第67話  『驟雨奔雷』



  暗転中に大雨の音がフェードインしてくる。
  風も吹いている。
  明転。
  温泉旅館の一室。
  浴衣姿の初美と龍之介がいる。
初美「すっげえ降ってきた」
龍之介「ああ、ねえ・・これはね・・来るね」
初美「来るって?」
  と、大音響の落雷。
初美「ぎゃあ!」
龍之介「雷・・来るよ」
初美「早く言ってよ」
龍之介「わかるだろう、こんな雨降ってて、これは来るかなって言ったら、そりゃ雷だろ。なにが来るのよ、鴨でも来るの?」
初美「鴨?」
龍之介「鴨がネギしょってくるの?」
初美「もういいよ・・」
龍之介「(雨音を聞いて)これはあれだね、またさらにひどくなったね」
初美「台風?」
龍之介「昼は晴れてたじゃない」
初美「スコール?」
龍之介「かもね」
初美「スコールか・・すぐに止むかな」
龍之介「ほんとにスコールだったらね」
  と、龍之介、立ち上がった。
龍之介「んじゃ・・ちょっと」
初美「待ってよ」
龍之介「ん?」
初美「どこ行くの?」
龍之介「露天風呂」
初美「雨・・降ってるよ」
龍之介「うん」
初美「すごい降ってるよ」
龍之介「うん・・だから、こう、さあ・・気持ちいいじゃない」
初美「雨に打たれて?」
龍之介「露天風呂」
初美「ホントに?」
龍之介「こう、冷たい雨に打たれて、温かいお風呂」
初美「頭おかしいんじゃないの?」
龍之介「気持ちいいよ・・あれ、ドラム缶の五右衛門風呂とか入ったことない、外で」
初美「・・・ない」
龍之介「気持ちいいのに」
初美「雷、落ちるよ」
龍之介「お風呂に?」
  と、また落雷。
  ガラガラガッシャーン!!
初美「黒こげだよ」
龍之介「・・・そうか。そうだよね」
初美「馬鹿なこと言ってないでここにいなよ・・ほら、私だって雷、恐いんだからさ」
龍之介「そうか・・雷の事、すっかり忘れてたよ」
  二人、部屋の中央で並んで座る。
  小さな落雷が続いている。
初美「・・大丈夫かな、未知ちゃんは?」
龍之介「あいつ? あいつは大丈夫だよ」
初美「だって・・」
龍之介「このぐらいの雷じゃ起きないね」
初美「え? そうなの?」
龍之介「寝たら起きない・・どんなことがあっても・・もう子供の頃さ、あいつが寝てると死んでるかと思ったくらいだもん」
初美「・・じゃあ、大丈夫か」
龍之介「大丈夫、大丈夫」
  と、また大きな落雷。
  ガラガラガッシャーン!!
初美「ひー!」
龍之介「おー!」
初美「もぉやだぁ!」
龍之介「初美ちゃん、いいかげん雷にも慣れないとさ」
初美「慣れないよ」
龍之介「なにがダメなのかね」
初美「ダメ、ダメに決まってるじゃない・・生まれ変わっても友達にはなれないね」
龍之介「ダメか・・」
初美「ダメだね」
  間。
  雷が鳴っている。
初美「よかったお風呂入っている時とかじゃなくて」
龍之介「ああ、ねえ」
初美「・・よかったあ」
龍之介「よかったよね、お風呂」
初美「うん、よかったねえ」
龍之介「来てよかったねえ」
初美「うん・・」
龍之介「また、今度来ようね」
初美「うん・・あ、でも」
龍之介「え?」
初美「新婚旅行が先だよ」
龍之介「ああ、ねえ」
初美「行かないと、新婚旅行」
龍之介「ま、こんな時のために役所勤めしてるんだからねえ・・ばばーんとさ」
  落雷。
  ガラガラガッシャーン!
