第61話  『校則改正』




  牧野、杉本の高校の職員室。
  スチールデスクが二つ並んでいる。
  その上には大量のアンケート用紙。
  それを仕訳している杉本。
牧野「今回は、とりあえず、一番不評の多いものから・・『食事の前にいただきますを言う』、これと・・(と別の用紙を手に取り)『友達の家に泊まってはいけない』」
杉本「はい」
牧野「(別の紙を取り)『ルーズソックスはたるませない』・・」
杉本「はい・・」
牧野「この三点を校則からはずすってことで、どうかな・・」
杉本「いいと思います。ルーズソックスをぴしっと履いてるのはうちの学校くらいなもんですからねえ」
牧野「嫌なんだろうなあ、ぴしっと履くの」
杉本「だってあれはたるませてこそルーズソックスなわけですからねえ」
牧野「じゃあ、この三点に、決定!」
と、紙を叩きつけるように置く。
そして、
牧野「なんか欽ドンみたいですね」
杉本「(笑って)そうですねえ」
牧野「(も一度やる)さあ、みんなのリクエストが多かった、『食事の前にいただきますを言う。友達の家に泊まってはいけない。ルーズソックスはたるませない』。この三点が、校則から削除されます」
牧野・杉本「決定!」
杉本「あ、待ってください」
牧野「なに?」
杉本「もう一個、気になったのが・・」
と、探して、それはすぐに見つかる。
杉本「これ・・これもおまけで追加していいですか?」
牧野「なにこれは?」
杉本「『トイレットペーパーは一人三十センチまで』」
牧野「ああ、これね・・」
杉本「これは・・これはひどいですよ・・」
牧野「この校則って、なんで今まで残ってたんだろうね・・トイレットペーパーが少ない時代の頃の校則なのかな・・オイルショックの頃とか・・」
杉本「うちの学校の校則には、いらないですよね、これ」
牧野「そうだよねえ・・いらないよねえ」
杉本「ええ、いりませんね」
牧野「じゃあ、これも校則から削除・・」
牧野・杉本「決定!」
牧野「そんなとこかなあ・・」
杉本「あとは・・これはいいんですかね・・検討しなくても」
牧野「え?なに?」
と、覗き込むが、杉本が読んでくれる。
杉本「校則に追加して欲しいって欄に書いてあるんですけど・・(ゆっくり読む)『最後の一人まで殺し合う』」
牧野「なんだよ、それ・・あ、ほんとだ、最後の一人まで殺し合う・・ふざけやがって・・こっちは残業してやってるのに・・」
と、その一枚を脇にやる。
杉本「ダメですね、無記名にすると、こんなふざける奴が出てくるから・・」
牧野「・・こんなとこかな」
杉本「ですかね・・この茶髪禁止反対と、制服の自由化はどうします? 一番多いといえば、一番多い・・というか大多数が茶髪にしたい、制服の自由化を希望するって言ってるんですけど・・」
と、そのバインダーを持ち上げ。
杉本「ほら、こんなに・・生徒の声が」
  牧野、それについて考えているようにも見えるが・・
  やがて。
牧野「・・先生、ちょっと待って下さい」
杉本「え、なんですか?」
牧野「いや、気になるんです」
杉本「え、気になることがまだあるんですか?」
牧野「さっきのなんですけど・・これ・・」
杉本「ああ・・一人になるまで全員で殺し合う・・」
牧野「ええ・・」
杉本「ふざけた奴、見つけますか?」
牧野「いや・・そうじゃなくて・・こいつですね」
杉本「ええ・・」
牧野「こいつはうちの学校の校則になんの不満もないんでしょうかね」
杉本「え、どうしてですか?」
牧野「だって・・(と、他のバインダーを手に取り)みんな、こんなに一生懸命書いてるんですよ・・一生懸命」
杉本「茶髪禁止反対!」
牧野「そう・・こっちは制服の自由化反対。これ、全部読みました?」
杉本「もちろんです。一応は目を通しました」
牧野「みんな、まっとうな事言ってるでしょ」
杉本「ええ・・ちょっとびっくりしました。あれですよね。なんで茶髪がいけないのかって先生に聞くと、校則で決まっているからだっていうけど、なんで校則で茶髪はいけないことになってるんだって聞くと、なんで先生は答えられないんだ? とか」
