第63話 『のり勉のお見合い』
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お見合い会場の庭。
スーツ姿のベンちゃんがかしこまっている。
その側にやはり正装した遠坂。
勉「いや、あとはお若い者同士でって・・本当に言うんですね」
遠坂「ああ・・ですねえ」
勉「いやあ、緊張しますねえ」
遠坂「やっぱり、いろんな人の目があると・・」
勉「緊張しますね・・」
遠坂「人にじろじろ見られるのって・・慣れてないじゃないですか」
勉「ああ・・そうですよね、普通はね」
遠坂「勉さんは・・何度か御経験が・・」
勉「あ、僕ですか・・僕は・・ん・・まあ、・・」
遠坂「足痺れちゃうかって、そればっかり心配で・・」
勉「足ね・・ずっと正座でしたもんね」
遠坂「大丈夫でした? 足」
勉「あ、僕は・・正座とか慣れてるんですよ」
遠坂「へえ・・珍しいですね、正座になれているなんて・・私、普段仕事は椅子ですから」
勉「あ・・図書館の方なんですよね」
遠坂「司書です」
勉「あの・・もっと楽にしてくださって構いませんよ、いや、ほんとに」
遠坂「はい、ありがとうございます」
勉「こういうお見合いで本当に結婚までいく人っているんですかねえ」
遠坂「まあ、いるから・・このお見合いっていうのがなくならないんでしょうけど」
勉「どうしても違和感があるんですよね?」
遠坂「違和感? お見合いに?」
勉「ええ・・恋愛して、結婚してってのが、やっぱりいいなって思うじゃないですか」
遠坂「お見合いはでも、出会い・・なんじゃないですかね」
勉「出会い」
遠坂「出会って、恋愛が始まるって・・だから、見合い結婚も恋愛結婚もみんな最後は恋愛結婚でないと」
勉「ああ・・そうなのかな・・そうですよね」
遠坂「だって・・見合いであろうが、恋愛であろうが、結婚に恋愛がないとねえ」
勉「それは寂しいですよね」
遠坂「寂しいですよね」
勉「どうも、今日は楽しかったです。お会いできて・・」
遠坂「いえいえ、そんなこちらこそ・・」
勉「いや・・お話できて充分満足です」
遠坂「そんな・・」
勉「え?」
遠坂「そんな、断られるって決めつけたような・・」
勉「いや・・そんなわかってますよ」
遠坂「そんな・・もう少し自信を持ってくださいよ」
勉「えー自信ですか? 自信・・やっぱあれっすかね、自信なさそうに見えますかね」
遠坂「うーん・・自信がないっていうのとも、ちょっとちがうかな・・なんていうか、うまく行かない方がいいって・・感じが・・」
勉「え? ええっ? そうですか?」
遠坂「ごめんなさいね、変な事、言い出して。そんなわけないですよねえ」
勉「あ・・いや」
遠坂「相手を探してないんだったら、こんな時間を割いたりしませんものね」
勉「いや、なんていうか・・今までけっこうダメだったんで、つい、つい・・どうしてもそっちで考えちゃって」
遠坂「それはわかりますよ・・私もそうですから・・でも、だからって・・ねえ」
勉「そうですよね、それはそうですよね」
遠坂「ねえ・・」
勉「だいたい、一回会って・・それで・・おしまいってことが多いんで、お見合いってのが、その後どうなっていくのか、知らないんですよ。この後、二回、三回と会っていくのも、やっぱり報告とかするんでしょうかね・・」
遠坂「誰に報告するんですか?」
勉「いや、お見合いの仲人さん・・今日だったら、上村のおじさんとかおばさんに・・今日、先日お見合いをした方とどこそこに行きました、とか」
遠坂「それは・・どうなんでしょう」
勉「でも、こんだけ、なんだかちゃんとお見合いの席をセッティングしてもらって、あとは勝手にってわけにはいかないでしょう」
遠坂「今日、二人でディズニーランドに行きました、とか?」
勉「ああ・・ディズニーランドねえ」
遠坂「私、あの、ディズニーランドに行ったことないんですよ」
勉「あ、そうなんですか」
遠坂「珍しいでしょ、この年でディズニーランドにも行ったことがないなんて」
勉「あ・・いや、そんなことありませんよ」
遠坂「珍しいですよ、ディズニーランドですよ、ディズニーシーじゃありませんよ」
勉「ええ・・ええ・・わかってます・・だって・・あの、あの・・・僕も実は行ったことがないんです」
遠坂「ほんとですか?」
勉「本当です」
逢坂「合わせてくださってます?」
勉「そんなことありません」
