第68話  『新作落語』




  明転すると座布団に座った勉ちゃんが落語やっている。
  その隣であぐらをかいてそれを聞いている拓弥。
  落語のサゲ付近から始まる。
勉「・・さっき言ったのとちがうじゃねえか・・もうやる気ないんですよ、ここでも」
  拓弥、笑う。
勉「どこがちがうんだよ・・キャビアだけに子沢山だ・・」
  と、頭を下げた。
勉「おあとがよろしいようで」
  拓弥、拍手する。
  勉、頭を下げたまま。
拓弥「いいじゃん、いいじゃん、うまくなったよね、勉ちゃん」
勉「ん・・・・ん・・」
  と、頭を下げたまま、身もだえしはじめる。
拓弥「? どしたの? なに勉ちゃん」
勉「ん・・ダメだあ・・」
拓弥「え?」
勉「ダメだあ・・こんなんじゃ全然おもしろくない・・ダメだ」
拓弥「いや・・勉ちゃん」
勉「ああ・・もう死にたいよ、拓ちゃん」
拓弥「死、死ぬって・・」
勉「おもしろくないよ」
拓弥「いや、おもしろかったよ」
勉「いや、そりゃね・・ちっとは自分でもおもしろいなあ、って思ったからこうやって拓ちゃんにわざわざ来てもらって、お披露目をしたわけよ・・でもね、やっぱり人前でやってみてわかったよ、ちがう、ちがう」
拓弥「ちがうんだ」
勉「ちがうんだよ・・」
拓弥「待って、待って・・なにがさ、ちがうんだろうねえ」
勉「俺の良さがでてない・・こんなのだっら誰がやっても同じだよ・・ね、拓ちゃんもそう思ったでしょ、ね、正直に言って、どうかね、俺の新作は」
拓弥「どう・・言えばいいんだろうかね・・おもしろいんだよ、おもしろいんだけど・・」
勉「うん、わかってる。もうおべんちゃらはいらない。自分でわかってるから、もうざくざく胸に刺さるような事、言ってもらってかまわないってば」
拓弥「結局、小ネタが続いているわけじゃない」
勉「しかも、自分にまつわる小ネタね」
拓弥「枕がずっと並んでいる感じ」
勉「ああ・・修学旅行の宿みたいにね」
拓弥「お、うまいこと言うね」
勉「でしょ、でしょ」
拓弥「でも、それじゃあ、ダメでしょ」
勉「そうそう、修学旅行の宿ではまずい」
拓弥「それだと、三平さんだ」
勉「なんでかなあ・・どうしてもねえ、小ネタばっかりになるんだよね・・なんでかなあ」
拓弥「落語っていうよりも、なんか深夜の若手芸人のトーク番組に近いんだよね」
勉「痛っ・・痛たた・・それねえ、言われる、師匠から」
拓弥「そうなんだ、でも、そうだもん」
勉「結局ね・・俺達、若手ってさあ、落語が好きだ好きだって言ってても、実はテレビでコント見てた時間の方が長いんだよね・・」
拓弥「ああ、それはあるかもしれないねえ」
勉「生まれた時から『全員集合』があってさあ、『ひょうきん族』があってさあ」
拓弥「『ドリフの大爆笑』があってさあ」
勉「影響されてるのかなあ」
拓弥「でもね、勉ちゃんの今の落語はさ、そういうTVのトークよりはおもしろいんだよ」
勉「ほんとに」
拓弥「ほんと、ほんと」
勉「うれしい・・うれしいけど・・でも、それでいいのか?」
拓弥「それではいけないの」
勉「ダメダメ・・」
拓弥「こんなんじゃない」
勉「なんかね、こういうトークだったら、弟弟子の方がおもしろいんだよね」
拓弥「うん・・うん・・だからさあ、ねえ、力になるよ。、俺でよければ・・」
勉「古典のね」
拓弥「うん」
勉「人情物を聞いてもね・・もうサゲがね・・」
拓弥「ああ・・もう通用しないサゲってのは確かにあるからねえ」
