第69話  『10年対99円12月』
  暗転の中。
  雑踏の音。
  クリスマスソングが聞こえる。
涼二「いっかがっすかぁ!ケーキ、半額になっております、いかがっすかぁ!」
  拓弥も適当に、
拓弥「いかがっすかぁ!」
  朝からここでこうして売っているうちに、へんな言い回しが板についてしまった二人。
二人「いかがっすかぁ!」
  明転。
  コンビニの店頭。
  会議用の長机のようなものが出され、その上に、ケーキが詰まっているであろう 赤いボックスが積み上げられている。
  その後ろにトナカイの格好をした拓弥と 涼二がいる。
  と、涼二、腕時計を見た。
涼二「九時・・半か」
拓弥「もう、ダメだろう」
涼二「ダメですかね・・結構、残ってますよ」
拓弥「全然だったね・・」
涼二「想像以上に売れませんね」
拓弥「不況だからねえ」
涼二「そうっすねえ」
拓弥「今、もうクリスマスケーキとか買わないんじゃないの?」
涼二「そうですか?」
拓弥「パーティとかやる?クリスマスにさあ・・」
涼二「いや、うちはやりませんけどね」
拓弥「ね、やらないでしょ、みんな今、家族でクリスマスとかやらないんだよ」
涼二「いっかがっすかぁ! ケーキ、半額、いかがっすかぁ!」
拓弥「いかがっすかぁ!」
涼二「いっかがっすかぁ!」
  反応、ない。
拓弥「バブルの終わり頃なんてさ・・」
涼二「ええ・・」
拓弥「ケーキ、ケーキおらぁ! って言ってるだけで、もう飛ぶように売れてたんだけどねえ」
涼二「そうっすか」
拓弥「バブルなんて知らないだろ」
涼二「幼稚園・・くらいですかね」
拓弥「もう・・来ないのかなあ・・バブルは・・」
涼二「しばらくは・・こんな感じじゃないんですかね」
拓弥「バブル・・あの頃の方が俺は好きだったな、今よりも・・なんか、みんな笑顔でさ・・街も明るかったしなあ・・涼二は次、なにするか決まってるの?」
涼二「え?」
拓弥「いや、次の仕事とかさあ」
涼二「あ・・ああ・・」
拓弥「いきなりだったからなあ」
涼二「そうですねえ」
拓弥「危ないって話は春頃からあったんだよ、うちの店、やばいらしいってさ・・」
涼二「春・・春かあ」
拓弥「春からずっと・・・年内いっぱいもったってのは、がんばったってことなのかな」
涼二「(店を振り返り)あと六日」
涼二「閉店セールとかも特にやらないらしいですね」
拓弥「ああ・・生もの以外は、他のフランチャイズに送るらしいからね」
涼二「そういうとこ上手く出来てるんですねえ・・」
拓弥「二千四年一月一日、零時零分零秒をもって・・・ぷー・・」
涼二「(と、また物売りモードで)いかがっすか!ケーキ!いかがっすか!」
拓弥「今年になって三千店が閉店してるんだって・・そりゃ、ノウハウもできるわなあ」
涼二「コンビニが?」
拓弥「そうだって・・」
涼二「そこら中でオープンしてる感じですけどねえ」
拓弥「オープンした分だけ潰れてるんじゃない・・片方ではさ」
  と、涼二が示し。
涼二「あの九十九円ショップが決定打でしたね」
拓弥「十年だよ・・十年この店でバイトしてたのに・・十年が九十九円に負けたのか」
涼二「・・そっちにセブンイレブンあるし、すぐそこにファミマもありますからね・・」
拓弥「そんなにコンビニはいらないだろう」
涼二「自然淘汰ってやつですかね」
拓弥「でも、こんなにいっぱいあって、潰れるのがなんでうちの店なんだよ」
涼二「なにが悪かったんでしょうね(と、振り返って)この店の」
拓弥「・・決まってんの? 涼二は・・次」
涼二「え・・ええ、まあ」
拓弥「え、もう?」
涼二「金、ないっすから」
拓弥「俺もないよ・・こんなことになるなんて思ってもみなかったからさ、貯蓄なんてないもん。毎日毎日、店に来て、バーコードでピッってやってれば、次の月の生活費はねえ、振り込まれてたわけだからさ・・え? なにやんの? 次?」
涼二「まあ、似たようなことですかね」
拓弥「え? コンビニとか?」
涼二「コンビニ・・かな? コンビニみたいなもんですね」
拓弥「え? どこ、どこ、どこ、どこよ」
涼二「そこで・・」
拓弥「え?」
  と、涼二、九十九円ショップを示した。
涼二「そこで・・バイトを」
拓弥「え? どこ?」
涼二「そこの・・そこの九十九円ショップで・・バイトを」
拓弥「へえ・・へえ・・そうなんだ」
涼二「ええ・・」
拓弥「へえ・・」
涼二「ええ・・(と、コンビニの方を示して)やばいんじゃないかって話があった頃に (と、九十九円ショップを示し)新年から働けるバイト募集ってあったんで」
拓弥「へえ・・」
涼二「これは・・来いってことかなって」
拓弥「へえ・・そうなんだ」
涼二「そうなんっすよ」
拓弥「おまえさあ・・」
涼二「ええ・・・」
拓弥「(かつてないほどの凄みようで)良い度胸してるよな」
涼二「すいません」
拓弥「へえ・・そうなんだ」
涼二「すいません、なんか裏切っちゃったみたいで・・」
拓弥「裏切っちゃったみたいで? 裏切っちゃったみたいで?」
涼二「すんません」
拓弥「裏切っちゃったみたいで?」
涼二「裏切りました」
拓弥「いやいや、そんな懺悔してもらいたくて言ったんじゃないんだから」