逢坂「そうですか・・だったらいいんですけど」
勉「行ってみたいですね・・ディズニーランド」
逢坂「そうですね」
勉「僕の友達がディズニーランドの回り方を教えてくれたんですよ。開園と同時に魅惑のチキルームに走った方がいいとか・・」
遠坂「魅惑のチキルームって、なにがあるんですか?」
勉「いや、なんか面白いところらしいんですよ」
遠坂「へえ・・行ってみたいですね」
勉「まあ、それも、もう一度お会いすることがあればですけどね」
遠坂「またそんな・・」
勉「お家柄が良すぎて・・とか決まり文句で来るんですよ」
遠坂「あるみたいですね、決まり文句は」
勉「家柄が良すぎてって・・お断りされたら・・笑っちゃうなあ・・」
遠坂「どうしてですか?」
勉「(自嘲して)だって、僕のどこをどう見たら、家柄が良すぎるんですか・・家柄がよすぎるって・・ははは」
遠坂「お家柄はよろしいじゃないですか・・だって、江戸時代から続いている質屋さんの跡取りなんですから」
勉「ああ・・ねえ」
遠坂「四百年も、ずっと・・」
勉「先祖代々、ずっと質屋ですからねえ」
遠坂「それはあれですか、やっぱり、勉(つとむ)さんは、他の職業に就くことは許されないってことなんですかね」
勉「いや、そうでもないんですけど・・」
遠坂「でも、跡取りの一人息子でいらっしゃるし・・」
勉「質屋ですよ・・あんまり・・ねえ・・きゃーきゃー言われるってもんでもないですからねえ・・それに質屋には向いてないんですよ」
遠坂「質屋さんに向き不向きというのがやっぱりあるんですか?」
勉「・・最近の質屋ってあれなんですよ、女性のハンドバックとかポーチとかの種類とかわからないとダメなんですよ」
遠坂「ああ・・そういうブランド物が質草に」
勉「ええ・・そうなんです。でも、僕、ダメなんですよ。どんなバック見ても全部同じに見えるんです」
遠坂「そういうのがわからないとダメなんですか」
勉「えっとこれはヴィトンのソーミュールで、こっちはブーローニュGM。型番 五一二六ゼロ。これは・・今はもう廃盤ですからねえ、入手困難なんですよ、GMサイズですからねえ。これから先新品にはお目にかかる事はないですねえ、とか・・」
遠坂「やっぱ詳しい・・」
勉「いやいやいや・・」
勉「エルメス、バーキン三十五センチ ・・って販売価格が九十八万円だったかな・・あれ、九万八千円だったかなって、やる気ないんですよ、ここでも、もう。偽物も見分けられないし・・僕一人じゃ、店を任せられないって・・しっかりしたカミさんがいないとって・・それでお見合いしろ、しろって、親戚筋がうるさくて・・最近盆と正月はずっとその話」
遠坂「それってあれですよね、その質屋さんが続いていくために、お嫁さんが必要ってことなんですか」
勉「そうなんですよ。一言で言うとそうなっちゃうんですけど、それって、ものすごく、失礼な話じゃないですか・・二十一世紀の考え方じゃないですよね、うちはまだ、どっかで千六百年に創業したときの考え方が残ってるんですよ。そんなのは、お嫁さんに失礼な話ですよね」
遠坂「(曖昧に)ええ・・・」
勉「だからね・・だから・・今回の見合いで、質屋の嫁でもいいって人を見つけるようにって・・そんな人、見つかるわけないじゃないですか・・ねえ・・そんな人いませんよ。そういう事情をもし知ったら、お嫁さんなんて来るわけないじゃないですか」
遠坂「でも、よく聞く話ですよ」
勉「そうですか? そうなんですか?」
遠坂「そういうお話、前にも何件かいただいたことあります」
勉「そうですか」
遠坂「ええ」
勉「それでどうしました?」
遠坂「(あっさりと)お断りしましたよ、もちろん」
勉「ですよね」
遠坂「ええ・・それはちょっと嫌じゃないですか」
勉「嫌、ですよね」
遠坂「それで・・今回、見つからなかったら、どうなるんですか?」
勉「諦めるでしょう」
遠坂「四百年続いた質屋さんがなくなる?」
勉「いや、オヤジの弟が継ぎたがってるんで、たぶん、そっちですね・・やっぱりまず、本家の長男がってのがあるんで・・それで、手を尽くしたけどって・・聞けば聞くほど嫌な話でしょう」
遠坂「いや、よくありますよ・・」
勉「よくあるんですか? そういうの? 家だけかと思ってた」
遠坂「年がいくと条件が増えて来るんです、親のこととか、いろいろ・・だから、その条件を呑んでくれる人を捜さなきゃなんないし、そういう条件を呑んでくれる人にもまた、けっこうやっかいな条件があったりするもんですよ」
