第六十二話  『草野球ですってば!!』


         

  明転すると龍之介の部屋。
  背を向けて電話している龍之介。
  その龍之介を見守るようにして初美がいる。
龍之介「はい・・え、もう一度すいません、お願いします。はい、朝、六時から昼の十二時までの二時間の料金が三十五万円。はい、それで、十二時から夜の八時までの間の二時間が、四十五万円・・・ですね。はい、はいわかりました。どうも突然すいません。ちょっとこちらでも検討してみますんで、はい、はい、決まりましたらこちらから御連絡差し上げます、はい、はい、よろしくお願いしますぅ・・はい」
  と、受話器を置いた。
  しかし、龍之介、なかなかこちらを振り返ろうとはしない。
  しびれを切らした初美が、
初美「どお?」
龍之介「ん?」
初美「どおなの、龍ちゃん」
龍之介「今、聞いてたろ」
初美「ん、まあ」
龍之介「朝の六時から昼の十二時までのうちの二時間が」
初美「三十五万円」
龍之介「そう。それで昼の十二時から夜の八時までのうちの二時間が」
初美「四十五万円」
龍之介「そお」
初美「できそうじゃない」
龍之介「うん・・・不可能ではない」
初美「できるってことでしょ」
龍之介「いや」
初美「え、なんで?」
龍之介「不可能ではないってことは、可能ってことでもないんだよ」
初美「なに言ってるの?」
龍之介「あのね、不可能ではないの」
初美「できるってことじゃない」
龍之介「可能とは言ってない」
初美「なに言ってんの?不可能じゃないってことはできるってことでしょう。やろうよ、ねえ、やろうよ、私だってやってみたいよ」
龍之介「俺もやってはみたいけどさあ」
初美「やりたいよ・・東京ドームで結婚式」
龍之介「ねえ」
初美「・・やろうよ、やりたいでしょ」
龍之介「やりたいよ」
初美「やろうよ」
龍之介「いや、だからちょっと待て」
初美「え、やだ」
龍之介「やだってなに、やだって」
初美「だって、今まで充分待ったもん。もういいでしょ、結婚式やろうよ。私、来年で三十代終わっちゃうんだよ」
龍之介「うん・・うん・・そうだね、そうなんだよね、それはわかってるんだけどね」
初美「婚期逃したのは、あなたのせいだなんて言わないからさあ」
龍之介「言ってるじゃない」
初美「言ってないよ」
龍之介「え、言ってるじゃんよお。そおやって言わないけどさあって言って言ってるじゃない」
初美「だって言わないとわかんないじゃない」
龍之介「わかってるよ、そんなことは」
初美「わかってるんだったら結婚式やろうよ。すっごいじゃん。東京ドームだよ。どうするどうする?友達いっぱい来ちゃうよ」
龍之介「喜ぶのはまだ早いって、まだまだ、ものすごく早いって」
初美「なんで?だって朝の六時から昼の十二時までが三十五万なんでしょ」
龍之介「そう」
初美「どっちがいいの?」
龍之介「どっちって?」
初美「私は昼十二時開始とか、二時開始とかがいいなあ。三十五万と四十五万でまあ、十万しかちがわないし」
龍之介「ん・・・」
初美「昼の方が友達呼びやすいでしょう?」
龍之介「そりゃ、どっちかっていったら昼の方がいいよ」
初美「ね、だよね、だよね、だよね、だよね、だよね」
龍之介「うっさぃよ」
初美「(まったくめげない)じゃあ、昼開始に決まりね」
龍之介「いや、だからちょっと待てって」
初美「待てないよ、こんなのね、端からもうバンバンバンバンバンバンバンバン決めていかないと、なにも決まらないんだから。そりゃね、人それぞれ好き嫌いはあるよ。でもね、そんなねえ、みんながみんな納得する式なんてできないの、ね。いいでしょ、二時間で四十五万。普通のさ式場だって、料理とか引き出物とかその他のオプションとか引いていったら、会場費ってそんなもんなんじゃないの?だいたい今、八十人呼ぶと百五十万くらいでしょ。いいじゃない四十五万で十万人来てもいいんだから、うわ、そう考えるとすごいお得!」
龍之介「ちがうよ」
初美「そんなもんだよ、今、結婚式の相場って」