牧野「あれがおもしろかったなあ・・集団生活のためにと言われたけど、集団の中で個性的でありたいから、茶髪にしたい。無人島で一人っきりなら、今の校則でも構わないって」
杉本「ああ・・」
牧野「これはねえ、小野寺だよ」
杉本「二年C組の」
牧野「そうそう・・(と、小野寺のマネをする)集団生活のためにとか言われたけど、集団の中で個性的でありたいから、茶髪にしたい。無人島で一人っきりなら、今の校則で構わない」
話の途中から、杉本は忍び笑いしている。
(話の邪魔にならないように笑うこと)
杉本「ははは・・似てる、似てますねえ」
牧野「まあ、言われてみればそうなんだけどねえ・・うちの高校だけ茶髪オッケーとなるとねえ・・」
杉本「(アンケートを読み上げる)汚い黒髪ときれいな茶髪はどっちの方がいいんですか?・・これは男の字ですね」
牧野「あ、これうちのクラスの森下だ・・(とマネをする)汚い黒髪とぉ、きれいな茶髪わぁ、どっちのふぉーがいいんですかぁ!」
杉本「似てる、似てる・・」
牧野「十八番だもん、森下」
杉本「言われたんですか?森下に」
牧野「言われた、言われた」
杉本「それで先生はなんて答えたんですか?」
牧野「そりゃ、きれいな黒髪に決まってるだろ」
杉本「ははは・・・」
牧野「髪の色を変えないと個性って出せないものなの? そういうもんじゃないでしょ。個性ってもんは(ゆっくりと)外面じゃなくて、内面の問題でしょう」
杉本「そうですよねえ」
牧野「じゃあなに、みんなが茶髪にしたらどうするの?」
杉本「あとは制服の自由化を言ってくるでしょうね」
牧野「でも、制服を完全に自由化、っていうか、私服にしちゃったら、女の子とか大変だよ・・毎日、着てくものを考えなきゃなんないしさあ」
杉本「お、女の子の側にも立つ」
牧野「あたりまえじゃないですか」
杉本「ははは・・じゃあ、この女の子の意見もおまけで通してくださいよ」
牧野「なにを?」
杉本「プールの授業の時、女子の水着自由化」
牧野「え、そんなのあんの?」
杉本「ありますよ、しかも、これ、女の子の字ですよ」
牧野「あ、ほんとだ」
杉本「ね、どうですかねえ」
牧野「それ、一枚だけ向こうにあるからおかしいと思ってたんだよなー」
杉本「はははは・・・」
牧野「そーゆーことかよ!」
杉本「お願いしますよ」
牧野「そんなの・・そんなの俺が許可するわけないじゃない・・俺が・・俺が・・」
杉本「わかってます、わかってますけど、そこを・・」
牧野「だめ。スクール水着で充分です」
杉本「ほら、女子だって、かわいい水着でプールで泳ぎたいんですよ」
牧野「だったら市民プールかティプネスに行きなさい」
杉本「だめか・・」
牧野「ダメです」
杉本「制服の自由化は、無理なんですかねえ」
牧野「無理でしょ、無理、無理・・」
杉本「えらくあっさりと・・でも、他の先生達も制服の乱れが激しいから、いっそ制服なくしちゃいましょうよって、言ってますよ」
牧野「制服乱す生徒ってさ・・」
杉本「ええ・・」
牧野「制服が嫌いなんじゃないんだもん」
杉本「え、でも・・制服が嫌いだから・・」
牧野「制服が嫌いなんじゃなくて、制服の後ろにあるものが嫌いなんだから」
杉本「・・・制服の後ろにあるもの・・」
牧野「わかるでしょ、先生」
杉本「・・(笑って頷いた)」
牧野「だから、ほら、他の高校みたいにスカートは膝下三センチとか決めて、先生が校門の前で、物差し持って立ってるってのもね、どうかと思うけど・・でも、それをどんどん緩めていったとしても・・きっと、また別のところから、なにかが吹き出してくると思うよ・・俺はね・・俺だけそう思うのかもしれないけど・・」
杉本「あった方がいいって事ですか?」
牧野「・・・そうねえ」
杉本「でも、生徒達はみんな、マッキン先生なら、変えてくれるんじゃないかって思って、投票したわけでしょ・・自分達の事を、マッキン先生なら真剣に考えてくれるんじゃないかって思うから・・」
