第59話  『教師の教師』





  高校保健室。
  ベッドで寝ている杉本。
  やがてやってくる牧野。
牧野「先生・・杉本先生?」
  杉本、すぐに起きる。
杉本「ああ・・牧野先生」
牧野「職員室にも教室にもいないから、ここかなって思って」
杉本「あ・・すいません・・ちょっとまた気分が悪くなって」
杉本、体を起こした。
牧野、ベッドの側の椅子に座る。
牧野「大丈夫ですか?」
杉本「ええ・・もう・・」
牧野「好きだよね、保健室」
杉本「好きってわけでもないんですけど・・なんなんですかね、これは」
牧野「嫌いなんじゃないの、職員室が」
杉本「ええ・・そうかなあ」
牧野「高校の時にいませんでした? 登校してくるなり保健室行って、放課後までずっと寝てる奴って」
杉本「あの・・ボクはそういう奴なんでしょうか?」
牧野「先生で、そういう人ってのはまあ、珍しいかもしれないけどね」
杉本「ですよね」
牧野「精神的なもんかな」
杉本「ですかね」
牧野「学校の中に居場所のない先生ってね」
杉本「ん・・・」
牧野「職員室がダメなんでしょう」
杉本「そうですね・・」
牧野「それがおもしろいんだよな・・職員室がダメな先生って」
杉本「いや、ほら、先生って仕事をイメージするとどうしても教室の中で教壇に立って授業しているってのを思い浮かべるじゃないですか・・でも、先生って職員室にいる時間がけっこう長いんですよね・・そのへんのことをまったく想像してなかったもんだから」
牧野「職員室のなにがダメなのかな」
杉本「なんだろう・・」
牧野「生徒にはねえ・・」
杉本「・・そんなに嫌われてるわけではないと思うんですけど」
牧野「うん・・そんな噂も聞かないし」
杉本「ですよね・・まあでも、マッキン先生みたいに、生徒に大人気ってわけじゃないですから」
牧野「俺みたいな先生、珍しいからおもしろがってるんだと思うけど」
杉本「あの・・牧野先生」
牧野「はい?」
杉本「生徒達からちょっと聞いたんですけど」
牧野「ええ・・」
杉本「先生は十五分しか授業しないっていうのは本当なんですか」
牧野「ん・・そうだね・・」
杉本「え、やっぱり本当なんですか?」
牧野「そうねえ・・あ、でも・・十五分もやらないことが多いけど」
杉本「それ、大丈夫なんですか?」
牧野「大丈夫ってなにが?」
杉本「いや、問題にならないのかなって」
牧野「なんでなるの?」
杉本「だって・・ねえ・・授業は一応五十分あるわけだし」
牧野「でも、実力テストとかでも、まったく問題ないからねえ」
杉本「そこなんですよ・・教え方がうまいのかな」
牧野「そんなこともないと思うけど」
杉本「だって・・他の先生が五十分かけてやっていても、そんなに成果って上がらないじゃないですか・・それを十五分で・・やってるわけでしょう」
牧野「だいたいさあ」
杉本「はい」
牧野「授業の時間ってホントに五十分必要だと思う?」
杉本「え・・いや、でも、必要だから五十分なんじゃないんですか?」
牧野「なにに必要なの?」
杉本「いや・・なににって、教科書を読んで、読んだところの説明して・・とか」
牧野「教科書ってさ、読めばわかるようにできてるのよ・・そういう風に作ってあるから」
杉本「まあ、それはそうなんですけど」
牧野「あとは必要なことを憶える時間はいるんだけど、憶えるのって憶えるぞって思わないと憶えないしね・・そうだったでしょ・・自分がさ学生の頃を思い出してみなよ・・授業中に憶えるってあんまりやらないでしょ。俺それやるの。教えて、憶えて、理解して、それ全部やっても十五分」
杉本「できるんですか?」
牧野「やるの」
杉本「ええ・・」
牧野「教える方も必死、教わる方も必死。美しいじゃないですか」
杉本「ええ・・」
牧野「まっとうでしょう?」
杉本「そう・・ですけどね・・それで、残った時間は」
牧野「怖い話」
杉本「怖い話」
牧野「そう・・本当にあった怖い話をする」
杉本「五十分のうち、十五分授業やるから・・残りの三十五分は」
牧野「怖い話」