龍之介「ちがうの・・ちがうって言っている場所がちがうの・・あのね、昼から夜に賭けて確かに東京ドームは四十五万なの」
初美「うん」
龍之介「ただし」
初美「うん」
龍之介「草野球にかぎる」
初美「うん」
龍之介「うんって・・わかってる?俺達がやりたいのは草野球じゃないでしょう」
初美「結婚式」
龍之介「でね、結婚式とかはイベント扱いになるんだって」
初美「イベント?」
龍之介「人生のイベントでしょ」
初美「そう・・だけど」
龍之介「でね、東京ドームは草野球にも貸すけど、そういうイベントにも貸すでしょ。中古車市場とか、蘭の世界展とか」
初美「ラン?」
龍之介「蘭、花の蘭」
初美「ああ」
龍之介「鯉の大会とか」
初美「コイ?」
龍之介「魚の鯉、池の鯉」
初美「ああ」
龍之介「ね」
初美「お麩食べるやつ・・こう口、ぱくぱくして・・赤い斑点の・・」
龍之介「(本題はそこではないのだが)・・ん・・ん・・それでね、そういうイベントになると東京ドームのレンタル料がね、違ってくるんだって」
初美「いくら違うの?まあ、この際だからちょっとぐらい高くてもさ・・払うけど」
龍之介「払えないよ」
初美「え、いくら、いくら、いくら?」
龍之介「三千万」
初美「え?」
龍之介「三千万」
初美「・・・チョー」
龍之介「・・・・」
初美「・・・・」
龍之介「・・・チョーなんだよ」
初美「チョー」
龍之介「だからチョーの後には普通なんかつくだろう。チョー高いとかさ、チョーむかつくとかさ」
初美「三千万?」
龍之介「そう」
初美「なんで?」
龍之介「イベントだから」
初美「なんで?だって草野球に四十五万で私達には」
龍之介「三千万」
初美「なんで?ちょっとさ・・ちょっと不条理よねこれって」
龍之介「元々野球やるところであって式場ではないからねえ」
初美「にしてもよ、でもさ、でもさ、でもさあ・・」
龍之介「なに?」
初美「それってひどくない?」
龍之介「ね、だから言ったでしょ、可能かって言われるとね」
初美「でも不可能ではないっていったじゃない」
龍之介「不可能でもないでしょ」
初美「どうして?」
龍之介「だって、三千万は払えないけど、四十五万なら払えるわけでしょ」
初美「・・・(頷いて)うん」
龍之介「ね、払えるよね」
初美「でも、それは草野球なら、でしょ」
龍之介「草野球だったらいいんでしょ」
初美「草野球ならね」
龍之介「草野球だって言い張ればいいじゃない」
初美「あ!その手があったか!」
龍之介「途中で文句言われても、なに言ってるんですか、どっからどう見ても草野球じゃないですかって」
初美「そうだよ、それだ、龍ちゃん頭いい!」
龍之介「そうだろ、おまえ(頭が)カチカチってな」
初美「カチカチ?」
龍之介「頭のコンピューターが回転している音」
初美「小ネタはいいの、どうやって草野球だって言い張る?」
龍之介「とにかくね、普通の結婚式でやるようなことはみんな盛り込む」
初美「草野球に?」
龍之介「もちろん」
初美「で・・できるの?」
龍之介「そうじゃなきゃ親族とか友達とかさ、なんのために集めたかわかんないじゃない。ほんとに草野球見にドーム来てもしょうがないでしょう」
初美「そりゃそうなんだけどね」
龍之介「あくまでも結婚式ね」
初美「うん・・うん・・」
龍之介「終わった後、みんなに、いいお式でしたねって言われるようなね」
初美「そうそう」
龍之介「まずね、(自分を示し)ユニフォームに柳沢家(け)って入れる。で柳沢家(け)とは読ませない。や、って読ませる。そういうチーム名。柳沢家(や)」
初美「吉野家みたいなもんだ」
龍之介「そうそう。もうそこでなにか言われたら、吉野家だってそうでしょう」
初美「とにかく細かいとこでも突っ込まれた時のことを考えておかないとね」
龍之介「そうそう」
初美「うちはじゃあ長谷川家」
龍之介「そういうこと。ね。それで柳沢家(や、以下同)は一塁側」
初美「うちの親戚は三塁側?ああ、なんかいい感じだね」
龍之介「いいだろ、いけそうだろ、それで結婚式場でいうと前の方の席の人、いるでしょ、近い親戚とか、大事な人、これはベンチ入り」
