第58話  『It's a small world』




  公園のベンチ。
  未知が座っている。
  前に双子ちゃんの乗っているベビーカー。
  そのベビーカーを覗き込んでいる加寿子。
  彼女の傍らにもベビーカー。
  ゼロ歳児の真理奈ちゃんが乗っている。
  加寿子は双子のベビーカーを覗き込んでいる。
  明転。
加寿子「健ちゃーん、康ちゃーん・・こんにちはー!」
未知「(健と康に)ほら、こんにちは・・は? こんにちはぁって・・言ってみ・・」
加寿子「こんにちはぁ・・」
未知「こんにちはぁ」
加寿子「(健と康に)そっくりだね、君たちは・・」
未知「双子ですから」
加寿子「お母さんが間違ったりとかませんかぁ?」
未知「時々、やっちゃいまーす」
加寿子「(健と康に)大変でちゅよね・・赤ちゃん一人でも大変なのに、二人もいるんですからねえ・・」
未知「家に三人でいて、毎日顔会わせてるとね」
加寿子「それはねえ、いらいらしてきますよね・・息抜きしないと」
未知「よかったねえ、やっぱり公園に来て・・すぐにお友達もできたし」
加寿子「(真理奈に)よろしくお願いしまーすって・・ほら」
未知「(と、加寿子のベビーカーを示し)なにちゃんなんですか?」
加寿子「真理奈です」
未知「真理奈ちゃん、こんにちはぁって・・ほら、健太郎、康太郎・・ガールフレンドだよ」
加寿子「ガールフレンド・・」
未知「ちょっと早い?」
加寿子「まだ、真理奈はゼロ歳ですから」
未知「健太郎と康太郎もゼロ歳ですけど」
加寿子「まだあと・・・」
未知「あと・・十五年?」
加寿子「二千・・十八年・・頃ですかね」
と、未知、さらにやって来る自転車に乗ったお母さん達を見て。
未知「続々やって来ますね・・みなさん」
加寿子「ああ・・あれはめぐみママですね」
未知「みなさん・・お知り合いなんですか?」
加寿子「まあ、毎日、顔は会わせてますからねえ・・午前中の今の時間帯は、保育園や幼稚園に上がる前の子供達とお母さんで、午後からは幼稚園から帰ってきた子供とお母さん。そのあとは小学校の低学年の子供達・・ですかね」
未知「みなさん、ここで毎日・・どんな話なさってるんですか?」
加寿子「今晩の献立の話とか」
未知「ええ」
加寿子「主人の愚痴とか」
未知「ええ」
加寿子「人の悪口とか・・」
未知「人の悪口・・」
加寿子「こう・・一見仲良さそうに見えるじゃないですか」
未知「ええ・・ちがうんですか?」
加寿子「とんでもないですよ・・見えない力関係が渦巻いてるんです。ここには」
未知「全然わかりませんけど」
加寿子「派閥があるんですよ・・この公園にも」
未知「派閥?」
加寿子「そう、お母さん同士の」
未知「それで悪口なんですか?」
加寿子「悪口はねえ・・健康にいいですからね」
未知「仲悪いんですか?みなさん」
加寿子「仲悪いっていうか、仲良くしないんですよ、派閥が違うと」
未知「なんなんですか、派閥って・・」
加寿子「なんだろう・・あ、そうね・・旦那の年収かな」
未知「それで派閥ができるんですか?」
加寿子「だって、話について行けないじゃないですか、行ったこともないお店の話とかされたり、買えるはずのない服の話とかされても・・」
未知「・・そうか・・ああ、ねえ」
加寿子「そうですよ」
未知「え、そうすると・・お父さんの年収が違うと子供同士も遊べなかったりするんですか?」
加寿子「もちろんですよ」
未知「もちろん・・もちろんなんだぁ」
加寿子「ほら・・この公園、見渡せるくらいの小さな公園でしょ・・でも、これが一つの社会なんですよ・・一つの国なんですよ・・平等ではありえないんです・・」
未知「そんな・・だってみなさん、同じ専業主婦なわけでしょう」
加寿子「持てる物を持っている、豊かな専業主婦と、日々、生活に追われている、いっぱいいっぱいの専業主婦・・同じ人間ではありませんよ」
未知「スタートがちがうのか・・」
加寿子「あっちのグループ」
未知「(見て)はいはい・・」