涼二「すいません・・でも、タクちゃんさん、この近所に住んでるから、もし通りかかって、俺があの九十九円ショップで・・こんな緑に黄色のラインの入った制服来てねえ、バイトとかしてたら・・殴りかかってくるかもしれないじゃないですか」
拓弥「そんなことはしませんよ」
涼二「まあ、そんなことはしないかもしれませんけど・・そんな感じのことになったらまずいかなって・・いつ言おうか、いつ言おうかって・・迷ってはいたんですよ」
拓弥「それでクリスマスか」
涼二「ええ・・」
拓弥「それを言うのがクリスマスの夜、九時半か・・売れ残ったケーキを前にして、バイト仲間は、敵の店で来年から働くと」
涼二「ええ・・」
拓弥「嫌な年の瀬だなあ」
涼二「すいません」
拓弥「ま、しょうがないよな・・彼女、若いんだろ」
涼二「十八です」
拓弥「・・金、かかるわな」
涼二「でも・・普通の・・普通の子みたいなわがまま言わない・・良い奴なんですよ」
拓弥「しょうがねえよな・・」
涼二「俺が九十九円ショップ行くって言ったら、私が口を出すことじゃないからって・・」
拓弥「そう・・」
涼二「ええ・・」
拓弥「名前、なんて言ったっけ? カノジョの」
涼二「名美・・名美っていいます」
拓弥「名美ちゃん・・悲しませないようにしないとな」
涼二「そうっすね・・自分にはなんつーか、もったいないような・・あれ、ですから・・」
拓弥「そうか・・」
涼二「あの、すごい・・失礼なこと言っていいですか?」
拓弥「なんだよ」
涼二「噂で聞いたんですけど、タクちゃんさんのカノジョってイメクラ嬢なんですか?」
拓弥「・・そうだよ・・ダメ? カノジョがイメクラ嬢じゃあ・・」
涼二「いや、そんなことないっすよ・・あの・・俺がこんなこと言うのもあれですけど・・タクちゃんさん、やっぱすごいっすよ。シフトの組み替えも、品出しも・・なんか、見ててカッコよかったっすよ。自分はあんなふうにはなれないなって・・正直思いましたっすから」
拓弥「そんなことないよ・・おまえだって・・」
涼二「いや・・まだまだっすよ・・」
拓弥「俺がいなかったら、この店おまえが店長代理やってるはずだよ」
涼二「だから、わかりますよ」
拓弥「なにが?」
涼二「そのカノジョさんが・・タクちゃんさんに・・惚れるのが」
拓弥「(静かに)なに言ってんだよ、バカヤロウ」
涼二「すんません・・・」
拓弥「余計なこと言ってんなよ」
涼二「すんません・・あの・・自分、田舎、山形のはずれの方で、車で十五分行かないと二十四時間やってるコンビニって、ないんっすよ。夜、家の外に出ると、暗いんですよ、周りが。隣の家が東京みたいにすぐ横にあるわけじゃないですからね。コンビニに原チャリ飛ばして行くと、いつも、コンビニの周りだけは、明るくて・・白く光っているみたいで。その前にいつもの仲間がいつものように座り込んでて、俺を迎えてくれて。それで、店の中からおでんの匂いがして・・」
拓弥「・・・・店、持ちたいのか?」
涼二「ええ・・あの頃、楽しかったっすから・・すごい楽しかったっすから・・今度は、自分で店持って・・」
拓弥「ああ・・いいんじゃないの?」
涼二「だから・・もうちょっと、勉強しなきゃなんないんで・・すいません」
拓弥「もういいよ・・それは・・」
涼二「タクちゃんさんはもう・・」
拓弥「ああ・・ねえ・・俺は、もういいかな・・」
涼二「でも・・」
拓弥「俺はさあ・・高校の頃、ぷらぷらしてて、金もなくて・・どうしようもなくて、このコンビニ来たら・・店長に・・高校生は採らないって言われて。なんだよ、って思って。高校生じゃ、バイトもできねえのかって。バイトもできねえ、勉強もできねえ、どうしようもねえなって・・帰ろうとしたら、店長に呼び止められて、高校生は採らないけど、おまえは明日から来いって・・」
涼二「・・なんでですか?」
拓弥「高校生にしては、いい目付きしてるって」
涼二「・・わかったんですね。店長は」
拓弥「それで・・気づいたら十年だよ」
涼二「十年か・・」
拓弥「あっという間だよ」
涼二「そうですかね」
拓弥「まさか、ATMが店に入ってくるとは思わなかったしなあ・・弁当があんなにも複雑になるとは思わなかったし・・」
涼二「これからも、どんどん変わっていくんでしょうね」
拓弥「たぶんな」
涼二「ついていけるかな・・・いや、ついていかなきゃいけないんですよね」
拓弥「いいのか、今日・・名美ちゃんは・・」
涼二「なにがっすか?」
拓弥「クリスマスだろう・・一緒にいてやらなくて・・」
涼二「(ふっと笑って)いいっすよ、そんなの、遊んでて帰れないわけじゃないんですから・・仕事ですから・・」
拓弥「仕事だよなあ」
涼二「男が仕事してんですから」
拓弥「ああ・・そうだよな」
  そして、道行く人々に。
涼二「いっかがっすかぁ! ケーキ、半額になっております、いかがっすかぁ!」
拓弥「いかがっすかぁ!」
涼二「いっかがっすかぁ!
二人「いかがっすかぁ!」
  やがて・・・
  ぼそりと。
拓弥「・・メリークリスマスだな」
涼二「そうっすね・・メリークリスマスっすね」
  暗転。