杉本「それは、やっぱり相当数レパートリーがないと・・」
牧野「あるね」
杉本「好きなんですか? 怖い話」
牧野「大好き」
杉本「へえ・・」
牧野「もうねえ・・昔っからたまらなく好きだったね・・だから、クラスの人気者」
杉本「そりゃそうだ」
杉本「どれくらい、レパートリーはあるんですか?」
牧野「ネタはね、五十ぐらいあるね」
杉本「五十」
牧野「だいたい、授業の最初で、今日の話はって、あらすじっていうか予告編みたいなのをやって・・それによって生徒達のやる気を起こさせる」
杉本「火曜サスペンスのオープニングみたいなもんですね」
牧野「それから十五分の授業をはじめる。授業中は私語も一切ないし、説明も憶えることもその時間内に絶対にやる。なんとしてもやり遂げる。全員がわからないと、その日の怖い話は・・」
杉本「なし」
牧野「罰として、五十分、普通の授業」
杉本「五十もレパートリーがあるんだったら、同じ話はしないんですからね」
牧野「するね。せがまれるし、生徒から。またあの話やってやって・・って」
杉本「同じ話でもまた怖がるんですか? 生徒は?」
牧野「そこ、そこがね、こっちのテクニック。だってさ、落語だって話の筋はわかってても、みんな同じところで笑うわけでしょ、あれと一緒。同じ話しても、同じところで同じように、キャーって悲鳴があがるようにね・・日々精進してるから」
牧野「だから、先生も一度、授業を覗きに来るといいですよ。生徒がね、ものすごく集中して話を聞いてますし、友達同士で教え合ったりして、とにかく、なんとしてでも、その十五分間でやり遂げようと必死になってますから」
杉本「いいんですか、見ても」
牧野「いいですよ。聞きたいでしょ、怖い話」
杉本「え・・ええ・・怖い話もそうなんですけど、十五分の密度の濃い授業って・・見てみたいです・・ボクの授業なんか生徒が聞いてるのか聞いてないのかも分からないくらいですよ。無反応で」
牧野「だいたい、若い子の集中力なんて十五分持てばいい方でしょう。それを五十分もやるからだらだらだらだら・・隠れてメールしたり、寝てたりするんですよ。だって、もったいないじゃないですか。青春の一番大事な時間をそんなふうに浪費するなんて。十五、十六、十七、十八ですよ・・右向いても左向いてもなにもかもがおかしくってしょうがない頃なんだから」
杉本「ボクは生徒達のその大事な時間を浪費しているんでしょうね、たぶん」
牧野「先生もやってみたらいいんですよ」
杉本「十五分授業?」
牧野「そうそう」
杉本「いや・・でも・・十五分授業をやったとして・・残りの三十五分・・なにしていいか分かりませんから・・マッキン先生みたいに怖い話を五十個知ってるわけでもないし・・」
牧野「別に怖い話じゃなくてもいいじゃないですか」
杉本「・・牧野先生が人気あるの、わかりますよ」
牧野「人気が欲しくてやってるわけじゃないんですよ、もちろん。自分が五十分かけて、八クラス同じ話をするのに耐えられないんですよ。他の先生はよくやってるなって思いますよ」
杉本「いや、それが・・なんていうか、負担になっているから、ついつい、こうやっていつも保健室に逃避してしまうんです」
牧野「じゃあ、そういうのやめればいいじゃないですか」
杉本「でも、それは簡単にはできませんよ」
牧野「できますよ。もちろん簡単じゃないけど・・」
杉本「三十五分、なにを話せばいいんでしょう」
牧野「なんでもいいじゃないですか」
杉本「そういう・・なんていうか取り柄がないから、先生になったみたいなもんで・・あれもできない、これもできないってやっていった結果ですから」
牧野「ああ・・だから、いつも保健室で寝てることになるのかもね」
杉本「ああ・・そうなんですかねえ」
牧野「じゃないのかな・・」
杉本「マッキンさんはなんで先生になったんですか?」
牧野「俺の中学の先生で、橋本先生ってのがいたんだけど・・美術の先生でね」
杉本「ええ」
牧野「やっぱり職員室が嫌いでね・・」
杉本「『ボクの好きな先生』みたいですね」
牧野「え?」