初美「どこ行く?」
龍之介「初美ちゃんこの前、エイビーロード立ち読みしてたじゃない」
初美「うん」
龍之介「なんかあった?」
初美「イースター島」
龍之介「え? イースター島って、モアイの?」
初美「モアイ、見たい」
龍之介「モアイ?」
  落雷。
龍之介「イースター島ってどこにあるの?」
初美「ニュージーランドの斜め上、南アメリカ寄り」
龍之介「どやって行くの?」
初美「リオデジャネイロから船」
龍之介「リオデジャネイロってどこ?」
初美「日本の裏側」
龍之介「モアイ見てどうするの?」
初美「見たくない? モアイだよ」
龍之介「見たい人いるの? あんなの」
初美「けっこう、日本から見に行ってる人がいるんだってよ」
龍之介「ほんとに?」
初美「見に行った日本人がモアイに落書きして捕まったりしてるんだって」
龍之介「どこにでも落書きするんだなあ、日本人ってのは」
初美「ねえ・・」
龍之介「モアイにアイアイ傘とか書いたの?」
初美「いや、書いたのは鼻毛だって」
  落雷。
龍之介「鼻毛・・鼻毛書いたの、モアイに・・そりゃ捕まるわな・・そんなことしたら、捕まって(首の)ここまで土に埋められても文句いえないね」
初美「ねえ・・今、行くと、その鼻毛書かれたモアイも見れるんだよ」
龍之介「モアイの鼻毛とか見たくはないよ・・他にないの、他に」
初美「富士急ハイランド」
龍之介「え? いきなりそんなとこ? イースター島から富士急ハイランド? なにしに? まさかジェットコースターじゃないよね」
初美「ちがう・・『新・戦慄迷宮』」
龍之介「『新・戦慄迷宮』?」
初美「お化け屋敷」
龍之介「ダメ、ダメだって・・お化け屋敷は」
初美「ジェットコースターがダメで、お化け屋敷がダメって、どういうこと? 一生遊園地行けないじゃない」
龍之介「恐いじゃない、ジェットコースターとかお化け屋敷とか・・なんで、お金払って恐い目にあうの?」
初美「恐くないって」
龍之介「恐いよ」
初美「恐くないって」
  落雷。
初美「うわっ!」
龍之介「それで、なんで雷は恐いの?」
初美「恐いでしょ」
龍之介「恐くないよ、こんなの・・」
初美「すごいの『新・戦慄迷宮』」
龍之介「なにが?」
初美「元ホテルだった建物をそのままお化け屋敷にしているから、カビ臭いし、埃もすごいの」
龍之介「アホか」
初美「病院の設定なのね」
龍之介「カビ臭い病院」
初美「もう朽ち果てた病院。手術室やら、診察室やら・・部屋が五十五くらいあるの」
龍之介「もういい、もういいよ。聞いてるだけで恐くなってくる」
初美「お化け屋敷に入るでしょ、中をね、六百六十メートル歩くの」
龍之介「おかしいよ、おかしいって・・なんでそんなに広いの?」
初美「所要時間四十分」
龍之介「あり得ねえ」
初美「ギネス認定のお化け屋敷なんだから。でもね、中が一部迷路になってて、下手したら何度も同じ所を歩かなきゃなんないんだよ」
龍之介「危険だろう、そんなのは!」
初美「恐くないって」
  落雷。
龍之介「恐くないって」
初美「恐いって・・」
龍之介「わけわからん・・」
初美「じゃあ、龍ちゃんはどこに行きたいの?」
龍之介「どこかなあ」
初美「新婚旅行だよ」
龍之介「新婚旅行だからなあ」
初美「なんか思い出になるところ」
龍之介「今までもさあ、けっこういろんなとこ行ったからね」
初美「ああ・・・買い付けでね」
龍之介「初美ちゃんはさあ、家具の買い付けに行っているわけだからさ、半分仕事みたいなもんじゃない、海外行くのって」
初美「半分仕事じゃないよ、全部仕事だよ、それに龍ちゃんがくっついてきて、リゾートしているだけじゃない。いつもさ、ばばーんと一人でリゾート」
