第64話  『百年の孤独』




  柳沢タツの家。
  喪服を来ているタツ。
  その側で、やはり喪服を着た未知がうろうろしている。
未知「数珠は?」
タツ「持ったわ。ほんなもん、持たんで行ってなにしに行くだ」
未知「ハンカチとかは」
タツ「あ、忘れたわ」
未知「香典の袋、はい、買ってきたから」
タツ「入れといて」
未知「入れといたから」
タツ「わしの名前、書いといて・・」
未知「名前・・名前か・・名前ペンは?」
タツ「抽斗の中にあったけどが・・」
未知「抽斗?」
タツ「こないだ捨てたったわ」
未知「どうするの? じゃあ」
タツ「ほなこといったって・・書けへんようになってまったもん、仕方あらへんでないか」
未知「じゃあ、ボールペンでいいよね」
タツ「なんでもええ・・」
未知「カラタチ姉さんのカラタチって本名なの?」
タツ「ほうだわ」
未知「カラタチか・・」
タツ「花の名前だわ」
未知「カラタチの花っていうもんね」
タツ「ほお、ほんなことを未知でも知っとるか」
未知「知ってるよ・・もう、なんにも知らないと思ってるんだから」
タツ「カラタチなんていう名前はなあ、ハイカラだったろうなあ・・あの時代だでなあ」
未知「幾つだったの?」
タツ「百三・・だ、言っとった」
未知「百・・三?」
タツ「百三歳だわ」
未知「百・・三歳」
タツ「ほうだて」
未知「百歳って・・すごいねえ」
タツ「よう生きたわ」
未知「え、ちょっと待ってよ・・百三って・・ことは、昭和・・」
タツ「明治」
未知「明治か・・」
タツ「わしが大正だでな」
未知「私は昭和」
タツ「んなこと誰も聞いとれせんわ」
未知「この子らは平成」
タツ「おお・・ほうだな・・平成の生まれか・・おまんたらは・・」
未知「え・・じゃあ、今が二千三年だから、百三引くと・・千九百・・千九百年?」
タツ「ほういうこったわ」
未知「千九百年生まれか・・」
タツ「ほうだわ」
未知「すごい・・すごいなあ・・千九百年か・・ウオルト・ディズニーとかと同じくらいの年なんだ」
タツ「ウオルト・ディズニーな」
未知「ディズニーランドを作った人」
タツ「おお・・」
未知「マンガの映画をいっぱい作った人・・『白雪姫』とか『眠れる森の美女』とか『ピノキオ』とか・・」
タツ「おお・・未知をよう連れてたったわ」
未知「うん・・お兄ちゃんと一緒にね」
タツ「カラタチ姉さんには・・よお遊んでもらったぁ」
未知「うん・・行かないとね、お葬式」
タツ「行きたないわ」
未知「またあ・・」
タツ「行きたない・・」
未知「はいはい・・行くよ」
タツ「だいたいカラタチ姉さんは和菓子目当てだったでな。わしと遊んで、そのお礼に和菓子もらって喜んどったんだで」
未知「そんな事もういいじゃない・・」
タツ「あの頃、和菓子屋の娘いったら、もう、もてもてだったでな。引く手すまただったわ」
未知「引く手すまた?」
タツ「ほうだて」
未知「引く手はあまたでしょう」
タツ「ほうだったか?」
未知「すまたってなによ、すまたって」
タツ「まあ、そういうことだわ」
未知「最近は・・いつ会ったの?」
タツ「会っとれせん」
未知「どれくらい?」
タツ「わっかれせん・・だいたい顔見るとわしのこと怒っとったでなあ」
未知「なんでおばあちゃん怒られるの?」
タツ「知れせんわ。向こうが怒っとるんだで」
未知「なんかするから怒られるんでしょう」
タツ「なんもしとれせんわ・・なんもしとらんのにだな(カラタチ姉さんの口調で)タツちゃんはまあ・・昔っからほうだでー、ゆって」
未知「昔っから、どーなの?」
タツ「知れせんゆっとるの」
未知「話進まねー」
タツ「昔っからだで」
