第六十五話  『作品』




  明転すると、公園。
  舞台奥に聡の段ボールハウス。
  すぐに入ってくる弥恵子。
  段ボールハウスの側面を乱暴にノックする。
弥恵子「聡さん、聡さん・・いる?」
  中から聡の声。
聡の声「あい・・あいよ・・」
弥恵子「起きてる?」
聡の声「起きてるよ・・」
  そして、聡、段ボールハウスの天井から顔を出した。
聡「おお、弥恵子ちゃん」
弥恵子「ういっす!」
聡「ん、ちょっと待ってね」
  と、聡、一回中に引っ込む。
  弥恵子、それを待たずに聡の家の扉を開けて中へと入っていく。
聡の声「おい! なんだよ、おい!」
弥恵子「お邪魔しまーす」
聡の声「おい! なんだよ、なんで入って来るんだよ」
弥恵子の声「お邪魔しまーす」
聡の声「お邪魔しまーす、じゃねえだろ・・おい、入ってくんなよ、ここは俺の家なんだぞ」
弥恵子の声「なにしてたの?」
聡の声「なにって・・本読んでたんだよ」
弥恵子の声「なに読んでたの?」
聡の声「京極夏彦・・なんだよ、なんで入って来るんだよ」
弥恵子の声「あ、昼間は結構明るいんだね」
聡の声「明るくないと本とか読めないだろ」
弥恵子の声「あ・・ここから光が入って来るんだ」
聡の声「そ、そうだよ」
弥恵子の声「へえ・・生活の知恵」
聡の声「いいから、外に出ようよ、狭いよ。元々一人用なんだからさあ」
弥恵子の声「え、私と二人っきりじゃ嫌なの?」
聡の声「嫌じゃないよ、嫌じゃないけどさあ・・外行こうよ、外」
弥恵子の声「いいじゃん・・昼間っから・・二人で・・個室」
聡の声「個室って、段ボールだろ・・」
弥恵子の声「いいじゃん」
聡の声「いいじゃんって・・おい、やめろよ、そんなとこ触るなよ」
  弥恵子の笑い声。
聡「わ、わ・・わあっ! なんだよ・・やめろって、やめろって、やめてください・・お願いしますって・・家が・・家が壊れるだろ・・」
  中で暴れているのか、段ボール揺れている。
  弥恵子の笑い声・・・
  そして、天井の扉が再び開き、聡が顔を出して。
聡「ちょっとおまえ、家宅不法侵入だろうが!」
  そして、聡、再び段ボールの中へ。
聡「とにかく、ここじゃ話にならんから、外へ出なさい」
  と、出てくる聡。
  弥恵子はまだ出てこないで声だけ。
弥恵子「聡さん・・」
聡「なに?」
弥恵子「私、おかしいでしょ、今日・・変でしょ・・」
聡「変って言われれば、変だけど・・でも、弥恵子ちゃんはいつも変だよ」
弥恵子「いつもより変でしょ」
聡「そうなのかなあ・・」
弥恵子「全然変でしょ。誰がどう見ても」
聡「どうしたの」
弥恵子「見てわからない?」
聡「え、わかんないよ、わかんないから聞いてるんじゃない」
弥恵子「振られたの」
聡「振られた?」
  と、出てくる弥恵子。
弥恵子「そう・・見てわかんない?」
聡「え? 誰に?」
弥恵子「タケちゃんに決まってるでしょ」
聡「ああ・・同棲してる、猛さん?」
弥恵子「同棲してた、タケちゃん・・」
聡「なに、なんで過去形なの?」
弥恵子「出てけって言われちゃった・・」
聡「出てけ・・」
弥恵子「二週間以内に荷物全部引き払えって」
聡「ああ、そう・・そりゃまた急な話だねえ」
弥恵子「そうなの・・」
聡「またなんで?」
弥恵子「葉巻」
聡「葉巻? 葉巻ってタバコの葉巻?」
弥恵子「やめろって言われて」
聡「葉巻? 吸ってるの? 弥恵子ちゃん」
弥恵子「葉巻やめろってことは、私に死ねってことなの? って」
聡「そんなに大事なの葉巻って・・」
弥恵子「それで大喧嘩」
聡「いいじゃないねえ、葉巻くらい」
弥恵子「でも、ほら、タケちゃん、コックさんだから・・匂いがダメなんだって」
聡「ああ・・それはそうかもねえ」