勉「マンガで言うとさ『ギャラリーフェイク』とかさ『人間交差点』とかみたいにさ、いかないもんかね、『ブラックジャック』とかね」
拓弥「ああ・・ああいう落語ね」
勉「いいよね・・ああいうの、高座にかけたいねえ」
拓弥「まあ、あれはねえ、マンガの神様の代表作だからねえ」
勉「ああいう落語が作れたら・・」
拓弥「ああ・・そういうのがやりたいんだ」
勉「『黄昏流星群』とかさ」
拓弥「それはちがう、それはちがうでしょう」
勉「ああ・・それはちがうとしてもね・・わかるでしょ・・」
拓弥「この前さあ」
勉「うん・・」
拓弥「勉ちゃんの家の蔵の中から、宮本武蔵が描いたダルマの画が出てきたじゃない」
勉「あ・・ああ・・」
拓弥「おじいちゃんがさ、亡くなる時に」
勉「ひと目・・ひと目・・家の蔵にあった宮本武蔵のダルマが見たい・・って」
拓弥「そう、それ」
勉「それが、どうしたの?」
拓弥「ああいうのって落語にならないのかなあ・・」
勉「実話じゃない」
拓弥「実話を語るの、おもしろく」
勉「おもしろいのかなあ・・」
拓弥「おもしろいってば・・」
勉「ええ・・・」
  と、身もだえする勉。
拓弥「もう、とにかくしのごの言ってる場合じゃあ、ありません。おじいちゃんの病院に一刻も早く行かなきゃならない。くるくるっと丸めた武蔵のダルマを握りしめて、病院へと向かおうとしたその時、ピーポーピーポーと救急車がやってくる。思わずドンちゃんが手を挙げた。すいません、僕も乗っけてくれませんか!」
勉「あ、そういうこと」
拓弥「そう、こういうこと」
勉「あ、できるかも」
拓弥「・・そうそう・・だって、勉ちゃんもういっぱいいっぱいだったしさ・・ああいうのがやっぱりおもしろいんだと思うよ」
勉「そうだね」
拓弥「そうだよ・・」
勉「っしゃ!」
  と、勉、座り直した。
勉「えー、ある日、おじいちゃんから電話がありまして」
拓弥「いつ?」
勉「え?」
拓弥「そのおじいちゃんからの電話はいつあったの?」
勉「バイトしている最中にですね」
拓弥「その辺の話」
勉「この辺の話ね」
拓弥「もっと、もっと」
勉「もっと、もっとか・・えー・・」
拓弥「っていうか今、ここで話している人は誰?」
勉「ああ・・(理解したらしい)えーとですね、世の中には落語好きも多いんですが、ついには落語家をめざして、師匠の門を叩いたりする若者もいるわけですね。でも、だからといってなかなかそうそう売れる落語家にはなれません。ここにもまた一人、売れない落語家と申しますか、発展途上の落語家の若者がおりまして、とにかく食べるために、上野のアメ横で魚を売ったりしてるんですね・・そこに電話がかかってきた 」
拓弥「なに売ってるの?」
勉「そのアメ横でなにを売っているかというと・・松茸とかなんですね」
拓弥「え? え? 魚屋だろう?」
ベン「魚屋だけど、今の季節は松茸も扱ってる。だいたいですね、みなさんご存じなのは年末の年の瀬も押し迫ったアメ横ですよね。もう、正月前のアメ横なんて、だー、とか、うおーとか言ってれば、もう売れちゃうんですけど・・平日の昼間は」
  勉ちゃんのバイトの様子が入って。
拓弥「そこへ電話だ」
勉「はい、ドンです」
拓弥「おじいちゃん、急に入院した。そして」
勉「電話の向こうから死にそうな声で・・武蔵のダルマがひと目みたい」
拓弥「その武蔵のダルマとはなんぞや?」
勉「この武蔵のダルマってのが、このドンちゃんの家に代々伝わる、あの宮本武蔵が墨で描いた開運ダルマ」