龍之介「けっこうついて行ったからねえ・・ヨーロッパもアジアも・・アメリカも・・」
初美「改めて・・どこ行こうか」
龍之介「うーん・・初美ちゃん決めてよ、ついて行くから」
初美「たまにはさ、龍ちゃんの仕切りでさあ、行こうよ、今回のこの温泉だって、私が全部手配したじゃない。龍ちゃんは起きて、車の後ろに乗っただけじゃない」
龍之介「うん、相変わらず、初美ちゃんといると楽ちんだからさ」
初美「もう・・いっつもそんなのばっかなんだから・・」
龍之介「人間、どうしてもね、楽なところにいるとさあ・・」
初美「うん」
龍之介「さらに楽なところに流れて行くね」
初美「ダメだこりゃ・・」
  落雷。
  雨の音しばし・・・
初美「ねえ」
龍之介「うん?」
初美「なんか話して」
龍之介「なんか・・・そうねえ・・どこ行くかね・・新婚旅行は」
初美「私がさ、ここ行きたい! って手配して、それでさあ、二人で出かけて行くんだとさあ、今までと一緒じゃない」
龍之介「うん」
初美「もうさあ、結婚したんだからさあ」
龍之介「結婚したんだからなに?」
初美「なんか、変わんないかな、そういうとこ」
龍之介「なんで変わるの? なに、結婚したら変わらなきゃなんないの? いいじゃない今まで通りで。
なんか変わんなきゃいけないってもんでもないでしょ、結婚したからって」
初美「いけないってこともないんだけどさあ・・結婚した実感とかさ」
龍之介「うーん・・ないねえ」
初美「え・・でも、結婚した実感がないってさ・・あれだよね、いつか、もうダメだって事になった時にもね、意外とあっさり・・ってことにならないのかな」
龍之介「え? え? そうかな?」
初美「そんな感じしない?」
  落雷。
初美「雨、すごいねえ」
龍之介「ねえ」
初美「雷が恐いのはさ、なんか、自分がすごくちっぽけな物に思えるからなんだよね」
龍之介「雷で?」
初美「そう、あの音も光も力も・・」
龍之介「まあ、初美ちゃんはどっちかっていうと、雲一つない青空の方が似合ってるからねえ」
初美「もしも、この先、ダメだ、やってけない、別れるしかないって思った時、あっさり別れちゃったりするって・・考えるとさ」
龍之介「うん・・・」
初美「恐いんだよね」
龍之介「・・恐いよねえ、それは」
初美「でしょ」
  落雷。
  しかし、二人、すでにそれには動じない。
龍之介「でも・・そんなこと考えてもしょうがないじゃない」
初美「まあ、それはそうなんだけどね」
龍之介「考えちゃダメだよ・・」
初美「なんか、考えちゃうじゃない」
龍之介「あっさり何事もなく結婚できたけどさあ、準備とかけっこう時間はかかったわけじゃない」
初美「かかったねえ」
龍之介「その間、ずっとそんな事、考えてたの?」
初美「ううん」
龍之介「でしょ」
初美「なんとなく・・そういうふうに感じてたのが・・なんていうか、今、言葉になったって感じ」
龍之介「だよね」
初美「うん・・なんでだろ」
  落雷。
龍之介「なんか、近づいてきてない? 雷」
初美「大きくなってるね、音」
龍之介「大丈夫だよ、雷は雷だよ」
初美「・・嫌だなあ」
龍之介「結婚がすんなり行ったからって、それと同じようになにもかもすんなり失っちゃったりするものでもないじゃない」
初美「なんかそうなりそうで、恐い」
龍之介「恐いって思うことはさあ、失いたくないって強く思っているからでしょう。失うことを想像するから、恐いって思うわけでしょう」
初美「ああ、そうかもね」
  落雷。
初美「龍ちゃん」
龍之介「うん?」
初美「一緒にいてね」
龍之介「うん」
初美「ずっと一緒にいてね・・ずっとずっと一緒にいてね」
龍之介「うん・・・初美ちゃんもね」
初美「うん・・がってんだ・・」
  落雷が続く中。
  ゆっくりと暗転。