加寿子「似非セレブチームですね」
未知「似非・・セレブ」
加寿子「旦那の収入はいいんですけどね・・ほら、あのお母さん達の育ちが悪いんで、なんていうか・・イマイチなり切れていないんですよね・・ちなみに、あの千尋ママのご主人はツーカーなんですよ」
未知「携帯の?」
加寿子「そう・・それで、その隣の舞衣ちゃんママのご主人がエイベックスで・・香奈恵ママんとこがテレビ朝日、真琴ママの家が・・マツキヨ、ナオミママの旦那さんは区議会の議員さん・・共産党なんですよ」
未知「へえ・・七十二へえ・・」
加寿子「入っていけそうにないでしょ。あのチームには」
未知「ああ・・まあ・・」
加寿子「話なんか絶対に合わないじゃないですか」
未知「真理奈ママはどこのチームなんですか?」
加寿子「うちですか・・うちの主人は自衛官です」
未知「自衛官?」
加寿子「ええ・・公務員ですね」
未知「自衛隊なんですか」
加寿子「そうです・・海上自衛隊」
未知「海軍」
加寿子「いえ・・あの、海上自衛隊です・・自衛隊は、ほら、軍隊じゃないんで」
未知「あ・・ああ・・そうか」
加寿子「私も最初の頃、よくわからなかったんですけどね」
未知「海上自衛隊って言うんですか」
加寿子「そうです、だから飛行機に乗ってる人は、空軍じゃなくて、航空自衛隊、戦車に乗ってる人は陸軍じゃなくて、陸上自衛隊・・なんですって」
未知「へえ・・そう言えば、ニュースではそう言ってますねえ」
加寿子「そうなんですよ・・」
未知「じゃあ・・大変ですね・・戦争とか起きたら」
加寿子「まあ、でも、そういう仕事ですし・・戦争なんて、地球の上のどっかで必ずやっているもんですからねえ・・そうなったら、そうなったで・・」
未知「ああ・・やっぱりそういう覚悟は・・なさってるんですねえ」
加寿子「ええ・・ま、どのみち戦争が始まっても、行くのは私じゃなくて、旦那ですから」
未知「ああ・・」
加寿子「私、結婚する前、OLやってたんですよ」
未知「ええ・・」
加寿子「CAD(キャド)が使えるんで、ショーウィンドウのデザインとか、イベントの飾り付けのデザインとかやってたんですよ」
未知「ええ・・」
加寿子「事務職じゃないから、時間は不規則だったんですけど、その分、お給料はそこそこいただいてたんです・・」
未知「ええ・・」
加寿子「街歩いてて・・服とか見つけて、欲しいって思ったら、買えてたんですよ・・ほんの、二年とか三年とか前の話ですよ・・今は、買えないんです。まあ、買えても、それをいつ着るんだって話もあるんですけどね・・・口紅も、マスカラも、チークも・・全然減らないんです・・ずっと同じのを使ってるんですよ。この前、マスカラを塗ろうとしたら、蓋が開かないんですよ、固まっちゃってて・・こんなはずじゃあなかったんですけどねえ・・こんなはずじゃあ・・」
未知「真理奈ママの・・その・・仲良しチームは・・今日は・・」
加寿子「あ・・いや、私はどこにも属してないんですよ」
未知「どうして?」
加寿子「嫌われちゃったんですよ、専業主婦のみなさんから・・」
未知「それはまた・・なんで?」
加寿子「うーん・・だから、あれなんですよ・・私、働こうと思えば、この子預けて働けるんですよ・・専門職なんで仕事はあるんです、いつでも・・」
未知「まあ、CADが使えれば、ねえ」
加寿子「でも、ほら・・あっちの方にいるお母さん達って、自分達の収入ってもんがないじゃないですか・・収入を得る手段もないし・・そういうことで・・ひがんじゃうらしいんですよ・・卑屈になるっていうか」
未知「でも、それは、しょうがないことでしょう」
加寿子「でも、チロッとそんな話をすると、子供の側にいてやらないと子供がかわいそうだとか、責められて・・」
未知「なかなか、みんな和気あいあいと仲良くってわけには」
加寿子「いきませんよ・・広く浅く・・が一番みたいですよ」
未知「ああ・・わかるけど・・それってつまんないですよね」
加寿子「そうなんですよ、つまんないんですよ」
未知「ねえ・・そんなの、ねえ・・」