初美「九人まで?」
龍之介「補欠とか入れたら、十五人くらいまでは席があるんじゃないか」
初美「ああ、そうか」
龍之介「カチカチってね」
初美「それでそれで?」
龍之介「俺がピッチャーで君がキャッチャー」
初美「え、私、柳沢家のチームなの?」
龍之介「当たり前だろ、だって柳沢家に嫁入りするんだろ」
初美「そうか、そうだよね」
龍之介「キャッチャーってピッチャーの女房役だろう。女房役を女房になる初美ちゃんが勤める」
初美「うわ、すごい」
龍之介「な、すごいだろ、今、思いついた割にはすごいだろ」
初美「すごいすごい」
龍之介「カチカチってね」
初美「もうカチカチはいいよ」
龍之介「それで最初にホームベースの所に両家が並んで」
龍之介・初美「よろしくお願いしまーす」
初美「審判が仲人ね」
龍之介「そうだね、そうでないとね」
初美「誰に頼むの?」
龍之介「え?」
初美「仲人、誰に頼むの?結構大変かもよ、事情がわかってて、全部仕切れる人でないと」
龍之介「そんなの後でいいよ」
初美「マッキン君は?」
龍之介「マッキン?なんで?」
初美「だって、野球部だったでしょ、中学高校と」
龍之介「いや、俺らがやるのは野球じゃなくて結婚式だよ」
初美「でもさあ、野球知ってる人がいた方がいいんじゃないかな」
龍之介「マッキンと・・誰が仲人なの?」
初美「マチャキ君」
龍之介「もういいって」
初美「いいと思うけどなあ」
龍之介「試合開始でよろしくお願いしまーす。ね、これから親戚づきあいが始まるんだからね」
初美「わかりやすいお式だよね」
龍之介「大丈夫だよな」
初美「うん・・いいんじゃないの」
龍之介「ふっと俺、自分を見失いそうになる時があるんだけど」
初美「大丈夫、大丈夫、それで?」
龍之介「まって、まず普通の結婚式で考えようよ」
初美「普通の結婚式でやることね」
龍之介「そう、普通の結婚式でやることが・・」
初美「全部盛り込まれた・・」
龍之介・初美「結婚式」
龍之介「お客さんの流れだね」
初美「受付はどこに?」
龍之介「ドームの中でご祝儀の受け渡しは」
初美「まずいまずい」
龍之介「草野球にご祝儀はない」
初美「ないない」
龍之介「やっぱり水道橋の橋の上かな」
初美「受付を作るの?」
龍之介「そんなの(と、やってみせる)こんな、こんな駅弁売りみたいな格好で誰か立ってりゃいいんじゃないの?」
初美「おお・・そこで受付をすませて・・スタンド入りする」
龍之介「一塁と三塁に分かれてね」
初美「料理とか、どうする?」
龍之介「せっかく来てくれたお客さんにねえ、料理くらいはねえ」
初美「お弁当とかでも」
龍之介「お弁当くらいは出したいもんだよね」
初美「結婚式だもん」
龍之介「お弁当をどこで」
初美「あ! わかった」
龍之介「わかった? お弁当はどこで?」
初美「受付・・水道橋の上で」
龍之介「おお!」
初美「だって、ほら駅弁売りみたいな格好で立ってるんだよね」
龍之介「そうだよそのまま、渡しちゃえばいいんだよ・・初美ちゃん、頭いい」
初美「かちかちってね」
龍之介「かちかち・・はさ」
初美「それでお弁当を持って・・スタンドに」
龍之介「おかしくはないよね・・草野球の応援で、おなかすいちゃったらさあ」
初美「食べながら見るよね」
龍之介「歌うたうのもありだよね」
初美「歌・・歌は大丈夫なの?」
龍之介「応援合戦」
初美「! あるあるある!」
龍之介「かちかちってね」
初美「かちかち、いいって」
龍之介「スタンドにお客さんがついて」
初美「親族がベンチ入りしたら」
龍之介「いよいよだよ」
初美「いよいよね」
龍之介「式が始まる・・まずは」
初美「愛の誓い」
龍之介「宣誓だ」
初美「宣誓はさ、宣誓すりゃいいんだよ」
龍之介「そうだよね、そこはさ、普通にやればいいんだよね」
龍之介「宣誓!」
初美「二人は病める時も、健やかなる時も」
龍之介「力を合わせて、正々堂々と」
龍之介・初美「幸せになることを誓います」
  と、二人、感動している。
龍之介「いいよね」
初美「いいよね、みんなの前で幸せを誓おうよ」