拓弥「宮本武蔵の描いた開運ダルマ? もうドンちゃんちの家宝中の家宝」
勉「しかしですね、ここに一つ問題がある」
拓弥「どんな問題が?」
勉「この武蔵の描いたダルマは開運ダルマ・・ね・・ドンちゃんが家の蔵の奥で見つけたのが、五歳の時」
拓弥「そんな昔だ」
勉「え? なんだいこりゃ・・ボロボロの和紙に、へったくそなダルマ、誰が描いたんだろうねえ、こんなのを・・」
拓弥「それ、五歳の子供の口調じゃないよ」
勉「五歳にしてはちょっとませたガキでしてね。お、このダルマ、片目がない」
拓弥「開運ダルマだからね」
勉「どれ、俺が片目をこのマジックで」
拓弥「おいおい、そういうことしていいのかよ、宮本武蔵が描いたダルマだろう」
勉「ぐりぐりぐり・・」
拓弥「おおい!」
勉「目が入った」
拓弥「その武蔵のダルマが家の蔵に眠っているのをすっかり忘れていたわけだ」
勉「このおじいちゃんからの電話を聞いて、はたと気づいた。あの武蔵のダルマだ。五歳の頃に、マジックで目玉を書き入れた、武蔵のダルマを、死ぬ前のおじいちゃんが人目みたい、と言ってきたわけです。えらいこっちゃ・・ドンちゃんはバイト先を飛び出します。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ・・(と、戸を叩く)ドンドンドン・・拓ちゃん、拓ちゃん!」
拓弥「俺かよ」
勉「拓ちゃん開けてよ、俺だよ、ドンちゃんだけど」
拓弥「俺が出て来るんだ」
勉「行ったじゃない、相談に・・」
拓弥「そりゃそうだけど・・」
勉「(ドアを叩き)拓ちゃん、拓ちゃん・・(拓ちゃんに)」
拓弥「来たねえ、来たねえ」
勉「なにごとかと、拓ちゃんが出てきます」
拓弥「おお、ドンちゃん」
勉「おお、ドンちゃん・・なんだよ、来るなら来るって言えよ・・びっくりしたなーもおー」
拓弥「びっくりしたなーもおー、とか言ってないよ」
勉「いいの、くすぐりだから」
拓弥「くすぐられないよ、そんなんじゃ」
勉「大変なんだよ」
拓弥「そういうくすぐりでいいの?」
勉「大変なんだよ」
拓弥「無視かよ」
勉「大変なんだよ」
拓弥「落ち着けよ」
勉「落ち着きなさいよ、ね、ドンちゃん・・どうしたね」
拓弥「どうしたね」
勉「大変なんだよ」
拓弥「なんだよ、やぶからぼうに・・」
勉「やぶからぼうに・・」
拓弥「やぶからぼうって、こういう時、言わない?」
勉「(拓弥)なんだよ、やぶからぼうに(勉)ちょっと大変なんすよ(拓弥)なにが大変なんだ、ちょっとこっちにへえんなさい」
拓弥「へえんなさいって」
勉「ご隠居さんはそういうの?」
拓弥「俺は勉ちゃんにとって長屋のご隠居さんみたいなもんなんだ」
勉「(落語の口調で)そうです、ね、いつの時代にも与太者というのはいるもので、与太がいれば、ご隠居さんもいる。与太が困れば、ご隠居さんのところに駆け込むというのは今も、昔も変わりません」
拓弥「(落語の口調で)ほう、これがその宮本武蔵の描いたダルマってのか?」
勉「こら、ここに『二天』って入ってるでしょ」
拓弥「(落語の口調で)ああ、このハンコみたいなやつかい」
勉「これが武蔵のさ・・署名なの、サインなの。この署名の部分だけは鑑定してもらったんだ、昔」
拓弥「ほう、折り紙付きってわけだ」