加寿子「樹里亜ちゃんのお母さんって、いつもブランコに乗ってるんですよ、ほら・・」
と、加寿子、ブランコの方向を示した。
未知「(と、見て驚く)すごい・・あんなに漕いでる」
加寿子「樹里亜ママ、好きなんですよ、ブランコ・・狂ったみたいに乗ってるんですよ」
未知「ブランコか・・ブランコなんて、いつから乗ってないだろ・・」
加寿子「樹里亜ママなんか、毎日ああやってぶんぶんブランコ漕いでるんですよ・・子供ほったらかして・・なにしに来てるんだか」
未知「ブランコ乗りに来てるんじゃないんですか?」
加寿子「ブランコか・・」
未知「楽しいかもな・・ブランコ毎日乗るのも」
加寿子「楽しくはないですよ」
未知「そうですかね」
加寿子「漕いでも、漕いでも、前に進まないものなーんだっていうナゾナゾ知ってますか?」
未知「ブランコなんですか?」
加寿子「そうですよ」
未知「でも、楽しそう・・」
加寿子「樹里亜ママの顔・・よく見て・・笑ってないんですよ」
未知「・・ほんとだ」
加寿子「せっかくブランコ乗ってるのに」
未知「あんなに漕いで、落ちたりしないんですか?」
加寿子「前に、一度・・」
未知「落ちたんですか?」
加寿子「救急車、来ましたよ」
未知「そうなんですか」
加寿子「私が、携帯で呼んだんです」
未知「一度、落ちたのに」
加寿子「ぎりぎりのところで、ブランコに乗ってるのが、いいんじゃないのかな・・樹里亜ママは・・」
未知「ブランコの・・ギリギリ・・」
加寿子「子供ができる前はエアロビのインストラクターだったんですって」
未知「へえ・・あの・・笑顔で、みんなの前で踊って」
加寿子「そうです、そうです。数かぞえたりする・・」
未知「あのお母さん・・そんなことができるんだ」
加寿子「でも、今はブランコなんですよ」
未知「そうか・・」
加寿子「子供ができちゃうと、みんなママになっちゃうんですよね・・CADのオペレーターも、エアロビのインストラクターも・・みんな、みんなママって呼ばれちゃうんですよね・・・」
未知「ここに、こんなに大勢ママがいて、みんなママで、きっと私も他の人から見たら、ママなんですよねえ・・」
加寿子「ママになる前ってなにしてました?」
未知「仕事?」
加寿子「(首を横に振り)どんな人だったんですか? ママになる前って」
未知「・・山に登る人かな」
加寿子「山って? 登山?」
未知「そう、冬の山」
加寿子「へえ・・それおもしろい」
未知「私・・こっちの足の指が一本ないんですよ・・凍傷でやっちゃって」
加寿子「へえ・・じゃあ、足の指、九本なんですか?」
未知「ええ・・まあ、指はなくなったけど、命はありましたからねえ」
加寿子「冬の山って、なにがいいんですか?」
未知「んとですねえ・・誰も助けてくれないところ・・かな。全部自分でやらなきゃなんないし、自分で登ってるんだから、自分で下りてこないとダメなんですよ。私の代わりに下りといてってわけには、いかないじゃないですか」
加寿子「なんで、そんな大変な思いをしてまで、冬の山なんかに登るんですか?」
未知「それはねえ・・そこに山があるから」
加寿子「ああ・・そうか」
未知「行きます? そのうち、冬の山」
加寿子「・・・いいかも」
未知「ねえ」
加寿子「そのうち・・ねえ」
未知「すぐですよ・・すぐ行けるようになりますよ・・いつまでもいつまでもママって呼ばれるわけじゃないだろうし・・」
加寿子「ですよね」
未知「大変ですよ、冬の山は」
加寿子「だって、指、なくなっちゃうくらいなんですよね」
未知「助けませんよ」
加寿子「はい」
未知「自分の身は自分で守らないと」
加寿子「はい・・」
未知「ねえ」
加寿子「はい・・大丈夫ですよ」
  間。
加寿子「樹里亜ママがブランコ降りたら、一緒にブランコ、乗りませんか」
未知「あ・・いい、ブランコ・・いいですね」
加寿子「ね・・乗りましょう」
未知「ブランコね」
加寿子「ブランコです」
未知「・・ブランコ」
  ゆっくりと暗転していく。