龍之介「はい、宣誓が終わりましたと」
初美「宣誓が終わって、指輪の交換・・」
龍之介「(ちょっと苦悩する)指輪の交換か・・」
初美「今、二人はこっち向いているよ・・」
龍之介「この状態から指輪の交換・・」
初美「あ、最初から手の中に隠し持っていて(宙で)渡す」
龍之介「あ・・できた、できた・・・」
初美「なんか、ドキドキするねえ・・一つ一つ、願いがかなっていくって感じがねえ」
龍之介「いいよ・・いい感じで来てるよ・・」
初美「宣誓も指輪の交換も終わって」
龍之介「これで夫婦・・になった? なったよね」
初美「うん・・結婚式の式の部分は終わったんじゃない?」
龍之介「あれ? そんなもん?」
初美「そんなもんって言ったら、そんなもんじゃない?」
龍之介「そんなもんか・・」
初美「それから披露宴でしょう」
龍之介「あれ・・ホントに? ホントにそんなもん?」
初美「うん・・」
龍之介「そんなもんか・・そんなもんならさあ」
初美「うん・・」
龍之介「なんでもっと早くやらなかったの?初美「そうだよ・・だから言ったじゃない」
龍之介「うん、言ってたよね」
初美「ずっと言ってたじゃない」
龍之介「ずっと言ってたよね」
初美「なんでしてくれなかったの?」
龍之介「いや、宣誓して、指輪の交換でいいなら・・そんなもんか」
初美「あ、まだあった!!」
龍之介「でしょ、まだあるでしょ、これだけじゃないでしょ、これだけってことはないよねえ」
初美「大事なこと」
龍之介「なに、なに、なに・・なにすれば二人は結婚したことになるの?」
初美「ちゅー」
龍之介「ちゅー?」
初美「そう、ちゅー。誓いのちゅー」
龍之介「誓いのちゅーって」
初美「ちゅーするでしょう」
龍之介「ちゅーか・・ちゅーならしたじゃん、今までいっぱい、いろんなところでさあ」
初美「う・・ん」
龍之介「いろんな時に」
初美「いろんな人とね」
龍之介「・・ちょっとなに、どさくさにまぎれて、初美ちゃんなに言ってんの?」
初美「ちがうの、そういうのじゃないの・・・誓いのちゅーは、今までしたことないような、ちゅーなのよ」
龍之介「もう飽きたよ、ちゅーは」
初美「最低」
龍之介「・・いやいや・・いいよ、いいよ、ちゅーでしょ、ちゅーね、ちゅーすればいいんでしょう?」
初美「そーだよ」
龍之介「そんなちゅーなんか今すぐにだっていいよ、ほら、ちゅー、ちゅー」
初美「ばかじゃないの? 結婚のね、誓いをしてね、それからちゅーなの、そういうちゅーだから意味があるの。今までのそういう、なんていうの、そういうさあ・・」
龍之介「そういうなんだよ」
初美「ちょー」
龍之介「ん・・・」
初美「ちょー」
龍之介「だから、ちょーの後には、普通なにかつけるだろう、ちょーむかつくとかさあ」
初美「ちょー・・とびっきりのちゅーなの」
龍之介「ちょーとかちゅーとか・・日本語じゃないよ」
初美「どうする? どうする? 誓いのちゅーは・・」
龍之介「それは・・できんだろう」
初美「それが一番大事なのよ・・」
龍之介「大事でもさあ・・試合開始前に草野球でちゅーしてるのって見たことある?」
初美「東京ドームだよ・・そんな監視してる人だってほら、わかんないよ」
龍之介「いや、危ないね・・ああいうところはね、セコムがいっぱい防犯カメラ入れて、監視してんるんだよ・・」
初美「そうかな」
龍之介「そうだよ・・声は録ってないかもしれないけどねえ・・もう、あちこちでビデオカメラが回ってたりするもんなんだよ」
初美「じゃあさあ」
龍之介「なに?」
初美「誓いが終わったら、こっち向いてチュッって言って」
龍之介「うん・・」
初美「それでいい、それで私、我慢するから」
龍之介「そう・・」
初美「うん・・・」
龍之介「初美」
初美「なに?」
龍之介「すまないねえ・・なんだか・・」
初美「そんな、なにもかもできないよね・・東京ドームでできるだけでもね」
龍之介「・・初美ちゃん」
初美「なあに?」
龍之介「結婚しようね」
初美「がってんだ」
龍之介「ドームでね」
初美「がってんだ」
