咲美「また、コンビニで働けばいいじゃん」
拓弥「やだ」
咲美「でもさあ・・」
拓弥「やだ・・だって、また一から始めなきゃなんないじゃない・・十年やってきたこの俺がよ、また一からその辺の品出しもろくにできない奴にへーこらしなきゃなんないんだよ・・そんなの俺のプライドが許さないじゃない」
咲美「うわ、タクちゃんそれ・・」
拓弥「なに?」
咲美「それは、あれだよ、リストラされたダメなオヤジ社員が言ってるグチそのまんまだよ」
拓弥「・・そう?」
咲美「そうだよ・・うちのお店に来るお客さんでも、そっくり同じ事いってるオヤジいるよ」
拓弥「そう?・・」
咲美「そういうオヤジに限って、ずっと再就職活動してるんだよ・・プライドとかね、年齢とかにこだわってさあ・・」
拓弥「どうすればいいの? じゃあ、俺は」
咲美「その何気に逆ギレを、自分の胸の内に押さえ込んでいる感じも近いね」
拓弥「ダメリストラオヤジに?」
咲美「近い・・っていうかそのものだね」
拓弥「そう?」
咲美「いいじゃない、またコンビニで働けば・・コンビニ一筋でこれまでやってきたんだから、これからもやっていけば」
拓弥「店長代理までいったのに・・(と、気づいた)これがいけないわけね」
咲美「そうそう」
拓弥「これがリストラ僻みね」
咲美「なんか、生き甲斐を見つけた方がいいよ・・なんかしようよ・・」
拓弥「なにを・・」
咲美「生き甲斐だよ、生き甲斐。このままじゃ、ダメ、ダメ人間だよ、タクちゃんダメ人間」
拓弥「生き甲斐・・生き甲斐か・・ああ、そうだね、今の俺にないもの、欠けているもの、それが」
拓弥・咲美「生き甲斐!」
咲美「もう、タクちゃんもさあ、お金とか稼がなくてもいいからさ、とにかく生き甲斐だけでも見つけようよ・・タクちゃんは今、生きる屍だよ、リビングデッドだよ、ゾンビだよ・・ねえ」
拓弥「二十八にして、余生」
咲美「ゾンビ・・あ、わかった!」
拓弥「なに?」
咲美「趣味を持つ」
拓弥「趣味・・趣味か・・」
咲美「なにか熱中できるものを持つ・・もうねえ、タクちゃんねえ、お金はいいよ、お金はさ、私が稼ぐからさあ・・なにか生きる屍が、生きるためにさあ・・」
拓弥「生きる屍が生きる?・・なんか、わけわかんなくなってない?」
咲美「ダーツは?」
拓弥「ダーツ?」
咲美「知らない? ダーツ、今、すごい流行ってるんだよ」
拓弥「いくら流行っててもさ、僕がダーツをやっている絵って、想像できる?」
咲美「ダーツね・・」
拓弥「スコーン、スコーン、スコーンって・・咲美ちゃんが帰ってきたら、俺がダーツやってる」
咲美「うん・・オシャレ」
拓弥「朝から晩まで・・スコーン・・スコーン・・寝ても醒めても、スコーン、スコーン・・」
咲美「・・他にやることないの?」
拓弥「他にやることないから、ダーツを趣味にしようって言ってるんだから」
咲美「そうか・・」
拓弥「うーん・・誰か、僕を必要としてくれないかなあ・・」
咲美「ゾンビィ・・」
拓弥「ゾンビ、言うなよ、ゾンビって」
咲美「屍ぇ・・」
拓弥「ああ・・ダメだ、屍は・・しばらく寝たきり」
咲美「起きろ、起きなよ、屍・・返事がない、ただの屍のようだ」
拓弥「ドラクエかよ・・」
咲美「タクちゃん、いくつになったの?」
拓弥「二十八」
咲美「うーん」
拓弥「ね、中途半端な年齢でしょ」
咲美「うーん」
拓弥「いっそね、就職してしまおうかね・・こうなったら」
咲美「就職? タクちゃんが?」
拓弥「就職・・ね、職に就く」
咲美「なんの? なんの職に就くの?」
拓弥「なんの職でしょう?」
咲美「考えてんの? 本気で?」
拓弥「(心外な)考えていますよ、そんなの、あたりまえでしょう・・自分のことなんだから・・ね、いつまでもいつまでも、こんな生活していていい訳ないじゃないですか・・・ね」
咲美「(そんな事を考えていたなんて)タクちゃん!」
拓弥「ね、『ヤヌスの鏡』をいくら見たってね、ボクに何かしてくれるわけじゃないじゃない」
咲美「そりゃそうだけど・・」
拓弥「ね、ちゃんと考えてんのよ、こうやって生きる屍のようになりながらも・・」
咲美「タクちゃん・・ごめんね・・あんまりにもゾンビみたいだから、これはもう頭でも吹っ飛ばさないとダメなのかと思ってたよ」
拓弥「頭吹っ飛ばすのは、ゾンビを殺す方法でしょう?」
咲美「そうだっけ? あれ? そうだっけ?」
拓弥「それでさあ・・それでね」
咲美「あれ?」
拓弥「話聞いてる?」
咲美「うん、なあに?」
拓弥「それで・・世の中には、どんな職業があるのかな?」
咲美「は?」
拓弥「ボクは何に向いているんだろうねえ」