弥恵子「家がなくなっちゃった・・」
聡「あのマンションって、弥恵子ちゃん、買ったんじゃなかったっけ?」
弥恵子「買った、キャッシュで」
聡「え? マンションの名義は弥恵子ちゃんなんでしょ」
弥恵子「そう・・」
聡「弥恵子ちゃんのマンションなのに、なんで弥恵子ちゃんが追い出されるの?」
弥恵子「いや、喧嘩してあったまに来たから、こんなマンションくれてやるって・・」
聡「あげちゃったの? マンション?」
弥恵子「くれてやった」
聡「それで、荷物まとめて出て行かなきゃなんなくなったの?」
弥恵子「そう・・」
聡「わからん」
弥恵子「成り行きでね」
聡「成り行きって・・成り行きでそんなになるかな・・あれ、猛さんってどれくらい付きあったの?」
弥恵子「三ヶ月ちょっと・・」
聡「それでマンションあげちゃったの?」
弥恵子「もういい、いらない」
聡「いらないって・・そういうことやってるから家がなくなっちゃうんでしょ」
弥恵子「つらいねえ、家がなくなると」
聡「そうだよ、ほんとそうだよ」
弥恵子「どうしようか・・聡さん」
聡「お金あるんでしょ」
弥恵子「お金?」
聡「家借りて・・ね、独り暮らしから始めないと」
弥恵子「独り暮らし・・」
聡「不動産屋さん、回ろうか・・一緒に・・人の家より、自分の家探せって怒られるかな・・」
弥恵子「お金ない」
聡「うそ」
弥恵子「お金ないもん」
聡「ないわけないだろ」
弥恵子「ないない」
聡「あるよ」
弥恵子「ないよ」
聡「だって、売れてるんでしょ、マンガ」
弥恵子「うん・・」
聡「印税とか入ってくるんじゃないの?」
弥恵子「使った」
聡「使った? なにに?」
弥恵子「ホスト・・」
聡「・・いくら?」
弥恵子「わかんない・・三千万くらい」
聡「・・それは・・」
弥恵子「入れあげた・・」
聡「三千万も?」
弥恵子「うん・・」
聡「じゃあ、そのホストのところに泊めてもらえばいいじゃない」
弥恵子「でも、捨てられた」
聡「ああ・・そう」
弥恵子「なんか、そんなのばっかり」
聡「ああ、そう・・」
弥恵子「どうしようか・・だからね、その相談に来たの・・ほら、家がなくなったら、やっぱり家のない人の所に相談に行くのが一番でしょ」
聡「ああ・・・まあ、ねえ」
弥恵子「ねえ・・」
聡「え? ちょっと待って、弥恵子ちゃん、なに考えてる?」
弥恵子「え・・別に・・」
聡「勧めないよ、俺は・・」
弥恵子「え、別に?」
聡「別にじゃないよ、勧めないからね、段ボール暮らしは」
弥恵子「大変?」
聡「大変・・すごい大変」
弥恵子「まず、なにから始めればいいの?」
聡「なにを?」
弥恵子「家造り」
聡「やる気かよ」
弥恵子「段ボールを拾ってくればいいの?」
聡「ダメだって」
弥恵子「これ、柱とかなかったよね・・段ボール組み合わせるだけで、こんなふうに建っているものなんだね」
聡「特殊工法があるんだよ」
弥恵子「特殊工法? ほんとに?」
聡「ないない、あるわけないだろ、そんなの」
弥恵子「うそ、なんかさ、長い間かかって培われた技術ってのがさ、あると思うんだけどね・・さっきの明かり窓みたいなさ、生活の知恵が」
聡「生活の知恵ってのはね」
弥恵子「うん」
聡「まずこういう段ボールには住まないこと、ね。これが一番」
弥恵子「だって、聡さんが住めるんだから、私だって大丈夫でしょう」
聡「大丈夫じゃないでしょう」
弥恵子「同じ、人間だし」
聡「ちょっと、そこ座んなさい」
弥恵子「はい」
  と、そのまま地面に座ろうとする。
聡「(それを制して)待って、そんな直に地面に座ってどうするのよ」
  と、段ボールハウスの側面から座布団段ボールを出して勧める。
聡「ほら、うちにだってこれくらいの物はあるんだから」