杉本「いやRCサクセションの歌の」
牧野「ああ・・そうそう、あの歌のモデルになった先生なの、橋本先生」
杉本「え、そうなんですか。実在するんだ、あの先生は」
牧野「・・その人が言った言葉にね、今、自分がそこにいるのは、自分のせいなんだよってのがあって。ああ、そうだよなって思ったんですよ」
杉本「・・それ、今、ボクに向かって言ってます?」
牧野「そう」
杉本「そうですよね」
牧野「そうそう」
杉本「あ痛たた・・」
牧野「でも、ほら、その言葉を橋本先生から聞いて、もう何年も、いや十何年・・あれ、もしかしたらもう二十年くらい経ってるけど・・言われたことが古びてないでしょう。今もこうして、役に立ってるでしょう」
杉本「あ・・ええ・・まあ」
牧野「先生はそういうことを生徒に教えればいいと思ってるから・・でも、ほら、そういうことだけ言っても聞かないからさ、奴ら・・怖い話に混ぜて、こういう生きていくのに必要な知識をね」
杉本「それはあの・・どうやって混ぜるんですか、怖い話に」
牧野「それとなく混ぜる」
杉本「・・・それとなく?」
牧野「今すぐにはわからなくてもいいからね・・そのうち、いろんな人生の局面で、ああ、あのマッキン先生が怖い話の中で言っていたのはこういうことだったのかって・・ね」
杉本「ええ・・」
牧野「わかってくれればね・・それでいいからね」
杉本「ボクも高校生の時に、マッキン先生の授業を受けてみたかったですよ」
牧野「いなかったでしょ、こういう先生」
杉本「いませんでした」
牧野「いないなら、杉本先生がそうなればいいんですよ」
杉本「いや、ボクはとても・・やっぱり先生になるべきじゃなかったんですかね」
牧野「どうだろう」
杉本「どうなんでしょう・・こういうの誰に相談すればいいんでしょうかね」
牧野「生徒は?」
杉本「生徒?」
牧野「それ、生徒に相談してみたらどうかな」
杉本「生徒に相談?」
牧野「そう、先生は先生に向いてないかもしれないと思うんだけど、この先、どうしたらいいと思うかって? うちのクラスは乗ってきますよ」
杉本「それで・・生徒に討論させるんですか?」
牧野「そうそう・・」
杉本「でも、それは・・」
牧野「だって、自分達の身にも起こりうることでしょう。全ての人が希望の職業に就けるわけでもないし、自分がなにに向いているのか分からない奴だっているだろうし」
杉本「大丈夫ですかね」
牧野「大丈夫、大丈夫・・なんて言うかなみんな。森下とかね(と、物真似する)先生、先生は先生が好きじゃないんだったら、今すぐやめたふぉーがいーよ。そんなの先生にもよくないし、俺達にもよくないじゃん」
杉本「ああ・・森下は言いますね」
牧野「坂本はね(真似)みんな我慢してるんだから、嫌だからって逃げ出さないで、なにか好きになれる物を見つけたふぉーがいーよ」
杉本「最後、森下になってますよ、先生」
牧野「あれ、森下が抜けなくなってきたかな」
杉本「内山は・・先生、そういう問題は自分で解決しないと人が解決してくれるもんじゃないんじゃないかな・・とか」
牧野「言うね・・内山はそれだね」
杉本「そしたらあれですよね。山本が、そういうのを一人で抱え込んでるから、よくないんだから、この際みんなで話し合った方がいいよって・・」
牧野「言うね。山本はそれだ」
杉本「内山が反論しますね」
牧野「勝ち気だからね、あの女」
杉本「でも、みんなが結論出しても最後に決めるのは先生自身じゃないですか、とかね」
牧野「そうそう・・そこから攻めてくるね」
杉本「・・でも、あれですね」
牧野「え?」
杉本「そうですよ」
牧野「え?」
杉本「自分が高校生の頃、やっぱりそういうことを話し合ったんです。ずいぶん考えたんです。そこからなにも変わってないんですよね・・悩み、っていうか悩んでいるレベルが高校生の頃と・・あの頃の問題が、今も問題になっている・・ずっと続いている」
牧野「あの頃悩んでいたことって、簡単に答えの出るものじゃなかったってことですね」
杉本「答えはまだ出ないんですよ・・まだ・・」
  ゆっくりと暗転。