龍之介「まだまだ決めなきゃなんないことがいっぱいあるね」
初美「あるね」
龍之介「もう、なにから行こうかね」
初美「お帰りのさいに・・」
龍之介「ああ・・引き出物か」
初美「なににする、引き出物」
龍之介「ここは一つ、ドームならではのものをね」
初美「ドームならではのものってなに?」
龍之介「ドームに来た・・ら」
初美「ドームに来たら」
龍之介「土だよ」
初美「土・・ああ、甲子園でもねえ」
龍之介「引き出物は土・・一人、一握りのね」
初美「あれ?」
龍之介「なに?」
初美「甲子園で・・負けると土をもって帰るんじゃなかったっけ?」
龍之介「ん・・」
初美「そうだよねえ」
龍之介「ん・・」
初美「あちゃー、ここまでか」
龍之介「待て、待て、待てぃ・・ここまでがんばってきたんじゃないの・・そんな引き出物なんかで躓いていてどうするんだよ」
初美「だって・・だって・・」
龍之介「あ、大丈夫だよ・・ここは甲子園じゃないんだから・・」
初美「ああ、そうだよ」
龍之介「東京ドームはお祝いの時に、土を持って帰るの」
初美「そうなの?」
龍之介「そうなの」
初美「いつ決まったの?」
龍之介「今」
初美「いいの?」
龍之介「いいの、先、行こうか」
初美「その土はどうやってお客さんに渡すの?」
龍之介「どうやって渡す?」
初美「どうやって渡すの?」
龍之介「どうやって渡すでしょう? はい、初美ちゃんの番だよ・・」
初美「え? なにそれ?」
龍之介「はい、どうやって渡すでしょう」
初美「順番なの? 考えるの?」
龍之介「うん・・俺、なんかさっきから頭使いすぎて、もうぼーっとして来ちゃったもん」
初美「だって、お客さんはみんなスタンドでしょう・・どうやってグランドに降りてくるの?」
龍之介「ねえ・・」
初美「だって、結局さあ、お客さんがスタンドにいて、私達がグランドにいるままだったら、顔も見ることだってできないでしょう」
龍之介「まあねえ、会っておきたいよねえ」
初美「一生に一度のことなんだからねえ」
龍之介「ん・・」
初美「スタンドの観客がグランドに降りてくることなんて・・」
  と、二人、同時に気づいた。
龍之介「あるよ」
初美「あるよ」
龍之介「誰がどう見てもアウトなのに」
初美「審判はセーフと言い張る」
龍之介「納得できないね」
初美「徹底抗議するんだよ、龍ちゃんが」
龍之介「もうあれだね、怒り心頭に達して、審判をこづいちゃうんだよね」
初美「審判も龍ちゃんをこづき返す」
龍之介「グランドの選手はもちろん、ベンチに座っている親戚達が総出だ」
初美「もちろん、私も駆け寄るよね」
龍之介「もう、グランドの中央でもみくちゃだよ」
初美「声は録ってないんでしょ・・東京ドームの監視装置は」
龍之介「声は録ってないね」
初美「じゃあ、もうみんなどさくさにまぎれて、口々におめでとーとか」
龍之介「幸せになれよーとかね」
初美「でも、ほら、一応ビデオカメラ意識して、顔は怒っててもらわないとね」
龍之介「そう、もう怒りながら笑う人達」
初美「に囲まれて」
龍之介「おめでとぉぉぉ・・ありがとぉぉぉ」
初美「うれしいよね」
龍之介「いいねえ・・」
初美「それでみんな三々五々に土を拾って帰ってもらう。
龍之介「ちょっと、まって」
初美「なに、まだなにかやる?」
龍之介「いや、ちがうの、ちがうの・・あのね、そうやってファンが暴動を起こすのって、サッカーなんじゃないの?」
初美「・・・・野球でもあるよ」
龍之介「あるか?」
初美「あるの」
龍之介「あるかなあ」
初美「あるの、白熱したの、ある、絶対にある。もうねえ、なくてもある」
龍之介「そうだね、もう、そうだよね・・ここまで来たらね・・自分達のたった一度の結婚式なんだから、いろいろね」
初美「オリジナルの結婚式なんだから・・ゼクシイとかに載りたい、載りたい」
龍之介「え? なに、車も買い換える?」
初美「ゼクシイは車じゃないの・・いい、それよりさあ・・あの、ほら、ドームのTV・・」
龍之介「ドームのTV?」
初美「あのドームの後ろのところにある」
龍之介「オーロラビジョン」