勉「朱文額印っていうんだって・・よく知らないけど。武蔵がね、二十代で描いたものだろうと。ええ、宮本武蔵というと、巌流島が有名ではございますが、時に千六百四年、江戸で夢想流棒術の夢想権之助と技を競ったという記録が残っているんですね、その記録というのが、その試合に立ち会ったうちの御先祖様の日記であります」
拓弥「その日記も貴重じゃない」
勉「まあ、そんな折り紙付きの家宝に、五歳のドンちゃんはマジックでぐりぐりと目玉を書き入れてしまったわけです。死ぬ前にひと目、ひと目、武蔵のダルマが見たいと言う、おじいちゃんに残された時間はあとわずか。(拓に)どうしようか、拓ちゃん」
拓弥「どうしようって、おまえさん、これはもうどうしようもないでしょう」
勉「そこをなんとか・・」
拓弥「だいたい、なんでこんなことをしてしまうのかね、そそっかしいにもほどがあるね」
勉「しかたないでしょ、五歳だよ、五歳。知らなかったんだよ、宮本武蔵なんて・・蔵の中でさ、こんな小汚い紙にダルマさんの絵が描いてあるのを見つけてさあ、それがそんなに大変な物だとは思わないじゃない。それはその通り、今、こうやって見ても、言われてみなきゃそんなに価値のある物だってわからない」
拓弥「それで、片目入れちゃった?」
勉「だって、ダルマが描いてあってさあ、片目なんだよ、かわいそうって思うじゃない。思ったのよ、五歳の俺は。拓ちゃんだって五歳だったら思ってたはずだよ」
拓弥「そうかな・・」
勉「そうだよ・・そんな薄暗い蔵の片隅に丸めて置いてあるダルマの画に、目がないんだよ、それをマジックで描き足してあげるってのはさ、これは親切ってもんでしょう・・まあ、そういった親切はなにもダルマに限ったことじゃあない。このドンちゃんってのは物心ついた時から、選挙のポスターが貼ってあれば、鼻の下に髭は描くわ、シールを見つけると冷蔵庫に張りまくるわ、教科書は全部パラパラマンガをにしてしまうわ、どこにでもいる困ったガキだったのですが、、まあ、ここではそんなことは話さない・・(強調して)それは親切ってもんでしょう?」
拓弥「わかった、わかった、別に責めてないから勉ちゃんを・・」
勉「・・武蔵のダルマを見るまでは死んでも死にきれんって・・」
拓弥「もちろん、おじいちゃんは、この武蔵のダルマに目玉が入っているのを知らない・・」
勉「知らない(拓弥)もしも、これ見せたら・・(勉)びっくりして、死んじゃうかもしれない(拓弥)おじいちゃんの視力は?(勉)しりょく?(拓弥)目だよ、目が悪かったら、ほら、遠くから見せて、さっと隠せば(勉)目は、いい」
拓弥「なんだよぉ」
勉「(拓弥)さっと隠せば(勉)いや、じっと見たいって言うよ。しかも言い出したらきかない、頑固じじいなんだ(拓弥)こうやって目の部分を手で持っている(勉)不自然だよ」
拓弥「なんかドンちゃんも考えなよ」
勉「俺もうダメ、なんにも考えらんない」
拓弥「ダメだよドンちゃん、諦めちゃだめだって」
勉「おじいちゃん、悔いが残るだろうなあ」
拓弥「うーん」
勉「家族のみんなからも恨まれるだろうなあ」
拓弥「ドンちゃん」
勉「もうお盆も正月も・・実家には帰れない」
拓弥「勉ちゃん、マイナス思考はよくないよ」
勉「だって、こんなの見せたら、おじいちゃん、ぽっくりだよ」
拓弥「マジックだからなあ・・
勉「修正液・・修正液は!」
拓弥「白くなっちゃうでしょう。白内障の開運ダルマになるよ」
勉「せっかく前向きに考えてるのに!」
拓弥「このまま、おじいちゃんのところに持っていくしかないだろう」
勉「なのかなあ」