未知「昔からって・・どれくらい昔なの? 日露戦争の頃?」
タツ「生まれとりゃせんがや、日露戦争の時みたい」
未知「ああ・・まあ、日露戦争がいつあったかってのも知らないんだけどね・・日露戦争と応仁の乱がどっちが先かも知らないからさ」
タツ「アホか」
未知「アホでーす」
タツ「たわけだでかんわ・・日露戦争が始まったのはカラタチ姉さんが、国民学校入る前の頃だで」
未知「生きてたんだ・・」
タツ「姉さん・・顔見たらなにを言ったったらええだ」
未知「うーん、そうねえ」
タツ「なにがええかな・・」
未知「おばあちゃん・・」
タツ「なんだ?」
未知「死ぬのってさ・・」
タツ「うん?」
未知「・・怖い?」
タツ「ほうだなあ・・」
未知「(答えを待ってる)・・・・」
タツ「怖いゆうかなあ・・」
未知「うん」
タツ「嫌なもんだわな・・自分が死ぬゆうのを考えるのもだな、人が死んだゆうのを聞くのもだな」
未知「・・そうか・・そうねえ」
タツ「人はあれだな」
未知「ん?」
タツ「人はなんで死ぬんかな・・ずっと生きとったらええのに・・年とるのはええわ・・だけど、なんにも死ぬこたぁれせんだろ・・みんな、みんな生きとったらええわ・・」
未知「でも、人が死ななかったら、地球は人で溢れちゃうじゃない」
タツ「溢れて、なにが悪い・・」
  タツ、楽しそうに笑う。
タツ「溢れとりゃええ・・溢れとりゃ・・」
未知「うっとおしいよ・・」
タツ「ほかな」
未知「そだよ」
  タツ、また笑った。
タツ「みんな生きとったらええわ・・」
  間。
タツ「いろんなことを忘れるし・・新しいことは憶えれんようになってまったけどが、カラタチ姉ちゃんと遊んでまった事は、今でもはっきり憶えとる。姉ちゃんが摘んでくれた花の色も、色あせることなく、わしの中に残っとる。花の香りも、周りの景色も・・雲の色も・・姉ちゃんが言ったわ。これみんなタツちゃんにあげる言って・・姉ちゃんの顔が近づいてきて、髪の毛の匂いがした。大人の女の人の匂いだと思ったわ。わしもいつかこんな大人になれたらええなあ思って。わしはどんな大人になるんだろう、そん時、そう思ったわ。誰と結婚して、どんな子供が生まれて・・どこに住むんだろう・・って」
未知「こんな孫が生まれるなんてね」
タツ「ほだわ」
未知「曾孫が同時に二人生まれるなんてね」
タツ「ほんとだわ、思いもよれせんかったわ」
未知「だよねえ」
タツ「ほんとに・・双子て」
未知「健太郎と康太郎だよ」
タツ「この子らも、やがて大きなるわ」
未知「すぐだよすぐ」
タツ「いつまで、見とれるかな・・わしは」
未知「へへへ・・どこまでかね・・」
タツ「わしは、いつまで生きるだ・・」
未知「それは、誰にもわからないよ・・」
タツ「ほうだな」
未知「そうだよ」
タツ「行きたないわ」
未知「行くよ、行くからね」
タツ「なにを言ったったらええだ」
未知「なんて言ってあげるといいかねえ」
タツ「ほうだろう・・」
未知「やっぱりあれかなあ・・遊んでくれてありがとうね・・なのかなあ」
タツ「ほうだな・・やっぱり遊んでもらって嬉しかったでなあ・・」
未知「今更さあ・・なんか気取ったこと言ってもさあ」
タツ「ほだな・・」
未知「ほうよ、ほうよ」
タツ「ほだわ・・怒られて嫌だったいって、最後に言ってもなあ・・まぁちぃと女の子らしゅうせないかんぞいって、よう怒られたけどが・・」
未知「もう、怒られることもないねえ」
タツ「ほだな」
未知「ねえ・・」
タツ「ほれは、あれだな」
未知「なあに?」
タツ「寂しいなあ・・」
未知「ああ・・ねえ・・」
タツ「寂しいなあ・・」
  ゆっくりと暗転していく。