初美「選手の顔とかが映るやつ」
龍之介「そうそう、オーロラビジョン」
初美「そのオーロラビジョンは、借りられるの?」
龍之介「まあ、オプションでね・・」
初美「あそこにさ・・二人の馴れ初めとかさあ・・」
龍之介「それはまずいだろう・・それは三千万側だよ」
初美「あるんじゃないかな・・草野球でも選手の紹介とか・・」
龍之介「ん・・そう考えると脈がありそうだな」
初美「ね・・」
龍之介「うん・・選手の紹介としてね・・東京ドームで草野球やるんだから、記念にってね」
初美「あるでしょ、あるよね・・式場代が四十五万なら、借りちゃおうよ、ちょっと無理して、オーロラビジョン」
龍之介「高いかもよ」
初美「だって、三千万がさ、四十五万円だよ、オーロラビジョンだって、普通は三百万くらいしても、私達の草野球なら五万円くらいだよ」
龍之介「そうかな」
初美「そうだよ」
龍之介「よし、じゃあ、あれだ、初美ちゃんが俺と出会う全然前にさ、髪の長かった頃があったじゃな  い」
初美「高校出るか出ないかの頃ね・・」
龍之介「修学旅行の写真」
初美「オーロラビジョンで」
龍之介「じゃあ、俺はあれ、役所に入った頃のカリアゲのさあ・・」
初美「やだ、あれ嫌い・・あんなのオーロラビジョンに出すような結婚式には出たくない」
龍之介「わかった、わかった、いいよいいよあれじゃなくても・・もういい」
初美「これでもう出そろった?」
龍之介「ね・・」
初美「いいんじゃないのお」
龍之介「みんなびっくりするぞお、ねえ、結婚式の招待状が来たか、と思って封筒を開けるよね」
初美「どこでやるんだろうって思うと」
龍之介「もう、こんな、こんな目を擦るよね」
初美「場所、東京ドームって書かれてるんだよ」
龍之介「ありえないよね」
初美「冗談かと思うよね」
龍之介「でも、冗談じゃない」
初美「東京ドームで・・」
龍之介「結婚式」
初美「ありえないけど、冗談じゃない」
龍之介「なにを見せてくれるんだろうって思うよね」
初美「会場までの道もね」
龍之介「わかりやすいからねえ」
初美「だって、ドームだもん」
龍之介「電車から見えるもんねえ」
初美「それで水道橋の上に立っている」
龍之介「こんな駅弁売りみたいに立っているところで」
初美「ご祝儀渡して、受付だ」
龍之介「スタンドに入って、オーロラビジョンに映ってるんだね、初美ちゃんの子供の頃の写真が・・何枚も」
龍之介「最初にバッターボックスに立つのが、長谷川家(や)のお父さんだろ。こう(バットを構える)している間にお祝いの言葉・・ね」
初美「娘、初美のために本日は・・」
龍之介「ね、手塩にかけて育てた娘の数々の写真、そして晴れ姿」
初美「ユニフォーム姿ではあるけどね」
龍之介「泣けるねえ」
初美「いいお式じゃない」
龍之介「(感慨)東京ドームか・・」
  そして、向き直り。
初美「宣誓!」
龍之介「宣誓!」
初美「私達は」
龍之介「私達は」
初美「病める時も」
龍之介「健やかなる時も」
初美「お互いを慈しみ」
龍之介「末永く愛し」
初美「いつまでも寄り添い」
龍之介「一つ屋根の下で」
初美「お互いを信じ」
龍之介「お互いの友達と友達になり」
初美「くよくよせず」
龍之介「笑顔を絶やさず」
初美「なるべく抱きしめてもらい」
龍之介「なるべく抱きしめるようにし」
初美「ようやく結婚できたのだから」
龍之介「約束を果たせてほんとよかったから」
初美「互いの命尽きるまで」
龍之介「共に生きていくことを」
初美「正々堂々と」
龍之介「この東京ドームにご来場いただいた」
初美「スタンドのお客さんに」
龍之介「ベンチの親戚のみなさんに」
初美「グランドの家族のみんなに」
龍之介・初美「・・・誓います」
  間。
龍之介「午後一開始だっけ」
初美「そうそう・・その方が友達とか来やすいし」
龍之介「よし・・」
  と、再び電話の前に行く龍之介。
龍之介「あれ? 東京ドームの電話番号は・・」
初美「リダイヤルすればいいじゃない」
龍之介「初美ちゃん、あったまいい!」
初美「かちかちってね!」
  暗転。