勉「へえ・・」
遠坂「だから、そういうのが段々増えてきて、私もあれこれ試してはみてたんですけど、もう結婚はいいかなって・・思ってたんですよ」
勉「ええ・・」
遠坂「あの・・実は、私もさっきの席で・・・言い出せなかったことがあるんですけど」
勉「え? なんですか・・」
遠坂「びっくりしません?」
勉「いや・・話を聞いてみないと・・(だが、思い直して)えーっ、いや、大丈夫です。話してください。びっくりしません」
遠坂「私達、今日が初対面じゃないんですけど」
勉「ええっ!」
遠坂「びっくりしました?」
勉「びっくりしません!(が、相当びっくりしている)」
遠坂「びっくりしてますよ」
勉「いや・・・ええ? ええ? いつどこで? どういう・・シチュエーションで?」
遠坂「どこでしょう?」
勉「だって、図書館の司書さんでしょう?」
遠坂「そうです・・図書館、行きませんか?」
勉「行きます」
遠坂「よく、返却期限を越しちゃってから、返しにいらっしゃったりしません?」
勉「します・・・します・・・します、します・・(改めて驚く)ええっ! ええっ! いましたか? 図書館に」
遠坂「(頷いて)図書館司書ですから・・図書館にいますよ」
勉「そうですよね、図書館司書ですもんね」
遠坂「いつも・・落語の本、リクエストして・・」
勉「ええ・・ちょっと、全集とかは高いんで、手が出ないもんで」
遠坂「いつもすごい謝るじゃないですか? すいませんでしたって・・」
勉「なかなか二週間じゃ・・やっぱり」
遠坂「そういう時は、一度返しにいらして、また借りればいいんですよ」
勉「え? ええっ? 同じ本を二回借りてもいいんですか?」
遠坂「(頷いた)・・・」
勉「ええ、そうなんですか? 1冊の本は一回限りだと思ってたんで・・だって、借りる時、コンピューターでピッ! ピッ! ってやるじゃないですか、あれはてっきり・・」
遠坂「関係ないです、それとこれとは・・」
勉「ああ、そうなんだ・・全然知らなかった・・誰も教えてくれなかったし・・」
遠坂「相手の男性の方よって言われて、履歴書の写真を拝見したら・・あ、あのいつもの藤子不二雄キャラの方だ! って」
勉「藤子不二雄キャラ?」
遠坂「ええ・・あの、図書館の職員の間でいっつもいらっしゃる方に、勝手にあだ名をつけていて・・毎月、月刊へらぶなを真っ先に読みにいらっしゃるおじいちゃんをへら爺とか・・」
勉「月刊へらぶな」
遠坂「釣りの好きな方の雑誌でそういうのがあるんですよ」
勉「月刊へらぶな」
遠坂「あと、絵本作家の五味太郎さんが好きなおばさんとか・・」
勉「それはひょっとしてゴミおばさん?」
遠坂「そうです、よくわかりますね」
勉「それはまあ、まんまですから」
遠坂「やっぱり・・」
勉「やっぱりって・・」
遠坂「でも、失礼ですよね、ゴミおばさんなんて・・音だけ聞いてたら」
勉「それで、僕は・・」
遠坂「あ、藤子不二雄キャラの方だ! って」
勉「なんですか、その藤子不二雄キャラってのは・・なんとなくはわかるんですけど」
遠坂「ん・・なんていうか、藤子不二雄のマンガに出てくるどのキャラクターってわけでもないですけど、どのキャラクターにも似てるっていうか・・マンガのどこにでて来ても違和感がないって・・」
勉「やっぱりそうですか」
遠坂「いや、あの、私だけじゃないんですよ、みんなが言ってるんですよ」
勉「だから余計にって気持ちなんですけどね・・それはあれですかね、喜んでいいんですかね」
遠坂「落語の本ばかり借りていかれますよね」
勉「・・どうしてそれを?」
遠坂「図書館の司書ですから」
勉「そうか・・そうですよね」
そして、遠坂、丁寧に包装された一冊の本を取りだす。
遠坂「あの、これ」
勉「なんですか、これは?」
遠坂「その・・四十日延滞していた本です・・今日、お会いしたら、どっかのタイミングでプレゼントしようと思って・・」
勉「僕に?」
遠坂「ええ・・あの時、言ってらした言い訳って憶えていらっしゃいます?」
勉「あ・・いや・・なんか、またあれですよね、必死に謝ってたんですよね」
遠坂「そうです・・この本、ゆっくりじっくり、真剣に向き合って読んでいたら、時間かかっちゃって・・お返しすることができなくてすみませんって・・」
勉「あ、そうかも、そんなこと言ったかも」