拓弥「それで正直に話すんだよ」
勉「それしかないか」
拓弥「それしかないよ」
勉「だよなあ」
拓弥「そうだよ」
勉「なんて言おう」
拓弥「だっておじいちゃん、死にそうなんだろ」
勉「そう」
拓弥「言い残すことがあったらダメだよ。勉ちゃんさっき言ったじゃない。おじいちゃん好きだって」
勉「うん」
拓弥「言うしかないじゃない」
勉「うん。言ってみるか。怒られるのはしょうがないよね」
拓弥「そうだよ、そうだよ」
勉「もともとは俺が悪いんだしな」
拓弥「さあ、そうと決めたら一刻も早く!」
勉「拓ちゃんに説得されたドンちゃんは、武蔵のダルマをくるくるっと丸めると、病院へ向かって駆け出しました。すると向こうから」
拓弥「ピーポーピーポー・・」
勉「救急車がやってくるではありませんか。よーし、ドンちゃんは救急車のあとについて走ります。他の車が次々に必死に走るドンちゃんに道を譲っていきます」
拓弥「それは救急車に道を空けてるんでしょう」
勉「あっという間に病室へ」
拓弥「病室の枕元へ立つドンちゃんだ」
  勉、手ぬぐいを広げて。
勉「おじいちゃん・・武蔵のダルマだよ(おじ)あ・ああ・・(勉)これ、ごめん、ごめんねおじいちゃん。俺、これにマジックで目を描いちゃったんだ(おじ)あ・・ああ・・(勉)ごめん、おじいちゃんほんとにごめん。悪いと思ってるよ。うちの家宝だよ。おじいちゃん俺、俺ね、もしも俺の孫が、俺が大事にしてるものをさ、台無しにしてしまったらさ、俺、許すよ。許してやるつもりだよ。だからさ、おじいちゃん、ごめん。俺を許して。五歳の俺がやったことを許してくれるかな。おじいちゃん、宮本武蔵好きで、よく俺に話してくれたじゃない。俺、その話を聞く度に、胸を痛めていたんだよ。ごめん、ほんとにごめん。俺ね、ダルマに目を入たのはね、いたずらでやったんじゃないんだよ、かわいそうって。本当に思ったんだよ。ダルマにさ、片方しか目がなくてさ、かわいそうってほんとに思ったんだよ。俺、マジックでぐりぐり描いたらさあ、ダルマがありがとうって言ってるように思ったんだ。ほんとだよ、おじいちゃん。俺に孫ができてさ、俺がさ大切にしているものをさ、台無しにしたとしてもさ、俺、怒らないよ。だって、俺の孫はさ、これでいいんだと思ってやったんだからさ。ダルマのためにって思ったんだからさ・・おじいちゃん、俺、孫ができたらさ、大事にするよ。大切にするよ。かわいがるよ。おじいちゃんが俺にしてくれたみたいに」
拓弥「それで・・」
勉「よっぽどうれしかったんでしょうねえ・・おじいちゃんはそこで・・」
拓弥「そこで?・・」
勉「ゆっくりと僕の手を握って・・息を引き取りました・・」
  間。
  拓弥の方を見たりする。
  が、間が持てないまま。
勉「おあとがよろしいようで」
拓弥「よろしくない。よろしくないよ」
勉「え?」
拓弥「そんなオチじゃ、おあとはよろしくないよ」
勉「え・・でも、そうだったんだもん・・ほんとにこうだったんだもん」
拓弥「オチがそれ?」
勉「・・落ちないよこれじゃあ」
拓弥「落語になんないじゃん」
勉「ダメだったか・・やっぱりダメか・・」
拓弥「諦めない、勉ちゃん、まだまだ・・」
勉「だって・・なんか手はあるの、拓ちゃん」
拓弥「考えるんだよ」
勉「考えてよ」
拓弥「勉ちゃんも考えなよ」
勉「俺はもうダメだよ」
拓弥「おじいちゃんはなんで死ぬの?」
勉「肺ガンが、いろんなところに転移して」