牧野「真剣に考えるから、そう思うの。制服の乱れが激しいから、いっそ制服を自由化しようっていうのが・・なんか変だと思いませんか? そっちの方が・・そう言ったら、一瞬、みんなは喜ぶかもしれないけど・・」
杉本「ああ・・」
牧野「それよりもこいつだ」
杉本「『最後の一人まで殺しあうこと』」
牧野「こいつ、校則にホントに不満はないのかなあ・・」
杉本「いるでしょう、こういうやつも」
牧野「でも、他の奴はこんなに一生懸命書いてきて、自分の不平不満をびっしり書いているのに・・これはなんだろう・・変えられないと諦めてるからかな・・」
杉本「だから、もうどうでもいいと思ってふざけてるんでしょうかね」
牧野「挑戦だな・・俺に対する」
杉本「え?」
牧野「これは俺に対する挑戦状だよ・・よし、そっちがその気なら」
杉本「どうするんですか?」
牧野「変えられないと諦めているのなら、変えてやるよ、俺が・・」
杉本「マッキン先生!」
牧野「もっと校則増やしてやる・・せっかくだから」
杉本「増やす?」
牧野「増やすことも変えることでしょう?」
杉本「それはまあ、そうですけど」
牧野「(と、バインダーを持ち上げ)これは、生徒達の意見でしょ、こうだから困るとか、こうしたいとかっていう、要望じゃないですか。先生は生徒に要望はないですか?」
杉本「要望・・ですか?」
牧野「おまえら、そんなことやってると社会に出た時に誰も相手にされないぞ・・って、こう生徒に言っておきたいこと、ね、あるでしょう、杉本先生も」
杉本「ありますね、ありすぎますね」
牧野「それちょっと書いておきましょうよ」
杉本「ああ・・そうですねえ」
牧野「どうですかね、最近の・・生徒を指名して、答えさせるじゃないですか」
杉本「ええ・・」
牧野「松田先生も言ってたんですけど、数学でですよ、生徒が授業中に・・(と、生徒のマネして)ぶっちゃけ、六十二だと思います、って」
杉本「え、ほんとなんですか?」
牧野「今の1Aの南野ですよ」
杉本「南野加奈子! 似てる!」
牧野「校則に書いておきましょうね、校内では・・」
杉本「ぶっちゃけ禁止」
牧野「ねえ、なにをぶっちゃけるんですか・・ねえ・・ぶっちゃけ」
杉本「汚い言葉ですよね、ぶっちゃけって」
牧野「ほんとですよ」
杉本「あと、あれですね・・ビーチサンダル禁止」
牧野「え? ビーチサンダル?」
杉本「流行ってますよね、ビーサン」
牧野「そうなんですか?」
杉本「ええ・・教室に入ったら自分のビーサンに履き替えて授業受けてますよ」
牧野「知らなかったなあ・・ああ、そう・・俺、下向いて生きてないからなあ・・いつも上向き・・」
杉本「ああ、それじゃあ気がつかないかも知れませんね」
牧野「あ、この際だからさ」
杉本「え? なんですか?」
牧野「これも入れておくか」
杉本「なにを・・」
牧野「・・(読み上げるように)本校は・・人を外見で判断する」
杉本「え? 校則に書いていいんですか、そんなこと」
牧野「いいでしょう・・」
杉本「人を外見で判断・・していいんですか?」
牧野「いいんじゃないの? 人を外見で判断する・・ね・・」
杉本「そういうことを書いたら、生徒は余計に・・服やら化粧やら髪の毛やらにこだわるようになっちゃうじゃない」
牧野「大丈夫、大丈夫・・」
杉本「え、ほんとにそんなのを校則に追加するんですか?」
牧野「(と、書き始める)書いちゃおっと」
杉本「本校は、人を外見で判断する?」
牧野「(書く)『本校は、人を外見で判断する』」
杉本「(困っている)大丈夫・・かなあ」
牧野「どうせ校則作ったってみんな守んないだからさ・・本校は外見で人を判断する・・ね、こんな校則作ったら大変だぞ、生徒は・・外見で判断されちゃう・・どうするかなあ」
杉本「マッキン先生、楽しんでません?」
牧野「杉本先生も、これからは、生徒を外見で判断してやってくださいよ」
杉本「・・・はあ」
牧野「さーて、誰がどんな方法で、この校則を違反してくるでしょう」
杉本「でしょうって・・」
牧野「楽しみですねえ」
  暗転。