  弥恵子、その勧められた座布団段ボールに座る。
聡「あのねえ」
弥恵子「はい」
聡「きちんと生きる、ね、人間これが一番大事」
弥恵子「はい」
聡「わかってる?」
弥恵子「はい」
聡「ほんとうにわかってる?」
弥恵子「もちろん」
  間。
聡「とにかく、不動産屋さんね、回ろうかね一緒に」
弥恵子「だからお金ないってば」
聡「貸すよ、そんなもん」
弥恵子「え? 聡さんが?」
聡「貸すよ、そんなもん」
弥恵子「聡さん、現実ってどういうもんかわかってる?」
聡「わかってるよ、なんでそんなことをお前に言われなきゃなんないんだよ」
弥恵子「わかってないよ」
聡「わかってるよ」
弥恵子「私ね、家賃が二十万以下の部屋に住んだことないのよ」
聡「ああ、そう・・でも、そうだろうねえ・・バイトしたことないんだもんねえ」
弥恵子「そう」
聡「短大行ってる間にマンガが売れて、そのまま、うまく行っちゃったんだもんねえ」
弥恵子「そう、才能はあったみたい」
聡「家賃二十万か」
弥恵子「家を借りるのって家賃半年分はいるのよ。知ってる?」
聡「知ってるよ、アパートもマンションも借りたことあるよ。おまえ、俺が生まれた時から、段ボールに住んでると思ってないか?」
弥恵子「だったらさあ・・二十万かける六ヶ月分だよ」
聡「百二十万だろう・・おまえ、俺が掛け算できないと思ってるのかよ」
弥恵子「百二十万・・持ってるの?」
聡「(頷いた)・・・」
弥恵子「え? ほんとに?」
聡「三十代半ばでそれくらいの貯金がなくてどうする?」
弥恵子「わからん・・」
聡「なにが?」
弥恵子「妙に常識的なのがわからん」
聡「ばか、常識を知ってて、非常識ができるんだよ」
弥恵子「それも、わからん」
聡「早くそういうことがわかるようになりなさい」
弥恵子「お金、持ってるんだ聡さん」
聡「人を外見で判断するなよ」
弥恵子「外見・・」
  聡、立ち上がる。
聡「俺がそんなに金持ってなさそうに見えるか?」
弥恵子「・・・(見ているが)ごめん、わからん」
聡「(少し笑って)しょうがないなあ、弥恵子ちゃんは」
弥恵子「しょうがないって」
  そして、聡、段ボールハウスの上の窓を開けると、手を突っ込んで週刊住宅情報を取りだす。
聡「どこに住みたい?」
弥恵子「それはなに?」
聡「週刊住宅情報」
弥恵子「なんで持ってるの?」
聡「うん・・捨ててあったものはとりあえず拾ってなんでも読むよ」
弥恵子「週刊住宅情報って今の聡さんには一番関係のない物でしょう」
聡「関係ないね」
弥恵子「住む家を探しているわけでもないんでしょう」
聡「ないよ・・しばらくはこういう生活をするつもりだからね」
弥恵子「だったら、なんで?」
聡「人はねえ、生きるために必要な知識だけあればいいってもんじゃないんだよ」
  間。
弥恵子「言われていることが本当にそれであっているのか、どうかもわからない時がある・・」
  聡、住宅情報のページを繰り始める。
聡「どこに住みたい?」
弥恵子「ちがうの、家を探して欲しくて、来たんじゃないの・・聡さんがやっているようなこういう生活をするためのノウハウを聞きに来たの」
聡「オートロックの方がいいよね」
弥恵子「オートロックってどういうものか? 知ってるの? 聡さん・・」
聡「知ってるよ・・」
弥恵子「どういうもの?」
聡「オートでロックするんだよ・・あ、これはどうかな・・」
  と、一ページ破って弥恵子に差し出す。
弥恵子「ダメなのかなあ」
聡「そうだねえ」
弥恵子「・・なんで? テコンドーとジークンドーも使えるのに、私」
聡「どうしても住んでみたいの?」
弥恵子「うん・・」
聡「どうしても?」
弥恵子「うん・・」