咲美「なに言ってんの?」
拓弥「なに言ってんの? って、今ね、そこがボクの中での大問題なわけじゃない。ほら、アルバイトニュースみたいなものをほら、買ったこともないし」
咲美「なんでもいいじゃない、とにかく職安とか行って、ほら、プライドがどーのとかって事にこだわらなければ、仕事なんていくらでもあるさ」
拓弥「そうかなあ」
咲美「そうそう」
拓弥「うまくやっていけるかなあ・・その職場で」
咲美「そんなの行ってみなきゃわかんないじゃない」
拓弥「なんか、転校する奴っていたじゃない、小学校の頃とか・・ボクは転校とかしたことないからわからなかったんだけど、たぶん、こういう気持ちなんだろうなあ・・」
咲美「ああ・・そうそう・・そうかもね」
拓弥「咲美ちゃんは転校とかした?」
咲美「したした・・すごいした」
拓弥「ホントに?」
咲美「二年に一回くらいの割合で」
拓弥「転校のプロだ」
咲美「だから、知らない集団に入り込むのって、すごい得意」
拓弥「ああ・・ねえ」
咲美「だって、ほら、そこで人見知りしたりとか、いろいろ気を使ったりしてもさあ・・しょうがないじゃない。転校するとさ、先生が黒板に私の名前を書いてさあ、紹介するでしょ。その時、クラス四十人のね、八十個の目が私をじーっと見てるのがわかるの。みんなね、どんな子が来るんだろう? 仲良くなれるかな、友達になれるかなって、期待と不安でいっぱいいっぱいになってるの。もちろん、私もそうだけど、でも、みんなもそうなんだってわかると、ちょっと楽になるもんよ」
拓弥「ああ・・そういうもんかねえ」
咲美「会社だって同じだよ。人を募集してるってことは人が足りないわけだし、同じお金のために働くんだったら、楽しく仲良く働きたいじゃない。学校もそうだったよ」
拓弥「転校して、いつもうまくいってたんだ」
咲美「あー、でもないかな、失敗してやっちゃった! とか、あったし、嫌な奴は嫌な奴だからね、どうしようもないよ」
拓弥「そういう時はどうするの?」
咲美「早く転校しますように、って神様にお願いするの。そうするとまもなく転校することができて・・じゃあねーって」
拓弥「じゃあねー・・か」
咲美「そうそう・・だから、行ってみて、やってみて、ダメだったらやめる」
拓弥「でも、そうやってるとほら、辞め癖がついちゃったりしてさあ、ちょっとでも大変になると、すぐに、じゃあねーって」
咲美「それは自分次第だよ・・そんなのは知らないよ」
拓弥「ああ・・それはそうだねえ」
咲美「だってさ、タクちゃんは今、なんにもないわけじゃない、ねえ」
拓弥「うん、そうだねえ」
咲美「なんにもないってことは、なんでもできるってことなんだから」
拓弥「うん・・まあねえ」
咲美「失いたくない物ってなに?」
拓弥「ん・・咲美ちゃんくらいかな」
咲美「でしょ、私は、いるでしょ」
拓弥「うん」
咲美「じゃあ、いいじゃない」
拓弥「失う物もない・・」
咲美「なにもないよ・・なにもないのに、元気もない」
拓弥「なにもない・・なにもないから元気がない」
咲美「なんで? なんでなにもないから元気がないの? みんななんでもかんでも背負い込んでるから元気がないのに・・みんな、逃げたくて逃げたくてしかたないけど、逃げらんないから、元気がないのに・・」
拓弥「そ、そうなの・・」
咲美「みんな元気ないじゃん。そりゃもう、タクちゃんだけじゃないよ・・なんていうか・・駅とかでさ、エスカレーターに乗ってさあ、上を見上げたらいっぱい背中が見えるじゃない。なんかみんなみんな背中が哀しいんだよね。なんなんだろう。あの背中の群を見ているとさ、自分の背中も哀しくなってくるのがわかるんだよね、やばい、やばいって、しゃんとして無理矢理、笑顔を作るんだよ。笑顔を作れば、そのうち楽しくなるから・・」
拓弥「笑顔か」
咲美「笑顔を作るんだよ・・そうすれば、そのうち楽しくなるから・・意味ない努力はしなくていいから、笑顔を作る努力だけすればいいんだよ。そうすれば楽しくなるし、周りに人も寄ってくるし、周りの人も楽しくなるし・・ほら、植木等も言ってるでしょ、金のないときゃ、俺んとこへ来い、俺もないけど、心配するな。見ろよ、青い空、白い雲、そのうちなんとか、なるだろうって」
拓弥「それは言ってるわけじゃなくて、歌ってるわけでしょう」
咲美「(歌いだす)金のないときゃ、俺んとこへ来い、俺もないけど、心配するな〜」
  拓弥も一緒に。
咲美・拓弥「見ろよ、青い空、白い雲、そのうちなんとか、なるだろお〜」
  二人、歌い終えて・・・
  笑った。
  暗転。