遠坂「ゆっくりじっくり、真剣に向き合って読んでたら時間かかっちゃって・・ってそんな事を言われたら、図書館司書冥利につきるってものですよ」
勉「ああ・・そうですかねえ・・そういうもんですかねえ」
遠坂「読み終わるまで四十日って・・どういうふう真剣に向き合うと四十日かかるんですか?」
勉「読み終わるっていうか、憶えるんで、ちょっと時間かかるんです」
遠坂「本、一冊?」
勉「ええ・・話を」
遠坂「本、一冊分?」
勉「あの・・僕は、質屋ではなくて落語家になりたくて・・勉強っていうか、修行をしているんです」
遠坂「落語家・・」
勉「ええ・・それで、落語家が噺を知ってないと、話にならないですから。僕はあの・・ほかほか亭のり勉っていいます。僕の勉(つとむ)っていうのは勉強のベンなんで、ひらがなの『のり』に勉強のベンでのり勉」
遠坂「のり勉・・・さん」
勉「そうです。兄弟子にキムチ丼兄さんとか、生姜焼兄さんとかがいまして・・・すいません、なにか、騙したみたいで、失礼なことばっかりで・・」
遠坂「・・・・・そうすると」
勉「(怒られるのは覚悟で)はい!」
遠坂「師匠は幕の内だったりするんですか?」
勉「いや、師匠は蓬莱亭金丈師匠(ほうらいていきんじょうししょう)って言います」
遠坂「でも、弟子はほかほか亭なんですか?」
勉「ああ、こういうのはですね、まず名前で笑ってもらったりした方が、話をつなげやすいんですよ。のり勉って変な名前ですね。って言われたら逆にこっちのもんなんですよ」
遠坂「話の糸口になるんですね」
勉「そうです。これはそういう師匠の弟子に対する思いやりの一つなんですよ」
遠坂「へえ・・」
勉「こののり勉って名前でどんだけ今まで助かったか・・」
遠坂「落語家さんっていうのは、普段、なにで生計を立ててらっしゃるんですか?」
勉「そうですね、結婚式の司会とか、イベントの司会とか、ローカルのテレビのリポーターとか・・」
遠坂「落語は・・」
勉「一番お金になりませんね、今のところは・・」
遠坂「そうですか」
勉「もちろん、今のところは・・ですけど」
遠坂「ええ・・ええ・・」
勉「あの、今、なにを考えていらっしゃいます? あの、もしも、怒ってるのなら・・言ってください・・」
遠坂「でも、いいじゃないですか、夢があって・・」
勉「夢、夢ですか・・」
遠坂「ねえ・・私、そういうのもなく生きてきちゃったからなあ」
勉「夢・・夢なのかなあ・・」
遠坂「その落語家さんはお嫁さんの募集はしてないんですか?」
勉「してます・・絶賛募集中です・・」
遠坂「ああ・・よかった」
勉「よかったって・・なにが?」
遠坂「いや・・いやいやいや・・」
勉「え? あの、どういうことですかね?」
遠坂「魅惑のチキルームはいつ行きましょうか?」
勉「いつでも」
遠坂「いつにしましょうか・・」
勉「あ、その前に」
遠坂「え?」
勉「あの・・寄席に来てもらえませんか?」
遠坂「寄席?」
勉「近々、僕、新作つくって高座にかけますから」
遠坂「へえ・・素敵」
勉「いやいや・・」
遠坂「素敵じゃないですか、それ」
勉「その素敵っていうのは、高座の僕を見てから言ってください」
遠坂「あ・・そういう生活っていいかも・・昼間は図書館で静かにしてください、とか携帯は外で、とか言って、夜は落語・・なんか、そういうのでも、いいんだよな、ほんとは」
勉「いいですよね、そういうの」
遠坂「いいよね」
勉「いいんですか、ほんとに」
遠坂「いいんじゃないの」
勉「僕はいいけど・・すごくいいけど・・え! え! え!」
遠坂「そういうのでもいいってなんで今まで考えなかったんだろう」
間。
勉「ちなみに落語家さんっていうと一般の人はどういうイメージがあるんですかね」
遠坂「落語家さん・・・落語家さんですか?」
勉「ええ・・」
遠坂「ラーメン食べているとか」
勉「ああ、木久蔵師匠ね」
遠坂「あ、そうそう」
勉「尊敬してます」
遠坂「あとは・・ペヤングとか」
勉「ああ・・志の輔師匠。尊敬してます」
暗転していく。
遠坂「人のお宅のおかずを見に行く」
勉「ヨネスケ師匠ですね。尊敬しています」
遠坂「『三匹が斬る』の・・」
勉「小朝師匠ですね。尊敬しています」
遠坂「『笑点』の黄色い着物の人も好きです」
勉「それも・・木久蔵師匠ですね。尊敬しています」
遠坂「ニキニキニキニキ、二木ゴルフの」
勉「こぶ平師匠ですね。尊敬しています」
暗転。