拓弥「いや、そういう本当の話じゃなくて、このね、落語においてなんでおじいちゃんは死ななきゃなんないの?」
勉「ん?」
拓弥「死ななくてもいいでしょ、落語なんだから・・おじいちゃんは死なないでしょう」
勉「でも・・ほんとは・・」
拓弥「ほんとは、いいの・・ウソなんだから・・ね・・これは勉ちゃんの落語なんだから・・落語でそんな・・そんなふうに人は死なない。死んじゃいけない。ああ、そうですとも、死んではいけませんよ、あんた」
勉「おじいちゃんは生きていても・・いいの?」
拓弥「なんでダメなの? 生きててもいいの、じゃないでしょ、生きていなきゃダメでしょう」
勉「・・いいんだよね」
拓弥「そうだよ」
勉「いいよね・・ウソだもんね」
拓弥「落語だもん・・それにさ」
勉「え?」
拓弥「勉ちゃんがこのネタ、高座で話し続ければさ、おじいちゃんはずっと、ずっと生き続けるんだから・・」
勉「うん・・」
拓弥「いつでも、この話の最後で、おじいちゃんは武蔵のダルマを持って救急車の後を走って来る、勉ちゃんを待ってるんだから」
勉「そうだよね、そうだよね・・いいんだよね」
拓弥「勉ちゃんもその方がいいでしょう」
勉「いいよ、その方がいい」
拓弥「聞いているお客さんもその方がいいでしょう」
勉「その方がいい」
拓弥「じゃあ、いいじゃない」
  勉、おもむろにまた座り直す。
拓弥「勉ちゃんが持っていった、その武蔵のダルマを見たおじいちゃんは・・」
勉「ありがとうな、ありがとうな・・そう駆けつけたドンの手を握って言いました。(勉)おじいちゃん、まだまだ生きてよ、生きててよ頼むからさあ(おじ)もちろんだよ、なに言ってんだよ、ドンそんなに簡単にくたばってたまるか。(勉)そうだよね、そうだよね(おじ)うちの家宝は武蔵のダルマだぞ・・・」
拓弥「うん、うちの家宝は武蔵のダルマだ」
勉「うちの家宝は武蔵のダルマだぞ・・」
拓弥「そんなに簡単にくたばってたまるか、うちの家宝は武蔵のダルマだぞ」
勉「武蔵のダルマ」
拓弥「ダルマのように?」
勉「ん・・タクちゃん、もうダメだ・・ダルマなだけに、手も足も出ない。おあとがよろしいようで」
拓弥「そこで落とすか! それじゃあ、ダメだろう」
勉「くたばってたまるか、ダルマのように」
拓弥・勉「七転び八起き」
拓弥「おおっ!」
勉「これは拓ちゃん」
拓弥「おあとがよろしいよ」
勉「よろしいよね」
拓弥「いいんじゃない?」
勉「ダルマのように、七転び八起き」
拓弥「明るいよ、希望が持てるオチだよ」」
勉「(よくわからないが叫ぶ)わああ!」
拓弥「(もマネして)わああ!」
勉「うん・・ありがと・・拓ちゃん、ほんとありがと」
拓弥「いやいやいや・・これはもう勉ちゃんのおじいちゃんがどっかで勉ちゃんのことを見ててくれてるってことだよ」
勉「そうかなあ」
拓弥「そうだよ」
勉「そうだと、嬉しいけどね・・俺は」
拓弥「それで、ほんとうはさ、おじいちゃんは亡くなる前に・・最後になんて言ったの?」
勉「亡くなる前」
拓弥「そう・・本当はなんて言ったの?」
勉「そうか、そうか、おまえの孫を大事にな・・って」
拓弥「うん・・」
勉「おまえがそんなふうに優しい大人に育ってくれてありがとうな・・それが・・ワシの願いだったよ・・それが、叶ったんだから・・そりゃあ・・ダルマに目玉は入れてやらないとな・・・」
  そして、勉、ゆっくりと頭を下げ。
勉「おあとがよろしいようで・・」
  拓弥、拍手して、
  暗転。