聡「じゃあ、さあ・・(と自分の段ボールハウスを示し)これあげるから、ここに住みなよ」
弥恵子「え?」
聡「これ、弥恵子ちゃんにあげるよ」
弥恵子「でも、これは聡さんの家じゃない」
聡「でも、ほら、素人がこれから段ボール拾ってきて、家作ってもこんなちゃんとしたものはできないんだから」
弥恵子「それは・・それはそうだけど」
聡「あげるよ」
弥恵子「あげるよって・・」
聡「住みなよ、ここに・・」
弥恵子「聡さんはどうするの?」
聡「また作るよ、どっかに自分の家をね」
  と、聡、段ボールハウスの入り口を開けて弥恵子を招く。
聡「ほら、今日からここが弥恵子ちゃんのおうちだ」
弥恵子「い、いいよ、そんなの」
聡「どうして?」
弥恵子「だって悪いじゃない」
聡「悪くはないよ・・」
弥恵子「だって、聡さんの家じゃない、聡さんがせっかく建てた・・」
聡「いいって・・だって今までも何度もこういう家を建てては、失ってきたんだから」
弥恵子「失ってきた?」
聡「撤去されたり、壊されたり、燃やされたり・・」
弥恵子「・・そうか、そうだよね」
聡「大事に使ってくれればいいよ、弥恵子ちゃんがさ」
弥恵子「いいよ、自分で建てるから、私」
聡「やめといた方がいいよ」
弥恵子「どうして?」
聡「自分で建てた家が、ある日、誰かの手で壊されるとか、燃やされることに・・弥恵子ちゃん耐えられる?」
弥恵子「・・・・そうか」
聡「例えば、弥恵子ちゃんがマンガを描いて、それが誰かに破り捨てられるとしたら、どう?」
弥恵子「そうだね」
聡「燃やされるとしたら、どう?」
弥恵子「それはダメかも・・そうか、自分で建てた物だったら、そういうことにはちょっと耐えられない・・」
聡「かわいい物なんだよね、自分で建てた段ボールの家ってのはさ」
弥恵子「それはそうだよね。それもわかるよ」
聡「でも、そうやってかわいい家を壊されても、火をつけられても、俺は、大丈夫だよ・・だからやっていられる・・また建てようと思う。だって建てないとさ・・住むところがないからね」
弥恵子「なんで・・どうして、そういうことをするのかなあ・・壊したり、燃やしたり」
聡「わかんないねえ、それは・・わかりたくもないけどね、そういうことをする奴らの気持ちなんて・・少なくとも俺はそういうことをやらないからね」
弥恵子「作品なんだよね、これは・・一つのさ」
聡「そうだよ、どっからどう見ても作品だろう」
弥恵子「そうか・・買ったマンションなら人にあげられるけど、作った段ボールの家は・・全然違うね・・そういうのとは・・きっと」
聡「な、そうだろう」
弥恵子「壊しちゃダメだよねえ」
聡「そういうこと・・(と、別の住宅情報のページを破り)これなんか、どう? 家賃二十三万だけど・・ベランダが八畳だって」
弥恵子「ベランダ八畳・・」
聡「この段ボールハウスが八個入るよ」
弥恵子「ベランダに?」
聡「そうそう・・」
弥恵子「聡さん、うちのベランダに住めば?」
聡「この八畳のベランダに?」
弥恵子「段ボールハウスごと引っ越してくればいいじゃない?」
聡「なんで俺がおまえに敷金礼金と家賃三ヶ月分を貸して、そのベランダに段ボールハウスを建てて住まなきゃなんないんだよ」
弥恵子「そうか・・」
聡「そうだよ」
弥恵子「そうかな? なんか、どこで今、納得していいのか分かんないよ」
聡「いいから、一緒に不動産屋さんに行こう」
弥恵子「え? 本当に?」
聡「本当、本当」
  暗転していく。
弥恵子「お金は・・」
聡「貸す・・でも、返せよ」
弥恵子「うん、わかった」
聡「そんなに余裕があるわけじゃないんだからな、俺も・・わかるだろ」
弥恵子「いや、わからん・・全然わからん」
聡「まあ、そういうことだよ」
  暗転。